■遙かなる想いを《最終話》■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオ クリエーター名 本田光一
オープニング
●高松テンプルム進軍
 瀬戸内海を埋め尽くす影。
 神帝軍が誇る精鋭たるネフィリムが20機、サーバント50余りの大軍団を率いて侵攻を開始した。
「訓練は終えたか?」
「はい。既に20名、魔皇を屠った猛者達を向かわせました」
「‥‥」
 討伐隊の詳しい情報を見せる副官を一瞥して、高松テンプルムを任されたグレゴール最空が眼下を見つめて屋島に向かうグレゴール達に檄を飛ばす。
「油断は禁物、敵は確実に力を付けているだろう。しかし、神帝様の前に膝を屈することなく我等に立ち向かうので在れば、一切の手加減は不要! 闇の眷属が向かう先が涅槃だろうがヴァルハラだろうが、既に黄泉津比良坂を越えたこの地よりも、彼の者達に相応しい場所はないであろう。この地を、闇の眷属達が永遠に眠る土地とせよ!」
 白き城、テンプルム内部に聖鍵戦士達の凛とした声が響き、遙かに広がる眼下の街を純白の騎体が屋島目がけて進むのが見える。
「拙僧と共に特訓を終えた者達は出られぬのか?」
 遠く、屋島を望む最空の瞳が静かに燃えていた。
「しかし、そこまでをする事は‥‥20名のグレゴールだけでも、充分に。先の闘いの様に魔皇達が出てこようとも、既にその力を見る時は終わりました」
「初めは、確かにそうであっただろう‥‥じゃが、こちらの予想を遙かに超えて、奴等は力を付けておる‥‥いや、精進が足りぬと言ったところかの‥‥二度は言わぬ。数を頼りの兵力では足手まとい。今、力を蓄えた者達全てをあてる」
 高松テンプルムの中でも精鋭を集めて向かうとの決断に、テンプルム内部に戦慄が走ったのだった。

●翡翠の戦士達
 翡翠の司、鼎からの命が下り、四国高松で発見された殲騎船の運用について早期に目処を立てるようにとの最優先事項が魔皇達に伝えられた。
 神帝軍の再三の攻撃によって、屋島の形さえも変化している中で、防衛に付いた仲間達からの期待を一身に背負って10人の魔皇が奥へと進んだのは数日前。

 第3のシステムが動かないままに、魔皇達は殲騎船の活用について逢魔との協力でシステムの解明を急いでいた。
 手探り状態から始めて徐々に運用の要となる格納庫施設の完全稼働がなり、殲騎船から施設の回復の為に回していたエネルギーを全て蓄える事が出来る様になった。
 完全ではなかったシステムの内、ついに第3システムが起動し、無事に殲騎船が飛行テストも終えた頃にその事件が魔皇達の耳に飛び込んできた。

――屋島城城塞跡防衛班、壊滅‥‥。

『発進の許可さえ頂ければ、本船は現状の能力で予測される敵兵力と互角の戦いを行えます。現状、外部で《絶対不可侵領域》に苦しむ魔皇様達を余剰戦力として待つ場合、その間の外部の魔皇様達の生還率は10%以下、ただし戦力としてはこちらが有利に立ちます。現状のまま発進を行うのなら外部の魔皇様達の生還の可能性は保障されますが、我々の被弾率が35%‥‥操船に最少1名、攻撃部隊に9名以下の配置が適切と思われます。余られる方が居られれば、武装として殲騎を召喚して頂ければ、本船からの攻撃も可能になります』
 船とリンクしていた逢魔から簡易の戦闘データがメインパネルに表示する旨を聞いて魔皇達が艦橋に集まった。
「船の出力は安定しているんだな?」
 殲騎船のコントロールを担当する者、いざという時に備えて格納庫で待機する者、コアヴィークルを召喚して臨戦態勢の者‥‥。
 それぞれが備えて時を待つ中で、船体前面で堅く閉ざされていたゲートが開かれて行く。

 『戦船』の飛び立つ時が、今正に訪れたのだった。
シナリオ傾向 読参リンク(殲騎船)・戦闘・殲騎使用可能
参加PC キリア・プレサージ
源真・結夏
ジェフト・イルクマー
長月・明
御山・詠二
クレヴァス・メイヤ
風海・光
刀根・要
木月・たえ
片倉・景顕
遙かなる想いを《最終話》

●遙かに遠き刻から‥‥
 殲騎船レギオン号を古の隠れ家より発進させた魔皇達は、次元を越えて空間を結ぶ通路を進む船の中でそれぞれの位置について海中へと進む船のモニターに見入っていた。
「志度湾の一部が既に絶対不可侵領域に入るのだったな‥‥」
「はい。本船の出現地点である場所から南南西に1kmで既に絶対不可侵領域に入ります」
 キリア・プレサージと共に殲騎船レギオンの艦橋で召喚したコアヴィークルに跨っていたシェリルが船からの情報を整理して伝えると、船内の魔皇達にも即座にそのデータが行き渡る。
「あ、それじゃ早めに喚んどかないとね」
 絶対不可侵領域まで距離があるものとばかり思っていた源真・結夏(w3c473)が慌てて殲騎《朱凰牙》を呼ぶ。
 右舷格納庫に現れたその巨体に、結夏のコアヴィークルが包まれたのと次元を結ぶ通路を突破した船が海中に出現するのはほぼ同時だった。
「おや、あちらも召喚したようですね。れぅ、いきますよ」
「はいです」
 殲騎に包まれて行くコアヴィークルの上で、れぅは何かの違和感に捕らえられていた。
『誰ですか?』
 殲騎戦とあって、流石に緊張していたれぅだが、たえの頑張りに答える為にと懸命になっていた。そのれぅだけでなく、船の中にいた逢魔達はある種の違和感に襲われていたのだが、志度湾から浮上した五剣山を超えて、屋島城跡に燃え上がる炎が見えた時には魔皇と逢魔達の意識はそちらに集中していた。
「要、なるべく接近するが、対空砲火には気を付けろ」
「判っています。それより、ここを出たら会話出来ないのは辛いですね」
 殲騎と同じなのか、トランシーバーでの会話は船の内部とでは不可能だ。殲騎同士の会話が成立するのだが、眼下に広がる戦闘の中から仲間達を連れ出す際に殲騎は目立ちすぎる。
 そこで刀根・要(w3g295)は単身コアヴィークルでの遊撃に出て魔皇達の帰還に尽力する事になった。
「敵の現状は?」
「ネフィリムが20機確認、サーバントの数は‥‥」
「数えるだけ無駄だ。50は下らない、会ったら倒せ」
「20機? 高松テンプルム位の規模なら、50機位は居る筈だよね‥‥?」
「そうなんですか?」
 殲騎ムーンライトの中で首を捻るたえ。
 テンプルムの規模でおよその敵の戦力を見定める事が出来るのだが、高松の場合は直接の攻撃を受けることなく普通に活動をしてきたテンプルムだけあって、余剰の疲弊がない。
「おいおいおい、それじゃ突っ込んだら30機はいるネフィリムとご対面か!」
 クレヴァス・メイヤ(w3f815)が流石に顔を青くする。
 船で乗り付けてコアヴィークルで単身突入を図っても、それでは単に敵の巣窟に呼び鈴を押して入っていく様なものだ。
 だが‥‥
「このままじゃジリ貧だぜ!?」
 屋島に降下した要からは魔皇達を救い出して移動しているという情報だけが寄せられている。
「おい! この船をテンプルムに寄せろ! 俺が飛び込んで時間を稼ぐ!」
「四の五の抜かす前に仕事をしろ! このレギオンで寄せて、敵に叩かれたらどうする?」
 操舵に専念していたキリアが吼える。
 操縦法はコアヴィークルのそれと大して変わらない。だが、巨体なだけに敵に見つかる事も早いし、何より敵を束ねるグレゴール、最空は常に二手、三手先を踏まえて策を練る厄介な存在だ。
「重症確実だろうが、俺が単独でテンプルムにコアヴィークルで突貫すれば敵を混乱出来るはずだ!」
 内部より攻撃し、指揮系統を混乱させようと言うクレヴァスだが、キリアはがんとして首を縦に振らない。
「行かせてやれよ」
  ジェフト・イルクマー(w3c686)がキリアに呟くように言うのを、セラティスがぎゅっと手を握り締めるようにして見守っていた。
「ジェフト、お前‥‥いいだろう、一瞬だけ地上に寄せる。甲板から降りて、好きなように動け」
「だがな、俺達は支援に行けないぞ。それは覚えておけよ? この船を護る事も重要な任務なんだからな」
「ああ、これしかないんだから、巧く行くに決まってる!」
 ジェフト達に背を向け、歩き出したクレヴァスに続くように歩き出したデモリスを、シェリルとセラティスが止める。
「どんな戦場を渡り歩いて来たのかは知らないけれど、敵にも味方にも甘やかされた魔皇様はお断りよ‥‥キリアの為にもね」
「一人で闘って、倒せる天帝軍ならこんなに苦労しません‥‥みんなが傷付いて、死にそうになって‥‥どうして自分の命だけじゃなくてみんなも危険になるって分からないんですか‥‥」
「‥‥」
 燃えるような瞳でデモリスの背を見つめるシェリルと、身を震わせるセラティスの言葉に無言で返して、デモリスはクレヴァスと共に地上に降りた。
「キリア、後を頼めるか?」
「ああ。片瀬が頑張ってるからな」
 ジェフトが討って出るとキリアに告げて、格納庫にセラフィスと共に走る。
「聞いたとおりだ。保ちそうか?」
「ああ。何とか保ちそうだ。もう少しコンビネーションの特訓が必要だったな」
 片倉・景顕(w3c686)にキリアが問いかけると、右舷船首でディフレクトウォールを展開していた景顕が攻撃の機会を逸したと舌打ちで返すのが艦橋に響いた。
「そうだな、だが良い具合にこちらの攻撃も決まりだしている。後は要からの連絡さえあれば‥‥」
 殲騎による攻撃で地上のサーバントに大打撃を与え、その後に要達による救出班が突入して仲間を救い出す。殲騎船に一時的に敵を引きつけ、同時にこれを各個撃破出来るように高速機動で戦場を縦横に駆け抜ける。
 コアヴィークル並みの速度が出る殲騎船だからこその戦術で何とか時間を稼いでいる。
 これがメガフロートなら最大兵力が比べ物にならないのだろうが、速度が全く出ずに狙い撃ちになってしまうだろう。
「明様、左前方より敵接近中です」
 フィアの指示に一瞬だけ視線を走らせて、明は後方の要達が撤収準備を終えた事を同時に信号弾で知ってシュトゥルムヴィントを左後方に走らせた。
「フィア、少しだけ囮になります。仲間の命がかかっているのなら、迷うに値しません」
 要達の撤収時間を稼ぐ為に、可能な限りの高速で移動するシュトゥルムヴィントから放たれるブレイクシュートは予備動作が敵に見つかりやすくなるのか確実な迎撃になっていないのが分かる。
「‥‥敵兵が変わりましたか?」
「はい、明様。敵ネフィリムの動作反応が明らかに向上しています。こちらの動きに柔軟に対応しているようです」
 敵ネフィリムのSFによるシールドの展開率の高さに舌打ちしながら、時を稼ぐ明の背をぎゅっと抱きしめるフィア。
「フィアには謝らないといけませんね‥‥。私の都合だけで振り回して、今も危険な戦闘に巻き込んでいる」
 彼女の温もりを感じながら、呟くように謝る明を一層強く抱きしめるナイトノワールの腕が彼に感じられた。
「いいえ。明様、私は私が明様の逢魔だからではなく、私が明様と共に歩みたいと思うからここにいるのです、ですから謝らないで下さい」
「分かりました‥‥」
 ぎゅっと、操縦桿を握り締める明に応えるように、殲騎が駆け抜ける。
「ひとつ!」
 真なる力を開放したクロムブレイドを振りかざした御山・詠二(w3f796)の駆るスルトがネフィリムに迫る。
 シュトゥルムヴィントを追って来たネフィリムの腕一本と引き替えに真クロムブレイドが疲労に耐えきれずに軋みを上げている。
「美琴、奴は!?」
「‥‥見えないわ。目の前の敵に!」
「判ってる!」
 敵将・最空を討ち取れば敵の動きは封じられるはずだが、索敵する間も与えられない連続の戦闘に美琴の疲労も高い物になってきているはずだ。
「風海、そっちはどうだ!」
「詠二さん? ボクは大丈夫! でも、結夏姉が‥‥」
 己が身よりも、最空を狙うと言っていた結夏を心配する風海・光(w3g199)の殲騎・光翼の魔神17光翼の魔神17と隣り合わせにネフィリムを討つ詠二は苦笑していた。
「それだけ無駄口叩ければ充分だ! どうやら今までの敵は先遣だったらしいぞ!」
 明達から回されてきた話を手短に伝えると、確かに、と光も頷いた。
「サーバントは兎も角、20機の数も何とか抑えられるだろうだが、増援が不味い!」
 彼等の足元から要達が救い出した魔皇達の安否を心配する間もつかの間、飛来したネフィリムを捉えて光翼の魔神17がネフィリムを大地に叩き付けるとすかさずスルトがネフィリムの首と胴を切り離して無力化する。
「光君、気を付けて!」
 翼の声に反応して飛び退いた光翼の魔神17が先程まで居た場所に、ネフィリムの攻撃が空を裂く。
「光君!」
「大丈夫!」
 咄嗟の判断で殲騎を反転させた光達だった。
 その瞬間の判断が彼らの命を救ったのだ。
「やりますね」
「要、そのような悠長なことを言っている場合か?」
 羽生が魔皇達をレギオンに誘導していた魔皇・要に向かって肩をすくめて見せる。
 殲騎船から降りた彼らの誘導で、10名余りの魔皇と逢魔達が無事に殲騎船レギオンに誘導されていた。
「悠長ではないのですがねっ!」
 満身創痍の仲間達を庇いながら、サムライブレードを振るう要の表情は雄々しくも猛々しい。
 背に守る物を持って振るわれる刃の鋭さは、常のそれを上回っているようにも羽生には見えた。 
「‥‥また一つ、強くなるか‥‥」
「何か言いましたか?」
 コアヴィークルを召喚して、先導した魔皇達以外に生き残りがいないかと走り始めた要の背で笑った羽生に魔皇は違和感を感じてたずねた。
「いいや。そら、敵だ!」
「応ともっ!」
 神帝軍によって封鎖された東西に走る国道11号線を、我が物顔で迫るサーバントの群れの中に突っ込むコアヴィークル。
 接触する寸前で機体を操り、返す刃に宿らせた炎の力が敵を切り裂いてゆく。
「急いで下さい! すぐに仲間達が来ます!」
 連絡した時刻までは後僅か。
 乗り遅れが出れば、要自身が残ってでも仲間達を誘導するつもりだった。
 だが、それも杞憂に終わって、無事に格納庫に続くタラップを駆け上った魔皇達は絶対不可侵領域であるにも関わらず、殲騎を船内で召喚する要の姿をみて驚愕と、同時に希望の輝きをその瞳に宿らせた。

「たえさん、要さんが戻ったんだって!」
「そりゃ助かるわ。少し油断ならない相手が来たみたいだから」
 腰の辺りかられぅの声を聞いて、またシートからずり落ちそうなのねと、たえが周囲に気をやりながら微苦笑する。
「防御は万全みたいね。うちの船は」
 負傷した味方を迎え入れ、左舷前方と右舷後方に新たに殲騎が固定の砲台のように出現したのを確認して笑うたえ。
「れぅもあっちがいいです」
 逢魔としては、防御力の上がる殲騎船に接続された状態の方が魔皇を守りやすいとあって、れぅが頬を膨らませるのも分からない訳ではない。
「あれでコアヴィークル並みの速度が出るんだから、詐欺よね‥‥」
「たえさんも、詐欺さん好きですよねー」
「言うようになったわね、れぅも‥‥」
 真幻魔影による撹乱作戦でネフィリムを各個撃破出来るまでに持ち込んだのは良かったのだが、後方から現れた敵の増援による指示なのだろう、地上に舞い降りた天使の姿をしたネフィリム達は地上を瞬く間に席巻して彼女達に迫っていた。
「やな奴。確かにアレなら被害は最小限よね‥‥」
 三半規管が狂ったのか、上空から錐揉みで敵同士で激突していたのもほんの一瞬だった。
 それ以上の敵の中での疲弊は期待できないと、20機が15機に減り、増援で25機のネフィリム達に囲まれた時点でたえも戦略を変更して敵将を狙うように動き始めた。
「撲殺和尚、撲殺和尚っと‥‥」
「楽しそうですね」
 視線を左右に走らせるたえの背に、れぅの溜め息の様な、諦めの吐息が流れるのだった。

「詠二、結夏、待たせたな!」
 ジェフトが殲騎を駆って風となって駆け抜ける。
 真ドラゴンプレートで敵を薙いで、一瞬の空白地帯を生み出した所に3機の殲騎が仁王立ちになってネフィリム達と対峙する。
「さぁ、来なさい坊主!」
「おいおい。俺が最初だぜ」
 結夏の言葉に詠二が緊張した趣で正面を見据えていると、ネフィリム達の中から一機が進み出てすっとその左腕を差し上げた。
「高松市内?」
 西方に見える市街を遥かに、魔皇たちは地上から浮かぶテンプルムの存在を確認できる。
 香川県庁、その真上に位置する白亜の城であるテンプルムには、今まさにクレヴァスが攻撃を仕掛けている頃かもしれない。
「いや、あの高度だと俺達の武器も通じない‥‥まさか!」
 詠二が殲騎を走らせようとするのを、ジェフトが止める。
「陣形を崩すな。中途半端で戦えるほどヤワな相手でないのは俺達が知ってる筈だろう?!」
「ああ、しかし‥‥みすみす死にに行くような物だぜ!?」
 焦りの見える詠二だったが、彼らは目前のネフィリムの操縦席が開かれてゆくのに目を見張った。

●神帝軍・高松テンプルム総責任者−最空−
 操縦席のハッチを開くように命じて、グレゴール最空がネフィリムの操縦席から見える殲騎と殲騎船に目をやった。
「素晴らしきかな。惜しむらくはそれを操る者共の中に無謀と勇気を履き違えた者達がいるということか。新規のグレゴールの手を煩わせるまでもない」
「では、テンプルムを襲おうとして失敗している者は?」
 コックピットの奥から声が響く。
「捨て置け。己の武器の射程もわからぬ痴れ者、神帝様よりお預かりしたテンプルムを傷つけられるはずもない。県庁舎と県警本部が破壊されないように、下の県警本部より警邏を出すように言っておけばよい」
「分かりました」
 手短に言うと指令がテンプルムに飛ぶ。
 そして魔皇達と対峙した最空が大音声で彼らに向かう。
「良くぞ育った! 良くぞ見つけた! それでなくては倒す価値もない。戦う価値もない!」
 殲騎達の動きに反応して、最空のネフィリムを守っている2体が光の盾をかざして守りに備える。
「いざ尋常に! その船が真に貴様達の箱舟となるか、それとも棺桶となるか! 見極めてくれよう!」
 決戦の時来る。
 最空の声に殲騎が動いた。

●屋島壇ノ浦決戦
 ネフィリムの壁を打ち破り、最空の駆るネフィリムに肉薄した結夏と詠二の殲騎がそれぞれの武器を構えて大地を蹴る。
「喰らいなさい!」
「此処で討たせて貰うぞ!」
 ジャンクブレイドと真ハウリングカッターの唸りが風を生む勢いでネフィリムに迫る。
 だが、それも一瞬の隙に現れた敵ネフィリムが影の如くに最空のグレゴールに張り付き、展開された光の盾が詠二たちの勢いをそぐ。
「またかっ!」
「それでっ!」
 一瞬の攻防で、次に出る敵の反撃が詠二達にも分かっていた。
 光の剣のような存在がネフィリムの腕の中に現出し、体勢の崩れた殲騎を諸共に吹き飛ばすように振るわれる。
「御国!」
「大丈夫だ! 殲騎は無事では済まなかったが‥‥」
「美琴、疲弊率は!」
「まだいけます。でも、相手に与えられたダメージが‥‥」
 ジリ貧の戦いになる。
 それが彼らにも分かっていた。
 相手は防御を主体にしたネフィリムを数体と、遠距離攻撃を主体にした機体、更に近接戦闘に専念する機体と、各部門を専門家刺せた者達の集団のようだ。
 それが互いをカバーして、10体のネフィリムがあたかも一つの生命のように連動して動いている。
「それでも‥‥まだだ!」
 猛るジェフトの炎のような操縦に、セラティスも応えるようにして殲騎の中に流れるエンッルギーと情報の統合、操作を息をつぐ間も無く続けている。
 レギオンに向かうネフィリムの翼を切り裂くように振るわれるスピアが白亜の機体を引き裂き、ひるんだ隙を見逃す事無く叩きつける真なるドラゴンプレートが灼熱の中に敵を叩き込む。
「ジェフトさん!」
「!?!」
 セラティスの叫びで殲騎を跳躍させる。
 刹那の後にアストレイリーズの居た筈の場所に光の槍が無数に突き刺さって輝いていた。
「っ! 舐めるなぁ!」
 彼を仕留める為に結集したネフィリム達に向けて頭上より解放された力で振るわれた真獣刃斬がネフィリムの胴を真っ二つに引き裂き、へし折ってゆく。
「詠二達は?!」
「最空に迫っています。ムーンライトから援護を受けていますが」
 接敵するまでに迫っても陣形の崩れない敵は、数を減らされながらも徐々に魔皇達を押し返しているようにも思える。
「無駄だというのか、此処まで来ても!?」
 詠二の焦りが手にとるように分かる。
 代われるものなら代わりたい、その願いも虚しく美琴は殲騎の安定を保つのに手一杯だ。
「誰も死なせたくないもの。だから、この命を賭けて守り抜くのみっ!!」
 ジャンクブレイドを振るう腕が悲鳴をあげる。
 それでも敵をかすめるだけで、確実なダメージとなった様子は伺えられない。
「結夏!」
 御国の注意がなければ最空の放った一撃によって頭部を吹き飛ばされていたかもしれない。
 多彩なシャイニングフォースを操る聖鍵戦士も多いが、最空は明らかに少ない攻撃手段にしかSFを使おうとしない。
 変わりに、一撃一撃がどのグレゴールよりも研ぎ澄まされた刃を思わせる鋭さと、圧倒的な膂力で魔皇達に放たれるのだ。
「景顕、覚悟を決めろ!」
「ああ、巧く狙えよ!」
 風を撒きながら、殲騎船の巨体が地上すれすれを走り抜ける。
「避けろ!」
 ディフレクトウォールを展開したまま、ネフィリムに体当たりしたレギオンによって天高く舞い上がるネフィリムの四肢があらぬ方向に曲がったのが一瞬。
 しかし再び地上に降り立ったネフィリムからは全く力の衰えたような雰囲気は感じられなかった。
「この、いい加減にしなさいよ化物っ!」
「右に同じっ!」
 結夏の薙いだジャンクブレードを掴み取ると思いきや、最空の操っていたネフィリムの四肢から力が抜けるようにして崩れ落ち‥‥唸るブレードがグレゴールの動きを奪って止めた。
「やったの?」
 肩で息をする結夏も突然の異変に戸惑いを覚えるばかり。
「まだだ、油断するな!」
「結夏!」
 詠二が、御国が叫ばなければ結夏は白熱の中に消えていたかもしれない。
 かろうじて閃光を避けた殲騎が生んだ体勢を整える為の一瞬の隙を、流石にグレゴール達を束ねる者は見逃してくれなかった。
「最空! これで最後だ!」
 咆哮一閃、詠二が繰り出したクロムブレイドが流そうとして出された腕を諸共に引き裂いてゆく。
「最空! 例えお前に適わぬと言っても、俺には美琴が、背を預けて戦える仲間がいる。此処で討たせて貰う、最空!」
 迎え撃とうとしたネフィリムに、打ち込まれる光弾は明、たえが放った物。
 硬直した一瞬に結夏、詠二の殲騎が振るう剣が叩き込まれてゆく。
「みんな! 散開を!」
 一瞬の間だった。
 要が叫んだことで皆が殲騎を離脱させることに集中し、ネフィリム達の一斉攻撃で最空のネフィリムの位置だけ避けて打たれた光弾が大地を抉り、凶暴な破壊の爪痕をそこに刻み込んだ。
「油断ならない連中だな!」
「ジェフトさん!」
 セラティスに殲騎の最高出力が落ちつつあることを知らされてジェフトが舌打ちする。
「戦闘時間が長すぎたのか‥‥」
「皆船に乗れ!」
 最空のネフィリムが後方に下がる瞬間に、一瞬だけ引いた敵の中をレギオンが飛翔する。
「キリア、何処へ行くんだ?」
「ああは言ったが‥‥巻き添えを食らうのはごめんだからな」
 最大船速にまで高めた速度で高松市内に飛び込んで、テンプルム上空を旋回した殲騎船レギオンに白い城から攻撃部隊が舞い上がる。
「よし、これでいい。逃げる時間はあるだろう」
 眼下に広がる高松市内を飛翔して飛び去る殲騎船の航跡を、人々はどのような視線で追ったのか、それは定かではない。

 数時間後、無事に古の隠れ家に戻った魔皇達が最後の救助者を船外に送り出した時だった。
「たえさん、たえさん、これなあに?」
「私に聞く?」
 れぅが綺麗なのといって自分の首に掛けられたネックレスを見せた。
「それは?」
「私もです」
 御国、セラティスも己の首に何時の間にか掛かっていたネックレスに目を丸くした。
「来て見ろみんな。レギオンの総合システムからのメッセージだ」
 キリアが促すと、他の逢魔達と同じ様に首に掛かったネックレスに指を触れていたシェリルが頷いてシートにゆったりと座り込む。
「メインパネルに投射します。このネックレス、そのものが殲騎船レギオンのシステムとの同調に必要なコネクターです」
「わぁ‥‥」
 翼が嬉しそうな笑みでパネルを見上げている横で、一世一代の告白を甘いといって跳ね除けられてしまった光が呆然と見上げていた。
「ふん。別にこれがなくとも接続は可能なようだが? まぁ効率が良いというならもらっておくが‥‥」
「おいおい」
 羽生の天邪鬼な物言いに肩を竦める要が魔皇たちの笑顔を誘う。
「全部で9個ですか‥‥」
 翼、れぅ、御国、美琴、セラティス、シェリル、フィア、羽生、ルフィの胸元で輝くペンダントが揺れていた。

 そして、高松テンプルムをかすめて飛んだ時に被弾していた後尾翼の損傷の修復には作業と調整で一週間が必要だと分かった。
 殲騎船小破、その報は瞬く間に翡翠の司である鼎にも伝えられた。
「そう、これでまた何人が死ぬ事か‥‥」
 殲騎船が再び飛翔できるようになるまで、魔皇達は九州地方のテンプルム攻略策を先送りにしなければいけなくなったのだった。
 レギオンの中には規模は小さいものの『紫の夜』の為の儀式の間もあり、今までと同じ様な手続きを踏めば有効範囲は小さくなるものの『紫の夜』を局所的に生み出すことも可能だと分かっている。
 このためには司の協力が不可欠なのだが、今までと異なり打って出る事が戦略的な広がりを見せたといえるだろう。

 彼ら魔皇達ついに絶対不可侵領域の中でも殲騎を召喚可能と言う太古の遺産、殲騎船レギオンの完全なる復活に成功したのだった。
 古の遺産が天を羽ばたく時、そこにはいったい何が待ち受けているのだろうか。

【最終話・完】


 そして‥‥?