■Transcend■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオEX クリエーター名 しんや
オープニング
 伊豆の海上に、一隻の船が浮かんでいる。それには、密と魔皇たちが乗り込んでいた。
「では、これより訓練を始めたいと思いますので、皆様、殲騎を召喚してください」
 密は魔皇と逢魔たちへと言葉を投げかけると、彼等は黙って頷いて甲板へと出て行った。彼等の指には、ひとつの指輪が輝いている。
 彼等が甲板に出て念じたそのとき、海上に八機の殲騎がその姿を現した。だがそれは、今まで確認できた殲騎とは異なる姿をしていた。
 それは古の隠れ家にて、飛行殲騎《メガフロート》と共に発見された遺産・《指輪》によってこの世に具現化された殲騎――《魔凱殲騎(アクスディア)》なのである。
 それほどの存在が、何故テンプルムも存在しない海上で召喚されたのか?
 ――密の言の通り、訓練の為だ。
 如何に強力な代物でも、満足に扱えないのであれば宝の持ち腐れ。力を制御でき、且つ目標を撃破できるようにする事が、訓練の目的である。
 八機全ての殲騎が召喚された事を確認した密は言った。
「では、訓練開始を開始します」
シナリオ傾向 魔凱殲騎の訓練
参加PC キサラギ・アオイ
あいだ・黒緒
柳原・我斬
イグニス・ヴァリアント
ヴィラスト・シャウゼン
赤霧・連
水葉・優樹
スー・ホーミン
Transcend
●訓練
「訓練開始」
 密の嚆矢を受けた魔皇たちは、各々の《魔凱殲騎》を操って海上に浮かぶ訓練用に作った大きなブイへと向かう。先陣を切るのは、スー・ホーミン(w3h495)が操るフェアリーテイル型《魔凱殲騎》・グリフォンだ。
「これが《魔凱殲騎》ですか、強大な力を感じますね‥‥。この力が我々にどれだけ扱えるか、振りまわされない様に頑張りましょう。‥‥ホーミン様!」
「イケ〜! ビットちゃん、あそこやぁ〜」
 逢魔・グリフィス(w3h495)の言葉に応え、スーはグリフォンに取り付けられている妖精のような六つの翼のうち、こめかみ部分に備えてある翼ふたつを射出した。スーの思念によって高速で飛行するふたつの翼は、光の尾を引きながらひとつのブイへと接近し、一定の距離まで近づくと先端から光線を放つ。ふたつの光線は頼り無げに揺れるブイを貫くと、水柱が高々と昇った。
「中々の威力ですね」
「よっしゃ、次行くでぇ〜!」
(「すいませんけど、ちょっと見てくれませんか〜?」)
「んあ?」
 意気揚々として次の目標へと翼を飛ばそうとしたスーとグリフィスの頭に、幼い子供の声が投げかけられる。それを聞いた彼女は、不覚にも間抜けな声を漏らしてしまった。
 次の瞬間、何もない空が突如として光が瞬き、そこから銃弾が放たれた。それはひとつのブイの横を掠め、海面を突き破って小さな水柱を作る。殲騎がブイに向けて放ったものだが、周辺百メートルにはスーのグリフォン以外の殲騎は、姿形すら存在していない。
 そして再び、宙からひとつの物体が現れた。真ワイズマンクロックだ。それは弧を描いてブイへと向かっていき、接触すると爆発を起こしてブイ諸共四散させる。
(「どんな風に見えた?」)
 今度は、幾分年を重ねた女性による声がスーたちの頭に響く。その声の主は、あいだ・黒緒(w3a918)のものである。ちなみに先ほどの少女の声は、逢魔・芽瑠萌(w3a918)のものだ。黒緒が操るインプ型《魔凱殲騎》・ワイズガンは、姿だけでなく気配すら消せるステルスマントを装備している。現在はそれを使用している為、姿が見えないのだ。
「マズルフラッシュってゆ〜んか? それがいきなり光ったと思ぉたら、弾が飛び出ましたわ」
「ワイズマンクロックの場合、何もない所から突然出現したように見えましたが」
(「そうか。では、次は機体を水中へと浮かべるから、穴ができるかどうか見てくれ。できれば、その間に海面に影ができているかどうかも見て欲しい」) 
 ふたりの答えを聞いた黒緒は、再び提案して機体を下降させる。ワイズマンが海面に近づくが、影は全くできていない。完全に周りの風景と同化しているようだ。だが、彼の機体が水中に入ったとき、水面に妙な空間が作られる。
(「黒緒はん、聞こえております? 影はできまへんでしたけど、水中に入るときに変な穴ができてしまいましたで〜」)
(「ふむ‥‥。我斬、そちらからは目視できるか?」)
 海中へと進入したワイズマンの近くには、まるでステルス戦闘機のように流線型のマリンパーツを装備した、目にも鮮やかなライトグリーンで統一されている柳原・我斬(w3b888)のセイレーン型《魔凱殲騎》・絶狼が悠々と漂っている。
(「こちらからは、殆ど確認できません。唯、海流の所為かもしれませんが、僅かに殲騎の輪郭が見えますが‥‥」)
 我斬に代わって答えたのは、彼の背後に座る逢魔・レイル(w3b888)だ。彼女の声を聞いた黒緒は暫く黙して考えると、
(「なるほど。ふたり共ありがとう、色々と理解する事ができた。これからは各自自由に訓練を行おう」)
 と、スーと我斬に礼を言い、勢い良く海上へと飛び出し、訓練へと戻る。
「俺たちもそろそろ始めよう。アオイ嬢、そちらはどうだ?」
(「何時でも行けます」)
(「真スニークスター、行くよ〜☆」)
 我斬は視界を上へ向けてその言葉を送ると、大人っぽい女性の声と子供っぽい少年の声、ふたつの正反対な声が返ってきた。
 女性の声の主、キサラギ・アオイ(w3a266)と少年の声の主、逢魔・シオン(w3a266)は我斬の絶狼のほぼ真上の上空に位置して待機している。シャンブロウ型《魔凱殲騎》・スニークスターは、上半身こそ通常のガンスリンガーとほぼ同じだが、下半身が異なっている。ケンタウルスのように、四足獣のような姿となっているのだ。
「よし、行くぞ!」
 我斬の掛け声と共に絶狼を青い海の中を、アオイもスニークスターで天雲が流れる空を四つの足で駆ける。
 マリンパーツの恩恵によって水中の機動性を飛躍的に高めている絶狼のその様は、正に水を得た魚。水の抵抗を無くしている為、海中だというのに凄まじい速度で進行する。対するスニークスターも、大地を走り抜けるかの如く、その蹄は宙を力強く蹴っていた。しかし、そのスピードは通常の殲騎と同程度であり、我斬が操る絶狼との距離はあっという間に開いてしまう。
「速度は、余り変わんないみたいだねぇ」
「それじゃ、次はブイを狙ってみましょう」
 アオイがそう言うと、真恩讐の弓を召喚してスニークスターに持たせると、方向転換してブイと並行するように走る。そして流鏑馬をする為か、弓弦を引いて構える。すると、この世を彷徨う怨霊が矢へと形作られた。それと同時に我斬の絶狼も自身を海上に姿を現し、移動しながら真デヴァステイターを召喚して、引き金にかける指に力を込める。
 次の瞬間――弓弦は放され、引き金が引かれた。
 放たれた怨霊の矢と魔力の弾丸は、空すら裂くほどの速度で目標のブイへと真っ直ぐ突き進み、矢と銃弾は十を切るかのように交差しながらブイを貫き、破裂させた。しかもスニークスターは、ブイとの距離が六十メートルも離れている。真恩讐の弓の射程距離は、三十メートル。それでもブイに命中させたのは、弓系魔皇殻の射程と命中率が倍増させるという、シャンブロウ型《魔凱殲騎》の特性のお陰だ。
「確かに、撃ち易くなっているわね」
 手応えを感じているのか、アオイは呟き、次のブイに狙いを定めて弓弦を引く。そして矢を放とうとしたとき、海上にゆらゆらと浮かんでいたブイが、突如勢い良く発生した水飛沫によって上空高く放り投げられる。突然の出来事にもアオイは全く動揺せずに、落下していくブイへと矢を放った。それも見事にブイを射止めて破裂させ、海の藻屑となって散っていく。
 先の水飛沫は、ブイの真下に移動していた絶狼が真テラーウイングによって発生させたもの。ウイングの突風を水中で使用するとどのようになるか、アオイの訓練を兼ねて使ったのである。
「良い感じだな。アオイ嬢、今度は緩急をつけていくぞ」
(「判りました、どうぞ」)
 そうふたりは会話を交わし、次の目標へと向かっていた。
 その我斬たちから少し離れた空に、透き通るような白い機体、凶骨型《魔凱殲騎》・キュアライトが居た。
「お嬢様は、心置きなく訓練に集中してくださいまし」
 キュアライトを駆る赤霧・連(w3g631)に、逢魔・セバス(w3g631)が優しげに言をかける。その言葉に、連は微笑を浮かべて頷いた。
「私の使う得物がどれだけ私の力となってくれるのか‥‥、まずはそこからです。でも信じていますよ☆」
 彼女が言う得物とは、キュアライトが肩に担いでいる殲騎の五倍以上の巨大さを誇る黒い大鎌だ。それは幾多の死霊で形作られているかのように、禍々しい印象を与える。《直感の白》であるキュアライトには、些か不似合いの得物だ。どちらかと言えば、ペインブラッドのほうが似合うだろう。
「では、行きますよ!」
 そんな事など全く気にせずに、連は顔つきを真剣なものへと変えてキュアライトをブイへと接近させる。機体が自らの間合いにブイが入ると、キュアライトは渾身の力を込めて大鎌を縦に振り抜いた。
 海が、割れた。
 四十メートルにも及ぶ大鎌で繰り出された斬撃はブイだけでなく、海面すら斬り裂き、海に巨大な切れ目を作ってしまったのである――勿論、切れ目はすぐに消え失せ、元の波打つ海面へと戻ったが――。それを為した大鎌の威力を目にした連とセバスは、
「す、凄い威力ですね‥‥」
「さ、左様ですな、お嬢様‥‥」
 と、呟き合う。無理もないが、どうやら驚きを隠せなかったらしい。
「では、次は投擲してみましょうか」
 そう言って連はキュアライトを移動させ、次のブイから百メートルほど離れた位置で止まると、大鎌を投げる態勢に入る。そして彼女は、息を口から一気に吐き出すと、殲騎の身体全体を使って大鎌をブイへと放り投げた。巨大な鎌は全てを切り裂かんとする凶刃を回転させながら迫り、首を刎ねたかのようにブイを真ん中から切り裂くと、失速して海へと落ちていく。
 そこに密が操縦する船がキュアライトに近づけ、連へと叫んだ。
「連様! 早く鎌を回収してください!」
「? どうしてですか?」
「凶骨の鎌はシュリケンブーメランのような魔皇殻とは違い、自動で所有者に戻ってくる代物ではないんです! このまま放置しておけば、海底まで沈んでしまいますよ!」
「!!」
 密の声を聞いた連の顔からは血の気が引き、白い肌がより白くなってしまった。見方によっては、少々青みがかっているようにも見える。
「それは大変です! すぐに取りに行かないと‥‥!」
 彼女は大急ぎでキュアライトを操作し、大鎌を回収する為に自ら海中へと飛び込んでいった。
「‥‥連が来るまで、個人訓練をしておくか」
「それもそうですね‥‥」
 ヴィラスト・シャウゼン(w3f239)と逢魔・アルテス(w3f239)もそれを見ており、苦笑しながら言った。彼等が操る《魔凱殲騎》・零式は、アオイのものと同じシャンブロウ型だ。違うのは、上半身がディアブロのものであり、機体の色が黒と赤である事ぐらいだろう。
「《魔凱》、か‥‥。いくら強力でも、使いこなせなければ無意味。力に振り回されるようなら尚更だな」
「大丈夫です。この訓練で使いこなせて見せるんです。これからのために、絶対に‥‥!」
 ふたりは自らにそう言い聞かせると、零式はブイへと向けて、蹄が空を蹴り砕く勢いで疾走する。その手の甲には真シューティングクローが装着されており、何時でも攻撃を放てるように振りかぶっている。零式が真っ直ぐブイへと向かって爪が付いた拳を振り下ろすと、それをいとも簡単に潰して水柱を上げた。その結果を見て、上空に巻き上げられた飛沫を雨のように受ける零式の中でヴィラストは苦い顔を作る。
「‥‥チャージ攻撃はキャンセルできないようだな」
「そのようですね。では、次は小回りが効くかどうか調べてみましょう」
「そうだな。‥‥行くぞ!」
「はい!」
 そう言って、零式は再び空を蹴って先に浮かぶブイへと駆け出した。ブイとの距離が半分ほどに縮まると、ヴィラストは瞬時に右へと傾けるイメージを頭の中で描いた。すると零式は横に跳び、進路を変える事に成功した。進路を変えた零式を元に戻そうと左に跳ぶイメージを描くと、今度は左に跳び、ブイを目前にと機体を移す。そしてそのまま、ブイを殴りつけて破壊した。
「小回りは効いてくれるようだな」
「では、次は何をしましょうか?」
「とりあえず、連が来るのを待とう」
「そ、そうですね‥‥」
 ヴィラストのその言葉に、アルテスは再び苦笑した。と言うより、そうするしかなかった。
 一方、海面を擦るかと思われるほど低空で高速飛行し、背後で水の尾を引く殲騎が居た。それは、水葉・優樹(w3g636)と逢魔・六華(w3g636)が乗り込んでいるナイトノワール型《魔凱殲騎》・ガンアルファである。背部にブースターを装備したガンアルファの現在の速度は、時速七百キロは悠に超えている。だが、ナイトノワールの《魔凱殲騎》の最高速度はマッハ一にも到達するのだ。今は優樹が圧倒的な速度に慣れる為の、云わば試運転である。
「よし、思っていた以上に良い反応だ」
「それじゃあ、あのブイを狙ってみましょう」
 六華の指し示すブイとは、ガンアルファの左手に見えるものだ。優樹はそれを承諾し、ガンアルファに真クロムライフルを装備させ、銃口を目標へと定めた。だが、初めて体験する速度の所為か照準が合わず、ライフルは火を吹くが弾丸はブイを掠めて海面に着弾してしまう。その結果に、優樹は思わず舌打ちした。
「このスピードじゃ当てるのは難しいな。少しスピードを落としてもう一度だ!」
 優樹の言葉と思考に感応し、ガンアルファのスピードは多少低下し、時速六百メートルほどとなった。実は、この速度こそがナイトノワール型《魔凱殲騎》の巡航及び戦闘速度なのだ。最高速度のマッハ一とは、あくまでも戦場に素早く赴く為の移動手段として使われるのが主である。
 それを本能で感じ取ったのか、ガンアルファは再びライフルをブイへと向け、そして引き金を引く。高速で飛ぶ弾丸は空気の壁諸共ブイを貫き、虚空へと消えていった。散ったブイを見て、優樹は小さなガッツポーズを取った。
「水葉も既に使いこなしているか‥‥。負けてはいられない、こちらも始めるとしよう」
「私のサポートがどこまで役に立つか判んないけど、精一杯頑張ろう!」
 巨大なフロストウルフ――ではなく、機械的に構成された銀色の巨狼に乗っているのは、《修羅の黄金》であるイグニス・ヴァリアント(w3e444)とウインターフォークの逢魔・ヒサメ(w3e444)だ。それは愛機ジークフリートが変貌した姿であり、ウインターフォーク型の《魔凱殲騎》はこのような巨大な狼の姿となるのである。しかも真ビーストホーンと真テラーウイングを装備しているので、その姿は巨大な角と黒い翼を持つ、異様な狼だ。
 イグニスはひとつの想いを秘めて、この訓練へと望んでいる。
 それは――力に溺れず、振り回されないことだ。
 過去の歴史にも、強大な力を手にした精神が脆弱な者はその身を滅ぼす傾向にある。彼はそのひとりにならぬよう、自らに戒めているのだ。
(「‥‥しかし、強力な力というのはどうしても気分が高揚してしまう」)
 力からの誘惑に何とか耐えながら、イグニスはジークフリートを走らせる。その動きは非常に機敏で、本物の狼のようなしなやかな動きを見せる。彼も優樹と同じように、速度に慣れようとしているのだ。
「乗っている分には、特に問題はないな。ヒサメ、《真狼風旋》を使うぞ!」
「うん、遠慮なくやっちゃって!」
 ヒサメの了解の言葉を聞くと、イグニスはすかさず《真狼風旋》を発動させる。風の狼の加護を受けたジークフリートは、その名に恥じぬ動きを見せ、烈風の如き一撃でブイを一蹴した。しかもイグニスたちには何の悪影響も及ぼしてはいない。尤も、時速六百メートルで飛行している優樹でさえ何ともなかったのだから、それも当たり前の事なのだが。
 その後、次の訓練である《実戦》を有利に進めるように二人一組となり、コンビネーションを確実なものとする為、精力的に動いている。
「流石は魔皇様、順応が早いですね。これならば‥‥」
 その魔皇たちの《魔凱殲騎》の扱いを見て、密は頭の中で思い描いていた推測を決定的なものへと変化させた。そして、魔皇たちに叫びながら思念を送った。
「皆様、次の訓練に移る前に休憩しましょう!」

「ね〜ね〜! 実戦の相手ってどういう人たちなの〜? やっぱり魔凱殲騎に乗ってるの〜?」
 《魔凱殲騎》を送還した魔皇たちは近くの無人島に降り、休憩を兼ねて軽食を取っている。するとシオンが、猫なで声を上げて密に《実戦》を行う相手の事を訊ねる。
「それはですね‥‥」
「それは?」
「あとのお楽しみと言う事で♪」
 人差し指を自らの唇につけて、密は焦らすように答えた。当然というべきか、シオンはその答えを聞いて頬を膨らませてブーイングする。
「ぶー垂れても教える事はできませんよ」
 密はそう言い放ち、手に取った一口サイズのタマゴサンドイッチを口に放り込む。そこに、密が持つ無線機が鳴り始めた。密は無線機を手に取ると、スイッチを入れて通信を受け取った。
「はい。‥‥そうですか、判りました。ご苦労様です」
 何者かの連絡を受けた密は、
「皆様、相手がこちらに向かって来ているようですので、すぐに《魔凱殲騎》を召喚してください」
 と、各々に休んでいる魔皇たちに指示を送り、出されたゴミを丁寧に分別しながら片付けていく。それに感化されたのか、それとも当たり前の行動なのか――できれば後者を推したいが――、魔皇と逢魔もせっせとゴミを回収する。
 しばらく片付けをしていると、密が何かを思い出したのか、スーに声をかけた。
「スー様。少し宜しいですか?」
「なんや?」
「翼による光線は、《魔凱殲騎》を送還して二十四時間経たなければ補充できませんので注意してください」
「んな!?」
 密の口から打ち明けられた真実――単に言い忘れていただけだが――、スーは驚天動地。開いた口が塞がらない状況だ。漫画であれば、背景に稲妻が走っている事だろう。
「そ、そんなん聞いとらんよ!」
「何せ初めて言いましたから」
「だからて、こんな本番直前に言われたって無理が――」
「そこは、各々の技量で何とかして頂くしか‥‥」
「うがー!!!」
 そんな掛け合いを混じえながらも後片付けはすぐに終わり、魔皇たちは《魔凱殲騎》を呼び出して海上――絶狼だけは海中――で待機する。
「密、そろそろどんな相手なのか教えてくれてもいいんじゃないか?」
 再び訊ねたのは、我斬だ。それに対し、密の答えは簡単だった。彼女は双眼鏡で水平線の彼方を覗いており、既に相手を確認していた。
「もう来ますから、教える必要はないと思いますよ」
 彼女の言葉通り、その相手は既に魔皇たちの肉眼で確認できる距離にまで迫っている。魔皇たちが見たその姿。それは、
 ――神機巨兵、ネフィリムだった。その数は、《魔凱殲騎》と同じ八機だ。しかもその中には、形状の異なる二機のネフィリムが存在している。恐らく、ネフィリム・ヴァーチャーだろう。
 それを見た魔皇たちは、当然の事ながら驚きを隠せなかった。その彼等に、一機のネフィリム・ヴァーチャー――全身に鋭利な刃を備え付け、二十メートルはある両刃の剣と盾を携える巨兵を操る者から思念が入る。
「今回は招いてくれた事を感謝する。楽しい時間を過ごすとしよう」
 魔皇たちに向けて響いた声は、さいたまテンプルムに所属するグレゴール・ヨハンのものだ。
「楽しければいいがな」
 ヨハンのネフィリム・ヴァーチャーの剣と同程度の巨大さを誇る刀を持ち、背部に巨大な白い翼――ブースターを取り付けたネフィリム・ヴァーチャーからはシュナイダーの声が放たれた。
「招いたって、どういう事だ?」
「私たちが情報をリークし、知らせました」
 先の感情豊かに会話していた密とは打って変わり、我斬の疑問ににべもなく答える。それに反応して、魔皇たちは彼女に向き直った。
「ですが、勘違いしないで下さい。私は裏切ってなどいません」
「‥‥説明してくれる?」
 アオイの詰問する。密は勿論、と言わんばかりに頷いて、口を開いた。
「訓練は、極めて実戦に近いものでなくてはいけません。でなくては、成果は有り得ませんから」
「‥‥つまり、これは来るべき戦いの時に備えての模擬戦であり、前哨戦という訳か」
 イグニスの口から出た予想に、密は頷いた。
「全く、面倒な事になったな」
「でも、ここでヴァーチャーを二機共堕とす事ができたら‥‥」
「充分なアドバンテージとなります。正に一石二鳥でしょう♪」
 ヴィラストとアルテスの会話に乱入するように密が言うと、ふたりだけでなく、その場にいる魔に属する者たちは苦笑するしかなかった。
 魔皇たちの会話を聞いていたヨハンは、肩を竦めて言った。
「どうやら、私たちは誘い出されたようだぞ?」
「やる事は最初から決まっている。叩き潰す、それだけだ」
「キミは相変わらず強引だな。‥‥だが、そのやり方は嫌いじゃない」
 肉食獣のような凶暴な笑みを浮かべ、ヨハンのヴァーチャーは空裂音を上げながら巨剣・《斬魔刀》を構える。
「丁度、こちらも試運転だ。私、ヨハンとヴァーチャー・《ゼルエル》、その名を刻んで逝くがいい」
「無意味な事だが、俺もヨハンに習って名乗っておこう。シュナイダー、ヴァーチャー・《ラミエル》、行くぞ」
 シュナイダーも自らと乗機の名を言うが、それはその場に置き去りとなった。
 ラミエルはブースターから溢れ出る蒼い尾を引き、高速で《魔凱殲騎》へと迫る。ゼルエルと他のネフィリムも個々に散らばり、魔皇たちに攻撃を攻撃を開始した。
 あらゆる兵器を超越する者たちが、激突する。


●超越
 ネフィリムの一般的な兵装である剣と盾を装備したネフィリムと、マシンガンなどの銃器を装備したネフィリムが二体ずつ連のキュアライトとヴィラストの零式に接近してくる。
「殺す気で来るというのはこう言う事ですか。人が悪過ぎますよ、本当に‥‥」
「それよりお嬢様、敵が迫っておりますぞ」
「えぇ、判っています。シャウゼンさん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。‥‥アルテス、行けるか?」
「はい、行きましょう、ヴィラスト様。」
「‥‥黒紅の零式、推して参る‥‥!!」
 最後はヴィラストとアルテスが異口同音に言って、飛び出した。
 後衛に位置するネフィリムから放たれ、飛来する銃弾の雨をヴィラストは零式を巧みに操縦してそれを回避し、前衛のネフィリムへと接近して《真音速剣》を付加させた真グレートザンバーの刃を繰り出す。ネフィリムは盾で防御するが、その名の通り音速で放たれた十二の斬撃はネフィリムを盾諸共切り刻んだ。剣の舞を受けたネフィリムは態勢を崩し、大きな隙を魔皇に与える。
 そこにつけこんだのが、連だ。
 彼女が操るキュアライトは零式の背後に隠れてネフィリムに接近していたのだ。そして、無情にも大鎌は振り下ろされた。
 キュアライトが振り下ろした鎌を、グレゴールは死神のものだと思った事だろう。弧を描く巨大な黒い刃はグレゴールと共にネフィリムを易々と両断し、斬り捨てた。更に彼女は勢いに任せて一回転し、すかさず鎌を横へと叩き付けるように流す。その進路上にはもう一体の前衛であるネフィリムの腹部があり、それを真一文字に裂いて鎌を振り抜いた。
 それを為したキュアライトに後衛のネフィリムは彼女へと一斉に弾丸をばら撒くが、素早く背後に回りこんだ零式が今度は《真両斬剣》を発動させ、渾身の斬撃をネフィリムの頭部へと食い込ませる。巨刃は一度たりとも停滞する事無くネフィリムを真っ直ぐに捌いた。そしてすかさず真シューティングクローを最後のネフィリムのコックピットに射出して、見事それを打ち貫く。
 彼等の戦いは一方的で、それは獅子が兎を狩る様を彷彿とさせるものだった。
 そのような戦いは、黒緒とスーのコンビでも行われている。
「くそッ、なんだこいつは‥‥!」
 ひとりのグレゴールが、苛立ちを吐き出すように呟く。
 スーのグリフォンと黒緒のワイズマンに向かっていった四体のネフィリムのうち、既に三機が堕とされている。唯ひとり残った彼のネフィリムが仲間入りするのも時間の問題だ。姿が見えぬ狩猟者と、光を放つ小さき妖精に惑わされた時点で、彼等の運命は既に決まっているようなものなのだから。
 六つの小さき妖精がネフィリムの周囲を縦横無尽に駆け巡ると、全て同時に光線を放った。グレゴールはそれに反応できず、何もできぬまま照射され、ネフィリムは貫かれる。そして、何もない空間から突如紫の魔弾が放たれ、それが止めとなってネフィリムを破壊した。ステルスマントを使用したワイズマンが放った《真狙撃弾》である。
「なんや、簡単やったなぁ」
 ネフィリムの破片が落ちていくさまを、スーは目で追いながら拍子抜けしたように言った。
「この分なら、ヴァーチャーも堕としてるんやないの?」
「いえ、苦戦しているようです」
 グリフィスの言葉に反応して、スーはそちらへと目を向ける。
 その視線の先では、四人の魔皇が《力》と《雷》の天使との壮絶な戦いが繰り広げられていた。

「こいつ、速い‥‥!」
 高速で移動しながら真クロムライフルで銃撃し、更に真ワイズマンクロックで攻撃するガンアルファの内部で、優樹が苦虫を噛み潰したような顔をして言った。彼が相手をしているのはラミエル。シュナイダーが駆るヴァーチャーだ。
 彼のヴァーチャーはナイトノワール型《魔凱殲騎》の高機動力に匹敵するもので、ガンアルファの弾幕をに付いていっているのである。
「鬼ごっこは、そろそろ終わりだ」
 シュナイダーはそう吐き捨て、ラミエルの掌をガンアルファへと向ける。するとそこにスパークが生まれ、白に輝く雷撃が矢の如く高速で撃ち出された。雷の矢はガンアルファに迫るが、それを察知した優樹が咄嗟に機体を傾げてそれをやり過ごす事ができた。もう少し反応が遅れれば、雷撃の餌食になっていた事だろう。
「良い反応だ。ならば、これならどうだ?」
 危険な笑みを浮かべるシュナイダーは、今度は両の掌を翳して雷撃を撃ち始めた。次々と迫る雷撃を持ち前の機動力で回避していくガンアルファだが、徐々に追い詰められていく。
 そして、遂にその時が来てしまった。
 ひとつの雷撃がガンアルファの胸部に接触する。着弾の衝撃は皆無だが、雷撃がガンアルファの身体中を駆け巡り、優樹と六華をも襲う。全身を打つ雷に、ふたりは悲鳴を上げた。上げないほうがおかしいが。
「一発でも当たればいい。動きを止める事ができるからな」
 その言葉は、思いの他近くで聞けた。ラミエルが、ガンアルファの眼前に迫っていた為だ。確かに雷撃自体に大した殺傷力はないが、しかもラミエルは刀を振り被っている状態で、何時でもガンアルファを真っ二つにする事ができる。
「では、死――」
「させはしない!」
 刀の動きを制したのは、イグニスの声だ。彼の殲騎・ジークフリートは《真狼風旋》で動きを加速させ――イグニスの背後でヒサメが《真狼風旋》の効果時間を計っている――、真デヴァステイターを撃ちながら接近する。シュナイダーがそれを迎撃する為に使用したのは、《烈光破弾》だ。ラミエルから放たれた魔を滅する光弾はジークフリートを確かに直撃したが、それは狼の身体に弾かれて虚空へと飛んでいき、消失した。
「シャイニングフォースが通用しない、か‥‥」
 シュナイダーは然して驚く事もなく呟く。イグニスは更に《真獣牙突》を発動してラミエルとの間合いを瞬時に消失させ、真ビーストホーンによる突進を敢行する。その巨大な角はラミエルの身体を穿ち、大きく弾き飛ばした。否、飛んだのは自らの意思でだ。後方へ飛んでジークフリートの突進を緩和し、ダメージを最小限に緩和したのである。
 ラミエルは海面近くで態勢を整えて二機を見上げるが、そこには向かってくるジークフリートしか居なく、ガンアルファの姿はない。そこで突如、海面が爆砕した。誰かが《真撃破弾》を使用したのだが、それはラミエルに一切当たらずに、海面を直撃したのである。しかし、彼を覆うように水飛沫が悉く舞い、シュナイダーの視界を遮った。
「一瞬あれば、それで充分だ!」
 《真撃破弾》を使用したのは優樹であり、自身がラミエルの背後に回る為の布石にしか過ぎなかったのだ。そして思惑通り、ラミエルの後方十メートルの位置に移動したガンアルファは《真狙撃弾》を今度こそラミエルに狙って撃つ。空を切り裂いて飛ぶ魔弾は真っ直ぐラミエルへと向かうが、それは虚空から飛来した巨大な盾――ゼルエルが持つ盾だが、やけに傷ついている――によって進路を阻まれ、盾を少々陥没させるて霧散して終わった。
「キミの機体は通常のヴァーチャーよりも防御力が低いんだ。下手に被弾しないほうがいい」
 我斬とアオイの相手をしているヨハンが意地悪そうに言うと、手に持ったワイヤーを引っ張り、その先についている盾を自分の手元へと戻す。シュナイダーは「余計な事を‥‥」と口の中で呟いてガンアルファへと向き直り、ブースターで海面を爆発させて再び彼へと肉薄し、刀を振った。
 刃が鋼鉄を斬り裂く音を耳にしながら、ヨハンは、
「さて、あちらは楽しんでいるんだ。こちらももっと楽しむとしよう」
 と、ふたりに言い、睥睨するようにヴァーチャー・ゼルエルの頭部で光る彼と同じ青い瞳を向ける。既に彼等の機体は酷く傷ついており、巨刃による裂傷が幾つもできている。スニークスターの装甲が剥がれ、左腕が斬り落とされている。海中に居る絶狼も、右足を失っていた。
 巨大な両刃の剣を肩に担ぐと、ゼルエルはその巨体を疾走(はし)らせる。が、ゼルエルを衝撃波と十の魔弾が食らい付き、白煙が包み込む。《真音速剣》と《魔力弾》だ。白煙を盾で吹き飛ばし、ダークフォースが放たれた場所に視線を送ると、そこにはヴィラストの零式と連のキュアライトの姿があった。
 ガンアルファを撃墜し、ジークフリートと交戦していた――そのジークフリードも既に虫の息だ――ラミエルにもワイズマンとグリフォンが攻撃を行っていた。しかし、何もない空間から放たれる弾丸や全方向から迫る光線を機動力で退けるその姿は、悪夢を見ているかのような錯覚に陥る。
「役立たずが‥‥」
「仕方がないさ。所詮はデータ収集の為に連れてきた、駒に過ぎないのだからな。それに、データは既に揃った。帰って解析するとしよう」
「確かに、やる気が失せた。帰ろう」
 シュナイダーは侮蔑の言葉を吐き捨てると、魔皇たちを無視してヨハンのゼルエルと共に虚空へと凄まじい速度で飛び去っていった。
 最後に残ったのは、ヨハンが言い残した「さらばだ」と言う言葉。そして改めて実感したのは、神帝軍の強大さだった。