■真夜中の訪問者■
しょう |
【1124】【夜藤丸・月姫】【中学生兼、占い師】 |
【データ修復中】
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真夜中の訪問者
翌日の事である。
あやかし荘で三下に事情を聞いた夜藤丸・月姫(やとうまる・つき)と夜藤丸・星威(やとうまる・せい)は、街中へと姿を現していた。
そろそろ日も暮れようとする時間だが、人通りは多い。
さっそうと行く月姫が身に付けているのは、水色の水干である。
さらに長い黒髪を一つに結わき上げた姿は、人通りの多い街中ではかなり目立つ。
だが月姫が目立つのは服装ばかりではなかった。
整った顔立ちは凛々しく、月姫のきびきびとしたその所作は、少年のようにも見える。
実際、占師・月読丸としての顔を持つ月姫は、己を少年と称して占いを行っていた。
女性のファンが多いのは、占いが当たるからばかりではないのだろう。
横に付き添うは、月姫の従姉妹に当たる青年であった。
媛巫女護としての使命を持つ星威は、月姫の邪魔にならないよう、だがその身を守るため、周囲に視線を配る。
優しげなその顔は端整で、長身に纏う黒がよく似合っている。
夜藤丸家の分家の長男である星威は、本家の姫巫女―月姫を護る役目を担っていた。
そのため星威もまた、幼い頃より鍛錬は欠かさない。
一見細身の優男風であっても、その実力は確かである。
本来おしゃべりな少女ではないが、脇目もふらず歩く月姫はいつもより無口に思える。
別段、なにが変わる訳ではない。
颯爽と風を切ってゆく姿は気品にあふれ、眉を潜めているわけではないし、目を怒らせているわけでもないが、確かに星威は感じていた。
月姫は怒っているのだ。
三下を呪う、その存在に。
星威は、そんな月姫をそっと見つめたのだった。
やがて二人がたどり着いたのは、アトラスに程近い通りの一角だった。
三下が占いをしたという場所である。
「あの方ですね」
星威が言った先には、通りの角に台を広げ、仄かな明かりの中で占いを行う易者がいた。
易者らしく和装に身を包んだ、壮年の優しげな男性である。
月姫は星威の言葉に、こくんと頷いた。
思わず、握り締めた手に力が入る。
「わたくしのお慕い申し上げる三下様に呪など・・・・。いずこの輩が存じませぬが、ただでは済みませぬ・・・。お覚悟めされよ・・」
小さく呟くその言葉。
誰にともなしに呟いた月姫の目には、静かな怒りが込められているようであった。
月姫と星威の二人は、客がいなくなった時を見計らって易者の前へと立った。
「あ、いらっしゃ・・・い」
顔を上げた易者が、半ば呆気に取られたように動きを止める。
それは月姫の和装に対するものなのか、それとも静かな気迫に押されたものなのか・・・。
「少々お聞きしたい事があるのですが・・・お時間よろしいでしょうか?」
静かな怒りを湛えた月姫は、いつにまして凛々しく、仄かな明かりの中でひときわ輝いている。
そんな月姫に、易者はこくん、と頷いた。
「昨日の夜の事なのですが、三下忠雄様とおっしゃる方を占ったのを覚えておられますか?」
「三下・・・かい?」
「アトラスに勤める方なのですが」
星威が補足として付け加えると、易者は「あぁ」と頷いた。
「あぁ・・・あの人ね。その人なら、確かに来たな。昨日の夜かな」
瞬間、月姫と星威の視線が交差する。
そのまま月姫は、何も言わずに簪代わりに挿していた小柄を抜いた。
小柄を抜いても朱の組紐で纏められている髪が落ちることはない。
その鞘をそっと抜くと、その刀身に不思議そうに月姫の行動を眺める易者を映し出した。
月姫は小柄を横目に口を開く。
「その時の三下様の様子は・・・?」
月姫の言葉に、刀身に映った易者は首をひねった。
「そうさなぁ・・・。特に変わりはなかったと思うが。ちょっと酔ってたみたいだったけどな」
刀身の中の易者は、ぽりぽりと筆の底で頭を書く。
「では、何を占ったのですか?」
「前世さ。いつも何かいいことないかと、聞いてくるんだが・・・さすがに何もないのに嫌気がさしたんだろうな。昨夜は前世を占ってくれって・・・。言って来て」
そのとき、易者は何かを思い出したかのように動きを止めた。
「・・・?」
「出た結果は・・・・。身分のあるお公家さんの若様・・・という感じの男だったかな。三下の旦那にしちゃ、めずらしいなって・・・」
「どうしたのですか?」
月姫はそのまま動きをとめた易者をいぶかしげに覗き込んだ。
「あの鏡・・・」
「鏡?」
「三下の旦那が拾ったっていう鏡、やけに気になったんだが・・・・。なにも聞かずじまいだったな」
そのまま黙り込んだ易者に、月姫と星威は顔を見合わせた。
すでに時間は遅かった。
時計は11時を指しているが、月姫と星威は、あやかし荘へと向かっていた。
丑の刻参りが始まる2時までには時間があるが、その前に確認しなければならないことがある。
月姫は再び髪に挿した小柄にそっと触れた。
その刀身に映し出されたのは、あくまで澄んで冷たい光だった。
月姫には、その身を映し出す物を用いて予知や遠見を行う力がある。
その力は真実を小柄の刀身へ映し出していた。
小柄に映し出された事象に、うそ偽りはない。
あの易者は嘘は言っていない。
確かに三下はあの易者の元を訪れ、占いをして。
そして、その夜、呪いを受けた。
一体、何が原因で・・・?
気になるのはあの鏡だが。
鏡自体に呪いでもかかっていたのだろうか?
古来より鏡は呪や護りに使われていた道具である。
何があってもおかしくはない。
だがしかし、よりにもよって三下様に呪いとは・・・・。
月姫は再び湧き上がる怒りにぎゅっと拳と握った。
「月姫様」
考え込んでいた月姫は、星威の声に顔を上げた。
そこには、月姫を気遣う星威の顔がある。
長身をかすかに屈め、星威は月姫を覗き込む。
その身は、細身ながらも鋼のような強さと、バネのようなしなやかさを感じさせた。
いつも、そばにそっと付き添ってくれる星威。
護られる。
そう思う。
いつもは当然の事として捕らえている事だが、そんな安心感に、どこかほっとしてる自分を月姫は感じていた。
「どうしましたか?」
自分と同じ星威の金の瞳に、心配げな光が宿っているのを見て、月姫はいつのまにか自分が眉を寄せている事に気づいた。
「いえ・・・なんでもありません」
穏やかに、微笑んで見せる。
そう、なんでもない。
これからあやかし荘へ向かい、三下の呪いをとけば、すべて終わるのだ。
熨斗付けてその呪い、返させていただきまする。
そう誓う月姫だった。
「鏡・・・・ですか?」
夜になってから戻ってきた月姫の言葉に、三下は首を傾げた。
「そうです。鏡を拾ったと・・・おしゃっておられましたわよね?」
部屋の中には、月姫と星威と、三下。
そして気になるのか、嬉璃と恵美もやってきていた。
だが、嬉璃に何もする気がないのは明らかだ。
幽霊の嫌いな恵美は、おっかなびっくりといった体で成り行きを見守っている。
「確かに拾いましたけど・・・どこやったっけ・・・」
そう言って三下は、ごそごそとタンスや引き出しを引っ掻き回し始めた。
「あれ〜?ないな・・・おかしいな」
「あぁ・・もう!三下さん!普段お掃除サボるからこんな事になるんですよ。きっと掃除をしない三下さんに罰があたったんです!」
潔癖症の恵美がここぞとばかりに文句を言う。
ただでさえ三下のおかげで怖い目のに合っているのだから、無理もない。
「ふん、気軽に鏡なぞひろってくるからぢゃ」
「え〜僕が悪いんですか〜?」
同じく幽霊が嫌いな三下は、半ば泣きそうになりながら荷物を探る。
やがて。
「あ。あった!」
三下が声と同時に取り出したのは、両手に収まるぐらいの丸い手鏡であった。
細かい模様が施されており、かなり古いものらしい。
装飾は綺麗だし、今これを買おうとしたら、ちょっと値が張るのではないだろうか?
ただ、惜しむらくはその中央には一直線にヒビが入っており、鏡へ映し出した顔を二重にしていた。
ようやっとかばんの中から取り出したそれを、三下は月姫へと手渡した。
「これは・・・・」
三下から鏡を受け取った月姫は鏡を眺めた。
鏡には、自分の顔が二つに重なって映っている。
「あ・・・・もったいない。綺麗なのに。三下さん、割っちゃったんですか?」
「え?いや、最初っから割れてたんだよ」
女の子らしい恵美の声を聞きながら、月姫は心を静めた。
月姫は水晶による占いを得意とする。
水晶に限らず、鏡やガラス、水溜りなど物を映すものならば、それは可能であった。
もちろん、割れた鏡でも。
月姫はその白い手で、そっと鏡を撫でる。
鏡よ、映し出せ・・・真実を。
念じるように込めた言葉。
次の瞬間、鏡に映し出された映像に、月姫は思わずその身を傾かせた。
「月姫様!」
遠くで、星威の声が聞こえた。
それは女性だった。
肌は白く、幼げに頬を染めて微笑むその様子は、可愛らしい。
長い髪は一つに結わいており、まるで明治の女学生のような出で立ち。
いや、実際そうなのかもしれない。
彼女は大切そうに手鏡を取り出すと、一人の男性へそれを差し出した。
軍服を着て、育ちの良さそうな青年である。
身なりのよさから考えて、この時代なら、公家の若様と言った感じだろうか。
青年は、ちょっと恥ずかしそうに、それを受け取る。
鏡はお守りに・・・という事なのだろう。
どこか心が温かくなるような、そんな風景であった。
だが、次の瞬間、一転した。
憎い。
そう言っている。
自分を裏切った男が憎い。
目の前には、先ほどの青年。
だが、隣にいるのは豪奢な服装の女性であった。
二人寄り添って行くその姿。
その姿に、嫉妬のあまり女性は胸をかきむしる。
憎い・・・・。
「月姫様!!」
「月姫さん!!どうしたんですか!??」
月姫は呼ばれる声にそっと目を開けた。
そこには月姫を覗き込む星威と三下がした。
微かに霞む思考を振り切って、月姫は起き上がる。
己の失態に「大丈夫だ」と、言おうとして、月姫は三下を振り返った。
だが。
「え?」
月姫は、一瞬目を疑った。
三下の後ろに、人が。
いや、後ろというより、重なって見えるという方が正しいか。
育ちのよさそうな、軍服を着た青年が見えたのだ。
どこかで、見た・・・。
「そうか・・・そういう事だったのですね・・・!」
この青年こそは・・・・・!
「危ない!」
その瞬間であった。
星威に庇われた気配があり、強い風が吹くのを感じた。
星威は感じた強い念に、身を硬くした。
その背後に三下を、そして月姫を庇い、事の事態に構える。
感じるのは強い憎悪。
憎い、恨めしい、という、それだけ。
やがてゆっくりと、部屋に中央に闇が集まって来た。
集まった闇は、やがて女性の姿を取る。
どこか幼げなその女性は、長い髪を振り乱し、その頭には鉄の輪をかぶっていた。
突き刺された二本の蝋燭が辺りを照らし、ゆらりと、影を躍らせる。
「きゃーきゃーー!!」
後ろで恵美が叫んでいるのが聞こえた。
だが、星威はそれに構う事なく、左手の皮手袋に手を掛ける。
いっきに抜き取ると、その左手に青白い焔が現れた。
青い焔は薄闇の中で目の前の女性を照らし出す。
星威は手を合わせるように、どこか美しさを感じさせる焔に手を寄せると、何かを掴む仕草をした。
そして、ゆっくりと引き抜いていく。
現れたのは、一振りの刀であった。
揺らめく焔はそれが実態でない事を教えてくれる。
これこそが、姫巫女護たる証、氷焔御剣。
すべてを凍て付かせる、冷たい焔を発する。
「月姫様と三下様は、私がお守りいたします」
そう言って、普段は温和なその瞳を硬くして構えた。
だがそんな星威をしりめに、女性の目に映っているのだ三下のみ。
憎い、と言う。
この男が憎い。
「あぁ・・・うらめしや・・・」
女性はゆらりと、手を差し出した。
手の平には、何もない。
「御恨み申し上げますぞ・・・・・」
差し出した手をそのままに、何かを掴むように折り曲げられた手を、まるで金槌でも持っているかのように振り上げた!
「憎い!死ぬがいい!!」
何もない空間を金槌で叩く仕草をする。
今にも、カーンと金属音が聞こえてきそうな・・・。
だが、そこには何もない。
一体なにをしているのか?
「う・・・」
だが、次の瞬間、後ろから聞こえた声に、一体なにが行われているのか悟った。
「三下様!??」
突然苦しみ出した三下に、月姫はあわてて駆け寄る。
「三下様!しっかりなさってくださいませ!!」
女性が叩く金槌にあわせる様に、三下が苦しみ出したのだ。
「う・・・ぐ・・・」
眉を寄せ、額に冷や汗を浮かべた三下は、体を句の字にしたまま動けない。
目の前の女性が何かしていることは明白。
ならば・・・!
星威は剣を構えて、一気に女性へ詰め寄った。
原因があの女性ならば、その原因を止めるまで・・・!
氷焔御剣を振り上げる。
青白い焔の刃が振り下ろされれば、女性は氷焔御剣が織り成す風により凍りつくはずである。
だが。
「お待ちなさい!」
月姫の声であった。
「あなたが探しているのはこの方ではありませぬ!」
凛とした声が、女性へと迫っていた星威の身を止めさせた。
「月姫様・・・それは一体どういう・・・?」
月姫はすくっと立ち上がると、同じく身を止めた女性へと向き合った。
女性の目には、憎悪が満ちていたが、同時悲しみにも満ちている。
「あなたが探しているのは・・・この方ではないのですか・・・?」
そう言って、月姫が差し出したのは、三下が拾ってきたという鏡。
「この方・・・?」
星威は月姫の言う言葉の意味がわからず首を傾げた。
この方とは、一体誰なのだろうか?
その時、いままで薄暗闇だった部屋に、月の光が一条差し込んだ。
微かな月明かりに照らし出されたのは、ここにいないはずの青年。
品のいい、軍服を着た青年であった。
青年を見た瞬間、女性の顔が一変した。
「貴方は・・・貴方は・・・時春様・・・・」
憎しみばかりだった女性に、悲しみの色が強くなる。
時春と呼んだ青年を見た女性は、はらはらと涙を流し始めた。
「なぜ・・・なぜなのですか・・?なぜ私を捨てたのです?身分が違うからですか・・?」
女性は言う。
そう、あの鏡に映った男女こそ、この二人であった。
幸せそうだった二人。
そして、破滅した二人。
女性は、だからこそ、時春を恨んでいた。
「すまなかった。土岐」
青年は、女性を土岐と呼び、悲しそうに話しかけた。
「あの時は、ああするしなかったんだ」
家の事情に縛られて、親の言う人と結婚せざるを得なかった。
下らぬ世間体に気を取られ、愛する人を見失った。
でも、と時春は言う。
「私が想うのは、お前だけだったんだ・・・」
そう言って、時春は土岐の手を取った。
次の瞬間、土岐はうれしそうに微笑むと、二人は姿を消した。
後に残ったのは、小さな鏡だけであった。
「い、一体何が起こったんですか・・・?」
ようやく苦しみから逃れた三下が、訳も判らず辺りを見渡した。
室内には鏡が転がっているだけで、先ほどまでいた女性はもういない。
「月姫様・・・」
星威の声に、月姫は頷いて振り返る。
「呪いは、解けました。もう大丈夫でしょう」
鏡を拾うと、月姫はそれを三下に渡した。
「易者が占ったという男性。それこそが、あの女性の探していた方だったのです」
「え?じゃ、僕の前世が・・・?」
「いえ、違いますわ」
素っ頓狂な声を上げる三下に、月姫は苦笑して即座に否定した。
「あの男性は、ずっとこの鏡の中にいたのです。というより・・・この鏡はあの男性の持ち主だったのでしょう」
「では、あの易者が占った三下様の前世とは?」
再び手袋をした星威が、月姫に問う。
「鏡に残った思いが強すぎて、易者にはそう見えたのでしょう。なにせ、愛する人から貰ったお守りの鏡ですし」
「つまり・・・あの幽霊も、勘違いしたってことですか・・・?」
三下の言葉に、月姫は苦笑して頷いた。
「じゃぁ・・・もう終わったんですか・・・」
「えぇ・・・」
よかった・・・と、命拾いをした三下は、その場に座り込む。
そんな三下に、月姫もまた微笑んだ。
「月姫様・・・お怪我はありませんか?」
振り返れば、月姫を案じる星威の顔。
「えぇ・・大丈夫です」
月姫を気遣う星威に、そう言って穏やかに微笑んで見せた。
「私は・・・大丈夫ですわ」
三下様もご無事でしたし。
声に出さずに呟く。
自分には、お慕いする人と、己の身を案じてくれる人がいる。
あの女性も、そんな人がずっとそばにいたなら、こんなに悲しむことはなかったのに、と思う。
それは当たり前のようでも、案外難しいものだと思う月姫だった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1124/夜籐丸・月姫/女/15/中学生兼占い師
1153/夜籐丸・星威/男/20/大学生兼姫巫女護
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、ライターのしょうです。
大変遅くなって申し訳ありませんでした。
あやかし荘「真夜中の訪問者」をお届けしたいと思います。
今回、よく古典や能などに出てくる「鉄輪」とかけて書きたかったのですが、そこはあまりうまくいってないようです(^^;
ですが、月姫さんの占いにより、かなりスムーズに事の真相を探り出すことが出来たのではないでしょうか。
ご感想等、ここが違うなどでもOKですので、今後の参考にも気軽にご意見いただければ幸いです。
では、また別の依頼でお会い出来る事を祈って・・・・。
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