■剣客の下宿■
滝照直樹 |
【1219】【風野・時音】【時空跳躍者】 |
あわただしいあやかし荘。
何でも新入居者を迎える手続きや掃除で忙しいそうだ。
「なんか、前までおったアパートがいきなり改築するからって追い出されるらしいわ」
と、書類確認などを手伝う綾が言う。
恵美は空き部屋を探して、其処を綺麗に掃除している最中だ。達人級なれば数十年の埃や汚れも綺麗さっぱりになるだろう。
ただ、嬉璃や柚葉は心なしか落ち着かない
「怪しいヤツな気がするんぢゃ!」
「怖い人だと嫌だなー」
そんなこんなで、当日。
黒マント姿で片目を銀の髪で隠した不思議な男がやってきた。
嬉璃達は、彼の姿を見たとたん、人の影に隠れ怯えている。
「あやかし荘で厄介になる、エルハンドと言うもの。宜しく」
「管理人の因幡恵美です」
2人は握手を交わす。
ただ、あやかし荘はなにかただならぬモノを感じ取ったように緊張していた。
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剣客の下宿
1.入居者エルハンド・ダークライツ
近くで剣道場師範を務める不思議な男、エルハンド・ダークライツ…。彼の素性はこれ以外無い。銀髪で、右目をかくしており、左目で哀しく遠くを見る。駆け寄った住人達は、かなりかしこまった態度に感心するが、何か引っかかっていた。嫌な予感がするのだ。
妖怪の嬉璃は因幡の物陰に隠れ、柚葉もおびえたように彼には近寄らない。この「世界」における「魔」でも「人」でもない「存在」と気づいたのだろう。あやかし荘で起こる得体の知れない事件にならなければいいが…。
天王寺綾は、彼の姿に見とれてしまった。哀しい表情でふつうなら「陰気くさい」と言うはず。しかし…
「ああ、何か哀愁漂う悲劇の剣士って感じで良いわぁ」
と意外な発言だった。
「僕も悲劇な人なんですけど…ぐほっ」
つっこみを入れようとした三下にひじ鉄で止めた。みぞおちに入って、そのまま三下は動かなくなった。
「エルハンドさん、ようこそいらっしゃいました」
「はい、しばらく世話になります」
因幡とエルハンドが、挨拶して
「貴方の部屋は二階に〜」
「エルハンドさん、私がお部屋に案内しますぅ〜」
横から綾が出てきて裏声でエルハンドの前に躍り出た。
「…ぁ…綾さんお願いしますね…」
彼女の変容ぶりに驚かざる得ない因幡だった。
数日間、彼の行動を見ててごく普通に住人と談笑たり、休日には遊びに行く。ただうち解けてくると敬語ではなくなる点を除くと、皆に優しい。週に数度は剣道場に足を運び、庭先では自己鍛錬を欠かさないそんな彼の日課をみて、「人間」の住民は安心していた。
2.管理人代行?
風野は、彼の気を探る。嬉璃達【魔】に属する妖怪がおびえる事自体、異様であり気になるからだ。
自分のいた「終わり無き戦争」時代から時間跳躍によりこの「現在」のあやかし荘にたどり着いた退魔剣士、風野時音。助かった恩を忘れずこのあやかし荘に住み込んでいる。嬉璃がおびえるのは初めて見る物だった。
結果…【異質】である。【人】でも【魔】でもない。妖気探知が不可能なのだ。
(そんな存在がいるのか?)
綾が魅了されたわけでも無いのは術を短縮詠唱しても分かる。自分の気のせいとも思いたい。
しかし、あやかし荘の人々を危険な目に遭わせたくない。彼はすぐに因幡の元を訪ねた。
「どうぞ〜」
因幡は、エルハンドについての事務処理が終わり、
「あの…恵美さん。私がしばらく管理人代理をしたいのですが?」
「どうしてです?」
「嬉璃さんや柚葉さんがおびえているのは、何か気になります。あのエルハンドさんは…何か良からぬ事を…」
因幡は彼が言うのを厳しい目で睨んで制止させた。
「貴方が私たちうぃしんぱいしてくださる事は感謝しますが…人を信じましょう…。ね?」
「…」
「儂は守衛の業務として歓迎ぢゃが…」
嬉璃が因幡の足下から現れる。
「危険な気を察知出来るのはあまり居ないから…どうしたものかと悩んでたところぢゃ」
「皆さん心配しすぎです。家もなくなって…、ここに引っ越ししてきたダークライツさんに失礼ですよ」
因幡はエルハンド・ダークライツを疑いたくなかった
戻ってきた綾が心配そうにやってきた。
「なに喧嘩してんや?いい人やん。それにかわいそうや、疑うのは良くないで。あの目は途方に暮れているかんじやったし…」
「しかしですね」
時音は反論しようにも危険な気がすると言うだけでは説得力がない事で言葉を詰まらせた。時代が違うのだ…。「信じる心」を思い出してくれたこの人達の意見はもっともだ。
嬉璃が彼の裾を引っ張る。小声で
(ここはひとまず引くんぢゃ)
と言った。
(そうはいきません…)
時音は因幡と綾の方を向き
「…分かりました。しかし、しばらく管理人室の前に住まわせてください…事務手続き、家賃などにはいっさい干渉しませんが彼の私用等では私が代行します」
彼は必死に頼んだ。何時迫るか分からない危機に備えて自分のカンが「この人達を守らなければ」と強い思いをぶつけた。
「…そこまで言うのでしたら…。仕方ありません。代行お願いします…」
因幡は悲しそうな声で渋々承諾した。
数日間これといって異変はなく、綾に取り越し苦労じゃないのかと言われ続けようとも彼は「代行」として管理人室前で椅子に座っていた。エルハンドがやってくるのは家賃を払うぐらいか、他の事務手続きがあるのかを訊くぐらいだった。
じっと風野はエルハンドをにらみつけている。剣客はそれに知らないそぶりをしているのも分かる。
因幡は風野を心配して、彼の目の前で事務手続きや雑談に応じていた。さすがにぎこちなくなってくる。
ある日、因幡恵美が庭の掃除をしているときにエルハンドがやってきた。剣道具を背負ってることから稽古に出かけるようだ。
「おはようございます」
「おはようございます因幡さん」
丁寧に挨拶する二人。
「俺は彼に嫌われているらしいですね」
彼は因幡に言った
「…すみません事情があるので」
「私は『この世界において【魔】でも【人】でもなく【忘れられた存在】』…私を疑うのは無理無いか…ましてや戦いの日々に生きた者の目からすれば…」
「え?」
「長話してしまいましたね。では、言ってきます」
「待って」
剣客が軽く会釈して立ち去ろうとしたが因幡が止めた。
「私はこの〈あやかし荘〉の管理人です。貴方がどんな人か嬉璃さん達から聞いていますし私も感じていました。魔物でもなければこの世界においての人間でもない【気】を発していることを…」
「…分かりましたか」
「ええ、なので貴方が私たちに危険を与えないことを「信じている」からこそ入居を許可したのですから」
「ありがとう」
彼の哀しい左目がさらに哀しさを増した。深々と礼をする。
玄関先で一部始終見ていた時音は複雑な心境だった。
そのとき、距離が遠いがエルハンドと目が合う…
寒気を感じた…。殺気でも無い。【魔】でも【人】でもないあの気…
その夜、エルハンドが時音を訪れる
「…退魔剣士よ…」
「何か様ですか、私に?」
「私は貴殿と戦いたくない事だけは言っておこう。」
「ただの剣客じゃないですね…何故?」
時音の質問にエルハンドは制止した。
「私は…今はよそう…いずれ話すときがくる」
彼は踵を返し管理人室まえから立ち去っていった。
「何を言いたかったのだろう?」
首をかしげたとき、自分の胸ポケットにメモ用紙が入っていたことに気づいた。
「!…まさか彼が…?」
おそるおそる其れを取り出し書いている内容を読んでみた。
「〈未来〉は変わる。しかし必ず起こりえる事は絶対に起こる。違う形であれ必ず…。未来から来た剣士よ、其れを忘れる無かれ。〜エルハンド・ダークライツ」
「どういうことなんだ?…それも…私に気づかせずにメモをポケットの中に…何者なのだ?彼は…」
不安は深まるばかりであった。
次の日、水野想司という中学生が森里しのぶという少女に連れられてきた。嬉璃から訊けばなんでも因幡護衛のための増援だという。
「性格はなんともいえんのぢゃが…。実力は認めないといけないからのう」
嬉璃からは苦い言葉がでた。
「彼はかなりの戦闘能力を持ってますね…」
「さすが、剣士ぢゃな。見切っておる」
エルハンドが水野のまえに姿を現したときである。
お互い初顔合わせの挨拶をして握手し、10分以上も武術談義に花が咲いた。
会話が終わった後、水野は皆の前でこう言った。
「…全然問題ないよ☆」
皆唖然とする。
「ねぇ?根拠は?」
「特にないよ♪」
しのぶの質問の意図を全く聞きもしないで即答する。しかも(いつものことだが)、ぐったり気味の三下をあおり、ピアニカで何かの戦隊物テーマソングを吹きながら〈ぺんぺん草の間〉で勝手に異空間を発生させて遊んでいる…。
「大丈夫なのですか?」
「あれさえなければな…」
「すみません」
しのぶが偏頭痛を我慢しながら謝った。
「おぬしが謝ることはないんぢゃが…」
特撮の戦闘シーンに使われる広大な荒野と化した〈ぺんぺん草の間〉から、どこからか現れた怪人と三下を煽り踊り遊ぶ水野想司を眺めては不安を感じる嬉璃と風野…そしてしのぶであった。
3.精神境界
また月日がたった…。
ある【魔】の気配を感じる風野。相変わらず水野想司は、エルハンドを「ダークさん」と呼び一緒に遊んでいるようだ。よく素性の知らない男と親しくなれると不快に感じていた。
エルハンド自身は、何も危機感を感じている感もないように思われた。
しかし、その【魔】はエルハンドから発しているわけではなく、〈あやかし荘〉全体を覆っており、夜になるとさらに強く感じていた。
気になり始めた風野は、三下とともに寝泊まりしている(寄生している)水野を起こし、異様な気配を感じることを伝えた。
「どうも、数日前からおかしいのです」
「そうだよね♪…たしかにわくわくできそうな【魔】の気配だね。久しぶりに感じる強い気だ」
「気がついていたのですか?」
「うん☆」
水野想司の考え方は常軌を逸している。常に「己が最強」「戦いに生きる」という事から危機感を感じることはない。しかしそのために、命に対しての大切さという考えが歪んでいる。言うなれば、「常に危険な状況が好き」ということなのだ。
「しかし、あの剣客は気づいているのでしょうか?」
「どうして?問題ないっていったでしょ?」
「根拠も何もないじゃないですか」
風野の反論を聞き流すように水野は三下を起こした。三下は布団に丸くなって恐怖でふるえている。
「三下さ〜ん、起きましょう。三下(さんした)戦隊☆フラレンジャーの出番です♪」
「いやだぁ〜〜〜〜〜〜〜。もう勘弁して〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜みずのく〜〜〜〜〜ん」
「因幡さんが危険な目にあっても良いの?」
「う…それはいやですよ〜水野くぅん」
因幡のことで勇気を出して起きる。
「あ!」
風野は我に返る。
「かなりの時間離れてしまった!恵美さん達が危ない!」
【魔】の気配が管理人室の方向に強烈に感じた。
「急ごう☆風野さん。しのぶも管理人室だ…♪」
風野は、おどけた口調の裏側に隠された、「しのぶ」に降りかかる危機に不安を隠せない水野の【人】らしさを見た。
風野、水野、三下の三人は管理人室に向かった。普通なら非常灯がついているはずなのに、管理人室前は灰色の霧で前が見えなかった。
「この気配…」
水野はそのまま立ち止まった。
「どうしたのです?」
風野は少年に訊いた。
「前に厭な思い出があるだけ♪大丈夫☆気にしないでいこう」
「ぼ…ボクもいくのですか?」
『もちろん』
三下の質問に二人そろって即答した。三下は自分に選択権がない事に絶望を感じる。
一気に、霧の中を駆け抜けると…〈荒野の空間〉だった。
はじめに見えたのはエルハンドが、〈荒野の空間〉のなか因幡としのぶ、嬉璃をかばって180cmもある西洋剣を抜き、片手で振り回して影の魔物の群れと戦っていた。彼の戦いは、一秒で天文学的数字の影が消し飛ぶ。しかし、群れ自身も相対的に天文学的な数だった。消し飛ばしても影は復活するのである。きりがない。
「私が彼女らに用事を思い出していなかったら危なかったぞ!」
エルハンドが、三人が着いた事に気づき叫んだ。
「すみません!今助けに!」
二人はエルハンドの元に加勢しに行った。襲ってくる影を、いとも簡単にかわし、水野はナイフで戦い霧散させ、風野は魂で作る『光刃』を召還し回復していく影ごと斬り捨てて分解させた。魔王級の力を持つ二人にとって影は敵ではない。
「ぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
三下は、影が近づいてきた恐ろしさのあまりその場で気絶する。
「熊じゃないんだから〜三下さん☆」
水野は笑いながら戦う。
「ふざけないでください、水野さん。持久戦覚悟ですよ」
「君たちに提案がある」
エルハンドは、戦いながら二人に話しかけた。
「俺は、ある呪文を唱える。普通の術はすぐすむのだが〈この呪文〉は其れができない。2分は何とか持ちこたえてくれ」
「わかった☆」
「従いましょう…」
エルハンドは、剣を掲げ全く聞き取れないような言語で唱えている。そのあいだ、どんどんわき出る影から風野と水野は剣客と女性達を守る。
エルハンドは呪文が完成し叫んだ。
「デヴァルサー(疑似精神空間破壊)!!」
するとエルハンドから光が放たれ、〈荒野〉が影もろとも消え去る、光が収まったあとは透明の球体の中にいることが分かり、周りには灰色の霧に包まれたていた。視界は悪いが目をこらすとそこかしこに、奇妙な色の球体が浮いている。違和感がある。まるで色違いの宇宙だ。
「ここは精神世界との境界線の景色だな…」
剣客はひとりごちた。
「?」
その場にいる人間も妖怪も首をかしげた。
「私の「世界」においての異空間の一つだよ。『多元宇宙論』において異空間につながる世界は様々な方法で行き来できる。「神隠し」もその一つだ。〈あやかし荘〉はこの世界のかなり奥深くまで干渉しているようだな」
と剣客は皆に話した。
「では…私たちが元の世界に戻るには?」
「此処まで招待した【創造主】を始末しなければならない。程なく、【創造主】が創り出す新しい世界が生み出されるだろう…」
剣客は一息ついて、剣を構えた。
「こわいですね…」
因幡が身震いしてつぶやくと風野が近づき、
「私が守ります。必ず…」
水野はしのぶをかばうように警戒している。
エルハンドは嬉璃に近づく、嬉璃は因幡の方に逃げていった。
「嫌われたか…ん?くるぞ…」
世界が再構築される…そこは…どこかの火山の火口だった…。
4.人にあらず魔にあらず
「火口だ…」
水野は血がにじみ出るほど唇を噛みしめた。
「なにかあるのですか?」
「いやなにも…」
風野の質問に水野は何も答えなかった。
火口の底はマグマで煮えたぎり、蒸し暑さが支配する。
「何者だ!何故私たちをこの世界に招いた!」
風野はいつでも『光刃』を出せるように構えていた。
(いずれ分かる…)
彼の脳に直接邪悪な低い声が聞こえた。
風野の脳裏にあの旅の記憶が蘇った…。時間跳躍の旅に様々な時間干渉出来る【魔】との戦い…眠れない時間…あの荒んだ時の嫌な思い出…。時間空間に無数に張り巡らされている生命線が斬られて、時間空間内で死んでいく仲間…。
しかし、今はその忌まわしい記憶を思い出すことは好都合だった。人を守るために自分も【魔】と化せば良いのだから。毒は毒をもって制す。『狂信』することで自分は【魔】を殲滅出来るのだ。
(時が来た)
また低く邪悪な声が脳に響いた。
エルハンドの様子がおかしい。剣を落とし、頭を抱え跪いた。かなり苦しんでいるようだ。
「エルハンドさん!」
しのぶと因幡が彼の元に駆けよった。彼は冷や汗をかき、息が荒い。
しのぶがハンカチで汗を拭こうとしたそのとき…
エルハンドが手刀で彼女の胸を突き刺した。背中まで貫通し、水野の顔にその血がかかる。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
水野は人とは思えない叫び声をあげた。
そして、エルハンドに向かって叫びながら飛びかかった。
戦いは一瞬でついた。
水野の得意のナイフ攻撃はいっさい当たらず、紙一重でエルハンドがかわす。すでに人間の限界を超え、真の力を発動させた彼の運動能力、反射神経をエルハンドは見切り、鋭い手刀だけで、身を切り裂いた。
しかも苦しんでいたときに落とした剣が手元にすぐに戻り、そのまま彼の左肩ごと叩き斬った。さすがの彼も生命の源にもなる心臓を傷つけられたら動けなくなる。そのまま、エルハンドは剣を振って彼を投げ捨て、風野に向かっていった。
風野は哀しい目をして『光刃』を具現化する。
「やはりあなただったのですね…犯人は…」
彼の言葉に剣客は何も言わない。
嬉璃は倒れた水野達を助けに行った。因幡がエルハンドと風野の間に割り込んだ。
「待って風野さん!」
彼女は涙目で風野に訴える。しかし風野は、
「彼が術で暗示にかけただけです。魅了すれば簡単に…【人】でもない【魔】でもない彼の術は特異なのです」
「でも違うわ、何か違うのよ!」
「どいてください…危険です…」
「戦いは止めて!あの人は…あの人は!」
退魔剣士は、心許せる人の手を優しく掴み抱き寄せた。
「今は戦い、真実を見定めるしかないです。すみません恵美さん…私は…戦うことでしか恩を返せません」
「…」
彼はそういいながら、彼女を戦いの間合いから遠ざける。エルハンドに目を向け、そして哀しく微笑んだ…。
(相手の刀は通らない。自分は何でも出来ると『狂信』しろ。人は要らない『化物』になれ。それが退魔だ)
瞬間…エルハンドに素早い踏み込みで自分の間合いに入り、光刃で斬りつけた。万物を原子分解する退魔剣術神陰流伝承者の証『光刃』…其れで決着が着いたと思われた。
しかし、彼の剣がその『光刃』を受け止めていた。
其れぐらいで動揺する場合ではない。立て続けに体の一部である剣を振るうが、180cmもある剣で全て受け流された。一方エルハンドは、かわしつつ剣ではなく片手に込めた魔法の空気弾を連射し確実に体力を奪っている。
しかし、戦い続けることで彼の攻撃を見切った退魔剣士は、そのまま大きく上段から斬りにかかる。其れがエルハンドの剣で受け止められた。風野の胴が隙だらけになったとき、剣客は空いている手で渾身の手刀で突きを入れようとする。
風野はその瞬間を待っていた。
左手を光刃から離して、そのまま手のひらを彼の顔にかざし、もう一本光刃を光線のごとく具現化させた。そのまま、光線上に数メートル伸び、剣客が消えた。原子分解したようだ。
「終わった…」
彼は哀しくひとりごちた。
「終わっていない」
聞き覚えのある声…エルハンドだった。
「まさか!」
「貴様の負けだ。」
後ろに背中合わせにエルハンドがいる…
そのまま振り返ろうとした風野だがすでに彼に背中を取られた以上勝ち目はないと悟ってしまった…
「魔王より…強い…貴方はいったい…」
「【魔】ではない。かといって【人】ではないが…危うく私もやられそうだった」
「ではいったい?」
「真の敵は…常に背後にいる…心に忍び寄る…」
エルハンドは、指で十字の形に空を切る。
「この精神世界の創造者よ!我が前に現れよ!」
空間が裂け、そこから胸に十字の傷を負わされた見知らぬ男が現れた。
「こいつだ…世界の敵でありそして真の【魔】…」
「くそぉ」
「その声は!」
風野が男の声を聞いて思い出した。脳に直接響いた低く邪悪な声…。
瀕死の水野が叫んだ。
「水野瀬月!貴様生きていたのか!」
5.ノーライフキング
「何故だ!?何故おまえは術にかかったはず!」
「愚か者」
エルハンドは苦しむ瀬月に向かって吐き捨てた。
「今いる世界を考えてみろ?精神が強い者ほど反映される世界だ。すでに調べているだろう私の書物を?多元宇宙論を。貴様が私の目的を悪用し操らせて、世界を破滅させる計画を練っていたっていう事を。おまえの行動が、私の後ろにいる未来からの来訪者に不幸を与えていることも。おまえさえいなくなれば、一応時間的には事は良き方向に進む。ちなみに、その傷は癒えないぞ?おまえが知らない【領域】…【魔】でも【人】でもない…【聖】の力だからな…【人】と【魔】を超越する【聖】に免疫はあるまい」
「バカな!そんなものが存在するはずは!」
「これだから一辺倒か二元論者は困る。ここは多元宇宙の一部だぞ?」
エルハンドはため息をついた。そして、
「こいつを倒したいか。剣士よ」
剣客は風野に尋ねた。
「こいつが…僕の世界を…」
風野は手が震えた。
彼は迷った。今、目の前に【終わらない戦争】を起こした一要因と思われる存在がいる。今この水野瀬月という男を倒せば、「未来が変えられる」しかし、
「水野瀬月といいましたね。というと…あの水野想司くんの…」
風野は想司を見つめた。少年は首を振って、
「大丈夫、血がつながってないよ。憎き敵だよ」
瀕死の少年が彼に一番引っかかる問題を教えてくれた。親子の絆はないと。安堵する。
「ボクは…、半分…吸血鬼さ。【魔】と【人】との…狭間で生きている。さっきの能力は吸血鬼の力…なんだ。ボクは…吸血鬼ハンターギルドで造られた切り札さ…。同じ力に対抗出来るだけの能力を必要としたからね…。でもそいつは、その計画を逆手に取り、ギルドを壊滅させようとした。大事な仲間を失った時、この火口で、そいつを突き落として倒したんだ…。でも今此処にいる。憎しみなど冥い感情を根元とする【魔】の力では…決して…勝てないと…今…。」
「もう良いから…、喋らないで」
因幡が、彼の応急手当をする。想司は咳き込んだ。
「ならば…心おきなく斬れるよ…ありがとう想司君…」
エルハンドは、風野にこういった。
「あとは、世界の住人達でつける問題だ。私は可能な限り手助けしたまで。判断は君に任せる」
「え?あ、はい」
風野は光刃を最大限パワーまで引き出し、瀬月に斬りつけた。かすめはしたものの瀬月は、素早く彼らから離れる。息が荒い。分解されていく体であるが、吸血鬼の再生能力は其れを上回った。
「ふふふ無駄だ…私は何者だと思っている。この精神世界の支配者だ。無駄なんだよ?いっさいの攻撃は通じないのだ。貴様達は此処で果てるが良い」
「くっ」
「違うよ、皆…」
「何?…」
「え?」
「そんなばかな…」
「うそ…」
エルハンドを除いた皆が驚いた。瀬月の後ろに…死んだはずの森里しのぶが立っていた。貫かれた胸の傷もなく、服も影に襲われた程度の汚れしかない。堂々と彼の前を通り、水野想司に向かって歩く。
「この人はすでに死んでいるの。もう人間じゃないわ。いくらすごい力を持っていても【人】として生きようと必死にがんばってる想司君や風野さんは【化け物】ではない。エルハンドさんは数日前に教えてくれた。どんなに苦しくても、悲しくても、自分が無力で弱くても「自分の世界」で堂々と生きていこうとすることが大事なの。しかし、この人は逃げた。そして、この心の壁の世界を創った。もう彼はこの世界から出られないの」
「なに?」
しのぶはエルハンドを見つめた。
「多元宇宙は、常にバランスを保とうと働く。しかし、各「世界」において危険と見なした者はこの精神世界の深層部まで封印されるのだ。貴様は永遠に自分の世界で自己満足しているが良い」
「まて!そうなれば永遠におまえ達もこの世界にいるのだぞ?」
「其れはない」
全員が答えた。
「〈あやかし荘〉を愛する人はこんなちっぽけな世界から簡単に出られるのよ」
因幡は言った。嬉璃も後ろで頷く。
「ボクはいつでも〈あやかし荘〉でおもしろい世界を創っては帰ってこれるんだ。こんな所には簡単に抜け出せる」
想司が言う。
「僕も〈あやかし荘〉を愛している。そしてそのすんでいる人たちも」
と、風野が言った。
「そして、この私自身も、この世界を封印して帰ることができるんだな。わかるか?おまえはすでに負けているのだ。世界の支配者の心が負けたとき…取り込まれた者は無事に帰ることができる」
すでに、火山の火口の景色がゆれ動いて不安定な状態になっている。皆が集まった場所に亀裂が入り、其れがこの世界から脱出できる出口と分かる。
エルハンドが風野を見ながら言った。風野は自分の光刃を見つめて気がつく
「【魔】よ、もう私たちの世界に関わるな。僕たちは」
「そうはさせるかぁ!!」
『帰るよ』
風野は光刃を振りかざし、亀裂を破壊した。瀬月は追いかけようとするが体が動かない事に気づく。
そして、「人間達」は亀裂の出口から立ち去っていった。
6.エピローグ
「おのれぇぇぇっ!!」
水野瀬月は深層精神世界に封印された。己の策におぼれ…。
霧の世界をエルハンドの「力」と「案内」で無事に抜ける。
今あるのは古いくも頑丈な木の床を踏みしめたとき…ごく普通の〈あやかし荘〉の廊下とわかった。
怪我をした想司はエルハンドが、未だに気絶中の三下を風野が背負っていた。
皆が精神世界から出たことを確認するとエルハンドが霧の境目に手をかざすと霧が晴れた。
「吸血鬼、貴様の敗因は…私が元から精神干渉の術は効かないことを知らなかった事だ」
と空間に向かって言った。
管理人室で、戦いの傷の手当をするため集まった。
水野想司はしのぶに膝枕をしてもらっている状態でエルハンドに訊いた。
「じゃぁ何故?態とボクを【化け物】に変えたんだい?」
退魔剣士は剣客に尋ねた。
「其れが不思議です。エルハンドさん」
「答えは簡単だ。諺にあるだろ。『敵をだますには、まず味方から』…と、いってもこの数日間信用していたのは想司だけだったが。私を見て敵意がない事を本能で見切った想司をだますには暗示にかけられたふりをして、ガールフレンドを殺す幻覚を見せる方が都合良かったのでな」
「冗談きついよ…」
想司は苦笑いを浮かべた。
「私は…貴方を本当に斬ったのに普通なら…」
風野は冷静な剣客に訊いた。
「あの瞬間、時間を止めたんだ。俺は剣客であると同時に全ての…もちろん時間や空間を操作出来る魔術を知っているのだよ」
「え?」
「俺は空間歪曲を起こしているこの「世界」を安定させるために【異世界】から来たのだ。この「世界」から言えばよくある架空世界といえる場所からな」
「そうなんですか…」
しかし、そんな話を聞かされても彼らは大きく動じる事はなかった。最初っから訊けば良かったと思う程度でとどまった。
「では、私や嬉璃さんが貴方を敵視していたのは?」
「異物破棄の本能からだよ。全く異なる「世界」の存在をそう簡単には受け入れられるわけでもないだろ?其れを敏感に感じただけだ。気にもしていない」
「そうですか…」
「う〜ん、儂も長年生きていたがはじめての体験ぢゃ…」
「ここで起きたことが、君のいた【世界】が良い方向に進むことを祈るよ」
「…ありがとう」
「よかったな、風野」
「良かったです。本当に」
嬉璃と因幡が風野の未来に希望がもてたことを喜んだ。
エルハンドはしのぶと想司に近づき、複雑な発音の謎の言葉を唄いながら手をかざすと、想司の刀傷が癒えた。しのぶは驚く。想司は身軽に跳ね起き、軽いストレッチをして、
「ふーん、そうなんだ。まぁボク達は助かったし、アイツをこの【世界】のから追い出したんだ。結果オーライで行こう☆」
と、笑いながらいった。
「水野君…」
しのぶは【人】に戻った想司の笑顔を見て泣いていた。想司は彼女の頭をなでた。
「泣かないで、しのぶ」
「…うん」
二人とも安堵感で微笑みあった。
「とりあえず…」
目のやり場のない風野はのびている三下のほうをむき…
「彼が起きたあと食事にでも出かけませんか?皆さん。…エルハンドさんもどうです?」
といった。
「ああ、一緒に行こう」
剣客は快諾する。
「私も行きます」
因幡恵美も喜んで賛同する。
「ダークさん♪ボク、神戸牛のサーロインステーキが食べたい☆」
「そのへんは財布と相談しないとなぁ、いくら師範職でこの世界の生活をしていても貧乏なんだぞ…」
「ダークさんのおごりじゃないから、大丈夫だよ♪」
「うむそうぢゃな」
懐から財布を取り出して中身を確認しているエルハンドに、水野想司は笑って言った。嬉璃もにやりと笑う。
「水野君…」
「どういうことだい?」
風野とエルハンドは首をかしげ、しのぶは頭を抱えていた。
新しい住人の正式な誕生であった。
後日、三下は全く記憶にない高級ステーキレストランの領収書に書き込まれた金額に恐れおののき、悲鳴をあげるのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】
【0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター】
【1254 / 水野・瀬月 / 男 / 400 / 吸血鬼ハンター】
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■ ライター通信 ■
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どうも参加して頂きありがとうございます。エルハンドは実は敵というわけでなく、空間干渉安定のためにやってきた、異世界を旅する存在です。『誰もいない街』のNPC覧をご覧ください。
結果的に彼と戦うことになりましたが、本当の敵がPCの水野・瀬月さんだったという、書き甲斐のある作品で、様々な視点からの描写になりました。
「力」を持ちながら、人として生きる為という話になりましたが、水野・想司さんはギャグ好きなので途中の息抜きには大いに助かっております。でも、哀しい出生だからあえて元気に振る舞っていると私は解釈致しております。
この『剣客の下宿』シリーズは色々なジャンルで続けていきますのでよろしかったらお願いいたします。
滝照直樹拝
20030128
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