■剣客の下宿■
滝照直樹 |
【0424】【水野・想司】【吸血鬼ハンター(埋葬騎士)】 |
あわただしいあやかし荘。
何でも新入居者を迎える手続きや掃除で忙しいそうだ。
「なんか、前までおったアパートがいきなり改築するからって追い出されるらしいわ」
と、書類確認などを手伝う綾が言う。
恵美は空き部屋を探して、其処を綺麗に掃除している最中だ。達人級なれば数十年の埃や汚れも綺麗さっぱりになるだろう。
ただ、嬉璃や柚葉は心なしか落ち着かない
「怪しいヤツな気がするんぢゃ!」
「怖い人だと嫌だなー」
そんなこんなで、当日。
黒マント姿で片目を銀の髪で隠した不思議な男がやってきた。
嬉璃達は、彼の姿を見たとたん、人の影に隠れ怯えている。
「あやかし荘で厄介になる、エルハンドと言うもの。宜しく」
「管理人の因幡恵美です」
2人は握手を交わす。
ただ、あやかし荘はなにかただならぬモノを感じ取ったように緊張していた。
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剣客の下宿
1.入居者エルハンド・ダークライツ
近くで剣道場師範を務める不思議な男、エルハンド・ダークライツ…。彼の素性はこれ以外無い。銀髪で、右目をかくしており、左目で哀しく遠くを見る。駆け寄った住人達は、かなりかしこまった態度に感心するが、何か引っかかっていた。嫌な予感がするのだ。
妖怪の嬉璃は因幡の物陰に隠れ、柚葉もおびえたように彼には近寄らない。この「世界」における「魔」でも「人」でもない「存在」と気づいたのだろう。あやかし荘で起こる得体の知れない事件にならなければいいが…。
天王寺綾は、彼の姿に見とれてしまった。哀しい表情でふつうなら「陰気くさい」と言うはず。しかし…
「ああ、何か哀愁漂う悲劇の剣士って感じで良いわぁ」
と意外な発言だった。
「僕も悲劇な人なんですけど…ぐほっ」
つっこみを入れようとした三下にひじ鉄で止めた。みぞおちに入って、そのまま三下は動かなくなった。
「エルハンドさん、ようこそいらっしゃいました」
「はい、しばらく世話になります」
因幡とエルハンドが、挨拶して
「貴方の部屋は二階に〜」
「エルハンドさん、私がお部屋に案内しますぅ〜」
横から綾が出てきて裏声でエルハンドの前に躍り出た。
「…ぁ…綾さんお願いしますね…」
彼女の変容ぶりに驚かざる得ない因幡だった。
数日間、彼の行動を見ててごく普通に住人と談笑たり、休日には遊びに行く。ただうち解けてくると敬語ではなくなる点を除くと、皆に優しい。週に数度は剣道場に足を運び、庭先では自己鍛錬を欠かさないそんな彼の日課をみて、「人間」の住民は安心していた。
2.三下(さんした)戦隊☆フラレンジャー
水野想司と森里しのぶが通う中学校…。
「ふ〜ん☆〈あやかし荘〉に新しい人?」
「昨日、嬉璃さんから電話があったの。因幡さん達の護衛を頼みたいって」
「誰から守るの??」
「なんでも、つい最近引っ越してきた剣道師範の人からだって。何でもすごく危険な感じがするって言ってたわ」
「ん〜☆」
一緒に弁当を食べながら、吸血鬼ハンター水野想司に、唯一まともに交流のできる良き理解者(?)森里しのぶが、〈あやかし荘〉から来た依頼を伝えた。想司は口に箸をくえながら考えた。戦える機会があるならおもしろそうだと…。
「いいよ。見てみたい☆そのひと♪」
「じゃあ、今日からだって。後で連絡しておくから」
「早いね☆」
「だって、あの柚葉ちゃん怖がって引きこもってると言うの…」
「へ〜♪あの好奇心旺盛な柚葉ちゃんが〜?」
「三下さんは相変わらずだけど」
「それは当たり前だよ♪」
「どうして?」
「だってボクのライバルだよ♪」
「それは、違うでしょ!」
しのぶの奥義「ハリセン」が彼の頭にクリティカルヒットした。教室どころか学校中にその音が響く。
かなりの衝撃を受けたため、想司はそのまま気絶する。
「きゃぁ!〜〜水野君〜!!」
しのぶは、ぐったりした想司を見てあわてふためく。
しかし、彼にとって好都合だ。退屈な授業なんか受けたくないのだから…。
〈あやかし荘〉についた二人は、嬉璃の歓迎をうける。
「よくきたな」
「は〜い☆」
「あいかわらずぢゃな。おまえのことぢゃ。まずは本人に会う方がよい」
「しばらくお世話になります」
「え?此処にしばらく泊まるの?」
「そういうことぢゃ。坊主」
「やった☆三下さんと一緒だ☆」
「…そういうと思って、用意はしておらん。しのぶは管理人室で寝泊まりぢゃ」
「はい」
準備の方は(?)整っているらしい
「誰です?」
管理人室の方向から高校生らしい年頃の少年が嬉璃に尋ねてきた。
この〈あやかし荘〉の守衛として住んでいる風野時音という未来から来た剣士だそうだ。
「じゃあ、ボクはエルハンド・ダークライツさんって言う人にあってくるね」
「エルハンド・ダークライツは私だが?」
玄関先で、稽古帰りのエルハンドが答えた。嬉璃達はその場から少し離れて見ている。
「キミがエルハンドっていう人なんだ?」
「いかにも、誰だね、君は?」
「ボクは水野想司☆しばらくお世話になるね。そうそう、剣道の師範って聞いてたけど流派は?」
「天空剣神宝流だ」
「あ、其れ知ってる♪名の知れた特殊剣術だね。伝説の神々が使っていたと言われる」
「本当は異なる剣技…日本語でいえば「天魔剣」伝承者だが。日本の武道はすばらしい。なので様々な流派と相手したよ」
そのあと、剣術のなんたるか戦いの心得などで談笑する想司とエルハンド。
「ほうほう♪なんか、エルハンドさんと気が合いそうだ♪」
「そういってくれると嬉しいね、よろしく」
「うん♪ちょっと待っててね☆」
そのあと、嬉璃達の所にむかった。
「…全然問題ないよ☆」
皆唖然とする。
「ねぇ?根拠は?」
「特にないよ♪」
しのぶの質問の意図を全く聞きもしないで即答する。どこからともなくピアニカを取り出し、エルハンドの所に駆けよった。
「ダークさん♪ボクのライバルを紹介するね☆」
「ほうほうすごい強者がいるんだ」
「三下さんっていうんだ☆」
「あってみたいな」
「こっち〜」
ぺんぺん草の間…
三下は、取材から帰ったばかりでへとへとになりながらも、原稿を仕上げようとしている。
しかし、廊下から嫌な気配がしたので机の下に隠れる
「み・し・た・さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
元気にドアを開ける想司。誰もいない。相変わらず不潔な部屋ですえた臭いがする。
「おかしいなぁ?」
「留守にしては不用心だな」
周りを見渡すエルハンド。玄関の靴箱に鍵が無造作に置かれている。そして独り暮らしには大きい救急箱も見つけた。
「そうか!」
「どうした?」
「三下さんは僕に試練を与えているんだ!不意打ちをして僕をびっくりさせようとしているんだ」
「常に戦いの場に身を置いているわけか。気に入った。どこからくるか楽しみだ」
(ち、ちがうよ…)
彼らのやりとりに怯えながら立ち去るのを待つ三下だった。
しかし、鼻先に黒くて油光りする物体が飛びついてきたので、驚きと恐怖で…
「ヒィヤァア!!」
と机の下から椅子を吹っ飛ばして出てきた。その椅子は想司に向かってとんでくるが、愛用のナイフを素早く抜き、椅子を真二つにした。ついでにとんできた黒い物体も斬られており、半分になりながらもけいれんを起こして生命力の強さを強調していた。
「みつけた〜☆さすが三下さん。椅子と油虫の二段攻撃してこようとしていたんだ♪でもまだ甘いね☆」
「水野くぅうん〜ちがうよ〜。今仕事で忙しいんだからぁ〜」
エルハンドはこの男をみて分かった。『想司は恐ろしい勘違いしている』と。つまり、三下は災難ばかり遭うのだが、悪運だけは良く最悪なことに想司に最高のライバルとして認められてしまった薄幸な男なのだ。かといって、想司にそのことを言っても聞きもしないのは、会話と【気】から感じられる。今は一応【人】であるが【魔】の力を封じている【気】を…。
「今日は、ダークさんと一緒に遊ぼうよ。仕事はいつでもできるから。ね」
「あ、う…う…」
三下は玄関にいる二人を見る。片方は化け物(失礼な)、片方は嬉璃さえも恐怖するという新入居者。拒否の「ううん」と言いたかったのだが恐怖により…
「うん」
と言ってしまった。
「やった〜決まり〜!」
想司ははしゃぎ、三下は、がくりと絶望する。
ピアニカを吹きながら、戦隊物らしいテーマソングを奏で始めた。するとぺんぺん草の間は一変して特撮番組でよく使われる、広い荒野となった。
「三下(さんした)戦隊☆フラレンジャーの世界にようこそ☆一緒に怪人と戦うぞ〜」
「仕事〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
戦うというより、妙な格好の怪人達が集まって、ミュージカルの踊りを披露していた。三下は赤いタイツ風の戦隊服が着せられ、想司は悪の秘密結社のボスの格好になっていた。エルハンドは謎の助っ人の役だ。
エルハンドは、楽しそうに遊ぶ想司といやがる三下を見ながら、微笑んでいた。
「おもしろい見せ物だ。三下という男には悪いが楽しませてもらおう」
20分ほど立つとエンディングになった。話は何とか三下が想司を打ち負かし、退散するということだったが…
空間発動するきっかけとなったピアニカが破損していた。
「あ、元に戻れないや☆ギルドから借りた、魔法のピアニカ【特撮体験】が壊れちゃった。失敗失敗」
「ど、ど…どうしよう!」
「いいじゃない♪しばらくすれば誰かが助けてくれるよ☆」
「其れもそうだな」
三下があわてているのをよそ目に、二人そろって真剣での立ち会いをしていた。
想司はナイフを、エルハンドは日本刀を構えた。
「リーチではダークさんの有利だけど。ボクを侮ってはいけないよ?」
「むろんそのつもりだ」
同時に、間合いに踏み込む。エルハンドは想司の胸に向かって突きを入れるが、想司は其れを横にそらして自分の間合いに入った。そのまま首元にねらいを定めナイフを突き刺そうとするが、剣客は想司を蹴り飛ばした。想司は受け身を取って体勢を立ち直す。エルハンドは正眼の構えで牽制している。また素早く動いたのは想司であり、ナイフを投げる。エルハンドは其れを剣ではじきかえす。そうしてできた隙を想司はもう一つのナイフで心臓を狙うが、同時にエルハンドは彼の首筋を狙った。
結果は相打ち。お互いが寸止めにて終わった。
「引き分けかぁ〜。新しいライバルかも☆」
「危うく二人とも死ぬところだったな。今回は『死合い』ではないからな。」
「【人】でも【魔】でもない相手には負ける自身は無いけどね♪今度はこうは行かないよ☆」
「ははは、きつい言葉だな」
二人は、笑いながらにいい汗をかいていた。
「あああぁふたりともぉ!」
「うるさい若造だな…まったく…それぐらいのことは予見しろ」
嘆く三下に、さすがにいらだちを隠せなくなったエルハンドは吐き捨てるように言った。
そのあと何かを歌い始めた。想司はその歌に驚く。
すると、特撮空間が徐々に薄れていき、元の〈ぺんぺん草の間〉に戻った。
「へぇ〜☆この空間はエンディングを唄うか、楽器で奏でないと解けないのに、ダークさん知ってたんだ。すごい♪」
「何となくこんな歌だろうとおもっただけさ。それに態と唄うことをしなかっただろ?」
「ばれた?はは」
また、二人は笑っていた。
「助かりました〜エルハンドさん〜」
三下は泣きながらエルハンドに抱きつこうとしたが、彼にひらりとかわされ、思いっきり壁に激突する。
「あいにく、男に抱きつかれたくない。気持ち悪いことこの上ないからな」
「ひどい〜」
「ダークさんの言うとおりだよ。三下さんに抱きつかれた時に、隠し持っている凶器で腹を刺されたらたまったものじゃないからね」
「ち…ちがうよ〜〜そんなことしないよ〜」
鼻血を出しながら、大泣きする三下だった。
3.精神境界
また月日がたった…。
ある【魔】の気配を感じる風野。相変わらず水野想司は、エルハンドを「ダークさん」と呼び一緒に遊んでいるようだ。よく素性の知らない男と親しくなれると不快に感じていた。
一方、想司は【魔】の気配を感じながら知らないふりをしている。
エルハンド自身は、何も危機感を感じている感もないように思われた。
しかし、その【魔】はエルハンドから発しているわけではなく、〈あやかし荘〉全体を覆っており、夜になるとさらに強く感じていた。
気になり始めた風野は、三下とともに寝泊まりしている(寄生している)水野を起こし、異様な気配を感じることを伝えた。
「どうも、数日前からおかしいのです」
「そうだよね♪…たしかにわくわくできそうな【魔】の気配だね。久しぶりに感じる強い気だ」
「気がついていたのですか?」
「うん☆」
水野想司の考え方は常軌を逸している。常に「己が最強」「戦いに生きる」という事から危機感を感じることはない。しかしそのために、命に対しての大切さという考えが歪んでいる。言うなれば、「常に危険な状況が好き」ということなのだ。
「しかし、あの剣客は気づいているのでしょうか?」
「どうして?問題ないっていったでしょ?」
「根拠も何もないじゃないですか」
風野の反論を聞き流すように水野は三下を起こした。三下は布団に丸くなって恐怖でふるえている。
「三下さ〜ん、起きましょう。三下(さんした)戦隊☆フラレンジャーの出番です♪」
「いやだぁ〜〜〜〜〜〜〜。もう勘弁して〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜みずのく〜〜〜〜〜ん」
「因幡さんが危険な目にあっても良いの?」
「う…それはいやですよ〜水野くぅん」
因幡のことで勇気を出して起きる。
「あ!」
風野は我に返る。
「かなりの時間離れてしまった!恵美さん達が危ない!」
【魔】の気配が管理人室の方向に強烈に感じた。
「急ごう☆風野さん。しのぶも管理人室だ…♪」
風野は、おどけた口調の裏側に隠された、「しのぶ」に降りかかる危機に不安を隠せない水野の【人】らしさを見た。
風野、水野、三下の三人は管理人室に向かった。普通なら非常灯がついているはずなのに、管理人室前は灰色の霧で前が見えなかった。
「この気配…」
水野はそのまま立ち止まった。
「どうしたのです?」
風野は少年に訊いた。
「前に厭な思い出があるだけ♪大丈夫☆気にしないでいこう」
「ぼ…ボクもいくのですか?」
『もちろん』
三下の質問に二人そろって即答した。三下は自分に選択権がない事に絶望を感じる。
一気に、霧の中を駆け抜けると…〈荒野の空間〉だった。
はじめに見えたのはエルハンドが、〈荒野の空間〉のなか因幡としのぶ、嬉璃をかばって180cmもある西洋剣を抜き、片手で振り回して影の魔物の群れと戦っていた。彼の戦いは、一秒で天文学的数字の影が消し飛ぶ。しかし、群れ自身も相対的に天文学的な数だった。消し飛ばしても影は復活するのである。きりがない。
「私が彼女らに用事を思い出していなかったら危なかったぞ!」
エルハンドが、三人が着いた事に気づき叫んだ。
「すみません!今助けに!」
二人はエルハンドの元に加勢しに行った。襲ってくる影を、いとも簡単にかわし、水野はナイフで戦い霧散させ、風野は魂で作る『光刃』を召還し回復していく影ごと斬り捨てて分解させた。魔王級の力を持つ二人にとって影は敵ではない。
「ぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
三下は、影が近づいてきた恐ろしさのあまりその場で気絶する。
「熊じゃないんだから〜三下さん☆」
水野は笑いながら戦う。
「ふざけないでください、水野さん。持久戦覚悟ですよ」
「君たちに提案がある」
エルハンドは、戦いながら二人に話しかけた。
「俺は、ある呪文を唱える。普通の術はすぐすむのだが〈この呪文〉は其れができない。2分は何とか持ちこたえてくれ」
「わかった☆」
「従いましょう…」
エルハンドは、剣を掲げ全く聞き取れないような言語で唱えている。そのあいだ、どんどんわき出る影から風野と水野は剣客と女性達を守る。
エルハンドは呪文が完成し叫んだ。
「デヴァルサー(疑似精神空間破壊)!!」
するとエルハンドから光が放たれ、〈荒野〉が影もろとも消え去る、光が収まったあとは透明の球体の中にいることが分かり、周りには灰色の霧に包まれたていた。視界は悪いが目をこらすとそこかしこに、奇妙な色の球体が浮いている。違和感がある。まるで色違いの宇宙だ。
「ここは精神世界との境界線の景色だな…」
剣客はひとりごちた。
「?」
その場にいる人間も妖怪も首をかしげた。
「私の「世界」においての異空間の一つだよ。『多元宇宙論』において異空間につながる世界は様々な方法で行き来できる。「神隠し」もその一つだ。〈あやかし荘〉はこの世界のかなり奥深くまで干渉しているようだな」
と剣客は皆に話した。
「では…私たちが元の世界に戻るには?」
「此処まで招待した【創造主】を始末しなければならない。程なく、【創造主】が創り出す新しい世界が生み出されるだろう…」
剣客は一息ついて、剣を構えた。
「こわいですね…」
因幡が身震いしてつぶやくと風野が近づき、
「私が守ります。必ず…」
水野はしのぶをかばうように警戒している。
エルハンドは嬉璃に近づくが、嬉璃は因幡の方に逃げていった。
「嫌われたか…ん?くるぞ…」
世界が再構築される…そこは…どこかの火山の火口だった…。
4.人にあらず魔にあらず
「火口だ…」
水野は血がにじみ出るほど唇を噛みしめた。
「なにかあるのですか?」
「いやなにも…」
風野の質問に水野は何も答えなかった。
水野想司は…忌まわしい「あの事件」を思い出した。あの火山だ。あの火山の火口だ…。信じられない…。アイツはすでに『死んでいるはず…』
ナイフを握っている手に力が入る。しのぶを抱きしめるようにかばっていた。危うく唇が重なりかけた。
「想司君…」
彼女は恐怖しているが、赤面する。
守りたい…絶対に…。そう思った想司だった。
火口の底はマグマで煮えたぎり、蒸し暑さが支配する。
「何者だ!何故私たちをこの世界に招いた!」
風野はいつでも『光刃』を出せるように構えていた。
しばらくすると…エルハンドの様子がおかしい。剣を落とし、頭を抱え跪いた。かなり苦しんでいるようだ。
「エルハンドさん!」
しのぶと因幡が彼の元に駆けよった。彼は冷や汗をかき、息が荒い。
しのぶがハンカチで汗を拭こうとしたそのとき…
エルハンドが手刀で彼女の胸を突き刺した。背中まで貫通し、水野の顔にその血がかかる。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
水野は人とは思えない叫び声をあげた。
そして、エルハンドに向かって叫びながら飛びかかった。
吸血鬼ハンターの切り札として、吸血鬼の力を持つ水野想司。今彼は【魔】を解放した。吸血鬼がもっともおそれてられることは、人間の数倍以上の運動能力、反射神経、生命力だ。人を餌とし、仲間を増やす。その中で『根元の吸血鬼』の力を与えられ、さらに強化訓練を受けた想司は、悪魔の中でも「領域の主」級の魔王という数十体の力を持っている。ひとたび力を解放すれば、【人】ではなくなり、その場は死者の山を築く。
しかし…
意外にも戦いは一瞬でついた。
水野の得意のナイフ攻撃はいっさい当たらず、紙一重でエルハンドがかわす。すでに人間の限界を超え、真の力を発動させた彼の運動能力、反射神経をエルハンドはすでに見切っており、鋭い手刀だけで、身を切り裂いた。
しかも苦しんでいたときに落とした剣が手元にすぐに戻り、そのまま彼の左肩ごと叩き斬った。さすがの彼も生命の源にもなる心臓を傷つけられたら動けなくなる。そのまま、エルハンドは剣を振って彼を投げ捨て、風野に向かっていった。
想司はまるでうそだと言うような顔をしていた。回復していくのは確かだが、吸血鬼の血の活動を遅らせる【何か】が剣に存在しているようだ。咳き込みながら、
「ボクがまけた?」
と言った。口から血を吐く。
「そんな…ボクは…強い…。それなのに【人】でも【魔】でもない奴に…」
今まで無かった、経験…敗北。これが彼の心に大きなダメージを与えた。
「また…あのときののように…仲間が…。しのぶ…」
「喋らないで、傷が癒えないわ!」
嬉璃と因幡が駆けより、彼に応急手当を施した。
あとは、風野とエルハンドの戦いをぼんやりと見つめるのだが…エルハンドはあの退魔剣士さえも子供扱いしていた。いつの間にか風野の背後を取っているエルハンドを見て想司は思った。
「何時の間に背後を…まるで…まさかそんなことは…」
エルハンドは、風野の後ろで皆に聞こえるように言った。
「真の敵は…常に背後にいる…心に忍び寄る…」
エルハンドは、指で十字の形に空を切る。
「この精神世界の創造者よ!我が前に現れよ!」
空間が裂け、そこから胸に十字の傷を負わされた見知らぬ男が現れた。
「こいつだ…世界の敵でありそして真の【魔】…」
「くそぉ」
現れた男が憎しみの声をあげる。
想司は、忌まわしい記憶が鮮明に蘇った。
忘れもしない、あの黒髪の細身、目の中に潜む憎悪の闇を持つ男を。
水野が渾身の力で叫んだ。
「水野瀬月!貴様生きていたのか!」
5.ノーライフキング
「何故だ!?何故おまえは術にかかったはず!」
「愚か者」
エルハンドは苦しむ瀬月に向かって吐き捨てた。
「今いる世界を考えてみろ?精神が強い者ほど反映される世界だ。すでに調べているだろう私の書物を?多元宇宙論を。貴様が私の目的を悪用し操らせて、世界を破滅させる計画を練っていたっていう事を。おまえの行動が、私の後ろにいる未来からの来訪者に不幸を与えていることも。おまえさえいなくなれば、一応時間的には事は良き方向に進む。ちなみに、その傷は癒えないぞ?おまえが知らない【領域】…【魔】でも【人】でもない…【聖】の力だからな…【人】と【魔】を超越する【聖】に免疫はあるまい」
「バカな!そんなものが存在するはずは!」
「これだから一辺倒か二元論者は困る。ここは多元宇宙の一部だぞ?」
エルハンドはため息をついた。そして、
「こいつを倒したいか。剣士よ」
剣客は風野に尋ねた。
「こいつが…僕の世界を…」
風野は手が震えた。
彼は迷った。今、目の前に【終わらない戦争】を起こした一要因と思われる存在がいる。今この水野瀬月という男を倒せば、「未来が変えられる」しかし、
「水野瀬月といいましたね。というと…あの水野想司くんの…」
風野は想司を見つめた。少年は首を振って、
「大丈夫、血がつながってないよ。憎き敵だよ」
瀕死の少年が彼に一番引っかかる問題を教えてくれた。親子の絆はないと。安堵する。
「ボクは…、半分…吸血鬼さ。【魔】と【人】との…狭間で生きている。さっきの能力は吸血鬼の力…なんだ。ボクは…吸血鬼ハンターギルドで造られた切り札さ…。同じ力に対抗出来るだけの能力を必要としたからね…。でもそいつは、その計画を逆手に取り、ギルドを壊滅させようとした。大事な仲間を失った時、この火口で、そいつを突き落として倒したんだ…。でも今此処にいる。憎しみなど冥い感情を根元とする【魔】の力では…決して…勝てないと…今…。」
「もう良いから…、喋らないで」
因幡が、彼の応急手当をする。想司は咳き込んだ。
「ならば…心おきなく斬れるよ…ありがとう想司君…」
エルハンドは、風野にこういった。
「あとは、世界の住人達でつける問題だ。私は可能な限り手助けしたまで。判断は君に任せる」
「え?あ、はい」
風野は光刃を最大限パワーまで引き出し、瀬月に斬りつけた。かすめはしたものの瀬月は、素早く彼らから離れる。息が荒い。分解されていく体であるが、吸血鬼の再生能力は其れを上回った。
「ふふふ無駄だ…私は何者だと思っている。この精神世界の支配者だ。無駄なんだよ?いっさいの攻撃は通じないのだ。貴様達は此処で果てるが良い」
「くっ」
「違うよ、皆…」
「何?…」
「え?」
「そんなばかな…」
「うそ…」
エルハンドを除いた皆が驚いた。瀬月の後ろに…死んだはずの森里しのぶが立っていた。貫かれた胸の傷もなく、服も影に襲われた程度の汚れしかない。堂々と彼の前を通り、水野想司に向かって歩く。
「この人はすでに死んでいるの。もう人間じゃないわ。いくらすごい力を持っていても【人】として生きようと必死にがんばってる想司君や風野さんは【化け物】ではない。エルハンドさんは数日前に教えてくれた。どんなに苦しくても、悲しくても、自分が無力で弱くても「自分の世界」で堂々と生きていこうとすることが大事なの。しかし、この人は逃げた。そして、この心の壁の世界を創った。もう彼はこの世界から出られないの」
「なに?」
しのぶはエルハンドを見つめた。
「多元宇宙は、常にバランスを保とうと働く。しかし、各「世界」において危険と見なした者はこの精神世界の深層部まで封印されるのだ。貴様は永遠に自分の世界で自己満足しているが良い」
「まて!そうなれば永遠におまえ達もこの世界にいるのだぞ?」
「其れはない」
全員が答えた。
「〈あやかし荘〉を愛する人はこんなちっぽけな世界から簡単に出られるのよ」
因幡は言った。嬉璃も後ろで頷く。
「ボクはいつでも〈あやかし荘〉でおもしろい世界を創っているけど、結局は帰ってこれるんだ。こんな所には簡単に抜け出せる」
想司が傷の苦しみを我慢して喋った。
「僕も〈あやかし荘〉を愛している。そしてそのすんでいる人たちも」
と、風野が言った。
「そして、この私自身も、この世界を封印して帰ることができるんだな。わかるか?おまえはすでに負けているのだ。世界の支配者の心が負けたとき…取り込まれた者は無事に帰ることができる」
すでに、火山の火口の景色がゆれ動いて不安定な状態になっている。皆が集まった場所に亀裂が入り、其れがこの世界から脱出できる出口と分かる。
エルハンドが風野を見ながら言った。風野は自分の光刃を見つめて気がつく
「【魔】よ、もう私たちの世界に関わるな。僕たちは」
「そうはさせるかぁ!!」
『帰るよ』
風野は光刃を振りかざし、亀裂を破壊した。瀬月は追いかけようとするが体が動かない事に気づく。
そして、「人間達」は亀裂の出口から立ち去っていった。
6.エピローグ
「おのれぇぇぇっ!!」
水野瀬月は深層精神世界に封印された。己の策におぼれ…。
霧の世界をエルハンドの「力」と「案内」で無事に抜ける。
今あるのは古いくも頑丈な木の床を踏みしめたとき…ごく普通の〈あやかし荘〉の廊下とわかった。
怪我をした想司はエルハンドが、未だに気絶中の三下を風野が背負っていた。
皆が精神世界から出たことを確認するとエルハンドが霧の境目に手をかざすと霧が晴れた。
「吸血鬼、貴様の敗因は…私が元から精神干渉の術は効かないことを知らなかった事だ」
と空間に向かって言った。
管理人室で、戦いの傷の手当をするため集まった。
水野想司はしのぶに膝枕をしてもらっている状態でエルハンドに訊いた。
「じゃぁ何故?態とボクを【化け物】に変えたんだい?」
退魔剣士は剣客に尋ねた。
「其れが不思議です。エルハンドさん」
「答えは簡単だ。諺にあるだろ。『敵をだますには、まず味方から』…と、いってもこの数日間信用していたのは想司だけだったが。私を見て敵意がない事を本能で見切った想司をだますには暗示にかけられたふりをして、ガールフレンドを殺す幻覚を見せる方が都合良かったのでな」
「冗談きついよ…」
想司は苦笑いを浮かべた。
「私は…貴方を本当に斬ったのに普通なら…」
風野は冷静な剣客に訊いた。
「あの瞬間、時間を止めたんだ。俺は剣客であると同時に全ての…もちろん時間や空間を操作出来る魔術を知っているのだよ」
「え?」
「俺は空間歪曲を起こしているこの「世界」を安定させるために【異世界】から来たのだ。この「世界」から言えばよくある架空世界といえる場所からな」
「そうなんですか…」
しかし、そんな話を聞かされても彼らは大きく動じる事はなかった。最初っから訊けば良かったと思う程度でとどまった。
「では、私や嬉璃さんが貴方を敵視していたのは?」
「異物破棄の本能からだよ。全く異なる「世界」の存在をそう簡単には受け入れられるわけでもないだろ?其れを敏感に感じただけだ。気にもしていない」
「そうですか…」
「う〜ん、儂も長年生きていたがはじめての体験ぢゃ…」
「ここで起きたことが、君のいた【世界】が良い方向に進むことを祈るよ」
「…ありがとう」
「よかったのう、風野」
「良かったです。本当に」
嬉璃と因幡が風野の未来に希望がもてたことを喜んだ。
エルハンドはしのぶと想司に近づき、複雑な発音の謎の言葉を唄いながら手をかざすと、想司の刀傷が癒えた。しのぶは驚く。想司は身軽に跳ね起き、軽いストレッチをして、
「ふーん、そうなんだ。まぁボク達は助かったし、アイツをこの【世界】のから追い出したんだ。結果オーライで行こう☆」
と、笑いながらいった。
「水野君…」
しのぶは【人】に戻った想司の笑顔を見て泣いていた。想司は彼女の頭をなでた。
「泣かないで、しのぶ」
「…うん」
二人とも安堵感で微笑みあった。
「とりあえず…」
目のやり場のない風野はのびている三下のほうをむき…
「彼が起きたあと食事にでも出かけませんか?皆さん。…エルハンドさんもどうです?」
といった。
「ああ、一緒に行こう」
剣客は快諾する。
「私も行きます」
因幡恵美も喜んで賛同する。
「ダークさん♪ボク、神戸牛のサーロインステーキが食べたい☆」
「そのへんは財布と相談しないとなぁ、いくら師範職でこの世界の生活をしていても貧乏なんだぞ…」
「ダークさんのおごりじゃないから、大丈夫だよ♪」
「うむそうぢゃな」
懐から財布を取り出して中身を確認しているエルハンドに、水野想司は笑って言った。嬉璃もにやりと笑う。
「水野君…」
「どういうことだい?」
風野とエルハンドは首をかしげ、しのぶは頭を抱えていた。
新しい住人の正式な誕生であった。
後日、三下は全く記憶にない高級ステーキレストランの領収書に書き込まれた金額に恐れおののき、悲鳴をあげるのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】
【0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター】
【1254 / 水野・瀬月 / 男 / 400 / 根本の吸血鬼】
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■ ライター通信 ■
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どうも参加して頂きありがとうございます。エルハンドは実は敵というわけでなく、空間干渉安定のためにやってきた、異世界を旅する存在です。『誰もいない街』のNPC覧をご覧ください。
結果的に彼と戦うことになりましたが、本当の敵がPCの水野・瀬月さんだったという、書き甲斐のある作品で、様々な視点からの描写になりました。
「力」を持ちながら、人として生きる為という話になりましたが、水野・想司さんはギャグ好きなので途中の息抜きには大いに助かっております。でも、哀しい出生だからあえて楽しく振る舞っていると私は解釈致しております。
この『剣客の下宿』シリーズは色々なジャンルで続けていきますのでよろしかったらお願いいたします。
滝照直樹拝
20030129
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