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■剣客の下宿■

滝照直樹
【1254】【水野・瀬月】【根本の吸血鬼】
あわただしいあやかし荘。
何でも新入居者を迎える手続きや掃除で忙しいそうだ。
「なんか、前までおったアパートがいきなり改築するからって追い出されるらしいわ」
と、書類確認などを手伝う綾が言う。
恵美は空き部屋を探して、其処を綺麗に掃除している最中だ。達人級なれば数十年の埃や汚れも綺麗さっぱりになるだろう。

ただ、嬉璃や柚葉は心なしか落ち着かない
「怪しいヤツな気がするんぢゃ!」
「怖い人だと嫌だなー」

そんなこんなで、当日。
黒マント姿で片目を銀の髪で隠した不思議な男がやってきた。
嬉璃達は、彼の姿を見たとたん、人の影に隠れ怯えている。
「あやかし荘で厄介になる、エルハンドと言うもの。宜しく」
「管理人の因幡恵美です」
2人は握手を交わす。

ただ、あやかし荘はなにかただならぬモノを感じ取ったように緊張していた。
剣客の下宿

0.生き延びた根元
瀬月は気配を隠し…憎き敵…想司を睨み付けていた。霧状に変身している彼にとって、造作もないことだ。
あのときのことを忘れるものか。
〈あやかし荘〉には様々な存在が集う。結果的には【人】と【魔】という2つに分けられる。人の心を何らかの形で反映される不思議な昔ながらのアパート。敵(想司)は良くそこに遊びに来ている。
「私の計画を邪魔した想司にひと泡吹かせるものはないか」
彼は思案した。そうその思案はかからなかった。
あやかし荘がある地区に剣道場がある。真剣での実際に物体を斬り武道を教える所のようだ。普通の剣道もやっている。其処には独りの独特な雰囲気の西洋人を発見した。彼は一目見て
「あの男は使える…私の計画に利用させてもらおう」
瀬月は彼の住居を見つけた。西洋人の留守中に忍び込み、刀剣類や大きな書物が山積みされている。元の姿に戻った瀬月は、物色し始める。
「ゴミのような家だな…確かにいくら良くある収納術を用いても…この蔵書や武器の量では寝る場所しか確保出来ないだろう」
かなり思い書籍『多元宇宙論』を読みながら、あたりを見渡した。すると冷蔵庫にコルク板がつけられていることに気づく水野瀬月。其処に貼られた数枚のチラシを読んでみた。
「『新居案内 数日後にこのアパートは取り壊し工事するため期限には新しく探した新居にお移りください。』か」
ごみためのように見える部屋でも重要書類などはきちんと整頓しているようだ。
「都合がよい」
彼は邪悪な笑みを浮かばせた。一つの契約書を手に取った。
『あやかし荘入居契約書』を

其れまで、瀬月は西洋人が〈あやかし荘〉に入居することを確認してから、計画を実行しよう。
その間に、すでに暗記した『多元宇宙論』の研究もしている。
己の計画…この世界の破滅。己を道具にしようとした人間どもを始末するには、この奇妙な男〜エルハンド・ダークライツを大いに利用する事が有効だ。
想司を倒し、世界を闇に変えるが為の【道具】として…


1.入居者エルハンド・ダークライツ
近くで剣道場師範を務める不思議な男、エルハンド・ダークライツ…。彼の素性はこれ以外無い。銀髪で、右目をかくしており、左目で哀しく遠くを見る。駆け寄った住人達は、かなりかしこまった態度に感心するが、何か引っかかっていた。嫌な予感がするのだ。
妖怪の嬉璃は因幡の物陰に隠れ、柚葉もおびえたように彼には近寄らない。この「世界」における「魔」でも「人」でもない「存在」と気づいたのだろう。あやかし荘で起こる得体の知れない事件にならなければいいが…。
天王寺綾は、彼の姿に見とれてしまった。哀しい表情でふつうなら「陰気くさい」と言うはず。しかし…
「ああ、何か哀愁漂う悲劇の剣士って感じで良いわぁ」
と意外な発言だった。
「僕も悲劇な人なんですけど…ぐほっ」
つっこみを入れようとした三下にひじ鉄で止めた。みぞおちに入って、そのまま三下は動かなくなった。
「エルハンドさん、ようこそいらっしゃいました」
「はい、しばらく世話になります」
因幡とエルハンドが、挨拶して
「貴方の部屋は二階に〜」
「エルハンドさん、私がお部屋に案内しますぅ〜」
横から綾が出てきて裏声でエルハンドの前に躍り出た。
「…ぁ…綾さんお願いしますね…」
彼女の変容ぶりに驚かざる得ない因幡だった。
数日間、彼の行動を見ててごく普通に住人と談笑たり、休日には遊びに行く。ただうち解けてくると敬語ではなくなる点を除くと、皆に優しい。週に数度は剣道場に足を運び、庭先では自己鍛錬を欠かさないそんな彼の日課をみて、「人間」の住民は安心していた。


2.下調べ
エルハンドの行動を、常に監視していた。使い魔や、良く顔合わせする剣道場の弟子たちを魅了して…。あまりなんて事のない生活をしている。
談笑し、剣の稽古をつけ、また己の自己鍛錬を怠らなかった。
特異な気を感じ続けているものの、警戒しているのは妖怪や、退魔剣士の若造ぐらいだった事も知る。
期待通り…想司が来た。相変わらずおかしいことをしている。見るからにバカ丸出しだった。
ピアニカを吹き、嫌がる三下という男の部屋で遊びほうけている。エルハンドも何故かその中に混じっている。異空間は、子供が良くTVでみるくだらない特撮のロケ地ではないか?
どうも見ていると…この空間から出られないようになったらしい…
のんきに、真剣での立ち会いを行う想司とエルハンド。お互い力の数分の一しか出していないと瀬月は見切った。
その後になんとか戻れたようだ。しかし、想司のみ知っている方法をエルハンドがやってのけた。
教えてもらっていないのに。
これは…本当にこの男は…実に興味深い。そう思った水野瀬月だった。


3.真相と実行:精神境界
時はきた。『多元宇宙論』を解読し、あの剣客が何者なのかさえ。
「まさか…【異世界】から来ているとはな。ここで己の野望を成就するつもりか?」
多元宇宙論からはこう概要が分かった。
『人間の世界は基本的に物質界とされ、周りに精神世界が存在する。さらに、地水火風の四大元素と、プラスとマイナスの[六元素界]とし、これらによって世界が構築されている「内世界」。それに似た世界が、数多にある。その旅は特殊な手段により実行出来る』
さすがに人の死の先は解読段階だ。徐々に難しくなる。
「エルハンドの心を探るか…戦闘能力は…想司やあの若造以上とみた」
吸血鬼は邪悪な笑みを浮かべた。

自分の気配を、全員に察知出来るほどの『妖気』を放出し、〈あやかし荘〉全体に結界を貼る。
そして精神世界の入り口:精神境界を因幡という娘が住まう管理人室前の廊下に小さく作った。
本に書かれた方法を用いて、その世界に入る。中は、霧に包まれた視野が狭い世界だった。
一応、準備もしているので、重力を感じ難なく歩き回る。精神力が強ければ、この世界をうろつく奇妙な生物を屠ることなどたやすかった。
広大な霧の中にいくつもの球体が浮かんでいる。まるで灰色の宇宙のようだ。一つ一つが〈疑似精神世界〉といわれているそうだ。
「この辺に、私の世界を作るとするか…」
彼は精神集中し、呪文を唱えた。『多元宇宙論』に載っていた「完全な疑似精神世界の作成」術である。
すると…元は吸血鬼ギルドの本部がある火山地帯が現れた。周りは荒野だった。
「想司への恨みがこういう形で現れるとはな…」
苦笑いする吸血鬼…
「実行に移そう…」
門番の風野という男が席を離した隙に…境界を大きく創り出した。
一気に【魔】の力が放出される。
因幡としのぶ、嬉璃はこの奇妙な空間にとり込まれてしまった。
「いったい此処は!?」
因幡はしのぶを守るように抱きしめて叫んだ。
「誰かよからぬものが異空間を創ったようぢゃ…。気をつけんとな」
瀬月は影の魔物を召還し、三人に襲いかからせる。
「あぶない!」
因幡は嬉璃としのぶをかばって影の不意打ちをかわした。
「そんな…こんな怖い魔物が…」
逃げようにも数が多すぎる…
一斉に影が飛びかかってきたとき…強力な光が照らされ、共に影が退散する。
大きな西洋剣を構えたエルハンドが光の中から現れたのだ。
「間に合った…」
「エルハンドさん!」
「例の二人が来るまで守ります管理人さん。でも気をつけてください。通常ではこの影の魔物は倒せない」
エルハンドは片手で大きな西洋剣を振るい、影を斬りつづけた。
「やはり並のものではないな…」
瀬月はつぶやいた。
想司と時音が現れ、あとは難なく影を倒し、エルハンドは世界を破壊させた。
初顔合わせなのに戦闘のチームワークはたいした物だな…。さて、本来の世界に案内するか…
瀬月は、砕けた世界の再構築を始めた。再生していく…
瀬月は、獲物達を過去に想司により突き落とされた火山山頂に招いたのだ。


4.心を操る
エルハンドの心の中を見ようとする瀬月。
危機感が心の中を支配している。そして守るべきものの事を想っていた。
「ふふふ…良いぞ、良いぞ」
瀬月は、風野にも不安にさせる言葉をつたえる。すでに世界と体は一体化している。どこで何が起こっているか分かる。しかも、この世界は自分の心だ。心の中に閉じこめたのも同然。
エルハンドにある心の隙を見つけ出した。其処に向かって話しかけた。
「異世界からきた者よ」
「何者だ」
瀬月の声に反応するエルハンド。心の中での会話であった。
「本当に大事な物があるのなら…それを取り戻したかった…失ったことがあるのなら…憎め…解き放て」
「何のことを言っている?」
「一度…女を愛したがその女はもういないのだな?ふふふ」
「止めろ、思い出したくもない…」
「取り戻したいだろう?大事な女。過去が分かるぞ…。おまえにとって優しい、いい女だったようだな」
「や・め・・ろ」
エルハンドは、冷や汗かき、剣を落とす。そして跪いた…。
「かかったな…さぁ私がその方法を教えてやろう…エルハンドよ…。優しさで駆けよった者を殺せ。そして、その血を贄とするのだ。刃向かう者も容赦なくな」
「…ワカッタ…」
エルハンドはまるで機械のような返答をした。
森里しのぶが汗を拭ってくれるところに手刀で胸を貫いた。
其れを目の当たりに見た想司は『化け物』となり、襲いかかるが返り討ちに合い倒される。
退魔剣士の時音との戦いもほんの数秒で決着がつきエルハンドが背後をとった。
「さぁ、そいつも殺すが良い」
勝利を確信した笑みをほころばせながら、エルハンドの頭の中にささやきかけた。
「断る」
意外な返事が返ってきた
「何?」
「貴様が、私を利用すると言うことはすでに知っていた。もちろん、こうなることも時間魔術の一つで分かるんだよ。近い未来がな」
「では今までは!」
「単なるフリだよ。愚かな【魔】よ」
エルハンドは指で十字を切った時、世界と一体化していた瀬月が恐ろしい激痛と共に現れる羽目となった。
想司は瀕死の状態ながら憎き敵の名を叫んだ。
「水野瀬月!貴様生きていたのか!」


5.閉ざされた空間
おかしい!
おかしすぎる!
なぜだ!
(簡単だ、上には上がいるということだ。それにそう簡単に多元宇宙を操ることはできない。宇宙は常に安定使用とするからな)
瀬月は己の計画に間違いはないと逆算していく。どれも完璧だ。どこがおかしい?
(敗因は永遠に考えておけ)
エルハンドの心の声がする。
まさか、自分がこんな若造達に負けたというのか!
(事実ぐらい受け止めろ)
想司は重傷を負っているのにもかかわらず、エルハンドに「殺された」しのぶが何故生きていることに驚きを隠せなかった。幻影も見せられたのか!
すでに負けていた?この男は私を逆に操っていた?幻覚だ!夢だ!
今まで動揺もしなかった彼に心は瓦解した。精神世界は敏感に反応し…亀裂が入る。
そして…自分がこの世界から出られないころを宣告された。
すでにこの世界は精神世界の深層部に沈んでいく。危険な存在を封印するために「多元宇宙」が動いたのだ。
すでに心で負けた彼にとって…取り込んだ〈あやかし荘〉の住人が世界から去るの姿を、屈辱感を味わいながら見送るしかなかった。

「おのれぇぇ!」
彼は、自分の心の世界で叫んだ。亀裂はなくなり、彼ひとりである。空間は闇に埋め尽くされる。
「必ず…必ず!ここから脱出し、復讐してやる!」
ドス黒い憎悪が、彼がこの先永遠に生きる事になる世界を作り始めた。
〈あやかし荘〉と、うり二つの…。
「私がこの世界から出られるのなら…こちらからおびき出してやる。そしていつか必ず…」
口から血が出るほど噛みしめた…。復讐を誓って。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】
【0424 / 水野・想司 / 男 / 14  / 吸血鬼ハンター】
【1254 / 水野・瀬月 / 男 / 400 / 根本の吸血鬼】


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■         ライター通信          ■
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どうも参加して頂きありがとうございます。エルハンドは実は敵というわけでなく、空間干渉安定のためにやってきた、異世界を旅する存在です。『誰もいない街』のNPC覧をご覧ください。
結果的に彼と戦うことになりましたが、本当の敵がPCの水野・瀬月さんだったという、書き甲斐のある作品で、様々な視点からの描写になりました。
「力」を持ちながら、人として生きる為という話になりましたが、水野・想司さんはギャグ好きなので途中の息抜きには大いに助かっております。でも、哀しい出生だからあえて楽しく振る舞っていると私は解釈致しております。
水野瀬月さんの分は、風野さんと水野想司さんの半分と少なくなってしまいました。本来なら、同じ量を書くのですが、ほとんど独りで行動されているために、人との絡みがエルハンドのみとなり少なくなりました。申し訳ありません。しかし、彼主体のみの行動ばかりと心の描写は書き甲斐のあるものでした。

この『剣客の下宿』シリーズは色々なジャンルで続けていきますのでよろしかったらお願いいたします。


滝照直樹拝
20030130