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■Dolls■

佳楽季生
【0818】【プリンキア・アルフヘイム】【《データ削除済》】
【データ修復中】
Dolls

あやかし荘を尋ねたプリンキア・アルフヘイムは勝手知ったる何とやら……と、迷うことなく調理室へ向かった。
午後10時20分。この時間帯であれば、仕事から帰った三下が丁度遅い夕食を摂っている事だ。
「GoodEvening!Mr三下、横浜でWorkしたオ土産のシューマイでース……」
右手に持った紙袋を高く掲げて、プリンキアは調理室を覗く。
明日が日曜である事を考えれば、住人達も多少の夜更かしをするだろう。そう考えて、シューマイを多目に買ってきた。
「What?」
しかし、意外にも調理室には誰もいなかった。さっと辺りを見回したが、人影はない。話し声や足音の類も聞こえず、10時20分と言う時間の割に、あやかし荘内は妙に静かだった。
「トッテモ静カですネー」
プリンキアは首を傾げながら辺りの様子を伺ったが、やはり人の気配はない。
「Mrもイマセンねェ…本トに皆様どシたデショ?」
キョロキョロと視線を泳がせる。と、視線の隅で何か小さな影が動いたのをプリンキアは見逃さなかった。
小さい……動物だろうか。プリンキアは視線を止めて影を見る。
壁に隠れるような小さな影……。
(動物じゃナイ…ヒト?)
しかし、人にしては小さい。小さすぎる。
(doll?でも、どシてdollが…?)
と考えて、プリンキアはふと自分の手の重みに気付いた。シューマイの入った袋を持ったままだった。
「ah,重いですネー」
一旦紙袋をテーブルに置く。そして、再び視線を戻した時にはもう人形の姿は消えていた。
(What?)
静まりかえったあやかし荘。消えた人形。
一体何が起こったのだろう。三下達は何処に行ってしまったのだろう。
「?」
ふと下ろした視線の先に、小さな玩具を見つけてプリンキアはテーブルに顔を近づけた。
「コレ…カップ麺?デも…こんナにcuteでrealなminiatureのカップ麺ッて売ってましタかネ??」
手に取ると、それは本当に精巧に出来たミニチュアだった。発泡スチロールの器に紙の蓋。添えられた割り箸。
指先で蓋を持ち上げると、中にはきちんと麺や具がある。
「………」
あまりにリアルなミニチュアを手の中で転がして、プリンキアは暫し考える。
実物をそのまま小さくしたようなカップ麺と、視線の隅で動いた人形。
この不思議なまでの人気のなさ………。
「Miss綾のRoomにはAntiquedollや高価なBarbiedollが置いてましたネ……」
あの消えた人形は綾の持ち物かも知れない。
この静けさが人形の仕業だとすれば、と考えてプリンキアは魔法のコンパクトを取り出した。
「『郷に入っては郷に従え』でース」
相手が人形ならば、自分も人形にならなくては。
プリンキアは30cmほどの大きさの人形に変身した。
「Goodネー。可愛いでース」
フランス人形の様なドレスを纏った自分の姿を確認して、プリンキアは満足気に微笑む。
石膏の白い肌に豪華な金色の巻き毛、白いフリルとレースをふんだんに使ったドレス。
体が自由に動いて意志を持っている事を除けば、どこからどう見ても人形だ。
「サテ詳しいお話を聞いテみた方がGoodでスネー☆ このApartmentの元住人の忘れ形見カモ知れませンが…万が一の場合ハ皆サンか『アチラの方』のどちらかを人間ニ変化させる必要がありマース。」
小さな石膏の手でドレスを撫でながら、プリンキアは広く大きくなった部屋を見回す。
「とりあエずは皆サンの捜索、そして原因究明デース☆」
人形の足では出るのに何分もかかりそうな広い広い調理場を後にした。


小さな足で建物内を歩き回るのは、なかなか至難の技だった。
「フーッ。疲れますネー。dollは大変でース、お部屋広いですネー。」
漸く綾の部屋の前に辿り着いて、プリンキアは溜息を付いた。
これで扉が閉まっていたら、どうやってドアノブを回そうかとふと心配になったのだが、幸いにも扉は僅かに開いていた。
「luckyですネ」
呟いて、プリンキアはそっと中を伺った。
そして、思わず息を止めた。
「………」
天王寺綾の部屋は、人形に埋め尽くされていた。
何十体もの人形がベッドや椅子の上に座っている。その中に、30cm程の大きさの三下を見つけてプリンキアは目を見開いた。
「oh…Mr三下……、Miss綾もいまス、アレはMiss恵美でース」
それぞれに、小さな人形になって目を開いたまま静かに腰掛けている。
プリンキアは我が目を疑いつつ、注意して中の様子を伺った。
元々綾の部屋には人形が多い。
彼女が趣味で集めているのか、古い西洋人形からバービー人形、日本人形まで部屋のあちらこちらに飾られていた。
しかし、今の部屋の中には数え切れない程の人形がある。何体かは、このアパートの住人らしい。
「何て事でショ……」
呟いたプリンキアの耳に、小さな声が届いた。
耳を澄ますと、やや高い少女と幼い少年の声だと分かる。
「凄いよね、こんなに沢山家族が出来るなんて」
「まだまだ増えるわ。ねぇ、ここを私達人形の家にするのよ。そうしたら、もう寂しくないでしょう?」
まだまだ増える、と言う事は、もっと沢山の人を人形にすると言う事だろうか。
「それは困りますネ」
小声で言って、プリンキアは思い切って部屋の中へ足を進めた。
どうにかして三下達を元に戻して貰わなくては。
「コンバンハー」
何だか状況に合っていない気がするが、取り敢えず挨拶しかない。
プリンキアは精々人形らしく振る舞おうと、ゆっくりと首を傾げてみせた。
プリンキアの声に振り返ったのは、50cm程度の少女のアンティーク人形と、それよりやや小さい少年の人形だった。
「誰!?」
少女の声が鋭く飛ぶ。
「ミーはプリンキア・アルフヘイムでース」
プリンキアはにこりと笑って見せた。
と、少女がコトコトと足音を立てて走り寄ってくる。
「あなたも意志を持った人形なのね!?」
石膏の肌に、大きな青い瞳。やや濃い茶色の髪は緩やかなウェーブを描いて背中に垂れている。
黒いフリルのヘッドドレス、純白の大きなリボンを結んだ黒いブラウス。小さな手には、黒いレースの手袋を嵌めている。
小さな唇が、人形とは思えない優雅さで動く。
「意志を持った人形……?」
「僕たちの事だよ!」
少年が言った。
灰色のスーツに茶色の革靴。優しげな目が、ゆっくりと動いた。
「嬉しい!」
少女がプリンキアに抱きつく。
「what?」
訳が分からないプリンキアに、少女は言った。
「私達と一緒に、人形の家族を増やすのよ!私達を捨てた人間を、みんな人形に変えてしまうの!」


「駄目よ!」
突然扉が開き、銀色のケースを肩から下げた女が姿を現した。
「そんなの、駄目よ」
「oh,驚きましたネ」
プリンキアは肩を竦めて女を見上げた。
女は、showと言う名で売れているフォトアーティストだ。
本名は確か、羽柴遊那と言った筈だ。プリンキアは何度か写真を見た事がある。
事態を丸く穏便に納めようとしていたプリンキアにとって、羽柴遊那の出現は少々予定外だった。
ここでまた、犠牲者が増えては困る。
どうにか遊那に逃げて貰うか、彼女が人形にされてしまう前に手を打たなければ。
「君たちがこれをやったの?どうして?」
部屋を見回しながら言う遊那に、プリンキアは答える。
「ミーじゃないでース」
胸の前で手を振って、プリンキアは少女人形を振り返った。
「どうして、ですって?」
少女人形は可愛らしい顔に笑みを浮かべて、ゆっくりと宙に浮き上がった。
「あなた達人間の勝手にはうんざりだわ。何時だって、あなた達は私達をただの玩具としか見ていない。」
すぐに人形に変えてしまうかと思ったが、そうではないらしい。
少女人形がどのようにして人間を人形に変えてしまうのか分からない。それだけに、少しでも変わった動きがあれば注意しなければ。
様子を伺うプリンキアには気付かず、少女人形は言葉を続けた。
「気に入っている間だけ可愛がって、飽きたら捨てる。忘れられた私達がどんなに惨めかなんて考えもしない。あなたも、人形にしてあげる。私達人形の家族の一員よ。」
不意に少女人形が女を指さし、プリンキアは密かに魔法のコンパクトを開いた。いざとなれば一時的に人形を人間に変えて力を奪うしかない。
と、少女人形が振り返った。
「それともプリンキア、あなたが決める?」
プリンキアはにこりと笑った。
「プリスと呼んで下サい」
「良いわ、プリス。あなたがこの人間の役割を決める?」
曖昧に微笑みを返して、プリンキアは遊那に近付いた。少しでも側に居た方が、いざと言う時に守りやすい。遊那が扉の近くにいるのは、有利だと思う。少女人形の動きを封じている間に、逃がすことが出来る。
「待って。人間を人形に変えたって、キミ達の惨めさなんて誰にも伝わらないわ」
遊那は自分を指さす少女人形に動じる様子もなく、言った。
「あら、あなた達みたいに自由気ままに動きまわる事の出来る人間が自由を奪われてただ座ってるしか出来ないって、凄く惨めだと思うわ」
プリンキアは溜息を付く。
「そう言うのは、良くないネ」
例え人間を人形にしても、根本的な解決にはならない。
少女人形の悲しみが癒される訳ではない。
「ミーはこのヒトを人形にして欲しくないでース」
どうにか説得できるものならば、とプリンキアは考えた。
少女人形の怒りを治め、悲しみを癒せないかと。
「sorry、ミーはユー達の仲間にはなれないヨ」
「プリス、人形なのに人間の見方をするの?」
「ミーはドッチの味方もしたくないでース。 ミーは人形も人間も大好きヨ」
「馬鹿みたい!」
少女人形は叫んだ。
「人間なんて大嫌いよ。私達は人間と暮らした事を永遠に覚えているのに、人間はそんなのすぐに忘れちゃうのよ。私達なんかいなかったみたいに振る舞うんだから!何度も抱いて可愛がってくれた。色んな名前で呼んで毎日語りかけてくれたのに、いつの間にかそんなの忘れちゃうの、そして私達を捨てるのよ!」
少女人形は駄々をこねる子供の様だった。
不意に、遊那が少女人形を抱きしめた。
意外な行動に、プリンキアは目を見はる。
「違うわ」
遊那は穏やかな声で言う。
「何よ、離してよ!」
「違うの。私達は君達を忘れてなんかいない。色んな事情があって、君達を手放したりしたけど、君達と遊んだこと、ずっと覚えてる。忘れてなんかいないわ。思い出して、懐かしく感じるもの」
優しい声だった。
(このヒトは、トッテモ優しいですネ)
きっと本当に、子供の頃人形と遊んだ事を今も覚えているのだろう。
やや穏やかな笑みを浮かべた少女人形に、プリンキアは警戒を崩す。これで少女人形の心が溶ければ良いが。
「君は、この部屋の人間の持ち物なの?」
遊那が言い、少女人形は頷く。
「だったら、凄く大切にされてると思うわ」
「ミーもそう思イまス」
プリンキアは持ち主である天王寺綾を思い出して頷いた。
「Miss綾はDollがトッテモ好きでース」
「キミの着てるドレスも、あっちの少年が着てる洋服も、とっても素敵。髪だって綺麗に梳かしてる。ただ飾ってるだけなら、こんなに綺麗に手入れしないもの」
その通り、綾はその人形に見合った服を揃え、こまめに髪を梳かして手入れを怠った事がない。
「うん、ここの人間は、僕に話しかけてくれたよ」
少年人形が口を開く。
「でしょう?」
「僕たち、凄く寂しかったんだ。」
少年人形の言葉を、少女人形が継いだ。
「ある日、自分たちが意志を持って動ける事に気付いたの。そして、人間を人形に変える力を持っている事にも気付いたの」
寂しさを紛らわす為に、自分達を捨てて忘れた人間に復讐する為に、このアパートの住人達を人形に変えたのだ、と少女人形は言った。
「ごめんなさい」
少女人形はゆっくりと目を閉じた。
「彼等を人間に戻すわ。そして、私達はまたただの人形になる」
少女人形は少年人形に手を伸ばし、小さな石膏の手を重ね合った。
重なった小さな手の間から、光があふれ出す。
あふれ出した光は、大きな輝きになって部屋中を包んだ。
眩しさに目を閉じた遊那に気付き、プリンキアは光に乗じて人間の姿に戻った。
やがて光が収まると人間に戻った住人達の姿があり、すぐに何故ここにいるのかと大騒ぎになった。


遊那がどうにか事情を説明して、住人達が落ち着きを取り戻したのは午前1時になる前だった。
プリンキアは人形にされていたフリをして、住人と一緒に驚いて見せる。
シューマイを届けに来ただけでとんだ事に巻き込まれてしまったが、羽柴遊那にしても、このアパートに写真を撮りに来て巻き込まれたのだからたまったものではないだろう。それでも、人形達の気が済んだなら良い。
遊那のお手製だと言う差し入れと、プリンキアが持ってきたシューマイを囲んで夜食を兼ねたお茶会となったのだが、相談の結果、特別に人形達を招待した。
ドールハウスの食器を使って、人間と本物の食べ物を交えてのママゴト。
小さな人形を胸に抱いたり、椅子に座らせたり、小さな手にティーカップを持たせたり。
童心に返っての遊戯は、深夜遅くまで続いた。




end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  0818 / プリンキア・アルフヘイム / 女 / 35 / メイクアップアーティスト
  1253 /  羽柴遊那 / 女 / 35 / フォトアーティスト


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■         ライター通信          ■
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ご利用、有り難う御座いました。