■Nightfall in Ayakasi-Sou■
滝照直樹 |
【0332】【九尾・桐伯】【バーテンダー】 |
夕日とともに「ふるさと」の音色。
嬉璃が屋根の上でハーモニカを吹いている。
不安に思う恵美と歌姫。
「どうしたのかしら…嬉璃ちゃん」
歌姫はその音色に合わせ、ふるさとを歌う。
「何か悲しいことでも思い出したのかな?」
そんな時に、天王寺綾が慌ててやってきた。
「開かずの間が…開かずの間が勝手に!…」
あわてふためく綾を落ち着かせる2人。
話を聞けば…嬉璃の奏でるハーモニカの音色と同じ頃に開いたそうだ。
何が関係あるのだろうか?
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Nightfall in Ayakasi-Sou
九尾桐伯は、自分が経営するカクテルバーに出勤する準備をしていた。
おもしろい酒が手に入ったので、オリジナルカクテルも完成した。客がこのカクテルを好んでくれる自信はある。
夕日に向かってハモニカの音色を聞いた。その音色は悲しみを感じさせる。
「だれだろう?」
桐伯は首をかしげ、窓から音色の元を探した。庭には…管理人の因幡と歌姫たちがいる。
彼女達は、夕日に向かって上を見上げているようだ。
桐伯は時間をみた。
「少し遅れても良いか…」
この音色が気になった。
彼が下に降りようとしたときに、別館から血相を変えた綾が走ってきて横切ったのをみた。〈あやかし荘〉の作りは、見た目は単調な昔ながらの共同アパートなのだが、奥にいろいろとある。
九尾は何か起こったのか気が気でならなくなった。
因幡と綾、歌姫が集まっている庭にたどり着く。歌姫は肩を震わせておびえている綾を優しく抱きしめていた。
「どうしたのですか?」
「ちょうどよいところに!」
因幡は、綾がみた〈開かずの間〉のことを伝えた。
屋根の上に登り、夕日に向かってハモニカで『ふるさと』を奏でる人が嬉璃であることと、偶然か定かではないが、綾が〈開かずの間〉を発見して逃げてきたことは、多少の時間の差はあるとしても同じぐらいだと…。
綾自身はもう「死の恐怖」を感じているため、これ以上訊こうにも無理があった。ただ、因幡に「場所を教えて、事件を解決できる人に連絡する」ことで精一杯だったようだ…。
「…それは、かなり危険ですね」
桐伯はあごに手をやり考える。
「嬉璃さんについても気になりますが…〈開かずの間〉と関係しているか…何ともいえないです。が…私が何とかしましょう」
「ありがとうございます九尾さん」
因幡は、九尾に深々とお辞儀をして場所案内のために〈あやかし荘〉に入っていった。
九尾は、彼女について行く前に夕日をみた。夕日は時間が止まったように赤く…そして切なく…嬉璃の「ふるさと」を聴いている様に見えた。
〈開かずの間〉は見た限りごくふつうの木造ドアだが、腐食のためかドアノブ外れて開いたようだ。しかし、部屋の中を見ようにも、先は真っ暗である。
桐伯は、そのサキに何があるかは気になるが、綾のあの恐怖におびえた姿を見ては、のぞく気にはなれない…。
「中を覗かず、このドアを閉めますが、良いですか?因幡さん」
「…はい。お願いします」
桐伯は鉄鋼糸を取り出し、目をつむる…。ドアを鉄鋼糸で固定し、封印するのだ。
ふと、開かずの間から何かが聞こえる…。彼の聴力はソナー級であり、わずかな音でも察知でき、空間を把握できる。
嬉璃が夕日に向かって吹いている、同じ『ふるさと』だった。
ハモニカの音色は…遠くから聞こえる昔の警報音…空襲警報…で消えていった。
「なぜ?」
遠くで…爆発、家屋が燃える音、悲鳴、空襲機の爆音…。
そして…ハモニカが地面に落ちる音…。
桐伯は一歩、開かずの間から遠ざかった。あまりにも、リアルすぎる…。
冷や汗がしたたり落ちた。
「綾さんが見たものは…これか?」
この先は恐らく…、東京が空襲による地獄の世界につくのではないだろうか?
因幡は心配そうにハンカチで汗をぬぐってくれる。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
九尾は気を取り直して、ドアをもち閉めようと試みた。
しかし何かが引っかかって、うまく閉めることができない。
下を見ると、ハモニカが挟まっていた。
「…まさか?」
おそるおそる手に取ってみる。ハモニカは火に当てられたためか金属部分が熱かった。
「…ということは?」
桐伯は綾の恐怖するものがわかった…。
「この先は…戦時中の東京かも…しれません」
「え?まさか…」
中に入れば、間違いなく…爆撃に巻き込まれてしまう。
いくら戦争を知らない若い二人にとってどれほどのものかわかる…。空襲の恐ろしさを。
「急いで閉めます」
桐伯は気を引き締め、鉄鋼糸で壊れたドアと鍵の部分を固定し、強く結ぶ。
コルク栓抜きを使い、それを閂の代わりに完全に固定した。
あとは、術師が封印してくれれば問題ないだろう。最も、彼の鉄鋼糸は頑丈でもあるため、滅多なことでは外れない。
「終わりました。これで当分は大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
一仕事が終えた桐伯は一息つく。恵美はほっと胸をなで下ろした。
しかし、奥の方で声が聞こえた。微かだが…女の子の声である。
聞き耳を立てた。
「泣かないで」
どこかで聞いた声だ。どこで聞いたのだろう?
「大事なハモニカなくしちゃった…」
「私が探してきてあげる」
「ほんと?」
「うん」
「嘘ついたら針千本だよ?」
「私をしんじて」
「ほうとうに?きりちゃん」
「約束する。見つけたら貴女にわかるように、夕日に向かってハモニカ吹くからね」
「ぜったい……」
此処で会話がとぎれた。
口調は違うが声は同じ…間違いなく嬉璃の声だ。と桐伯は思った。
今彼女が屋根の上でハモニカを吹いているのは、当時仲がよかった「誰か」の約束を果たそうとしているのだ。今生きているのかさえわからない人のために…。
ハモニカを調べてみた…カタカナでエミ…と。
それに驚く桐伯…。不意にハモニカを落としてしまったが、それは霞のように消えてしまった。
彼は考えた…。嬉璃は、長い年月の中で出会いと別れを繰り返していた。その気の長くなるような時間この「約束」を守っているのだ。ただ…ハモニカをどうやって見つけた事は本人に聞くしか知る術はない。
彼女は、今どこかにいる「友達」を呼んでいるのだ…。
「恵美さん…。嬉璃さんのところに行ってあげて下さい」
「は、はい」
何がなんだかわからない恵美は桐伯の指示に従った。
「たぶん、あのハモニカは…嬉璃さんが恵美さんを想う気持ちの表れかもしれません」
彼は、哀しくつぶやいた。
「嬉璃ちゃん…」
恵美は屋根の上を恐る恐る歩きながら嬉璃に近寄った。遠くで延々とハモニカを吹く嬉璃は、気がつき演奏をやめる。
「恵美きたのか?まぁ座れ。此処は眺めが良いぞ」
恵美は嬉璃の隣に座り、あたりを眺めた。東京の中心部がよく見える。
また嬉璃はハモニカで『ふるさと』を演奏した。
「悲しい音色…。どうして、そこでふるさとを?」
「約束…だからぢゃ…」
「約束?」
「ああ。おぬしからすれば…とおい時代のぢゃ…」
演奏を止めた嬉璃はそう恵美に答えた。
嬉璃は恵美にその約束を話した。
ある大きな家で座敷童子として住み着いていたとき、出会った少女と仲がよかった。当時、戦争でいつ空襲がきてもおかしくない危険なときだった。
何とか生き延びたものの、家はなくなり、家族も失ったその少女は、大切な宝物であるハモニカさえも空襲でなくしてしまった。それを探すと約束したのだ。
「でも、見つけたとき…あの約束した子は死んでしまった…病気での…」
「そんな…」
「儂は泣いたよ…ずっと。一緒に遊んでいたとても優しくてかわいい…女の子ぢゃった…。でも縁(えにし)があえば違う形ぢゃが再び会えると、信じている…これをどこかで聴いてるあの子が…。針千本飲まされてはかなわないからの…こうやって…」
恵美は涙を浮かべながら嬉璃を抱きしめた。
「もう、その子は絶対にわかってる。約束を守ってくれたって喜んでるよ、嬉璃ちゃん…」
「恵美…」
「だから…嬉璃ちゃん…もう」
言葉に出なくなるほど恵美は泣きじゃくった。嬉璃も我慢していた悲しみを抑えきれずに泣き叫んだ。
「本当は…、生きているうちに渡したかったんぢゃ…でも、どうして!一足遅く間に合わなかったんぢゃ!」
桐伯は、少し離れたところで、彼女らの会話を聞いていた。彼は屋根に上り、二人のそばに近づく。
「嬉璃さん…こうして…恵美さんのように心配してくれている人がいます。きっとその友達も満足してるはずです」
桐伯は泣きじゃくる座敷童子に言った。
「…そうぢゃの…」
嬉璃はハモニカについた唾(つばき)を取り除いて、恵美に渡した。
「受け取ってくれないかの?」
「私が?」
泣きながら、彼女はどうしてその大切なものを受け取るのかわからなかった。
しかし、桐伯は受け取ることを勧めるように、頷く。
恵美はそのハモニカを受け取り調べてみると、驚く…
カタカナではあるが自分と同じ名前だった…エミ…と。
「まさか…」
「そのまさかかも…です」
「どういう事ぢゃ?」
偶然の一致とはいえ驚きの隠せない恵美。その状況が少し飲み込めない嬉璃。そして憶測でも真実の可能性が濃い事に賭けた桐伯だった。
しばしの沈黙。
その沈黙を破ったのは嬉璃だった
「まさか…縁があればと…ずっと信じていたが…本当に巡り会えた…」
恵美に抱きつく嬉璃。
「…会えた。本当に会えた。約束守ったよ…」
涙を流しながらつぶやく。張りつめていた糸が切れたかのように、嬉璃は気を失った。
「嬉璃ちゃん…よかった…」
恵美は彼女を抱きしめて彼女の憂いがなくなった事を喜んだ。
「戻りましょう、もう暗くなります」
「はい」
桐伯は恵美と一緒に屋根から降りる。
すでに星が輝く夜空となっていた。
エミという女の子が、目前にいる恵美という確証はない。裏付けるものさえない。
しかし、嬉璃は縁あれば別の形で約束を果たせることを信じ続けた。
魂のどこかで…恵美はあのエミだと嬉璃は確信したのだ。これほどの喜びはない。
更に彼女らの絆は深まったことだろう。
管理人室で嬉璃は静かな寝息を立てながら眠っている。恵美は嬉璃から受け取った「宝物」を大事にしまった。
「私が生前、すでに嬉璃さんに会っていたのですね」
「ええ、嬉璃さんはそのことに気づきました。でも安堵したのは、ほかにもあります」
「何ですか?」
「『現在(いま)…大切な人がいる』ということです」
「ですよね」
桐伯の言葉に恵美は微笑んだ。桐伯も微笑んだ。
「どうもありがとうございます」
「いえ、よかったです」
「では、私はこれで失礼します」
「お仕事でしたよね?行ってらっしゃい」
「行ってきます」
桐伯は、管理人室から立ち去った。
バー〈ケイオス・シーカー〉にて、新しいカクテルが誕生した。
色鮮やかな夕日の色。思い出に浸れる落ち着ける味。
名前は…〈Nightfall〉。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー】
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■ ライター通信 ■
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滝照です。どうも参加していただきありがとうございます。
今回は「縁あれば必ず巡り会える」というテーマで悲しい話を書きました。
いかがだったでしょうか?
では機会があればよろしくお願いします。
滝照直樹拝
20030204
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