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■破れかけた封印■

高原恵
【1193】【黒梨・蛍】【大学生兼古美術商】
【データ修復中】
破れかけた封印

●場所を知る者あり【1A】
「あのぉ」
 あやかし荘本館・1階管理人室。その扉を開け、弓矢を携えた物腰の柔らかな黒髪長髪の女性が顔を出していた。
「ん、何ぢゃお主は?」
 最初にその女性――黒梨蛍に気付いたのは、テレビの通販番組に夢中になっていた嬉璃であった。かなり興味深い商品が紹介されているのか、テレビ画面と蛍がの顔を交互に見ていた。
「管理人の恵美さんに用事があって……」
 と言いながら蛍が視線を少しずらすと、そばにはこたつに入ってノートを広げ、学校の宿題に精を出している因幡恵美の姿があった。
 しかし、恵美は蛍の言葉に全く気付く様子がなかった。それもそのはず、ヘッドホンをつけて音楽を聞きながら宿題に取り組んでいたのだから。
「呼んでおるぞ」
 嬉璃がとことこと恵美のそばまで歩いてゆき、ぐいとセーターの袖を引っ張った。それでようやく気付く恵美。
「えっ? あっ? ああっ、はいっ、何ですかっ!?」
 恵美はばたばたとヘッドホンを外し、ようやく蛍に向き直った。これでようやく話が出来る。
「あの、旧館に入ってすぐの所に、お札が貼られている所があると聞いたのですが、それがどの方角かご存知ではないですか? きっと恵美さんならご存知じゃないかと」
 すぐに本題を切り出す蛍。正しい方角を知らず、無闇に旧館へ行くのは危険だと蛍は思っていた。懸命な判断だろう。
 だが、それを聞いた恵美は何故か目をぱちくりとさせていた。
(あれ? 何だか様子がおかしいような……)
 蛍が首を傾げたと同時に、恵美が嬉璃の方を向いてこう尋ねた。
「……そうなの?」
「そうぢゃ」
 嬉璃が即答した。今度は蛍が目をぱちくりとさせる番であった。
「で、それを聞いてお主はどうするつもりなのぢゃ? よもや、封印を破ろうなどと……」
「いいえ、違いますっ」
 疑いの目で見る嬉璃に対し、慌てて否定する蛍。その時、蛍の後ろから男性の声が聞こえてきた。
「破れかけた封印を、直しに行くんですよ」
 蛍が振り返ると、そこには緩くウェーブのかかった長い髪を後ろで束ねている青年、九尾桐伯が立っていた。
「あ、これ先日の煎餅のお礼です。雷おこし」
 桐伯は笑みを浮かべて、手にしていた包みを嬉璃の方へ差し出した。
「雷おこしはいいんぢゃが、破れかけとはどういうことぢゃ?」
 そこで蛍が事情を最初から説明した。しばし黙って聞いていた嬉璃は、蛍の説明を聞き終えた後に口を開いた。
「そうか、そんな騒動が起こってたんぢゃな。テレビに夢中で全然気付かなんだぞ」
 苦笑する嬉璃。恵美も同じく苦笑する。2人して騒動に全く気付かなかったのだから、蛍が入ってきた直後の妙な受け答えも納得がゆくというものである。
「それで、どの方角かご存知ですか?」
 本題に戻り、再度問う蛍。けれども恵美は首を傾げ、嬉璃はぽりぽりと頭を掻き始めた。
「ごめんなさい。あたしはそのお話は初耳で……旧館の入口近くにもあったなんて」
「お主に話してないのぢゃから当然ぢゃ」
 相次いで話す恵美と嬉璃。この分では、場所を知っていそうなのは嬉璃だけのようだ。しかし――。
「とはいえ、正確な位置はうろ覚えぢゃぞ? 昔の記憶ぢゃからな。まあ、子から卯の方角のどこかとは思うんぢゃが……さて」
「それが確かなら、私は丑寅の方角かと思いますがね。いわゆる鬼門ですから」
 嬉璃の言葉を受けて、思案顔だった桐伯が口を挟んだ。嬉璃が同意するように小さく頷く。
「ああ、参考になる程度で結構なんですが、旧館の見取り図か何かは……なさそうですね、その様子では」
 渋い表情になった嬉璃を見て、桐伯が苦笑した。旧館も本館も非常に入り組んだ造りなのだ、例え見取り図があったとしても初期の物で、ほとんど役に立ちはしないだろう。
「あ……もしも新しいお札があるのでしたら、譲っていただけませんか? はがれかけているということは、恐らく元のお札が古くなっているのではと」
 蛍が思い出したように言った。頷く桐伯。確かに、行ったはいいが再封印出来ないようでは全く話にならないのだから。
「お札……少し待ってくださいね」
 恵美は奥の棚に行き、しばらくがさごそと中を掻き回した後に、お札を手に戻ってきた。
「これです。管理人としては一緒に行かなきゃいけないんでしょうけど……何だか妙に嫌な予感がするので……。ごめんなさい、あたしはここで皆さんの無事を祈っていますね」
 そう言うと恵美は、蛍にお札を数枚託した。
「分かりました。では」
 蛍が軽く頭を下げ、管理人室を出ていった。桐伯もそれに続こうとしたが、ふと足を止めて嬉璃にこう尋ねた。
「それはそうと、三下君を見ませんでしたか?」
「彼奴か? 見ておらぬぞ」
「まだお仕事だと思いますけど」
 嬉璃の言葉を恵美が補足した。
「そうですか、残念ですね。……いや本当に」
「何ぢゃ? 十尺棒代わりにするつもりぢゃったのか?」
 嬉璃の疑問の声に対し、桐伯は不敵な笑みを見せて、そのまま管理人室を後にした。
 それから蛍と桐伯は旧館に向かい、30分前に先行していた他の3人――シュライン・エマ、巳主神冴那、天薙撫子たちと夢幻回廊の終端付近で合流を果たすこととなった。

●行き先は【2】
「あら? 確か先に行かれたはずでは……?」
 合流した3人に、蛍が不思議そうに尋ねた。経過した時間と夢幻回廊の距離を考えたら、3人が先に調査を始めていたとしても全くおかしくないのだから。
「我々を待っててくださったんですか? それとも、何か行く手を遮る輩が居たとか」
 桐伯がそう尋ねたが、それに答えることなくシュラインが質問を投げ返してきた。
「ねえ、ここ通るのにどのくらいかかった?」
「? 計っていた訳ではないですが、おおよそ10分程度かと」
 奇妙に思いながらも質問に答える桐伯。するとシュラインが苦笑した。
「やっぱり釈然としないわ」
「今ここに到着したばかりなんです。実は……」
 なおも不思議そうな桐伯と蛍に対し、撫子が事情を説明した。空間異常があったのか、何故か30分以上かかったと。
「……一本道だから迷いはしなかったけれど……」
 冴那がそう付け加える。もし一本道の夢幻回廊で迷うことがあったなら、空間異常も極まれり、という感じである。
「なるほど。不思議なこともあるもんです。ともあれ先を急ぎましょう」
 桐伯は撫子たちの説明に納得すると、皆に先を急ぐことを促した。問題の分かれ道まで行く間に、蛍が管理人室で聞いてきたことを先行していた3人に説明する。
 すなわち、嬉璃の記憶によれば件の封印箇所が子から卯の方角のどこかであることと、新しいお札を預かってきたことの2つだ。
「各々が持っていた方がいいと思いますから」
 蛍は恵美から預かっていたお札を、均等に分配した。
 そして問題の分かれ道に差しかかる5人。そこはちょっとした広間のようになっていた。格闘くらいなら、問題なく行える広さであろう。
 入ってきたのは午の方角、つまり南。残る通路は7方向だが、嬉璃の記憶によってすでに3方向まで絞られることになる。
「一応方角を確認してみましょ」
 シュラインが方位磁石を取り出して、方角を確認しようとした。だが、針はぐるぐると回り続け一向に止まる様子を見せない。
「……やっぱり、ね」
「とすると、これも」
 方位磁石の様子を見て、半ば諦めた様子で携帯型GPSを取り出す桐伯。案の定、携帯型GPSはエラー表示を出して役に立たなかった。
「機械は相性悪いとは思ったんですがね」
 苦笑しつつ、桐伯は携帯型GPSを仕舞った。
「子、丑寅、卯……結局、どの方角に行くんでしょうか?」
 蛍が皆に問いかけた。最初に答えたのは撫子だった。
「わたくしは、北東と決めていたのですが」
 そう言って他の者の反応を待つ撫子。次いで答えたのは冴那だった。
「あたしも陰中の陰、北東……丑寅の方角だと思うわ」
「怪しいのは北東と南西、いわゆる鬼門と裏鬼門ですが……嬉璃さんの記憶もありましたし、やはり丑寅の方角でしょうね」
 桐伯が撫子と冴那に同意するように言った。しかし、シュラインは思案顔だった。
「違うご意見がおありなんですか?」
 シュラインに尋ねる蛍。シュラインが口を開き、一気に意見を述べた。
「妖かしといえば丑寅の方角なのは同意見なんだけど……素直に北東の通路行っても、繋がってない気もするのよね。だから、南西の方角から向かってみることにするわ」
 旧館に向かう前からシュラインが漠然と考えていたことではあるが、先程の夢幻回廊での一件でそれはより強固な物となっていた。
「最終的に、北東の位置に行ければいいと思うの」
「裏鬼門ですか……一理ありますね」
 桐伯がそうつぶやいた時、冴那が何かを見付けた。
「……あら」
 その声に、他の4人も冴那の視線の先を見た。視線の先は子の方角、そこには蛇が1匹鎮座していた。子の方角だけではない、卯、辰巳、酉、戊亥の各方角にも各々鎮座していたのだ。
「そう……分かったわ……」
 冴那は蛇たちに対して何事か小さく頷いてから、皆に向かってこう言った。
「あの子たちは……何も見付けられなかったそうよ」
「そうなると、残ったのは鬼門と裏鬼門ですか?」
 蛍が確認するように言った。該当する方角には蛇が居ないのだから、そう判断するしかないだろう。
 結局――5人は残った2方向を手分けして探索することとなった。丑寅の方角には桐伯・撫子・冴那・蛍の4人が、未申の方角にはシュラインが1人で、と。
「空気が妙です……どうかお気を付けて」
 シュラインにちょっとしたまじないを施しつつ、撫子が言った。
「ん、分かってるわ。そっちこそ気を付けて」
 シュラインはそう言い残すと、一足先に未申の方角へ歩き出していった。
「さあ……我々も行きますか?」
 桐伯が他の3人を促すように言った。

●鬼門【3A】
 丑寅の方角へ向かうこととなった桐伯・撫子・冴那・蛍の4人。足を踏み入れる前に、桐伯が鋼糸を取り出した。道を間違えぬようにするためだ。いざ戻る段となっても、それを辿れば帰ってこれる可能性は高いと言える。
「あなたたちは少し見張っていなさい……」
 冴那もこの場に居た蛇たちに、そう言い聞かせていた。
 各々準備を施した後、4人は丑寅の方角へ足を踏み入れた。空気は広間より澱んでいるような感じであった。それに、何だか騒がしい感じもある。妖かしたちが騒いでいるのだろうか。
 通路は夢幻回廊同様に一本道であった。時折悪意を持たぬ妖かしが4人を驚かせにかかってきたが、驚かせる前に撫子の妖斬鋼糸によってたちまち封じられ、その場に転がされたまま放置されたのだった。
 そんなことを幾度か繰り返し、先へ先へと進む4人。だが一向にそれらしき封印は見当たらず、通路が延々と続いているだけ。そのうちに通路が終わろうとしていた。
「ひょっとして、この先に封印が……」
 期待を込めたような口調で撫子が言った。が、その期待は通路の終端に来た途端に崩されることとなった。
「えっ?」
 蛍が目を疑った。いいや、蛍だけでなく撫子も、桐伯もだ。通路を出たその場所には、冴那が見張りを言い付けていた蛇たちの姿が。ご丁寧に、蛇たちの数が1匹増えていた。
「……ここも空間がねじ曲がっていたんですね」
 驚きを隠せない様子の撫子。
「我々は丑寅から入って……戊亥から出てきた訳ですか」
 桐伯が鋼糸をじっと見つめて言った。そして手元の鋼糸を引っ張れば、根元の鋼糸がぴくんと反応する。鋼糸は切れることもなく、確かにそこに存在していた。
「ではそうすると、正しい方角は……」
 答えは自明である。蛍はシュラインの消えていった未申の方角の通路を見つめた。

●君の名は【4】
「……追いかけないといけないのよね……」
 広間で冴那がぼそりとつぶやいた。他の3人も同意見である。追いかけないことには、シュラインが1人でどうなっているか、全く分かりはしないのだから。
「ですね。一刻も早く追い付きましょう」
 桐伯がそう頷いた時、未申の方角より声が聞こえてきた。シュラインの声だ。
「来ちゃダメよっ!! 『ヤツ』が追いかけてきてるわっ!!」
 叫ぶようなシュラインの声。それを聞いた広間の4人は、すぐさま身構えた。ややあってシュラインが未申の方角より飛び出してきた。
「大丈夫ですかっ? それに『ヤツ』とはいったい……?」
 息の荒いシュラインに、撫子が心配したように声をかけた。
「あれは……妖かしじゃないわっ! ううん、妖かしは妖かしなんでしょうけど、そんな生易しい物じゃなくって……! 例えるなら――」
 シュラインが息を整えながら説明しているうちに、件の『ヤツ』が姿を現した。皆が思わず息を飲んでしまった。
 『ヤツ』は大柄で褐色の逞しき肉体を持っていた。手足の指の先には鍵爪が。背には蝙蝠のごとき黒き羽根が。頭には鈍く光る鋭き角が2本。口から凶悪な牙が覗いており、両目は血のごとき色。そして何より、額にはもう1つ目がついていた。
「――悪魔だわ」
 的確なシュラインの言葉だった。

●悪魔降臨【5】
「ふははははっ! 我を封じていた忌わしき封印は破れたりぃっ!!」
 悪魔が皆に向かって叫んだ……ような気がした。正確に言えば、頭の中に直接語りかけられているような感じだ。もっと具体的に言うなら、出来損ないの音声多重放送と言うべきか。微妙に音声がずれていて、気持ちが悪い。
「まさか悪魔が相手だとは……しかも封印は破れましたか」
 桐伯がぐっと奥歯を噛み締めた。
「けれど、どうして悪魔がここに……」
 疑問を口にする蛍。すると、悪魔の額の目が妖しく紅く輝き始めた。
「いけませんっ! 目を逸らしてください!」
 はっとして撫子が叫んだ。が、一瞬遅かった。悪魔の額の目が、激しく光を放った。咄嗟に目を逸らす5人。
「あうっ……」
 だが、シュライン1人がその場に崩れ落ちる。すぐさまそばに居た冴那が抱え起こしたが、シュラインはぐったりとして動かない。
「……気を失ってるみたい……」
 ゆっくりと頭を振って、冴那が言った。恐らく今の光に、気絶させる作用があったのだろう。
「くっくっく……我復活の祝いだ! お前らの血で祝ってみせるわぁっ!!」
 悪魔はそう語りかけたかと思うと、その姿が一瞬だけ揺らいだ。次の瞬間、悪魔の姿は8方向に分裂していたのである。
「そうはさせません!」
 撫子が未申の方角に向かって妖斬鋼糸を放った。妖斬鋼糸は悪魔の身体に見事巻き付いたが、再び悪魔は語りかけてきた。
「はっはっは! そんな鋼の糸など、我には効かぬわぁっ!!」
「ではこちらに!」
 今度は桐伯が丑寅の方角に鋼糸を放った。やはり悪魔の身体に見事巻き付いたが――。
「くくっ、生温い! 生温いぞぉぉっ!!」
 やはりこれも効果がなかった。それを見ていた蛍は、弓を構えたまま撃つべき方角を決めかねていた。
「……まさか、攻撃が全く効かないなんてことは」
 先の2人の攻撃がまるで効いている様子がない。蛍が懸念するのも当然だと言えよう。
 このまま為す術もないかと思われた時、冴那が小声でつぶやいた。

●鉄槌【6】
「ちょっと待って……」
 どうやら蛇たちに指示しようとした際、何かに気付いたらしい。
「……足元……」
 そのつぶやきに、他の3人がはっとした。8方向、各々の悪魔に蛇が向かっている。その蛇たちには影が出来ていた。けれども、悪魔たちには影の出来ていない奴が居る。
 影のない悪魔は7体、唯一影のある悪魔が居る方角は――午の方角。すなわち、広間からの脱出口となる南の方角であった。
「そうと分かれば!」
 撫子が午の方角の悪魔に向かって、再度妖斬鋼糸を放った。
「ぐっ!?」
 今度は悪魔の様子も違っていた。明らかに驚いている様子だった。
「ほら、まだ終わってませんよ」
 続いて桐伯が可燃性の糸を放った。それは悪魔の身体に幾重にも絡み付く。そして頃合を見計らって、糸を発火させる。たちまちに悪魔の身体が火に包まれた。
「ををぉっ!? 何をするぅっ!!」
 すると他の7方向に居た悪魔の姿がすぅ……っと消え失せた。他の7体は、悪魔による術か何かだったようだ。
「おのれ、人間ごときが……人間ごときが我をぉぉっ!!!」
 呪うような悪魔の叫び。けれども、悪魔には最後の鉄槌が待っていた。
「これで……とどめです!」
 蛍が矢を放った。的は悪魔の――額の目。矢の先には、封印に使うはずだったあのお札を突き刺して。
 蛍の放った矢はまっすぐ的に向かって飛んでゆき、見事に悪魔の額の目を貫いた。
「ぐっ……ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 断末魔の叫び。火に包まれていた悪魔の身体は次第に崩れ去ってゆき、火が消え去った時にはそこには何の痕跡も残されていなかった……。

●何もかも流れ行く【7】
「う〜……まだ頭がくらくらするぅ……」
 シュラインが頭を抱えてうなっていた。あやかし荘本館・1階管理人室での光景である。
 悪魔を倒した後、5人は本館へ戻ってきていた。無論、再封印を行ってからである。もっとも、封印すべき相手を倒してしまった以上、意味があるのかどうかは分からなかったが。
「大丈夫ですか?」
 皆に茶を出しながら、恵美が心配そうに尋ねた。こくこくと頷くシュライン。
「甘い物を食べると、多少は回復が早いかもしれませんよ」
 茶を出す手伝いをしていた撫子が、シュラインに声をかけた。またシュラインがこくこくと頷いた。
「そうぢゃ。この栗蒸し羊羹と、雷おこしは美味しいぞ」
 もぐもぐと口を動かしながら、嬉璃が言う。こたつの上には、撫子の持参した栗蒸し羊羹と、桐伯の持参した雷おこしが仲良く並んでいた。三たびこくこく頷くシュライン。
「……食べないのなら、食べてしまうけれど……?」
 冴那がそう言うと、またしてもシュラインはこくこくと頷いた。……どうやら、まだ気絶のショックから立ち直ってはいないらしい。
「それにしても、封じられていたのが悪魔だなんて……驚きました」
 素直な感想を口にする蛍。嬉璃が茶を一口飲んでから答えた。
「あの頃は妙な輩がたくさん入ってきた頃ぢゃったからな。何か封じられておったのは知っておったが、そういう輩とは知らなかったぞ」
「その、あの頃とはいつのことですか? 確か、昔の記憶と仰っていたと思いますが」
 桐伯が疑問をぶつける。すると嬉璃はしれっと答えた。
「維新直後ぢゃ」
「……それはまた」
 桐伯はそれ以上何も言えなかった。
「人が流れるのと同じように、妖かしもまた流れてゆくのぢゃ。開国した直後のこと、悪魔とやらが日本に流れてきてもおかしくはなかろう。ほれ、テレビでも言っておったぞ? ぐろぉばらいぜぇしょんとか何とかとな」
「じゃあ、今はさらに流れてきているんですか?」
 蛍が嬉璃の目をじっと見つめて言った。
「……どうぢゃろなあ」
 嬉璃はぼそっとつぶやくと、ずずっと茶を飲み干した。

【破れかけた封印 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 1193 / 黒梨・蛍(くろなし・ほたる)
              / 女 / 21 / 大学生兼古美術商 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ゲームノベル あやかし荘奇譚』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・という訳で、『破れかけた』どころか『破れてしまった』封印にまつわるお話をお届けいたします。本文にも書きましたが、封じる対象を倒してしまった以上、再封印に意味があるのかどうか全く分かりません。いや、後世への憂いが1つなくなった分、よりよい結果なのですが。
・方角の考察については皆さん鋭かったですね。ただ、今回の高原は少しひねくれてみました。その結果は本文をご覧の通りです。ちなみに柚葉が方角を言わなかったのは、きっと柚葉も方角をよく分かっていなかったのでしょう。
・それからあの悪魔なんですが実は能力的にはかなり低かったりします。長く封印されていたせいもありますし、元々の能力が低いこともあります。何せあの時点では、ろくに攻撃魔法が使えないと設定していたのですから。ゆえに『危険度3』な訳です。
・気絶するかどうかは、サイコロで決めさせていただきました。基準を低めに設定し、能力次第でさらに基準を下げたんですが……やっぱり1人は気絶者が出るものなんですねえ。
・黒梨蛍さん、初めましてですね。最初に管理人室へ向かったのはよかったと思いますよ。ただ事情をより知っていたのは嬉璃の方でしたが。それから、OMCイラストを参考にさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。