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■落霞紅■

佳楽季生
【0424】【水野・想司】【吸血鬼ハンター(埋葬騎士)】
【データ修復中】
落霞紅

4人の子供にまとわりつかれ、恵美にさっさと去られ、慌てる以外に何も出来ないでいる三下を電信柱の影から見つめて、水野想司は一人ほくそ笑んだ。
何て素敵なタイミング!何て素敵な状況!!
折しも水野はチロリアンハットにトレンチコートと言うクルーゾー警部ルックだった。
こんなオイシイ状況を目の当たりにしてそっと立ち去るなんて真似は出来ない。
そう、断じて出来ない。捜査だ。捜査に乗り出すのだ!
水野はヒョイと電柱から姿を現し、三下の前に立ちはだかった。
「謎は全て解けたっ☆」
ふわりと風に靡いたトレンチコートに素敵な笑顔での参上はなかなか格好が良い。
突然の水野の出現と、その口から出た科白に恵美が立ち止まる。
「水野君……?」
首を傾げながら戻って来た恵美と、子供達に手を引かれつつ困った様子でモゴモゴしている三下に、水野は懐から数枚の写真を取り出して顔の前でヒラリと振って見せた。
何やら暗い、あまり映りの良くない写真に、恵美が顔を近付ける…と思ったら、「キャッ」と叫んで慌てて身を引いた。
三下も写真を見ようと思うのだが、両手を子供に引かれている所為でズレた眼鏡が直せない。
「水野君、な、何なのそれは…?」
退き気味に尋ねる恵美に、水野は一枚一枚指さしていとも楽しげに説明を始める。
『凶暴な口裂け女』『特大蛇女』『人喰い人面鯉』……etc.
何だかとても妖しいが、水野は至って真面目らしい。
「三下さんってモテモテ君だったんだねっ☆」
にっこりと笑う水野に、三下は何故か恵美の目を気にしつつ唾を飲んだ。
「…写真の皆さん、みーんな三下さんに『もう一度会いたい』って言ってたよっ♪特に怪奇ハサミ女さん!「次は逃がさないいぃぃ」って2メートル長のハサミ振り回して凄いったら!」
「え……?」
何の話しだか飲み込めないまま、取り敢えず今以上に恵美からの評価を下げたくない一心で三下はどうにか反論に取り掛かろうと口を開いた。
「い、いや、何か言ってる事がよく分からないんだけど、水野君、その…」
「ということで三下さんっ☆」
しかし水野はそれを遮って、4人の子供達と一緒に三下の手を引き始めた。
「えっ?ええっ!?」
「この子達みたいに寂しい思いをしてる子達が、他にもいるかもしれないよ?だからこれを機会に、皆に会いにセンチメンタルでグラフティー的冒険に出かけようっ☆(はあと)」
恵美が深い溜息を付いて肩を竦める。何だかもう絶望的だ。
可愛い小さな子供達と、天使の様な笑みを浮かべる水野。
三下の目には悪魔の僕と悪魔そのものとしか映らない。
「ちょっちょっと待ってくれないか、水野君、あ、いや、ちっ違うんです恵美さんっ!!」
手を引く5人を止めるべきなのか、まず恵美の誤解を解くべきなのか、決めかねて三下は結局どちらも出来ない。
「さぁ早くっ☆可愛い子供達が待ってるよっ!」
「お父様、お母様がお待ちです」
「……………」
「いっいや、待って、その、違う、えっとっ水……っ恵美さんっ!あああッ!」
言葉にならない科白がとうとう悲鳴になって、三下はペタリとその場に座り込んだ。
「三下さん……僕の捜査に不服でも?」
こんな処で楽しい捜査を打ち切る訳にはいかない。
水野はあどけない顔で「しょうがないなぁ」と、一体何処で手に入れたんだか、懐からライトセーバーを取り出した。
「一緒に行ってくれるよねっ?三下さん♪」
「ひぎゃぁぁっ!!!」
三下はもう、何が何だかサッパリ分からない。
突然地獄に叩き落とされたかのように、眼鏡の奧に涙を浮かべて悲鳴を上げた。
水野的には、このまま無理矢理連れて行っても良かったのだが、そこへあやかし荘の住人である九尾桐伯が帰宅した。
何事かと尋ねる九尾に恵美が説明する間、三下の悲鳴が喧しいので一旦ライトセーバーでの脅し…いや、誘いを中断する。
ここぞとばかりに九尾に助けを求め三下。
しかし九尾も三下を助けるより、子供達と一緒に行く方に賛成らしい。
「ほっほんっ本当に違っあっぎゃっ!みみっ水っあ、違うんです、恵美さんっあぎゃぁぁっ!!」
水野は再びライトセーバーを三下に向ける。
観念して一緒に行けば誤解も謎も解けるのだ。
「さぁ、三下さんスタンダップッ☆」
「ヒィィィィィッ」
「こらこら、水野君。その辺でやめてあげなさい。三下君が恐慌状態に陥っているではありませんか」
折角の水野の誘いを全く無視して、三下は一人で喚いている。
仕方なく、水野は九尾に任せる事にしてライトセーバーを仕舞った。
九尾が子供達に母親の元へ案内するよう促している。しかし、子供達は少々自分たちの事を警戒しているらしい。
一体何を怪しむ事があるものか、三下に比べれば清廉潔白で純粋無垢な人間だ。
九尾が子供達に自分を紹介した時、水野は胸を張った。
「さて皆さん、貴方達のお母様の所に案内してはいただけないでしょうか?」
九尾が言い、年長の少女が首を傾げる。
「あの、すぐ近くなのです。でも、お父様が来て下さらないと…」
「三下君も挨拶しないと駄目でしょう行きますよ。」
九尾は子供達に頷いて、へたり込んだままの三下を引っ張って立たせる。
「ま、待って下さい、僕は本当にっ……」
九尾がにっこりと笑ったまま、三下の手を軽くつねるのを水野は見た。
「いてっ」
「おや、どうしました三下さん?ああ、きっと長い間連絡もせず、心が痛んだのですね」
「きっと相手はもっと心を痛めてるんだろうねっ!罪な人だなぁっ☆さぁ行こう!センチメンタルな冒険が僕達を待っている!」
調子を合わせ、水野は子供達と一緒に三下を引きずった。


子供達に案内されたのは、あやかし荘から10分程度離れた住宅街の中心にある小さな公園だった。
小さいと言っても、子供の好きそうな遊具が一通り揃い、綺麗に整備されている。
花壇には色とりどりの花が咲き、周囲には等間隔でベンチが据えてある。
公園の中で一際目を惹くのは大きな桜の木。
7割程散っているが、夕闇の中でほんのりと外灯に照らされて、美しい。
「お母様〜!お父様をお連れしましたっ」
ハアハアと息を切らして、子供達が嬉しそうにその桜に向かって話しかける。
「え、お母様って……?」
一緒になって三下を引いていた水野は子供達の横で桜を見上げて首を傾げた。
三下はと言うと、取り敢えず呼吸をする方に必死で桜を見ようともしない。
「恵美さん、ご覧なさい」
九尾は素直に桜に見とれている恵美の耳元に囁いた。
桜の影から、一人の女性がゆっくりと姿を現す。
子供達は嬉しそうに女性に近付いて、父親を連れてきた喜びに胸を張って見せる。
「あの人が、三下さんの奥さん……?」
薄紅の着物を纏い、長い黒髪を結い上げた、色の白い女性だった。
まるで人形のような…いや、この世の者とは思えない、不思議な美しさ。
「貴方……」
鈴を転がすような、何とも心地よい声が薄く紅を引いた口から紡ぎ出され、水野は思わず身を引いた。
「さ、三下さんて、以外と面食いだったんだね…ってゆーか、何か……」
水野は何か言いかけたが、途中からどうも適切な言葉が見付からなかったらしく口を閉ざしてしまう。
見るからに情けない、どっちかと言うとイケてない、と言うか男としてかなり頼りなさ気な三下が、まさかこんな美しい女性と関係があるなんて。と言う類の言葉が言いたかったのだろう。
「うーん、何か不思議な光景だなぁ……」
パッとしない三下を慕う女性と子供達。
人違いとか実は罠だったとか、もっと巫山戯た結末を期待して付いて来たのだが……。
水野は目の前の少々あり得なさそうな光景に溜息を付いた。
「お会いしとう御座いました。貴方のお陰で、子供達も大きくなりました。本当に、どう感謝して良いものか」
ひたすらアタフタするばかりの三下に言う女性の言葉を聞いて、恵美は首を傾げる。
「三下さん、ずっとお子さんの養育費とか払っていたんでしょうか……?」
「三下さんって結構律儀なトコあるしねー」
考え込む水野と恵美の横で、九尾は軽く手を振った。
「水野君、恵美さん。よくご覧なさい、あの子供達と母親を」
言われるままに二人は目をやって、あ、と声を上げた。
「霞んでる…?」
三下はまだ気付いていないようだが、女性と子供達の体はぼんやりと霞んでいる。
「え、ゆ、幽霊…?」
恵美が身を固くして逃げ腰になった。
「違いますよ。恐らくは桜の精でしょう」
「は?桜の精…?じゃ、何で三下さんが?あ、そうか!三下さんは実は人間じゃなくて桜の精だったんだ!うーん、何か納得いかないけど人間離れした処があるなと前から………」
「いえ、そうではなく」
人間離れした鈍くささはあるが…と九尾は思いつつ首を振る。
「三下君が桜の枝を挿し木したのではないかと思います。」
頷いて、九尾はまだアタフタしているばかりの三下に溜息を付いた。
女性が何やら一生懸命話しかけているのだが、三下ときたら変な処で頷いたり首を振ったり、全然会話が成り立っていない。
女性は困った様子で首を傾げ、九尾に言った。
「ご迷惑をお掛けするつもりは御座いません。ただ、わたくしお礼を申したかったものですから」
「僕達も何かよく分かってないんだけど、オネーサンと三下さんてどう言う関係なの?」
水野の言葉に、女性はほんのりと頬を染める。
「わたくし、こちらの方に助けて頂きました。あれは、数年前の事です」
まだ春の遠い、寒い日。
心ない人間が戯れに手折った枝を、偶然公園を通りかかった三下が拾い上げた。
三下は何気なく、折れた枝を桜の木の根本に植えた。
桜が挿し木出来るかどうかなど考えてもみなかった。殆ど無意識の行為だったのだ。
「でも、そのお陰でわたくしは成長し、今年漸く花を咲かせる事が出来たのです。ご覧下さいませ、根本に小さな枝が御座いますでしょう。それがわたくしで御座います。お名前も存じ上げず、お礼も出来ないままに過ごし申し訳なく思っておりましたら、子供達がその向こうのアパートに住む方だと探しあててくれたものですから」
一言お礼を言いたくて、連れて来て貰ったのだそうだ。
漸く事情を飲み込んで落ち着いた三下が、無実を知った恵美に期待の目を向ける。
しかし、「今話しをしてるのはこっちでしょっ」と水野に無理矢理首を回されてしまった。
「それに、見納めですから、是非一目見て頂きたくて」
どう言う意味かと九尾が尋ねる。
「わたくしたちは切り倒されるのです。わたくしたちの様な背の高い樹木は、人間の子供達にとって危険だそうですから」
木に登っては怪我をする子供が後を絶たず、利用者が伐採を求めたのだそうだ。
「最後に一目、お会い出来ただけで幸せでございます。三下様と仰るのですね。本当に、有り難う御座いました」
笑みを浮かべる女性…桜の精に、三下はつられたようにひょこっと頭を下げる。
「いえ、別にその、」
「明日から伐採が始まるそうでございます。今宵が見納め、わたくしも精一杯咲きたいと存じます。どうか一目だけでも、三下様のお目に留め下さいませ」
「は、はい…」
三下の返事を聞くと、桜の精はスッと木の中に消えた。
「あ、あれ?」
子供達の姿も消えている。
「桜の中に戻ったのでしょう」
九尾はそっと三下の肩に触れた。
「見納めだそうですから、じっくりと拝見しましょう。」


公園内の外灯が照らし出す桜は本当に美しかった。
九尾の提案で急遽今年の花見会をする事になり、アパートの住人達がそれぞれ食べ物や飲み物を手に公園に集まって来たのだが、時折ふわりと舞い落ちる花びらが、世を儚む桜の涙のようで少しもの悲しい。
「これが三下さんが助けた桜かぁ…」
木の根本から生えた小さな枝を見て、水野が言った。
小さな枝と言っても立派な花を4つ付けている。
「折角咲いたのに、勿体ないね。」
九尾が頷き、恵美を見た。
「恵美さん、この桜の枝をあやかし荘の庭に植えても構いませんか?」
「え?」
「根が付くかどうか分かりませんが、挿し木してみましょう。折角三下さんが助けた桜ですから」
「そうですね……切られてしまうなんて、酷いですものね」
恵美は桜を見上げて言った。
夜桜を愛でながらの宴会は遅くまで続き、最後は珍しく三下の為に乾杯をしてお開きとなった。
ほろ酔い気分で家路に付く三下に、九尾と水野が白い布にを差し出した。
「何れすか?」
呂律の回っていない三下に二人は笑った。
「三下さんを庭係りに任命します」
「え?」
「しっかり面倒見ないと、今度は化けて出てくるかもね〜っ☆」
よく分からないままに、三下は布を開く。
そこには小さな桜が一枝、4つの花をつけて横たわっていた。


end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
 0424  / 水野想司 / 男 / 14  / 吸血鬼ハンター
 0332  / 九尾桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー
 

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■         ライター通信          ■
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二度目のご利用有り難う御座いました。