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■落霞紅■

佳楽季生
【0332】【九尾・桐伯】【バーテンダー】
【データ修復中】
落霞紅

「ラオシアホン……」
書店で購入したばかりの本を脇に抱えて、九尾桐伯は呟いた。
ロゼワインの様な柔らかな色合いの夕暮れ。
九尾の経営するバー『ケイオス・シーカー』に『落霞紅(ラオシアホン)』と言う名のカクテルがある。丁度、今日の夕暮れのような紅色の霞が落ちていく、女性に人気のあるカクテルだ。
別段用がある訳ではないが、九尾は家路を急ぐ。何となく気がはやるのは面白い事が起こる前触れかもしれない。
長閑な夕暮れで目を楽しませつつ、あやかし荘近くまで辿り着くと、何やら随分騒がしい。
門の前に極小さな人だかりが出来ている。ふと立ち止まって見ると、三下と恵美、時折あやかし荘を尋ねてくる水野想司、そして見知らぬ子供達の姿だった。水野が何やら楽しげに話し、憮然と佇む恵美の横で三下が4人の子供達に手を引かれている。
イメージ的には、離れて暮らしていた子供達が母親の大事を告げて父親を迎えに来たと言ったところか。水野は突然の子供の出現に戸惑う父親を翻弄する役割だろう。
狼狽しきっている様子の三下には申し訳ないが、何だかとっても楽し気な予感がする。
丁度その時、小さな子供の声が言った。「お父様、お母様がお待ちです」………。
「うーん……」
九尾は組んだ手の指で軽く顎を撫でた。
まさにドラマだ。三下がとことん慌てている処を見ると、と言うか見なくても身の潔白は明かなのだが……折しも暇。
部屋に帰ってもやる事がない。となれば、疼きだした好奇心を抑える事もない。
九尾は軽く一息付いて、足を進めた。
「おや?三下君こんな路上で何をドラマのような事をやっているのです?・・・恵美さん?」
わざわざ聞くまでもないのだが、取り敢えず状況を正しく知る為に、さも今初めてここに辿り着いたかのように九尾は恵美に説明を促した。
恵美は簡単かつ「妻子」と「数多い女性関係」を強調して説明する。
「三下君の隠し子!?」
「い、いえ、ちっ違うんですぅ〜っ!」
ヒィヒィ喚く三下はどうにか九尾に助けを求めようと必死だ。
「…成る程この子など目元が三下君にソックリ…」
「ヒィィィッ!九尾さぁんっ!」
実際の処、三下の顔など大きな眼鏡に隠されて分からないのだが、ウズウズしている好奇心に更なる調子を促す為に取り敢えずからかってみる。
(うーん…期待を裏切らない反応ですねぇ…)
九尾は内心しみじみ呟く。
「ほっほんっ本当に違っあっぎゃっ!みみっ水っあ、違うんです、恵美さんっあぎゃぁぁっ!!!!」
何を言っているのかサッパリ分からないが、三下本人は恵美の誤解を解かなければならないし、手を引く子供達に説明をしなければならないし、九尾に助けを求めなければならないし、必死だ。
その上、一緒に行こうと言って水野がライトセーバーで脅し…いや、誘うものだから、それからも逃げなければならないし、もう彼の脳と体では対処しきれない。
処構わずヒィヒィ喚く様子は子供の目には情けない父親と映るのではないかとい思うが、4人の子供達はどうにか三下を母親の元に連れて行こうと辛抱強く手を引いている。
「こらこら、水野君。その辺でやめてあげなさい。三下君が恐慌状態に陥っているではありませんか」
いい加減遊んでいては話しが前に進まない。
九尾は水野に注意を促し、笑みを浮かべて身をかがめた。
小さな子供達に目線を合わせて握手を求めたが、どうやら警戒されているらしい。
少々父親を虐めすぎたか、九尾は苦笑してゆっくりと口を開いた。
「私は貴方達のお父様の友人で、九尾桐伯と言います。よろしく」
年長らしい少女が三下を伺いつつ、ペコリと頭を下げる。と、残りの3人もそれに倣った。
「こちらはこのあやかし荘の管理人の因幡恵美さんで、こちらは私達の友人の水野想司君です」
九尾が二人を指さすと、4人はひょこひょこと頭を下げる。
「さて皆さん、貴方達のお母様の所に案内してはいただけないでしょうか?」
年長の少女が、首を傾げる。
「あの、すぐ近くなのです。でも、お父様が来て下さらないと…」
「三下君も挨拶しないと駄目でしょう行きますよ。」
九尾は子供達に頷いて、へたり込んだままの三下を引っ張って立たせる。
「ま、待って下さい、僕は本当にっ……」
問答無用。
九尾はにっこりと笑ったまま、三下の手を軽くつねった。
「いてっ」
「おや、どうしました三下さん?ああ、きっと長い間連絡もせず、心が痛んだのですね」
「きっと相手はもっと心を痛めてるんだろうねっ!罪な人だなぁっ☆」
水野が調子を合わせ、さあ行こう!と子供達を促した。
「……………」
子供達と水野に手を引かれる三下を、大層不機嫌そうに恵美は見つめた。
「多分、想像しているような隠し子ではないですよ。一緒に逢いに行きましょう、良いものが見れますよ」
そんな恵美に九尾は耳打ちをする。
「私、別に興味ないです……。それに、夕食の準備もしなくちゃ」
これは完全にふてくされている。
九尾は苦笑し、引きずられていく三下を目で追いながら言った。
「三下君も、たまには粋な事をなさいますね。」
「どう言う事ですか?」
不機嫌なまま、恵美は溜息を付いた。
「一緒に来れば、分かりますよ。さあ、行きましょう恵美さん」
九尾は恵美の手を引いて、三下達の後を追った。


子供達に案内されたのは、あやかし荘から10分程度離れた住宅街の中心にある小さな公園だった。
小さいと言っても、子供の好きそうな遊具が一通り揃い、綺麗に整備されている。
花壇には色とりどりの花が咲き、周囲には等間隔でベンチが据えてある。
公園の中で一際目を惹くのは大きな桜の木。
7割程散っているが、夕闇の中でほんのりと外灯に照らされて、美しい。
「お母様〜!お父様をお連れしましたっ」
ハアハアと息を切らして、子供達が嬉しそうにその桜に向かって話しかける。
「え、お母様って……?」
一緒になって三下を引いていた水野は子供達の横で桜を見上げて首を傾げた。
三下はと言うと、取り敢えず呼吸をする方に必死で桜を見ようともしない。
「恵美さん、ご覧なさい」
九尾は素直に桜に見とれている恵美の耳元に囁いた。
桜の影から、一人の女性がゆっくりと姿を現す。
子供達は嬉しそうに女性に近付いて、父親を連れてきた喜びに胸を張って見せる。
「あの人が、三下さんの奥さん……?」
薄紅の着物を纏い、長い黒髪を結い上げた、色の白い女性だった。
まるで人形のような…いや、この世の者とは思えない、不思議な美しさ。
「貴方……」
鈴を転がすような、何とも心地よい声が薄く紅を引いた口から紡ぎ出され、水野は思わず身を引いた。
「さ、三下さんて、以外と面食いだったんだね…ってゆーか、何か……」
水野は何か言いかけたが、途中からどうも適切な言葉が見付からなかったらしく口を閉ざしてしまう。
見るからに情けない、どっちかと言うとイケてない、と言うか男としてかなり頼りなさ気な三下が、まさかこんな美しい女性と関係があるなんて。と言う類の言葉が言いたかったのだろう。
「うーん、何か不思議な光景だなぁ……」
パッとしない三下を慕う女性と子供達。
人違いとか実は罠だったとか、もっと巫山戯た結末を期待して付いて来たのだが……。
水野は目の前の少々あり得なさそうな光景に溜息を付いた。
「お会いしとう御座いました。貴方のお陰で、子供達も大きくなりました。本当に、どう感謝して良いものか」
ひたすらアタフタするばかりの三下に言う女性の言葉を聞いて、恵美は首を傾げる。
「三下さん、ずっとお子さんの養育費とか払っていたんでしょうか……?」
「三下さんって結構律儀なトコあるしねー」
考え込む水野と恵美の横で、九尾は軽く手を振った。
「水野君、恵美さん。よくご覧なさい、あの子供達と母親を」
言われるままに二人は目をやって、あ、と声を上げた。
「霞んでる…?」
三下はまだ気付いていないようだが、女性と子供達の体はぼんやりと霞んでいる。
「え、ゆ、幽霊…?」
恵美が身を固くして逃げ腰になった。
「違いますよ。恐らくは桜の精でしょう」
「は?桜の精…?じゃ、何で三下さんが?あ、そうか!三下さんは実は人間じゃなくて桜の精だったんだ!うーん、何か納得いかないけど人間離れした処があるなと前から………」
「いえ、そうではなく」
人間離れした鈍くささはあるが…と九尾は思いつつ首を振る。
「三下君が桜の枝を挿し木したのではないかと思います。」
頷いて、九尾はまだアタフタしているばかりの三下に溜息を付いた。
女性が何やら一生懸命話しかけているのだが、三下ときたら変な処で頷いたり首を振ったり、全然会話が成り立っていない。
女性は困った様子で首を傾げ、九尾に言った。
「ご迷惑をお掛けするつもりは御座いません。ただ、わたくしお礼を申したかったものですから」
「僕達も何かよく分かってないんだけど、オネーサンと三下さんてどう言う関係なの?」
水野の言葉に、女性はほんのりと頬を染める。
「わたくし、こちらの方に助けて頂きました。あれは、数年前の事です」
まだ春の遠い、寒い日。
心ない人間が戯れに手折った枝を、偶然公園を通りかかった三下が拾い上げた。
三下は何気なく、折れた枝を桜の木の根本に植えた。
桜が挿し木出来るかどうかなど考えてもみなかった。殆ど無意識の行為だったのだ。
「でも、そのお陰でわたくしは成長し、今年漸く花を咲かせる事が出来たのです。ご覧下さいませ、根本に小さな枝が御座いますでしょう。それがわたくしで御座います。お名前も存じ上げず、お礼も出来ないままに過ごし申し訳なく思っておりましたら、子供達がその向こうのアパートに住む方だと探しあててくれたものですから」
一言お礼を言いたくて、連れて来て貰ったのだそうだ。
漸く事情を飲み込んで落ち着いた三下が、無実を知った恵美に期待の目を向ける。
しかし、「今話しをしてるのはこっちでしょっ」と水野に無理矢理首を回されてしまった。
「それに、見納めですから、是非一目見て頂きたくて」
どう言う意味かと九尾が尋ねる。
「わたくしたちは切り倒されるのです。わたくしたちの様な背の高い樹木は、人間の子供達にとって危険だそうですから」
木に登っては怪我をする子供が後を絶たず、利用者が伐採を求めたのだそうだ。
「最後に一目、お会い出来ただけで幸せでございます。三下様と仰るのですね。本当に、有り難う御座いました」
笑みを浮かべる女性…桜の精に、三下はつられたようにひょこっと頭を下げる。
「いえ、別にその、」
「明日から伐採が始まるそうでございます。今宵が見納め、わたくしも精一杯咲きたいと存じます。どうか一目だけでも、三下様のお目に留め下さいませ」
「は、はい…」
三下の返事を聞くと、桜の精はスッと木の中に消えた。
「あ、あれ?」
子供達の姿も消えている。
「桜の中に戻ったのでしょう」
九尾はそっと三下の肩に触れた。
「見納めだそうですから、じっくりと拝見しましょう。」


公園内の外灯が照らし出す桜は本当に美しかった。
九尾の提案で急遽今年の花見会をする事になり、アパートの住人達がそれぞれ食べ物や飲み物を手に公園に集まって来たのだが、時折ふわりと舞い落ちる花びらが、世を儚む桜の涙のようで少しもの悲しい。
「これが三下さんが助けた桜かぁ…」
木の根本から生えた小さな枝を見て、水野が言った。
小さな枝と言っても立派な花を4つ付けている。
「折角咲いたのに、勿体ないね。」
九尾が頷き、恵美を見た。
「恵美さん、この桜の枝をあやかし荘の庭に植えても構いませんか?」
「え?」
「根が付くかどうか分かりませんが、挿し木してみましょう。折角三下さんが助けた桜ですから」
「そうですね……切られてしまうなんて、酷いですものね」
恵美は桜を見上げて言った。
夜桜を愛でながらの宴会は遅くまで続き、最後は珍しく三下の為に乾杯をしてお開きとなった。
ほろ酔い気分で家路に付く三下に、九尾と水野が白い布にを差し出した。
「何れすか?」
呂律の回っていない三下に二人は笑った。
「三下さんを庭係りに任命します」
「え?」
「しっかり面倒見ないと、今度は化けて出てくるかもね〜っ☆」
よく分からないままに、三下は布を開く。
そこには小さな桜が一枝、4つの花をつけて横たわっていた。


end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
  0332  / 九尾桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー
  0424  / 水野想司 / 男 / 14  / 吸血鬼ハンター
  

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■         ライター通信          ■
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三度目のご利用有り難う御座いました(涙)