■Valentine-三下忠雄の夢は叶うか-■
佳楽季生 |
【1124】【夜藤丸・月姫】【中学生兼、占い師】 |
【データ修復中】
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Valentine-三下忠雄の夢は叶うか-
2003年2月14日。
暦の上では春と言ってもまだまだ寒い季節の、冷えた廊下に夜藤丸月姫は立っていた。
薺の間――三下忠雄の部屋の前。
「改めて贈り物をとなると、少し緊張してしまいますね」
ほんのりと赤みのさした頬で、月姫は微笑み、振り返った。
月姫の後ろにそっと影のように控えていた夜藤丸星威は笑みを浮かべる。
どこか冷気を増すような薄い水色の水干を着た月姫と、墨で塗ったような黒い出で立ちの星威。同じ視界に収めるには少々風変わりで目立つ組み合わせだ。
月姫は金赤の包装紙に包まれた小さな箱を胸に抱いて、白い息を吐く。
普段は凛々しい少年の様な表情で女性の心を射止めているが、今日は一転してあどけなく頼りない少女の顔で不安気に扉を見つめている。
午前7時。
人を訪ねるには少々不作法で非常識な時間帯だが、今日ばかりは仕方がない。
なんと言ってもバレンタインなのだから。
早々に購入したゴディバのチョコを、朝一番で三下に渡したい。
三下が仕事に出てしまう前にと思うと、どうしてもこんな時間になってしまう。
「星威様はこちらでお待ち下さいね。すぐに終わりますから」
普段は滅多に見せる事のない少女らしい照れた様子で星威に微笑みかけ、月姫は意を決して扉をノックし、開いた。
背後でゆっくりと扉が閉まる。
目の前の狭い部屋。
あちこちに物が乱雑に放り出された部屋の真ん中に、よれよれの使い古した布団。
そして、その布団の真ん中に、愛しい三下の姿……。
白と青のストライプのパジャマを着て、何故か上体を起こし前のめりにして布団に突っ伏している。
「まだ眠っていらっしゃるのですね…」
月姫は首を傾げて手の中の包みを見た。
この時間であれば起きていると思ったのだが…。
「困りましたね」
起こしては申し訳ない。そっと枕元に置いて帰ろうか。
しかし、もしうっかり寝坊をしているのならば、起こさなければ会社に遅刻してしまう。
「どうしましょう」
月姫は暫く迷ったが、やはりここは安眠の邪魔をしてでも起こした方が親切かも知れない。
月姫はそっと三下に近付いた。
「三下様…」
手を伸ばし、肩に触れる。
「三下様、起きてくださいませ」
グラリと、三下の体が揺れた。
あ、と思った次の瞬間。
「キャッ」
三下の体はごろりと横に転がった。
「三下様っ!?」
「どうしましたっ!?」
月姫の唇から漏れた僅かな悲鳴を聞きつけて、星威が飛び込んできた。
星威の目に映るのは、立ちつくす月姫と横たわった三下。
「星威様っ!三下様がっ!」
星威は力無く横たわった三下に近付き、素早く脈を取る。
しかし、手首に回した指に感じる鼓動はない。
星威は月姫に向かって軽く首を振って見せた。
「そんな…、一体何故…」
「月姫様、あれをご覧下さい」
手にしていたチョコを落とし愕然とする月姫に、星威は三下の右手の辺りに散らばった箱を指し示した。
「チョコ…ですか…」
星威は散らばった箱の合間から、一口分ばかり欠けた小さなハート型のチョコを見つけだす。
「恐らく、あのチョコを食べて亡くなったのだと思いますが」
「もしやチョコに毒が…?」
月姫の発した言葉は静かだが、静か過ぎる。
静か過ぎるがとてつもなく激しい怒りがフツフツと沸き起こるのを月姫は感じていた。
また、その横に立つ星威も、月姫の怒りを全身で感じていた。
「わたくしのお慕い申し上げる三下様にこの様な…」
小さな唇を振るわせて、月姫はスッと髪に挿した小柄の刀身を抜き取った。
「わたくしも夜藤丸家の媛巫女の名に恥じぬ「占師・月読丸」いずこの輩か存じませぬがただでは済みませぬ」
月姫は静かな怒りに燃えている。
怒りが激しくなればなるほどに、遠見が冴える。
月姫は金色の目で刀身を覗き込んだ。
月姫が何度となく瞬きをし、首を傾げるのを見て星威は僅かにその顔を覗き込んだ。
「白雪姫…でしょうか…」
月姫が星威を見上げて首を傾げる。
「一体何が見えたのですか」
「三下様と…白雪姫が…」
刀身に映し出されたのは、次のような様子だったらしい。
夜の商店街を歩く三下の目に、レンタルショップの店頭で放映されていた「白雪姫」の映像が映る。
白雪姫の美しさに嫉妬した継母の魔の手を逃れて森へ逃げ込んだ白雪姫は7人の小人に助けられるが、老婆に化けた継母によって毒リンゴを食べさせられてしまう。
有名な童話のアニメーションを三下は何故か立ち止まって最後まで見た。
その後三下はコンビニエンスストアに立ち寄り、店員の奇妙な目をものともせずに500円程度のバレンタイン用にラッピングされたチョコを購入。
部屋へ帰り、眠りについたのだが、夜中に起き出して何故か枕元に自分で購入したチョコを置き、再び眠りについた。
その後、目覚ましと同時に目を覚ました三下は自分で置いた筈のチョコに驚き、包装を解き一口食べる。途端に体から力が失われ、布団に倒れ込んだ。
「つまり自作自演と言う事ですか」
「自作自演と言う表現が正しいのかどうか分かりませんが…確かに、チョコを購入したのも、枕元に置いたのも、食べたのも三下様御本人です…」
毒を盛ったような形跡はサッパリ見当たらない。単にチョコを喉に詰まらせただけなのか。
「星威様、白雪姫のお話を御存知ですか」
何故か困ったように月姫は尋ねた。
「は、一応は…」
子供の頃、絵本を読んで貰った記憶があり、星威は頷いた。
「毒林檎を食べてしまった白雪姫は王子様の口付けによって目覚めるのです」
「そうですね」
喉に詰まっていた林檎の欠片が取れ、息を吹き返した白雪姫は王子と幸せに暮らすのだ。
「三下様がチョコを喉に詰まらせてしまったと言うならば…」
月姫は仰向けに倒れたままの三下の頬を両手でそっと包み込んだ。
「口付けをして目覚めさせるのがわたくしの役目かと……」
「お待ち下さいっ!」
頬を赤く染めた月姫の顔が三下に近付くのを見て、星威は慌てて二人の間に割り込んだ。
「窒息ならばまず私が人工呼吸……」
言いかけて、星威はふと枕元に放り出されたままのチョコの異変に気付いた。
「月姫様、これは…」
「まあ…」
二人は一瞬言葉を失い、まじまじとチョコを見た。
それはどこからどう見ても間違いなくチョコなのだが。
「まるで心臓の様ですね」
月姫は言い、そっとチョコを拾い上げた。
月姫の手の中で、チョコはドクドクと脈打つ。
「白雪姫とチョコ……、」
一体何の関連があるのだろうか、サッパリ分からないことばかりだ。
「もしかして、それが三下さんの心臓と入れ替わってしまったのでは?」
よもや考えられない事だが、目の前に三下の死体と脈打つチョコがある以上そう考えるしかない。
月姫は無言で刀身を覗き込んだ。
もう一度じっくりと、三下の行動を見る。
目覚まし時計の音でもそもそと動き出した三下が眼鏡を取ろうと手を伸ばした枕元に小さな包みがある。
起き上がった三下は自分で置いたはずのチョコに驚き、喜んでいる。
不器用そうな指でもどかしく包装を解き、中から出てきた小さなハート形のチョコにかぶりつく……。
倒れ込んだ三下の手からチョコが転げ落ちる。
それから数分後。
丁度月姫と星威が部屋に入って来た頃に、その異変は起こった。
月姫は目を細めて刀身の中の様子を伺った。
散らばった箱の合間で、チョコが僅かに動きだす。
始めはゆっくり、それから一定のテンポで、チョコレートは確かに脈打ち始めた。
「何故かは分かりませんが、本当にチョコと三下様の心臓が入れ替わってしまったようです」
星威はほっと息を付いた。
「それは良かった」
「何故ですか」
「入れ替わっているのならば、三下さんはまだ生きていると言う事です」
その言葉に、月姫の表情がパッと明るくなった。
「わたくし、あまりの事で動転していたようです。どうしてその事に気付かなかったのでしょう。」
「ただ問題は、どうやって入れ替わった心臓を元に戻すかです」
まさか病院に連れて行ってチョコと心臓を取り替えてしまう訳にはいかない。
「まずは喉に詰まったチョコを取り除きましょう」
頷いて、星威は三下の体をうつ伏せにさせ、膝に抱え込むと背中を何度か叩いた。
日頃合気道や居合いで鍛えている力はなかなかのものだ。
バシバシと凄まじい音を立てながら叩く内に、三下の口からぽろりと小さなチョコの欠片が転がり出た。
月姫は転がり落ちた欠片を拾い上げ、手元の残ったチョコの欠けた部分に押し当てた。
「では、このチョコを三下様の体に入れましょう」
「しかしどうやって食べさせますか」
三下が自力で咀嚼出来ない以上、食べさせると言っても容易ではない。
「溶かせば良いのではないでしょうか」
固形物では難しくとも、液体であれば口にさせる事が出来るだろう。
「月姫様、それは心臓ですが、溶かしても大丈夫ですか?」
「さあ…、それはやってみなくては分かりませんわ」
意外にアバウトな返答だった。
しかし、それ以外に方法は思いつかない。
三下が横たわる布団の前に、月姫は静かに座っていた。
「月姫様、どうぞ」
調理室で溶かしたチョコをマグカップに入れて、星威は三下の部屋へ戻った。
星威の差し出したカップを受け取ると、中を覗き込み安堵したように微笑んだ。
白いマグカップの中で、溶けたチョコは順調に脈打っている。
「星威様、三下様を支えて下さいますか」
月姫に言われて、星威は三下の上半身を抱き起こし口を開かせる。
そこへ、月姫がゆっくりとチョコを流し込む。
また喉を詰まらせたりしないよう、ゆっくりと少しずつ口に含ませ、星威は首を動かしてそれを嚥下させた。
「はぁ………」
漸く全てを飲み込ませ、カラになったカップを床に置き、月姫は息を付く。
こんな方法で果たして上手くいくだろうか、考えれば不安が胸をよぎる。
実際の処、飲み込んだチョコレートは心臓の有るべき場所へ運ばれるのではなく胃へ運ばれるのだ。
しかし、月姫の不安と心配をよそに、三下の頬に赤みがさしはじめた。
「上手くいったようですね」
その様子に星威も安堵の息を付き、三下の手首に手を回し脈を確かめる。
さっきは感じられなかった脈が、確かに星威の指に伝わった。
触れた手にも温もりが戻ったようだ。
「ああ、良かった、三下様……」
しっかりとした呼吸を始め、すっかり眠り込んでいるかの様な鼻息を付き始めた三下に月姫は呼びかけた。
「三下様、起きて下さいませ。三下様」
「うーん……」
ごろりと寝返りを打って、三下は何かむにゃむにゃと呟く。
これはもう、完璧に眠っている。
全く心配は要らなさそうだ。
「三下様、三下様、起きて下さいませ」
体を揺すって呼びかける月姫を残し、星威は部屋を出た。
人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られてしまうのだ。
「うん…、ん…?」
何度か寝返りを打った三下が漸く目覚めたらしい。
ぼさぼさの髪に隠れた目が開く。
「おはようございます、三下様」
突如起き上がった三下に居住まいを正して座った月姫は微笑みかけた。
「ど、どうしてここに…?」
「はい、突然お邪魔して申し訳ありません」
どうやら三下は何も覚えていないらしい。
「実はわたくし、三下様にお渡ししたいものがあるのです」
言って、月姫はこの日の為に購入したゴディバのチョコを三下に差し出した。
「え、ぼ、僕に?」
戸惑う三下に、月姫はにこりと微笑む。
「今日はバレンタインデーですから、お慕いする三下様に」
「ええっ!?ほ、本当?嬉しいなあ……」
三下は枕元の眼鏡をかけると、慌てて布団の上に正座した。
「ありがとう、まさか僕がチョコを貰うなんて、子供の頃からの夢が叶ったなぁ」
受け取ったチョコを胸に抱き、三下は笑いながら一度も貰った事がないのだと言った。
「いやあ、実はさっきまで夢を見ていたんだけど、その夢の中でもチョコを貰ったんだよ。これって、正夢って言うのかな……」
「夢、ですか?」
「見知らぬお婆さんにチョコを貰うんだよ。ところがそれは毒入りのチョコなんだ。僕はそれと気付かず食べて死んでしまうんだけど、何故か死んでしまった僕の元を通りがかった女の子が僕を生き返らせてくれるんだ」
「まあ、一体どうやって?」
まるで白雪姫そのままではないか。
「いや、それは、ハハハ……」
三下は頭を掻いて笑って誤魔化したが、恐らく通りがかった女の子がキスをしたのだろう。
偶然見た白雪姫の内容とチョコを貰ってみたいと言う願望が奇妙にリンクされ、無意識の内に実行してしまったらしい。
「あ、あれ?これは一体…?」
枕元に散らばった箱と包み紙を見つけて、三下が首を傾げた。
「さあ、わたくしがこちらに参りました時にはそのようにありましたが……」
月姫はとぼけて応えた。
本人は素敵な夢を見ていただけだし、異常はないし。敢えて説明する事もないだろう。
「おかしいな、何だろう」
「昨日どなたかにチョコを頂いたのではありませんか?」
「まさか、僕にチョコを呉れる人なんていないよ」
三下は首を傾げながらも笑う。
「まあ、わたくしがおります。三下様はとても素敵な殿方ですよ。ご自分にもっと自信を持って良いと思いますわ」
月姫の言葉に、三下は頬を掻いてまた笑った。
「三下様、今度お食事にでも参りませんか?」
「え、ぼ、僕と?」
「勿論です。ご迷惑でなければ」
「迷惑なんてとんでもない!」
三下は慌てて首を振り、真っ赤になって言った。
「そ、それじゃ今日のお礼と言う事で僕が招待しましょう。来月の14日にでも……」
「ホワイトデーですね」
月姫はにこりと頷いた。
鈍感な三下の春はまだまだ遠いらしいが、月姫は一足早く春に近付いた。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1124 / 夜藤丸月姫 / 女 / 15 / 中学生兼媛占い師
1153 / 夜藤丸星威 / 男 / 20 / 大学生兼媛巫女守
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■ ライター通信 ■
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ご利用有り難う御座いました。
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