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■Valentine-三下忠雄の夢は叶うか-■

佳楽季生
【1153】【夜藤丸・星威】【大学生兼姫巫女護(ひめみこもり)】
【データ修復中】
Valentine-三下忠雄の夢は叶うか-

2003年2月14日。
暦の上では春と言ってもまだまだ寒い季節の、冷えた廊下に夜藤丸星威は立っていた。
正確には、薺の間――三下忠雄の部屋の前の前に立つ従妹・夜藤丸月姫のやや後方だ。
「改めて贈り物をとなると、少し緊張してしまいますね」
ほんのりと赤みのさした頬で、月姫が微笑み、振り返った。
星威はそれに応えるように笑みを浮かべる。
どこか冷気を増すような薄い水色の水干を着た月姫と、墨で塗ったような黒い出で立ちの星威。同じ視界に収めるには少々風変わりで目立つ組み合わせだ。
月姫は金赤の包装紙に包まれた小さな箱を胸に抱いて、白い息を吐いている。
普段は凛々しい少年の様な表情で女性の心を射止めているが、今日は一転してあどけなく頼りない少女の顔で不安気に扉を見つめている。
午前7時。
人を訪ねるには少々不作法で非常識な時間帯だが、今日ばかりは仕方がない。
なんと言ってもバレンタインなのだから。
早々に購入したゴディバのチョコを、朝一番で三下に渡したい。
そう言った月姫に従ってあやかし荘を尋ねたのだ。
三下が仕事に出てしまう前にと思うと、どうしてもこんな時間になってしまう。
「星威様はこちらでお待ち下さいね。すぐに終わりますから」
普段は滅多に見せる事のない照れた様子で星威に微笑みかけ、月姫は扉をノックし、開いた。


目の前でゆっくりと閉まった扉を見て、星威はそっと溜息を付いた。
溜息が白く宙に舞う。
(そうか、今日はバレンタインだったか)
静かな廊下に佇み、星威は一人頷く。
別段月姫様もそんなお年頃になったのか、などと考えている訳ではない。
今日大学の講義がない事をこっそり喜んでいるのだ。
所謂醤油顔で冷静沈着な星威は結構女性に人気がある。
バレンタインともなると必ず何人かの女性にチョコを渡されるのだ。
迷惑ではないのだが、人を傷付ける事を好まない性格上、これがなかなか対処に困る。
勿論、家に直接送りつけてくる女性もいるのだが。
「……?」
何やら話し声が聞こえ、星威は顔を上げた。
無事三下にチョコを渡したのだろうか……。
いや、違う。
「キャッ」
月姫がそう叫ぶのを、星威は確かに聞いた。
「三下様っ!?」
「どうしましたっ!?」
星威は直ぐさま扉を開いて部屋に飛び込んだ。
星威の目に映るのは、立ちつくす月姫と横たわった三下。
「星威様っ!三下様がっ!」
星威は力無く横たわった三下に近付き、素早く脈を取る。
しかし、手首に回した指に感じる鼓動はない。
星威は月姫に向かって軽く首を振って見せた。
「そんな…、一体何故…」
「月姫様、あれをご覧下さい」
手にしていたチョコを落とし愕然とする月姫に、星威は三下の右手の辺りに散らばった箱を指し示した。
「チョコ…ですか…」
星威は散らばった箱の合間から、一口分ばかり欠けた小さなハート型のチョコを見つけだす。
「恐らく、あのチョコを食べて亡くなったのだと思いますが」
「もしやチョコに毒が…?」
月姫の発した言葉は静かだが、静か過ぎる。
静か過ぎるがとてつもなく激しい怒りがフツフツと沸き起こるのを月姫は感じていた。
また、その横に立つ星威も、月姫の怒りを全身で感じていた。
「わたくしのお慕い申し上げる三下様にこの様な…」
小さな唇を振るわせて、月姫はスッと髪に挿した小柄の刀身を抜き取った。
「わたくしも夜藤丸家の媛巫女の名に恥じぬ「占師・月読丸」いずこの輩か存じませぬがただでは済みませぬ」
月姫は静かな怒りに燃えている。
怒りが激しくなればなるほどに、遠見が冴える。
月姫は金色の目で刀身を覗き込んだ。


月姫が何度となく瞬きをし、首を傾げるのを見て星威は僅かにその顔を覗き込んだ。
「白雪姫…でしょうか…」
月姫が星威を見上げて首を傾げる。
「一体何が見えたのですか」
「三下様と…白雪姫が…」
刀身に映し出されたのは、次のような様子だったらしい。
夜の商店街を歩く三下の目に、レンタルショップの店頭で放映されていた「白雪姫」の映像が映る。
白雪姫の美しさに嫉妬した継母の魔の手を逃れて森へ逃げ込んだ白雪姫は7人の小人に助けられるが、老婆に化けた継母によって毒リンゴを食べさせられてしまう。
有名な童話のアニメーションを三下は何故か立ち止まって最後まで見た。
その後三下は何故かコンビニエンスストアに立ち寄り、店員の奇妙な目をものともせずに500円程度のバレンタイン用にラッピングされたチョコを購入。
まっすぐに部屋へ帰り、眠りについたのだが、夜中に起き出して何故か枕元に自分で購入したチョコを置き、再び眠りについた。
その後、目覚ましと同時に目を覚ました三下は自分で置いた筈のチョコに驚き、包装を解き一口食べる。途端に体から力が失われ、布団に倒れ込んだ。
「つまり自作自演と言う事ですか」
「自作自演と言う表現が正しいのかどうか分かりませんが…確かに、チョコを購入したのも、枕元に置いたのも、食べたのも三下様御本人です…」
毒を盛ったような形跡はサッパリ見当たらない。単にチョコを喉に詰まらせただけなのか。
「星威様、白雪姫のお話を御存知ですか」
何故か困ったように月姫は尋ねた。
「は、一応は…」
子供の頃、絵本を読んで貰った記憶があり、星威は頷いた。
「毒林檎を食べてしまった白雪姫は王子様の口付けによって目覚めるのです」
「そうですね」
喉に詰まっていた林檎の欠片が取れ、息を吹き返した白雪姫は王子と幸せに暮らすのだ。
「三下様がチョコを喉に詰まらせてしまったと言うならば…」
月姫は仰向けに倒れたままの三下の頬を両手でそっと包み込んだ。
「口付けをして目覚めさせるのがわたくしの役目かと……」
「お待ち下さいっ!」
頬を赤く染めた月姫の顔が三下に近付くのを見て、星威は慌てて二人の間に割り込んだ。
「窒息ならばまず私が人工呼吸……」
言いかけて、星威はふと枕元に放り出されたままのチョコの異変に気付いた。
「月姫様、これは…」
「まあ…」
二人は一瞬言葉を失い、まじまじとチョコを見た。
それはどこからどう見ても間違いなくチョコなのだが。
「まるで心臓の様ですね」
月姫は言い、そっとチョコを拾い上げた。
月姫の手の中で、チョコはドクドクと脈打つ。
「白雪姫とチョコ……、」
一体何の関連があるのだろうか、サッパリ分からないことばかりだ。
「もしかして、それが三下さんの心臓と入れ替わってしまったのでは?」
よもや考えられない事だが、目の前に三下の死体と脈打つチョコがある以上そう考えるしかない。
月姫は無言で刀身を覗き込んだ。
もう一度じっくりと、三下の行動を見る。
目覚まし時計の音でもそもそと動き出した三下が眼鏡を取ろうと手を伸ばした枕元に小さな包みがある。
起き上がった三下は自分で置いたはずのチョコに驚き、喜んでいる。
不器用そうな指でもどかしく包装を解き、中から出てきた小さなハート形のチョコにかぶりつく……。
倒れ込んだ三下の手からチョコが転げ落ちる。
それから数分後。
丁度月姫と星威が部屋に入って来た頃に、その異変は起こった。
月姫は目を細めて刀身の中の様子を伺った。
散らばった箱の合間で、チョコが僅かに動きだす。
始めはゆっくり、それから一定のテンポで、チョコレートは確かに脈打ち始めた。
「何故かは分かりませんが、本当にチョコと三下様の心臓が入れ替わってしまったようです」
星威はほっと息を付いた。
「それは良かった」
「何故ですか」
「入れ替わっているのならば、三下さんはまだ生きていると言う事です」
その言葉に、月姫の表情がパッと明るくなった。
「わたくし、あまりの事で動転していたようです。どうしてその事に気付かなかったのでしょう。」
「ただ問題は、どうやって入れ替わった心臓を元に戻すかです」
まさか病院に連れて行ってチョコと心臓を取り替えてしまう訳にはいかない。
「まずは喉に詰まったチョコを取り除きましょう」
頷いて、星威は三下の体をうつ伏せにさせ、膝に抱え込むと背中を何度か叩いた。
日頃合気道や居合いで鍛えている力はなかなかのものだ。
バシバシと凄まじい音を立てながら叩く内に、三下の口からぽろりと小さなチョコの欠片が転がり出た。
月姫は転がり落ちた欠片を拾い上げ、手元の残ったチョコの欠けた部分に押し当てた。
「では、このチョコを三下様の体に入れましょう」
「しかしどうやって食べさせますか」
三下が自力で咀嚼出来ない以上、食べさせると言っても容易ではない。
「溶かせば良いのではないでしょうか」
固形物では難しくとも、液体であれば口にさせる事が出来るだろう。
「月姫様、それは心臓ですが、溶かしても大丈夫ですか?」
「さあ…、それはやってみなくては分かりませんわ」
意外にアバウトな返答だった。
しかし、それ以外に方法は思いつかない。


三下が横たわる布団の前に、月姫は静かに座っていた。
「月姫様、どうぞ」
調理室で溶かしたチョコをマグカップに入れて、星威は三下の部屋へ戻った。
星威の差し出したカップを受け取ると、中を覗き込み安堵したように微笑んだ。
白いマグカップの中で、溶けたチョコは順調に脈打っている。
「星威様、三下様を支えて下さいますか」
月姫に言われて、星威は三下の上半身を抱き起こし口を開かせる。
そこへ、月姫がゆっくりとチョコを流し込む。
また喉を詰まらせたりしないよう、ゆっくりと少しずつ口に含ませ、星威は首を動かしてそれを嚥下させた。
「はぁ………」
漸く全てを飲み込ませ、カラになったカップを床に置き、月姫は息を付く。
こんな方法で果たして上手くいくだろうか、考えれば不安が胸をよぎる。
実際の処、飲み込んだチョコレートは心臓の有るべき場所へ運ばれるのではなく胃へ運ばれるのだ。
しかし、月姫の不安と心配をよそに、三下の頬に赤みがさしはじめた。
「上手くいったようですね」
その様子に星威も安堵の息を付き、三下の手首に手を回し脈を確かめる。
さっきは感じられなかった脈が、確かに星威の指に伝わった。
触れた手にも温もりが戻ったようだ。
「ああ、良かった、三下様……」
しっかりとした呼吸を始め、すっかり眠り込んでいるかの様な鼻息を付き始めた三下に月姫は呼びかけた。
「三下様、起きて下さいませ。三下様」
「うーん……」
ごろりと寝返りを打って、三下は何かむにゃむにゃと呟く。
これはもう、完璧に眠っている。
全く心配は要らなさそうだ。
「三下様、三下様、起きて下さいませ」
体を揺すって呼びかける月姫を残し、星威は部屋を出た。
人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られてしまうのだ。


星威は再び冷えた廊下に出て息を付いた。
三下が目覚めれば、月姫は無事にチョコを渡すことが出来る。
朝からとんだ騒動だった。
三下の見た白雪姫の映像と、チョコと入れ替わった心臓。
一体どんな関係があったのだかサッパリ分からないが、取り敢えずは無事解決したのだから良しとしよう。
時刻は午前8時30分。
計算すると、月姫は2時間程授業に遅れることになる。
三下もまた、会社に遅刻する。
人の恋路を邪魔すると馬に蹴られると言うが、時間は何とも無情だ。
暫く静かだった三下の部屋が途端に騒がしくなったのに気付き、思わず星威は苦笑した。
「わぁぁぁっ!?ち、遅刻だっ!」
慌てふためく三下の声。
そして、とても幸せそうな顔で出てきた月姫。
どうやら無事にチョコを渡すことが出来たようだ。
「お待たせしました」
月姫に無言で頷いて、星威は先を促す。
「今回の事故の原因が分かりましたわ」
静かに歩きながら月姫はそっと溜息を付いた。
「三下様は子供の頃からチョコを貰うのが夢だったそうです」
偶然見た白雪姫の内容とチョコを貰ってみたいと言う願望が奇妙にリンクされ、無意識の内に実行してしまったらしいと、月姫は語った。何ともはた迷惑な事だ。
「月姫様が今朝尋ねなければ本当に危険だったと言う事ですね」
星威の言葉に月姫は頷く。
「三下様はとても奥ゆかしくていらっしゃるので、ご自分に自信を持つことが出来ないのです。でも、本当はとても優しくて素敵なお方……。わたくし、益々お慕いします」
月姫が誰を好きになり、誰を慕ってもそれはそれで構わない。
しかし。
(愛は盲目。)
そんな陳腐な言葉を、星威は心の中でそっと呟いた。


end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
  1153 / 夜藤丸星威 / 男 / 20 / 大学生兼媛巫女守
  1124 / 夜藤丸月姫 / 女 / 15 / 中学生兼媛占い師
  

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■         ライター通信          ■
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ご利用有り難う御座いました。