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■歌えない花■

滝照直樹
【1219】【風野・時音】【時空跳躍者】
【データ修復中】
歌えない花

◆失いし声をもとめし花が居るされど動かざれば得ることかなわず
歌姫は悲しみに泣き崩れていた。熱を出してから声が出ないことから部屋に閉じこもる日々。柚葉が心配して側にいる。恵美達も心配で仕方ない様子だ。
風野時音はその話を聞きつけた。
「歌姫さんの声が出ないのですか?」
しばらく彼は考えた。きっと「アレ」だろうか。
やおら立ち上がり、真相を確かめるべく歌姫の部屋に向かった。
彼女の部屋に着いたときに礼儀として、ノックする。
「どうぞ…」
元気のない柚葉の声がした。
「失礼します」
風野が中にはいると、布団の中で声もなく泣いている歌姫と励ますように寄り添う柚葉の姿があった。眺めていると仲の良い姉妹に見えた。
本当に歌姫の「声」はなく、泣くことさえも「声」ではなかった。
風野は、窓を開く。心地よい風が部屋に送り込まれる。
「換気しないと更に気分を悪くするよ」
『…』
「歌姫の声、取り戻してくれるの」
「ああ、でも歌姫さんには一寸つきあってもらおうかな」
『!!』
時音はいきなり歌姫を横抱きして開いた窓から飛び出していった。
「時音クン!」
歌姫も柚葉も驚いたのは当然である。
歌姫は驚きを隠せないし、また、男性に抱きかかえられることに頬を赤らめながらも、じっとしていた
時音は人間以上の跳躍力で、近くの木々に飛び移り続ける。彼女を枝で傷が付かないように。
歌姫は…声が出るなら…「どうして?」と言う意味を込めた歌を唄っていただろう。
しばらくして、彼女は時音が進む景色を眺めるのに夢中になっていた。
(このしばらく、いや…殆ど外に出たことがないわ)
そう思ったからだ。
リスの作った巣から何事かとか?と顔を出すそこの「主」、木々の様々な色、下を見れば落ち葉の絨毯。けものみちが冬でも活動する小動物が行き来している。
時音の知り合いかのように、カラスや冬の渡り鳥も周りにやってきた。時音は彼らに微笑むだけで、ただ、先を進んだ。
一羽の小鳥が歌姫の手に止まる。
「ぴっぴっっぴ?」
ねね、デート?でも尋ねているのだろうか?
歌姫は、この奇妙な鳥たちにどう答えるべきか悩むのだが…また落ち葉の絨毯を見たとき、一羽の小鳥が倒れている事に気がついた。時音の服を引っ張って止まってと合図を送る。時音はそれに応じた。
「どうしたのです?」
時音は尋ねる
言葉の出ない歌姫は倒れている小鳥のほうを指さした。
時音は、ゆっくりと地面に着地して、彼女をおろし、小鳥を優しく触ってみる。息をしていない。
「寿命で、命がなくなった小鳥です…死んでいます」
その言葉に、歌姫は瞳に涙を浮かべた。
カラスはまわりから石ころをくわえてきて、適当な場所に落とし石を突く。
「墓を建てろ?って」
時音がカラスに訊いた。カラスはこくりと首を縦に振る。
歌姫は、その場所にすすみ穴を掘り始めた。
「歌姫さん…」
歌姫は涙ながらに掘り続ける。美しい手が土で汚れていった。
しばらくして、小さいながらも小鳥の墓は完成した。冬に咲く花を鳥や動物たちが運んできたのだ。
「いずれ、この小鳥も土に帰って、木々の心と一緒になるでしょう」
時音の言葉に頷く歌姫。時音は歌姫の顔が心なしか笑顔に見える。
「歌姫さん、また失礼します」
時音は彼女をまた横抱きの体勢に抱き、先をゆっくり歩いていった。

◆気づかぬは心の奥に忘れ物其れ見つけるための果てしなき世界
どこまで進んだのだろう? 実のところ時音も時間の感覚を忘れるほど歩いている。しかし、木漏れ日から見る日の明るさ具合からしてまだ昼だと思う。
確かそろそろ目的の場所に着くはずだ。歌姫は景色の移り変わりに興味を持って笑顔を取り戻しつつある。
歌姫は彼の服をまた引っ張り、木の枝を指さした。時音は微笑みながら軽く跳躍し、今度は更に高く…木のてっぺんを跳んで伝っていった。
新たな風景。
〈あやかし荘〉近くに、こんな広い森が近くにあったのだろうかと驚く歌姫。
『…』
彼女はこの景色に心奪われた。
様々な木々、松や杉のように年中緑を保つもの、季節にあわせ葉の色を変え落ちていく落葉樹。その入り乱れた森の湖。優しく照らす冬の太陽。寒いが心地よい風。
ふと時音がこういった
「耳を澄ませてごらん」
彼女はそれに従った。
木々が、何か会話している様を風が運んでくれた。
ドングリの木「私の子達がどこかで冬を越していると思うわ」
松の木「だよね、キミの子は小鳥やリスたちには人気があるから」
ほかの木「俺の木に巣を作ったリスが子供産んだよ」
皆「おめでとう!春が待ち遠しいね」
そんな感じの会話に聞こえた。普通聞こえるはずのない木の言葉。言葉ではない【気持ち】…。
歌姫は、声を失ったことが風邪の所為と思っていたが本当はどうなのだろう?ふと頭をよぎる。しかし声を失ったことを思い出したためにまた涙に頬が濡れた。時音の胸の中で震える。
時音は優しく抱きしめてあげた。
「大丈夫ですよ。ほら着きました」
一本の大きな木が歌姫と時音の目に映っていた。
この木は樹齢が1000年は越すであろう。高く、幹が太く、青々と生い茂る葉。この森の主といったところだ。しかも朽ちた部分もない健康な大木だ。
時音は、その木の枝を跳び伝って頂上に登る。
更に見たことのない風景…東京の全貌が見える。当然〈あやかし荘〉も見えるのだ。そして其れよりも大きく果てしなく続く地平線と大空…
鳥たちが、又集まって、各々が枝にとまる。「主」の枝はしっかりとしており、しかし柔軟なしなやかさも持っている。カラスのような大きな鳥が強引にとまっても、力を逃がしてしっかりとほかの鳥たちが止まりやすくしている。
鳥たちは、この二人をじっと眺めていた。
「世界は循環しているのですよ、歌姫さん」
『?』
「木にも岩にも…風にも雲にも…命が存在し全ては循環しています。切り離された存在は何一つあり得ないのですよ。わかります?。ここに来るまでに小鳥のためにお墓を立てたでしょう?そのときの言葉…」
はっと気づいたように歌姫は目を大きくする。
「貴女の『声』も絶対に切り離されていることはないのです。決して風邪に盗まれたわけではありません。あのときは苦しかったから、今は声が出ないだけです。声を失ったと勘違いしている。でも声も貴女も強い絆で結ばれているのです。勇気を持って…呼んであげて下さい…貴女の『声』を」
歌姫は、喉に有る感触を覚えた。あのいつもの感触。歌姫は、一つ発声練習をするつもりで声をだそうとしてみる。
『♪あ・え・い・う・え・お・あ・お…?!』
声が出た。歌姫はうれし涙があふれ出し、顔を覆った。
鳥たちは一斉に間奏曲の調べで鳴き始めた。時音は驚いた。
「これは…ベートーヴェンの『交響曲第九』…!?」
歌姫は、おろしてほしいという意思表示を表す。時音はゆっくりと優しく木の枝に座らせてあげた。
歌姫はゆっくりと息を吸い込み…歌い始めた。
その声は、歓喜と時音に対しての感謝、そしてもう一つの感情を表していた。
しかし、そのもう一つの感情を読みとることは出来なかった。

◆美しき歌声戻り喜びの歌を綴るも恋も芽生え
〈あやかし荘〉の住人は歌姫の声が戻ったことで大喜び。完治の宴が行われた。主賓は歌姫と風野時音である。
「どうなるかと思ったよぅ。よかったぁ」
柚葉が歌姫に甘えるように抱きついてきた。まるで姉妹のようである。
今回の宴は落ち着いた感じで終わり、最後は歌姫の歌と時音の乾杯で幕を閉じた。

皆それぞれ、部屋に戻り静かな時間、時音の部屋に歌姫が訪れてきた。
「どうかしましたか?」
彼の言葉で彼女は頬を赤く染めた。そして静かに歌い始めた
この歌は…時音は急いでCD棚を調べる。
「これは『愛・おぼえていますか』…まさか?」
その問いに歌姫はコクリと頷いた。この歌を唄うというのは…告白?
そのまま彼女はこの歌を歌い続けた。
歌い終わると、時音に近づき、彼の頬に軽くキスをした。
時音は彼女の大胆な行動に、驚きを隠せず動けなかった。
歌姫は頬を赤らめながら、お辞儀をして部屋を出て行った。
しばらくして時音は、畳に座り込んでしまった。
「び、びっくりしたぁ(なにがどうこうより)」
しかし、彼女の唇の暖かさ、彼女の想いは自分の時代に戻るときが来たとしても…決して忘れることはないだろう…。

End

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】


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■         ライター通信          ■
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二度目の参加ありがとうございます。
こんな感じでよろしかったでしょうか?
歌姫の関わりを元にしたのでBGMをかけて書いていました。
BGMはベートーヴェン『交響曲第九』とヘヴィメタルRhapsodyアルバム全部でした(ジャンル極端すぎ)