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■チョコと謀略と三下と■

高原恵
【0506】【奉丈・遮那】【占い師】
【データ修復中】
チョコと謀略と三下と

●求める物は【1B】
 2月14日、バレンタインデー当日。いそいそとあやかし荘に向かって歩いてゆく、華奢な身体つきの可愛らしい女の子の姿があった。ただ少し疲れているのか、目の下にうっすらとくまのような物が見えていた。
「違いますよ」
 ……本人から突っ込みが入ったので、前言撤回。一部訂正しよう。
 女の子ではない。童顔であるために間違われやすいのだが、れっきとした男の子である。その少年の名は、奉丈遮那といった。
 遮那は学校を終えて一度自宅に戻った後、着替えを済ませてあやかし荘へ向かっていた。疲れているようなのだから、自宅でのんびりとすればよさそうなものだが、今日という日はそんな訳にはいかなかった。
(ひょっとしたら……?)
 遮那はちょっとした期待を抱いていた。それは、あやかし荘の管理人である恵美からチョコが貰える可能性があるかもしれない、ということだった。
 一応学校では今日、いくつかチョコを貰うことが出来た。それは素直に嬉しいことではある。けれども、だ。
「……やっぱり貰えるなら、恵美さんのチョコが一番に食べたいなあ」
 溜息と共に遮那がつぶやいた。正直な気持ち、そうである。だからこうして期待を抱きつつ、遮那はあやかし荘に向かっている訳だ。
 でも遮那さん、いいんですか?
 確かに恵美のチョコが待ってるかもしれないけれど、それ以外のチョコだって待ってる可能性は十分にあるんですよ?

●待ってみる【2A】
「こんにち……は?」
 シュライン・エマがあやかし荘の中に入って最初に見た物は、玄関前の廊下をそわそわうろうろと歩き回っている、奉丈遮那の姿であった。
「えーっと、何してるのかしら?」
 見ただけでは何をしているのか、さっぱり分からない。シュラインが遮那に声をかけると、一瞬間があってから遮那が反応を示した。
「えっ? あっ、こんにちはっ」
 慌ててぺこりと頭を下げる遮那。どうもシュラインが来たことに、声をかけられるまで気付いていなかったようだ。
「何してるのかしら?」
 シュラインが改めて尋ねると、遮那が嬉しそうに、そしてほんの少し照れながらこう答えた。
「待っているんです」
「人を?」
 シュラインがそう切り返すと、管理人室の扉が開いて姿を見せる者があった。嬉璃である。嬉璃はシュラインの顔を見るなり、声をかけてきた。
「うん? 何やら話し声がすると思ったら、どうしたのぢゃ?」
「んー……ふふふ、ちょうどよかったわ。嬉璃ちゃん、何か面白いことするんですって?」
「お主もか。耳がいいのが多いのお」
「そりゃ耳はいいもの」
 さらりと切り返すシュライン。それから、手に提げていた紙袋をちらと見てから言葉を続けた。
「一応チョコレート作りに使う、クーベルチュールチョコレート各種持ってきたけれど……手伝うことあるかしら?」
「それぢゃったら、台所で何やらやってる連中に差し入れた方がよかろう。恵美もそこに居るぞ。ほれ、ちょこの匂いがしとるはずぢゃ」
「ああ、そういえば……」
 嬉璃の言葉に、鼻をくんくんと鳴らすシュライン。そこではっとして、台所の方を指差してから遮那を指差した。
 こくんと頷く遮那。待っていると言ったのは、きっとこのことなのだろう。

●愛は耐えるもの【3】
 あやかし荘の中を、相変わらずうろうろと歩き回っていた奉丈遮那が再び玄関前に戻ってきた時、新たな訪問者の姿があった。
「三下さーん!!」
 ほとんど飛び込むようにしてやってきたのは、綺麗な包装紙とリボンでラッピングを施した箱を抱えた湖影龍之助であった。
「三下さんっ! 三下さん、どこっスかっ!」
 玄関先からきょろきょろと辺りを見回す龍之助。けれども目に入るのは、歩き回っていた遮那の姿だけ。
「三下さんでしたら、まだ帰ってきてませんけど」
 淡々と答える遮那。それを聞いた龍之助が、がっくりと肩を落とした。
「えっ、まだっスか!? うう……仕方ない、待つっス。愛は耐えることって、本当っスね……」
 そう言いながら中に上がり、物陰に隠れてじっと三下の帰りを待とうとする龍之助。遮那はそんな龍之助の姿を不思議そうに見ながら、またあやかし荘の奥の方へと歩いていった。

●主役の帰還【5】
 夕方になり、あやかし荘の玄関に待ち人が戻ってきた。
「ただいまです〜」
 へろへろな声での挨拶。あやかし荘の住人で、この声を聞き間違える者はまず居ない。三下忠雄が帰ってきた瞬間であった。

●企画発表【6】
「三下さんっ! お帰りなさいっス!!」
 声を発して三下を真っ先に出迎えたのは、玄関近くの物陰に隠れていた湖影龍之助だった。
 正確に言えば、最初に出迎えたのはその時玄関先に居たシュライン・エマと寒河江深雪だったのだが、龍之助の勢いに圧倒されて声を発するのを忘れてしまうほどであった。
 無論、圧倒されたのは三下も同様で。
「あ……ああ……」
 そう答えて、こくこくと大きく頷くのがやっとだった。
「お帰りなさい、三下さん」
 そこにちょうど、何度目かになるあやかし荘本館の散策を終えて、奉丈遮那が戻ってきた。
「えっと……」
 ゆっくりと周囲を見回す三下。
「……こんなに大勢で、今日は何かの集まりですか?」
「集まりと言えば集まりだけど、まだこれだけじゃないわよ」
 ややピントのずれた答えを返した三下に対し、シュラインが呆れ気味に言った。
「あ、シュラインさん。今日は差し入れありがとうございました、美味しかったです」
 さらにピントのずれた反応を示す三下。シュラインは小さく頭を振ってから、共同の台所がある方を指差す。
 台所からは、恵美と天薙撫子、そして鈴代ゆゆたちが、各々手にお盆を抱えてやってくる所だった。恵美が三下の姿に気付き、声をかけた。
「三下さん、帰ってらしたんですか?」
「あの管理人さん……これはいったい?」
 戸惑う三下。まだ気付かないとは、よっぽど鈍いのか。それとも縁がないから、本気で忘れてしまっているのか。
「それは俺が説明しましょうか」
 恵美が答えるより早く、管理人室から男性の声が聞こえてきた。それから扉が開き、姿を見せたのが4人。まずは嬉璃、ついで今言葉を発した斎悠也。それからつい先日からあやかし荘に住まうこととなった金髪メイドのフェイリー・オーストン。最後に九尾桐伯が姿を見せ、後ろ手に扉を閉めた。
「と、桐伯さん? そこにいらっしゃったんですかっ?」
 普段より半音上がった声で、深雪が驚いて言った。
「ええ。結構前からこちらに」
 笑みを深雪に向け、穏やかに答える桐伯。嬉璃が深雪の顔を見て、ふと気付いたように言った。
「ん? お主はついぞ先日、テレビで道行く乙女たちを捕まえていなかったかの?」
「あは……インタビュー見てらしたんですか」
 深雪が照れ笑いを浮かべた。
「三下さん、今日が何日なのかはさすがに分かりますよね?」
 悠也がずいと1歩前に進み出て、三下に尋ねた。文字で書くと少し失礼な内容だが、言い方のせいだろうか、耳で聞く分には失礼さは微塵も感じられなかった。
「今日は2月の14日ですけど」
 さらりと答える三下。だがまだ気付かない。
「そう、14日。一大イベントがあること、ちゃんと覚えてますよね?」
 悠也が最大のヒントを出した。これで分からないようでは……あまりにも悲しくなってしまう。
「一大イベント……」
 つぶやく三下。それからきっかり5秒の間が空いた。
「えっ? ええっ? えええええっ!?」
 ようやく気付いたのだろう。三下が激しく驚いて、めぐるましく皆の顔を見回していった。
「まさか……まさか、バレンタインデーですかぁっ!? 僕に……?」
 三下が自分自身を指差すと、皆が一斉に大きく頷いた。
「今日編集部に差し入れしたんだから、てっきり気付いてたと思ったんだけど」
 何だかなあ、といった表情でシュラインが言った。
「あ、ありがとうございますっ!! ありがとうございますっ!!」
 だが三下は、嬉しさでシュラインの言葉など耳に入っていないのか、何度も何度も深々とお辞儀をしていた。
「ううっ……毎年毎年、『ぎぶみーちょこれーと』なんておまじない唱えてた甲斐がありましたっ!」
 今にも感激で泣き出さんといった様子の三下。呆れた遮那が近くに居たゆゆに、小声で言った。
「……どこのおまじないなんでしょうね」
「この本には載ってなかったけどなあ……」
 ゆゆは、綺麗にリボンをかけられた古びた本を真顔で見つめ、首を傾げた。
「どうぢゃ三下、嬉しいぢゃろう? ささ皆の者、彼奴にちょこを渡すのぢゃ!」
 妖しい微笑みを浮かべた嬉璃が、三下をびしっと指差して言った。

●待望の【7】
「それじゃ、あたしから」
 恵美が前に進み出て三下に言った。手にしたお盆の上には、オーソドックスなハート形で中くらいの大きさのチョコが数個ほど載っていた。
「三下さん、はいどうぞ」
「ありがとうございます、管理人さんっ!」
 恵美がお盆を差し出すと、三下は両手を組んで拝んでからそのチョコを手に取った。
「よかったら、他の皆さんもどうぞ」
 そう言って、恵美は他の男性陣の前を回り始めた。
「ありがとう。美味しくいただきます」
 にこっと微笑み、チョコを取る悠也。
「私にもですか。これはどうも」
 続いて桐伯がチョコを手にした。その様子を見ていた深雪が、すっと桐伯から視線を外した。
「うわぁ……。恵美さん、ありがとうございます」
 その次にチョコを手にした遮那は、心底嬉しそうに恵美に感謝の言葉を述べた。
(恵美さんの手作りだ……)
 じっとチョコを見つめる遮那。そしておもむろにチョコを一口かじろうとした。
「いただきまーす」
 遮那があむっとチョコをくわえる。作ってまだ間もないため食感は柔らかかったが、程よい味は甘さで悪くはなかった。
 恵美はもう1人、龍之助の姿を探した。が、さっきまでここに居たはずなのに、姿が見えなくなっていた。
「そこで何をされているんですか?」
 と、撫子が玄関先から少し離れた所を見て、声をかけた。物陰から、龍之助が顔を半分出してきた。少し哀し気な瞳で。
「あの、チョコは……」
 恵美が声をかけると、龍之助はチョコと恵美の顔を交互に見比べてから、ふるふると静かに頭を振った。その様子はまるで『捨てられた子犬』といったもので、何を言う訳でもなくじーっと三下を見つめていた……。

●チョコは続くよ【8A】
「では、今度はわたくしから三下さんへ」
 次にチョコを渡したのは、撫子であった。撫子の手にしたお盆には、カラフルなトッピングが施された星形の小さなチョコがいくつも載っていた。
「お二方にお手伝いいただいて、作ってみました。ただわたくし、洋風のお菓子類には不慣れなので、出来の保証は分かりませんけれど」
 撫子は恵美とゆゆに各々視線を向けてから、再び三下に向き直った。
「ありがとうございますぅっ!」
 三下はまたもや拝んでから、チョコを1つ手に取った。それから撫子は、恵美同様に他の男性陣にもお裾分けを配って歩いた。もっとも、龍之助の反応は先程と全く同様だったけれど。
「あ、バレンタインのチョコはその日のうちに食べきらないとご利益がないそうですよ」
 大事そうにチョコ2つを手にしていた三下に気付き、遮那がそう声をかけた。
「へ? はあ、そうなんですか……」
 三下が初耳とばかりつぶやいた。が、遮那の言葉にはまだ続きがあった。聞こえるか聞こえないかの声で、その続きの言葉を言ったのだけれども。
「……何のご利益かは知りませんけどね」
 それが聞こえたのだろう。桐伯とシュラインが苦笑を浮かべた。
 撫子はチョコを配り終えると、そのまま隅の方へ行き、嬉璃を手招きして呼び寄せた。ちょっとした話があるようで、嬉璃がやってくると口が小さく動き出していた。
「はいっ! 次はあたしですっ!」
 代わって3番手は、大きく手を上げたゆゆだった。ゆゆのお盆の上には、ナッツが上にトッピングされた小さな四角いチョコが載っていた。
「『特製』ですから、味わってくださいねっ」
 そう言ってゆゆは、お盆ごと三下にチョコを手渡した。戸惑いながらも三下がお盆を受け取ると、ゆゆが続け様に綺麗にリボンをかけられた古びた本をそのお盆の上に載せた。
「これも一緒にプレゼントしますから、役立ててくださいね☆」
「は、はあ……ありがとうございます」
 三下の戸惑いのほどが声で分かる。本の表紙には、金色でこう書かれていた。『貴女の想いを成就させる呪術』と。
「……三下くんが、まともに呪術出来るとは思えないんだけど」
 ちらっとその表紙を目にしたシュラインが、ぽつりとつぶやいた。

●必殺チョコ【9】
「盛り上がっとる?」
 3人が三下にチョコを渡し終えた所で、奥から綾がやってきた。手には白い布で何かを覆った皿を持っている。だいたい何が隠されているか、今の展開でゆくと想像がつくが。
「さあっ! 今日のために、特製のチョコを用意したでっ!!」
 綾はそう言うと、ばっと白い布を取り去った。
「おや? これは……」
 悠也が物珍しい視線を、皿の上に向けた。皿の上には、一口大のチョコがいくつも載っていた。だが、普通のチョコであれば悠也が物珍しい視線を投げかけるはずもない。
 そのチョコは、金色をしていたのだ。
「ほーっほっほっほっ! ざっとこんなもんや」
 高らかに笑ってみせる綾。きっと金に物言わせて準備したのだろう。そうに決まってる。
「これは……金箔でしょうか?」
 嬉璃との会話を終えて、皆の元に戻ってきた撫子が尋ねた。
「せや。ゴージャスにいってみたんや。ほれ、食べ食べ」
 綾が男性陣に、金箔チョコを有無を言わさず押し付けるようにして配っていった。物陰から顔を出していた龍之助も、さすがにこれが受け取らざるをえなかった。
 思案顔の男性陣。けれども金箔は普通無味無臭。中のチョコが普通なら、味は悪くないはずである。男性陣5人は、ほぼ同じタイミングで口の中にチョコを放り込んだ。
 そして10秒後。
「うっ……」
 悠也が顔をしかめていた。桐伯を見ると、こちらも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「……うう、ごめんなさい……」
 遮那は右頬を手で押さえ、その場にしゃがみ込んでしまっていた。三下も左頬を押さえ、何とも言えないといった表情。
「か……勘弁してほしいっス……」
 龍之助が目元を手で覆いながらつぶやいた。
 何が起きたのか、さっぱり分からないのは綾を除いた女性陣である。そんなに不味かったというのだろうか?
「桐伯さんっ?」
 心配した深雪が桐伯に声をかけた。すると桐伯は、手で大丈夫と意思を示してから、口を開いた。
「このチョコ……尋常じゃない堅さなんですよ」
 綾を除いた女性陣の目が点になった。
「ほーっほっほっほ、どうや? 堅いから、いつまでもチョコの味が堪能出来るやろ? ほんま、これ探すんは苦労したで」
 1人満足した様子の綾。そんな綾に、嬉璃が呆れたように言った。
「お主は馬鹿者ぢゃな。そんな殺人ちょこを食べさせてどうするのぢゃ?」
 それから嬉璃は未だ苦しんでいる三下をちらと見て、こう言った。
「三下、次ので口直しするがいいぢゃろ」
 その嬉璃の言葉が合図だったのか、それまでずっと控えていたフェイリーが1歩前に進み出た。両手に白い箱を抱えながら。

●暖かい拍手を送ろう【10】
「ちょーっと待ったーっ!!」
 その時、龍之助の声が響き渡った。綺麗な包装紙とリボンでラッピングを施した箱を抱えた龍之助が、物陰から駆け出してきていたのだ。
「ずっと……ずっと待ってたっスけど、もう限界っス! 三下さんっ!!」
「はいっ!?」
 急に名前を呼ばれ、びくっとする三下。龍之助は三下の真ん前に来ると、勢いよく手にした箱を差し出した。
「これ受け取ってほしいっス! 俺の作ったチョコレートスフレっス!!」
 勢いよく差し出されたものだから、三下は反射的に箱を受け取っていた。が、勢いに気押されて言葉が出てこない様子。
 龍之助はその様子を勘違いしたのか、ポケットから小さな箱を取り出して、スフレの箱の上に載せた。
「あ……スフレ嫌いっスか? 普通のチョコも用意してきたんスけど……一応」
「あの……ありがとうございます」
 戸惑いながらも、どうにか礼を言う三下。何故か自然発生的に、拍手が起こっていた。
「え、どうも……どうもっス」
 やや照れながら、ぺこぺこと頭を下げる龍之助。その顔は、とても嬉しそうであった。

●頑張れ三下くん【11A】
「感動的な光景を見せてもらった後ぢゃが、実はまだチョコはあっての」
 嬉璃の言葉の後、フェイリーがさらに1歩前に進み出た。
「実は皆が来る前ぢゃったか、とても可愛らしい娘がここを訪れての。この箱を三下にと言って、帰っていったのぢゃ」
 フェイリーが三下の方に歩いてゆき、件の箱を手渡した。
「お主らも見たぢゃろ?」
 と、悠也と桐伯に話を振る嬉璃。
「ええ。何でも道端で見初めたなどと言ってましたか。三下君もなかなかすみにおけませんね」
 桐伯が笑みを浮かべて三下に説明する。
「ほんと、あんなに可愛らしい娘は、俺もそうそう見ないですよ。いやあ、本当にうらやましい。不運続きだった分、幸運がきたのかもしれませんね」
 悠也が笑いながらそう三下に告げる。
「可愛らしい娘、スか。もてるんスね、三下さん」
 龍之助が寂し気につぶやいた。三下が箱を開けると、中には一口大の丸いチョコがぎっしりと詰まっていた。ほんのりと、アルコールのいい香りがする。
「先程の口直しに、食べてみたらどうぢゃ?」
「あ、はい。じゃあ1つ」
 嬉璃に促され、素直にチョコを1つ口に入れる三下。直後、すぐ――。
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 両手で口を押さえ、地団駄を踏む三下。
「痛い痛い痛い痛いっ! 口が口が口がっ! 中のお酒がぁぁっ!!」
 どうもこのチョコ、ウィスキーボンボンのようで、ちと三下の口にはきつかったらしい。
「三下っ! 他の奴を食べると、ましになるかもしれんぞっ」
 嬉璃がそう言うと、三下は慌てて別のチョコを口に放り込んだ。が。
「あぁぁぁぁぁっ! 今度は身体がかっかしてきましたぁっ!!」
 残念ながら、今度のもきつかったみたいだ。
「三下さんっ、大丈夫っスか!? もうそれ食べちゃダメっスよ! 外に出て、身体冷やしましょ!」
 龍之助が、三下の腕をつかんで外に連れ出そうとした。ゆゆがそんな三下の後姿を、じーっと見つめていた。

●あるバレンタインの形【12A】
 玄関の扉を開けて、三下を連れ出した龍之助。だが、その瞬間信じられないことが起こった。
 大勢の鳩たちが、どこからともなく飛んできたのである――三下たち目掛けて。
「うわぁっ!? 危ないっ、三下さんっ!!」
 咄嗟に鳩たちから庇おうとする龍之助。しかし、三下の反応は違っていた。
「わっ! わっ! わっ! 何ですかっ! 皆さん、僕にチョコをっ!? こんなに大勢の女の人がっ?」
 三下が意味不明なことを口走った。それを聞き、何故かゆゆがこくこくと満足そうに頷いていた。
「ふーむ……前と違って、本当に幻が見え始めたようぢゃな。おかしいのお、そんな効果はないはずぢゃが……」
 ぶつぶつと何やら独り言をつぶやく嬉璃。それからこう付け加えた。
「ともかく、鳩が入ってこぬよう扉を閉めるのぢゃ」
 それを聞き、扉に一番近かった深雪が一気に扉を閉めた。
「どうしたんでしょうね」
 じっと嬉璃を見つめ、撫子が言う。嬉璃は全く撫子と視線を合わせようとしなかった。
「まあ三下さんは鳩たちの相手に忙しいようですから、皆でお茶でもしませんか? 実はチョコレートケーキにローズティーも用意してあるんですよ」
 悠也が皆にそう提案をした。悪くはない話である。
「あら、あたしもちょっとチョコを持ってきてたんだけど。ついでだし、皆で食べる? 有名店の期間限定のあれだから、男性陣に食べさせるのは惜しいんだけど」
 くすりと微笑むシュライン。すると、深雪が手に提げた紙袋を少し上げて言った。
「あの。私、チョコフォンデュの用意をしてきていたんで……よかったら、皆さんで食べませんか?」
 紙袋の中には、果物や小さく角切にして洋酒に軽く浸したバゲットなど、フォンデュのための一式を用意していたのだ。
「美味しそうですね。でも……いいんですか、あれ?」
 遮那が玄関の方を見て、誰ともなく尋ねた。
「気付けば、そのうち来るぢゃろ。ほれ、中に入って食べるのぢゃ」
 とことこと管理人室へ入ってゆく嬉璃。他の皆もそれに続いてゆく。
「あんまり参考にならなかったかなあ……やっぱ今年も普通ね」
 部屋に入る瞬間、シュラインがぼそりとつぶやいた。
 全員が部屋に入ってからも、玄関の方からは三下と龍之助の声が聞こえてきていた。
「並んで! 並んで落ち着いてくださいっ!!」
「鳩めぇっ! 三下さんには指一本触れさせないっスよぉっ!!」
 世の中に、バレンタインの形は色々とあれど、三下の場合はこうなってしまう運命のようで。
 しかしこれもまた、1つのバレンタインの形である――。

【チョコと謀略と三下と 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや)
           / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
     / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当) 】
【 0218 / 湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)
                   / 男 / 17 / 高校生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0428 / 鈴代・ゆゆ(すずしろ・ゆゆ)
               / 女 / 女子高生? / 鈴蘭の精 】
【 0506 / 奉丈・遮那(ほうじょう・しゃな)
                   / 男 / 17 / 占い師 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ゲームノベル あやかし荘奇譚』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。今回はマイナスの場面番号も存在していますので、ご注意を。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました。あるバレンタインの形をお届けいたします。本当はバレンタイン当日にお届けしたかったんですが、都合により遅くなってしまいました。少し残念です。
・ともあれ、バレンタインのお話ですから、あれこれ説明する野暮は今回は止めておきましょう。あ、フェイリーをご存知ない方は、同じくあやかし荘奇譚のゲームノベル、『メイドさんを見たかもしんない』をご覧いただければ幸いです。こちらにNPCとして登場しておりますので。
・奉丈遮那さん、通常の依頼の形では初めましてですね。恵美のチョコ、念願通り食べることが出来ました。まあ、その後の殺人チョコはご愛嬌ということで。あと、OMCイラスト参考にさせていただきました。
・宣伝になりますが、コミネット・eパブリッシングにおいて『温泉へようこそ☆ ―ソーラーメイド さなえさん―』という高原の新作の購入受付が開始されております。もし興味があるという方は、チェックしていただければ幸いです。締切は21日いっぱいとなっておりますので、もしご購入をお考えの方はどうぞご注意を。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。