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■日頃の感謝の気持ちを込めて■

龍牙 凌
【1207】【淡兎・エディヒソイ】【高校生】
【データ修復中】
日頃の感謝の気持ちを込めて


 管理人の因幡・恵美に台所の使い方を熱心に聞きながら零は助っ人がやってくるのを待っていた。三下は台所の見えるカウンターに大人しく座っている。
「こんにちはー。」
 シュライン・エマが大きな袋を持って台所へと入ってくる。背後に2人の青年がついて来た。見覚えのない人物に、零がきょとんとする。
「えーと……?」
「途中で会ったの。彼らも料理の手伝いをしてくれるんですって。」
「ありがとうございます、よろしくお願いしますね。」
 零はぺこりとお辞儀をした。
「気にせんといて。料理ってうちの趣味やから。」
 眼鏡を掛けている銀髪の少年、淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)がぱたぱたと手を振った。
「げっ、エディーさん?!」
 三下がカエルが潰れたような声を上げる。
「何がげ、やねん。失礼な奴っちゃなー。」
 不愉快そうにエディヒソイは言うが、三下は彼が作る料理を知っていた。嫌な予感が背筋を這い登ってくる。
「あの、あの……。」
「三下さん、一度引き受けたんですから、逃げませんよね?」
 同じく銀髪でにっこりと微笑んでいる五降臨・雹(ごこうりん・ひょう)が、殺気を放って三下に詰め寄ってくる。
「ひーーー!!」
 三下は恐怖のあまり自ら椅子に縛り付けられた形になった。
「私は料理には縁がないんですけど……何でも屋でこんな依頼を受けることがあるかもしれませんからね。その修行として。」
 殺気を潜め、雹は零に優しく笑いかける。
「本当にありがとうございます。優しい人たちが一杯いるんですね。」
 零は思わず手を組んで空を見上げてしまう。
「全部材料は買ってきたから、早速作り始めましょうか。あ、三下くん、はい領収書。」
「へ?」
「ありがと、助かるわ。」
 シュラインに差し出されたものを思わず受け取ってしまった三下は書いてある値段に目を丸くした。
「あ、あの、これって……。」
「じゃあ、零ちゃん、作ろっか。」
 あっさり無視され、三下は料理が出来るまで、領収書と真剣に睨めっこする羽目になった。
「頑張ってくださいね。」
 器具の場所の説明を終え、恵美は自分の仕事(=掃除)へと戻って行った。



 持参したエプロンを付け、戦闘態勢(?)を整えたシュラインは同じ格好をしている零にレシピを示した。
「疲れが取れる料理は多々あるけれど、簡単で身体の暖まる物を2品選んでみたわ。きのこ色々タラコ炒めと粕汁。どうかしら?」
「いいと思います!」
 零は神妙な顔でシュラインの説明を聞いている。家庭料理を得意としているシュラインはよく草間興信所で料理を作ってくれるので、彼女の言葉は絶対だ。
「きのこ色々タラコ炒めは名前の通り色々なきのこと、ほぐしたタラコを一緒に炒めるだけ。タラコ自体に塩分があるから調味料は無し。ミネラルたっぷりで疲れも取れてお酒にも合うから武彦さんには良いと思うわよ。」
「そうですね。」
「簡単だから大丈夫よ。早速作ってみましょうか。」
「はい!」
 零は包丁を持って、まな板へと向かい合う。きのこと睨みあった。
「それでは、私が粕汁を作りますよ。疲れが取れるようなものがいいんですよね。」
 雹はシュラインが買ってきた袋をがさがさと探って目当てのものを取り出す。
「うちは簡単に肉焼くだけのステーキがいいと思うで。ソースはうちが作るさかい、零さんは後で肉焼いてや。」
「あ、はい。」
 エディヒソイは手馴れた様子で包丁を手にし、それぞれ自分の料理に取り掛かった。
 シュラインに付き添われた零は何だか緊張してしまって、上手く材料を切ることが出来ない。
「零ちゃん、変に気張らずにいつも通りでいいのよ? 落ち着いて。」
「はい!」
「ほら、力が入ってる。」
 微かに震えながら、零は慎重にきのこを切っていく。途中、力が入りすぎて、まな板との接触音がひどく響いてしまう。
「材料や器具、作業には愛情を込めてね。ほら、こう、優しく。」
「は、はい!」
 言いながら、零は3つ目のまな板をきのこと共に真っ二つに切ってしまっていた。
「ど、どうしましょう、シュラインさん。私、才能がないんでしょうか……。」
「そんなことないわ。掃除の時と同じだと思ってやれば大丈夫よ。ほら肩の力を抜いて。ね?」
「はい……。」
 掃除に関してはエキスパートである零の表情は晴れない。シュラインは零の頭をぽむぽむと撫でてさらに付け加えた。
「武彦さんは好き嫌いのない人だし、零ちゃんが一生懸命作ったってことが一番のご馳走になるから。ね、楽しんで作りましょ。」
「はい。頑張ります。」
 包丁を持ち直し、零は再び真剣にきのこを切り出した。
 なんとか全種類のきのこを切り終わり、タラコも上手く解すことが出来た。
「次は炒めに入るわよ。フライパンに火をかけてちょうだい。」
「はい!」
「フライパンが温まったら油を引くのよ。」
「は、はい。」
 手元が狂って、零は油を少し火の中へ落としてしまった。ぼわっと大きく燃え盛る炎に、零とシュラインは悲鳴を上げて飛び退いた。
「……あ、危なかったわね。」
「は……はい。」
「落ち着いて、ゆっくり的確にやりましょうね?」
 零は促されるまま、大きく深呼吸した。



 雹は粕汁を作るために、沸騰させたお湯に塩鮭のあらを入れて取り出し、再び新しくお湯を沸かした。再びあらを入れると、ふむと考え込む。
「疲れを取るということですから、とりあえず元気の出そうなものを適当に材料として入れちゃえばいいですよね。」
 そう言いながら雹は、朝鮮人参、生卵、ニンニク、クロレラ、モロヘイヤ、ロイヤルゼリーと思いつく限り買ってきた元気の出るものを、ぽいぽいとお湯の中に放り込んでいく。
「スッポンの血もいいらしいですね。」
 取り出してお湯に入れる前にふとその赤い液体を見てしまい、雹は何か形容しがたい殺気が生まれた。血を見ると、意味もなく好戦的な気分になる。
 カウンター越しに料理風景を見ていた三下がそれを敏感に察して真っ青になった。思わず腰を半分浮かせている。
「三下さん?」
 気付いた雹がにっこりと笑いかけると、三下は息を詰めてしまう。そのままでは酸欠になって失神してしまうのではないかと思われた。
 逃げ出さない限り、三下のことはどうでもいい雹はそれを見届けるとすぐに自分の作業に戻る。
「さて、そろそろ酒粕を入れましょうかね。」
 雹は面倒だったので、濾さずに酒粕を入れてしまう。中でなかなか溶けてくれないので、いらいらと荒っぽく掻き混ぜた。
 白くなるはずの粕汁は、入れたものによって、あり得ない色へと変色を遂げていた。緑と黄色と赤が不協和音を奏でている。匂いはおかしすぎて、雹の鼻はすでに利いていなかった。



 一方、エディヒソイは嬉々としてステーキにかけるソースを作っていた。フライパンでニンニクを炒めつつ、買ってきた調味料と、近くにあった調味料とを、手際よくどばどばと入れる。
 ちょうどきのこを炒め始めていた零は、その様子を尊敬の眼差しで見ていた。調味料を優雅に操る姿は、料理に慣れているように零の目には映ったのだ。逆にどんな調味料が使われたのかしっかり見ていた三下は青褪め、恐怖に慄いている。味見をする前から、すでに胃が痛くなってしまっていた。
「お〜いい匂いやなー。これ絶対美味いで!」
 エディヒソイの鼻もおかしくなっているらしい。元々なのか、雹の料理によるものなのかは判別付かなかったが、三下にはとても美味しそうな匂いには思えなかった。
 続いて、ソースのベースに移ったエディヒソイは、生クリームとジュレを混ぜ始めた。その中に、何故か小麦粉と卵を入れる。電子レンジでバターを溶かし、それも混ぜ加えた。ソースというより、ケーキでも作り出しそうな中身だ。
 ラストにその辺にあった怪しげな色の液体を入れて、鍋を持ち上げる。
「うおっ、なんか知らんが鍋底が溶けよった! なんでやろ。弱っとったんかな〜。」
 エディヒソイは気楽にそう言うと、新しい鍋に入れ替えた。それをオーブンの中へと放り込む。
「よっしゃ、後は待つだけや。」
 ステーキも焼かないといけないが、それは零がしてくれるだろうと思いながら振り返ると、零はきのこの炒めものに必死だったので、仕方なく肉もエディヒソイが焼くことにした。
「赤ワインも振ったろ。美味いで〜。」
 出来るなら、本当にただ焼くだけにしてくれと、三下は願わずにはいられなかった。



 悪戦苦闘すること3時間弱、ようやく全ての火が消え、皿の並べる音だけが聞こえる。
「出来ました!」
 台所に響き渡った零の明るい声が、三下に恐怖の時間が到来した合図であった。
 きのこ色々タラコ炒めは、シュラインが一緒に作っていたため、見た目も匂いも美味しそうだ。まな板の破片とかが入っていないかを心配するくらいか。
 だが、雹が手がけた粕汁は、もはや闇鍋と同じ雰囲気を醸し出しており、匂いも色もえげつないことになっている。エディヒソイが作ったステーキは、肉は普通そうに見えるが、ソースはあり得ないこげ茶色で、しかも、まるでマグマの様に沸騰していた。
 目の前に並べられた料理に、三下は箸を持ったままぶるぶると震え出した。



 以前は戦闘用の改造人間であったが、今ではあやかし壮の無償補修員である鳴神・時雨(なるかも・しぐれ)はあやかし壮内を移動中だった。三下が常々変なものを連れて来るので、壮のいろいろと傷んでいるところを修理するのが役目だ。
「あ、鳴神さん。」
 管理人の恵美に声を掛けられ、時雨はくるりと彼女を振り返った。
「今日はどうするんですか?」
「晴れている内に屋根の修理を済ませてしまおうと思って。」
「お願いしますね。雨漏りしたら大変ですし。」
 恵美に頼まれると感情なんてないくせに、俄然やる気になった。時雨は心持ち足取りも軽く、廊下を歩いて行く。
「ん? ……何だこの音は?」
 耳慣れない音が聞こえてくる。時雨は不思議に思って、音源である台所を覗いた。
 そのまま目を丸くして行動が止まってしまう。台所の惨状に勝手に眼球の複合センサーが被害を解析し始める。
 鍋大破。一体どんな液体を使ったのか、鍋底が溶解している。
 まな板3枚切断。真ん中で真っ二つに割れている。一体どんな力なのか。
 包丁四散。誰か暴れまわったのだろうか。変質者が侵入しているなら捕獲しなければ。
 オーブン轟沈。煙を噴いているが、中に何か入っているのだろうか。
 電子レンジは「さよなら」を連呼。一体何に使われたのか。
 これらを全て修理するとなると……。
「最悪、床板まで張り替えなければならないな。」
 冷静に判断して、時雨はそんな結論を導き出した。
「な、鳴神さ〜ん。」
 時雨を見つけて情けない声を上げたのは、あやかし壮の住人で、時雨の仕事を増やしはしても決して減らすことはしない三下だ。時雨はまた彼関連かと思いながらも、三下の目の前にある物体が気になってそれどころではなかった。
「……その皿の上に乗っているタタリ神みたいなのはなんだ?」
 三下の前に置かれているものは、恵美にくっついているテレビ好きの座敷わらしの嬉璃に最近見せられた番組に出てきた、茶色や赤や紫が混じったどろどろしたものにそっくりだった。
「た、食べ物ですぅ〜〜。」
「食べ物?」
 センサーは解析不能と叫んでいる。時雨は認識不能に困惑した。
 三下は流石に泣きながらエディヒソイに抗議する。
「エディーさん、こんなの食べられませんよぉ!!」
「ええから食い!! 自信作やねんで!」
 エディヒソイはマグマのようなソースのかかったステーキを皿ごと三下の口に押し込んだ。皿は食べられないものだと認識している時雨は何事かと驚く。
「うぐえっ!!!」
 味そのものも恐ろしいものだったが、それ以上に口に入るわけのない皿の存在が三下の目を回させた。ある意味、味わわずに気絶したことは幸せだったのかもしれない。
 零れたソースが湯気を立てて床を溶かしている。三下の口内がどんな有様になっているのかが偲ばれた。
「あれ?」
 エディヒソイはきょとんと失神した三下を突付いた。
 三下が戦線離脱したことにより、全員の視線は時雨に向かった。ぎょっとする間もなく、さりげなくカウンターに座らされている。
「味見しますか?」
「い、いや……。」
 零が皿を手に取って、粕汁をよそおうとしてくれる。心遣いはありがたいが、センサーの表示が一斉に危険、離脱せよ!で一杯になっていた。
 しかし、いたいけな少女がうるうると見上げてくる瞳には逆らえない。
 見かけは冷静だが、時雨は滝汗をかいていた。これが恐怖というものだろうかと真剣に悩む。4人8対の瞳に促され、時雨は恐る恐るそれを口にした。
 脳に味覚が伝達される前に、頭から煙噴いて倒れる。体内の機能が全て緊急停止してしまった。
「おかしいですね。元気になるものを一杯入れたのに。」
 製作者である雹は心底不思議そうに首を傾げている。
 零の作ったきのこ炒めは味見してもらっていないのだが、ここまで他の2人の破壊力が大きいと、それだけで意気消沈してしまった。
「……やっぱりまだ草間さんに食べさせるには早いでしょうか。もっと上手くなってからの方がいいと思います?」
 撃沈した2人の姿に、零は眉を曇らせた。シュラインはただ一人、頭を抱えながら、この有様を傍観していたが、それを聞いて深い溜息をつく。
「きのこ色々タラコ炒めは美味しくできると思うわ。……でもそうね。どうしてもと言うなら、まな板を破壊せずにきのこが全部切れるようになるまで頑張ってもいいと思うわよ。」
 シュラインは疲れたようにひどい状態の台所を見回した。



 *END*


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1323 / 鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ) / 男 / 32歳 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【1207 / 淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい) / 男 / 17歳 / 高校生】
【1240 / 五降臨・雹(ごこうりん・ひょう) / 男 / 21歳 / 何でも屋】
(受注順で並んでいます。)

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、龍牙 凌です。
ご参加、どうもありがとうございました。
鳴神・時雨さまは初めましてですね。
プレイングが重なる部分があり、楽に書かせていただいたと思います。
如何でしたか? 満足いただけたでしょうか?
それでは、またの機会にお会いしましょう。