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■If world■

佳楽季生
【1323】【鳴神・時雨】【あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【データ修復中】
If world

所謂、草木も眠る丑三つ時と言う時間帯だ。
何やら耳に届く音で目を覚ました鳴神時雨は布団を払い退けて起き上がった。
「…何だ?こんな真夜中に話し声が……泥棒か?」
呟いてみたものの、泥棒にしては随分堂々としたものだ。こんなに騒々しくてはアッサリ御用になってしまう。
「女の声か……」
時雨は念の為と言うか殆ど習慣のように変身し、廊下へ出た。
薄暗く冷える廊下には3人の人影。
「如何した?三下か、こんな時間に想像しい……」
1人はよれよれの半纏を着込み背中を丸めた、いつも以上に冴えない様子の三下忠雄。
その横に、薄い洋服にショールを掛けた少女と、赤い靴を履いて踊る少女。
時雨はそっと溜息をついた。
「女の子を連れ込むのは構わんがもう少し静かにするんだな。他の住人に迷惑だ」
「え、あ、あの、違いますぅ」
どこからどう見ても風采の上がらない三下が女の子を2人も連れ込むとはどうにも想像し難く、狼狽した様子から何か困った事になっているとはすぐに分かるのだが、こんな真夜中に安眠を妨害された腹いせくらいは少々しておきたい。
「……そうか三下、恋人が居ないと思ったら童女趣味の上にコスプレが好きなのか」
破廉恥な事だ……と含みをもった言い方に、三下は涙を流さんばかりの勢いで時雨腕に縋り付いてきた。
「違うんですよ時雨さぁぁんっ!!」
冗談の通じない男だ。
時雨は三下を軽く突き放し、踊る赤い靴の少女と自分の手に触れてくる少女を交互に見た。
「おじさん、マッチは要りませんか?」
「マッチは要りませんか〜ぁ〜?ゆ、き、の、中でもよく付く〜マッチですよぉ〜」
静かに語りかける少女と、踊っている所為で妙な節を付けて言う少女。
「何?マッチを買え……?」
言いながら時雨はヒートアームに変えた手を少女の前に突き出す。
「…残念ながら俺には必要ない。この様に指先からプラズマジェットが出るからな」
時雨の指先から出たプラズマトーチに少女達は揃って目を丸くした。
ライターの存在さえ知らない少女達には魔法である。
「はーっ!忙しい忙しい忙しいっ!」
そこへ、ピョンピョンと小さな影が跳ねて近付いてきた。
「な、何だ?」
白い兎だ。
しかも赤いチョッキを着ている。
となれば、手に持っているべきは金だか銀だかの懐中時計の筈なのだが……。
「はーっ!忙しい忙しい忙しい忙しいったら忙しい!マッチマッチマッチ!マッチは要らんかね!マッチマッチー!」
「おいコラ」
売る気があるんだか、ないんだか、自分達の前を走り抜けようとする兎の首を、時雨は掴み上げた。
「ギャッ!」
心臓が止まりそうな悲鳴を上げる白兎。
見開いた赤い目を、時雨は覗き込んだ。
「ヒィィ!野蛮人!」
「失礼な奴だな」
時雨はムッとした。
その横で、薄い洋服の少女は三下にマッチを勧め、赤い靴の少女は踊り続けている。
「こっちの嬢ちゃんは正真正銘のマッチ売りなんだろう。でも何だって赤い靴の嬢ちゃんと白兎がマッチを売っている?」
出てくる話が違うだろう。
「悪い魔女が〜い、る、か、ら、なのよ〜っ!マッチは要りませんか〜」
「要らんと言っているだろう」
商売熱心な赤い靴の少女に一瞥をくれて、時雨はふと首を傾げた。
「悪い魔女?」
「キーッ!忙しいんだから放して貰えないかね、君。そうだよ、魔女が私達の世界を牛耳ってるんだよ、いい加減放し給え」
随分偉そうな白兎だ。
「何だ、その世界を牛耳る魔女と言うのは」
「私達童話の世界の悪い魔女やオオカミ達が一致団結して私達を奴隷の様に使い始めたんです。彼等は贅沢三昧な生活をする為に、私達に出稼ぎをしろと……、だから、どうかマッチを買って下さい」
そう言って、マッチ売りの少女がマッチの束を差し出した。
見ると、三下は5束ほど買わされている。
マッチ売りの少女と言えば、誰にもマッチを買って貰えず凍死すると言う悲劇の筈だが、この少女は随分しっかりしたものだ。マッチの押し売り少女とでも言うべきだろうか。
「だから要らんと言っているだろう」
しかし、魔女やオオカミ達が童話世界を牛耳ったとはなかなか喜劇だ。
白雪姫やシンデレラ、白馬の王子達もが出稼ぎをしているのかと思うと、思わず笑ってしまう。
「キーッ!失礼な野蛮人め!さっさと放さないか!マッチを買う気があるのか、ないのか!」
「ない」
じたばた暴れる白兎を放してやると、また廊下を走ってくる影がある。
今度は3体。
「マッチは要らないかブー」
「雪の中でもよく燃えるマッチだフー」
「マッチは要らないかウー」
時雨はうんざりと溜息を付いた。
縞のシャツにオーバーオールを着込んだ3匹の子豚たちが、それぞれに手にカゴを持っている。
これはもう笑い事ではない。
この調子で童話世界の住人達がこちらに出稼ぎに来てはたまったものではない。
「仕方がないな。おい、三下」
「ふふぅ〜暖かいな〜………」
瞬間、時雨は頭を抱えた。
三下が売りつけられたマッチを擦って灯した火に手を翳している。
「馬鹿、火事になったらどうする」
勿論その場合は自分が補修工事をする訳なのだが、時雨は慌てて三下の手からマッチを奪い取った。
宛にも頼りにもならない男だ。その上結構危険だ。
「暢気に暖をとるんじゃない、行くぞ」
「へ?い、行くってどこへですか?」
「決まってるだろう、童話の世界だ。こいつ等にこっちの世界に押し掛けて来られたんじゃたまらないからな」
時雨はぞろぞろと廊下を歩き、マッチの訪問販売をしようとする豚だの白兎だのマッチ売りの少女だの赤い靴の少女だのに言った。
「俺とコイツで貴様達の世界を救ってやろう」
「僕たちの世界は滅茶苦茶だブー」
「お母さんもマッチを売ってるんだフー」
「誰かマッチは要らないかウー」
オオカミに食べられるのと、マッチの行商。どちらがマシかと言われたら、この豚たちはどちらを選ぶのだろう。
そんな事を思いつつ、時雨は尋ねた。
「貴様達、一体何処からこの世界へ入って来たんだ?」
「マッチを買うなら〜お、し、え、て、あ、げ、る〜」
クルクルと周りながら言う赤い靴の少女。
「貴様には教えて貰わん」
時雨は憮然とした表情で逃げ出そうとした白兎を掴み上げた。
「キーッ!首を掴むなこの野蛮人め!階段の下の廊下の端の向こうの扉の横の廊下から真っ直ぐ行った突き当たりの右側の妙ちきりんな扉だっ!どうでも良いからマッチを買え!」
つまり何処なんだ。
半ば以上うんざりと、時雨は白兎の言葉を頭の中で繰り返し、記憶してあるあやかし荘の見取り図と照らし合わせた。
そして。
「ああ……」
ピコーンとでも音を立てるように、頭の中に白兎の言う扉が浮かび上がった。
管理人である因幡恵美が、決して開けてはいけないと言った(と言うか開けようにも開かないらしい)あかずの扉だ。
「よし、行くぞ」
時雨は右手に白兎、左手に三下を掴んで歩き出した。


扉は開いていた。
そして、童話の世界からやって来たらしいドレスを着た女や白いタイツを穿いた王子やらが廊下をうろうろと歩き回っていた。
「マッチは要りませんかー」
「林檎は要らんかねー」
「安くしとくよー花は要りませんかー」
「お菓子は要りませんかー」
あちらこちらから起こる行商の声。
扉の向こうには、こちらに来ようとしているらしい人の群が溢れていた。
「これは不味い、早く手を打たなくては」
呟いて、時雨は取り敢えず右手の白兎を扉の向こうに放り込んだ。
「三下、その辺の奴等を全員集めて扉の向こうに行かせるんだ」
アタフタと動き出した三下を確認して、時雨は扉の内部に入って行く。
「この野蛮人め!私を投げた罰だ!マッチを買え!」
キィキィと怒りながら、白兎が跳ねて来る。
「うるさい。俺には必要ないと言っている」
時雨は指先から出したプラズマジェットを白兎に近付けた。毛を燃やされては大変と、慌てて身を引いた白兎に構わず、時雨はざっと辺りを見回す。
室内とは思えない広い世界がそこには広がっていた。
雪の降る古い町並み。遠くには山があり、その中腹に、物語にありがちな大きな城がある。
あかずの扉が何かしらの影響を受けてこの童話の世界に繋がったのか……いや、恐らく魔女やオオカミ達が登場人物達に出稼ぎをさせる為に繋げたのだろう。
「おい貴様、魔女やオオカミ達は何処だ?」
時雨はまだ足元の白兎に尋ねた。しかし白兎はカンカンに怒っているらしく、返事をしない。
「貴様達の世界を救ってやろうと言っているんだ。早く教えろ」
白兎を掴み上げようと手を伸ばした時雨は、白兎の顔色が変わるのに気付いた。
兎の顔色が変わるのか、と言うと何だか奇妙な表現だが、確かに青ざめたように、時雨の目には映った。
「ヒィィィィッ!!きっ来たっ!奴らだ!逃げろーっ!!」
白兎が慌てて駆け出す。それにつられるように、辺りをうろついていた人々も悲鳴を上げて逃げ出した。
時雨は顔を上げる。
何やら奇妙な生体反応があった。
「イーッ!」
「何だ?」
逃げまどう人々の間から、薄く細い影が姿を現した。一人ではない、何人も……、集団だ。
「イーッ!」
「イーッ!」
「トランプ?」
時雨は一瞬我が目を疑ったが、ここが童話の世界なのだと思い直して自分を取り囲むトランプの集団に目をやった。
黒い全身タイツの様な服を着た人が、巨大なトランプの紙に挟まっている。
と言うか、タイツとトランプが彼等の衣服なのだろう。
イーイーと叫びながら垣根の様に時雨を囲み、手に持った槍で狙う。
「我らが魔女とオオカミを邪魔する不届き者め!」
「何だ、喋れるのか」
イーと言うのは彼等流のかけ声らしい。
「成敗してくれる!」
正面に立ったハートの3の言葉を合図に、トランプ達が襲いかかって来た。
自分一人に向けられる槍と敵意。
時雨はあやかし荘の補修作業にしか使い道のなかった能力を一気に爆発させた。
「イーッ!!」
ブレイカーアームに叩きのめされたスペード、ヒートアームの放ったクローに伏したクラブ………。
本来の使い方をされた能力は、時雨に素敵な快感を味あわせてくれた。
「イーッ!」
あっけないほどアッサリと、むしろ物足りない程に最後のダイヤが倒れると、砂煙の向こうに多くの魔女とオオカミ達が立っているのを、時雨は確認した。
「おのれ、人間の分際で生意気な………」
そう言ったのは、中でも最も歳を取っているらしい魔女だ。
「ただの人間ではない。俺は強化改造人間だ。もっともそれを言うなら貴様とて元はただの人間じゃないか」
「ごもっとも!」
と笑ったのは、中で一番いやしそうな顔をしたオオカミ。と言っても彼には強化改造人間の意味が分かっていない。
「お黙り!」
口惜しそうに魔女が言い、細いシワシワの指で時雨を指した。
「誰かアイツの首をお切り!」
しかし、その言葉に反応した者はいなかった。
それもその筈、彼等の兵士であるトランプの集団は既に時雨に倒されているのだ。
「首をお切りったら首をお切りっ!」
魔女が喚くと、オオカミが舌なめずりをする。
「死体は俺様が骨まで残らず喰ってやろう」
「残念ながら喰えるような体じゃない」
時雨は肩を竦めた。
「どうでも良いから首をお切り!」
「お前がお切りよ、あたしゃ面倒だよ」
別の魔女が欠伸をかみ殺す。
「いやいや、首を切っちゃイケナイよ。生の躍り食いが一番さ。どれ、ワシが……」
「だから喰う処などないと言っている」
時雨は飛びかかってきたオオカミをヒートアームでアッサリと倒した。
「な、なんじゃアレは!?」
魔女もオオカミも所詮童話の登場人物。
改造人間の意味も分からなければ、時雨のアタッチメントアームなど神業だ。
「ヒッヒィィ」
魔女が慌てて身を引いた。
「あ、悪魔じゃ!」
童話世界を牛耳る悪者に悪魔呼ばわりされるのは甚だ心外だが、相手がそれで降参してくれるのならば話しは早い。
「命だけは助けてやろう、その変わり、それぞれ自分の話の中に戻って役割を果たせ。それから、この世界と俺達の世界を繋ぐ扉を閉ざせ」
まるで悪役の科白だが、魔女もオオカミも詰めが甘く根性が足りない。
ヒートアームで作り出したクローを見せつけると、ガクガク震えるように首を縦に振りスタコラ逃げ出してしまった。
何とも可愛い悪者達だ。


「あ、時雨さぁぁん!!」
扉まで戻ると、三下はこちらに戻って来ようとする人と、まだ向こうに行こうとする人、そして魔女達の撤退を知って喜ぶ人の中でもみくちゃにされていた。
「早く向こうに戻るんだ、もうすぐこの世界との繋ぎ目が消えるぞ」
「え?あ、ままま待って下さいよぉぉっ!」
さっさと廊下に出た時雨を追って、三下は跳ねるように扉を越えた。
「おじさん、魔女達をやっつけたの?」
そこにはマッチ売りの少女が立っていた。
「なんだ貴様、まだこっちにいたのか。早くあっちに戻れ」
と言ったものの、ふと時雨は考える。
マッチ売りの少女は、寒い雪の中で凍えて死んでしまうのだ。
童話の世界に戻れと言うのは、死にに行けと言っているのと同じ事だ。
こちらの世界に留めた方が良いのではないか……。
いや、と時雨はそっと首を振った。
物語を壊す訳にはいかない。
「おじさん、魔女達をやっつけたの?」
少女が再び尋ね、
「ああ、」
と時雨は頷いた。
マッチ売りの少女の話しに魔女は関係ないのだが。
「そう」
少女は安心したように頷いた。
「それで安心して私はマッチ売りに専念出来るわ」
言って、少女は時雨にマッチの束を差し出した。
「マッチは要りませんか?」
時雨は笑った。
商売熱心な少女だ。
「いや……、金がないからな」
要らないが、例え欲しくても買えないのだ。
「なら、これはあげます。私はこれしか持っていないから……、お礼に。必要なくても、持ってるだけなら構わないでしょう?」
少女は時雨の手にマッチを握らせ、さよなら、と扉を閉めた。
パタンと閉じた扉に向かい、時雨は呟く。
「ありがとう」
そして、手の中のマッチをそっと握りしめた。


end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】 
  1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)
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■         ライター通信          ■
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出物腫れ物処構わず。
口内炎と物貰いに苦しんでいる佳楽です。
初めまして。
この度はご利用有り難う御座いました。
無礼な白兎を出してしまって、申し訳ありません。
また何時かお目にかかれたら幸いです。