コミュニティトップへ



■殺虫衝動 『孵化』■

モロクっち
【1388】【海原・みその】【深淵の巫女】
 三下ほどひどい仕打ちを受けているわけでもないが――
 彼は頭痛持ちではなかった。医者によれば、ストレスによるものらしい。
 月刊アトラス編集部所属、御国将40歳は最近しつこい頭痛に悩まされている。忘れられるのは寝ているとき、趣味で帆船模型を組み立てているとき、好物の寿司を食っているときだけだ。
 いや、もしかすると、毎日のように瀬名雫の運営するBBS群の書き込みをチェックしているせいかもしれない。これは別に将の趣味ではない。雫のBBSの書き込みをまとめるのが、将の担当している仕事だった。
 この担当を外してもらえたら、頭痛の原因がストレスなのかはたまた電磁波によるものなのかはっきりするところだろう。
 しかし――
「ひぃぃぃいいッ! わわ、わかりましたぁああッ!」
 ……麗香に早退届を出そうとした三下は、どうやら今日中の取材を命じられたようだ。
 そんな様子を目の当たりにしてしまっては……。
 将は溜息をついてディスプレイに目を戻した。
 カサ。
 ――モニタ画面を、うじゃうじゃと脚を持ったムカデのような蟲が横切った――ように見えた。

 ……ムシを、見た。

 その書き込みを、将はBBSで何度も目にしていた。
 まさか自分がその書き込みをすることになろうとは。

 そしてその書き込みをした翌日、将は初めて無断欠勤をした。たとえ1分の遅刻であろうとも許さない麗香であるから、勿論将と連絡を取ろうとしたのだが――
 将には家族がいる。だが昨夜、その家にも戻らなかったらしい。
 御国将は忽然と姿を消してしまったのだ。

 家族が警察へ捜索願を出すと同時に、碇麗香もまた探索の手を伸ばした。彼女の勘が彼女の本能に語りかけたからだ。
 この件は、ともすれば記事になるかもしれない。
 そして――今、編集部は人手が足りないのだ。御国将を失うのは、そこそこの痛手だった。麗香は「そこそこ」という部分を、いやに強調していた。
殺虫衝動『孵化』

■序■

 かさこそ。
----------------------------------------------------------
804:  :03/04/11 01:23
  おいおまえら、漏れムシを見たましたよ。
805:匿名:03/04/11 01:26
  おちけつ。日本語が崩壊してるぞ。
  どこで見たって?
806:匿名:03/04/11 01:30
  どうした?
807:匿名:03/04/11 01:38
  おーい
-----------------------------------------------------------
 かさこそ
-----------------------------------------------------------
13:  :03/4/13 0:06
  ムシ見た
14:  :03/4/13 0:08
  マジで
15:匿名:03/4/13 0:09
  詳細キボンヌ
16:  :03/4/13 0:13
  13来ないな。ムシにあぼーんされたか。
17:匿名:03/4/13 0:15
  >>16
冗談にゃきついぞ
  やめれ
-----------------------------------------------------------
かさこそ……


■消えた十数人目■

 三下ほどひどい仕打ちを受けているわけでもないが――
 彼は頭痛持ちではなかった。医者によれば、ストレスによるものらしい。
 月刊アトラス編集部所属、御国将40歳は最近しつこい頭痛に悩まされている。忘れられるのは寝ているとき、趣味で帆船模型を組み立てているとき、好物の寿司を食っているときだけだ。
 いや、もしかすると、毎日のように瀬名雫の運営するBBS群の書き込みをチェックしているせいかもしれない。これは別に将の趣味ではない。雫のBBSの書き込みをまとめるのが、将の担当している仕事だった。
 この担当を外してもらえたら、頭痛の原因がストレスなのかはたまた電磁波によるものなのかはっきりするところだろう。
 しかし――
「ひぃぃぃいいッ! わわ、わかりましたぁああッ!」
 ……麗香に早退届を出そうとした三下は、どうやら今日中の取材を命じられたようだ。
 そんな様子を目の当たりにしてしまっては……。
 将は溜息をついてディスプレイに目を戻した。
 カサ。
 ――モニタ画面を、うじゃうじゃと脚を持ったムカデのような蟲が横切った――ように見えた。

 ……ムシを、見た。

 その書き込みを、将はBBSで何度も目にしていた。
 まさか自分がその書き込みをすることになろうとは。

 そしてその書き込みをした翌日、将は初めて無断欠勤をした。たとえ1分の遅刻であろうとも許さない麗香であるから、勿論将と連絡を取ろうとしたのだが――
 将には家族がいる。だが昨夜、その家にも戻らなかったらしい。
 御国将は忽然と姿を消してしまったのだ。

 家族が警察へ捜索願を出すと同時に、碇麗香もまた探索の手を伸ばした。彼女の勘が彼女の本能に語りかけたからだ。
 この件は、ともすれば記事になるかもしれない。
 そして――今、編集部は人手が足りないのだ。御国将を失うのは、そこそこの痛手だった。麗香は「そこそこ」という部分を、いやに強調していた。


■助っ人は深淵より来たる■

「……あら。またあなた」
 呼びかけに応じてやって来たのは、風変わりな黒装束を身に纏う少女。
 海原みそのだ。彼女は以前にも麗香の依頼を受けて、それなりな情報を掴んできている。そのためか、このたびみそのと再会した麗香の反応は可もなく不可もなかった。
「本当に御国くんを捜し出してきてくれるの?」
「それはお約束できませんが」
 みそのは微笑みつつも大胆な否定をした。麗香の眉がぴくりと吊り上がる。
「……『いんたーねっと』というものが、今回の件の糸を引いているならば、食いとめねばなりません。わたくしの妹も『ねっと』を楽しんでいるようなのです。将様を見つけだすことでこのたびの件が解決するならば、お互いに都合の良いことでしょうけれど」
「打算的だこと。――まあ、いいわ」
 麗香はにこりともせずに、ぎろりと編集部のデスクのひとつを睨んだ。
 三下がデスクを舐めんばかりの体勢で原稿に挑んでいる。
「三下くん! この子に御国くんのパソコンを見せてやって頂戴」
「えええっ?! さ、さっき締切は2時間後だって言ったじゃありませんかぁ!」
「3時間後にしてあげるわ。さ、早く!」
「ま、まったくもう……」
 三下は他にもぶつくさと口の中で呟いていたが、
「よろしくお願い致します」
 微笑みながら見上げてくる無垢な少女の視線と、氷の刃のような上司の視線には勝てなかった。

「『ねっと』というのはこういうものなのですか」
 みそのはモニタを覗きこむ。その漆黒の瞳は文字や映像を正確に脳に伝えることは出来なかった。だがその代わりに――電子と電波の流れが彼女の中に入りこみ、かさこそと情報を与え続けた。彼女がいつも身を寄せている処では決して得られない、新鮮な感覚と知識だ。みそのはそれに、言い様のない喜びを感じた。
「せ、説明するのが難しいけど、そんなところだね」
 御国のパソコンを起動し、三下はブラウザの履歴を辿っていた。最も新しい履歴は、瀬名雫が運営するBBSへとふたりを導いていた。
「でも御国先輩が何の取材をしてたのかは、僕もわからないなあ」
「『ムシ』のようですわ」
 みそのは心持ち目を細め、電子と情報の流れを見守った。
 ムシという単語が何を表しているのか、みそのは知らない。だがこのパソコンはつい最近まで『ムシ』というものを追い求めていた。
「『ムシ』……? あ、あ、ひょっとして……」
 三下は頭をかきながらキーボードを操った。程なくして三下が引きずり出した情報を、みそのは0と1で構成された河の流れの如くに、するすると飲みこんでいった。
「――よい経験をさせていただきました」
 にこりと微笑んで、みそのはモニタから目を離した。三下が慌てたように忙しく眼鏡を直す。
「え、もういいの?」
「ええ。『ねっと』というものは、今回の件の根底には関係がないようです」
 そうとわかれば――つい10分前のみそのならば、この編集部から出たあとは、すぐにでも暗い深淵の底へと舞い戻っていただろう。
「しかし『ねっと』を介して、このたびの件に関わることは容易。妹の危機が去ったわけではございません。――将様にお会いしとうございます」
「その御国くんの行方が掴めていないのよ」
 いつの間にかみその(と、三下)の傍に来ていた麗香が嘆息した。
 みそのは微笑む。
 0と1は彼女に伝えた。
 御国のパソコンの壁紙は巡視船『みずほ』だ。海もあった。みそのが愛してやまない深淵へと繋がっている蒼だった。


■忘れろ■

 みそのが知る由もないことだった。
 御国は船を愛していた。みそののように海そのものに思い入れはなかったが、船は彼にとっての安らぎだった。帆船が一番好みだったが、残念ながら今の時代では実物を拝むことは難しい。だから彼は現代にある船で我慢している。とりあえず、帆を張っていなくても、あの蒼を白く切り裂いていく移動手段であれば――満足は出来ないこともない。
 黒い異形の巫女服を、潮風が弄ぶ。
 それは優しく、ときに荒々しい、御神の振舞いのようだ――
 みそのは漆黒の瞳を伏せた。
「こちらにいらっしゃいましたか、将様」
 錆びたコンテナに背を預けて、御国将はぐったりと座りこんでいた。失踪した日からずっとここでこうしているとでもいうのか? どうやら違うようだ。
「……船を見た。気晴らしに奮発してコンビニで鰻重を買って食った。そしたら、ようやく消えてくれた」
 まるで自分にでも言い聞かせているかのような口振りで、かさこそと将はみそのに語った。
「でもどうして、ここに居るってわかったんだい? 嬢ちゃん」
 汽笛がかすかに聞こえてくる。
 波がコンクリートを撫ぜている。
 ここは埠頭だ。潮が人工物をじわじわと侵食していく場所であり、船が骨を休める場所だった。そして過去に『ムシ』が現れた場所のひとつでもある。御国の行動範囲内にある現場の中で、将が行きつきそうな場所でもあった。
 みそのはネットワークという大海の中からそれらの細い流れを掴み取り、ひとつにまとめて、それに身を任せただけだ。
「わたくしは、流されてきただけにございます」
 彼女の微笑みに、将は呆然としていた。
「ここで、人が亡くなっておりますね」
 埠頭は、ネットは記憶している。ここでつい先日血生臭い事件が起きた。みその同様、将もまたその事実に流されてきただけなのかもしれない。ムシがらみの事件は日本各地で起きているようだったが、将がすぐに足を運べる距離で、海が見えるのは、この埠頭だけだった。
「――俺じゃないぞ」
「そのようですね」
「でも、犯人は捕まっちゃいない。犯人はあちこちにいて、しかも増え続けてるときたもんだ――俺もきっと、犯人なんだ」
 将は疲れと焦りと恐怖のためか、言動がすっかり混乱していた。みそのは微笑を消し、意識を集中させた。将の中の流れが不穏な動きを見せたのだ。
「う、くそ! うう! またか!」
 彼は突如そう叫び、頭を抱えてさらに小さくうずくまった。
 ぎちぎちと捻じ曲がる将の『流れ』――みそのは、眉をひそめた。
「逃げろ! こいつをもう、俺の中にしまっておけない!」
 かそこそ……
 流れが生まれた。
 それは、無から唐突に生まれた、有り得ない流れ。流れというものには常に始まりがある。即ち一滴の水であり、一陣の風だ。それを踏まえることもなく、蟲はやってきた。
 将の影が蠢いた。まるでザワザワと音を立てているかのような動きだ。
 影は、わらっとささくれた。べりべりとコンクリートのつめたい地面から剥がれて、膨らみ始める。

 蟲だ。みそのが知らない異形の生物。だが大抵の人間はみその同様その蟲を知らないにちがいない。ただ、例えるべき不快害虫を知っている――ムカデ、ヤスデ、ゲジゲジだ。
 かさこそ、
 それは脚と脚がぶつかりあいながら地面を這いずる音だった。多足の蟲は将の影そのもの。埠頭の明かりが照らしているというのに、将の下から影が消え失せていた。
「……こいつが消えてくれない……ムシだ……頭が痛い……」
 将は頭を抱えてうずくまっているばかり。
 蟲はみそのの姿をその複眼にとらえて、大口を開けた。この世の虫のあぎとではなかった。口の中にはびっしりと牙が植わっていた。卵塊を思わせる整然さだった。吐き気をもよおすほどの統一性だ。
 脚がわらわらと将の身体を撫ぜた。将がぞっとしたように身体を強張らせる。途端に何故か、蟲の身体は一回りも大きくなった。それまで冷蔵庫ほどの大きさだったが、今や蟲はセダンほどにまで膨れ上がっている。恐らくこうして、将が世間から行方をくらませた日から、蟲は成長し続けているに違いない。

 みそのの心に恐怖はなかった。この異形の蟲には流れが無さそうで、実はしっかりと在ったのだ。ごうごうと荒れ狂う時化の海の如くに、蟲の流れは激しかった。
 ああ今日も残業だこのパソコン処理遅いなムシだまた信号赤だよ朝から晩までまたネットかああ海行きたいなああの店品揃えが悪くなった編集長もまた厳しいもんだ三下よりはまとな扱いしてくれるけどムシだくそフリーズしたムシだまずいラーメン食っちまったうわ戦艦『あかつき』の壁紙だけないじゃないかムシだヤバい服に接着剤ついたムシだムシだムシだ!
「将様」
 みそのは哀しく微笑みながら、己が見つけだした流れの意味を伝えた。
「この『蟲』は将様の負の心。将様が普段、抑えつけ続けていた衝動です。何かがきっかけとなり、実体化したのでありましょう――抑えこむのではなく、受け入れるのです」
「……まさか……そんな……こいつは……」
 蟲はわらりと将の身体から離れると、じりじりとみそのに近づき始めた。この蟲は犬よりも正直だ。危害を加えない限りは、周りをうろつき、ちりちりと肌を灼く不快感を振り撒くだけに過ぎない存在なのだ。
「俺のストレスだってことか……?」

 みそのは息を吸いこむと、力とともに吐き出した。
 蟲には流れがある。みそのの手にかかれば、容易に鎮めることが出来る濁流だ。
 みそのの姿は、海に相応しいものと変化した。耳と手とは、鰭に。足は尾に。
 ――将様、どうぞ、お鎮まり下さい。
 荒れ狂う流れの中に滑りこむと、みそのは微笑みながら流れを抱いた。蟲はわずかに抵抗をした。それは自己防衛の本能が成したものに過ぎなかったのだろう。それきり抗うことはせず、蟲はみそのの腕の中で大人しくなった。蟲自身もまた、消えることを望んでいたのだ。
 ぱちん、とはじけて――大いなる流れの中に消えていった。

 かさこそと音を立てながら、ささくれた影は将の形と大きさに戻って、あるべきところに帰った。みそのの姿は、人間のものに戻っている。いやそれとも、あの黒い魚の姿は、幻にすぎなかったのだろうか。
「……頭痛が治ったな」
 安堵の表情で、将はこめかみにあてていた手を下ろした。顔色はだいぶよくなっている。
 だが――彼とみそのが目を向けると、その影はゆらりと不自然に揺らめいた。
「完全に消えたわけではないようです」
 みそのは微笑を消して、少し困った顔をした。
「病のようなものでしょう。この国に広がっているのはそのため。巧くてなづけるより、方法は……」
「ストレスだってわかったなら、いくらでも解決策は考えられるさ」
 かわりに将が微笑んだ。
「好きなことをして忘れちまえばいい」
「たまには、発散なさって下さいな。でも、人を傷つけてはなりませんよ」
「わかってるよ。……ありがとう」
 彼は立ち上がった。影は相変わらず、風に吹かれているかのように不穏な揺らぎを見せている。
「……でも、どうにもならなくなったら、また頼んでいいかい? 嬢ちゃん」
「ええ」
 そう言って微笑んだみそのは、見てしまった。退化してしまったその網膜に、影絵のように映りこんだ、小さな歪み。

 かさこそと、将の襟首をムシが這っている。

 海原みそのもまた、ムシを見た。
 だが彼女なら心配はない。
 彼女は将よりも、安らげる空間を持ち――また、海よりも深く愛することが出来る存在を持っている。
 そうだとも、だからこそ彼女は、ムシを見ても微笑み続けていられるのだ。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 モロクっちです。お待たせ致しました!

この度はゲームノベル『殺虫衝動』にご参加頂き、有難うございました。海原みその様、いつもご贔屓にしてくださり、まことに感謝感激です(日本語が……)。
 正直ゲームノベルと依頼の違いはあまりないと思われます。が、ゲームノベルの方がシリーズものには向いているとか。この『殺虫衝動』は出来ればシリーズ化したいので、ゲームノベルという形にさせていただきました。基本的に、完全個別という形式にしていきたいと思います。

 みその様は今回他PCさまの力を期待されていたようでしたが、ご覧の通り個別という形になりましたので、ひとり奮戦していただきました(笑)。人魚の姿=力の解放という捉え方をしてみましたが、いかがだったでしょうか。
 将とは仲良くなれましたので、続編が出た暁にはこの立場をどんどん利用してやって下さいませ。ライターの趣味のせいで、将はオッサンです。……華が無いですね……。

 それではまた。
 ご縁があればお会い致しましょう!