■傀儡の依頼■
東圭真喜愛 |
【1415】【海原・みあお】【小学生】 |
【データ修復中】
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『傀儡の依頼』
碧摩蓮は、今日もコレクションのカードに魅入り、整理をしたりして楽しんでいた。
客はいつも通り来ないので、気楽なものだ。
「昼寝でもしようかねぇ」
昨夜はつい、徹夜でカード集めをしてしまっていたので眠くてたまらない。
と、そこへ。
から、と扉が開いた。蓮はだるそうにそちらを振り向く。
「いらっしゃい」
立っていたのは、20代半ば頃の男性。手には一体の黒髪金瞳、白いワンピースの美しい人形を持っている。
男性は、徐に口を開いた。
「この子の『先祖』を、探してくれませんか」
「悪いんだけど、」
蓮は微妙に危険な空気をこの時既に感じ取っていた。
「ここは依頼とか受ける場所じゃないんだよねぇ。帰っておくれ」
とたん、
ごうっ、―――
人形が蓮目掛けて突風と共に飛びかかって来た。
「!」
よけられる速度ではない。
人形はがっちりと蓮の心臓部に噛みついていた。
「くっ……!?」
膝をつくと、心臓の辺りがどんどん冷たくなってくる。見上げると、男性は無表情に見下ろしていた……人形はいつの間にか、その手に舞い戻っている。
「あんた……何者だい」
「ぼくの名前は玖珂玲人(くがれいじ)。昨日の夜、気付いたらこの人形がベッドの脇にあって、それ以来ぼくから離れてくれない。しかも友達や知り合いにまでも今あなたにしたようなことを勝手にするんです。意志の疎通はもちろん出来ませんが、一言だけ、ずっと頭に語りかけてくる言葉があります」
「それが……『先祖を探せ』って一言かい?」
「はい。そうでないと、いつまでもこれを繰り返し、自分が襲った人間はいずれ死に至る、と」
とんだ巻き添えをくったものだ、と蓮は舌打ちした。今まではのんびりまったり過ごしていたというのに……。
「分かった、その『依頼』受けようじゃないか。こんな脅迫を受けたら受けざるを得ないからね。ただし、協力者の募集はさせてもらうよ」
「はい、構いません」
如何せん謎が多すぎる。人手は必要だった。
(この子の魂のカードがほしいねぇ)
と、蓮が思ったのも無理はない。
募集をかけてやってきた薄暗いこのアンティークショップの中でもきらきらと光る銀色の髪、そして瞳。
「でー、そこにいるのが例のくがれいじ、とかいう人なのかなぁ? って聞いてるんだけど」
海原みあお、と名乗ったその少女にある意味見惚れていた蓮は我に返り、頷いた。
みあおが言った通り、人形を抱いた好青年は、無表情のままずっと壁際に突っ立ってじっとみあおと蓮を見ている。毎日のように通ってきては、こうして見張るようにしているのだ。まったく気分が悪い、と蓮は言った。
「お人形さんの先祖、っていうのがよく分からないんだけど、作った人がそのお人形さんに作ったお人形さんのことなのかな?」
すると玖珂玲人は、初めてみあおに対して口を開いた。
「それはぼくにも分かりません」
みあおは、人形をじっと見つめた。金の瞳が、潤っているように見える。まるで生きているようだ―――。
ぶるっと寒気がして、みあおは鳥肌を立てた。それでも勇気を出して、玖珂玲人の許可を得て人形の身体を色々調べ、あるものを探した。
「何をしているのですか?」
玖珂が聞くと、みあおは、
「うん、本職さんならね、きっとサイン? 銘? とかわかんないけどそういうの遺してるんじゃないかなーって。それで手がかりになるんじゃないかなあと思うんだけど―――」
「あたしは手を出さなかったんだよ。また心臓に食いつかれちゃたまんないからねぇ」
と、蓮。
人形は今のところ、みあおの心臓部に食いつくいてくる気配は見せない。みあおはドキドキしながら、ふと、人形の左手薬指の銀色の指輪に目を留めた。
「なんかこれ、婚約指輪みたいだね。お人形さん、ちょっと見せてくれないかなぁ……くれないよね」
ちょんちょんと指輪を引き抜こうとするたびに人形の長い黒髪がざわつくようで、みあおは断念した。
「あれ? でも」
と、みあおは気がつく。
指輪に彫られていたのは模様だけだと思っていたが―――それに混じって、ローマ字が彫ってある。
「Dear My Lover...Sayo」
「なんか英語的に間違っているような気もするけど、『Sayo』ってのはやっぱり女の名前なんだろうねぇ。『さよなら』ってわけでもまさかないだろうし」
蓮が、顔色悪く言う。だいぶ参っているようだ。
「おねーさん休んでていいよ。みあお一人で頑張れるし。調査ってめんどくさいけどたのしそーだし?」
「強がり言って倒れてからのほうが迷惑かけるってもんか……じゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
蓮はそう言って、奥へと引っ込んでいった。
「ほかにサインはないようだし、これが『サインのかわり』とかだったりして」
みあおが言うと、
「では、これと同じ指輪を持った人形を探せばいいのでしょうか?」
と、玖珂。
「指輪とはかぎんないけど、その模様とかのクセと同じの探せばいいんじゃいのかなぁ。このお人形買ったお店ってどこ? おにーさん」
「ええ……ですから、」
と、玖珂はこの人形が眠っている間にいつの間にか出現して離れられなくなってしまっていたのだと語った。そういえば、蓮からも同じ説明を聞いた気がする。
(呪縛みたいなものかな。呪い? うーん)
「おにーさん、依頼ならフツー探偵とかにいくよね? なんでここ来たの? やっぱお人形さんだから?」
「はい。それに、なんだか―――『違う』ような気がして」
「違う? なにが?」
「頭が勝手に『違う』と喚くんです。人形を探せ、先祖を探せ―――」
ふーん、と相槌を打ちつつ、みあおは考える。
蓮やほかの玖珂の知り合い等は、いわばみあお……『解決』してくれる者が来るまでの人質。それは分かる。
(ギミック?)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
もし『先祖』がギミックだとしたら?
人形が『本当に』求めているもの。
「でも、じゃあなんでわざわざそんな回りくどいことしてるんだろ」
つい口に出してしまったとき、人形の指がぴくりと動いた気がして、みあおはじっと人形を見つめた。
「実は生きた人間の魂が詰まってる、とか……? 人形の怪談とかにはよくある話だしね」
考えているうちに、みあおはだんだんめんどくさくなってきた。
(大体情報不足すぎだし、手がかりはあの模様しかわかんないし、謎だらけだし)
「悪いけどほかの協力者探して〜。みあおもうわけわかんないし」
途端、
「逃げなみあおっ!」
真っ青な顔色で、やはり気になっていたのか、奥から顔を出していた蓮が叫んだ。人形があの風と共にみあおに飛び掛ってきた―――のだが。
みあおは消えていた。
「!?」
玖珂が目を見開いたが、はらはら、と降ってきた小さな青い羽を見て、仰向いた。
そこには、青い小鳥がいた。
「あなたには……そんな、力が」
ぱたぱた、と応じるように青い小鳥……みあおが羽を羽ばたかせた瞬間、玖珂が倒れ込んだ。
「あ……あれれ」
小鳥から人の姿に戻ったみあおが、ぽりぽりと頭をかく。
「ちょっとカマかけようとしただけなんだけどな。なんで倒れんの? やっぱ呪われてて疲れてんのかな」
そして出てきた蓮と一緒に、えっちらおっちらと、それでもまだ人形を離さない玖珂を奥へと運んだのだった。
「で、なんのカマをかけようとしたんだい?」
汗びっしょりの青年の身体を拭こうと、服を脱がしながら、蓮。
「んー……なんか、玖珂がその人形と共謀してんじゃないのかとか。でなかったら、隠してるなにかがあって、切羽詰ったら咄嗟に言うかとか。思ったんだけど」
「なるほどねぇ」
上半身だけ、と蓮がまず首筋の汗を拭った時、久我がうめいた。
「沙世……私の先祖を探せ……そうすれば私とお前は……」
―――結ばれ、共に生きていくことができるだろう―――
「…………」
「…………」
「……これも人形が言わせてんのかな」
「そんな感じかい?」
「ううん」
みあおは考える。理屈だけでは分からない。これは……。
「もし、玖珂のほうが無意識に人形を操ってるんだとしたら?」
だが、蓮はそれには応えなかった。
蓮の視線を追って、みあおは久我の背中へ目をやる。
「…………!」
人形の指輪と同じ模様が、そこには刻まれていた。
「いれ、ずみ?」
「いや……ふいに出てくる痣みたいなもんだね。ずっと目に見える痣なら本人だって知ってただろう」
それもそうか、とみあおは眉間にシワを寄せる。
「なんとなく悲恋っぽいよね、言葉とかシチュエーションだけ考えると」
「悲恋なのにまだ未練があって、かい? しかも人形と人間の間で」
「どっちかが人形にされたか、どっちかが人間にされたか、とか」
適当に応えると、ぽたっと何かの音がした。
ぽた、ぽた―――
「う、うわぁぁっ」
みあおは思わず蓮にしがみついた。
青年の腕の中に未だしっかりと抱かれている人形。
その金の瞳から、涙が流れ、床に落ちていた。
「あんたもしかして、」
蓮がみあおを抱きしめてやりながら人形に語りかける。
「『先祖を探せ』の類しかこの男に意思の疎通が出来ないのかい? 力不足とかなにかで」
「……ねーねー」
やっと怯えが去ったみあおが、蓮の服をちょいと引っ張る。
「人形、試しに玖珂から離してみたら? 突然現れて、それで突然心臓部に食いついたりなんだりしてさ、そこから始まったっしょ? ならさ、やってみようよ」
「……ま、あたしはもう食いつかれちまってるからこれ以上どうなることでもないからね。やってみるか……」
蓮の手が、人形にかかる。人形の瞳から更に涙が零れるがあえて気にせず、蓮は思い切り力を入れて人形を玖珂から引き離した。
「…………」
「…………」
「何も起きないね」
「本当にそう思うかい、みあお」
え、と見上げた蓮の頬に冷や汗が流れ落ちる。そしてみあおも気付く―――背後からの不穏な空気に。
「う、うぅ?」
そろそろと振り向いたみあおは、そこに、十数人もの生気のない人間が迫ってきているのを見た。
「躾が悪いねぇ。店の奥―――プライベートルームに入るときにはきちんと挨拶するもんだよ」
みあおをかばいながら、蓮。
と、後ろで気を失っていたはずの玖珂が「お前達は、」とうめいた。
「英紀に和子……それに」
「知り合いかい?」
「この人形にあなたのように襲われたぼくの友達や―――」
ふつ、と玖珂はそこで口元を抑えた。
「ち……がう……。こいつらは私が造った人形達……」
「な……っ!?」
みあおが玖珂の襟元を掴み上げる。
「玖珂っ、みあお達を騙してたわけ!? なんでこんな芝居したのっ!?」
「違う、私は芝居などしていない!」
みあおの手首を掴み、苦悩の表情をした玖珂は、まるで別人のようだ。
「『本物の人格』、いや、『魂』かねぇ? 出てきたんだろうね」
一人称も変わってるし、と蓮は痛み出した心臓を抑えながらため息をつく。
「思い出したんなら、話してよ。この人形達? なんか今にも襲ってきそーな雰囲気なんだけどっ」
みあおが言うと、玖珂は一度、乾いた喉に唾を送り込んでから手短に話した。
自分は約百年の昔、人形師だった。自分で人形を造り、人形を操り―――彼の造る人形には本当に魂がこめられていて、元来身体の弱かった彼と意思の疎通をして癒していたという。
そんな時、幼なじみの沙世という女の子が事故で怪我を負った。医者の話ではもう助からないということだった。
沙世は、玖珂と昔から慕い合っていた……小さい頃に自分の背中にあった痣と同じ模様を刻んだ婚約指輪を贈るほどに。玖珂はそして決めたのだ―――『魂のつまった人形達を使って沙世を転生させよう』と。
だが人形達は自分達が主と慕っていた玖珂がそんなことをするのが許せなかった。
だから呪いをかけたのだ―――自分達の魂をつめこんだ沙世は人間ではなく『人形』に、そして玖珂の記憶を消し、転生させるという呪いを。決して結ばれない呪いを。
直後にそれに気付いた久我が、『作成の終わった』疲れの死の間際、沙世に言った言葉がこれだった。
―――沙世……私の先祖を探せ……そうすれば私とお前は……
「結ばれて一緒に生きることができる、って?」
さっき彼がうわごとで言っていたことだ。
「でもなんでいきなり沙世が出現できたわけ? 記憶を取り戻せたってことだよね? それはなんで?」
みあおにはまだ謎だらけだ。
「愛の為せるワザ―――ふん、泣かせるねぇ。大方、『昔』の玖珂が死んだ日に記憶も取り戻すことができたんじゃないかい? ちょうど百年目―――ってところじゃないのかい?」
蓮の言葉に、じゃあ、とみあおは考える。
「沙世は玖珂と結ばれたいから最低限できる意思の疎通をして、それで、実は玖珂の友達とか被害にあったってのはそれをジャマするために玖珂を見張ってた『前世の玖珂』が造った人形達……? じゃ、沙世は玖珂を守ってたってわけ?」
「どうしようもなくなって、助けを求めてあたしだけには本当に人質としてこんなことをしたんだろうねぇ」
蓮の顔色が白くなってきている。考えることと蓮の加減を気にしていたみあおは、いつのまにか『久我が造った人形達』が玖珂と沙世を取り囲んでいることにハッとした。
「ま、待て待て待てダメ〜っ!!」
瞬間、突風と共に青い火が『人形達』と玖珂、それに沙世を取り囲んだ。
<主よ、我らの魂を使ってまでもその少女を救いたかったのか>
<主よ、優しかった主よ、我らに優しく魂を与えてくれたというのに>
<だから我らも主を慕ったというのに>
「そうだ、私はお前達の慕いを裏切ってまで沙世と幸せになろうとした!」
玖珂は青い火に灼かれながら沙世を守るように抱きしめる。
「この沙世の瞳―――金瞳の人形は呪いの証。沙世の呪いを解け! 罪を犯したのは私だ、呪いを受けるのは私だけでいい!」
ぽたぽた、と沙世の金瞳からは涙がとめどない。
(この事件、結局みんな愛情がからまってる)
愛情が募りすぎて主の幸せを喜べなかった人形達。
愛情のため記憶を失った恋人を救おうと、呪いのため充分な意思の疎通も出来ずとも守りつづけた沙世。
そして、恋人の命を救うため死の間際に『鍵』となる言葉を言った玖珂―――。
恐らく、『先祖』とは自分のこと。玖珂自身のこと。しかし呪いは思いのほか強かった……。
「くっそ……この前も使ったばっかだけどこのままじゃ後味わるいよみあおはっ」
「……?」
息苦しそうに、蓮が、集中し始めたみあおを見つめる。
(みんないっぺんにはムリだけど)
みあおの銀色の髪が、瞳が、更に輝く。どこからか青い羽が宙に舞う。
(玖珂と沙世だけはっ!)
解放―――!
みあおの能力のひとつ、自分以外を“幸運”に導く力。
気を失う直前、みあおは、青い火と共に『人形達』と玖珂、そして腕の中の沙世が消えていくのを確かに見た、気がした。
それから案の定みあおは数週間病院の世話になり―――久々に、アンティークショップレンを訪れた。
蓮はすっかり元気になり、今日も魂のカードを見つめていたが、みあおを認めて立ち上がった。
「玖珂と沙世なら、そこにいるよ」
言われた場所に行ってみると、小さな若木が二本、生えていた。―――寄り添うように。
「どうやっても引っこ抜けないんだよ、それ。あたしのカンでは、数百年くらい育ちそうだねぇ」
レンは笑いながら言う。
―――人間としてじゃなくて、よかったの? 玖珂。
―――それが一番幸福なの? 沙世。
風もないのに若木が僅かに、頷くように揺れたのを認めて、みあおは蒼天を見上げた。
「そっか。幸せなら、いいんだ」
また会いに来るね、と元気よく走っていったみあおの背後で、若木二本からゆらりと青年と黒い瞳の娘の姿が浮き上がる。
<約束したとおり、結ばれたわね、玲人さん>
<ああ、約束通り―――>
そして二人は、ありがとう、と、銀色の少女の背中に呟くのだった。
《完》
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
☆1415/海原・みあお/女/13/小学生☆
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。
今回この物語を書かせて頂きました、ライターの東瑠真緩(とうりゅうまひろ)と申します。
今回初めてのPCゲームノベルだったのですが、みあおさんお一人のご参加となりました。そのため、かなり特殊能力を使わせて頂きました。色々な意味で申し訳なく思っております;
オチとしては当初考えたいたものとちょっと違うものになりましたが、これはこれで円満解決かな、と思っております。
みあおさん、本当にありがとうございました。
これからも、魂を込めて書いていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
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