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■剣客の下宿5 似たもの同士の双子の兄■

滝照直樹
【1355】【蒼乃・歩】【未来世界異能者戦闘部隊班長】
縁側で嬉璃はのんびり茶と饅頭を食べていた。
「格闘対戦げーむのどうキャラなかんじぢゃのう」
と。


しかし玄関先の庭では、2つの影。
一つはエルハンド。彼はその相手を睨んでいた。
もう一つは、エルハンドの父親にそっくりな金髪であり、エルハンドと色違いの服を着ていたのだ。
「何しにきた?馬鹿兄」
「可愛い弟のお前がしっかり此処で働いているかなと思って心配出来てみたのだよ」
「はぁ?不真面目な親父と一緒にするな」
「親と子は似ているというじゃないか」
「その性格は貴様だけで良い」
どうも、エルハンドはこの相手、つまり兄がとことん嫌いらしい。

「なんぢゃ双子の兄弟なのか。でも似ていると言えばにているのう」
又のんびり茶をすする嬉璃。
「長旅だったろう、くそまじめな其処のヤツよりおもしろそうぢゃ。色々話しを訊かせてくれぬか?」
「話のわかる方がいるとは」
と兄は嬉璃といつの間にか談話してる
「まて!本当のことを言ってからにしろ!…はぁ」
頭を抱えるエルハンドだった。
あやかし荘奇譚 剣客の下宿5 似たもの同士の双子神

●逃避行?
格闘対戦ゲームの同キャラ対戦状況を醸し出す庭先を陰からこっそり覗く風野時音。その表情は「可愛い」と言うほど怖がっている。いや、彼は前の未来消失の時から、「神格覚醒」されない限り単なる高校生なのだ。師のエルハンドにより「昔の彼」はピアスについている青い宝石に封印されている。退魔剣士団でもリストに載っていない天空剣の門下生として、普通の高校生として生きているのだ。今まで能力者として扱っていたエルハンドも一から鍛え直しとかぼやきながらも、かなり心配しているようである。
とりあえず…、未来の悲しい出来事は終わったのだが…現代の恐ろしい敵は実際の所、妖怪や怪事件ではない。

『萌え』という感情。『萌え』を使う人種。オタクだ…。

国語辞典で調べるとわかるが、【芽生える】といったものだ。しかしながら、オタク用語では「ある人物やものに対して,深い思い込みを抱くようす。その対象は実在するものだけでなく,アニメーションのキャラクターなど空想上のものにもおよぶ」と言うことをさす、スラングである(実のところ新語辞典なるモノが現存し、そこで一応の定義がなされている。が、使用する人間の思想の行き違いがあるため其れが絶対というわけではないが…嘘ではない)。

極めつけの意味は、



『人生サヨナラ』だ。



すでに現実世界の生活で、実際のモノに「萌え」を使う存在は架空も現実も区別が付かなくなるほどである重度な…なのだ。(詳しいことは、此処では語り尽くせないし、かなり議論があるので割愛。一応、反対語の『萎え』がある事だけは言っておく)。

可哀想なことに、風野時音の環境はその恐ろしい敵と戦わざるを得ない劣悪なモノだった。
流石に未来を消失しても、現代に起こっている事象までは消すことは出来なかったということだろう。

数日前…一本の電話からだった。
ジリリリリ……
「はい、あやかし荘です。少々お待ち下さい。…風野さーんお電話ですよー」
管理人の因幡恵美が時音を呼んだ。
「誰からですか?」
「女の子からです。たしか蒼乃さん」
「…はい」
確か前に、退魔剣士の派閥云々で勧誘受けたけど、突っぱねたなぁ…と思い出している時音。
実際の所、未来が無くなった事により、未来から来た数人の「居る意味合い」が変わっている。
蒼乃・歩。能力者であるが、自己犠牲主義の時音を想うあまり退魔剣士団から離反。その間に10年恋愛計画が、開始するまでに失敗していたいうもろ企画倒れ。時音と再会した時、歌姫と恋人となっている。さらに退魔剣士の派閥に参加させるという当時最後の手段も呆気なく拒否され、エルハンドの介入(天空剣門下生として時音が居る)という、私の青春返せーと叫びたくなる可哀想な少女となった。
しかし、可哀想という言葉は前言撤回となる。
この10年間に彼女は『人生サヨナラ』の存在になっていたのだ。
「もしもし」
「時音か!…なんでお前が俺達の仲間になってくれないか分かったぞ!その…(コホン)…和服くらい…まあ…兎に角、首洗って待ってろよ!」
そう歩は言って、一方的に切った。しかし、其れは同時に時音も電話を切っていた。
歩は時音が『「お姉さん+和服」萌え』と言う情報を信じ切っている。
そう、前述したとおり…『萌え』を通常社会で抵抗無しに使っているわけだ。時音自身そんな自覚はない。
確かに時音は歌姫が好きだが、彼女の和服姿に『萌え』という言葉を使うことはない。逆に抵抗感を持つのだ。
その微妙で…絶妙な線を逸脱した者が蒼乃歩だ。
「萌え計画で、時音のハートをGET’S!」
意気込みを込めて、料の手の指を拳銃の形(地域ではじゃんけんのチョキ)にして、電話に向かって其れを指した。未来が無くなっても…完全に壊れている…。彼女の10年に何があったのだろうか?

時音は不安になって…歌姫を呼び…
「ねぇ、歌姫さん」
な〜に?とお淑やかに時音の言葉をまつ歌姫。
「しばらく…二泊三日で…温泉旅行でも行かないかな?」
赤面して告げる。
にこりと歌姫は彼の手に自分の手を重ねた。OKというサイン。
「じゃ、準備しましょう」
『嬉ハズカシ温泉旅行 双子神の座談会、その合間に逃げるが勝ち』と決め込んだ時音だった。
『人生サヨナラ』軍団から逃げるために…。
「すみませんマスター」
一応罪悪感はあるようだ。


動物的嗅覚を持つ歩は、時音が次におこす行動などお見通しなのだ。其処は幼なじみ、先読みは鋭い。


●温泉旅行♪
ある川を挟む温泉街。その架かる橋でカランコロンと心地よい下駄の音をたて、浴衣姿の歌姫がいた。彼女の手を優しく取って時音が一緒に歩く。いい絵である。
なんとか、神の干渉も幼なじみの邪魔もなく目的の愛する歌姫との温泉旅行♪うまくいって良かったと思っている時音君17歳。
しかし、世の中甘くはない。
「やはり温泉でメインなのは浴衣萌え!そして漢の浪漫がまっている、あの湯気の先に!」
何処かで聴いた声。あの筋肉質で野太い声は紛れもなく!
「急ごう、歌姫さん、雨が降りそうです」
「?」
首を傾げる歌姫は、時音に従う。しかし、下駄の鼻緒が切れる。
「あっちゃ〜、一寸待ってくださいね」
時音は焦る焦る。しかし、無意識にハンカチで下駄の鼻緒を直した。
「これで良し」
「そう!下駄の鼻緒が切れたなら、自らの浴衣かハンカチで直してあげるのも萌え!」
またあの声だ。
どうも、『人生サヨナラ』が居るようだ。コレは隠しようもない事実。
しかし其れを否定しづける時音。
(アレは幻聴だ!幻聴だ!マスターが嫌がらせで送りつけているに違いない!)
首を振ってその声を振り払う。
「何を戸惑う?あ、またぬか!」
時音は、歌姫を横抱きして一目散に旅館に走って逃げたのだ。
「しっぱいね〜要。常に頭が『萌え』だからいけないのよ」
橋のところで、浴衣姿の歩が扇子を持っている。
目の前に姿を現したのは、同じく浴衣姿の海塚・要であった。しかし、背中に『萌え生涯第一』と書かれている…。
「其れの何処が悪い?吾輩が極めるのは萌えだ。あの時音、かなり手強いぞ」
「まぁ、お前は「魔」だから倒すべき相手だけど、運命というか…無碍に出来ないんだよな」
歩は溜息をついた。
彼から、時音の好みが、歌姫のようなお姉さん+和服ということを聞いたからだ。
退魔と魔とのお間抜けな同盟…どうなる事やら…。


●仕組まれた運命?
急いで戻ってきたのは良いが…
宿の待合室でよく見かけた顔が居る。
昔懐かしいインベーダーゲーム(しかもテーブル式)で点数を競い合う双子が浴衣姿で居たのだ。
「名古屋打ちを極めるのは難しいな」
「そうか?」
「10円よこせ」
「またか…兄貴…」
弟が溜息をつく

かなりゲームに熱中しているようなので間に時音は黙って部屋に向かっていった。


……
「行ったか」
エルヴァーンが訊いた。
「行ったぞ」
エルハンドが答える。
「あいつが、この世界の時間神の素質を持つ者か?」
「ああ、今は封印している。未来と現在を行き来しているため、存在自体が危うい」
「そうか…確かに、彼に「未来」が見えない」
「見物するか?守るか?どっちだ?」
「お前と同じ…気分次第だよ。もっとも…彼奴だけは例外だが」
「ああ…」
フルーツ牛乳を飲みながら、二人は話をしていた。

●きわどい再会
浴衣も和服としての部類に入る。そう考えれば、このシチュエーションでは問題はない。周りは浴衣だらけだ、何も恥ずかしがることはないのだ。もう少しリラックスすれば良いのこと。
どちらかといえば、そわそわしている時音が怪しい感じだ。おそらく…ロビーでくつろいでいる浴衣姿のエルハンドの様な外人が気になるのだろう。しかも髪の色違いで二人。二人の会話が完全に異国語だから分からない。他人のそら似でしかも双子なのだから正直、歩も同じ立場だったら吃驚する。
時音は相手に気づかれぬように移動しているが、その先には歩が居るのだ。
当然、気づかず体当たり。
すでに時音がこっちに来ていると言うことを知っている歩は、わざと当たったのだ。
「いたいっ」
「あ、すみません、大丈夫ですか」
態と倒れる歩。わたわたとあわてながらも謝る時音。
この動揺ぶりは変わってない昔から。
そっと手をさしのべる時音。やっぱり気が付いていないようだ。嬉しいのか悲しいのか歩は複雑だ。
しかし!此処で自分とばれたら計画が狂う!
演技よ、演技…そう自分に暗示をかける
「あ、どうも」
時音の手を借りて立ち上がる。
謝る時音はお詫びにジュースか何かをおごると言うことを持ちかけた。それに承諾する。上手い具合だ。
時音の方は歌姫が少し一人で居たいということなので、暇をもてあましていた。しかし、事情を話せばこの場面でヤキモチを妬くことはないだろうと信じる時音。
外の夜空で他愛のない会話を初めて5分。
「あの、貴方に前にあったような気がするのですけど?」
と、歩はお淑やかに、時音に言った。
「え?そうですか?」
いきなり言われたモノだから戸惑う高校生。
「ええ、ずっと前に…おぼえてる?」
歩は時音の手をつかんだ…。徐々に元の口調声色に戻していく。
「え?え?まさか、あの歩?」
「あたりだよ」
時音は逃げようにも時すでに遅し…。しっかりがっしり捕まれている。しかし、不安もあったが、歩の浴衣姿を改めてみると…。
「まったく違う人にみえた…かわったな…」
思わず本音。少し赤面
歩は、計画より、やっぱり変わっていなかった時音を恥ずかしくて眺めている事が出来ない。
あ、しまった!これでは!と想った時音。
罪深いです。時音。


●けっきょく…
お互い沈黙している時音と歩…
やはりぎこちなくなってしまった。
『人生サヨナラ』と化した歩もまだ人の子というすばらしい理性があったことは喜ばしい。
歩の姿に見惚れ直してしまった時音は、この先の葛藤に悩んでいる。
その沈黙を破ったのは…
「おい、馬鹿弟子。逃げ出すとは何事だ?」
湯上がり爽快のエルハンドだった。隣には同じ格好の彼の兄がいる。
「こいつか?時間神の素質がある若者は」
エルハンドに似た兄、エルヴァーンが時音を見る。
怖かった。今までの気持ちなど吹っ飛ぶ。
其れを見透かした天空剣の使い手は、かるく溜息をついた。
「時音、部屋で彼女がしびれを切らしているようだぞ?一緒に風呂でも入ってこい」
「え?え?」
時音は混乱する。
「一寸待ってくれよ」
歩が割り込んだ。
其れを無視するかのようにエルヴァーンが言う。
「いきなり幼なじみの再会に懐かしさを感じているのは仕方ないとしてだ…愛する人を裏切るのは行けないぞ」
「……」
沈黙する時音。
そして…
「歩、すまない…」
と言い残し、エルハンドとその場を去った。その後を追いかけようとする歩をエルヴァーンがとめた。
「お前の気持ちも分からないではない…しかし、其れは運命だ。其れを覆したいのなら…あの魔王のような愚かな考えは止めるべきだ」
彼の声は寂しげに聞こえた。そして子守歌のように優しかった。
彼女は眠るように気を失った。
「暗黒天空剣・心の技・忘却…時音に対しての想いと『萌え』という思考をいっさい消した。これで大丈夫だろうな…おそらく…」
店員を呼び、彼女をしかるべき部屋に連れて行って貰うエルヴァーン。
「何だかな…」
彼は溜息混じりで呟いた。


大きな被害もなく温泉街は夜のにぎわいを見せる。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0759 / 海塚・要 / 男 / 999 / 魔王】
【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】
【1355/蒼乃・歩/女/16/未来世界異能者戦闘部隊班長】

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■         ライター通信          ■
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こんばんは
滝照直樹です。
『剣客の下宿5』に参加してくださりありがとうございます。

また機会が有れば宜しくお願いします。

滝照直樹拝