コミュニティトップへ



■剣客の下宿5 似たもの同士の双子の兄■

滝照直樹
【0759】【海塚・要】【魔王】
縁側で嬉璃はのんびり茶と饅頭を食べていた。
「格闘対戦げーむのどうキャラなかんじぢゃのう」
と。


しかし玄関先の庭では、2つの影。
一つはエルハンド。彼はその相手を睨んでいた。
もう一つは、エルハンドの父親にそっくりな金髪であり、エルハンドと色違いの服を着ていたのだ。
「何しにきた?馬鹿兄」
「可愛い弟のお前がしっかり此処で働いているかなと思って心配出来てみたのだよ」
「はぁ?不真面目な親父と一緒にするな」
「親と子は似ているというじゃないか」
「その性格は貴様だけで良い」
どうも、エルハンドはこの相手、つまり兄がとことん嫌いらしい。

「なんぢゃ双子の兄弟なのか。でも似ていると言えばにているのう」
又のんびり茶をすする嬉璃。
「長旅だったろう、くそまじめな其処のヤツよりおもしろそうぢゃ。色々話しを訊かせてくれぬか?」
「話のわかる方がいるとは」
と兄は嬉璃といつの間にか談話してる
「まて!本当のことを言ってからにしろ!…はぁ」
頭を抱えるエルハンドだった。
あやかし荘奇譚 剣客の下宿5 似たもの同士の双子神

●萌えという魔物
格闘対戦ゲームの同キャラ対戦状況を醸し出す庭先を陰からこっそり覗く風野時音。その表情は「可愛い」と言うほど怖がっている。いや、彼は前の未来消失の時から、「神格覚醒」されない限り単なる高校生なのだ。師のエルハンドにより「昔の彼」はピアスについている青い宝石に封印されている。退魔剣士団でもリストに載っていない天空剣の門下生として、普通の高校生として生きているのだ。今まで能力者として扱っていたエルハンドも一から鍛え直しとかぼやきながらも、かなり心配しているようである。
とりあえず…、未来の悲しい出来事は終わったのだが…現代の恐ろしい敵は実際の所、妖怪や怪事件ではない。

『萌え』という感情。『萌え』を使う人種。オタクだ…。

国語辞典で調べるとわかるが、【芽生える】といったものだ。しかしながら、オタク用語では「ある人物やものに対して,深い思い込みを抱くようす。その対象は実在するものだけでなく,アニメーションのキャラクターなど空想上のものにもおよぶ」と言うことをさす、スラングである(実のところ新語辞典なるモノが現存し、そこで一応の定義がなされている。が、使用する人間の思想の行き違いがあるため其れが絶対というわけではないが…嘘ではない)。

極めつけの意味は、



『人生サヨナラ』だ。



すでに現実世界の生活で、実際のモノに「萌え」を使う存在は架空も現実も区別が付かなくなるほどである重度な…なのだ。(詳しいことは、此処では語り尽くせないし、かなり議論があるので割愛。一応、反対語の『萎え』がある事だけは言っておく)。

可哀想なことに、風野時音の環境はその恐ろしい敵と戦わざるを得ない劣悪なモノだった。
流石に未来を消失しても、現代に起こっている事象までは消すことは出来なかったということだろう。


●いきなり現れとばされる魔王
…エルハンドとその兄が対峙している時…上から何かが下りてきた。
女性のテニススタイルで現れた『人生サヨナラ』の王、海塚・要だった。
いやもう、彼については説明することもないだろう(「するんだー!吾輩は…うむぐぐ!」:口を押さえられる)。
彼も、能力、魔力などに於いて一応は神域に達しているため(でなくては魔王にはなれないが)、二人の神の間にすんなり割り込める。大抵は尻込みするほど火花が散っているのだが…。まぁ生きている次元の低さが並大抵でないため、鈍感と言うことだろう。
兎に角、二人の神はこの魔王を見てみないふりをしている。そんなことより大事な事があるからだ。
そんなことつゆ知らず、魔王・要は高らかに言った。
「弟子萌え!…流石は神…!弟子の修行姿に萌える本性と裏腹のつれない仕草!それは『お仕事パパ単身赴任先には家族の写真が盛り沢山!』に通じる社会派アットホームな萌え!愚民は理解できんだろう!だが…吾輩は違う!これほどの熱きロマンが迸る物を萌えと言わずになんと呼ぶ!若者達よ!まだ君等には難しくて分からないかもしれぬ…!だが、萌えとはこの様に深淵に満ちた神秘の力…さあ、受け入れて楽になるが良い!」
まぁ二人の会話を何処かで聞きつけて自分の頭の中で重要な『萌え』思考にしたのだろう。
この魔王はすでに価値観は『萌え』しかないのだ。まさしく『人生サヨナラ』である。
「言いたいことはそれだけか?」
神二人は無表情で訊いた。
「ははは、仏頂面してもわかるぞ、なぜなら!…」
「失せろ見苦しい」
殺気の籠もった二人の拳が魔王に突き刺さる。瞬間に合計7発 形はちなみに北斗七星。万物に傷を与えることの出来ると言われる星座だ。
「あべし!」
神格力の相乗効果で彼は霧散化され、ロケットの如くそれは天高く飛んでいった。


●温泉旅行♪
ある川を挟む温泉街。その架かる橋でカランコロンと心地よい下駄の音をたて、浴衣姿の歌姫がいた。彼女の手を優しく取って時音が一緒に歩く。いい絵である。
なんとか、神の干渉も幼なじみの邪魔もなく目的の愛する歌姫との温泉旅行♪うまくいって良かったと思っている時音君17歳。
しかし、世の中甘くはない。
「やはり温泉でメインなのは浴衣萌え!そして漢の浪漫がまっている、あの湯気の先に!」
何処かで聴いた声。あの筋肉質で野太い声は紛れもなく!
「急ごう、歌姫さん、雨が降りそうです」
「?」
首を傾げる歌姫は、時音に従う。しかし、下駄の鼻緒が切れる。
「あっちゃ〜、一寸待ってくださいね」
時音は焦る焦る。しかし、無意識にハンカチで下駄の鼻緒を直した。
「これで良し」
「そう!下駄の鼻緒が切れたなら、自らの浴衣かハンカチで直してあげるのも萌え!」
またあの声だ。
どうも、『人生サヨナラ』が居るようだ。コレは隠しようもない事実。
しかし其れを否定しづける時音。
(アレは幻聴だ!幻聴だ!マスターが嫌がらせで送りつけているに違いない!)
首を振ってその声を振り払う。
「何を戸惑う?あ、またぬか!」
時音は、歌姫を横抱きして一目散に旅館に走って逃げたのだ。
「しっぱいね〜要。常に頭が『萌え』だからいけないのよ」
橋のところで、浴衣姿の歩が扇子を持っている。
目の前に姿を現したのは、同じく浴衣姿の海塚・要であった。しかし、背中に『萌え生涯第一』と書かれている…。
「其れの何処が悪い?吾輩が極めるのは萌えだ。あの時音、かなり手強いぞ」
「まぁ、お前は「魔」だから倒すべき相手だけど、運命というか…無碍に出来ないんだよな」
歩は溜息をついた。
彼から、時音の好みが、歌姫のようなお姉さん+和服ということを聞いたからだ。
退魔と魔とのお間抜けな同盟…どうなる事やら…。


●やはり温泉のベタなパターンは…
「漢のロマン!」
要は叫ぶ。卓球をしながら。
「其れは、露天風呂!柵で仕切られているが一つにつながっている!時音に漢のロマンを教えるのは感激至極」
「でーそのロマンってなに?」
相手は歩だ。イヤな予感がする。
「婦女子にはいえないのだよ」
「言わなくても分かるが…」
「貴様も作戦の中に入っておるぞ」
要がしれっと、言いながらピンポンを軽く返す。
「お、俺が!」
赤面すること0.05秒、ラケットにピンポンが届くまでまだ余裕がある。
「そんな恥ずかしいこと出来るかぁ!」
強烈なサーヴが要の顔面に直撃。しかし、彼は動じなかった。
「和服萌えでも、流石の健全な青年だ!漢のロマンの先でお前に萌えることは間違いないだろう!」
鼻血を出しながらも高笑いしている要。
―――たしか、ここに来ている時にビール50杯は飲んでいたよな?
酔っているせいか、かなりまともな(?)作戦を考えているようだ。
確かに、浴衣姿の歩を時音は見逃している。ようするに…歩の姿は他人に見えてしまったのだ。
其れは其れで希望はある。
「要その作戦は後にしてくれ」
と、歩は踵を返し卓球場から立ち去った。


●悲しき魔王、ロマンは教えられず
露天風呂は要の思った通りの構図だった。柵一枚で仕切られた露天風呂。
ナイスなシチュエーションだ。
おそらくこの時間には時音も歌姫もいるだろう。
「漢のロマン!それは露天風呂での覗き!」
萌え魔王でもこういった完成があることにある意味救いがあるのか?逆に最悪である。
まぁ最も、運命の悪戯は要の思うようにはいかないのだ。
褌格好でいかにも『漢』といった姿で風呂に入ってくる要、その先には武人のように鍛え上げられた体を持った若き青年が夜空を見上げている。
露天風呂の入り方の礼に従い、入っていく要。
「そのこの若者、旅かね?」
と訊ねた。
「ええそうです。実は恋人と一緒に来ていまして」
照れくさそうに、話す若者。声と仕草、顔も時音だ、ビンゴ!と要は思った。
「ほほう、良い感じだな。吾輩は気ままな旅人だよ。しかしだな、若者よ、温泉といえばロマンがあるということは分かっているか?」
「それは?何です?」
訊ねてきたので、要は柵を指さした。
「あの先を見ることが漢のロマン!」
「それって、覗きでは?行けませんよ」
「だめだ。そうでなければ露天風呂というおいしいシチュエーションは無いも同然だ。さぁ勇気を出して…」
「そう言った思考回路だけか貴様は?」
若者声が一瞬にして変わった。一瞬時が止まる要。よく聞いたことのある声だ。
「ああああああああ」
湯煙が一瞬濃くなり、それが晴れた時は…エルハンドが穴の開いた短剣を要の首元に突きつけていた。
「神域の力を持ち、この世界の危機を作り上げる運命の存在でありながら、無駄な思考を持つ愚か者。魔王として失格故、多元宇宙神格評議会からは抹殺指令が下されている。しかし、今回助けてやる」
殺気の込められた目。流石に全宇宙から敵視されている宣告を受けてしまったのなら、幾ら要でも愚かな思考を持つことは出来ない。
「しかし、封印はさせて貰う」
サクリ…短剣が要の喉を刺した。しかし血は一滴も出ない…その代わり短剣の穴に「萌」と書かれた青い宝石が埋め込まれていた。封印されても自己主張する要にエルハンドは苦笑した。
短剣は別空間にしまいこみ、彼は夜空を見上げながら体の疲れを取っていた。

End

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0759 / 海塚・要 / 男 / 999 / 魔王】
【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】
【1355/蒼乃・歩/女/16/未来世界異能者戦闘部隊班長】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんばんは
滝照直樹です。
『剣客の下宿5』に参加してくださりありがとうございます。

また機会が有れば宜しくお願いします。

滝照直樹拝