■お気に召すまま。■
草村悠太 |
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【1355】【蒼乃・歩】【未来世界異能者戦闘部隊班長】 |
あやかし荘の住人、柚葉。
彼女は、狐である。
しかるに、化けることができる。
普段は脳天気で無意味にテンションの高い天然娘だが、化けたときの演技力は、彼女が女優にならないのを悔やみたくなるほどだ。
そんな彼女が、同じ『あやかし荘』の住人、天王寺 綾と、のんびり縁側でひなたぼっこをしていたとき。
「なあ」
ふと思いついたように、天王寺が声をかけてきた。
べつに全うに働いているふうでもない彼女は、どういう訳か異常に金回りがよい。
「なにー？」
「柚葉ちゃん、あんた、「自分がもう一人いたらなー」って思うこと、ない？」
「えー？」
首をかしげた柚葉に、天王寺は前を向いたまま、ぼんやりと続ける。
「だって、自分がもう一人いたらやで、一日のうちにできることが二倍になるやん？
同じ日に二つ儲け話が転がってきても、両方取れるやん？
二人の男前に同時に言い寄られても、悩まんですむやん？」
「ふーん…それで、一人ずつの綾ちゃんは、結局半分ずつの割り前で我慢するの？」
さすがに狐だけあって、柚葉も損得勘定は苦手な方ではない。天然娘ゆえに、現実の損得に執着はしないのだが。
柚葉の言葉で、うららかな陽差しを浴びる庭の方を向いたままの天王寺の眉間に、「ぐわっ」と縦皺が寄った。
「…柚葉ちゃん、あんた、たまによけいなことに気づくなー」
「えー？ そうかなー。
ボクはボク一人でいいよぉ。
もう一人ボクがいたら、恵美が買ってきてくれる柏餅、半分コしなきゃいけなくなるもん」
「…そしたら恵美ちゃんは２コ買ってきてくれるわ。
お人好しやねんから」
柚葉にそう返してから、天王寺はごろりと後ろに身体を横たえた。
「あー。そやけどやっぱりアカンかあ」
残念そうに、ため息とともに言って、天井を仰ぐ。
「必要なときだけ居ればいいねんな。要は」
そんな存在を「もう一人の自分」と呼ぶのかどうかは大いに疑問だが、天王寺はごろごろとはしたなく畳の上を転がりながら、ぼやいた。
ふわりと畳の上に伸びる黄金色の尾が目に入り、何となくつついて遊ぶ。
ふかふかして気持ちの良い、柚葉のしっぽだ。
と。
「おるやんか！」
「ひゃうっ！」
やおら天王寺が大声とともにしっぽを鷲づかみにし、柚葉は頓狂な悲鳴を上げた。
天王寺は柚葉のしっぽをつかんだまま、むくりと身体を起こしてくる。そして、
「柚葉ちゃん、あんた、化けられるよな」
なにかとてつもないものを思いついたような表情で、問いただしてきた。
「…うん」
「なんにでもか？」
「見たことあるものになら」
答えると、天王寺は柚葉の両肩をガッシとつかんだ。
「柚葉ちゃん。一口乗らへんか？」
「…えー？」
不安げに表情を曇らせる柚葉に、天王寺は満面の笑みを見せる。
「分かるやろ？ 一日身代わりサービスをするんや。
『一日署長』とかあるやん。あれの個人版や」
だいぶ違うと思うのだが。
「…だってー。
それって詐欺なんじゃないの？」
さすがにすぐにはうんと言えない柚葉。
「柚葉ちゃん、あんた、そんな言葉どこで覚えたん？
けどこれは、詐欺やないで。どうしてもはずせない用事が同時に飛び込んで来てもうた人に、両方のチャンスを与えたる仕事やがな」
「…そう…なのかなー…？」
いまいち釈然としない表情で、柚葉。
が、天王寺は彼女の肩に手を置くと、力強く頷いた。
「そうや。人助けやで。世のため人のためになる事業や」
「うん…じゃあ…やる」
押し切られるようにして、柚葉はうなずいた。
「よっしゃ！
そうと決まったら早速客集めやー！」
天王寺はすぐに立ち上がると、自室に向かって駆けだした。
「人助けなんだよねー？」
我ながら疑わしいと思わずにはいられない柚葉は、ウキウキ走っていく天王寺の背中に、自信なさげな声をかける。
「心配要らへーん！
ウチに任しとき」
意図が通じているのかいないのか。天王寺の返事は恐ろしく軽かった。
※ライターより※
草村悠太です。
柚葉が天王寺にそそのかされて、妙なことを始めました。
外せない仕事のある日に家族サービスに行ってもらうなり、浮気のアリバイ作りに使うなり、お気に召すままにどうぞ。
身代わり時間は午前１０：００から午後８：００まで。
明らかに限度を超えていると思うような依頼は、天王寺に却下されます（笑）。
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お気に召すまま。
■悩める蒼乃 歩。
こういうとき、人の心も衝撃波で粉々にしてしまえたら。
蒼乃・歩はきつく握りしめた自分の拳を見下ろした。
力で人の心をねじ伏せたり、縫い止めたりできるなら。
他人の心でなくてもいい。
せめて自分の心だけでも、鍛えることで操れるなら、どんなにか楽だろう。
ざわり。と、歩の中で何かが揺らめく。
蒼乃 歩。
未来世界の、異能者戦闘部隊班長。
数多の異能者達を率い、「卑劣な人類を殲滅し、異能者達の世界を」を旗印に掲げ、数え切れないほどの戦場を駆け抜けてきた。
幾たびも死線をくぐった。いっそ全てをあきらめて死を受け入れようと思う瞬間を、何度も乗り越えてきた。
なぜそうまでして足掻くのか、そんな疑念を押しつぶして、ひたすらに戦い続けた。
隊員達に、いつも叩き付ける訓辞があった。
「戦場では、『歴戦』も『初陣』もない。怯えるヤツと立ち向かうヤツがいるだけだ」
だから、技を鍛え、同時に精神を鍛えろと。鋼のように、揺るがない信念と怒りをいだけと。
それなのに。
「ああ…ちくしょう…ッ！」
ふがいなさに、もどかしさに、ぶつけようのない怒りがこみ上げた。
あいつのことを考えるだけで、どうしてこんなにも胸が乱れるのだろう。
思い出すたび、いつでもあいつは、あのお人好しな笑顔を浮かべていた。
退魔のくせに、バカみたいにお人好しで泣き虫で…自分とは正反対の、でもずっと一緒にいた、あの大バカ野郎。
幼なじみで、兄妹のようにして育ってきて、でもいつの間にか自分の中で、認めたくないほど大きな存在になっていた、あの甘ちゃん。
そして、今でもあいつの中では自分は幼なじみでしかなく、しかも今は、敵味方に分かれて刃を向けあう存在になってしまった、決して憎むことのできないあの男。
「時音…ッ」
苦鳴のように。
歩の唇からその名がこぼれた。
甘い毒薬のように、その響きが歩の胸の内側をしびれさせ、灼き焦がしていく。
どうしたらいいのだろう。
かつてどんな戦場にあって、どんな絶望的状況に陥っても、ここまで迷ったことはなかった。
どうしたらいいのだろう。いったい、この想いをあの鈍感に伝えるには、どうしたら――――
「…あのぉー」
申し訳なさそうな声がかけられて。
歩はつめが食い込むほどきつく握りしめていた拳から、はっと顔を上げた。
のぞき込むような瞳が、歩の方へ向けられていた。
「お決まりになりました…？」
そう言って、声の主の――――青果店の娘は、空っぽのギフトボックスを差しだしてくる。
時音が式 顎と一戦交え、しかもこれを撃退したと知って、再び時音を退魔の側に引き込む決心を新たにした歩。
きっといつものように『あやかし荘』にいるのだろう。だとしたら、何か手みやげを持って行き、それを話の糸口にしたい。
そんなことを考えて、青果店に立ち寄ったはいいものの…すでに三十分以上、何を買うべきか悩み続けている。
「…まだだッ」
屈辱的な気分で、歩は娘から顔をそらした。
露天台に積まれたつやつやのリンゴにさえ、笑われたような気がする。
「ええと、ご贈答品ですよねぇ」
手伝わなければ、歩がいつまでも店先でうなり続けることになりそうだと見抜いたのだろうか。娘が確かめるように問いかけてきた。
「…そうだ」
不本意だが、彼女の手を借りなければ決心を付けられそうにない。
「んー…ちなみに、お祝いですか、お見舞いですか？」
「祝い…になると思う。
普通じゃまず勝てないような相手に勝ったから」
「じゃ、メロンはどうですか？
オーソドックスで外れナシですよ」
「メロンはだめだ」
「相手の人、メロン嫌いなんですか？」
「そうじゃなくて…」
口ごもる歩に、青果店の娘は不思議そうな表情を浮かべた。
「…できないだろ」
「…何ができないんですか？」
「その…な？ 食べさせるのが…な？」
「はい？」
「だからッ！」
意を決して。
「『あーん』が、できないだろッ！」
「…は？」
「包丁だのまな板だのを借りなきゃいけないのは絶対ダメだ。
両手がふさがるのも話にならん。片手で押さえつけて、もう片手で『あーん』ができるヤツが必要なんだ」
力説する歩。
目の前の娘が、「オイオイ。ライオンでも餌付けするのかよ」と胸の中でつっこんでいたことには、気付かなかった。
■歩のやり方。
「センパイ、お疲れ様っす」
いそいそと帰り支度を始めた三下に、声がかかった。
振り向かなくとも分かる。
この編集部で三下を「センパイ」と呼ぶ人間は一人しかいない。
顔を上げて見れば、やっぱり予想通りの好感度スマイルが立っていた。
がっちりした身体に、野球部の丸刈りとは印象の違う、短く刈り込んだ髪。いわゆる「ファッションボーズ」と言われるようなあれだ。
顔立ちは取り立ててどうということもなく十人並みだが、その笑顔は歯磨きのＣＭに使いたいぐらいの爽快さ。
アトラス編集部最大の拾いものと言われる有能アルバイターの、豊田君だ。
「…豊田君…」
三下はいつも以上にげんなりした声を上げた。
ぶっちゃけた話、三下が『編集部で関わり合いになりたくない番付』を作れば、西の横綱に来るのが彼だった。東の横綱は言わずもがなである。
と言って、人間として嫌いなわけではない。むしろ好感を抱く部類にはいるだろう。
が。
どういう訳か、彼と一緒にいると決まってとんでもないことに巻き込まれるのだ。
すでに何度か彼岸を見た。
思い返すだけで、未だにここでこうして五体満足でいることが、信じられなくなってくる。
「何か用？
…僕はもう、帰ろうと思うんだけど」
「オレもっす」
言いながら、豊田君は肩にかけたハードシェルバッグを揺すって見せた。
「…そう…お疲れ様…」
「一緒に帰らないっすか」
出たぁーッ！！
三下の中で、スタジアムいっぱいになったミニ三下ーズが一斉に叫ぶ。
「え…イヤ、まっすぐ帰るしぃ…」
「駅まで一緒っすよ」
ヤじゃーぁぁあッ！！
ミニ三下ーズ再絶叫。
「…僕なんかと一緒に帰っても、面白くないよぅ」
「んなことないっすよ」
豊田君は、またしても白い歯を見せて笑った。
「センパイといると、マジでスゴイことばっか起こるじゃないっすか」
「とほー」という声が聞こえてきそうなほど。
三下は情けなく肩を落として、エレベーターを降りた。その隣には、子供のような笑顔の豊田君。
怪奇大好きの豊田君にとっては三下ぐらいヒキの強い怪奇ルアーは他にはおらず、そのヒキの強さを放っておくほど大人しい性格でもなかったのである。
かくして三下は何かと豊田君に引っ張り回され、ついて回られ、碇編集長に「フフ。いいコンビじゃない」と妖しく微笑みかけられ、普段ならどうにか避けて通れる災難に、いちいち首をつっこむことになっていた。
そして今日も。
白王社ビルを出て、最初の曲がり角にさしかかった瞬間。
目の前を一条の白い閃光が走り、首筋から胸にかけてに鉄パイプでもぶつかってきたような衝撃を覚え、ふわりと足の浮いた身体がガイドレールのような何かの上をぐるりと半回転して、三下は排気ガスで汚れたビルの壁に背中から叩き付けられた。
何がなんだか分からない。
「遅い！」
怒られた。
「何時間待たせれば気が済むんだ！
会社は６時に終わるんじゃないのか！？」
えらく苛立った声がぶつけられる。
叩き付けられた衝撃にくらくらする頭で、三下は何とか現状を把握しようとした。
背中にはビルの壁。胸に誰かの腕があてがわれ、肘と前腕で自分をしっかりビルに固定していた。その先の手には、物騒な抜き身のコンバットナイフ。
腰砕けになった身体がへたり込んでいないのは、お尻の下に誰かの膝が入り込んで、その上に座るような形になっているからだ。
そして、その『腕』だの『肘』だの『膝』だの『コンバットナイフ』だのの持ち主は――――
「はぇ…？
…蒼乃さん？」
何度か顔を合わせたことのある、蒼乃 歩だった。
ちょっとばかり力が入ったのは、苛立ちのせいだろう。
と、歩は思った。
少々荒っぽく引き止めた三下は、ビルのタイル壁でまともに背中を打ち、焦点の合わない瞳をぐるぐる回している。
三下の勤める『アトラス編集部』の業務時間は午後６時までだというから、時間ぴったりにビルの前に陣取った。
が、待てど暮らせど三下が白王社ビルから出てくる気配はない。
けっきょく歩は、手持ちぶさたのまま３時間以上その場で待たされることになった。
少しぐらい苛ついても、責められはすまい。
「何時間待たせれば気が済むんだ」
ちょっとばかり荒くなった声を向けると、ようやく三下の視線が自分の顔の上で焦点を結ぶのが分かった。
「…はぇ？ 蒼乃さん？」
間延びした問いかけが返ってくる。
「戦場なら１００回死んでるぞ」
ひときわ強く三下をビルに押しつけてから、歩は彼を解放した。へなへな座り込みそうになった三下を、傍らから妙に動きのいい男が抱き留める。
面識はなかったが、すぐにピンと来た。こいつが豊田だろう。
尖った視線を向けてくる豊田を無視して、歩はコンバットナイフをさやに収めた。
「さっさと回復しろ、三下」
ゲホゲホと今さら咳き込んでいる三下を見下ろしながら、言い放つ。
のろついた動きで、彼は涙目の顔を上げてきた。
「聞きたいことがあるんだ。ちょっと顔貸せ」
「…ううぅ…」
女の子じみた泣き声をもらす、三下。
「メソメソするな。ほら、行くぞ」
取り合わずに、歩はくるりと背を向けると先に立って歩き始めた。
もちろん、後ろの二人が逃げ出そうとでもすれば、即座に思念制御の矢の嵐をお見舞いするつもりで。
「三下さん」
豊田の声が聞こえた。
「さあ、行きましょう」
意外にも、彼はそう言って三下を促す。
なんだ。話が分かるじゃないか、コイツ。
歩はビルのショーウィンドウに映る、豊田に引きずられるようにしてついてくる三下の姿を確認すると、とりあえず矢の雨を降らせるのはおあずけにしておいた。
「聞きたいのは、他でもない。
時音のことだけどな」
歩は手近な喫茶店のソファに腰を落ち着けると、口を開いた。
「はぁ…」
ちんまりと、向かいのソファで背中を丸めながら、三下が曖昧な音をもらす。
「式 顎をたたきのめしたってのは、ホントか」
まずは確認を。
「…本当です」
うなずく三下に、歩の喉から「ふぅん」と呟きがこぼれた。
「どうやって勝った」
「え…『光刃』で、かきーんばきーんって…」
へなちょこ野球少年が初めて買ってもらったカラーバットでも振り回しているように。
三下が、おしぼりを握って内輪な身振りを見せた。
コイツに聞いたのが間違いだった。
顔の前で手を水平に薙いで、彼の説明を強制終了させる、歩。
「まあ、いい。会って直接聞く」
半ば自分に向けるようにそう言って、コーヒーにひとくち口を付けた。
それから、
「で、だ…その、時音は、無事なのか…？」
我ながら少し上目遣いになって、聞く。
「あ…ハイ。別にその時は、ケガしなかったですけど…」
「けど？」
「…今、行方不明なんです」
その、言葉に。
「…行方不明…？」
問い返す口調に少し力がこもり、眉間に縦皺が寄った。
「はヒいぃいぃ…」
なぜだか知らないが、やたらに怯えながらうなずく三下。
歩は「ふん」と鼻を鳴らすと、
「『あやかし荘』にはいない、ってことか」
カップに残っていたコーヒーを一息にあおった。
いきなり三下達に関わっている理由がなくなってしまった。
時音が『あやかし荘』にいないとなれば、自分の足で探して回るしかない。
歩はカップをソーサーに戻し、無言でソファを立って――――傍らに置いたままの紙袋に目を落とした。
少しの間、それを見つめて考えていてから、
「ん」
無造作にそれをつかむと、三下の方に差し出す。
怯えて手を出さない彼の代わりに、その隣に座っていた豊田が受け取った。
「これ、なに？」
手の中の紙袋をちょっと揺すって重さを確かめながら、聞いてくる。
「…みやげだ。もう必要なくなったから、『あやかし荘』のみんなで食べてくれ」
「だ、そうです」と言いながら、豊田が三下に手渡す紙袋を見送りながら。
…ああ。
歩は胸中でため息をもらした。
『あーん』…したかったのにな。
「じゃな。仕事帰りを引き止めて悪かった」
そんな想いを振り払うように。
素っ気なくそう告げて、席を離れようとした歩を、
「ちょい待ち」
今度は豊田が引きとどめた。
「なんだ」
足を止めて振り返る。
「風野さんのこと、探すのか？」
「そうだ」
「よけいなお世話かも知れないけど、なんで？」
確かに大きなお世話だ。が、その思いを込めて睨み付けても、豊田は動じる気配がなかった。
少しの間、彼を見据えていてから、歩は口を開いた。
「…あいつは俺達の仲間なんだ。
だから…」
連れ帰る。と、続けようとして、つい迷う。
そんな歩の様子を見て、豊田は軽く頭をかいてから、
「手伝おうか？」
「…なに？」
「だからさ」
思わず問い返すと、裏表のない笑顔を見せながら、繰り返してきた。
「手伝おうかって。風野さん探すの」
「…何をたくらんでる」
向けた言葉は我ながら剣呑な響きを帯びていたが、豊田はしれっとした表情で自分のバッグを背負った。
「半分は取材だよ」
「もう半分は？」
「個人的興味だな」
臆面もなく、豊田はそう言って笑った。
一人だけソファに座ったまま、首をブルブル横に振る三下。
「…豊田くーん…やめといた方がいいよぉ…」
子供のように豊田の片袖を引きながら、小声で言っていた。
「変なヤツだな、お前」
彼の笑顔に、少し引き込まれるようにして口元をゆるめながら。
歩は豊田にそう言うと、視線を彼に向けたまま、軽く首をドアの方へ振る。
それから、
「時音が『あやかし荘』に来たら、必ず教えてくれ」
三下にそう言い置いて、歩は豊田と一緒に喫茶店をあとにした。
■網を張る。
喫茶店での初顔合わせから、一日後のこと。
豊田と昼前に合流し、「考えがある」という彼について都心部に出た歩は、ゆっくりと辺りを見回した。
人が多い。どっちを向いても人・人・人で、小柄な歩はほとんどその肩の下に埋もれていた。
「おい」
と、我ながら苛立った声を隣に向ける。
「んー？」
いい加減な返事が返ってきた。
真剣みのないその声に、顔を向ける。
声の主、この人波の中から頭一つ抜け出した豊田が、レイ・バンのサングラスの下で、のんきな表情を浮かべていた。
「ここは、新宿だな」
「そうだよ」
「人が多いな」
「新宿駅前だからな」
「俺が人間が大嫌いだって事、知ってるのか？」
「ほぉ」
豊田の視線が、ちらりと歩を向いた。
「今知った」
「二度と忘れるな」
言い放ち、歩は鋭くきびすを返す。
「どこ行くんだ？」
「場所を変える。こんなところでは、三歩後ろを時音が通り過ぎたって気付かない」
つっけんどんに返すと、豊田がニヤリと笑うのが分かった。
「何がおかしいんだ」
小馬鹿にされたようで、言葉に険がこもった。
が、相変わらず豊田は動じない。
「どのみちアテなんてないんだろ」
「…ここよりましだ」
「郷に入っては郷に従え。
人間サマの世界にいるなら、人間サマのアイディアに従ってみろって」
「アイディアだ…？」
いぶかしさを隠そうともせずに問い返すと、豊田が指先だけで何かを指し示した。
そちらに目を向けてみる。
巨大なディスプレイが、ビルの壁面にはまっていた。
やたらカメラを意識しながら適当に楽器を叩いている、男だか女だか分からない化粧をした数人組の映像が、ぎらぎらと映し出されている。
「アレがどうした」
この男の「手伝い」を受け入れたのは、失敗だったかも知れない。
そんな気持ちを抑えきれないまま、顔を豊田の方に戻した。
背の高いアトラス編集部アルバイターが、軽く肩をすくめる。
「アルタヴィジョンっつってな。
東京で何か騒ぎがあると、あのでっかいディスプレイはかなり早い段階からニュースを流すんだ」
「…だから？」
「風野さんが東京のどこかをうろついてるなら、また異能者だとか時空跳躍者だとかと騒ぎになる可能性が高いだろ」
「それを待つっていうのか…」
「ただ待つだけじゃない。二段構えのその一さ」
ため息混じりに呟いた歩の言葉を、またしても豊田が裏返した。
「…お前の言うことはよく分からないな」
「ついてくりゃ分かる」
言って、歩き始める豊田。
「おい、アレを監視するんじゃないのか？」
困惑気味に問いかけると、
「あれはその一。こっちがその二だ。
早く来ないと置いてくぞ」
「…お前、俺のことをなんだと」
文句を言いかけたが、振り返るでもなく人波の奥に消えていこうとする豊田の背中に歩は舌打ちをしてから、
「おい、コラ、待てって」
早足で彼を追いかけた。
五分足らずの後。
歩と豊田は、こぎれいなビルのしゃれたネットカフェにいた。
全面ガラス張りのビルの三階にあり、窓の向こうに例の巨大ディスプレイがよく見える。
「悪くないだろ」
サングラスを外し、歩を窓際の席に導いて、豊田が言う。
「あのな」
どこに向かうのかと思えばネットカフェだ。歩は自分の声に、だいぶ苛立ちがにじんでいるのを感じた。
「俺には、お前とインターネットで遊んでいるヒマはないんだ」
「オレだって、歩とネットサーフィンするつもりはないって」
「…とりあえず、歩って呼ぶな」
場慣れた様子でＰＣを立ち上げる豊田に、半眼で。
起動画面から目を離し、豊田が顔を向けてきた。
「じゃ、蒼乃。とりあえず座れよ。そっちのＰＣも立ち上げてくれ」
「いや、あのな。俺の話を聞いてるか？」
「聞いてるって。東京都内にな、ネット経由で見られる屋外のＷｅｂカメラが何台あるか、知ってるか？」
「…なんだと？」
「解像度も配信方式もまちまちだけど、公共のモノから個人設置のしょうもないモノまで、軽く数百台は行ってる。
中には動画じゃなくて短い間隔のスナップを撮ってるだけのモノもある。そういうのまで入れれば、千の大台だ。
これがどういうことだか分かるか？」
「お前…」
「電子の瞳が、あらゆるところからこの街を見つめているってことさ。
もちろん、顔が分かるほどの高解像度のモンなんて、数えるぐらいだけどな」
言いながら、豊田の指がキーボードの上を踊った。
たちまち画面が『今の東京』のコラージュで埋まっていく。
豊田は歩の前にあるＰＣにも同じような操作をして、画面をＷｅｂカメラの画像で埋め尽くした。
あっという間に一連の作業を終えて、歩の方に顔を向ける豊田。
「アテもなく尋ね歩くよりは、効率よさそうだろ」
「…まあな」
正直、少し舌を巻きながらも、歩はつっけんどんに応えた。
見抜かれたのだろうか。
「ま、あとは風野さんを想う力で、ゴマ粒みたいな画像を判別してくれ」
豊田はしてやったりという笑顔を浮かべて、ポンと歩の肩を叩く。
「今度俺にそんな顔をしたら、二度と何かに触れない身体にするぞ」
歩は腕を組んで剣呑な言葉を向けた。自分でも、照れ隠しに聞こえると思いながら。
豊田が大げさに口をへの字に曲げた。
「気を付けとく」
言って、くるりと背を向けイスを立ってしまう。
「…おい」
そのまますたすた歩き始めた豊田を、歩はつい呼び止めた。
「あん？」
「…どこ行くんだ」
「なんだ、さみしいのか？」
「調子に乗ってると、殺すぞ」
「冗談だよ」
豊田は笑って、続けた。
「上手く行くかどうか分からない賭に乗らせてるワビだ。
なんかおごらせろ」
指さす先には、カフェのカウンター。
「…さっさと済ませて手伝えよ」
歩は軽く手を振って、豊田を送り出した。
自発的な行動に免じて、また笑顔を向けてきたことは、とりあえず忘れてやることにした。
■時音、捕捉。
「ビンゴ」
ネットカフェで監視を始めてから２時間。
隣の席でモニターを睨んでいた豊田が声を上げた。
弾かれたように顔を向けると、彼はモニターをこっちに回してくる。
無言で彼が指さしたのは、どこかの公園のような場所でベンチに座っている男だった。
「間違いないのか」
まっすぐに豊田の目を見据えながら、確かめる。
「袖から点いたままの蛍光灯を出したり引っ込めたりするってのを持ち芸にしてる手品師がいるなら、話は別だ」
おどけた言葉の中にも、かすかな興奮が混じっていた。
「場所は」
「東京都新宿区内藤町。新宿御苑だ。日本庭園 上ノ池付近」
「近いのか」
「ちと遠い。ここから御苑の向こう端だ」
「どれくらいかかる」
「地下鉄で二駅。ダッシュ込みで二十分ってとこか？」
豊田の言葉に、歩はもう一度画面の中の男を注視した。解像度が低く、はっきりと表情まで分かるわけではないが――
「今すぐどこかに行きそうという雰囲気ではないな」
「ああ。携帯で電話してたみたいだったしな。
誰かと待ち合わせてるのかも知れない」
「誰と」
思わず語気を強めてしまい、豊田の顔に意地の悪い笑みが広がった。
「蒼乃が知らない相手を、オレが知ってるわけないだろ」
その、からかうような視線から顔をそらして。
「詮索のヒマはない。行くぞ」
早口に告げる歩。
「了解しました、隊長殿」
豊田はバッグを肩にかけると、そう答えた。
■遁走者と追跡者。
十分ほど、時音と他愛ない話をしていてから、携帯電話を切った。
囮だなんだとは言うようなものの、きちんと気にかけてバックアップしてくれている。
そのことに少し勇気づけられ、『時音』はベンチの上で大きくのびをした。
怯えていたときは辺りの景色を楽しむ気持ちのゆとりなどなかったが、今はちょっとその余裕が出てきている。
新宿の次は、どこに行こう。なるべくいろんなところを回って、囮役を果たさないと…
そんなことを考えながら、ぼんやりと目の前の池や葉桜の並木を眺めた。
ゆるい晩春の風にふかれながら、のどかな風景を楽しむ。
ほんのちょっと休むだけのつもりが、いつの間にか三十分近い時間が経ってしまった。
それが、油断だった。
「時音ぇッ！」
いきなり後ろから刺すような鋭さで名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせて振り返る『時音』。
と、同時に。
夕立のような音を伴って、腰掛けたベンチの周りに降り注いでくる思念制御の矢の嵐。
「うひゃあっ！」
情けない声を上げ、『時音』は頭を抱えた。
時音の周囲１５センチの空間だけを残して、矢の形を採った破壊の意志が、ベンチを粉々の木片に変えていく。
永遠にも思えるような数秒のあと。
矢の嵐が終わったのを知って、全身に木くずを浴びた『時音』がおそるおそる顔を上げると、
「時音…！」
目の前に、何とも言い難い表情をした少女が立っていた。
「え…え…？
歩…？」
どうにかそれだけ口に出す、『時音』。
やおら、少女――――蒼乃 歩は、『時音』の胸ぐらをつかみあげた。
「時音…お前、なんだッ！ 今の反応は！
隙だらけじゃないか！」
目を白黒させる『時音』を揺さぶって、歩が声を荒げる。
「何にツッこんでるんだか知らんが、お前もたいがいだと思うぞ…」
その後ろで、なぜか豊田君が呆れ顔を浮かべていた。
どうしてこの二人が一緒にいるのか。訳が分からない。
『時音』は歩の手から逃れようともがいたが、外見が時音でも中身は柚葉だ。能力的には、時音の年齢の青年の平均と大差ない。
じたばたする『時音』に、愕然としたような哀れみの表情を浮かべる歩。
「時音…お前、なんてナマり方だ。
これで式 顎に勝ったっていうのか？」
言って、半ば放り出すように『時音』を解放した。
ぼろぼろになったベンチにうずくまり、ケホケホと咳き込む『時音』を見下ろしながら、
「人間達になんて囲まれて暮らしてるから、そうやって鈍っていくんだ…」
底知れない怨嗟を込めて声で呟く。
「歩…何しに…」
のど元を押さえながら、歩の顔を見上げた。
「決まってる」
歩は決然と答えた。
「お前を未来に連れ戻しに来た。
異能者の訓練キャンプで、一から鍛え直してやるからな！」
冗談ではない。
時音の話に聞くような戦闘天国になった未来世界の、しかも「訓練キャンプ」なんてものに放り込まれたら、柚葉は半日で廃人になるだろう。
『時音』は心を決めた。
しゃがみ込んだままで息を整え、歩が腕を掴もうと手を伸ばしてくるのを視界の端に納めた。
『光刃』の力を意識する。
歩の指が、自分の腕に触れた瞬間。
「えやっ！」
気合いの声とともに、下から伸び上がるように『光刃』を振るう。
へろりっ！
音が聞こえそうなほどのへなちょこな斬撃。
それでも、手が触れるほど近寄っていた歩は、とっさに大きく一歩飛び退った。
その一瞬を逃さずに。
『時音』はくるりと歩に背を向けると、一目散に駆けだした。
後ろで歩が何か言っているような気がしたが、振り向くことはできない。
人生最大級の速度で、新宿御苑の中を突っ走った。
「ああ、待てコラ時音ーッ！」
時音が必殺の距離で自分に『光刃』を振るってきたこと。
そしてその『光刃』が、とてもじゃないが信じたくないほど萎え萎えな一撃だったこと。
そのＷショックから三秒で回復すると、歩は怒声を上げた。
「風野さん、速えーなー。
もう見えなくなったぞ」
かたわらで他人事のように感心した声を上げる、豊田。
歩はあらゆる恨みと八つ当たりを込めて、彼を睨み付けた。
「お前ら人間が、時音をあんな風に変えてしまったんだッ！」
「そっか。全人類を代表して謝ろう。
すまんな」
あまりにもあっさりと。
豊田が深々と頭を下げてきて、歩は振り上げた拳のぶつけどころを無くされてしまった。
「く…ッ
お前はどうしてそう、俺のタイミングをいちいち…」
そこから先が上手く言葉にならない。
歩はいらだたしげに手を大きく振ると、
「とにかく、追うぞッ！」
時音の走っていった方を指さした。
「見つかるかぁ？」
「見つからなかったら、代わりにお前をキャンプに放り込んでやる！」
「…それもアリかな」
「アリかな、じゃないッ！」
変なところで記者魂を発揮する豊田を怒鳴りつけ、歩は時音の後を追って走り始めた。
『時音』が、ポケットから「行きはよいよい」が流れていることに気付いたのは、周りの様子がさっきまでとは違っている場所まで来てからだった。
足をゆるめ、恐る恐る後ろを確認してみる。
まばらに行き交う人々の中に、歩の姿はなかった。
疲労がどっと『時音』に襲いかかる。フラフラと芝生の上に座り込み、携帯電話を引っ張り出した。
「もしもしぃ…」
「ああ、柚葉さん。
良かった…なかなか出ないんで、心配しました」
時音の声だった。
「うっうっ…時音ー。
助けてー…」
思わず泣き出してしまう、『時音』。
「どうしたんです？ さっきの『光刃』、今度は本当だったんですか？」
「歩ちゃんがー…」
「歩が！？」
名前を出しただけで全てを悟ったのだろう。受話器の向こうで、時音も面食らった声を上げていた。
「それはまた…やっかいなヤツが来ちゃったなぁ…」
「どうしよー…」
「…勝てそうですか？」
「ムリだよっ！」
ぽつりと聞いてきた時音に、『時音』は悲鳴のような声を返した。
「やっぱり」と、時音が苦笑いしているのが分かった。
「今、どうなってるんです？
電話してるってことは、捕まってはいないんですよね」
「うん…何とか振り切ったトコ。
まだ新宿御苑にいるんだけど…」
「分かりました。無理しないでください。
誰かその辺の人に化けて、歩をやり過ごして戻ってきてください」
「うん…ゴメンねー…」
「なに言ってるんですか」
時音の声は優しかった。
「また明日も、お願いするんですから」
そして底知れず、絶望的だった。
「ああーッ！ ちくしょぉッ！」
歩は拳を天に振り上げて、口汚いののしり声を上げた。
時音を見失ってからすでに一時間以上。
この広い新宿御苑の中で、二本の足と二つの目だけでたった一人の人間を捜そうという方が無理だった。
「目」の数を増やそうとした豊田の当初の行動は、まったく的を射ていたわけだ。
つくづく、そう認めさせられてしまう。
「あーあ…キャンプ行きかな、オレ」
その、駆けずり回る歩に平然とした顔でついてきている豊田が、ぼつりと。
「黙れッ！」
とりあえず殴っておいた。
それから、未練たらしくもう一度公園の中を見渡す。
見える範囲に時音の姿はない。
「…くッ」
苦鳴がもれたのを聞きつけたのか、
「嫌われてんなー、蒼乃」
豊田は殴り倒されて芝生に転がったまま、実にムカつく一言を口にしてきた。
「下らないことを言ってないで、どうすればいいか考えろ！」
「おお。頼られてるじゃんオレ。
やったね」
「べっ…別に、頼ってはいない！」
「あっそ」
あわてて打ち消す歩をあしらうように。
豊田はハンドスプリングの要領で鮮やかに芝生から飛び起きた。
そして、ぱんぱんとズボンに付いた葉っぱをはたき落とすと、
「なんにしても、もう風野さんは御苑を出ちまったと思うべきだろうな」
御苑を囲う壁の方へ、くるりと顔を向ける。
「く…ッ！」
歩の口から、もう一度苦鳴が。
そんな歩に、豊田は「しょうがない」と言うように肩をすくめ、
「じゃ、とりあえずメシでも食いに行くか」
当たり前のように、一言。
「は！？
何で俺がお前とメシなんか食わなきゃならないんだ！」
「何故かと聞かれたら、腹が減ったからだな」
「なぜお前となんだって聞いてるんだ！」
「作戦会議を兼ねてだよ。
長丁場になりそうだからな」
「…作戦会議？」
「イヤならいいぜ。明日からは一人で頑張ってくれ」
素っ気なく言って、豊田はすたすた歩き始めた。
「…おい」
その背中を見送りながら、つい呼び止める歩。
「んー？」
いい加減な返事が返ってきた。
「…その作戦、勝算はあるんだろうな」
他になんと声をかけていいか分からずに、とりあえずそう口にする。
「『ドアの前には立たせてやる。開けるのはお前自身だ』ってやつだ」
「…なんだそれ」
訝しげな顔を浮かべる歩に、豊田はにやりと笑った。
「信じろってことさ」
そしてまた、御苑の門に向かって歩き始める。
「早く来ないと置いてくぞー」
「お前な…俺をなんだと」
文句を言いかけたが、豊田の後ろ姿が次第に遠ざかっていくのを見て取ると、歩はもう一度小さく舌打ちをした。
そして。
「しょうがないな…おい、コラ、待てって」
小走りに、その背中を追いかけた。
■後日談。
まるで三下のように。
「時音ー…
もうダメだよ、絶対次は死んじゃうよ」
今日もぼろぼろになって返ってきた柚葉は、布団の上に身を起こした時音に泣きついた。
「そうですね…僕の体調もずいぶん回復しましたし。
ありがとうございました、柚葉さん」
苦笑いで、頭を下げる時音。
「じゃあ、もういい？ 囮やらなくていい？」
「はい。ご苦労様でした」
微笑みかけると、柚葉も泣き笑いになる。
「はうー…やったよー」
「しかし、日増しに巧妙になっていきますね。歩の襲撃」
「…うん。気の休まるヒマがなかったよ」
ゲリラ戦さながらの、どこから襲撃されるか分からない日々を思い出して、自分の肩を抱く柚葉。
「時音はんは、それを今までずっとかいくぐって来てたんやなぁ」
「はは…まあ、ここまで連日じゃ、なかったですけどね」
言って、時音は立ち上がった。
付き添うように腰を上げた歌姫が、彼の手に、きれいに洗濯されたいつもの服をそっと手渡す。
受け取りながら、しばし二人の視線が重なる。
そして、どちらからともなく微笑みを浮かべた。
「大丈夫」
時音が、誓うように口にした。
「僕は必ず、ここに帰ってくる」
「今日こそ決めてやるぞ、時音！」
きつく拳を握って、歩は決然と声を絞った。
「まったくだ。毎回毎回逃げられて、よっぽど嫌われてるんだな、蒼乃」
雑音に裏拳を叩き込み、
「場所は！」
情報だけを要求する。
「聞いて驚け、因縁の桜並木だ」
まったくダメージを感じさせない声で、豊田。
「…新宿御苑か」
「ビンゴ」
「何でまた、同じ場所に？」
「誘ってるんじゃないか」
言って、豊田がＰＣのディスプレイを向けてきた。
その画面に映る、Ｗｅｂカメラの画像の中で。
『光刃』を手にした時音が、残映が残るほどの鮮やかな剣さばきを見せていた。
八方から舞い散る木の葉を、竜巻のように一枚残らず両断していく。
それはまるで、舞踊のような優雅さを帯びて。
「…完全復活か？」
「むしろ、本物登場って感じだな」
豊田の言葉に、「ふん」と不敵な笑みを浮かべ。
歩はゆっくりとイスを立った。
それから、豊田の方へ顔を向ける。
「行くぞ」
「上等」
黒塗りのごつい一眼レフカメラを片手に、背の高いアトラス編集部アルバイターも口元に笑みを刻んだ。
そして二人は、新宿御苑目指して走り始めた。
Ｅｎｄ．
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1219／風野・時音（かぜの・ときね）／男／１７／時空跳躍者
1355／蒼乃・歩（あおの・あゆみ）／男／１６／未来世界異能者戦闘部隊班長
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。草村悠太です。
柚葉と綾の新サービスにご依頼（してない？）いただきまして、ありがとうございました。
今回のテーマは、「愛」です（真剣）。
プレイングでは「柚葉嬢と対決」というコトになっておりましたが、柚葉の変化は外見を変えられるだけで、能力まではコピーできません。
まっとうに対決しようものなら、一瞬で決着がついてしまうことに…
そんなわけで、ノベルでは柚葉嬢の変化した『時音』を索敵し襲撃するという、そのプロセスを描く方に力点を置きました。
そして、蒼乃歩嬢と豊田にプチロマンスを…（笑）
それでは、新作でお会いできることを祈っております。
ありがとうございました。
草村 悠太
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