■化けもの屋敷・狸編■
碧川桜 |
【0441】【無我・司録】【自称・探偵】 |
「……はぁぁあああ〜………」
妙に長々と深い深い溜め息をついては肩を落としているのは月刊アトラス編集部の三下だ。また編集長にどやされたんだろう、と誰しもそう思っていた。なので大抵の人は、白王社のロビーでソファに座って蹲っている三下を眺めるだけで声も掛けてやらなかったが、何の因果か、さてはて運命か、いつの間にやら三下の隣に座って話を聞いてやる羽目になった。
「狸なんですけどね…ええ、年若い、きっと狸界では美人の部類に入るメスダヌキなんですけどね。…え?なんで美人だって分かるのかって?それはですね、彼女が人間に化けると、そりゃもう腰砕けな美女に……って、あっ、その顔は信じてませんね!本当なんですよ、茶釜子……ええ、茶釜子って言うんですけどね、っつか僕が名付けたんですけど。え?ネーミングセンスが皆無って?…ほっといてくださいよ。…でね、その茶釜子なんですが、実は今度、一緒に家に来てくれと頼まれてまして…ええ、茶釜子が住んでいる家です。僕も事情があって一度内緒でそこを訪れているんですが、なんか可笑しな所なんですよね。一人の男性が住んでいる事は確かなんですが、それ以外にいるのが茶釜子以外ではキツネだのカワウソだのイタチだの…そうです、古来から化けて人を騙すと言われている動物達ばかりなんですよね。…だから僕、なんか不安で。……ねっ、どうです?一緒に行ってくれませんかッ?」
そう言って目を輝かせ、手をぎゅっと握り締める三下の様子は、お願いと言うよりは脅迫、或いは懇願に近かった……。
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化けもの屋敷・狸編
*ユウウツ*
人を化かす獣が人に恋をする。それもこの時代の一偏なのですかねぇ…そうしみじみと感慨深げに零す司録の様子は、どこか若い二人の行く末を案じる年長者の雰囲気を漂わせていた。そんな自分に気付いて、思わず司録は口の形で嗤う。
…いや、そこまで私はまだ年老いてませんよ?…尤も、この私に歳月と言う概念が存在するのなら、と言う話ですが……。
「はあぁっぁぁああああぁぁぁ〜………」
何やら盛大な欠伸を…ではなく溜め息を零す三下を見て、隣の化楽が苦笑いを零す。
「なんですか、三下さん。そんなに気を落とす事はないのでは?何も茶釜子さんの家に行ったからと言って、取って喰われる訳じゃないでしょう」
「みあおは、べっつに三下がモノノケに取って食われてもヘイキだけど〜」
だってジンチクムエキだし、と身も蓋もないが的確?なご意見に三下の肩ががっくりと落ちた。
「み、みあおちゃん…そんな殺生な……」
「みあお、三下にちゃん付けで呼ばれる筋合いないもーん。みあおの目的は、あくまで茶釜子よ!茶釜子にはイロイロ聞きたい事あるし。それにだって、茶釜子ってタヌキもニンゲンもどっちもすっごい美人なんでしょ?」
そう、みあおが言った途端、化楽の中で何かがざわりと蠢く。化楽本人は、風邪の前兆の寒気かとだけ思ったが。
「しかし三下サン、今回のこの訪問、どれだけ重要な意図を含んでいるのか、ちゃんと理解してますか?」
三人の後ろから付いて来るような形で一緒に歩いていた司録が、ふと声を掛ける。首を捻って背後を振り向き、三下がきょとんとした表情を見せた。
「……重要な、意図……?ですか……?」
「ええ、そうです。愛しい人…失礼。愛しい狸サンの自宅へのご招待。きっと茶釜子サンは貴方を自分の親代わりとなっている人に紹介するつもりなんじゃないですか?」
「…もしかして、それって……」
「みあお知ってる!コンゼンコウショウって言うんだよねっ!」
違います。
「えええっ、僕はそんなふしだらな事、してませんよ!」
お前も納得するな、三下。
「ふざけてんじゃねェよ、三下よ。もしかしたら茶釜子の、一世一代の大勝負かもしれねぇんだぜ?あんな別嬪がそこまで腰据えてお前と付き合おうってんだ、てめぇも男ならちったぁ腹括って行きな!」
化楽の様子がいつもの如く変わった事に、他のメンバーは気付いているのかいないのか。茶釜子の名前が話に出て来た時から、犬神が出て来たくて出て来たくてずっとうずうずしていたのだ。しかもどうやら『婚前交渉』の単語に刺激を受けて飛び出して来たらしいが。
「まぁ大丈夫ですよ、三下サン。元より物の怪が人を騙すのは、己等には住み難い、人の世の狭間で生きる為です。茶釜子サンには貴方に対する悪意は全くない。貴方に対して危害を加えるような事は何もない筈ですよ」
「そうよねぇ。そんな、みんながうずうずしちゃう程の綺麗なコが、三下如きをわざわざ誑かす為に家に呼んだりはしないものね。自分のおうちに呼ぶって事は、それだけ三下の事を信頼してるからだろうしね?…みあおは、その事自体信じられないけど」
「いずれにせよ、一回は訪れておかないと話にならないでしょう?茶釜子サンとは最早深い仲と言っても過言ではない筈ですし…」
司録の言葉に、納得する部分もあるのかないのか、三下は溜め息をついて小さく頷いた。
「まぁいいじゃねぇか、三下!こんだけてめぇの応援もいる事だし、狸なだけに泥船に乗った気でどーんと行きやがれ!」
……沈むよ、それ。
*オジャマシマス*
四人はのんびりと昼下がりの街並みを歩いて目的の家まで向かった。みあおは、冒険の必須アイテム?懐中電灯がこんな昼間では役に立たない、と嘆いていたが、
「いえ、分かりませんよ?なにしろ人の姿に化ける事ができる狸のいる家ですから、昼間でも薄暗く、或いは盲いる程の真っ暗闇かもしれませんし?」
「し、司録さん、驚かさないでくださいよぅ…さっき、心配ないって言ってたばっかじゃないですか…」
冗談混じりの司録の言葉に、三下は真面目に怯えて情けない声を出す。その三下よりもずっと小柄なみあおが、片眉を上げてバカにしたように三下を見た。
「なっさけないの!なんでその茶釜子は、三下なんか気に入ったのかなぁ?みあお、不思議でしょうがないよ!」
「それは俺もいずれはっきりとさせたい事柄だね。あれかね、駄目な男ほどイイオンナを惹き付ける事もあると言うが…」
「いえ、その前に茶釜子は狸ですから…」
ご尤もな三下の言い訳にも、みあおと化楽は聞く耳を持たない。
「ああっ、三下、それ差別ー! 狸も人間も、鳥だってそんなに変わらないじゃない!相手が三下ってのが問題なだけで、きっと茶釜子のキモチは真剣なモノだと思うよっ?」
「当たり前だろうが! あんな別嬪で気立てのいいコはそうそういやしねぇぞ?お前にて勿体ねぇぐらいの上玉じゃねぇか」
そうなの?と尋ね返すみおあに、化楽は(と言うか犬神は)自信を持って深々と頷く。キッ、と厳しく睨みつけるみあおに、思わず三下は司録の後ろに隠れた。
「まぁまぁ…みあおさん、三下サンをそう責めないであげて下さいよ。まだ彼はきっと、茶釜子サンの本当の魅力に気付いていないだけなんですから…」
「……司録さんまで…」
どうやらこのメンバーに己の真の味方はいない事を今更ながらに悟って、三下ががっくりと肩を落とした。
勿論、司録は何を今更と言う顔で脱力する三下を見守っていたが。
やがて辿り着いたのは一件の日本家屋。平屋建てで土塀が長々と続き、瓦屋根の庇のある重厚な門構えの、昔ながらの日本建築である。なかなか時代を感じさせる建物ではあるがその割りには古びた様子も無く、新しいものと古いものが渾然一体となって同居している、そんな感じである。呼び鈴もないこの家の前で三下は困ったように眉知りを下げて佇む。どうやって来訪を知らせよう、と迷った所で誰かが屋敷の庭を走って来るような足音がした。
「三下サん!」
ぎぃ、と時代掛かった音を軋ませて門が開き、嬉しげなカタコトと共に顔を覗かせたのは茶釜子・人間の女性バージョンである。綺麗な金茶の巻き毛を肩より下へと垂らし、三下を出迎える様は下手な人間の女性よりもよっぽど健気で甲斐甲斐しい。改めてみあおが、三下へと胡乱な視線を投げ掛ける横で、狸の姿の方がずっといいのに…とぼそり嘆く化楽の姿とそんな様子を端から眺めてはニヤニヤと嗤いを浮べる司録の姿があった。
「三下サん、ゴメンナサイ…今日、ゴシュジンサマはお留守なの…あたし、てっきり今日はお仕事の日じゃないと思い込んでたから、三下サんをお誘いしたんですけど…」
茶釜子の日本語は随分と上手になったようだ。
「ゴシュジンサマってここの家に住んでる人?」
みあおが屈託ない笑顔で茶釜子に話し掛ける。同じ女である所為か、それともみあおの奥底にある、普通ではない特別な力を持った者同士のインスピレーションか、自己紹介をした直後から二人は大変仲のいい友達同士になったようだった。
「そうよ。ゴシュジンサマはあたし達の面倒を見てくれて、いろんな勉強をさせてくれる人なの。あたしの人間への変化の事で、三下サん達にはとってもお世話になったから、ゴシュジンサマも一度会ってみたいって仰ってたの。だから…と思ってご招待したんだけど…」
「いや、俺はあんたがいればそれだけで充分だけどな」
とっても正直な意見を化楽が述べる。奥座敷の静かな畳敷きの部屋で、茶釜子が勧めてくれた座布団の上で正座をして辺りを見渡していた司録も視線を戻して言った。
「まぁ、もし茶釜子サンさえ宜しければ、と言うかご希望としては、これからも三下サンがここを頻繁に訪れてそのご主人様ないし同居中の他の方々と仲良くなって行ければいいとお考えなのでしょう?でしたら今日の所は取り敢えず…と言った所でしょうね」
「あっ、みあおもまた来たーい! もっと茶釜子といろんなお話したいな。…三下のいない所で」
そんなみあおの様子に、茶釜子も嬉しげに顔を綻ばせる。時折ちらりと三下へと恥じらうような視線を送る辺りはまさに恋する乙女の様相だが、それ以外の訪問者達は、一応主役である筈の三下なぞ既に蚊帳の外状態であった。
ちらり。襖の隙間から何かが覗く。一瞬金色に光ったようなそれは、どうやら狐の尻尾らしい。縁側の下からひょこんと頭を覗かせたのは、この間まで川で蜃気楼の真似事をしていた獺である。屋根裏をカタカタと走る物音は鼠であろうか。さっき床の間には置物の振りをした懐かしきや、ぶんぶく茶釜のような格好をした猫の姿があったが、それは茶釜子の変化ではなく、これは猫がぶんぶく茶釜に変化をしたものらしかった。
見なきゃいいのに、それらにいちいち気付いてはワーとかぎゃーとか叫び声を上げる三下に、みあおが眉を顰めて可愛らしいその鼻先に皺を寄せた。
「…三下、うるさーい。んもう、ここにいる皆はべっつにワルイコトしようなんて思ってないんだから、大人しくしててよね、もぅ〜」
「そそそ、そんな事言ったって…」
「三下サンもしょうがありませんねぇ。茶釜子サンと知り合ってもう結構経つんですから、馴れたでしょう?こう言う展開も」
「と言うか、あの月刊アトラスの編集部にいて、なんでこう言う現象にいつまでたっても馴れねぇんだよ。その方が俺は不思議だな」
口々に、しみじみと言われてがっくりと三下は脱力する。言われたことは至極尤もなのだが、だからといって超常現象の類いと言うものは生理的な何かも関わっている訳であるし、馴れる馴れないと言うレベルの問題ではないと思うのだが…。
尤も、三下の乏しい語彙力では、彼等にきっちり言い返す事なぞ出来やしなかったが。
*オイトマ*
結局、茶釜子が彼等を紹介したがっていた『ゴシュジンサマ』とやらは夕暮れになっても帰って来る気配はなかった。それで、余り長居してはと四人は茶釜子宅を退去する事にした。
「また来て下さいね、三下サん。今度こそ、ゴシュジンサマに居てくれるようオネガイしておきますね?」
ね?と物凄く可愛らしく小首を傾げる様子に、さすがの三下も脂下がる。その様子を見てみあおがやれやれ…と大人びた様子で肩を竦めた。
一見すると二人の若い男女に見える、三下と茶釜子。だが実際は人間と狸でお互い相容れぬ存在なのだ。古来より叶わぬ間柄の悲恋物は定番ではあったが、それはあくまで人間の描くロマンスであった筈だ。それを今は獣である狸の方から望み、叶えようと努力している。その努力は全くの無駄になるかもしれぬのに。この奇異なる縁、寧ろこれこそが混濁する今の世に相応しい関係に、司録は思えてならないのであった。
屋敷を立ち去る四人を、茶釜子は姿が見えなくなるまで手を振って見送った。その様子を、時々振り返って眺めていた化楽がしみじみと呟く。
「…んとに、イイオンナじゃねぇか…勿体ねぇ」
「ホントにねぇ」
同意してみあおも頷く。ふと、司録が言葉を漏らした。
「そう言えば今更ですが…茶釜子サンの言う『ゴシュジンサマ』とは、何者なんでしょうかねぇ?」
「………」
そう言えば全く気にしていなかった。今更のように四人は振り返ってあの屋敷の方を見詰める。夕暮れの逆光で黒黒とした姿に変えたあの和風建築は、さっきよりも幾分大柄に、そして怪しげな雰囲気を漂わせて竹薮の中に佇んでいた。
おわり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 1415 / 海原・みあお / 女 / 13歳 / 小学生 】
【 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34歳 / 絵本作家 】
【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせ致しました、碧川でございます。この度はご参加、ありがとうございます(深々)
無我・司録様、いつもありがとうございます!碧川にとっては初めてのシナリオでしたが如何だったでしょうか。どうもぎくしゃくした感が否めませんもので、こんな場で失礼ですがお詫び申し上げます…(汗) 少しでも楽しんで頂ければ光栄です。
化けもの屋敷シリーズは今後も続く予定です。もし宜しかったらまたご参加くださいね。
それでは今回はこの辺で…またお会い出来る事をお祈りしつつ。
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