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■哀しい夢■

在原飛鳥
【1476】【鏑木・花】【喫茶店店員】
『まだ誰も知らないところへ行こう、とあなたは言うの。
そこへ一緒に行けるんだと思うととても嬉しくて、私はあなたに手を伸ばす。
けれど、そこは誰にも赦されない場所だった。
おねがい、だれか。誰か彼を止めて。一分でも一秒でも早く彼に追いついて。
誰でもいいの。誰か。だれか…………おねがい。』

「……とまあ、こういう感じなんだが」
表示された文字を指で示して、自称「紹介屋」の太巻大介(うずまきだいすけ)は振り返った。
「ネットサーフをしていると、突然画面が切り替わって、スクリーンにこのメッセージが表示されるんだな。スピーカーをオフにしていても、しっかり電源が入って音楽が流れるっつぅスグレモノだ。…で」
太巻が再びエンターキーを叩くと、スクリーンに新しい文章が浮かび上がる。

・貴方の大事なものはなんですか?
・貴方が一番心に残っている思い出は?

質問の下で、答えを待つかのようにカーソルがチカチカと瞬いている。
「コイツが一体なんなのか、確かめて欲しいって依頼だ。こんな簡単なことで小遣いもらえるんだから、ボロい商売だよ。どうだ?受けてくれるんなら、このサイトに辿り着く方法を教えてやるよ。大丈夫、コイツのせいで人が死んだなんてことはねぇからさ。……たぶん」
最後にぼそりと付け加え、肩肘を突いた銜え煙草で太巻は返答を待っている。


<<おねがい>>
貴方のキャラクターが依頼を受けてキーボードに手を置くと、質問の答えが本人の意思とは関係なく打ち込まれます。
ご注文いただける際には、キャラクターの大事なもの&心に残っている思い出をお知らせください。小説作成の参考にさせていただきます。(任意ですので、思い浮かばない場合は無理に書いていただく必要はありません)

哀しい夢
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『まだ誰も知らないところへ行こう、とあなたは言うの。
そこへ一緒に行けるんだと思うととても嬉しくて、私はあなたに手を伸ばす。
けれど、そこは誰にも赦されない場所だった。
おねがい、だれか。誰か彼を止めて。一分でも一秒でも早く彼に追いついて。
誰でもいいの。誰か。だれか…………おねがい。』

「……とまあ、こういう感じなんだが」
表示された文字を指で示して、自称「紹介屋」の太巻大介(うずまきだいすけ)は振り返った。
「ネットサーフをしていると、突然画面が切り替わって、スクリーンにこのメッセージが表示されるんだな。スピーカーをオフにしていても、しっかり電源が入って音楽が流れるっつぅスグレモノだ。…で」
太巻が再びエンターキーを叩くと、スクリーンに新しい文章が浮かび上がる。

・貴方の大事なものはなんですか?
・貴方が一番心に残っている思い出は?

質問の下で、答えを待つかのようにカーソルがチカチカと瞬いている。
「コイツが一体なんなのか、確かめて欲しいって依頼だ。こんな簡単なことで小遣いもらえるんだから、ボロい商売だよ。どうだ?受けてくれるんなら、このサイトに辿り着く方法を教えてやるよ。大丈夫、コイツのせいで人が死ぬなんてことはねぇからさ。……たぶん」
最後にぼそりと付け加え、片肘を突いた銜え煙草で太巻は返答を待っている。


□―――ゴーストネット
「引き受けるのは一向に構いませんけど……私特殊な能力とかありませんよ?」
モニターに映し出された文字から、花は太巻に視線を戻した。唇の先に煙草を銜えた太巻は、おどけた顔をして両手を広げてみせる。
「構わねェよ。どんな力を持ってても、使い道がないんじゃ意味もねえしな」
言いながら、太巻はコンコンとモニターを叩いた。
「とりあえず、行ってみてくれりゃいいんだ。危なくなったら手を引いて構わねえし、ヤバそうだったらおれが手を出すからさ」
わかりましたと頷いてから、花は思わず微苦笑を浮かべた。画面に表示されたメッセージは、見ていると哀しくなると同時に、彼女が相手に向ける気持ちの強さを考えると少し羨ましい。それだけの気持ちを持ち続けることが容易ではないということを、花はよく知っていた。
反応を待っていた太巻が怪訝そうな顔をしたので、花はもう一度ディスプレイに視線を向けた。
文章を見る。彼を止めてくれ、という切実なメッセージを。
「彼」は何かをしようとしているのだろうか?何か、赦されはしないことを。
それとも、彼女を置いていってしまったこの人を、止めて欲しいだけなのだろうか。
「いろいろ考えても良く分からないから……サイトに行ってみます。太巻さん、方法を教えてください」
頬杖をしたまま花を見上げていた太巻は、その言葉で立ち上がった。
「おぉ、そうこなくっちゃな」
一度手招きすると、太巻はぶらりと店の奥に設置された個室へと歩いていく。
再び花がモニターを見ると、僅かずつ変化していく背景の中で、メッセージは依然としてそこで花に呼びかけていた。

□───ゴーストネット/個室
「危険なことはないと思うが、まあ何かあったらどうにかしてやるから、あんまり心配しなくていいぜ」
人の不安を煽りたいのか安心させたいのか、良く分からない言い方をして、太巻は花の肩を一つ叩くと部屋を出て行った。出掛けに太巻が電気を消していったので、花は薄暗い部屋で、そこだけ明るい光を放つディスプレイと向かい合うことになる。
太巻から教わった方法で操作をすると、見慣れた検索サイトが突然ぷつりと消失して、くだんの文字が浮かび上がった。バックグラウンドに、哀しげな旋律が流れている。
大事なものはなんですか?と文字が流れて花に訊ねる。
(やっぱり……)
目下片思いの冴えない編集部員の笑顔を思い出して赤面しつつ、両手をキーボードの上に乗せた。まだ、何かを書こうと思っていたわけではない。
それなのに、キーに触れた瞬間、花の手は意思を持ったかのように動き出していた。
「えっ、何……?」
モニターに花の指が入力した文字が打ち出されていく。

・貴方の大事なものはなんですか?
>>友人達。そして三下さん
・貴方が一番心に残っている思い出は?
>>三下さんが「ありがとう」って微笑んでくれるのを見た時

花の動揺などものともせずに、指は的確に、淀みなくその答えを打ち込んでいった。指の動きは、質問に対して花が考えをめぐらせるのを先取りする。
いつの間にか、目に映るすべてが靄だけになっていた。まるで深い霧の中に迷い込んでしまった時のように。
夢でも見ているのだろうか。
思わず首を巡らせて向かい合っていたはずのコンピューターと、太巻が出て行った個室のドアを探す。
何も見えない。顔を向けた先には、灰色の世界ばかりが広がっていた。

□―――霧の中
目を開けると、奇妙な空間に浮かんでいた。
辺りは乳白色の靄(もや)に包まれている。そこには上もなく下もなく、不安定になった自分の足が地面を探して頼りなく揺れる。
何度あたりを見回してみても、目に付く限りが灰色の世界である。
「一体……?」
花は頭をめぐらせた。景色があまりに変わらないので、自分が視線を動かしたかどうかもおぼつかない。
静まり返っていて人の気配はなく、風もないのに取り巻いた煙はゆっくりと移動し続けている。誰も居ない世界。どこからともなく微かに、空耳とも間違うような哀しげな旋律が流れてくる。
あのページで流れていた音だ。
その音にあわせて、誰かがか細く歌っている。歌声が遠くなったり近くなったりするたびに、心が震えた。まるで打ち寄せる波のように、花の心をざわつかせるのは理由のない不安。灰色の靄の中に立ち尽くしているのが、突然心細くなった。
足を踏み出しかねて佇んでいる花を促すように、ふわりと温い風が吹いた。息苦しいほどに立ち込めている靄が、重たい腰を上げてゆっくりと揺らぐ。
さぁっと見る間に靄が左右に割れて、花の行く道を作った。どこを見ても相変わらず靄に包まれているが、少なくとも目の前に拓けた道だけは他に比べて明るくなっている。
「このままここにいてもはじまらないですよね……」
自分が存在しているのだということを確かめ、自分に言い聞かせるために一人呟いて、花は歩き出した。
足の裏が地面につく感覚がないので、漕ぐように足を動かす。周囲に立ち込めた靄がゆらゆらと移動していくので、前に進んでいるのだと思うことにする。
実際、歩いていくうちに周囲は少しずつ明るくなり始めていた。相変わらず靄の中に佇んでいたが、辺りはさっきよりもずっと光が強い。
「この霧、どこまで続いてるのかしら」
何故かとても心許無い。どこを向いても圧し掛かる靄に、どんどん息苦しくなっていく。
自分の押し殺した息遣いがいつもより大きく聞こえる。心臓の鼓動までが大きくなって、内側から花を揺すぶっていた。この不吉な予感はなんだろう。まるで、この先の展開を知っている夢のようだ。よくないことが起こると分かっていて、分かっているから、今か今かと息を詰める。
花のまわりで、靄はゆっくりと揺れて渦を巻いた。「それ」は近づいてきている。息を殺して、花の様子を伺いながら、すぐそこまでやってきている。
どんどん大きくなっていく胸のざわざわが、嫌なことが起こると告げていた。
表情を硬くした花をあざ笑うかのように、立ち込めていた靄の一部が不吉な変化を見せる。
靄はゆっくりと楕円形に移動しつづけ、次第にそこに色がつき始めた。赤や白。グレー。黒、肌色……ぼやけていた輪郭がはっきりと形を取り始める。
そこにあったのは、懐かしい顔ぶれだった。色々な瞬間を一緒に過ごしてきた友人達が、靄の中で集まっている。そこには、ねずみ色のスーツを着た三下の姿もあった。何を話しているのかは聞き取れないが、楽しげに会話をしている。
ずっと変化のない靄に閉じ込められていたので、自分以外の人の姿を見た時には安心した。胸を過ぎった微かな疑問よりも、安心感に囚われて花は彼らのもとへ歩き出す。
10歩もあるけば辿り着ける。
…そのはずなのに、いくら歩いても彼らの姿は近づいてこない。砂漠の中で現れては人を惑わす蜃気楼のように、花はそこに辿り着くことが出来なかった。
花の存在などないかのように、彼らが楽しげに話す声がする。
花は耳を澄ました。
会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
「三下さん、よく行く喫茶店に、鏑木花ってコいるでしょ。彼女はあなたのことが好きなのよ」
「えっ、えっ?」
友人の一人が言った言葉に、三下は顔を赤くしている。それを三下に告げた友人は、花が聞いたこともないような声をしていた。相手の気配を探るような、粘着質な口調だ。
花はそこに立ち尽くす。いつの間にか、友人たちと三下は花のすぐ目の前まで迫っていた。誰一人として、花に気が付いた様子はない。
花には三下の顔が良く見えた。友人たちの、三下の反応を見守る顔もはっきりと確認できた。
三下は眉尻を下げて頭を掻く。
「困るなあ。どうしよう」
もう行かないほうがいいよ、あの店。ともう一人の友人が言った。
困るよね、と同情するように一人が笑った。
誰も花には気づかない。
花の耳には、三下の声がわんわん響いている。

困るなあ。あの子が僕を好きだったらすごく困る。
と。

□―――哀しい夢
気が付くと、見知った友人たちの顔も、三下の姿ももう見当たらない。
か細い旋律が再びあたりに流れていた。途切れ途切れだが、誰かの歌声が音楽と一緒に流れてくる。哀しげな調べは、太巻が見せたスクリーンのメッセージを思い出させる。
「アキラを止めて。……おねがい」
泣きそうな歌声が祈っている。気持ちを落ち着かせて、深呼吸をした。あれはニセモノだったと、自分に言い聞かせて息を整える。
花が前を見据えるとさあっと靄が晴れた。重苦しい世界に慣れていた視界が、突然広くなる。
その先に、一人の少女が座り込んでいた。俯き加減に見せる横顔がとても寂しげな印象だ。白いワンピースから覗く肩が、細くて痛々しい。
いつの間にか歌も音楽も止み、少女からもれる微かな嗚咽だけが聞こえてくる。声を掛けるタイミングを逸して、花は頭を垂れた少女を見つめた。視線に気づいて顔を上げた彼女は、涙に濡れた目を驚きに見開く。
「あなたは……?」
「…あ、私、花といいます。鏑木花。あのぅ、あなたのお名前は?」
少女は黒い瞳で花を見つめ、震える声でかろうじて「ナミ」と呟く。それからはらりと涙を零した。
「アキラがこの世界を作ったんです。誰もがこの世界に長くはいられません」
涙が漂っている靄に落ち、ふわりと靄を揺らして消えてしまうと、胸に小さな痛みが走った。また、わけもなく哀しくなる。
「ここにいると、誰もが哀しい夢を見続けてしまうの」
ナミは言った。聡明そうな目をしているが、涙の跡が残る彼女の顔は、やつれてしまって儚い。
「アキラというのが、ナミさんが止めて欲しがっている方ですか?」
「…そうです。アキラは……、アキラは人を操る方法を研究していました。そうすれば人は神になれるんだって言って……。でもそんなことは意味がないんだって、誰かに彼を止めてもらいたくて、私はずっと呼びかけていたの」
彼女の歌声はこの靄の世界に響き、どこからかコンピューターのスクリーンに表示されたのだ。
そして、少女は哀しい夢を見続ける。一人で、何もない世界で、「アキラ」という男のことを嘆きながら。
「それが、ナミさんの言う赦されはしないことなんですか?」
「…そうです。私には、アキラのしていることが良いことだとは思えない」
泣きはらした目に、一瞬だけ強い光が宿ってナミは花を見つめた。
「アキラを、止めてください。私はここから出られないんです」
きっとずっと長い間、アキラの夢を見続けて泣いている少女を前に、花はしっかりと頷いた。
「出来る限りのことはさせていただきます。私には、特別な力もなにもないけれど」
靄に掠れ行く視界の中で、ナミは小さく笑ったようだった。

□―――ゴーストネット/個室再び
気が付くと、花はモニターに向かったまま椅子に座り込んでいた。暗い部屋、青白い光を発して明るいコンピューターディスプレイ。周りを取り囲んでいた靄はどこにもないし、ナミという名の少女も居なかった。モニターの中には、チカチカと動画広告が切り替わる何の変哲もない検索サイトが表示されている。
長くて疲れる夢を見た後のように、身体に残った浮遊感はなかなかなくならない。
と、誰かが蛍光灯の電源を入れて、部屋は突然明るくなった。
振り返ると、戸口のところに太巻が立ってタバコを燻らせている。かけているサングラスのせいで、表情は良くわからない。
「オカエリ」
太巻は片手を挙げて笑い、花を手招きする。花がまだぼーっとしていると、急かすように部屋の電燈を点けたり切ったりして促した。
「長かったな。外はもう真っ暗だぜ」
出入り口のところで待っていた太巻に言われて窓の外を見ると、店に入った時には明るかった空はすっかり夜の帳が落ちている。一体どれだけの間、夢を見ていたのだろうと花はびっくりした。
「えーと……」
「報告なら後でいいぜ。歩きながらでも飯を食いながらでもできるからな」
一足先に廊下を歩き出しながら、廊下の灰皿に太巻は煙草を投げ捨てた。
個室を出ると、深夜近くになったネットカフェには殆ど人が居ない。太巻が使っていたものらしいコンピューターだけが、スクリーンセーバーを起動した他のモニターと並んで明るく光っている。
派手に色づけされたスクリーンは一面英語で、そこでスロットマシンやトランプの画像がチカチカ光っている。花を待っている間、堂々とオンラインギャンブルをしていたらしい。
「メシ食って帰る?」
花の為に開けた戸口を押さえながら太巻が聞いた。新しい煙草を銜えながら、すぐに笑って言葉を付け足す。
「それとも、冴えない編集員の顔でも拝みに行く?」
からかわれて、花は慌てて手を振った。
「みっ、みっ、三下さんは忙しいですから!お邪魔しては申し訳ないです」
その反応にひとしきり笑ってから、太巻は彼女を促した。
「今日のおれはもろきゅうが食える店に行きたい」
ネオンの下の人ごみに、太巻の長身が紛れていく。見失わないように足を速めながら、花は空を振り仰いだ。
ビルの谷間から覗く空は快晴だ。夢を髣髴とさせるような雲もなく、ネオンに照らされて紅い空は、高くどこまでも広がっている。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1476 / 鏑木・花 / 女 / 24 / 喫茶店店員

NPC
 ・1583 / 太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男 / 不詳 / 紹介屋 
  ありすぎるもの→自信
  なさすぎるもの→情緒
 ・アキラ /人を操り、神になろうとしている青年
 ・ナミ / アキラの知り合い。ネット「哀しい夢」で生き続ける少女。
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■         ライター通信          ■
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お・ま・た・せ・し・ま・し・た。
なんてこんなところでハイパーですいません。
相変わらず楽しく話を書かせていただいています。お元気ですか?
前回に引き続き、花ちゃんには大変お世話になっています。んもう!本当にありがとうございます。
感想もしっかり戴きました。キュン。(落ち着こう)
参加していただける方がより楽しんでもらえるようにと登場させる脇役たちですが、気に入っていただけると本当に嬉しいです!
これに懲りず、また遊んでやるかという気になっていただけたら、どうぞ構ってやってください。
お届けがやや遅れがちで申し訳ありません!(何をしていたのやら)
気に入っていただけたら幸いです。ではでは

在原飛鳥