■あやかし荘奇譚 剣客の下宿7 兄が庇った命■
滝照直樹 |
【1219】【風野・時音】【時空跳躍者】 |
まだ懲りていないのか?エルハンドをからかうためなのかどうかは定かではないが、兄・エルヴァーンがやって来ては数名の住人にボコボコにされて捨てられる日々が続いていた。
「神としての威厳はないのか兄貴は…」
呆れてしまって哀しいエルハンド。
彼は一瞬「未来」を視たが…鮮明に写らなかった…。
「何か悪い予感が…」
鮮明でなかった場合其れは父親や兄と同じ未来選択型の未来視なのだ…。使うことはないので…こうした形で視る場合がある。
あやかし荘沿いの道路で事故が起きる…ひき逃げだ。
急いで駆けつける者、救急車や警察を呼ぶ者
エルハンドと嬉璃は事故現場に向かった。
「兄貴?」
轢かれたのは…エルハンドの兄エルヴァーンだった…。
全神格を抱きかかえている布包みの「物」に与えている。
その場合、彼は人並みの体力しかない…。
「物」は「おぎゃー」と泣いた。
「赤ん坊?」
「兄貴…早く神格を自分に戻せ!」
嬉璃が赤子を抱き寄せたのち…必死にエルハンドは父親に叫び続けた…。
「こやつ何を伝えたかったのか?」
嬉璃は彼の考えていることが全然分からなかった…。
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あやかし荘奇譚 剣客の下宿7 兄が庇った命
●風野時音
時音は、天空剣の修行と高校生活、歌姫と過ごすことが日常だった。
いろいろと邪魔者はいるが、充実した毎日である。
退魔の仕事もこれといってないし、『神格』に関わることもあれから少ない。
もっとも、事件に首を突っ込むとなると歌姫がハリセンで止めるのだ。
歌姫なりの愛…と言っていいのだろうと。
時間矛盾による彼自身の消滅は無くなった。エルハンドも全能力は出しても、訃時は出来ないと告げている。記憶にあるだけならば、記録出来ないだけであり、其処まで歴史が変動する事はないのだ。何らかの媒体があったら其れは別の話となる。しかし、時間渦にて消滅した以上は「訃時」の代わりしか生まれないし、完全再生していても別の歴史の上での事なので時音の未来には全く影響はないのだ。
全くの不安要素はない。退魔剣士団も健在で、幼なじみが追いかけてくる以外は…。
いつも稽古をつけて貰う時音、一緒に参加する天薙撫子。剣の修行は辛いと言っても、時音は正当神格保持者であり、撫子も「天空剣」の技を覚えていく。縁側で嬉璃と歌姫達がノンビリと見学しているのが日常なのだ。
最も…相変わらずその平穏を乱す輩が来る。
「またあの兄貴だ…」
エルハンドの兄、エルヴァーン。一度あやかし荘を全壊しても懲りずに遊びに来ては…住民にボコボコにされ逃げていくという事を繰り返しているのだ。
「まったく…」
溜息をつく剣客をみて、皆は笑う。
ある日、撫子と一緒に修行中、道路で急ブレーキが聞こえ何かとぶつかった音を聞いた。
エルヴァーンが車に轢かれたのだ。車は逃げたため、ひき逃げ。
彼が全ての力を使って庇い続けていたのは…赤子だった。
一緒にいたエルハンドはエルヴァーンを担ぎ、撫子は救急車を呼ぶため急いであやかし荘にもどる。
嬉璃が泣いている赤子をあやすも一向に泣きやまない…。
時音がすっと赤子を抱き上げて、あやすと、落ち着いたのか泣きやんだ。
「器用なもんぢゃ」
感心する嬉璃。
「あやかし荘に戻りましょう」
時音が言った。
●時音のお守り講座
途中で宮小路皇騎と会い、一言二言話しただけで管理人室の方に向かう。
管理人室には、撫子と、遊びに来ていた海原みなもがいた。
時音は赤子を恵美が用意してくれた布団に寝かせて今後どうするかを考えていた。
撫子は、精神感応で『退魔一族』の子供と言う。
「現代の退魔一族は子供を捨てる事はないはず…」
時音は疑問を持った。
「おそらく、何者かに…魔に一族を殺されたのでしょうね」
現代の退魔一族は基本的にひっそりと集落で生活する。時音の属している退魔剣士団は「未来」から来たためつじつまが合うように「事情を置き換えられている」だけだ。東京という特化した怪現象を生み出す場所で魔を討つには組織化が必要なのだ。
時音は、赤子を自分にだぶらせてしまった。
赤子は目覚め、無垢な笑いを見せる。
「わたしはお守りしますね、経験はないですけど」
と、みなもが言う。撫子は、襲って来るかも知れない魔に対して対抗する準備をしていた。
「僕は…」
時音は、魔を討つかどうか一瞬悩んだが、
「僕はお守りします」
今できることは…自分が出来ることはそれと決めたのだ。
みなもと一緒にお守りをすることとなる時音。
「へー、昔にお守りしていたんですかぁ」
感心するみなも。
エルハンドに「未来のことをあまり口にするな」と言われているが「言葉を選んでいれば問題はない」とさえ、言っていた。
「ええ、僕が小さい時に住んでいた街で、近所のおばさん達にお守り頼まれていたんだ」
実際は、未来で大人が居ない状況に子供のお守りを担当していたことだ…。
みなもが赤子を抱いて楽しそうに笑っている。
ところが赤子がいきなり泣き出した。慌てるみなも。どうあやしても泣きやまない。
「あ、多分おなかが減っているんですよ」
時音が理由を教えた。
「えと、何がいいのかな?」
おろおろするみなも
「粉ミルクとか有りませんか?」
「ふむ、確か有ったはずぢゃ」
嬉璃が、台所に向かって
「おお、あった。賞味期限もだいじょうぶぢゃ」
という。
「じゃ、ミルクを作っておいてください、僕はほ乳瓶など買ってきます」
といって、部屋から出た。
「あ、わたしも…嬉璃ちゃんお願いします」
「うむ…おお、よしよし…」
ほ乳瓶のほかに紙おむつや育児用具を買いそろえるあいだ、みなもは時音に育児について色々訊ねた。
笑顔で答えながら、時音は話す。
几帳面にメモするみなも。本当にお守りをする気合いがひしひしと伝わる。
買い物が終わり、あやかし荘に戻ってくるのには実際時間はかからなかった。
ほ乳瓶に入れた人肌ぐらいに暖めたミルクをおいしそうに飲む赤子。
おなか一杯になったのかすやすやと眠る。
歌姫がひょっこり管理人室に顔をだしては、時音の側に座ってと赤子をみていた。
みなもは、時音と歌姫が赤子を眺めている姿をみて思わず…
「まるで家族みたいですね」
と、クスクス笑った。
時音とその恋人は赤面する。
それに反応したのか、赤子はおきてまた無垢な笑みを浮かべた。
歌姫が恐る恐る赤子を抱いて笑っている。本当に絵になる。
そして、歌姫はみなもに赤子を抱いたら?というふうに赤子を彼女に向けた。
みなもが赤子を抱えると、赤子の笑みに彼女は
「ほんと可愛いですね」
と感想を言う。
しかし、この子は退魔の一族、この事実を知った二人はこの赤子がどんな運命をたどるのかが不安だった。
おしめの取り替えの時に、赤子が女の子とわかる。
おむつの仕方を教わったみなもが初心者なのに手際よくやってのけた。
交代でお守りをしている間、みなもはネット環境を持っている住民に頼んで赤子についての情報を検索していた。時音は、手際よくお守りを続け、歌姫が寝かしつけるために子守歌を歌っていた。
外では、すでに魔との戦いが始まっている。時音とみなものお守りのお陰で、赤子は泣きもせず落ち着いていた。僕が出来ることは戦うだけではない。この子を守ることも…立派な役目だと思っていた。
決着は早く付いたようだ。
みなもは電話の音に気づき、
「あ、私が取ります」
といって管理人室から出ていった。
そして、エルヴァーンが意識を取り戻したことを喜びの笑みで伝えに来たのだった。
●退魔の子
エルヴァーンはこういった。
「ノンビリ散歩していれば、物陰で赤子の泣き声がしていた。見ていれば女性が死んでおり大事そうに赤子を抱いていた。女性の怪我に残留妖気があって灰になっていったよ…。それで、退魔一族が何者かに殺されたかと思った。死んだ女性を召喚して話を聞いたので急いであやかし荘に赤子を預けようと駆けだしたんだ…。で、この状態だ。…咄嗟のことだから子供を庇うことに専念してしまったよ。迷惑をかけた」
そして、赤子の今後をはなすと、
「…普通の人間に託すか、退魔の者に託すか自由にしてくれ。私が世話出来るわけでもない」
そう言った後、エルヴァーンは飛び起き、守っていた赤子から神格を取り戻した。残りの些細な傷は癒され活力がみなぎる。
「じゃ、また何処かで…」
と言い残し、瞬く間に姿を消した。
皆であやかし荘に戻ってから…のことである。
みなもと、時音は、抱いている赤子を見つめた。
赤子は「なぁに?」という顔をするがすぐ何事もなかったかのように二人に笑ったのだった。
「次は里親捜しですね」
と、少し名残惜しそうだがみなもが時音に言った。
「迷惑ばかりかけよって…」
病院の屋上で息子は溜息をついた。その遠く先に本当は寂しがり屋の兄が、あやかし荘がある方向を眺めているからだ。
しかし、彼は声をかけることはなかった。
End
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0328 / 天薙・撫子 / 女 / 19 / 大学生】
【0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)】
【1252 / 海原・みなも/ 女 / 13 / 中学生】
【1219 / 風野・時音 / 男 / 17 / 時空跳躍者】
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■ ライター通信 ■
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滝照直樹です。
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また機会が有れば宜しくお願いします。
滝照直樹拝
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