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■東の森の悪霊■
在原飛鳥
【0311】【サード・レオ】【ハーフサイバー】
闘技場は、血と汗と、熱気に溢れている。ムスターファと名乗った青年は、遠くスタジアムライトの下で戦う戦士を眺めながら腕を組む。
「この街から東に行った先に、スコムという村がある。小さな村だ」
浅黒い肌をした青年は、ムスターファと名乗った。アラブ系の顔立ちだが、瞳だけが氷を思わせて青い。
「そこにはいつからか怪物が現れて、村人を襲い始めた。怪物は村の東にある森に棲みつき、人を食べるのだという。人々は村が襲われないようにに、村人の中から生贄を出してその怪物にささげているそうだ」
ムスターファの脇で、痩せ細った少女が身体を縮めている。彼女は、怪物が村から出る人間を襲うのを承知の上で、村を抜け出してこの街に辿り着き、ムスターファに助けを求めたのだ。
「怪物はイービーと呼ばれている。怪物退治に、私一人では若干心許無いのでな。腕に自信があるのなら、どうか力を貸してもらいたい」
東の森の悪霊

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「……ようは…殺せばいいのでしょう?……楽しみです」
そう言って、風道朱理(ふどう・しゅり)は台詞には不釣合いな妖艶な微笑を浮かべた。ムスターファは無言で眉を持ち上げ、その後ろに隠れるように、彼が連れていた少女が身を縮める。
不穏な言葉を口にして笑う朱理に怯えたのか、それとも彼が連れている黒尽くめのハーフサイバーを怖れているのか。恐らくどちらもだろう。少女の身体は小刻みに震えていた。
「手を貸してくれるのなら、私に異論はないが」
朱理と、彼の連れているサード・レオに対して、臆した様子を見せずにムスターファは言う。言葉を切って背中に隠れた少女に声を掛けた。
「構わないかな。強いという点に関しては、彼らは期待に応えてくれる人材だとは思う」
少女の返事はなかった。相変わらず、ムスターファの背中に隠れるようにして朱理を見つめている。
「実力は買うけれど、信用はできない…ということですか?」
少女の顔から視線を外して、朱理は少し上の位置にあるムスターファに笑みを向けた。浅黒い肌の男は、感情をつかませない顔で朱理を見返している。
「それも、当然ですね。…怪物を退治したところで、私たちが村人を殺して喰らってしまうかもしれない」
人を殺すことで生の実感を掴んできた自分と、自分が殺した人の死肉を喰らって生きるハーフ・サイバー。信用できるほうがどうかしている。
しかし予想に反して、ムスターファは肉が削げ落ちた頬にちらりと笑みを刻んだ。
「君たちを信用できるかどうか、決めるのは私ではない」
そう言って後ろに手を回して少女の腕を取り、朱理の前に押し出した。
彼女が依頼主、というわけだ。あくまで雇われた者という立場を通すつもりなのだろう。
少女の大きな瞳が、じっくりと朱理に向けられた。瞳の奥底を覗き込むような、真っ黒な目だ。まじまじと見つめられる。それから、その視線はゆっくりと朱理の背後に控えたサード・レオに向かう。また数分、彼女は黒い装甲に覆われた殺人機をじっくりと観察した。
少女はレオから視線を外すと、深く深く、頭を下げる。
「よろしく、お願いします」

□―――東へ:サード・レオ
ムスターファと言葉を交わした後、朱理がおざなりに手を振ったので、レオは浅黒い肌の男の後を追いかけている。
数歩先を歩くムスターファの首筋は無防備で、それがレオの本能を掻きたてた。人を殺して肉を食らいたいという欲望は、レオにとって当然のものだ。そして欲望を堪えるということを、レオは知らない。朱理と出会ってから人を襲う回数が減ったのは、単純に朱理が殺した死肉を、レオが食べることができたからだ。
決して人肉を食らう本能が衰えたせいではない。
朱理が男と何を話していたかということも、突然増えた二人の人間も、レオにはどうでもいいことだった。朱理が二人を殺さないので、レオは朱理が二人を殺して死体を放置するまで待っていただけだ。
しかし、今レオの側に朱理はおらず、目の前には人間が歩いている。顔までも覆う黒い装甲の下から生暖かい息を吐き出して、レオは相手を伺った。
男だ。まだ若い。若いが、体格ではレオに負ける。
押し倒して、首筋を骨ごと噛み砕いてしまえば、逃げられまい。パキ、とムスターファの靴が枯れ枝を踏んだのを合図に、レオは獲物に飛び掛った。
黒い影のなかでそこだけ真っ赤に口を開き、ムスターファの首筋目掛けて歯を立てる。
ガキン!と音がして、レオの口に金属質のものが当たった。
首筋を狙ったはずの歯は、ムスターファの左腕に食い込んでいる。柔かい肉のかわりに、硬いものを僅かに砕いた感触があった。
レオに歯をつきたてられたままの腕を、ムスターファが振る。常人の1.5倍はあるレオの身体は、そうとは思えないほど易々と振り回された。
「!!」
振り放されて四足に地面に着地する。次の攻撃に備えたが、ムスターファは噛まれた腕を軽く振って動きを確認しただけだった。
「私を襲っても、あまり食うところはないぞ」
腕の傷を見て、男は苦笑する。傷口は、男の服を切り裂いて確かに腕に達していた。
そこから覗いたのは、精密に張り巡らされた機械である。レオと同じように、サイバーボディを持っているのだ。
「殺人機と呼ばれたハーフサイバーが今は少年と行動を共にしていると聞いていたが……あれはお前のことだったのか」
レオの答えを期待するでもなくムスターファは呟く。
もっとも、レオが何かを答えるまでもなかった。ギャーッと空気を引き裂くような悲鳴が、鬱蒼とした森に響き渡ったのである。
「イービーか!」
ムスターファは即座にレオから意識を外し、元来た道を走り出す。
「お前も来るがいい。うまくすれば食事にありつける」
すれ違いざまの声が理解できたわけではなかった。逃げるものを追う本能に刺激され、レオはムスターファを追って跳躍した。

□―――戦闘
(間に合わない―――!?)
襲い掛かってくる相手にナイフの刃を向けた時には、伸ばされた獣の腕は朱理の肩に届こうとしていた。押し倒されてしまえば、格段に不利になる。怪物が怯んでくれるように念じながら、朱理はナイフを突き立てる。
肉に深く刺さる独特の感触があった。だが生臭い怪物の吐息は目の前で、肩には骨を砕かんばかりに爪が食い込んでいる。
(だめか……!)
と、今にも朱理を押し倒さんと両肩に掛かっていた重みが消えた。同時に、目の前に大写しになっていた化け物の姿が視界から吹き飛ばされる。
朱理の身体は地面へ落下していく。かろうじて受身を取り、すぐに怪物が消えた方を確かめた。
イービーと呼ばれるその怪物は、ゴリラのような体格だった。顔は生肉を露出させたように膿んでピンク色をしており、体毛のかわりに緑に変色した肌が身体を覆っている。
イービーは涎を垂らした口をかっと開いて、怒りの叫びを上げた。イービーが吼えると、朱理が与えた肩の傷口から血が噴き出した。
それに向かい合っているのは、レオだ。前傾姿勢で、次の攻撃を今か今かと待ち構えている。
朱理の視界の隅で、いつの間にか戻ってきたムスターファが、少女を抱え起こすのが見えた。
かみさま、と少女の唇が動く。
怪物に視線を戻して、朱理は手の中のナイフの感触を確かめた。肌に吸い付くように馴染んだ柄。高揚感が襲ってきた。
イービーに向かって、朱理は襲い掛かる。
敵が二人に増えて、イービーは怯んだように一歩下がり、それから狙いを朱理に転換した。レオよりも、小柄な朱理の方が扱いやすいと、怪物の知能ながらに思ったのかもしれない。
飛び掛ってくるイービーの異様に盛り上がった筋肉が見える。
目を見開いて攻撃を見極め、朱理は襲ってくる丸太のような怪物の腕の間を潜り抜けた。
頭上を通過する怪物目掛けて、ナイフを一閃させる。ザクリと、今度は生々しい手ごたえがあった。
怪物は地面に着地しようとして失敗し、どうと倒れこむ。
すぐに起き上がろうとした怪物の目玉を、朱理のナイフが貫いた。怒りの混ざった醜い悲鳴が森に響き渡る。刃の根元まで容赦なく突き込まれたナイフを外そうと、イービーは手足を振り回した。
飛び掛ったレオが強靭な四肢で怪物を押さえつけ、その動きを縫い止める。
レオが歓喜にも似た息を漏らしたのを聞き、朱理は怪物の目玉を潰したナイフを引き抜いた。
立ち上がり、背を向ける。
勝利の先に何があるのか、朱理はよく承知していた。
バリバリと骨を砕く音とともに、背後から肉を咀嚼する濡れた音が聞こえてきていた。

□―――〜スコムの村
村は、本当にちっぽけだった。東に深い森を望む場所に、ばらばらと数えるほどの家が建っているだけである。その家も、板だのビニールだのを継ぎ合わせて作ってあり、風が吹けば飛んでしまいそうだ。
活気がないのは、村人が皆、イービーを恐れているからだろう。
「…活気があったとしても、貧相なことに変わりはなさそうですが」
農作物を耕す畑すらない。村人は森に入り、草を採り獣を狩って、日々の糧を手に入れているのだろう。
「ありがとうございました」
深々と、少女は三人に向かって頭を下げた。
イービーを屠った時に彼女が見せていた怯えは、今はもう感じられない。
人殺し、きちがいだと、罵られ続けてきた朱理にとって、それは奇怪な反応だった。
少女は釈然としない様子の朱理にも気づかず、行ってしまおうとする。村に向かって坂を下りかけて、少女は思い出したように振り返った。
「あたし、イービー倒してくださいって、たくさん神様にお祈りした。そしたら、あなたたちがイービー倒してくれた。どうもありがとう」
少女は季節外れに咲いた花のような笑顔を見せた。
「だから、あなたたち、あたしの神様とおんなじ。ありがとう」
もう一度ぺこりと頭を下げて、少女は坂を駆け下りていく。見送って、浅黒い肌と青い目をした男は朱理を振り返った。
「…村人を殺して喰らうのは、やめたのかな?」
「やめません」
揶揄するようなムスターファの問いに答えて、朱理は顔を向けた。
「…と言ったら、どうします?」
「困るな。助けてやりたいのはやまやまだが、こんなところで死ぬ危険は冒したくない」
冗談とも本気ともつかぬ調子で小麦色の肌をした男は答え、目を細めて寂れた村を眺めている。ためしに村を襲ってみたらどうなるか、反応を確かめようかと考えて結局止めた。
気勢を殺がれてばかりいる。
村に背を向けて、朱理は歩き出した。
「殺さないのか?」
「興が冷めました」
人の気配に背を向けて歩き出した朱理の後を、数歩遅れてサード・レオが追いかける。
風に吹かれて少女の歓喜に満ちた声が聞こえたような気がして、朱理は頭を振った。
相手が弱ければ威張りちらし、立場が逆転すれば慈悲を乞う。朱理が出会ってきたそんな人間たちと、人殺しを相手に馬鹿みたいに明け透けな感謝を向けてきた彼女とは、あまりに違いすぎた。
「神様なんて……いるはずがない」

――でもあなたはあたしを助けてくれた。だからあなたはあたしの神様です。
聞こえるはずのない少女の声が、聞こえた気がした。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
 ・0311 / サード・レオ / 男 /25 / ハーフサイバー
 ・0024 / 風道・朱理 / 男 / 16 / 一般人

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NPC
 ・ムスターファ・ジーン
 ・イービー:東の森に棲み、人を襲って喰らう。昔どこかの研究所で生まれたミュータント。
 ・少女:黒い髪と瞳に、日に焼けた肌。イービーから村を救うために、一人決心して助けを求めるためにやってきた少女。16前後。

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■         ライター通信          ■
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サード・レオの外見カッコいいですね!(開口一番それですか)
人語の理解も会話も不可ということで、個別小説部分で会話一つもないんですが。文章ばっかりですいません!
人の死肉が主食のご様子ですが、類人猿になりそこねたゴリラミュータントは許容範囲ですか…(事後承諾)
こっそりととても興味深いキャラクターでした。書いていて楽しかったです!
またどこかで逢えたら、煮るなり焼くなり丸齧りなり、遊んでやっていただけると幸いです。
ではでは!楽しませていただきました。依頼を受けていただいてありがとうございました。


在原飛鳥