■化けもの屋敷・狐編■
碧川桜 |
【0441】【無我・司録】【自称・探偵】 |
街中を少し離れた郊外のとある広大な和風建築。ここには一人の男性が住んではいるが、他にも人の影…と言うか動物の影と言うか、とにかく常にざわざわと物音と気配のする、不思議な家屋であった。
ここには狸や狐、獺やイタチと言った、俗に言う化けて人を騙すと古来から言われている動物達が数多く住んでいた。そして実際、彼等は他者に化ける能力を持ち、悪戯はしないにしても日々己の能力を向上させようと互いに切磋琢磨している様子である。
さてそんな中、住人のヒトリである一匹の若い狐。黄金色の毛並みとふさふさの尻尾が自慢の狐だが、最近何やら眉間に皺を寄せて考え込んでいる様子である。
「ええと…課題を貰ったんだけど、ナニに化けたらいいか分かんなくて」
覚え立ての人間の言葉を、舌ったらずな発音で綴ってみせる。口蓋の根本的な構造の違いもあるのだろうが。
「んとね、ニンゲンに化けろって言われたの。でも、何に化けてイイかわかんない…茶釜子ちゃんはキレイなオンナノヒトに化けたけど、一緒じゃなくてもイイって言うし、コッチも同じのに化けてもニバンセンジじゃつまんないじゃんね?だから、何かこう…いんぱくとの強いネタってないかなぁと思って…」
ちなみにオスとかメスとかは、あまり関係無いらしい。
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化けもの屋敷・狐編
*生身の姿*
「人と言うのは目に見える外見、器とも言うべき骨肉と皮で形成された姿形よりも、その内面にある感情や想い、記憶といったものが形作るその個性の方が強いですからね。ですから、外側をただ真似るだけでは、強い印象を与えるのは難しいかも知れません」
司録の言葉をじっと聞き入る狐であったが、その意味を半分も理解出来ているかは疑問であった。
「…でも、中身は変えようもないしこのまんまだし、まずは外見を真似る事から、って言われたの。最初は茶釜子ちゃんと同じオンナノヒトに化けようと思ったんだけど、上手く行かなくて…」
そう言うとしゅん、と大きな耳を萎れさせる様子に、司録は低く喉を鳴らして笑った。
「それは仕方がない事かもしれません。茶釜子サンの変化の根底には、三下サンに気に入って貰いたいと言う強い想いがありますからね。それと同じ訳には行かないでしょう。この際、茶釜子サンの事は忘れて、あなたはあなたの道を歩んだら如何ですか?」
その言葉はちゃんと理解出来たようで、狐はほっと安堵の表情を浮べて頷いた。
「誰か特定の、印象深い題材を選ぶのも手ですし、或いは歌舞伎の早変わりのように、次々と色々な人の姿に変化して行くのも、これはこれでインパクトの強いものになると思いますよ。流れ者が威厳ある御仁へ、みずぼらしい女性が見目麗しき花魁へと、と言った具合に。いずれにしても、その題材とする人物像を決めないといけませんけどね」
「じゃあ色んな人の姿を見た方がいいね。ソウゾウだけでは限界あるもの。やっぱりもでるはちゃんといた方がいいと思うんだ」
そう答える狐に向かい、司録は笑って頷いた。
「サンプルなら数え切れないほど用意出来ますよ」
この場でもね。そう付け足す司録の言葉が分からず、狐はただ小首を傾げた。
*イマドキの狐*
「だってね、だってね。やっぱりイマの時代、メダタないと意味がないと思うの」
舌っ足らずな人の言葉で狐―――鳴神・時雨によって暫定的に静流(しずる)と名付けられた―――は言う。狐としてもまだ若い部類に入るのか、中型犬と小型犬の間ぐらいの大きさしかない彼女(どうやらメスらしい…)の前にしゃがみ込んで、那神・化楽が口髭のある口元を笑みの形にして言った。
「…フツーは静流ちゃんのような存在は、その本性を悟られるのが嫌で、正体をひた隠しにするものだけど、違うようですね」
「あら、そうなんですの?人は皆、誰しも誰かに見守っていて欲しいと願うのだと思ってましたわ。それ故にわたくしのような存在もある訳ですし…」
榊船・亜真知の言う事は尤もだが、静流は人ではなく狐、しかも変化(へんげ)能力を持つ物の怪であると突っ込む者が誰もいないのは何でだ。
「元より彼等の能力は、己の身を守る為、生きて行く為に必要な手段だった筈ですが、今の時代、特に彼等は生活に困る訳でもなし、そうするとその能力も、生活の潤いの一部と化したのかもしれませんね。ハンティングが御楽と化したのと同じように」
しみじみと、静かに無我・司録が語る。ハンティングされる側の静流が、可愛く小首を傾げて人々を見上げた。
「だが一概にインパクトと言っても、何について驚くのかは人それぞれだ、貴様がいいと思ってした変化も、俺には何の変哲もない事かも知れぬ。それよりはこう…変身する際にこんなアクションを取り入れてだな、人の注目を集めた方がいいのではないか」
時雨が、昔懐かしい変身アクションを披露してみせる。なるほど、と頷き真似ようとする静流だが、狐の姿のままでは根本的に骨格が人とは違うせいか、上手くは出来なかった。
腕を回した拍子にどこかを捻ったか、イテテ…と小さく呻く静流を見て、大丈夫?と海原・みあおがその前、化楽の隣にしゃがみ込んだ。
「そのアクションは、人に変身してからやった方がいいよ。腕が上手に回んないみたいだし。その後だよねっ、正義のヒーローに変身するのはっ!」
「いや、静流サンはどうやら女性のようですから、その場合は正義のヒロインでしょう」
今度は的確な司録の突っ込みに、みあおがどっちでもいいもん、とばかりに鼻に皺を寄せてしゃがみ込んだまま、司録を見上げる。それを見て司録は、低く喉で笑った。
「ただインパクトが強いと言うだけなら、幻獣や魔獣のような、一般には架空の生き物とされる物に変化をすれば、それだけで充分インパクトがあるのでしょうけどね…」
そう呟きながら、静流の背後にしゃがみ込んだ亜真知が、ふさふさの豊かな毛並みの尻尾を、その両腕に抱え込むようにして撫でている。ナニ?と言うように静流が首を捻って振り返ると、ニッコリと笑みを浮べて亜真知は、
「……静流様の毛並み…素晴らしいですわね。こんな毛並み、わたくしも欲しいですわ…」
あくまで物静かなその言葉だが、それ故に言い知れぬ恐怖を覚えたか、静流の背中の毛が猫のようにざわりと立ち上がる。うふふ…と微笑みながら尚も撫で続ける亜真知に、何故かビクビクと怯えながら
「ヒトでないモノとか、アリエナイモノとかに化ける練習は少ししたの。そう言うのはね、ソウゾウで幾らでもできるでしょ?どっか変な所があっても、想像上の生き物だからだれも間違いだとわかんないし。でもね、人に化けるのはそうはいかないの。だって、もしも目が三つあったり尻尾があったりしたらダメでしょ?」
「ええ〜…、スッゴイ美少女に狐耳とか尻尾とかあったらカワイイのに〜…」
みあおが残念そうに唇を尖らせる。さっきココに寄る前に参考までにと買った、雑誌に載る、如何にも日本美人的な黒髪美少女のグラビアを観ながら言う。
「だってっ、こんな感じで狐耳と尻尾があったら、そりゃもう大人気だよ!」
「…確かに、一部の人々には物凄くウケそうですが」
隣で雑誌を覗き込んで化楽も頷いた。
「…ですが、その姿で出歩けるのは、ほんの限られた地域だけのような気もしますね…インパクトあると言えばありますが、下手すると残った狐耳がただの不完全な変化だと取られては、静流さんも可哀想かと」
司録がやっぱり、大変的確な指摘をする。その隣では時雨が、何故狐耳があると可愛いのか、また何故それが一般的ではないのかが分からずに憮然としていたが。
*れんしゅー*
人間に化けると言っても、この世の中に人間は、当たり前だが数え切れない程いる。人種・性別・年齢、或いは職業や個人の好みや趣味等によっても外見と言うのは変わって来る。この世の中には自分と同じ顔をした人間が後二人いるとは言うが、それが顔の造りの事であって、身に纏う物が違えば当然見た目も違って来るのだ。
そんな事実を踏まえ、静流を含めて皆は街へと繰り出す事にした。街を歩く人の姿を見て参考にしようと言うのだ。夕方近くになって人通りも忙しなくなってきた街の片隅、見ようによっては大変目立つ五人組(と狐)が、ひっそりと影を潜めて行き交う人へと視線を向けていた。
「…今も昔も……変わりませんわね……」
足早に、或いはのんびりと歩いては目の前を行き過ぎる人達を見て、亜真知が嬉しげな表情で目を細める。その片手は変わらず静流の毛並みを撫でてはいるが、静流も最早慣れたのか、気持ち良さそうな顔で耳の先を時折ぴくりと震わせていた。
「しかし人の数が多いな。それに平和そうだ。ここには叩き潰すべき悪人もいないようだ」
台詞は感慨深げだが、淡々としたその口調からそうとは取れない事を時雨が呟く、その隣で司録が、喉で低く笑いながら、
「平和そうに見えるのはほんの表層だけかもしれません、皆、心の奥底にはそれぞれに闇や哀しみを湛え、それが私のある種の楽し…いや、興味そのものなのですが」
「そうだよねぇ、どんな人が歩いてるかわかんないもんね。もしかしたら、凄く悪い人かも知れないし。だからやっぱり、知ってる人をモデルにして化けた方がいいかもしれないよ?だって、適当に真似て化けた人が、スッゴイ嫌な人だったりしたら、コッチの気分が悪いでしょ?」
みあおの言葉にひとつ小さく頷き、その後を化楽が引き継いだ。
「それも言えるし、案外誰かをそっくりそのまま真似ると言うのは難しいかもしれません。例えば、茶釜子さんは美しい女性に化けましたが、あれはあくまで三下さんの女性の好みを繁栄しただけです。あの女性の姿にそっくりそのまま化ける事が出来たとすれば、そして二人で並んだりすれば、それはそれでインパクトがあるのではないですか?」
そう言った途端、何かがざわりと化楽の中でざわめいたが、いつもの事だと気には留めなかった。
「そうですね、既成の人物ならここにいる全員の姿を真似ると言うのも手かもしれません。偶然にも多種様々な人物が集まってますからね。それでも足りないと言うのなら、私がサンプルを用意しますし」
ニヤリ。そう鍔広帽の下で司録が笑ったような気がした。
「人真似は一見すると芸がないように思えますけど、それは物事を習得する、一番の近道かもしれませんものね。そのうえで、真似だけでなく静流様独自の特徴を加えて特色を出せば、例え何の変哲もない人の姿に化けたとしても、インパクトの強いものになるのではないでしょうか」
静かな口調で微笑みと共に亜真知が言った。変わらず彼女に撫でられたままの静流が、傍らに立つ人達を見上げてこくりと頷く。
「うん、じゃあ取り敢えずミンナに化けてみる!イマなら、どこが悪いかとか間違ってるかとか教えて貰えるもんね」
「ん、じゃあまずはみあおに化けてみて!」
しゅたっと挙手をしてみあおが立ち上がる。静流は頷くと、その正面に立ち、じっとみあおの姿を見詰めた。ぼんやりと静流の姿を青白い炎のような陽炎が包み込む。やがてその光が強くなり、一瞬目を眩ませるほどに眩く光ったかと思うと、そこには黄金色の毛並みを持つ狐ではなく、ひとりの小柄な少女の姿があった。
「ちゃんと変身出来たではないか。変化の方法もなかなか派手でインパクトもあるぞ」
無表情のまま頷き、淡々と誉める時雨の隣で化楽が、うーんと微かに唸る。
「…確かにちゃんと出来てはいますが……そしてインパクトもなかなかありますが…」
「ですが、これでは街は歩けませんわね」
亜真知が、化楽の言葉の後を引き継ぐ。意味が分からず首を傾げる、みあおの姿をした静流の顔を、もう一つ同じ顔をした本物のみあおが真っ正面から覗き込んだ。
「な、なにかヘンかな……?」
静流が不安そうな表情で首をまた傾げる。同じ顔でも声は静流の舌足らずなままだ。どうやら静流の変化は茶釜子のそれとは違い、肉体そのものを変えるものではないらしい。そんな静流の顔を覗き込んだまま、みあおが立てた指で何かを数える。
「………え?」
「あのね、静流。みあおの目はね……二つしかないの」
「……………ぇ」
小声で呟いた静流が、その手で自分の顔を触ってみる。その顔は確かにみあおと寸部違わぬ作りだ。だが、あくまで作りがそっくりなのであって……。
「なるほど。同じパーツでも配置が違うだけでこれ程までに見た目が違うとは」
「配置だけではなく、数も違いますからねぇ…」
感心したような化楽の言葉に、笑み混じりの司録の言葉が続く。静流の傍へと寄った亜真知が、静流の目の前の空間を少し歪ませ、硝子のように滑らかな表面にした。そこへと写った静流の顔は、確かにみあおのパーツを忠実に再現してはいたが、付いている位置がバラバラで、まるでヘタクソな福笑い状態、ついでにみあおが指摘した通り、目が三つあったのだ。
「やーん、こんなのみあおじゃなーい!怖いだけだよー!」
「……こわいのか」
どこか感心したような響きを含めて、時雨が呟く。そうだよ!とこくこく頷いてみあおが長身の男を見上げた。
「どこでどう間違ったのでしょうねぇ…ですが、パーツそのものは確かに上手に真似てあります。後は練習あるのみと言った所ではないですか?」
そう言う司録の傍らで、化楽が片手を顎に当てて何やら考え込んでいる。どうやら次回の絵本のネタに使えないかと思案しているらしい。亜真知は、ついでに静流の顔回りの空間も少し歪めて、バラバラにくっついた顔のパーツを、指でずらしては正しい位置に戻した。その光景はある意味でホラーな感もあるのだが、他の誰も気には留めなかった。
「はい、こんな感じで如何でしょうか?」
「…これならいいかも。って言うか結構カッコイイ!みあおも額に何かくっつけようかなぁ」
位置が正しくなれば、当然静流はみあおそっくりの美少女へと変わる。ただ、余った目を額の真ん中へと移動させたので、それが違うと言えば違うのだが。
「そう言う顔に、最初から変身する事ができれば、静流の目的も達成されると言う事なのだな」
そう言う時雨に、静流もこくりと頷いた。
「うん、分かった。じゃあれんしゅーしてみるね。まだジカンはあるし、大丈夫だよ!」
嬉々として、今は見えない尻尾を振る静流。その言葉どおり、その場にいた皆の姿を順番に真似て行く。その度に、数が多いだの少ないだの、配置が違うだのの指摘を受け、徐々に上手くなっていったようだ。
*がんばれ*
一通りの特訓を終え、静流を例の屋敷へと送り届けた帰り道、静流との写真を撮ったカメラを大事に持ってみあおが満足そうに微笑んだ。
「これできっと静流の課題とかってのも一安心だね!」
「ええ、一時はどうなる事かと思いましたが、最後はとても上手に変化出来ていましたものね」
「変身アクションもなかなか様になっていた。あれなら目立つだろう」
頷く時雨に、他の二人も頷き返した。
「しかしそれにしても…その課題ってのは何なんでしょうね。課題と言うからには何かの試験なんでしょうか」
ふと思い出したように司録が呟く。そう言えば、と他のメンバーも首を傾げた。
「…誰がその課題を出したか…と言うのはあの屋敷の主人なんでしょうが、…では一体、何の為に…?」
化楽の問い掛けには誰も返答する事ができない。誰も、それを説明出来るいい理由が思い付かなかったからだ。
おわり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32歳 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間) 】
【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】
【 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34歳 / 絵本作家 】
【 1415 / 海原・みあお / 女 / 13歳 / 小学生 】
【 1593 / 榊船・亜真知 / 女 / 999歳 / 超高位次元生命体:アマチ…神さま!? 】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせ致しました、化けもの屋敷・狐編をお送りたします。こんにちは、ライターの碧川でございます。
無我・司録様、いつもいつもご参加ありがとうございます!またお会い出来てとても嬉しいです。
今回、狐には名前がありませんでしたが、プレイングの中で鳴神・時雨様だけ狐の名前を書いてくださったので、今回はその名前で統一させて頂きました。ご了承くださいませ。そして鳴神様、素敵な名前をありがとうございました。
次は何でしょう…かわうそくんでしょうか(笑) まだこの化けもの屋敷シリーズは続くと思われますので、また機会がありましたら是非ご参加くださいませ。
それでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ…。
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