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■東の森の悪霊■
在原飛鳥
【0284】【森杜・彩】【一般人】
闘技場は、血と汗と、熱気に溢れている。ムスターファと名乗った青年は、遠くスタジアムライトの下で戦う戦士を眺めながら腕を組む。
「この街から東に行った先に、スコムという村がある。小さな村だ」
浅黒い肌をした青年は、ムスターファと名乗った。アラブ系の顔立ちだが、瞳だけが氷を思わせて青い。
「そこにはいつからか怪物が現れて、村人を襲い始めた。怪物は村の東にある森に棲みつき、人を食べるのだという。人々は村が襲われないようにに、村人の中から生贄を出してその怪物にささげているそうだ」
ムスターファの脇で、痩せ細った少女が身体を縮めている。彼女は、怪物が村から出る人間を襲うのを承知の上で、村を抜け出してこの街に辿り着き、ムスターファに助けを求めたのだ。
「怪物はイービーと呼ばれている。怪物退治に、私一人では若干心許無いのでな。腕に自信があるのなら、どうか力を貸してもらいたい」
東の森の悪霊
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闘技場は血と汗と埃の匂いで溢れている。夜だというのに強い照明を焚いた空間は明るく、人工的な光に人々の濃い影を落としていた。
一人の男に声をかけられて足を止めたのは、この場には不釣合いな大人しげな少女と、闊達な性格が表情にまで表れている少年だった。どちらもまだ若く、成人もしていないように見える。
「生贄を差し出さなかったら、ソイツは無作為に人を食う。村を出る人間に対しては問答無用で襲い掛かるんだよな?」
ムスターファの説明を聞いて、少年の方が口を開いた。茶色の髪に、金の瞳が野生の動物を思わせて生命力に溢れている。少年の名前を瑯・琥珀(ろう・こはく)と言った。
琥珀に視線を宛てて、ムスターファは頷く。その隣では、この件の依頼人である少女が大きな瞳を見開いて琥珀を眺めていた。
「全ての人間を食い尽くして、その村がなくなったらどうするつもりなんだ?」
「さて。イービーは人肉が好物のようだからな。人を求めて移動するか…」
「或いは他から食いモンを調達するか。…まさか俺たちがエサとかいうんじゃねーだろうな?」
嫌そうに顔を顰めて、琥珀は唇を突き出した。若々しいその表情に笑みを洩らして、ムスターファが応える。
「怪物退治に失敗すれば、そうなるな」
聞いた琥珀はますます顔を歪めた。会話を引き継いで、もう一人の少女…森杜・彩(もりと・あや)が口を開く。
「こういった魔狩りは本業ですから、私もお手伝いさせていただきたいと思います。で、まず確認しておきたいのは、その魔の容姿や能力です」
「イービーは、岩みたい。緑色で、顔はピンク色をしているの」
ムスターファに促されて、少女が答えた。言葉は訛りが強い。
「だけど、とても早く動く。人の倍くらい早いです。噛まれると、腕ごと持っていかれてしまうの」
「毛のないゴリラのような体格らしいな。光の少ない状況を好み、夜に紛れて人を襲うそうだ」
ムスターファが言葉を付け足し、その言葉を裏付けるように少女が怯えた表情を見せて頷いた。
「村からの物質的協力は得られないと思ったほうが良いでしょうか」
これには、ムスターファが笑って答えた。
「何もない村だ」
と。

□―――東へ:森杜彩
少女の住む村まであと半日行程というところで、食い荒らされた人の屍骸を発見した。イービーのしわざだと、少女は言う。
死亡してからかなりの時間が経過しているのか、イービーに食い荒らされた後に残っていたであろう肉も、野生の動物や虫によってその殆どがなくなっていた。後に残ったのはイービーの力を示すように無残に砕かれた骨の跡と、肉の腐臭だけである。
そろそろ怪物のテリトリーに入ったらしい。
日が暮れてしまったのでこれ以上先に進むのを諦め、四人は鬱蒼とした木々に囲まれた森の中で火を焚いた。
森の中は怪物の庭のようなものだ。ここで戦闘になるのは不利に違いなかったが仕方がない。どちらを向いても、村へと続く獣道は深い木々に囲まれている。
村へと旅立つ前に買いそろえた罠を取り出して、彩はそれを仕掛けるべく立ち上がった。
一人で行動するのは危険だということになり、少女を琥珀に託してムスターファが腰を上げる。
「封印や罠は、私の専門外ですが」
そういった事を得意とするのは、むしろ彼女の兄である。彩は自分の特異な能力を使って、獲物を追いかけたり直接戦闘に関わることの方が、圧倒的に多い。
「使い方は分かるか?」
「門前の小僧習わぬ経を読む、といいますので」
下草を払いながらムスターファは頷き、彩から罠の一つを受け取ってしゃがみ込んだ。使うのは、ワイヤーを主体にした罠である。木と木の間に糸を巡らせ、そこに獲物が触れた瞬間、罠が作動する仕組みだ。
「随分危険な仕事を請け負っているんだな」
糸を巡らせたムスターファは、茂みの中に弓を仕込んでいる彩に声を掛けた。
話している間にも、彼は二つ目の罠を仕掛ける場所を探して辺りを見回している。兄ほど手馴れているわけではないが、彼にも罠に関する知識はあるらしい。
「こういう仕事がなくなって平和な世の中になってくれればいいんですけど」
危険に身をおく必要もなく、本を読み、家事をして過ごせる時間。
今の時代は彩の希望からあまりに遠く離れていて、思わず苦笑が浮かぶ。
「難しいものだ。人の世に、争いがなかったためしはない」
そっけない返事に振り返ると、ムスターファは最後の罠を、木に括りつけたところだった。
バタバタと、森の奥で鳥が一斉に飛び立つ。
その音に不吉さを感じて眉を寄せると、同じように浮かない顔でムスターファは苦笑している。
「戻ろう。そろそろ完全に日も暮れる」


□―――戦闘
静まり返った森の中に、微かな物音を聞いたのは、夜も更けた頃だった。
村から来た少女が小さくなって眠る中、戦闘慣れた三人はすぐに身を起こして気配を探る。
「聞こえたな」
「ええ。…罠が作動したようです」
そして、その後に聞こえた低い唸るような声。
ザザ、ザザ、と草を掻き分ける音が、暗い闇の中に響いている。
「足音が乱れています。恐らく罠にかかったんですね」
耳を澄ませていた彩が呟いた。琥珀は息を殺したまま手を開き、そこに意識を集中する。僅かに光った手のひらの先で、何もないところから物質が生じ、それが先端に斧を備えた槍の形になった。彼の能力で作り出す、ハルバードという武器である。
足音は、最早注意しなくても聞こえるほどになっていた。
彩が音もなく立ち上がる。その姿はすでに通常の人間の外見ではない。人の姿を取っているが、服から覗く外見は猫のものだ。目が覚めて不安がる少女を傍に引き寄せながら、ムスターファが感心したように呟いた。
「…獣人か」
「私は前衛に立ちます」
「俺も!あんた、その子を頼む」
ハルバードを軽々と持って立ち上がり、琥珀がムスターファを振り返る。彼が頷くのを目の隅で確認して、二人は音のするほうへと走り出した。

生い茂る草や木の枝が頬や腕を打つ。
知覚能力の鋭くなった彩について、琥珀は全速力で駆けた。
「おいっ、こっちであってるのか!?」
「近いです。怪我をしています」
「お前の張った罠か。うまく引っかかったな…っと!」
ガサッと琥珀の横の茂みが揺れ、黒い影が琥珀に飛び掛ってきた。岩を思わせる大きな影だったが、その動きは驚くほど素早い。かろうじて手にした武器で体当たりを避けたものの、その勢いに押されて琥珀の身体が横ざまに吹っ飛んだ。
「瑯様!!」
彩が視線を向けた先には、生き物とは思えない緑色の肌をした怪物がいる。顔や腹は、そこだけ肉を抉ったようにピンク色だ。所々が膿んでいて、怪物自身が鼻を顰めたくなるような匂いを発している。肩口に、まだ新しい傷があり、そこからトロリと赤い血が流れていた。彩が仕掛けた罠で負った傷だろう。
心の中で狙いを定めると、何もないところから白熱した光が閃き、稲妻となってイービーを襲った。
恐ろしい咆哮をあげて、バランスを崩した琥珀に襲い掛からんとしていた怪物が身体を捩る。
「瑯様!だいじょうぶですか!?」
「いててっ……琥珀でいいぜ」
草むらを掻き分けて立ち上がりながら、琥珀が元気に返事をした。頭を振って髪についた木の葉を払い、ハルバードを差し向ける。
「こんにゃろ…ちょっとびびっちまったじゃねえか!」
イービーの身体から煙が立ち昇り、肉の焼ける匂いが鼻をつく。黄ばんだ太い歯を剥き出してイービーが唸った。憎悪を湛えて、その目がぎらぎらと光っている。
無言で琥珀がハルバードを構えなおし、間合いを測った。吸い込まれるように、その表情から陽気な気配が消える。
彩は身軽に木の枝に飛び移り、怪物が飛び掛ってくるタイミングを見計らった。
カーッと威嚇の声を上げ、イービーの身体が揺れる。
緑の肌を隆々と盛り上げた筋肉が、一層大きさを増したようだった。
(来た!!)
数歩ほどの間合いから、一気にイービーが跳躍した。
尖った牙を剥き出して、その歯を琥珀に突き立てるべく突進する。
カッ!と闇に包まれた森が、青白い光に照らされた。次いで、空気を轟かす雷鳴が眠っている木々を震撼させる。
肉のこげる匂いとともに、周囲の草木が雷の煽りを食らって焦げる匂いがした。
憎悪と苦痛の悲鳴を上げて、イービーが暴れる。それでもギラギラと瞳に宿った闘争心は消えることはなく、身体から煙を昇らせながら、イービーが琥珀に襲い掛かる。
琥珀の動きには隙がなかった。体中のバネを使って跳躍し、琥珀の身体は怪物の突進を避けて宙に舞う。一瞬前まで彼の居た場所に、ハルバードの白刃が光ってイービーに襲い掛かった。
血飛沫が上がり、怪物が咆哮を上げる。その声がゴボゴボと濡れた音に埋もれた。琥珀のハルバードが、イービーの喉を掻き切ったのだ。倒れた怪物の身体を、一条の雷光が襲う。
どう、とイービーの身体は地面に倒れた。そのまま宙を描くようにしてもがいていたが、やがて筋肉がビクビクと痙攣し、動かなくなる。
腐臭があたりに立ち込めた。
「気味の悪いゴリラだな」
立ち上る匂いに顔を顰めて、琥珀が吐き捨てる。鼻の頭に皺を寄せながら、彩が同意を示して頷いた。
「ムスターファ様のところへ帰りましょう」

□―――〜スコムの村
村は、本当にちっぽけだった。深い森を望む場所に、ばらばらと数えるほどの家が建っているだけである。その家も、板だのビニールだのを継ぎ合わせて作ってあり、風が吹けば飛んでしまいそうだ。
「うわー、すげー貧乏そう」
村の土は固く、穀物を得るだけの畑すら見当たらない。村人たちは森に入り、狩りをし、木の実を拾って毎日を食いつないでいるのだろう。
「こんな山奥に村があるなんて……」
琥珀ほど正直に口にはしないが、彩もその村のあまりの粗末さに驚いたようである。少女を思って慌てて口を噤んだが、気にした風もなく、村から来た少女は笑顔を見せた。
「村はおかねがないから、生きるのとても大変です。イービー来てから、もっと大変。狩りに出た人がいっぱい帰ってこなかった」
けれど、もうイービーは居ないのだ。
「ありがとう」
長い冬が明けてやってきた春のように、暖かい笑顔を見せて少女は笑った。
「いいってことよ」
「早く、村に帰って知らせてあげてください」
もう怖れなくていいのだ、と。
死んだ魚のような目をして息を潜め、闇に怯えて暮らさなくてもいいのだ、と。
深く深く頭を下げて、少女が駆けて行く。
その細い背中が豆粒のように小さくなるまで、彼らは少女のことを見送っていた。
少女が村に向かって手を振り、わらわらと村人が出てくるのが見える。
彼らのことを、ようやく山から顔を覗かせた太陽が優しく照らしていた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
 ・0284 / 森杜・彩 / 女 / 18 /一般人
 ・0019 / 瑯・琥珀 / 男 / 16 / エスパー


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NPC
 ・ムスターファ・ジーン。アラブ人系。浅黒い肌に黒い髪。瞳だけが氷のような青色をしている。
 ・イービー:Evil。ゴリラのような体格で、緑の肌とピンクの顔を持つ怪物。どこかの実験施設から逃げ出したミュータント。
 ・少女:スコムの村を、イービーの手から救うため、助けを求めに来た少女

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■         ライター通信          ■
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た、大変お待たせしました…!そしてはじめまして。
依頼を受けていただいてありがとうございます。見かけによらず戦闘慣れしているお嬢様、カッコ良いですね!
巫女さんの格好をしてイービー退治に出かけたのか、それともやはりここはメイド姿が戦闘服だったのか、非常に気になるところです。
数えてみたら、三回も雷使ってました……。雷の描写がすきだったのかなんなのか…疲れさせてしまってすいません森杜さん!
アナザーレポートでは初めて手をつけたシナリオでしたが、楽しく書かせていただきました。
同じように、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではでは、また、遊んでやるかという気になったら、声をかけてやってください。
ありがとうございました!!

在原飛鳥