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■ゆけゆけスーパー探検隊!■

秋月 奏
【1252】【海原・みなも】【女学生】
ある日の事。
弓弦・鈴夏の家にある依頼が届いた―――とは言え陰陽師の仕事ではなく。
「・・・スーパーマーケット?」
どうやら手紙の主は彼女の事をトラブルメーカーな何でも屋と誤解しているようだ。
いや、まあそれは良いとして。
スーパーで、暑い最中総菜屋のお手伝い・・・はてさて、彼女は誰と一緒にスーパーへ行くというのか?

宜しければ助太刀、切に求む。


ゆけゆけスーパー探検隊!

◆はじまりは、いつも唐突に

「ふーむ……スーパーかぁ……バイト…誰か居るかなあ…」
 スーパー。
 それは一つの戦争区域。
 あるものは戦い、勝利しあるものは負け屈辱の涙を流し――途方へくれる場所でもあるが、そう言うものはあまりこの少女は知る由もなくただ「求む、一緒に行ってくれる人!」とメールを打っている。
「居るといいけど…誰か一緒に行ってくれる人……あ、早速返信来た♪ええっと……?」
 少女は複数来た、メールを見返しながら「ふむ」と頷くと依頼のあったスーパーへ電話をかける。
「もしもし? 弓弦と申しますが…はい、バイトともう一つの件について……」
 ――これはそんなある日のお話。
 スーパー「あかつき」で起こったある出来事………。


◆朝と共にやってくるもの――それは

 何故かスーパー「あかつき」駐車場に立つ人影が二つ。
 一人は金の髪も見事なスーツ姿の長身の男性、真名神・慶悟―――スーパーに買い物へ来ると言うより高級デパートのイメージが似合うだろう――と銀の髪の少女――弓弦・鈴夏である。
「ふむ……ここが件のスーパーか……同業者に逢うのは滅多にないことだが…真名神だ、よろしく頼む」
 にっ、と軽く笑みを浮かべ慶悟は隣に立つ鈴夏を見た。
 対する鈴夏もにこにこと慶悟を見る。
「そう言えば…今回の依頼は俺だけか?」
「いいえ? 他にはバイトを希望された方がお二人と……私も後ほど入りますけれども。 あとお一方は…もうじき来られる筈と…」

 銀の髪が、風に揺れた――その時。

 ぱたぱたと此方へ駆けてくる少女の姿があった。
 走る姿を確認すると鈴夏はすぐに人懐っこい笑みへ浮かべ手を、振った。
「鈴代さん。おはようございますっ」
 鈴代さん、と呼ばれた少女―鈴代・ゆゆは鈴夏をじっと見ながら「にこっ」と言う文字が今にも出てきそうな笑みを浮かべ一息に話し掛けた。
 バイトをするというのも楽しそうだったのだけれど。
 『探検』と言うのであれば……やっぱりお買い物だもの!
「おはよう! あのね、私も一緒にお買い物するの、宜しくねっ!」
「はい、こちらこそ宜しくお願いしますね♪ では、参りましょうか」
「うん! あ、その前に…って、あれ慶悟おにーちゃん…来てたの?」
「…来てたはないだろう来てたは…俺だってこう言うのに来る事もあるっ。さて…では行くとするか」
 …何故か、まだスーパーも開店していないというのに三人は立ち並ぶ奥様方と一緒に列の輪の中へと加わっていった。

 ―――話は少々前へ遡る。
 早朝、開店前の色々な仕込みの時間にバックヤード、と呼ばれるところに立つのは二人の男女。
 一人は水色の髪と瞳が海の色を思わせる美しい少女。
 一人は、いつも口元に笑みを絶やさないやはり優美な姿を持つ青年。
 今回のバイトはやけに綺麗な人達だなあ…、と思いつつも惣菜部のチーフはそれぞれの名前を確認すべく名前を読み上げる
「ええっと…海原・みなもさんに九尾・桐伯さん…ですね? 今回はスーパー「あかつき」の短期バイトに来ていただき誠に有難うございます」
「はい」
 二人は声をそろえて返事をする―――が。
 はた、と気付き眉をしかめる人物が一人。
「あの、申し訳ありませんが……質問をして宜しいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
 店員は一人の人物―――九尾、と名札のついた男性をにこやかに見た。
 出来うるのなら惣菜ではなく、フロアの方へメインで出て欲しかったくらいの人物だ。
「確か、本日…弓弦・鈴夏さんが来るはずだったと思うのですが」
「弓弦さん……ああ、確かに居ましたね…その方なら事情が出来て少しばかり遅れる、と連絡がございました…では、作業場へ案内いたしましょう」
 遅れる?
 二人は顔を見合わせ、歩き始めると、むぅ…と唸る。
「…どう、思います? 九尾さん」
「何かが絶対にありますね……遅れるのは実は買い物したいからだとか! もしくは寝坊したとかっ」
「ま、まさか幾ら弓弦さんでも、そんな……」
 と言いつつも、みなもは次の言葉が出せず言葉に詰まる。
 同行するよ♪と言ってた筈の本人が居ないのは本当に何故なのだろう。
 と言うより、何処か言い知れないほどの不穏な匂いがするのは……。
(な……何か絶対にある!)
 そう、何かがっ。
 ―――だが。
 この場に居る二人が二人とも「まあ…弓弦さんだし………何が起きても……」と言う言葉をぐっと飲み込み、桐伯は、いつものように微笑を浮かべ「一応、彼女を信じて待つことに致しましょうか」と呟いた。


◆開店前――それぞれの行動と。

「さて、本日のタイムサービスは…と」
 ぱさり。
 軽い音をたて、持ってきたチラシに慶悟は目を通す。
 横では鈴夏が「…チラシ持ってきたんですね?」と奇妙に驚いた表情をしていた。
 何を当然のことを、と慶悟は言わんばかりの顔になる。
「こう言うものは戦いだ。生きるためには何処でまず何を最初に買い効率よく回れるかと言う事……買い物をなめたらいかんぞ、なめたらっ」
 慶悟の言葉に、うんうんと頷くゆゆ。
 「あのね?」と首をかしげながら鈴夏へ呟く。
「そうそう、それは家のお母さんたちも良く言ってる……チラシは色々チェックしてきっちり安い物を買うべきだって! あ、…あとでゆゆにもチラシ見せてねっ」
「ああ、無論だ…色々見る所は多くありそうだぞ? まだ開店前だしチェックは怠らないようにしなくてはな」
「うん! 頑張ろうねっ」
「な、なめてるつもりはないんですけどね…と言うか」
「なんだ」
「なあに?」
「…詳しすぎです、真名神さん…そして、鈴代さん」
 ぽそっと呟いた少女に慶悟は笑いつつ気まずげに髪を掻き――ゆゆは「そんなことないよっ、これ常識だもんっ」と小さく、叫んだ。

 そして再び場所は変わりスーパー店内にある惣菜部。
 涼しいはずなのに、何故か熱気が篭る惣菜コーナーにみなもと桐伯の二人は居た。
「はい、皆さん本日のバイトさんです…お二人とも、こう言うところは初めての様なので解らない所は指導お願いしますね…では、開店までの商品作り頑張りましょう」
 そのチーフの言葉で従業員の方々はてきぱきと動いていき……何気にどうしていいか惑いつつ二人はそれぞれの「此処にいらっしゃい」と言われた位置につく。
 みなもはお弁当、桐伯は寿司へと。

 さて、それぞれの成果は――いかなるものか。


◆サラダ作り――後ろには湯気。

「海原・みなもです、宜しくお願いしますね」
 にこにこと、お弁当の方へ伺うみなも。
 お弁当の方に居る従業員達も雰囲気がいい彼女へにっこりと大きな声で挨拶をしながら作業が開始された。
 前日は、衛生面の事も考え丹念に体を洗い当日へと臨んだ―――のだが少しばかり彼女にとってショックだった事は。
 何と、支給される制服が割烹着ではなかったことだ。
 何故、藍染の作務衣のような制服なのだろう―――と考えていたのだが理由はすぐに解明された。
 いや、すぐにというには語弊があるのだが……みなも自身、暑くなるであろう室内を見越して一寸した力を使い室内温度を少々下げていたから。
 暫くは快適に作業――お弁当へ入れるサラダ作り――が続いた。
 が!
 急激に背後の方で温度が上がった――様な気がする。
 と言うより本当に絶対あがってるって!だって、暑いもん!と思いながら恐る恐る振り返ると。
 そこにあった物は――なんと言っていいのやら、みなも本人悩むのだが。
(お、おっきな蒸篭の四角い奴……?)
 喩えるならば大きな蒸篭の様なもの――から沢山の蒸気があがっていて。
 思わず、小声で隣に居る女性に話し掛ける。
「あ、あの?」
「ん? どうしたの?」
「ええっと…こ、これはなんでしょうか?」
 後ろにある蒸篭を指差すと女性は「ああ」と数度頷き「これは蒸し器って言うのよ…まんまの名前なんだけれどね? これでお赤飯とか炊くの…今作ってるのもそう」と教えてくれた。
 へぇ…と思いながらみなもは「他にどんなときに使うんですか?」と聞いてみると「そうねえ…今の時期ならウナギを蒸すのにも使うわね、ふっくら仕上がって美味しいわよ」と言う答えが返ってきた。
(やっぱり…おうちで作るのとは色々違うなあ……)
 料理を作るのが大好きで、また得意でもあるけれど、揚げ物で使っているフライヤー…と言うものも、焼き魚を焼くのに使うオーブンもかなり違う。
 何より素材の量が半端じゃない。
 みなもの作っているのはサラダだが、あわせるだけ!と言ってもこれが中々重労働。
 何せ、大きなボール丸まる一個なのだから、ドレッシングの量、彩り…色々考えながら作り、つめるだけでも大変で。
(こう言う作業をしながらお店の人って商品出してて…面白いかも)
「海原さん、暑いでしょう? …でも、この制服だと汗を吸い取るの早いから我慢して頂戴ね」
 なるほど!
 心の中でみなもは手を打つ。
 確かに汗は出るけれどべとつくほどではない…藍染なら汚れも目立たないと言う利点もあるし…納得がいき、みなもは嬉しそうに微笑む。
 時刻は九時十五分。
 開店まであと四十五分。
「はい、大変ですけど頑張ります♪」


◆巻きはバランスが、命です?

 一方、お弁当から少しばかり離れた場所で開店までに揃える巻き寿司を作っているのは桐伯。
 本日は食品のバイトということで緩やかなウェーブのかかる長髪を三つ編みにし、更にバンダナをつけて仕事に臨んでいる。
 いつもの優美な雰囲気は何処へやら、本日は逆に何処か江戸っ子な雰囲気を漂わせてもいて。
 巻き簾の上に海苔を敷き、ご飯を―――今、作っているのは中巻きといわれる種類なので100グラム前後置いてのばし、具を敷き詰め巻き簾でしめつつ巻く!という作業なのだが。
 これが、またどうした事なのか。
 …具が下手をするとはみ出てしまうのだ。
 今作っているのは鉄火の中巻きだが少なすぎても巻いたあとの見場が良くなく、また多く入れすぎればはみ出てやはり見難いものとなる。
 なので、桐伯は自分なりに考えたやり方で巻き寿司を作り始める事にした。
 そのやり方とは。
 酢飯を両端――海苔からはみ出ないように合わせてから少々立たせ、そこに具材を置き巻くと言うものだ。
 意外にもこのやり方で作ると上手い具合にご飯も飛び出さず具もそれほどはみ出ない。
「……巻き寿司はバランスが命なんですねえ」
 ぼそっと呟く桐伯に、巻き寿司を作って十数年になろうと言うベテランの社員であろう人物がうんうん頷く。
「中々ね、こう言うのは作りにくいからな。……でも、アンタいい筋してるよ、普通最初にこう言うのを作るバイトの子ってのは具を真ん中にして巻けないもんだが……」
「そうなんですか?」
 奇妙な事を聞いたと言わんばかりにきょとんとしてしまう。
 桐伯自身、バーを経営していて軽い食事程度なら作れるし、こう言うものは教われば誰でも出来うるものだろうと思っていたのだ。
「ああ、どうしても具が端によるんだよ…興味があるなら今度店で巻き寿司を売っているのを見てみるといい。端によっているようならまだ不慣れの、真ん中に綺麗に作られていれば慣れてる人だ」
「なるほど、ええじゃあ今度見てみましょう……ところで、この鉄火巻きが終わったら次はどの具を巻けば」
「じゃ、次はネギトロ巻いてくれるかい? で、それが終わったら納豆で」
「はい解りました」
 皆が皆、「暑いねえ」と巻きや握り寿司を作っている中、桐伯は一人涼しげに巻き寿司を作り続けた。
 …こう言うとき、汗をかかない体質と言うのは便利なのかもしれないな、と彼自身思いながら。

 ――時刻は、刻一刻と開店へと近づいている。


◆Ready?

「そろそろ開店だな……開店当初の目玉商品は油――滅多に特売をかけない某有名メーカーのが一本168円……お一人様当然ながら一点限り…式を使い3点は確実に買いだな」
 慶悟の言葉を引き継ぐように先ほどまでチラシを見ていたゆゆが、
「それと! 詰め放題セール、一時間やるの♪ 飲み物売り場のは小さい飲み物の詰め放題っ。他にはお茶の葉っぱとかね、お肉やさんならウィンナーの詰め放題なのっ。鈴夏おねーちゃん宜しくねっ」
 と、返し……決戦の火蓋は切って落とされた。
自動ドアが店長自らの手により開けられたのだ。

スーパー「あかつき」開店、である。

軽やかな音楽に合わせ「いらっしゃいませ」のアナウンスが流れるのも何のその。
駆け抜ける主婦の方々と……慶悟と、ゆゆ…追って鈴夏である。

慶悟は先ほどの言葉どおり、式を打ち二体に油を買いに行かせ……
「行け、式神! 主婦パワーに負けず商品をゲットして来るんだ!」
 と叫んでいたとか居なかったとか。
――いや、彼自身無論主婦のパワーには負けるべくも無いのだが…が!
時に傷を負う事も事実なのである。
店員の「押さないで下さい、お客様! 商品はまだ充分に……」と言う言葉さえ子守唄に等しいほどに右から左から肘鉄を喰らい、油一本を取る為だけに手を引っかかれたり自分の持ってる油を取られそうになったり!
これでは確実に取ろうと何か符術を発動させようとも集中できずに終わってしまう事必至。
式は式で紙で出来ているし攻撃さえ受けなければ、するりと通り抜けるように買えるから良いのだが……如何せんこれは…かなり痛い。
流石に奥様方を符で攻撃するのも気が引けるし……と、息が切れそうになるほどの人いきれの中、よろよろと出てくる慶悟。
式が不安そうに見つめるのを笑って見はしたけれど。
だが。
それでも、いつも行っているスーパーと違う所為だろうか。
(さ…さすがは、地域密着型大型量販スーパー……主婦のパワー、恐るべし!)
 遠い目になりつつも彼は油をかごに入れると、次の特売品を目指すべく式と共に早足で歩いた。

こう言うのは最初のチェックが確実なんだ!と鈴夏に言い切った、流石の行動力でもって―――次は負けてなるものか!と闘志を燃やしつつ。


場所は変わり、飲料系の売り場。

ゆゆは、にこにこしながら詰め放題――一袋200円也――の袋にジュースを詰めていた。
傍に居るのは鈴夏。
やはり一緒に楽しそうに「こっちのも美味しそうですよっ」と言いつつ同じように袋に詰めている。
ここの売り場ではそれほど主婦の方々も目当ての商品をゲットすべく動く、ということは余り無く。
穏やかに時間は過ぎる――かと思われた。
だが。
先ほどの慶悟と同じようにある意味、計測不能な行動と言うものは往々にしてあるもので。
それは――あまりにも突然に…やってきた。
滑るような音が近くでしてるなぁ……とは、ゆゆ自身思っていたが……商品を選び終え鈴夏が持っているかごに入れた時に。

ごつっ。

鈍い音がした。
自分の足を見ると誰かの足があった……しかも、しかも!
靴の裏側で思いっきり、ゆゆの踵を踏んでいるではないか!
今流行のローラーがついている奴なので更に痛さも倍増で。
当のぶつけた本人はそしらぬ振りで行こうとしている…が、どうにもそれはそちらのご都合と言うもので。
(ア、アナウンスのお姉さんたちも言ってるもん! ローラーがついてるの店内でやったら駄目って!)
 駄目、なのだから。
思わず「ぶつかるから、そう言うのはお店でやっちゃ駄目!」と叫ぶゆゆ。
が、どうした事か暫しその場は凍りつき……何故か、謝るのはその子のお母さんで。
踏んだ子は何故か「何が悪いの?」と言う顔をするばかりで……ゆゆは、隣に立つ鈴夏をちらと見た。
にこにこ笑って居て表情がなんとも読めないが…その親子連れが去った後、ぽつりと鈴夏は呟いた。
「哀しいけどね、最近ちゃんと謝れない子、多いんだよ」と。
 納得のいかない、ゆゆへ鈴夏はにっこり笑い「嫌な思いしちゃったね、好きなの買ってあげるから元気出して?」そう言うと新商品の試飲コーナーがある方向へと、向かっていった。

みなもと桐伯の居るだろう、惣菜コーナーではみなもが明るくお弁当やお寿司を売っているだろう声が響いて。
ますます店内はお昼へ向け、忙しくなりそうである。


◆それぞれの中間地点

「よう、どうだ? いい物は買えたか……?って、こりゃまた飲み物と菓子ばっかりだな」
 どうした事なのか、買い物を終了させている鈴夏とゆゆを不思議に思いつつ袋の中を覗く。
よほど、こう言う菓子類が珍しかったのか鈴夏の袋には大量のお菓子が。
そして、ゆゆの袋には色とりどりの小さな飲料水が入っている。
「ええ、あんまりどういうものを買っていいか私自身分からなくって…あ、そうだ真名神さん、鈴代さんと一緒に回って頂いても良いですか?」
「そりゃ構わんが……」
 何故、また…と言いかけるのをゆゆがさえぎる。
「鈴夏おねーちゃん、今から少しお仕事してくるんだって♪ ね、だから慶悟おにーちゃんはゆゆとお買い物っ」 
「ああ、そういや最初に入る、とか言ってたしな…よし、良いだろう。んじゃ、ゆゆ行くとするか…回ってないところあるか?」
「あのね……」
 ぽそぽそ、と小さく慶悟へ向け呟く。
一瞬、慶悟の顔が笑いで破顔しそうになるがそれを堪えて「よしよし」と了解の意を示した。
それを見て安心したのか鈴夏も「じゃあ宜しくお願いします」と礼をし駆け出していく。

あながち「何でも屋」と言うのは間違いではないような…とも思わせる程に。


 ――惣菜部、内部。

 店内の賑やかさとは別の賑やかさが、少々狭いだろう作業場に満ちていた。
 声が特にあると言うわけではない。
 が。
 扉がばたばたと閉まる音。
その時にまた、商品の何がないと言う誰かの声が絶えず、此処にはあった。

「九尾君! 急いでイナリ五個入りと三色巻き作って出してきて!」
「あ、それでしたら先ほど作ったばかりのが冷蔵庫に五パックほどありますが!」
「よし、上出来! じゃあ、それは置いて鉄火とネギトロの二色巻きもなっ」
「海原さん、今手は開いてる? 蒸し器に赤飯作ってセットしておいてっ」
「はいっ。あとは準備しておく事はないですか?」
「とりあえず、今はお赤飯を優先で良いわ。出来るだけ早くね!」
 …などという恐ろしくもスピードと体力を要求する声が響く中、漸く鈴夏はやってきた。
「遅れました、入りますっ」
 そう言うとみなもも桐伯も話し掛ける暇もなく「じゃあ、こっちへきて!」と言われ鈴夏は揚げ物のコーナーへと入り…とは言え技術が必要な天ぷらではなくフライ系の揚げ物ではあったのだが。
教えられたとおりにフライヤーへと揚げ物を入れていくとじわじわと、揚げ物と蒸し器の熱気が室内を包んでいく。
危なっかしい手つきで揚げ物を揚げる鈴夏を見つつ桐伯とみなもは同じ事を考えていた。
ふたり曰く。
『ああ、そんな火傷しそうな危ない手つきで! で、できるなら変わってあげたいっ』―――と。
 だが、それが出来ぬまま時は一刻一刻と進んでいき。
色々な商品がなくなっていき、補充をする事だけにいつしか考えも移っていった。


◆試飲――少しだけ? でも駄目かも?

 何故か、とある売り場。
慶悟ならともかくも、ゆゆがいるのは拙い様な気がするが、それはさて置き。
ふたりが、ある会話をしつつ「どういうものか」飲んでみたいとゆゆが言った所から話を進めるとして。
先ほど。
あえなく色々選んでて時間切れだった鈴夏に変わり買い物続行を引き受けた慶悟だったが、ゆゆが行きたいといった所は「お酒売り場」。
どーしても駄目!と言い放った彼女に代り慶悟に来させて貰った、と言う形である。
が、まあ…飲ませて!と行くのもあれなので会話をしながら行こうという慶悟の提案を聞き。
―――ただその会話とは。
「買い物を効率良くこなすにはコツが要る。先ず式を打ち、店全体を把握。式神の目を己が目と為し、式神の耳を己が耳と為す。些細な会話を逃さず、安売りの開始時間を押さえ、モヤシ一袋10円等のマツリは見逃すな。鮮度が重要なモノは時間が経てば値が下がる。だが、たとえ半額になったとしても焦ってはならない。更に待てば値は更に下がる。一人2ツまでという条件付きの代物に関しては式を打ち、知人の映し身を借りてでも買う。争奪戦に於いては容赦無く。禁呪を打ち、動を縛する事も厭わない。何事に於いても金が絡むこの世は生きる事そのものが闘争に斉しい。気を張り、耳を澄まし、目を凝らす…これもまた、修行に同じだと思え」
 …と言う、ゆゆにしてみたら先ほどまでの買い物の仕方が違っていたのっ?と思うようなものであったりもして。
なのに何故か慶悟は呆然としているゆゆを放って先に試飲コーナーのお酒を飲んでいたりして。
はた、と気付いてももう遅しなのかどうなんだか……いや試飲に勝ち負けはない!…筈である。
「あ…ずるい! ゆゆにも、それ頂戴っ」
 どうぞ♪と試飲コーナーのお姉さんから貰い、一口。
(……あ、あれぇ? …ふ、ふらふらする……世界が回るよ……?)
 千鳥足になるゆゆを抱え慶悟は「大丈夫か?」と聞くが。
 ゆゆからの返答は何か言葉にならなくて。
 仕方ないなと苦笑いを浮かべ美味しかった試飲のおかわりを更にちゃっかり貰いながら慶悟はゆゆと一緒にその場を後にした。
無論、符でゆゆからお酒を抜く事も忘れずに、ではあるけれど。

そして再び、ゆゆたちがそう言う事を起しているとは知らない惣菜部では。
夕市まで、と言う契約時間の終了が近づこうとしていた。

「…もうじき、で終了ですねえ…海原さんと九尾さん、大丈夫ですか?」
 鈴夏が漸く時計を見る事を思い出したように時計を見る。
「そうですねえ……もう少しで終了ですね。大丈夫と言うのは体調の事ですか? でしたらご心配なく……」
 にっこり笑み、疲れを見せぬままに片付けをしている桐伯が答え、
「ええ、本当に……忙しくて時計見るのも忘れるくらいでしたけど楽しかったですし……ちょっと、暑いくらいでしたけど…そういう時は売り場に出てたりしてましたし♪」
更に夕市に出すと言うお弁当を作りながらみなもが言う。
「なら、良いんですけれど……すいません、こんなお願い事に一緒に来ていただいてくれて……」
「まあまあ、そう言う事は気になさらず。弓弦さんと一緒の依頼はあんまり最近ありませんでしたしね…さ、色々と商品を出して…後は夕方の方へお任せしましょう」
 桐伯の言葉に声もなく頷くみなも。
遅れてしまって申し訳なくても「気にしないで」と無言で伝えるふたりに。
はは、と少し照れたような笑いを出しながら「そうですね」と鈴夏は漸く頷いた。


――そうして、終了の時刻を知らせる鐘が鳴る。


終了と同時に、あがろうとした瞬間。
「着替えが終わったらちょっと駐車場で待っててくださいね、すぐ戻りますので!」
 ―――鈴夏はそう告げ、また何処かへと走っていった。
どうしてなのか、教える事も忘れて。

「…何て言うか…ちょっと忙しない人ですよね、弓弦さんって」
 くすっ。
微かに、小さな笑い声を洩らしながらみなもはにこにこ微笑む。
桐伯もその言葉に対して、
「ええ、何て言うか何処か…育ちが良い所為か抜けているところがありますが…そこも味と言いますか」
 と、彼ならではの返答を返した。



◆戦い済んで日が暮れて。

 バイト契約時間終了。
 戦い済んで日が暮れて、と言う訳ではないけれど夕刻の涼しくなろうとしている時間、風が駐車場に留まっている皆の頭を優しく撫ぜた。
「大変だったけど、楽しかったねえ♪」
「そ、そうだなっ」
 にこにこと買い物を満喫したゆゆと、少々どうしていいか解らないまま視線を彷徨わせてしまう慶悟がいた。 だがそれもその筈、目の前には、勤務が終了し、少しばかりぼんやりしているみなもと桐伯が居るからで。
 まあ、ふたりともある程度は表情に出さないようにしているので傍から見れば誰かを待っている、という風情でもあるのだけれど。
まあ、聞く限りでは色々と大変だったようだ。
あれから、そう―――開店してから、鈴夏が入る前まではかなり色々と。
開店して数分後にはただひたすら巻き寿司を巻き続ける桐伯と、時折商品を補充しに行くみなものスマイル0円による完璧な接客が続いてしまい……みなもの希望であった、
「一品、時間があったら料理を教わりたい!」と言うものも露と消えてしまっていた。
 とにかく午前中、来るお客様の量が半端ではない…と言うか、お昼にもかかるからだろうか、お昼ご飯にと巻き寿司やお弁当を買っていく方が多いのだから。
 桐伯にしても、鈴夏の手伝いと言う事で入ったにもかかわらず遅れる、といっていた鈴夏は寿司ではなく揚げ物担当に入れられてしまい中々話し掛けるに話し掛けられず仕舞いで。
「いいですよね、真名神さんは弓弦さん達と一緒にお買い物で」
 本気ではないが思わずそう言ってしまったりもする。
 が、「あ?」と慶悟は髪を掻くばかりだ。
「一緒って言ってもなあ…あれだぞ? 俺は前半、式神と一緒にひたすらタイムサービスの商品に特売品にと店内色々駆けずり回ってただけだし……ゆゆの方が一緒だったよな?」
「ゆゆは……うん、一緒だったけど、途中でお仕事するからって鈴夏おねーちゃん、惣菜の方行っちゃったし……あ、でもね一杯買ってもらっちゃった♪ 慶悟おにーちゃんにもっ」
 ちょっと一時、大変な事になったけどっとは言えないけれど。
「うんうん、俺は本日結構なまでにこのスーパーへ投資したと思うぜ? ま、かなり安く買えてるんだしプラマイゼロだけどな……ってか、どうして俺たちはいまだ駐車場にいるんだ?」
「それは……」
 桐伯が、ふと口ごもる。
そう言えば何故だったろう……いや、確か理由も言わずに「此処で待っててね」と言う言葉のみだったような気がするが。
「海原さん、ご存知ですか?」
 みなもへ聞いてみても、みなも自身解らないのか首をふるふると振るばかり。
「いいえ? ただ…此処に居てね、との事だけでした…うん」 
「一体どうしたって言うんだろうな……」
 荷物は車のトランクに入れたものの、待つというのも中々辛いもので。
どのくらいの時間が経っただろうか。
漸く、待っている人物がほてほてと歩いてきた。
「す、すいません、遅れて! …ええっと…バイト代貰ってきたので……はい、海原さんに九尾さん、お疲れ様でした♪ あとですね、此方は…真名神さんと鈴代さんのお礼賃だそうです」
「え?」
 仲良く、声を揃えたのは慶悟とゆゆのふたり。
……何故、自分らがお礼を貰えるのか、皆目検討もつかない…が…確か…ゆゆとの買い物途中で「買い物の極意」…と言う呟きを二人でしてた覚えがないようなあるような。
「ええ、…宣伝して貰えてありがたかったと言う事でした…なんだかタイムサービスの品が良く売れたそうで」
「なんちゅーか、貰って良いのか悪いのか悩むが貰っておくか…な、ゆゆ?」
「うん! こう言うので『お礼』貰えるなんて思いもしなかったし嬉しいな♪」
「九尾さんも海原さんも凄く助かったし筋が良いって、あちらの店長さんおっしゃってましたよ? また良ければ来てくださいとの事でした」
「本当ですか? ふふ、今度は是非料理を教わって帰りたいし…是非♪」
 にこにこと、みなもが鈴夏の言葉へ笑顔で返すと、
「そうですねぇ、次回も弓弦さんが来るとおっしゃるなら、また手伝いに参りましょうか」
「…あ、あはは。すいません、遅れて……さて、と…では皆さん本日は本当にどうもありがとうございました!」
 そして、それぞれはそれぞれの場所へと帰る。
夕暮れが、漸く訪れようとしている場所から、それぞれの場所へと。
―――少しばかり、心地いい疲れをその身へ残しながら。




―END―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 /中学生】
【0428 / 鈴代・ゆゆ / 女 / 10 /鈴蘭の精】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 /陰陽師】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 /バーテンダー】
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、秋月です。
今回はこちらのシナリオにご参加くださり誠に有難うございます!
スーパーでの一日、でしたがお買い物とバイトに分かれる方がいて面白かったです。
なので、それらはきっちりと分けさせていただいてのどたばた…でしたが…
どたばたと言うより駆け抜ける!といいますか…少しでも楽しんで
頂けたら良いのですけれど(汗)。

*ここから個人の方への通信です。
海原さん、お久しぶりです。
作業に入られると言う事で、プレイングの方も楽しく
読ませていただきました。
色々と頑張って頂けて、私自身も海原さんファイトー!と応援したり。
暑いの苦手ですのに本当にどうもありがとうございました!