PSYCOMASTERS TOP
前のページへ


■仕掛ける者■
高原恵
【0233】【白神・空】【エスパー】
●オープニング【0】
 ボトムラインという競技がある。マスタースレイブを駆使した戦士たちが、己の技量を競い合う格闘競技のことだ。
 しかしそれは表向きのこと。裏に回れば――だ。まあその辺りの事情は、ボトムラインに関わってゆけばおいおい分かってくることだろう。望む望まざる関係なく。
 さて、闘技場の近くにはマリアというマダムが営むバーがある。そのバーの片隅のテーブルに陣取る一団があった。そこには童顔な女性ボトムバトラー、ユナ・サオトメの顔もある。深刻な表情で、何やら相談をしているようだが……?
「この2人のマスタースレイブに細工をしている奴を捕まえてほしいの」
 ユナは隣に座っていた2人の青年に目をやって言った。
 1人は金髪の青年、ジョン。もう1人は銀髪の青年、イワン。2人ともユナと同じく新進気鋭のボトムバトラーで、めきめきと頭角を現してきていた。言い方を変えれば、赤丸急上昇だとか注目株となるか。
「ここの所、俺のブルーナンのカメラが急に故障したり、オートライフルの弾が出なくなったりして、どうも具合が悪かったんだ」
 ジョンが口を開いた。ちなみにブルーナンとは、もっともポピュラーなマスタースレイブの名前だ。
「僕のも同じさ。試合前にはメカニックに見てもらってるけど、異常は見付からないって言うし……よっぽど巧妙に細工されているのかな」
 首を傾げながらイワンが言った。確かに、メカニックの腕前より細工者の腕前の方が勝っていたら、発見は出来ないのかもしれない。
「誰かに恨まれる覚えは?」
 誰かが2人に対して尋ねた。すると2人が答えるより早く、ユナがそれに答えた。
「腕のいい新人を、早く潰したい人も居るんじゃない?」
 なるほど、言わんとすることは分かる。だがそれを調べるよりも、今は実行犯を捕らえる方が先だ。捕まえさえすれば、自ずと分かることだろうから。
「ジョンのマスタースレイブはAドックに、イワンの方はEドックにあるの。距離が離れているから手分けして見張ってもらうことになるけど……大丈夫?」
 目の前の面々を見回すユナ。まあ……何とかなるだろう。
「じゃあ、今夜さっそくお願いね」
 ユナがにこっと微笑んだ。


〈ライター主観による依頼傾向(5段階評価)〉
戦闘:3/推理:2/危険度:3
ほのぼの:1/コメディ:1/恋愛:1
*プレイング内容により、傾向が変動する可能性は否定しません

【募集予定人数:1〜7人】

仕掛ける者

●残りし者【1】
 ユナから依頼内容を聞き終えた面々は、しばし思案をしていた。これからどう行動しようか考えているのかと思ったら、どうもそうではないようだ。何故なら、その中の1人がすっと席を立ったのだから。
「悪い、今回の話はなかったことにしてくれ」
 その言葉をきっかけに、1人、また1人と席を立ち始めた。
「すまないな……俺もだ」
「私もよ。悪いけれど降ろさせてもらうわ」
 何が気に入らないのか、それとも何を危惧しているのか、ユナたちの前から人の姿は次々に減っていった。そして残ったのはただ1人、銀髪のスレンダーな若い女性だけであった。
 女性は腕を組んで両目を閉じ、口を開く所か身動き1つしやしない。しかし無言ながら、ある種のオーラを発しているように思える。例えば――妖艶さ。
「あなたは席を立たないの?」
 動かぬ女性にユナが声をかける。すると女性はすっと閉じていた目を開いてみせた。ぱちっとした白銀の瞳の中に、ユナの姿が映っていた。
「どうして?」
 くす……っと、女性の紅い唇が動いた。
「……人同士が戦う闘技場、いいわぁ。受けていいかしら」
 女性――白神空はユナに確認するかのように言った。思案していたのは受けるかどうかを悩んでいたのではない。マスタースレイブ同士が激しい戦闘を繰り広げている光景を、脳裏に思い描いていたと思われる。
「じゃあ受けてくれるのね?」
 念を押すユナ。空がこくりと頷いた。
「ええ。……でと」
 空は組んでいた腕を外すと、そのままテーブルの上に載せた。
「う〜ん、あたしはよく分からないんだけど、そういう細工って簡単に出来るものなの?」
 マスタースレイブに関する知識を持ち合わせていなかった空は、目の前に居る3人の顔を見回しながら尋ねた。
「専門知識があれば細工は十分可能だよ」
 空の質問にイワンが答えた。ジョンやユナも同意とばかりに小さく頷く。すると空はさらにこう言った。
「専門の技術者でも分からないような細工って、簡単に出来るとは思えないんだけど」
 確かに――メカニックが細工に気付いていないのだ。専門知識を持っているのは当然として、細工を施した者の腕前がメカニックより上であることは間違いない。ただしこれは、ドックで細工が行われたという仮定の下である。では、ドック外で細工された可能性は本当にないのだろうか?
「だから、工房から闘技場までの移動で仕掛けられているんじゃないかな。あたしはそう思うんだけど、実際の所はどうなのぉ?」
 空がちらっとジョンを見た。空はドック外での細工が頭にあるようである。
「ああ。ドックから闘技場までは専用の車両で牽引してもらって、試合の前に乗るんだ。そうか移動中か……そこまでは考えなかったな」
 思案顔になるジョン。失念していたのがよく分かる表情であった。
「うん、移動中はドックや闘技場と違って一番人が少なくなるし……そこに細工を行った犯人が居れば辻褄は合うかも」
 移動中の様子を思い浮かべ、ユナが言った。
「でも細工が稚拙って線はないと思うな」
「どうして?」
 ユナの言葉に空が反応した。
「ボトムバトラーは皆、試合前に目視で最後の確認をしているから。自分の愛機の。だから、何か変化があればすぐに気付くはず。だよね?」
 ユナが左右のジョンとイワンに確認した。
「ああ」
「うん」
 揃って答える2人。すなわち、メカニック以上の腕前は持っていなかったとしても、ボトムバトラーたちの目を誤魔化すほどの腕前は最低限持っていると思われる。
 だがここで、これ以上ああだこうだと仮説を立てていても仕方がない。実際に現場を押さえ、証拠をつかんでしまうのが一番手っ取り早い方法である。
「とりあえず、今夜の見張りはお願いね」
 ユナが空の目をじっと見て言った。
「分かったわ」
 3人から一通り話を聞き終えた空は、ワインを飲み干すとすくっと席を立った。

●マスタースレイブの宮殿【2】
 真夜中――闘技場そばにあるドックのうちの1つ、Aドックの中に人影があった。
「ふ〜ん、同じような機体でも微妙に違うのねぇ」
 マスタースレイブが整然と並ぶドックの中を、空はきょろきょろと見回しながら歩いていた。カツコツと靴の音が、静まり返った薄暗いドック内に響く。
 Aドックにあったマスタースレイブは、ほとんどがブルーナンであった。中にはバリエの姿も見受けられるが、それは少数だった。
 しかし同じブルーナンでも、シルエットは微妙に異なっている。装備が違うからだ。
 ベースとなる機体は同一でも、装備選択で能力に違いは現れる。そして操縦者の腕前でも能力に差が出てくる。これがボトムラインという競技の面白い所である。
 やがて空はあるブルーナンの前にやってきた。
「……これね」
 それはジョンの駆るブルーナンであった。教えられた場所と寸分違わなかった。
 何故空はAドックにやってきたのか。その理由はどちらだって変わらない、というものであった。
(分かんないもんは分かんないし)
 まあ、空1人しか居ないのだから両方監視する訳にもいかないのだけれど。
「でと」
 空は大きく息を吐き出すと、表情を引き締めて集中を始めた。次の瞬間、空の露出していた肌が顔を除いて全て白銀の獣毛に覆われた。エスパーである空の肉体操作系超能力の1つが発動した瞬間であった。空はこの超能力を『玉藻姫』と呼んでいる。
 見れば瞳も獣のように鋭くなり、両手の爪も鋭く伸びている。そして頭には狐耳、下半身には狐の尻尾も生えていた。どうやらこの超能力、狐の獣人に変身するというものらしい。
 狐の獣人に変身した空は、足元を大きく蹴った。空の身体は大きく跳ねたかと思うと、瞬く間にブルーナンの肩の上にあった。
「怪しい人影は……なーし」
 目と耳とで辺りの様子を伺う空。今の所、空以外の者の姿は見当たらなかった。
 それから空は、マスタースレイブに少し顔を寄せるとピクピクと鼻を動かした。狐の嗅覚で、ジョンのマスタースレイブについている匂いを把握しようとしていたのである。
 もちろん場所も変え、あらゆる角度から匂いを覚えようとする。その甲斐あってか、10分以内のうちにマスタースレイブについていた匂いは全て覚えることが出来た。
「まずは1つおしまい」
 地上に降り立った空は、『玉藻姫』の超能力を解いた。瞬時に空の身体は元の姿に戻った。
(次は見張りね)
 辺りを見回す空。上手い具合に人が1人隠れられるようなスペースが見付かった。空はそこに隠れると、息を殺して見張りを開始した。
 だが――結局その夜、不審者が忍び込むというようなことは起こらなかった。

●もう1つの戦場【3】
 翌日。夜の静けさがまるで嘘のように、ドック内では人が動き回っていた。人が動き回るということは、それだけ声が発せられるということでもある。
「おーい、脚部チェックだ!」
「ライフル交換! これじゃジャムるぞ!!」
「例のパーツ持ってこい! とっととしやがれ、このタコ助!!」
 ……というように。ま、ほとんどはメカニックの声のようだが。
 空は、殺気立ってるドック内を邪魔にならないように歩いていた。ちなみに本来なら関係者以外は立ち入れないことになっているので、ジョンのスタッフという身分を用意してもらってこの場に居た。
(う〜ん、こんな状況で細工をするとすぐにばれるんじゃないかなぁ?)
 一通りメカニック作業の現場を見た上で、空はそう考えた。というのも、メカニック同士がほとんど顔見知りなのだ。全員が仲がいいとは言わないが、挨拶されれば返すという礼儀は出来ている。
 それゆえ誰か不審な動きをする者が居れば、たちどころにばれてしまうのではないかと思えるのだ。
「どう、順調?」
 近くを通りがかったユナが空に話しかけてきた。
「何もないのを順調って言うんならそうかも。ねぇ、聞いていい?」
「いいけど」
「ここのメカニックの人たちって、長いの?」
「うん、メインのメカニックの人たちは長いんじゃないかな。メインの人たちが若い人を鍛えてるって感じ。ジョンのメインメカニックも、イワンのメインメカニックも、ベテランのはずだよ。ほら」
 ユナがジョンのマスタースレイブを指差した。そこには初老の、いかにも技術屋といった風体の男が居た。

●導かれし結論【4】
 その後、空は『玉藻姫』の超能力を用いてから、整備後や出撃前のジョンのマスタースレイブの匂いを確かめた。いずれの時も、昨夜の匂いと変わりはなかった。つまり、違う人間が関わった形跡がないということだ。
(匂いに変化はない。細工されてると思ったのって、単なる偶然だったんじゃないかなぁ)
 そんな考えも頭に浮かぶ空。匂いに変化がなかったのだからそれも当然だろう。
 けれども、その考えはジョンの試合を見てどこかに吹き飛んでしまった。ジョンの20ミリオートライフルが、試合中にバラバラとなってしまったのである。
 ジョンだけではない。イワンのマスタースレイブにも異変が起きていた。左腕が突如動かせなくなったのである。
「……何でぇ!? 匂いは全く変化なかったのに……」
 空は出撃後のジョンのマスタースレイブの匂いも確かめた。しかしこれもまた変化がなかった。だのにマスタースレイブに異変は起きている。これはどういうことだろう?
 思案する空。匂いに変化はなかった。だがマスタースレイブに細工はされ、異変が起きた。しかし、メカニックは細工に気付いていない。匂いも変化はない……。空は延々と思考のループに入っていた。
(あれっ?)
 そのうちに空は、あることに気付いた。
「もしかして……深く考えるようなことじゃなかったんじゃないの、これって?」
 空はユナの姿を探して、その場を駆け出していた――。

●そして、顛末【5】
 3日後。闘技場を運営する団体によって、2人のメカニックが身柄を拘束された。拘束されたのは……ジョンのメインメカニックとイワンのメインメカニックであった。
 空がユナから教えてもらった話によると、2人のメカニックはギャンブルで大きな借金を抱えてしまい、それを盾に脅されていたのだという。
「たぶんそれで、賭けの倍率を操作しようとしたんじゃないかな。脅していた奴が」
「えっ、賭けって?」
 ユナの言葉に、空がきょとんとして聞き返した。
「有名な話だと思ったんだけどなあ」
 声を潜めるユナ。そしてこう続けた。
「ボトムラインは、裏では賭けの対象になってるの。ギャングが取り仕切ってね」
「へーえ……」
 納得する空。確かに、腕のいい新人が負ける試合を作り出せたなら、倍率は変動することだろう。それに乗じれば、大金を稼ぐことも容易である。
「……裏は裏、表は表。ボトムバトラーは、上を目指してただ戦うだけってね。本当にありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
 感謝するユナに対し、空はくすっと微笑んだ。
 だが2人は知らなかった。この日の新聞に、数人のギャングが殺害されたという記事が載っていたことを。翌日以降、この事件に関する続報は掲載されていない――。

【仕掛ける者 END】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                  / 性別 / 年齢 / クラス 】
【 0233 / 白神・空(しらがみ・くう)
                  / 女 / 24 / エスパー 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『サイコマスターズ アナザーレポート』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。お一人の参加ですので、これ以外に文章は存在していません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変長らくお待たせいたしました、高原の記す最初の『アナザーレポート』をお届けいたします。参加者が多ければより深い展開になっていたのかもしれませんが、今回はこのような展開とさせていただきました。
・高原は今後も『アナザーレポート』で色々と依頼を出してゆく予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。
・白神空さん、初めましてですね。面白い超能力をお持ちですね。その超能力を上手く用いたいいプレイングだと思いました。ゆえに本文中であのことに気付く訳ですね。戦いになるようなこともなく、まずまずな結果だったのではないでしょうか。なお、OMCイラストをイメージの参考にさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。