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■獣の棲む街―鳴動■

在原飛鳥
【0904】【久喜坂・咲】【女子高生陰陽師】
□―――五件目の被害者
悪い夢を見て目が覚めた。
お父さんが怒鳴ったり、お母さんが泣いたりする夢だ。あのこだけはあのこだけはあのこだけは……。
夢から覚めて、里美は怖くなって子ども部屋を出た。そぅっと覗くと、リビングの電気がまだ点いている。暗い廊下を、里美はたっと駆け出した。

「おかあさん……?」
返事はない。里美は床で母が寝ているのを見た。何かを溢したみたいに、赤黒い水溜りが出来ている。びっくりして、里美は母親に駆け寄った。
「おかあさん、起きて!起きてよぅ」
いつもなら「なぁに?」と答えてくれるはずなのに、母は里美が力いっぱい揺すぶっても、かくかく首が揺れるだけだ。
ぬめっとした感覚に、里美は自分の手を見た。
紅い。赤い絵の具をこぼしたみたい。その赤で、母親のパジャマも、里美の手も濡れている。
「あーあ。ガキが起きてきちゃった」
びっくりして里見は顔を上げた。そこには、見たことのない青年が立っている。
母の下にある水溜りと同じ色が、お兄さんのほっぺたにもべったりくっついていた。左手なんか、赤くてびしょ濡れだ。
その手には包丁が握られている。おかあさんが、とうふを切ったり、ネギを切ったりするあの包丁。それが、真っ赤に汚れている。
悪い人が、お父さんとお母さんを倒しちゃった!
里美は飛び上がって駆け出した。むしゃぶりつくようにドアを開けて、もつれる足で階段を駆け上がる。
「待てよ」
お兄さんの声が追いかけてくる。笑っている。
「逃げることないだろ」
里美は自分の部屋に飛び込んだ。どこか、どこか安全なところに隠れなければ。
お兄さんに絶対に見つからなくて、お兄さんが里美を諦めてくれる場所。
タンスの中。それ以外に、隠れることが出来る場所なんてない。飛び込んで、里美は膝を抱えた。
お兄さんは楽しそうに、鼻歌を歌いながら歩いてくる。
こないで。こないでこないでこないで!
……タンスが左右に大きく開かれた。涙でにじんだ視界の向こうで、お兄さんが笑う。
「……見ィつけた」

□―――翌日
「こりゃ……ひどいな」
現場一本で十数年、数々の死体を拝んできた年配の刑事ですら思わず呻いた。それほどに、子ども部屋の惨状はすさまじかったのである。彼に付き従っていた若い刑事は、口を押さえて部屋を飛び出していったきり、まだ戻ってきていない。
若い連中は不甲斐ないといつも嘆いているが、今回ばかりは文句を言う気にもなれない。
少女の死体は、原型も留めないほどに荒らされていた。本来なら白い腹が見えるはずの彼女の胴体は、切り開かれて赤い内臓が露わになっている。引きずり出された臓物は少女の左右に無造作に散らばっていた。幼いその顔の反面は皮を剥ぎ取られ、片目が失われている。血にまみれた女の子用のパジャマがなかったら、性別の判断も付かなかったに違いない。
「直接の死因は?」
「断定できないですが…多分、失血によるショック死じゃないかということです」
これだけ身体を切り刻まれながら、失血死か。苦い顔をした刑事に、それと、と相手が言葉を濁した。
「頬のとこ。肉が削がれてるでしょう。これ、食ったんじゃないですかね」
「またか」
刑事が呻いた。

今年に入って、東京近辺で連続している殺人事件。
まずは20代の男女が殺され、次に一人暮らしの女性が2人襲われて命を落としている。今回の一家3人惨殺事件が一番最近のものだ。
どれも同一犯の犯行と見られているのは、現場からはっきりと指紋が見つかっているからだ。
犯人は動きを奪った被害者を生きたまま切り刻み、被害者は失血死か、痛みによるショック死を引き起こす。二度目の犯行からは死体から肉を切り取って持ち去った形跡があり、三度目の犯行で、犯人は一人暮らしの女性に性的暴行も加えていた。
着衣から足がつくことを恐れたのか、犯人は第一の被害者の部屋から何着か服を持ち出し、その服を着て次の殺害に及んでいる。分かっているのは、それ以外には靴のサイズだけだ。26センチ。一件目の男女殺害現場から持ち出したものと見られている。
血がついた服は、その場で捨て、盗んだ服または持ち込んだ服を着て逃走…。
これだけ犯行が続いているというのに、未だに犯人の姿を見たものはいない。

獣の棲む街(鳴動)
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久喜坂咲(くきざか・さき)の訪ねた家は、暗い陰に満ちていた。
それは立ち込めた悲しみのようでも、無念のようでも、また死の名残のようでもある。死んだような目をした遺族からは話を聞くことが出来ず、立ち入りの許可だけを貰って咲は一人この家を訪れている。
絨毯に残った黒ずんだ染みが生々しい。何度も洗われたに違いないが、薄くなってもなお血溜まりはカーペットにその痕跡を残している。壁にまで及んだ血飛沫が、殺人の残虐性を物語っていた。
ここで里美ちゃんは殺されたのだ。
ぐるりと咲はあたりを見回す。壁の一つ、置かれたままの椅子一脚を取ってすら、まだ少女の恐怖に溢れていた。
ベッドに腰掛けて、咲はカーペットの床に視線を落とした。少女の遺体が見つかったそこは、まるでジュースでもこぼしたかのように広い範囲が薄黒く汚れている。そこにじっと視点を宛てていると、彼女を伺うように気配が動く。
目には見えない空気の揺れは、やがて空間の歪みとして感知できるようになり、咲の前でぼんやりとした女の子の形を取った。その姿はとてもおぼろげだ。
咲は揃えた膝に肘をつき、じっと少女が形を取るのを待つ。恐怖という強い感情に囚われた彼女の心の動揺は、そのまま目の前の里美の存在にも影響している。透き通った体は時にはっきりとし、時に消えそうなほど弱弱しく、引き裂かれた傷口を見せて立っていた。
それは霊体ではなく、激しい感情によってその場に刻み込まれた残留思念である。彼女とコミュニケーションを取ることは出来ず、咲は彼女を視るだけだ。あまりに強い感情を残したために、少女の霊は今も岡部ヒロトにひきずられているのだろう。
咲の見ている前で、里美の顔が今にも泣き出しそうに歪む。
その隣に、岡部ヒロトが居た。草間興信所で太巻に見せられた写真そのままの 左手に包丁を持っている。血飛沫は洋服どころか頬まで汚し、それでも彼は悦楽に満ちた笑みをその顔に張り付かせていた。
ヒロトの手が少女にかかる。暴れる少女を引き倒し、その口が何かを言い、小さな身体に馬乗りになって、ヒロトは包丁を振り上げる…。
咲は目を閉じた。この部屋に残った強い思念は、そのまままるで何度も巻き戻して繰り返される映画のフィルムのように、その時の状況を正確に映し出している。
その一撃が少女の身体に振り下ろされる前に、咲は目を閉じた。咲が「視よう」としなければ、その記憶はただどす黒い不幸の影となって部屋に充満しているだけである。
「咲夜」
控えております、と咲に仕える式神がすぐに答えた。穏やかな声音は、咲の心を少しだけ落ち着かせる。
「彼を探して。彼が能力者なのは間違いないわ。近付きすぎないように注意して、空から尾行して」
御意、と短くいらえて、咲の傍らから鳳凰が飛び立った。閉まっているはずの窓を震わせて、その純白の身体は空へと突き進んでいく。
咲は再び目を開いて、部屋を見回した。咲夜の白く光る体とは対照的に、子ども部屋には暗い翳が立ち込めている。この家はもう死んでしまったのだ。住んでいた住人全員が殺されてしまった時、この家の寿命も終わってしまった。後には、当時の修羅場が再現される、強い人々の思念が残るだけである。
持ってきた紙袋から、柔らかい布で出来たぬいぐるみと小さな花束をベッドの上に置いた。
(今はこれくらいしかできないけど……)
ごめんね、と心の中の少女に謝る。
少しはこの部屋に染み付いた少女の恐怖が和らぐことを願いながら、咲は部屋を後にした。

この事件を持ち込んできた太巻が言っていたように、ネットカフェに入り、喫茶店を出たところで咲夜は岡部ヒロトを見つけた。その報告を受けて、咲はさっそく動き出す。
隠行法という方法を取り、他人からは姿が見えないようにヒロトの後を追う。それでも少し距離を空けたのは、もしもの場合を想定してのことだった。
異変があれば空から監視している咲夜がフォローをしてくれるから、安心して距離を取ることが出来る。
違和感を感じたのは、そんな時だった。姿を隠してヒロトを追う咲の体を、ぞわりと不吉な感覚が駆け抜けたのである。考えるより先に咲は空を振り仰いだ。
(咲夜!?)
青い空に白く尾を引いて飛んでいた式神の姿が見えない。その代わり咲の瞳に移ったのは、風に揺られて右へ左へと空を泳ぐ紙片だった。鳳凰の形を取っていたはずの紙である。
(何が起こったの!?)
思わず隠形法を中止して、咲は立ち止まった。
「やっぱり、いたな」
冷ややかな声に、冷水を浴びせかけられたようになって、咲は立ち竦んだ。振り返ると、口元に薄い笑みを浮かべたヒロトが、じっと咲を見つめている。
その背中に、まるで暗雲を纏ったかのように幾人もの霊が蠢いていた。
その中の一つに、先ほど尋ねた家で見た少女の顔を発見して、咲は眦を吊り上げる。
「あの子を殺したのは貴方ね。何が目的なの?何を望むの?」
芝居がかった仕草でヒロトは笑った。
「なんで知りたい?お前も人を殺す快楽がどんなものか、知りたくなったわけ?」
咲を見下して、ヒロトはゆっくりと顎だけで空を示した。
「妙な鳥、あれお前のペットだろ?悪いねェ、殺しちゃったよ」
暗い怒りにはらわたが煮えくり返りそうだった。力んでお腹に力を入れ、咲は出かった罵倒を飲み下す。式神の咲夜は、咲の指示で紙に宿っているだけだから、その姿が消失したとしても、再び呼び出すことは可能だ。だが、だからと言って咲夜を失って腹が立たないわけがない。きっとヒロトを睨みつけると、バカにしたような視線が帰ってきた。
「そうやって殺し続けないと楽しめないの?楽しいことは他にいくらでもあるのに」
「世の中の人間なんてバカばっかりだ」
嘲笑ってヒロトは顔を歪める。
「見てると腹立つんだよ。そういうやつはみんな、いなくなればいいんだ」
「そんなことでしか、あなたは自分の存在を確認できないのね。……かわいそうな人」
「バカじゃねえの」
おかしくてたまらないというように吹き出して、ヒロトは左手の拳で口を押さえる。その仕草が妙に「猟奇殺人犯」のイメージとそぐわなくて、かえって咲をぞっとさせた。
「偽善者面なんか、してどうすんの。あんたさ、自分だけが正しいって思ってるから人を憐れんだりできるんだよな。お幸せなことですねぇ」
咲の瞳に宿る剣呑な光を感じたのか、ヒロトは一歩後ろに下がった。
「貴方がした事は許せることじゃないわ」
「許す許さないを、お前が決められるのか?お偉いんだな」
ヒロトは鼻で笑っている。奥歯を噛み締めて、咲は意識を集中した。いい気になって油断しているヒロトは、気づいていない。ヒロトの足元には、咲が少しずつ張り巡らせた結界が出来上がりつつあった。
警察がヒロトを追いかけてこないことで、ヒロトの行動はエスカレートし始めている。始めは一人者やカップルばかりを狙っていたヒロトが、家族全員を手にかけたことにも、その兆候は現れていた。
警察を待っていたのでは、被害はまた増える。
だから
「私達が捕まえなくちゃいけないのよ」
「どうでもいいだろ、あったこともないやつのことなんて」
「よくないわよ!」
叫び返して、咲は腕を振る。ぱぁっとヒロトの足元から光が生じ、円陣がアスファルトの道路に出現した。ヒロトを呪縛で捉え、動けなくするための円陣だ。
慌てたヒロトの声が漏れ、光が彼の身体を包み込む前に、ヒロトは円陣の中から掻き消えた。
まるでテレビの電源を切るみたいに、ぷつりと消える。
数歩離れたところに、再びヒロトは姿を現した。
「妙なことしやがって、このアマ!」
「あら、女性に対しての礼儀ってものがわかってないんじゃないの?」
でないと誰にも相手にされないんだからとヒロトに言い返して、咲は再び呪縛を試みた。
今度は十分用心していたせいか、ヒロトはぷつりと姿を消す。
「俺を怒らせたな」
どこかから、ヒロトの声が聞こえた。
「ニュースに注意してろ。俺を怒らせたらどうなるか、しっかり教えてやる」
捨て台詞を残して、ヒロトの声は途絶えた。どこからともなく感じていた気配もそれにつれて遠のいていき、後には咲だけが残される。
腕を下ろして、咲はヒロトを捉え損ねた円陣を見やった。
そこに囚われている、死者の魂。
ヒロトが円陣から逃げる時、彼らだけは咲の呪縛に引っかかって逃げ損ねたのだ。
「手荒いことをしてごめんね」
すぐに呪縛を解いて、咲はいつ終わるとも知れない恐怖と苦しみに悶えている霊たちに声を掛ける。
そして、彼らを無事に浄化させてやるために、口の中で呪文を唱え始めた。

ニュースに注意していろ、とヒロトは言い置いた。その言葉の意味を、その日の夕方に咲は知ることになる。
場所は草間興信所。アンテナが左右に突き出た旧世代の小さなテレビが、ニュースを報じた。
再び、女性の惨殺死体が見つかったというのである。
『被害者は都内私立S高校の二年生、戸丸正美ちゃん。正美ちゃんは共働きの両親が帰宅するまで、部屋で勉強をしていたということです』
極力感情を殺した口調で、ニュースキャスターは記事を読み上げる。
煙草の匂いの漂う部屋は、一瞬沈黙に包まれた。草間は深刻そうな顔をしており、零は心配そうに表情を曇らせている。
一同の視線は、自然ソファに浅く腰をかけて煙草を燻らせている太巻に向かった。この中で一人だけ動揺を顔に表していないのが太巻であり、そもそもこの事件の発端が彼である。
細く煙を吐き出して、太巻は眉を上げた。
「実はな、これだけじゃなくて被害者がいるんだ」
そして、咲は知らされたのだ。
時を同じくして、二人の青年が姿を消した…と。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・0904 / 久幸坂咲 / 女 / 18 / 女子高生陰陽師

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NPC
 ・草間武彦/望むと望まざるとに関わらず怪奇探偵
 ・太巻大介/その怪奇探偵に厄介ごとを持ち込んでくる貧乏神。外見ヤクザ。

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■         ライター通信          ■
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大変おまたせしました〜〜〜(平謝り)
楽しく書かせていただきました。いや〜闊達活発な女の子っていいですNE!(どこの誰ですか)
巻き戻し的な受注にも拘らず遊んでいただいてありがとうございます。大変楽しかったです。
二部をきちんと期日までに……、頑張りますので!見捨てないでやってください!!
ところで素朴に疑問なんですがやっぱり二人称は「草間ちゃん」「太巻ちゃん」なんですかねぇ。
何はともあれ、お付き合いありがとうございました。
きっとすぐにまたお会いしましょう(第二部で…)
依頼受理ありがとうございましたー。

在原飛鳥