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■獣の棲む街―死線■

在原飛鳥
【0904】【久喜坂・咲】【女子高生陰陽師】
屋上には風が吹き抜けていた。柵があるわけでもなく、むき出しのコンクリートからは東京の街が一望できる。
遮るものなどなにもない屋上のふちに立って、ヒロトは自分を追い詰める者たちを見渡した。つま先だけで身体を支えたヒロトは、今にもまっさかさまに墜落しそうな位置でゆらゆら身体を揺らす。
「変な動きをしやがったら、どうなるかわからないぜ。びっくりして足を踏み外して落ちちまうかもなあ。容疑者を自殺に追い込んだなんて、無様な記事を新聞に書かれたくないだろ?あんただってさ」」
目だけを狂気にぎらぎら光らせて、ヒロトは歪んだ笑みを見せる。
「なあ、おまえら正義感ぶるのもほどほどにしろよ。俺が人を殺したからなんだっていうんだよ。俺を同じ目に合わせるか?俺を同じ目に合わせようとするやつが、俺とどう違うっていうんだよ。それとも、俺をとっ捕まえて、正義の味方ぶって警察に突き出してみるか?」
歌でも歌うように、ヒロトは喋り続ける。
「精神に問題ありって判断されるんじゃないかな。そうすりゃ刑務所なんかに入らないで済む。有罪判決になったところで、無期懲役がいいとこじゃないの?模範囚で居れば、ジジイになる前に出てこれるさ」
勝ち誇ったように、ヒロトは笑う。まるで血に狂った獣のように、その表情は歪んでいる。
「ツイてないやつが早死にするのは運命だろ?もっと生きられたかもしれないなんて思うのはバカげてる。そこでそいつの人生が終わるなら、それは運命ってやつだよ。俺に殺される運命だったんだよ。早死にするヤツは、この世に必要ないから死んでいくんだ。俺はその運命に少し手を貸してやっただけだよ。なのに俺を憎むのは逆恨みってやつだろう?俺の邪魔をするな。俺がガキだの女だのを殺したからなんだっていうんだよ。その俺を恨むお前らだって、同じ穴のムジナだろ。俺が憎いんだろ。殺したいんだろ?そんなお前らに、偉そうに俺を糾弾する権利があるっていうのか!?」
気が違ったようにヒロトは喋り続け、おかしそうに笑い続けている。その顔に罪悪感は見られなかった。
獣の棲む街―死線
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夏だというのに、夕日を孕んだ風は涼しい。涼しいのは、心がうそ寒くなるような存在と対峙しているからだろうか。
薄暮に包まれて、お互いの顔すらはっきりとしないビルの屋上で、ヒロトは東京の街を背景に風に揺られている。狂気を帯びてへらへら笑うその表情は、まるでそこだけ切り取ったかのように無機質で、人間味がなかった。
「偉そうなことを言うなら、お前らがまず法律を守れば?違法なことして俺を追い掛け回して、その上で正義だなんだと説教垂れたって、信憑性がないんだよ」
頬まで流れた血は、既に強い風に吹かれて固まりつつあった。ヒロトはそれを無造作に拭い、それでも頬にこびりついた血を爪の先でこそげ落とした。
「俺は確かに犯罪者さ。法律上では俺が罪を犯してるってのはわかってる。でもそれがどうしたっつうの。弱いやつは強いヤツに食われるんだ。自分の身も自分で守れないやつは、殺されても文句は言えない。ガキだからかわいそうだって?笑わせるなよ。弱いから俺に殺されたんだ、それのどこが悪い?弱肉強食の世の、それが不文律ってやつだろ?お前ら俺を追い回して、犯罪スレスレのことまでしてさ。それで、自分は正しいからいいんだなんて、どのツラさげて言えんだよ?結局は同じだろ?法律なんか無視して、こんなことしてる時点で、お前ら俺とかわんないんだよ」
思わずという感じで身じろいだ棗の腕を掴んで、咲は彼を引き止めた。
「確かに、彼の言う通りよ。憎しみや恨みで相手を傷つけるなら、彼と同じ。それじゃダメなのよ。分かるでしょう?」
そうしてしまえば、一見して筋が通っているようにも聞こえるヒロトの論理を肯定し、ヒロトをいい気にさせるだけだ。ヒロトの考え方に同調すること、それを基準に話を進めること。それがどこか間違っていることを、咲はちゃんと承知している。
「……大丈夫、わかってるよ」
咲に止められた棗は、口元に微笑を浮かべて咲の顔を見つめ返してきた。無茶はしないし、先走らないと、落ち着いた色の瞳が咲に伝えている。安心していい、と勇気付けられた気がして、咲はヒロトを真正面から見据えた。
「勘違いしないでね。貴方を同じ目に合わせようだなんて思ってない」
「お得意の正義の味方ヅラなら、なおさらごめんだよ」
今すぐにでも落ちてやるぞといわんばかりに、ビルの外れでヒロトの身体がふらふらする。彼が足を踏み外すかもしれないことは、今は考えないことにした。ヒロトはそうやって、こちらの不安を煽っているのだ。
「正義なんて、大義名分必要ないわよ。私はやりたいようにやっているだけだから」
「どうせ、他人だろう。お前には関係がないことだ。ちょっと目をつぶって耳をふさげば、それで問題なく済むことだよ。どうして好き好んで関わる?日本人特有の野次馬根性ってやつ?」
バカにしたようなヒロトの顔は、まるで精巧な蝋人形のようだ。生きているようなのに、その下には血が通っていない。貼り付けたような無表情。それを人間として扱うのには、正直少し気力が必要だった。
「確かにおせっかいかもしれないけど、仕方ないじゃない。放っておけないんだもの」
目を閉じても、耳を塞いでも、咲の周りから問題が消えてなくなるわけではないのだ。咲が拒絶することで、それに彼女が関わらなくなるだけのことである。
それでは、何の解決にもなっていない。そうして何かをやり過ごすことが出来たとしても、後に残るのは何もしなかったことへの悔恨だけだ。
救えたかも知れない被害者のことも、変えられたかもしれないヒロトの行動も、後になって、「ああしておけばよかった」と悩んだところで意味がない。だから、おせっかいでも、今は出来るだけのことをしようと思うのだ。
「運命だよ、バカ女。素直に認めろよ。お前の力の及ばないところなんか、世の中にごまんとあるんだよ。今回の俺が起こした事件だって、そういったもののうちの一つなんだって、そう思えよ。人はどうせ死ぬんだ。あるのは、それが早いか遅いかの違いだけだ。寿命か事故死が病死か、もしくは他殺かってそれだけの差だろ?何をそんなに目くじらたてんの?」
「そうやって人のせいにばかりするのね」
ヒロトの声には、罪悪感などなにもない。下手をすれば悪気すら感じさせないその口調が、咲の心の奥を震わせる。
「運命ってのは、そういうもんだよ」
鼻で笑ったヒロトに、咲はゆっくりと首を振った。
「運命だなんだって言って、貴方のしてることは責任転嫁でしょう。自分のした行いを、運命だといって言い逃れているに過ぎないわ。だから罪悪感を感じず、現実感もない」
そして、平気で人を殺せるのだ。自分がどれだけ重いことをしたのか、それを知らずにいられるから。
「そうやって逃げてるんでしょう?自分より弱い者しか相手にしないのが証拠じゃない」
「俺が弱いやつばかり選んだとでもいうのかよ!」
気分を害した様子で、ヒロトが言い返す。違うの?と全身で表して、咲は肩を竦めて見せた。
「誰でも殺せるというのなら、私を先に殺してみせなさいよ。死んでなんかあげないけどね」
背筋を伸ばし、胸を張って、咲はヒロトへ一歩近づく。喋りながら、少しずつ、ヒロトにばれないように結界を張るのだ。張り巡らせた結界で彼を完全に捉えるためには、至近距離まで寄らなくてはいけない。
「咲……っ」
低い声で棗が声を掛ける。さすがに心配なのだろう。
「大丈夫よ」
敢えて自らの不安を押し隠して、咲はもう一歩、ヒロトに近づいた。
ヒロトが衝撃波を使用する確率は、そう大きくはないだろう。…少なくとも五分五分よりは有利な条件のはずだ。衝撃波で人は殺せない。ヒロトが咲を傷つけるとしたら、それは彼が未だに所持しているナイフを使うはずだった。
ナイフで襲い掛かってこられる距離までこれたら、咲は結界を発動すれば済む。
「運命は」
「戯言なら聞かないぜ」
ヒロトの手のうちで、禍々しくナイフが光った。本能的な恐怖に身体の芯から冷たいものが駆け抜ける。
拳を握り、咲は強く、ヒロトを睨み返した。
「誰にも、神にだって決められるものじゃない。自分で決めるものよ」
足場を踏んで、ヒロトが咲に襲い掛かった。夕陽に白く、鋭利なナイフが光る。
「貴方が、神にも決められない人の運命を、勝手に押し付けていいわけがないでしょう…!!」
ぱぁっと、灰色に沈んでいた屋上に光が発した。今にも振り下ろされようとしていたヒロトのナイフが途中で止まる。
都会の夕空の下、咲が描いた結界が、暗灰色のビルの屋根に、輝く模様を描き出した。

結界に囚われ、意識を失ったヒロトを囲んで、咲はその閉じた瞼を見つめている。狂気を宿したその瞳が隠れていると、その顔は酷く無防備で、人間らしい。岡部ヒロトも一人の人間であるということを思い出させて、咲は複雑な気持ちになった。
「咲。こいつ、どうすんだ?こいつは……反省とか、すると思うか?」
複雑な面持ちで、棗は咲とヒロトを見比べている。咲よりも余程長く生きている棗である。その彼が見たところ、ヒロトが悔い改めて自らの行いを振り返るなどということは、どうにも想像できないのだった。
「わからないけど、彼を殺してはい終わり、ってわけにもいかないじゃない」
世の中は、悪を倒して一件落着と言うほど、簡単には出来ていないのだ。咲たちは正義のためにどこかから使わされた使徒でもないし、正義の味方でもない。道徳観を持ち、そして今の日本の法律に縛られている、一人の人間なのだ。
ヒロトに公正な処罰を下してもらうためには、面倒でも、納得がいかなかったとしても、彼を法の手にゆだねなくてはならない。咲はヒロトの青白い頬を見下ろした。
「彼はこれから、殺した人たちの命の重みを背負って生きていかなくちゃならない」
他人の人生は、一人の人間が背負うには重い荷物だ。
それでも、ヒロトが望むと望まざるとに関わらず、それを背負っていくことになるのだろう。
そうすることで、殺された者たちの命を、少しでも遠くへと引き継いでいくのだ。

□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。

ヒロトが抱えていた闇も、体験してきた過去も、今となっては誰も知らない。
大して名も無い雑誌の中の小さなコラムで、やはり名を知られていない編集者が語る。

『人は誰でも、心の闇に巣食う獣を飼っている。それは年齢を経ることに人の暗い部分を糧に成長し、静かに、確かに息づいている。普段は理性と道徳という名の鎖につながれているその獣は、ふとした瞬間、心に兆した悪意を見逃さず、人に対して牙を剥くのを待っているのだ』
と。


獣の棲む街. END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・0545 / 久喜坂・咲(くきざか・さき)/ 女 / 18 / 女子高生陰陽師
・1411 / 大曽根・つばさ(おおそね・つばさ)/ 女 / 13 / 中学生・退魔師
・1614 / 黒崎・狼(くろさき・らん)/ 男 / 16 / 逸品堂の居候
・1576 / 久遠・樹(くおん・いつき) / 男 / 22 / 薬師
・0565 / 朏・棗(みかづき・なつめ)/ 男 / 797/ 鬼
・1511 / 神谷・虎太郎(かみや・こたろう)/ 男 / 27 / 骨董品屋

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 
 ・岡部ヒロト/連続猟奇殺人事件の犯人。逮捕・拘留中。

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせしました!そしてお付き合いどうもありがとうございます。
梅雨明け間近に獣の棲む街、後編のお届けです。
暗いのに、長いのに、そして待ち時間まで長いのに、気長に遊んでくださって感謝の言葉もありません!
咲ちゃんは、姉御肌というか…放っておけない、と言っちゃうところが面倒見の良さとか性根の真直ぐさとかをうかがわせてカッチョいいですよね!
プレイングも楽しみながら、小説書かせていただきました。
楽しかったです、どうもありがとうございます!!
はっ、後日談ですが、恐らく…来週の終わり以降にはアップできるかと…。本編とは殆ど関連性はないので、参加いただかなくてもオールオッケーノープロブレムですので、「付き合ってらんねえよ!」と思ったら爽やかに無視してやってください!
ではでは、夏ばてとクーラー病には気をつけてお過ごし下さい。
またどこかで見かけたら、遊んでやっていただけると喜びます!

在原飛鳥