■黄金褌伝説■
遠野藍子 |
【1600】【天樹・火月】【高校生&喫茶店店員(祓い屋)】 |
白王社月刊アトラス編集部。
今日も今日とて、麗香のお気に召すネタを仕入れるべくネットを宛てもなく彷徨っていた三下は変わったHPを発見した。
そのHPのタイトルは、『日本秘宝・埋蔵金伝説』。
その名の通り、日本各地に伝わる埋蔵金伝説がいろいろとアップしてある。
更新履歴をクリックすると、ちょうど今日新たに更新されていた。
そこには、
『7月×日
最近掲示板で噂になっていたアノ戦国武将の秘宝情報を入手!
気になる人はココをクリック→☆』
とある。
三下は導かれるままにそこをクリックした。
数秒後、画面いっぱいに現れた情報を見て一瞬絶句する、
………。
「へ、編集長っ」
きっと、これは麗香好みに違いないと三下は急いでその画面をプリントアウトして麗香の下へ駆け寄った。
***
一方時を同じくして、こちらはゴーストネット掲示板。
雫はいつものようにHPの書き込みをチェックしていた。
「ん〜、何か面白そうなネタないのかなぁ」
どうも、最近は雫の琴線に触れるような書き込みが少ない。
不作不作―――と次々とロールダウンしていった雫は昨夜の深夜にあった書き込みのところで手を止めた。
――――――――――――――――――――――――――――――
件名:埋蔵金を探しませんか? 投稿日7月×日 02:18
HN:埋蔵金発掘し隊
とある戦国武将の埋蔵金の在り処を示す地図を入手しました。
埋蔵金といっても大判小判ではありません。
ソレを手にしたものは覇権を手に入れるといういわくつきの秘宝中の秘宝と言われている黄金の……
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***
「黄金の褌!?」
奇しくも異なる場所で2人の声が重なったことを知る者は居なかった。
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黄金褌伝説
*アトラス褌探索隊*
天樹火月(あまぎ・かづき)は、週に何度か家庭教師をしてもらっている大学生の村上涼に連れられてはじめてその場所を訪れた。看板には白王社月刊アトラス編集部とある。
慣れた様子で、涼が中に入っていく。火月も続いて中に入った。
部屋全体が雑然としている。初めて見る出版社の編集部というものに火月がきょろきょろと周りを見渡しているうちに、涼はその中のある机に行って置いてあった紙の束に目を通した。
「えぇ、なにこれ。黄金の褌ぃ!?」
ふ、褌!?
涼が普段この出版社からのアルバイトでどんなことをしているかは度々聞いてはいたが、それにしても褌ってと、火月は何度か目を瞬かせる。
涼の手元を覗き込んで、火月もその詳細についてざっと目を通す。
「くっだらな〜い」
目を通すが早いか、涼はその資料を机の上に置いた。
一刀両断にされてその席に座っていた男性―――きっと、これがよく涼姐の話に聞く三下さんだろうと火月はあたりをつける―――がショックを受けプルプルと肩を震わせて半泣きになっている。
三下の様子については全く気にしていない風の涼であったが、黙って耳の後ろあたりを右手で触っている様子を見て火月は嫌な予感を募らせた。涼がそんな仕草を見せるときは決まって何かを考え込んでいるときだと知っているからだ。火月は勉強を教えてもらっている最中に何度か見たそんな涼の癖を覚えてしまっていた。
―――涼姐のことだから……
「これ、売れるわよね?」
と、目を輝かせて火月を振り向いた。
予想通りの台詞に、火月は一瞬脱力するが、そんな火月の様子すらすでに涼の意識には入り込む余地はないらしい。
「別に覇権なんてモノには興味ないし、まして褌なんてそんなもの全く全然これっぽっちも興味はないんだけどね……。でも、金なのよね? 嫁入り前の娘がそんなもの手に入れたなんて絶対人様には言えないけど売ればきっと高いわよ、ね!」
彼女の中では今、いかにしてその褌を手に入れてアルバイト代を頂いた上でその問題の物を売りさばくかということでいっぱいになっているようだ。
「よし、行くわよ!」
「え、行くって……」
「当然、お宝を探しに決まってるでしょ。三下さん持って」
そういうが早いか、涼は当然のように突っ伏している三下の首根っこを徐に掴んだ。
「うわぁぁ」
そう言って三下は情けない声をあげる。
「え、涼姐、三下さん持ってって」
「だって、なんかあったら困るでしょ。ほら、何と言っても私、か弱いごく普通の乙女なんだから。あんまり役にはたたないとは思うけど取りあえず盾には使えるし」
「りょ、涼姐ぇ」
火月の静止の言葉もこうなった涼には全く届かない。
「ねー、碇さんとりあえずナマ盾借りてくわよ。いーでしょこの際」
その時、初めてパソコンから顔を上げた編集長と書かれたプレートの置かれている席にいた女性は、どうぞと云わんばかりに手をひらひらと振っている。
その様子を見て、火月は涼姐の護衛のためにも同行しようと決心したのだった。
白いマオカラーのシャツにカーキのワークパンツに身を包んだ火月が待ち合わせ場所に到着すると、そこにはどこから持ってきたのか上下紺色に白のラインの入ったジャージ姿の三下とそして、ジーパンにTシャツ。リュックを背負い探索への意気込みが感じられる涼の姿があった。
だが、涼の手には火月が恐れていたとおりのものが握られている。
「涼姐、そ、その右手のバットは――――」
「ん? 護身用に決まってるでしょ」
木製のバットを片手に涼は仁王立ちしている。
――――やっぱり来て良かった。
褌探索……というよりも『金目になるお宝』探索に気合の入っている涼であったが、火月はいつも自分の意思を持っていて元気でとても楽しい涼が、ある瞬間スイッチが入ると猪突猛進、元気にまかせて元気を通り越して無謀な行動に出る彼女をとりあえず安全に護衛するのが今回の目的だった。
1に涼の護衛、2に涼の暴走のストッパー、3もストッパーで褌に対する好奇心は4番目か5番目というところだ。
目的も服装もちぐはぐな3人は自殺の名所、青木ヶ原樹海の入り口に居た。
当時この辺りを治めていた戦国武将といえば、かの武田信玄だ。
しかも、情報の提供者は武田の血筋のものだと言うのだからあながち覇権を手に入れる事ができると言うのも多少信憑性を帯びているような気になってくるから不思議なものだ。
「でもねぇ、覇権っつってもアノ人、天下を統一したわけじゃないってのがねぇ。まぁ、別に覇権なんて興味ないからいいんだけど」
武田の埋蔵金伝説といえばそれはもうはいて捨てるほどあるが、実際、武田家は軍資金を一箇所ではなく各地に分散して埋蔵したと言われており、過去にも武田の軍資金ではないかと言う金や銅貨が発掘された例も少なくない。
「金の褌が見つからなかったとしても、黄金の塊が見つかるかもしれないし」
やはり褌というよりも換金性のあるものなら何でも良いらしい。
樹海というとなにやらうっそうとした薄暗い森をイメージしていた火月であったが、意外なことにそこはきちんと舗装されたハイキングコースになっている。富士山の麓で、景色も良く、樹海のほかにも風穴や氷穴などもある立派な観光地であった。
「本当にこんなところにお宝が埋められてるんでしょうか」
「埋められてるんでしょうか―――じゃない! もともとあんたが探してきたネタでしょう!」
不安そうな三下に、涼の声が飛ぶ。
「涼姐ぇ、落ち着いて」
思わずバットを振り上げる涼の腕に火月が飛びつく。
先ほどから一定間隔でこれと似たようなやり取りが繰り返されている。
三下を涼が怒り、その涼を火月が止めるという。
そんなコントのようなことを繰り返しつつ、ハイキングコースを進んで20分もした頃だろうか、先頭を進んでいた涼が左手に持った地図を見て、
「ここら辺ね」
と足を止めた。
涼の視線はきれいに舗装されたハイキングコースから反れた森の中に向けられていた。涼が持っている地図は情報提供者が蔵から見つけた、宝のありかを示す巻物の画と目印を涼なりに推理して現在の地図に落とし込みをしたお手製の地図であった。
どうも、地図を照らし合わせたところによると、例のアレは樹海のど真ん中に隠されているようだった。
「さ、ここからがお宝探しの本番よ」
そう言うと、涼は何のためらいもなく樹海の森へと足を踏み入れた。
もちろん躊躇する三下を引きずり込んで先頭に突き飛ばすことも忘れる彼女ではなかった。
見た目は本当にうっそうとした森であったが、天気が良いせいか思っていたよりも光りが差し明るく周りが良く見える。
その中を3人は黙々と歩き続けていた。
樹海の中だけあって周りは見渡す限り木、木、木。
360度に広がる木と、たまに野鳥が見える程度だ。
「あ、すごい、きれいな鳥ですね――――って、痛いですよ〜」
当初の目的を忘れたかのように暢気に裸眼でバードウォッチングなんぞを楽しむ三下に後ろから黙ってバットが飛ぶ。
当然樹海なので方位磁石はまったく意味をなしていないが、あらかじめ涼が距離の計算に従って進んでいる。
1歩が35センチメートルとしてまずは樹海の中に入ってから3000歩。その後、右斜め45度に向かって12000歩――――そんなことを数えていれば、怒鳴るわけにもいかず涼にできるせめてものことといえば黙ってバットで尻を殴りつけることくらいだろう。
火月はと言うと、ヘンゼルとグレーテルではないが、どの程度奥に行くか予想がつかなかったので白い石を用意できなかったので、道々木の根元に小さく矢印をつけて帰り道の指標を作っていた。
となると、当然、やはりなにもしていないのは何の危険もないためナマ盾としての役目すらしていない三下ひとりになる。
俄然ハイキングじみて来ているように見えたが、そこは世界一不運な男、三下忠雄が居るだけあって、ただでは終わらなかった。
暢気に歩いていた三下が何かに足を引っ掛けた。
ぴんと、張られた何かが足に引っかかったと思った次の瞬間、突然前方から黒くて丸い何かが飛んで来た。
「危ない!」
まっすぐ三下に向かってきた黒い物体にいち早く気づいた火月の目が一瞬赤みを帯びたかと思うと、次の瞬間飛んできた物体が砕けた。
「……トラップね」
原始的と言えば原始的な仕掛けだった。三下の足元を見ると1本線が張られており、それに引っかかると線が切れて岩が飛んでくる仕掛けになっていた。
「こ、こんな罠があるなんて……これ以上先に進むのは絶対に嫌ですぅ〜」
へたり込む三下に、お宝を目の前(?)にした涼の反応は富士山の雪解け水よりも冷たかった。
「1番、あたしにバットで殴り倒されて埋蔵金の代わりに埋められる。2番、のこのこ手ぶらで帰って碇さんにクビにされた挙句に簀巻きで海に静められる。3番、おとなしくこのまま探しに行く―――――どれを選ぶ?」
その3択に火月は三下に同情を禁じえなかった。良く知っている涼もそうだが、先日チラッと見た編集長の女の人も顔色も変えずに本当に簀巻きにしそうな雰囲気はあった。
3番以外はどちらをとっても地獄しかない3択だ。それを、にっこりと笑顔で言う辺り極寒以外のナニモノでもない。
三下は黙って3本指を出した。
しかし、三下の不幸はこれで終わるはずもなく、選択の余地なく首根っこを捕まれて新たな一歩を踏み出したとたん穴に落ちた。そして、次の瞬間、逆バンジー状態で三下が空中に舞った。
「うぁぁぁぁぁ――――――――」
森の中に三下の悲鳴が響き渡った。
飛んでいった三下を涼と火月の2人は思わず見送ってしまった。
先に我に帰ったのは火月だった。
「りょ、涼姐……三下さん飛んでっちゃったね」
「そうね。トラップがあると言うことは……間違いなくお宝の在り処に近づいて来てるってことよね!」
突然のことに呆然としている火月を尻目に涼はわくわくした表情を浮かべている。わくわくと言うか、きらきらと言うか……少なくとも彼女の目に¥マークが浮かんでいるのは確かだろう。
「そ、それより早く三下さん助けに行かないと!!」
実に、火月は善良的な少年だった。
三下が飛んでいった方向に向かった2人は、
「見てないで下ろしてくださぁぁいぃぃ」
という三下の声の他に笑い声が聞こえて足を止め顔を見合わせた。
「敵ね」
「敵って、何の!?」
「この罠を仕掛けた奴に決まってるじゃない」
すでにこの時点で、涼は褌の換金について頭が一杯で冷静なときの推理力等をどこか遠くに飛ばしていた。
ガシッとバットを握りなおすと飛び出して、先手必勝とばかりにそのバットを敵―――だと彼女がロックオンした声の主へと投げつけた。
「観念しなさい〜!」
「あぁ、涼姐、ストップストップ〜〜〜!」
しかし、飛んできたバットが止まるはずもない。火月の努力も空しく、バットは一直線に飛んでいった。
しかし、意外にも敵(しつこい様だが涼がそう定めた人物)はその飛行バットを見切りとっさにジャンプして枝の上に乗った。
鈍い音がして、バットが木の幹に当たって地面に落ちる。
「って―――――あれ?」
「あら」
「あ〜!」
いくつかの声が同時に発せられた。
そこには見慣れた面々が揃っていた。
シュライン・エマ(しゅらいん・えま)、海原みあお(うなばら・みあお)、綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)。そして、涼の投げつけたバットをとっさにかわして木の上に飛び乗ったのは虎の耳と尻尾を生やし虎人化した葛妃曜(かつらぎ・よう)だった。
「なんでこんなところにそろいも揃って……あ、碇さんに聞いたの?」
一瞬にして、涼は自分が彼女らを敵と思い込んでいた事もバットを投げつけた事も記憶の遥か彼方に飛ばしてそう聞いた。どうやら入っていたスイッチはようやく解除されたようで、火月はひそかに胸をなでおろす。
「えぇ、でも私たちはアトラスからの調査じゃなくってゴーストネットのほうから来たんだけどね」
「おもしろかったよ〜、悲鳴が聞こえて飛んできたら三下がぶら下がってるんだもん」
みあおがそう言ったことでようやく三下のことを思い出した涼が見ると、すでに曜の手によってとりあえず、三下は無事下ろされていた。
「まぁ、目的は一緒なわけだしここは手を組むってのはどう?」
シュラインはそう提案してきた。
「うぅん」
悩む涼に、それまで黙って成り行きを見守っていた火月が涼のTシャツのすそを引っ張っる。
「涼姐、そうさせてもらおうよ。なんだかトラップも出てきたからきっとお宝には近いのかもしれないけど」
「人数が増えるって事はそれだけブツを売ったときの分け前が減るわけでしょ」
きっとここで強行にただ反対すれば、
「あんたは年上の意見を敬いなさい!」
とかいわれることは容易に予想がつく。そこで、火月は
「でも、危ないよ。涼姐は普通のか弱い女の人なんだから。それにもしも涼姐になにかあったら俺に勉強を教えてくれる人いなくなっちゃうし―――――」
と涼に言った。作戦どおり、『普通のか弱い女の人』発言は恐ろしく見事に涼の琴線に触れたらしい。
「もう、火月がそこまで言うんならしょうがないわねぇ」
と、あくまでも火月の要望を聞く形で涼はゴーストネットチームとの合同調査を承諾した。
「OK。じゃ、とりあえずお昼でも食べながら作戦会議にしましょう」
トラップなどからアトラスチームの3人が居たあたりが宝に近いという結果に落ち着き、お弁当をきれいに平らげた後、アトラス、ゴーストネット合同チームは三下が次々とトラップに引っかかった場所に戻りそこから先へ進むことになった。
合同チームになってもやはり先頭は、涼いわく『ナマ盾』の三下だった。
当然三下は今度も「もう嫌ですぅぅ」と泣き叫んだが今度は涼だけでなくみあおや曜にも責めたてられて三下の意思が通るはずもなかった。
これがまた、トラップが現れること現れること。
しかも、ことごとく三下はそれに引っかかった。
さっきは岩だったが、手裏剣が飛んで来たり、網が上から降って来たり……と。
しかし、しかし、その苦労が報われる時が来た。
「きっと、ここよ!」
一際大きな大木にたどり着いたときにナビゲーターをしていた汐耶と涼がそう言いきった。
「何の変哲もない木に見えるんだけど?」
火月が年少組みを代表するように問い掛けた。
曜も疑わしそうな顔で見ているが、汐耶と涼は嫌に自信に満ちた顔をする。
「あたし達だって闇雲に歩いてたわけじゃないのよ、多分、この木がこの樹海の中心にあたるはずよ」
確かに、今までは木どころか樹木の根が地面からあちらこちらと顔を出してやたらと凹凸が激しく歩き難かったのだがその木は小さく盛り上がった塚のような上に生えており、その樹木の根が洞の様になって居るその姿はまるで人の腕が何かを抱えているような姿だった。
「よし、そうと決まったら掘るぞ!」
そういって曜は背中に背負ってきていたスコップでがむしゃらにその根と根の間を掘り出した。みあもも「お宝お宝ぁ、褌さんは出てくるかなぁ」と妙な節をつけた歌を歌いながらリュックの中からシャベルを取り出して砂場遊びに夢中になっている子供のように掘っている。
「ほら、三下さんもさっさと掘る!」
涼は死人のようにぐったりした顔の三下に鞭をうって掘らせる。
ざっざっざっ―――――――土が掘られる音がしばらく続いていたが、突然その音がガチンと何か硬いものに当たったような音がした。
「何かに当たった!」
曜はスコップを止め、みあおのシャベルで丁寧にその何の周囲を掘る。
するとそこにはやたらと薄汚れた梅干が入っているような形の壷が現れた。
「やった!」
「アレかしら?」
「早く明けて明けて」
「じゃあ、明けるよ」
曜がそう言うと壷を囲んだ全員の咽がごくりと動く。
「せーの!」
壷が用の腕によって逆さにされる。
当たりが沈黙に包まれて、どこかで鳴く野鳥の声だけが微かに聞こえる。
地面にはその中に入っていたらしい銅銭が3枚だけ申し訳程度に転がっている。
「―――――これだけ?」
誰ともなく、そんな台詞がこぼれた。
「本当に、これだけなの? 他になんか入ってないわけ!? ほら、壷にへばりついてるとか!!」
そう言って涼は曜からその壷を奪い取って中身をのぞきこんだが、塵一つ入っていない。
ゴトっという音がして涼の腕から壷が落ちた。
とっさに涼がその壷を投げつけて壊さなかったのが火月には不思議だったが、とっさにそうできないほど涼はショックを受けているらしい。
誰も彼もが呆然として言葉を失っていたが、ぽつりと、
「……みあも、もう疲れたぁ」
と呟いた。
そうみあもが言ったのも無理はなかった。昼前に森の中に入ったにもかかわらず今時間はすでに夕方を指している。
「もしかしたら違う場所かもしれないけど、今日はもう無理ね。出直すしかないわ」
「そうね、野宿するわけにもいかないものね……」
シュラインと汐耶はそう判断を下した。その判断は正しいのだろうが、
「これじゃただのくたびれ儲けじゃない!」
と、涼は憤懣やる方ないようだ。
貴重な就職戦線や公務員試験に向けた勉強の合間をぬい、こんな山梨くんだりまで来たというのに現物を見る事もなく帰るというのだから無理もないだろう。
しかし、そうは言ってもこれ以上ここにいて日が暮れてしまっては取り返しがつかなくなるということも判っていたので、2人の判断が正しいと言う事も充分過ぎるほど理解できたのだが。
はっきりと言えるのは、結局どうやら今回のネタは空振りだったようだ。
しかし、誰よりもそのことに1番ショックを受けているのは三下に違いないだろう。
あれだけ体を晴らされて居たい目にも辛い目にもあいながら、しかも宝は見つからず……などと戻って碇になんといえば言いやら。
「……」
「……」
「―――――」
火月の目印をたどって一行はとりあえず森を抜けた。
当然、自然と会話もなくなっていくのは無理もないだろう。
森を出ると、陽は半分以上沈みかかっていた。
「あれぇ、あんたたち何しとるんだねぇ」
不意に通りすがりの老人がすっかり疲れて座り込んでしまっている7人を見て声をかけてきた。
「東京から取材調査に来たんですけれど……」
シュラインは疲労感を隠せない口調でそう言った。
「ほぉ、それはえらいことだったねぇ。でぇ、何を調べとったんかね」
「黄金の褌だよぉ」
みあおが老人にそう言うと、
「あぁ、アレの事か」
と、老人の口から思っても見ない言葉が飛び出した。
「おじいさんしってるんですかっっっ!?」
一同の声が重なる。
「おぉおぉ、知っておるよぉ。あれじゃろう、あれなら源さん所にあるさぁ」
なんと、すでにそれは発掘されていたと言うのか!?
色めきたつ勢いに押されて老人は7人をその源さんなる人物の家に案内する事になったのである。
そこで、一同が見たのは今まで見た事もないような光景だった。
夕日の差す中、物干し竿代わりのロープにはためく何枚も連なった褌。
ひらひらと揺れるそれはすべて夕日の中に溶け込んでしまいそうな目にも眩しい山吹色をしている。
まるで、昔の映画のワンシーンのような光景だった――――もっとも、映画のほうはハンカチだったが。
そして、その中に1枚だけきらきらと夕日を反射させているものがあった。
確かに、きらきらと光るそれには間違いなく金糸で見事な刺繍が施されていた。
「あぁ、アレだ、アレ。何でも源さんが若い頃に森に迷い込んだ時に見つけたって言うハイカラな褌」
それ以来、源さんなんだか黄色い褌に凝ってしまってのぉ……など老人が続けている。
ぷるぷるとバットを持つ涼の手が震えていたかと思うと、
「……三下さぁん」
地獄の底から這い出てくるような声を、涼は三下にかけた。
「あの褌、借りて来て」
「??」
涼の怨念を背負った声に三下はびくっとする」
「あの褌借りて、自分で身に着けて実験してよ。あれが本当の覇権を握れる黄金の褌ならアトラス編集部の覇権握れるはずよ、ね?」
「すぅいませぇぇぇん―――――――」
火月は大暴れする涼を正面から必死に押さえる。
そんな火月の後ろで三下はというと一段と小さくなっている。その哀愁漂う姿に、火月は同情を禁じえなかった。
だが、そんな努力も空しく火月が涼を宥めている間に、伏兵――――曜がオモシロ半分で干してあった褌を少し失敬して無理やりジャージの上から三下に着用させて携帯電話で写真を撮っていた……と、火月が知ったのは後になってのことだった。
しかしその後、三下がアトラスの覇権を握ったという話はいつまでたってもいっこうに火月のもとには届かなかった。
Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 大学生 】
【 1451 / 海原・みあお/ 女 / 13 / 小学生 】
【 1449 / 綾和泉・汐弥 / 女 / 23 / 司書 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0888 / 葛妃・曜 / 女 / 16 / 女子高生】
【 1600 / 天樹・火月 / 男 / 15 / 高校生件喫茶店店員(祓い屋)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、遠野藍子です。この度はご参加ありがとうございました。
締め切り数日前、さぁ続き書くぞ〜とPCをたちあげたのですが……立ち上がりませんでした。突然PCが飛んじゃいまして、再セットアップする羽目になりました。<泣
幸いなことにPC自体は復活したのですが、あまりにも突然Windows自体立ち上がらなくなったため、当然書きかけの原稿はぱぁ。再セットアップ再インストールに2日かけてようやく書き直した次第です。
バックアップはまめにしよう。特に仕事中は……
初めてコミカルタッチのものを書かせていただいたわけですがいかがでしたでしょうか。難しいですね。慣れないものを書くのは。
精進します。
また、機会があればよろしくお願いいたします。
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