■こちら邪神温泉地獄一丁目前旅館■ |
姫野里美 |
【0124】【マクダレーナ・シュミット】【エスパー】 |
ある日、皆のもとに、封筒が送りつけられてきた。真っ白なそれには、差出人の名前はなく、宛名もプリントアウトされたものだ。
それには、和紙で出来た『招待状』が2通入っており、それと共に、こんな手紙が入っていた。
『前略。日ごろお忙しい日々を過ごされている皆様へ。そんな皆様をねぎらい、我が一丁目温泉に御招待することとなりました』
そこまでは普通の文章だ。だが、穏やかな文面に混じって、表示されていた温泉の効能。それには、とんでもない効能が表示されていたのだ。
『なお、当家では、普段中々言えないことを、包み隠さず告白していただきたいとの配慮から、男女の湯の間は、非常に声が通りやすくなっております。また、普段中々意思の疎通が図りづらいカップル様、片思い中の方々の為、性転換の湯などもございます。この外にも、子供になれる湯、大人になれる湯、また動物に変化する湯、人体に無害なれど服の溶ける湯など、様々な効能を持つ温泉を御用意いたしておりますので、皆様ふるって御来館下さい』
並べられただけでも、まともな湯は一つもない。むろん、きちんとした湯はあるのだろうが、その文面から察するに、是非その不可思議な湯に浸かって欲しいとの意図が丸見えだった。
そもそも、温泉の名前からして怪しげである。だが、面白そうな事件が待ち受けている事は間違いない。
興味を引かれた彼らは、その信用性の欠片もない怪しげな招待状の導くまま、己の好奇心とそれぞれの動機をもとに、『邪神温泉地獄一丁目旅館』へと赴くのだった。
【ライターより】
と言うわけで、面白そうな効能の温泉を多数用意してみました。むろん、これ以外にも楽しそうな効能の温泉はたくさんあると思います。是非そこで騒動を起こし、巻き込まれてみてください。
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こちら邪神温泉地獄一丁目前旅館
●性転換の湯〜女湯編〜
性別を帰られる湯‥‥と言う、どう見ても趣味な人しか入らないであろう温泉の女湯は、いかにもその筋大好きですっ! な、まがまがしいオーラを放つ若い女性達で、大盛況となっていた。
「あと、動物になる湯と、服の溶ける湯に入れば、全イベント制覇だ! 頑張るぞ!」
フルーツ牛乳片手に、プリクラ交換しまくっているプティ。大きくなっても、その人懐っこさは変わらない。その為、もって行った手帳は、写真で膨れ上がる事となっていた。
「ほらほら。ちゃんと髪を乾かさないと、風邪をひくわよ」
「わかってるよー。でも、写真も撮りたいのっ」
首から『水の中でもOK!』と銘打たれたインスタントカメラを提げ、バスタオル一枚で、声を掛け捲っている彼女。傍から見ると、迷惑な行為なのだが、16、7の高校生くらいの少女と言うのは、えてしてそう言うものだと言う認識があるのか、たいていの女性達は、快く応じていた。
「何でそんなにたくさん‥‥。プリクラで充分でしょう」
「えー、だって。こう言うのはいい思い出になるって、どっかのおば‥‥お姉さんが言ってたから。あと、せっかくこう言う所に来たんだから、交流を温め合うべきだし!」
マグダレーナの言葉に、そう答えるプティ嬢。レーナは、「まぁ、それはそうだけど‥‥」と、仕方がない娘さんだこと‥‥と行った表情で、笑顔をやわらかくしている。と、彼女はまるで姉か母親に許可を求めるかのように、こう尋ねてきた。
「あ、そうだ! 髪乾かしたら、ゲームコーナーで、卓球してきても良い?」
「ええ。汗かいたら、また入るのよ?」
彼女は、カメラを持って温泉宿のイベントの1つ、『その辺の人を捕まえて、温泉卓球バトル』をやりに行くつもりらしい。「はーい」と、良い子のお返事をして、とててててっと、ゲームコーナーの片隅にある卓球台に向かって、走り去って行った。
「やれやれ。あの性格は、成長しても絶対に変わりそうにはないわね。三つ子の魂百までもって、ああいうのを言うんだわ」
日本のことわざを、いささか間違った引用などしつつ、レーナは脱衣場を見回した。
「それにしても‥‥。邪神温泉なんて、変わった名前ですわね。オマケに従業員は、血色の悪そうな者ばかりですし。まぁ、扱いは丁寧ですから、及第点と行った所かしら」
そう言って彼女は、窓枠の部分を指でなぞった。どうやら装飾の細かい部分、そして設備の豊かさ、サービス性等を、細かくチェックしているらしい。
「さしずめ、趣味人亭のライバル出現と行ったところですわ。これは是非詳しく体験して、負けないようにしないと‥‥」
それらをいちいちメモ帳に書き込んでいるあたりは、傍から見て居ると、どう見ても小姑である。
「これが噂の温泉ね。見た目は‥‥ごくごく普通の温泉と行った所かしら。もっとおどろおどろしい方が、物見高い連中を呼べると言うもの。このあたりは、まだまだ素人ね‥‥」
が、本人はそんな事など欠片も気付いてはいなかった。メモ帳に『もう少し頑張りましょう』と、辛い採点を残し、自分も湯船に入るため、着ていた浴衣を脱ぎ捨てる。と、その浴衣が落ちた先に、もう一人、きょろきょろと辺りを見回す女性が居た。
「ああっ。マスター・レーナ。どこへ行ってしまわれたんですかぁ」
自動人形コッペリアの様に、よく動く彼女、ガブリエラ・ホフマン。愛称をガビィと言う。
「さて、本命は」
「あっ! そんな所にいたんですね。って、何をしていらっしゃるのかしら‥‥」
彼女の目的は、突然店をほっぱり出して、姿を消したレーナだ。
「もしかして、これに入って美青年になれば、女の子にモテモテって事かしら!?」
彼女はと言えば、湯船に指を突っ込んで味見しながら、何か悪巧みでも思いついたのか、にやぁりと、お化け屋敷の文字フォントで書いたような笑みを浮かべている。
「これはもう入るしかありませんわね! 超絶美青年になって、可愛い女の子をナンパしまくりですわ!」
「えぇぇぇっ。そんなぁぁぁ」
一方、覗き見していたコッペリア‥‥いや、ガビィはと言うと、瞳から滂沱の滝涙を流して、しくしく泣いている。まるで某野球漫画主人公の姉の様な状況だ。
と、その時である。
「おっねぇさぁんっ。僕も一緒に入っていーい?」
5歳くらいの幼児が、やたらと女性客の尻を触り倒しながら、堂々と女性風呂に入り込んでいる。
「あら、あれは‥‥」
「若旦那じゃないですか」
確か、彼が『昔は紅顔の美少年だったんだ!!』と、事ある毎に主張する写真を知っていた二人は、お互いの存在に気付かないまま、そう話す。
「お父様ってば‥‥。お仕事忘れて、どこをほっつき歩いていると思えば‥‥」
「こんな所で遊んでたんですね」
しっかりセリフがつながって居るあたり、こと悪巧みに関しては、以心伝心、スピリットリンクが完了していると言う事だろう。
「ふふ、面白い坊やねー。ダ・メ・よ。坊やはあっち」
「えー。いいじゃないかー」
相手が5歳児と言う事で、ちやほやされ、鼻の下の伸びきって居るケーナズ。だが、彼は気付いているのだろうか。その女性は、もしかしたら性転換の湯で女になっている、元・野郎だと言う事を!!
「ふっ。読めたわ」
と、そんな父親の姿を見ていたレーナは、ぎゅっと拳を握り締めた。
「お父様ってば、子供の姿になって、女湯に紛れ込もうなんて、考え方が姑息ですわね。ふふふ、ここはお仕置きして差し上げないと‥‥」
そう言って、彼女は『性転換の湯』に、首まで浸かる。と、レーナは、ガビィが見ている前で、銀髪の少しだけ性格の悪そうな‥‥まるで、どこぞの研究室にこもって、確信犯的研究を繰り返して居るようなタイプになってしまっていた。
「ああっ! マスターったら、超絶美青年になってしまわれました!」
驚いたのは、5m先で見ていたガビィだ。
「ああ、でも美青年のマスターもイイ男ですわ‥‥」
ほわぁぁぁぁっと、鼻の下が延びに延びまくる彼女。普段の大人しい態度はどこへやら。いや、大人しいからこそ、のぞき魔に徹してしまって居るのかもしれない。
「お嬢さん。一緒に風呂上りのコーヒー牛乳でも飲みませんか?」
「あら、すみません」
どうやら、今回ばかりは、後ろで付き従ってばかり入られないようだ。なぜなら、体が変わっても、可愛い女の子大好き! 属性全開のレーナは、そのまま、女湯には居る女性たちを、片っ端からナンパし始めたからだ。ケーナズだけを女性風呂に引き釣り込むためだろうか。
「これは‥‥。いけませんわ」
その光景を見て、ガビィの脳みそに、警告を継げるイエローランプが点滅し始める。見かけがときめき美青年になって居る分、たちが悪くなっていた。このままでは、その毒牙に引っ掛かるお嬢さんが出るのも、時間の問題だろう。
「みとれている場合じゃありませんでしたわ! マスターの後を追いかけないと!」
誰も居なくなった風呂の中で、あわててレーナの後を追いかけるガビィだった。
●チェックアウト〜お会計〜
「結局ここでは何もわからなかったですね‥‥」
散々調べまわったクルスは、不満そうにそう答えている。
「楽しかったー。またこようねっ」
プティは、遊園地を後にするときの様に、上機嫌のままだ。
「私も、お兄様とまた来たいですわ」
「あ、あははは‥‥」
彩の隣では、その兄貴が引きつった笑みを浮かべていたり。
「ぶー‥‥」
「何か、機嫌が悪いんだが」
「しらん」
ネイナの所は、連れの子供の機嫌の悪さに、その子を抱いた青年が、情けない表情をして居る。
「どこのご家庭もご亭主は大変ですわねー」
「マスター・レーナ。それ以前に、これ、どうしましょう」
その様子に、レーナがほほえましく言った。と、隣でガビィが尋ねてくる。そう、たった一人、元に戻らなかったのもいたのだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁっ」
「しばらく放っておけば元に戻りますわ。オールサイバーだから、元にも戻りにくいんでしょう」
ケーナズである。お仕置きと幼児化の湯の相乗効果で、未だに赤ん坊状態だ。
「何か、まだ頭がボーっとする‥‥」
黎司は、湯あたりを起こしてしまったようだ。しばらく風に当たっていれば平気だろうが、はたしてその原因は、温泉疲れだけだろうか。
「大丈夫ですか? 熱に弱いのに、無茶するからですよ」
「うん‥‥」
もう1人、湯あたりを起こしてしまった青年が居る。シオンと共に来たキウィもそうだ。
「あたたた、腰が‥‥」
「無理するからですよ。まったく、温泉に来て、ぎっくり腰になるなんて‥‥」
ローゼンクロイツはと言えば、年寄りの冷や水で無茶をしすぎて、ルツにさすってもらっている。
と、そんな彼らに、旅館を代表して、礼服を着た一番血色の悪そうな従業員が、こう言った。
「アリガトウゴザイマス。ミナサマノオカゲで、貴重な生体エネルギーが手に入りましたわ」
「あ、血色が良くなった」
見る見るうちに、その血色が良くなっていき、言葉も滑らかな発音になって行く。
「これで、しばらくは行動できます。また、何人かには招待状を渡すかもしれませんが、その時には、別の趣向を凝らしますので、楽しみに待っていてくださいましね‥‥」
だが、ソレとともに、旅館は次第にその姿を薄くして行った。
「消えた?」
後に残ったのは、雑草の生い茂る野原。申し訳程度に、建物の跡はあるが、温泉も従業員も、影も形もなく消えている。
「ホログラフか‥‥。実体を伴うなんて、どこの技術だよ‥‥」
世の中には、まだ自分の知らない技術があるようだ。そう思うクルス。
ところが。
「あれ? そういえば‥‥。ここ、戦争か何かで、一回崩壊した城の跡とか言う話を聞いた覚えが‥‥」
「「「「なにぃぃぃぃっ!!?」」」
黎司の言葉が、一同の温泉熱を、一気に零下まで、湯冷めさせてしまったのは、言うまでもなかった‥‥。
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