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■殺虫衝動 『誘引餌』■

モロクっち
【1662】【御母衣・今朝美】【本業:画家 副業:化粧師】
 あの接触から一週間。御国将は元気でやっていたし、彼の影も大人しかった。『平』からの音沙汰もない。
 しかし、実は将は困っていたところだった。『ムシ』の噂が見る見るうちに大人しくなりをひそめるようになり、それに伴って『平』の噂もまた消えつつあったのだ。
 本来なら喜ぶべきことだが、ここのところ血生臭い事件もまた姿を消していた。急に日本は平和になったのである。
 しかし、将やごく一部の人間の胸騒ぎは続いていた。
 これで終わったわけではない――
 胸を撫で下ろすのはまだ早い――
 将の影は、まだ揺らめいているのだから。
 そして、今まで消えてしまった人間が戻ってきたわけではないのだから。

 平から将のもとにメールが届いたのは、そんな矢先だった。
 いや、おそらくメールを受け取ったのは将だけではあるまい。将のメールアドレスは、いつの間にやらメーリングリスト『殺虫倶楽部』の末席に加えられていたのである。
 そのメールは、誘いであった。
 『今夜、お前を会合に招待する。是非来てほしい。刑事もお前を待っているぞ』。

 平が指定した場所は、港の近くの貸し倉庫だった。
 ……そういえば、一週間前に、埼玉県警の嘉島刑事が消えている……。
殺虫衝動『誘引餌』


■序■


 『平』からの歓迎メールが届いてから、早くも一週間が経っていた。御国将は元気でやっていたし、彼の影も大人しかった。あれから『平』からの音沙汰はない。
 しかし、実は将は困っていたところだった。『ムシ』の噂が見る見るうちに大人しくなりをひそめるようになり、それに伴って『平』の噂もまた消えつつあったのだ。
 本来なら喜ぶべきことだが、ここのところ血生臭い事件もまた姿を消していた。急に日本は平和になったのである。
 しかし、将やごく一部の人間の胸騒ぎは続いていた。
 これで終わったわけではない――
 胸を撫で下ろすのはまだ早い――
 将の影は、まだ揺らめいているのだから。
 そして、今まで消えてしまった人間が戻ってきたわけではないのだから。


■けもの道■

 梅雨も明けた。東京にも夏が来ているのだろうかと、今朝美は自作の扇子を扇ぎながらのんびり考えた。竹の扇骨から自分で作ってみた扇子だったが、少しばかり大ぶりなものになった。おかげで強い風が出る。
 御母衣今朝美が暮らすアトリエ兼住居は、森の中。湿度も気温も夏に相応しい高さだったが、東京よりは遥かにましだろう。人間たちが夏に暑い暑いと唸るのは、森を捨てたからにすぎない。遥か太古から森とともに生きる今朝美は、扇子だけで夏をしのげた。
 しかし――
「御母衣先生、お手紙ですよ」
 珍しい人の声に、今朝美はハッとして扇子をたたむと、玄関に行った。
 そこには、汗だくの郵便配達員が立っていた。顔は湯気が立たんばかりに赤らんでいる。
「ご苦労様です。……本当に」
 今朝美に届いたのは、絵葉書一枚。それも、ダイレクトメールだ。以前仕事を受けたファッション雑誌社からの暑中見舞いだった。この葉書一枚のために、この配達人は10キロもの道なき道をかき分けて来てくれたのだ。
「これを差し上げましょう」
 今朝美は申し訳ない想いに駆られ、先ほどの扇子を差し出した。配達員は慌てたように首を振る。
「えっ、そんな……いいですよ。いつもここに来るたびに先生の絵を頂いちゃって、こっちが申し訳ないですわ」
 汗だくの配達員は照れ笑いをすると、一礼して玄関を出ていった。
 ……彼は、これから10キロ戻るのだ。
「ご苦労様でした。……本当に」
 木々の中へと消える配達員の背中を見送り、今朝美は呆然と呟いた。


 雑誌社からの無機質な暑中見舞いを眺めるうちに、今朝美は思い出した。
 少し下りないうちに、随分と『携帯電話』が小さくなったものだと感心したことも。好奇心をくすぐられて尋ねてみると、機能もかなり増え、電池も長持ちするようになったということだった。そして基地局がカバーする電波の範囲も相当に広くなっており、今朝美が暮らす森にも辛うじて電波が届いているはずだと言っていた。
 アトラス編集部のことも思い出した。記者は全員、小さな携帯電話を駆使していた。
 あの、『黒』に囚われた御国将も。
 今朝美は人間と、彼らが築く社会を嫌悪しているわけではない。どうにか自然と共存する道はないものかと時折模索することもある。答えを出すには突き放してみるだけではなく、時には歩み寄るべきだとも考えていた。
「配達員さんにも悪いですし、ね」
 彼は、机を這うオオクワガタに囁いた。


■縁と所縁■

 御国将はアトラス編集部に居た。つまらなさそうにパソコンの画面を眺めつつ、マグカップに入った安物の緑茶を飲んでいた。彼は、今朝美の姿を認めて、「おう」と表情を少しばかり明るくした。さすがに仲間が駆けつけてきてくれたときにもつまらなさそうなままでは、付き合いがいがないというものだ。
 涼しげな藍染めに自作の扇子を持った今朝美をまじまじと見て、将は呑気なことを口走った。
「夏だな」
「ええ。しかし、東京の暑さは異常ですね。太陽と空気の気がふれてしまっています」
「あんたの格好を見ると少し涼しくなる」
「そうですか?」
「……気がする」
「この偽りの冷気……この下に長くとどまっては、身体を壊します」
「わかってる。携帯の電磁波と同じくらい身体に悪い」
「ああ」
「どうした、急に」
「……実は携帯電話を買おうと下りてきたのですよ」
 にこやかな今朝美のその言葉に、将は眠たげな目を見開いた。
「あんたが携帯?! どうしたんだ、暑さで頭でも――」
「いえいえ、脳は至って正常です。気まぐれというか……あなたと連絡を取るには、ちょうど良いと思いましてね」
 将はマグカップの緑茶を口に運び、唸り声のような生返事をした。とりあえず納得はしたらしい。
 今朝美は黙って、将の影に目を落とした。
 彼の影は――影のままだ。
「そう言えば……お手紙を有難うございました」
「届いたか。そいつはよかった」
「刑事さんが消えたと言うのは本当ですか?」
「ああ。だが、ここのところ失踪とか殺人とかが不思議なくらい少なくなってきてな。それはいいことなんだが――」
「?」
「まあ、見てくれ。今まで音沙汰なかったが、昨日こんなものが届いた」


  差出人:平
  件名:招待状

  ウラガ君へ。
  待たせてすまなかった。
  今夜、きみを会合に招待する。是非来てほしい。
  刑事もお前を待っているぞ。
  場所は晴海埠頭近くにある三丸14番倉庫だ。


 刑事――。
 自分と接触した数日後に失踪してしまった、埼玉県警の嘉島に違いない。将は確信し、これは誘いではなく脅迫か罠に違いないと、内心頭を抱えていたのだという。ウラガこと自分のストレスという武器はあるのだが、一人で行くのはおそらく危険だ。
 彼はそう判断した。
「ふむ……」
 今朝美は真顔で、平からのメールを見つめた。
 将のメールアドレスは、いつの間にやらメーリングリスト『殺虫倶楽部』の末席に加えられていた。倶楽部の規模や意図が定かではないのが不安なところだが、確かに、この機会を逃しては蟲や将が持つ『色』の行く末も真実も遠のいてしまうだろう。
「ちょうど、いい『色』も採ってきていることですし……私もご一緒しますので、行ってみませんか」
「行く気がないとは言ってないだろう。……ま、あんたが来てくれるなら安心できる。これが終わったら携帯を選びに行くか」
「おや」
 今朝美はそこで微笑んだ。
「よくおわかりでしたね。どの機種がいいかわからなくて、結局買わなかったんですよ」
「買ったなら俺に使い方を訊くだろう、あんたは」
「揺り椅子の探偵のようですね、御国さん」
「……行こう」
 将は仏頂面でマグカップの緑茶を飲み干し、立ち上がった。
「晴海埠頭か。あそこには、よく自衛艦が来るんだよな……」
 彼は感慨深げに、そう呟いた。


■タイラー・ダーデンを知ってるか■

「タイラー・ダーデンを知って……るはずないな……」
「はい?」
 晴海埠頭までのバスを待つ間、冗長とした沈黙が続き、将がやがて口を開いた。問いかけは途切れ、結局呑み込まれてしまったが。
 今朝美が訊き返すと、将は何とも自嘲的な笑みを浮かべた。
「映画の登場人物の名前だ。『ファイト・クラブ』って映画でな。俺はわりと好きなんだ」
 1999年公開。ブラッド・ピット、エドワード・ノートン主演。デイビッド・フィンチャー監督。将の口ぶりは妙に懐かしそうだった。
「平はタイラー・ダーデンをもじった名前なんじゃないかと思う。メーリングリストの名前も殺虫倶楽部ときてるし、これで『会合』でやっていることが殴り合いかテロの準備だったら完璧だな」
「そういった激しい映画が流行りなのですか」
「大衆が受け入れるのはわかりやすい映画だ。殴り合いほど単純なものはない。だがあの映画の殴り合いは、実は複雑だった。流行ったのは、宣伝にわかりやすい『喧嘩』が使われたからだ。売り文句に誘われて観に行った連中の何割が、あの映画の言わんとしていることに気づいたかはわからん」
「御国さんには伝わったようですね」
「さあてな。そう思うのか?」
 今朝美は緩やかに扇子を扇ぎながら、そっと微笑んだ。
 将は無愛想な顔のままだったが、照れたように今朝美の視線から逃げた。
 バスが来た。


■三丸14番倉庫にて、20:21■

 貸し倉庫はかなり大きなもので、かなり古くもあった。周囲には物が多い。錆びつき具合や古めかしさから見て、放置されているものがほとんどなのだろう。
 今朝美はぐるりと周囲を見回し、袖に手を入れた。
 辺りはしんと鎮まりかえっていた。しかし――蒸し暑い。こうも暑いままでは、この沈黙が煩わしく思える。涼しい夜風のもとの沈黙は、ときに安らぎさえ覚えることもあるが。
 ごぅん、
 不意の物音はいやに大きかった。今朝美は袖から筆と紙を引き出し、尖った耳をすませた。
 ごぅん、
 先に音の出所を掴んだのは今朝美だった。14番倉庫の入口だ。鉄で出来た頑丈そうなドアで、錆びついたシャッターの隣にあった。
 ごぅん、
 再び物音。
 二人が睨むドアは、音とともに確かに揺れた。二人は顔を見合わせる。
「人が居るのは間違いないようですね」
「会合をやってるわりには、何だかぶつかってる感じの音だが」
「本当に殴り合いをしているのかもしれませんよ」
 今朝美は真顔で冗談じみたことを口走ると、さらさらと紙に筆を走らせた。
 線を描くのは、どこまでも黒に近い茶。
 日の光にも似た照り返し。
 たちまち彼が描き出したのは、都市では高額で取り引きされている、8センチクラスのオオクワガタだった。絵が光を纏い、紙から色と線が飛び出す。
 どすん、と地に降り立ったのは、戦国時代の甲冑じみたものを身に付けたオオクワガタの精だ。やはり、将が操るウラガとは似ても似つかなかった。今朝美は微笑んで、勇ましい出で立ちの精霊を見下ろした。
「少し、お力を貸して下さい」
『御意』
「こんなことも出来るんだな、あんたは」
「誤魔化せるかどうかはわかりませんが、とりあえず私も虫を伴うことにします」
『待て、御方様に近寄るでない。……お主からは黒い歪みを感ずるぞ』
 クワガタの精が将を睨んでガチガチと顎を鳴らした。将は肩をすくめて一歩進んだ。それから軽く今朝美に頷いてみせ、古いドアノブに手をかけた。歪みを背負っていることは、言われずとも自覚していたようだ。

 開けるぞ、
 将は確かに目でそう言うと、ドアを開けた。
「ぅおっ!」
 珍しいことに、将が悲鳴を上げた。今朝美と精霊が動くより先に将は動いた。よほど驚いたらしい。彼は中に入らず、慌てて外に飛び出し、重いドアを閉めた。彼の影がぞわりと波打ち、ざわざわと形を歪めた。鎌首をもたげはしなかったが、将の影は百足の形になってしまっていた。
「どうしました!」
「み、見ない方がいいぞ」
「何があったのです?」
「と、鳥肌が立った。くそっ、見るだけでストレス溜まりそうだ」
 いや、実際溜まってしまったのだろう。あと一押しでウラガが現れる。
 ごぅん、
 どぅん、
 ドアはなおも内側から叩かれ続けている。
 早く入れ、ここに居る、早く入れ、入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ入れ、待っているんだ――
 今度は今朝美が、ドアを開けた。開けるなり、彼もまた言葉を失った。だが将のように逃げなかった。ドアを開け放ったまま、中の様相をその目に焼きつけるがために――今朝美は入口で立ち尽くす。
『……汚らわしい……!』
 オオクワガタが唸る。

 そこには、蟲が居た。


■三丸14番倉庫にて、20:30■

 蟲だ、蟲だ蟲だ蟲だ蟲だ蟲だ――
 倉庫の中では蟲がひしめきあっていた。それも、自然界には存在しない姿の蟲だった。どれもが人より一回りも大きく、紅い目をぎらぎらと苛立たせている。
 しかも、彼らはただそこにかさこそと佇んでいるわけではなかった。そこかしこで喰いあいをしていたのだ。
 今朝美がそれを見たのは一瞬だった。
 しゃあっ、と声を上げ、立ち尽くす今朝美に二匹の蟲が襲い掛かってきた。ドアのそばで半ば待ち構えていた――いや、見張っていたのか。辛うじて蟷螂に見えなくもなかった。
『お退きくだされ!』
 クワガタの精が、蟷螂のささくれた鎌を防いだ。鉄のドアは、今朝美が手を離したために、重々しい音を立てて閉まった。
 ハッと息を呑み、今朝美は将の安否を確認した。将の影が、まさに地面から剥がれたところだった。1匹の蟷螂が、将に紅い目を向ける。
「御国さん! 1匹行きます!」
 袖に手を入れ、今朝美は叫ぶ。
 蟷螂の片方の鎌を、クワガタの顎がばちんと断ち切った。
「……!」
 この『黒』は、影であるはずだ。色すら持たない存在であり、命や血とは無縁の存在のはず。しかしこの蟷螂は――切断された前脚の切り口から、高らかに血飛沫を上げたのだ。
『何と……ヒトの血を流すのか!』
 精霊までもが驚きの声を上げる。
 じたばたともがく蟷螂の背後に回り、今朝美は袖から丸めた絵を取り出した。紐解き、ばさりと広げる。クワガタの精は背を開いて翅を出し、素早く今朝美の背後へと飛び退いた。
 今朝美が広げたのは、森の中で描いた夏の太陽の姿見だ。少し強烈かもしれないが、この蟷螂はあまりにも黒すぎる。手加減をしてやる余裕はなかった。
 眼が現れた。
 太陽の精霊は大きすぎる。今朝美にも、その姿をすべて描ききることは出来ない。紙に収まったのはその視線だけだった。
 眩い視線に射抜かれて、蟷螂の姿は消し飛んだ。
 今朝美は手早く紙を丸め、袖に戻した。肉が焦げたような臭いが鼻をつく。その臭いを、今朝美はずっと昔に嗅いだことがあった――戦に追われ、焼け死んだ人間たちから立ちのぼる煙――今朝美はそれを思い出して、かたちのいい眉をひそめた。
『御方様、彼奴は……』
「話は後です。御国さんを!」
『は!』

 将が胸を押さえて膝をついている。
 そして、百足と蟷螂が組み合っているところだった。鎌のひとつは百足の長い腹に食い込んでいる。今朝美がそれを見るなり、クワガタがものも言わずに飛び立った。その気配と足音に、蟷螂は振り向いた。
「ウラガ!」
 将がするどく百足に命じた。
 ぐわッ、とあぎとを開いた百足は、蟷螂の首に咬みついた。細い蟷螂の首はたちまち咬み千切られ、ここでも、血飛沫が上がった。
 倒れゆく蟷螂の身体から、勝ち誇ったかのように百足は離れた。途端に、また僅かに膨らんだ。牙から血を滴らせながら、痙攣し続ける蟷螂の死骸を睨みつけていた。
「大丈夫ですか?」
 今朝美が尋ねると、答えの代わりのように将が咳きこんだ。咳には血が混じっていた。
「刺されたような気分だ。刺されたことはないけどな」
「……ウラガが受けた傷がそのまま……?」
「俺は今までこいつを殴ったり蹴ったりしてたが、痛みを感じたことはなかった。……多分、『そのまま』戻ってくるわけじゃないんだろうな」
 将はそこで言葉を切って、百足の前の死骸に目を落とした。すでに痙攣もしていない。だが、その死骸は消えずに残っている。血溜まりもだ。
「血が――」
「御国さんもおかしいと思いますか」
「ムシは影のはずだ……」
 ただの影だ。
 形が違うだけの……


■蜘蛛の巣■

 二人はシャッター前のドア以外にも入口がないか、倉庫を調べることにした。今朝美はオオクワガタの精霊を伴ったまま、将は影をウラガにしたままだった。
 だがどうやら、倉庫の外に蟲は出てきていないようだ。相も変わらず静かだった。

 裏側にもドアがあった。いささか安ぶしんなつくりだったが、二人は何となく「助かった」と胸を撫で下ろしてしまった。このドアの向こうが楽園である可能性など皆無に等しいが、ひょっとすると、あの肌の粟立つ光景を見ずにすむかもしれない。
 将がノブに手をかけ、開けた。

 覚悟はしていた。
 その覚悟は無駄ではなかったが、肩透かしを食らったのは否めない。
 ドアの向こうは事務所として使えそうな小部屋だった。テーブルや棚、デスクがあった。 テーブルの上には、携帯電話を繋げたノートパソコンがある。
 だがこの部屋は、異常だった。白い糸が張り巡らされていたのだ。
 二人が部屋に入った途端、男のくぐもった悲鳴が耳に飛び込んできた。見れば、スーツの姿の中年がひとり、糸に捕らえられてもがいていた。口まで糸に塞がれていたが、その必死の形相は見て取れる。
「嘉島さ――」
 将が、行方をくらませたという刑事の名前を口にした。
 だが今朝美は、糸でがんじがらめにされた男が何を訴えているのかわかってしまった。視線が懸命に、天井を指していたのだ。
 今朝美とクワガタの精が、遅れて将が、部屋の天井を見た。

 部屋から外に飛び出せたのは、今朝美だけだった。
 クワガタの精霊がドアを顎で破壊した途端、将が今朝美の背を押した。というより、今朝美は外に突き飛ばされた。倒れこみそうになりながら振り向いたときには、すでにドアを失った戸口が白い糸で塞がれていた。将も、あの刑事も、部屋の中だ。
「御国さん……!」
 今朝美は張り詰めた声を上げた。
 部屋の天井に張りついていたものを思い出す。

 冗談のように大きい、刃のような八脚を持つ蜘蛛が居た。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1662/御母衣・今朝美/男/999/本業:画家 副業:化粧師】

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               ライター通信
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 モロクっちです。大変お待たせいたしました。
 『殺虫衝動』第3話をお届けします。
 わたしはそれほど虫嫌いではない方ですが、どうも今回は書いてて気持ち悪くなってしまいました(笑)。どんな可愛いものでもいっぱいいると気持ち悪いですよね。いや蟲はどれも気持ち悪いデザインなんですけど……。
 さて、今回のラストは次回への引きという形になりました。次回が完結編となります。
 御母衣様が今回呼び出したオオクワガタは、とりあえずまだ傍にいてくれるようです。わたしの個人的趣味により、彼の一人称は「それがし」です(笑)。今まで精霊は擬人化していましたが、今回は都合上、「鎧を着たクワガタ」の姿をとってくれています。

 それでは、この辺で。
 またお会いしましょう!