■紅の拳銃「黒騎士の騎行」■
ALF |
【1703】【御柳・紅麗】【死神】 |
東京‥‥夜闇の中にのみ、その姿を垣間見る事の出来る裏社会。
“夜街”
悪徳と闇の秩序‥‥そして暴力が支配するこの夜街は、日本の裏の姿そのものであった。
長く平和の内に夜街を支配していた『神代組』が、悪逆の徒である『極道会』により滅ぼされ、夜街は戦乱の時を迎える。
己が夜街を‥‥そして日本の裏社会を支配しようと、幾多の組織が暗躍し、抗争を繰り広げ、血で血を洗う戦乱の時代‥‥
そんな時代を生きる一人の男。
“紅”
草間武彦の名を捨て、戦いを呼ぶ宿命の銃“紅の拳銃”を手に夜街を渡る、伝説のガンマン‥‥“紅”
人は彼を、羨望と憎悪を込めてこう呼ぶ。「暁の朱、炎の赤、血の紅」‥‥と。
今日も夜街に、銃声が悲しくこだまする。
●怒りと悔恨の記憶
浮遊感。衝撃。かすれる視界。ガードレールにぶつかって炎を上げるバイク‥‥“デュランダル”。倒れて動かない、赤いバイクスーツに赤いヘルメットの女‥‥五十鈴。
「あひゃひゃひゃひゃ! 女、死んじまってるぜ。黒騎士!」
炎を背にして立つ、義手の男。笑い声。
「悪ぃ! 俺が殺したんだっけな。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
敗北感‥‥そして、暗黒。
●悲しみと恐怖の記憶
きょうは、わたしのおたんじょうび。テーブルにはママのおりょうりと、たんじょうびのケーキ。パパが、プレゼントをくれた。くまさんだった。
おとこのひとがきた。しらないひと。かたっぽうのてが、てつでできた、おとこのひと。
にげて
そういったママのむねから、おとこのひとのてつのてがでててた。ちもいっぱいでてる。
ゆうくんが、ないていた。
いすず、ゆうをつれて、にげなさい
パパが、こわいかおでいった。おとこのひとのてつのてがうごいて、パパのあたまが、おっこちた。こわいかおのまんま。
おとこのひとのてつのては、ママとパパのちでまっか。
おとこのひとは、まっかなてで、おたんじょうびのケーキをつかんでたべた。おいしいって、わらった。
にげなきゃ。ゆうくんがないてる。わたし、おねえちゃんだから、ゆうくんをたすけないと。
ゆうくんのてをつかまえた。がんばって、はしった。
おうちをでて、はしった。ずっとはしって、ふりかえったら、おうちのほうがあかくなってた。
ゆうくんが、なかないから、えらいねっていってあげようとしたら、ゆうくんは、てだけしかなかった。
わたしと、くまさんだけになった。
●義手の男
家に火を放った後、義手の男‥‥ギルフォードは通りに止まったワゴン車まで歩いていった。
そして、鼻歌混じりに後部ドアを開け放つと、その中に転がり込んで腰を据える。
と、運転席に座っていた、ピアスで顔を飾った金髪モヒカン頭の若い男が、後部座席を振り返りながらギルフォードに声をかけた。
「リーダー」
「ん、なにー?」
ギルフォードは、義手を運転手の前に突き出す。
義手の指先に刺さっていたのは小さな男の子の首。それを指人形のように動かしながら、男は甲高い声を作りながら答える。
「ボクちゃんに何か用でちゅかー? でも、ボクちゃん死んでゆのー。あびゃびゃ」
運転手は断末魔の表情を浮かべた子供の首に少しだけ驚いた様子だったが、その驚きを殺してギルフォードに聞く。
「鍵はどうしたんすか?」
その問いを受けてギルフォードは、左の手で額を叩き、天を仰ぎながら答えた。
「え? あーっ、忘れてた。いけねえ」
「リーダーだぜ。一人で良いって言ったの」
運転手は少し呆れた様子で言いながら、前に向き直ってハンドルを握る。そんな彼に、ギルフォードは焦って言い訳する様に早口で言った。
「いや、だってよぉ。お誕生会だぜ、お誕生会。幸せの絶頂。それが一転、大虐殺。俺、ものスゲー来ちまって」
言いながら男は義手を振る。勢いで首が義手から抜けて飛んで窓をくぐり、壁にぶつかって路上に落ち、転がった。
ギルフォードはそれを見て笑う。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ。ま、ガキ一人だしさ。探せば見つかるって」
その笑いを聞きながら運転手はギアを動かし、アクセルを踏んだ。そして、懐から携帯電話を引っぱり出す。
「じゃあ、リーダー。仲間、集めときますよ」
●極道会からの依頼
「ここが新居ですか? こう言っちゃあ、何ですが‥‥もうちょっと良い所に、部屋を用意する事もできやしたぜ?」
玄関から、紅と鬼鮫の住処となったボロアパートの1DK部屋を眺め回し、極道会の繋ぎの村井金雄が呆れたような声を出した。
トイレとキッチンこそついてるが風呂は無し。
狭くて薄汚い、畳敷きの部屋。家具はちゃぶ台が一つに、室内アンテナ付きのダイヤルチャンネル式のテレビ。敷きっぱなしの薄布団。
学生闘争時代かと思うような部屋だった。
「俺達は組員じゃない。そこまで世話になるわけにはいかないさ」
答える紅は、この部屋をむしろ気に入ってさえ居るようだった。
「それより、座ったらどうだ? 部屋をくさしに来たわけじゃないんだろう?」
「へえ、お邪魔いたしやす」
一礼して中に入り、村井はちゃぶ台の上に買ってきた一升びんとつまみの入った袋を置いた。
そして‥‥酒盛りついでに仕事の話が始まる。
「神代組の隠し財産?」
コップ酒片手に、アタリメを噛みながら聞き返す紅に、村井はコップをちゃぶ台に置いてから答える。
「神代組の軍資金ですよ。極道会とやりあう為に掻き集めて‥‥でも、使う前に連中は息の根を止められちまった。聞けば、億単位の現生と銃火器の山って話だ。持ち主の居ない物を貰うのは悪い事じゃないでしょう?」
神代組の縄張りをごっそり奪い取った極道会は、今も資金は潤沢ではある。しかし、金はあって困る物ではない。
「極道会にころんだ中にこの隠し財産の話を聞いてる奴が居た。そいつを使って探りを入れたまでは良かったんですが‥‥」
そこまで言って口を湿らす為にコップ酒を一口啜る村井。そんな彼に鬼鮫が、期待をもって話しかける。
「で、問題でも‥‥って、まあ、問題がなければ俺達に話も来てねえわな」
「察しが早い。奴さん、首尾良く鍵を見つけたんですよ。正確にはフィルムですがね。財宝の場所を示す地図と、金庫の解錠コードが映しこまれている。で、そいつを、玩具屋で縫いぐるみの中に仕込んで、俺達の所に送らせた」
村井から返った答えに、鬼鮫はつまみの一口サラミを口に放り込みながら言った。
「面倒なことをしたな」
「必要があったんでさ。ともあれ、縫いぐるみは届いた‥‥届いたんだが、ワタの繊維一本までほぐしても何も出てこない」
肩をすくめて答え、村井は話を続ける。
「こっちで色々調べたら、玩具屋で誤配があったって事がわかった。あの日、発送があったのは2件。内一つの本命はハズレ。つまり、鍵は何の関係もない、一件の幸せな家庭に送られちまったってわけで‥‥」
言って村井は、背広の内ポケットに入れてあった新聞を、ちゃぶ台の上に投げ出した。
強盗殺人。一家全焼。4人家族の内、両親と幼い長男の惨殺死体を発見。長女が行方不明。
「うちの仕事じゃない。荒事をするにしても、ここまで杜撰な仕事はしませんや。何せ‥‥こりゃ、楽しんでやがる」
村井は、相手の手際の悪さを笑うように、薄笑いを浮かべながら言葉を並べた。
それに、紅は村井を笑うような声を返す。
「笑っていて良いのか? こっちのミスが先だろう。情報はどうして漏れた」
「ああ‥‥件の男ですよ。別組織に追われていました。玩具屋から鍵を送るなんて手を使ったのはその為でさ。気の利いた奴だったが、そいつがこの世で最後の仕事になっちまった」
紅に言われ、村井は言葉の調子を平坦に戻して、答えを返した。
「それから、可哀相に玩具屋の店員もやられやした。お陰でこっちは、発送伝票を全部、調べるはめになりましたよ」
と‥‥言い終え、村井は何かを洗い流すかのようにコップ酒を一気にあおり、それから紅と鬼鮫に向けてしみじみと続ける。
「死体を見ましたがね。悪やって、畳の上で死ねるとは思っちゃいませんが、あんな死に方だけはゴメンです」
「犯人に目星はついてんのか?」
哀れな死に様になんて興味はないと言わんばかりに、鬼鮫がアタリメに七味のかかったマヨネーズをからませながら聞いた。
「話の筋から行くと、そいつらも金を狙ってんだろが」
「ええ、奴らは『ナイトマローダー』。暴走族、走り屋、チーマー、ストリートギャング‥‥ま、若造共の集まりでさ」
村井はコップ酒を置いて、説明に専念する。
「元は『黒騎士』という男が頭目の、『ナイトガーディアン』とか言う、犯罪とは無縁の組織だったんすけどね。『ギルフォード』とか言う男が頭目の座を奪ってからこっち、ありとあらゆる悪事に手を染めてやがる」
「それが次の仕事‥‥か」
全てを察し、紅は呟く。その口端で、はみ出たアタリメが揺れた。
鬼鮫は新たな血の臭いを感じて笑みを浮かべながら、自分のコップに盛大に酒を注ぎ込む。
村井は二人に向け、全ての確認の意味を込めて、二人が既に悟っているだろう次の仕事内容を口にする。
「はい‥‥手段は問わず、『ナイトマローダー』より先に金を手に入れる事。そして、若造共に痛い目を見させてやる事‥‥これが次の仕事です」
●巡り会い
その子は、いつの間にか錆び付いたガレージの片隅にいた。熊の縫いぐるみを抱いた、小さな女の子。
彼女は、ガレージの持ち主である全身に傷跡を刻んだ若い男‥‥誉田・昴を、怯えた目をして見上げている。
誉田は女の子の姿を見て小さく溜め息をつき、一度、ガレージを出た。ややあって、菓子パンと瓶牛乳を手に戻ってきた誉田は、それを女の子から少し離れた場所に置く。
「‥‥食ったら出てけよ」
そう言って誉田は、ガレージの真ん中に置かれた物の所へと行き、かけられたブルーシートを外す。
中からは、修理中のバイクの車体が現れた。
黒い外装の車体に、金色で『Durandal』の文字が書き込まれている。
誉田は黙って腰を下ろし、バイクを修理すべく工具を動かし始めた。
その後ろ、女の子は空腹だったのか菓子パンと牛乳を素直に食べ‥‥そして、食べ終わってもガレージから出ていく気配はなかった。
それを知りつつも捨て置いて、誉田はバイクの修理を続ける。しばらくは、カチャカチャと金属の触れ合う音だけがガレージに満ちていた。
「名前は?」
誉田が手を動かしながら、不意に聞く。
「何処から来たかなんて聞かない。だが、名前くらいは教えてくれ。本名でも偽名でも、何でもあるだろう?」
この夜街‥‥身一つで流れている者など幾らでもいる。
その理由を聞こうとは思わない。
しかし、名前くらいは聞いても良いだろう。食事を与えたのだから、それくらいは。
誉田がここに隠ってから長い。人寂しくなったのか、気まぐれに聞いただけの事‥‥しかし、
「いすず‥‥」
「!?」
ポツリと、女の子は自分の名を呟いた。
誉田の身体が一瞬、震える。
「そう‥‥か」
懐かしい名だった。
愛車、デュランダルを作った女。共にデュランダルで走った女。そして、あの夜に殺されてしまった女の名‥‥
「五十鈴か‥‥」
呟き、止まっていた手を再び動かす。バイクを直すために。
再び手を動かし始めた誉田に興味を持ったのか、今度は女の子‥‥五十鈴が誉田に聞く。
「何してるの?」
「‥‥これは俺の武器だ」
誉田は答えた。手を動かしながら。
「俺はもう一度戦う。もう一度‥‥そして、復讐を遂げる。あいつらを殺してやるからな‥‥五十鈴」
背後の五十鈴に言ったはずの言葉。しかし、その言葉はまるで、死者に向けられたかの様に聞こえていた。
●依頼
草間興信所。応接室で仕事の依頼人と会った草間零は、依頼人の言葉を繰り返した。
「子供を探す‥‥ですか?」
「はい‥‥こちらなら、それをお願いできるかと思いまして」
『聖母マリアと機関銃教会』とか言う謎の教会から来たという老修道女は、穏やかな笑みを浮かべながら零に依頼の話を続ける。
「私達は、捜査を得意とはしていないのです。迷える人を導く事は出来ます。でも、迷った人を捜し出す事は出来ない。それは、あなた方のお仕事でしょう?」
「はい‥‥確かにそうです」
「では、お願いできますね?」
言いながら老修道女は、ハンドバッグから新聞の切り抜きを出し、そっとテーブルに置く。
零は、その切り抜きの新聞記事と、そこに印刷された少女の写真に見覚えがあった。
「この子は確か‥‥」
「そう。この間の強盗殺人事件の被害者よ。唯一の生存者と行った方が良いかしら」
何の感慨もなく、にこやかにそう言ってから、老修道女は言葉を続ける。
「理由は知らないのですけどね。彼女は、『極道会』と『ナイトマローダー』に追われています。どちらも、神の正義とはほど遠い、悪しき者達です。捕まって良い事はないでしょう」
理由などわからない。だが、神の正義に反する者達が、悲惨な事件に巻き込まれた可哀相な子供を捕まえようとしている‥‥それだけで、妨害を行う理由には十分だった。
「彼女の捜索をお願い」
「あの‥‥捜索だけですか?」
夜街絡みとなれば、戦いになる事も考えられる‥‥というか、前の時は草間興信所から行った全員が軽微の差こそあれ負傷してしまった。
草間興信所を守る者として、そんな危険な場所に人を送ってしまった事が悔やまれる。
「戦いの危険とかはありませんか?」
「いえいえ、探偵さんに戦闘まではお願いできませんでしょう? 見つかったら連絡して。それから、私達が彼女の元へとたどり着けるように道案内を。保護は私達でしますから、安心して下さってかまいませんのよ」
●黒騎士
夜街‥‥夜の空気に満ちた世界。
街路をひしめいて走る、自動車とバイクの一団。暴走族と一般に呼ばれる連中である。
他者の迷惑を顧みず、道を占有する彼ら‥‥その高く掲げる旗には、『NightMarauder』の文字。その名を知る者ならば、恐れて道を譲るだろう‥‥暴力と無法の象徴。
しかし、彼らを阻む者があった。
ナイトマローダーの進む先、街路に止まる一台のバイク。
黒いヘルメットとライダースーツ。手には銃身を切りつめたオートショットガン。
黒いバイク。車体に刻まれた、金色の『Durandal』の文字。
そして、ライダーの背にしがみつく、赤いヘルメットを被った子供。
「行くよ‥‥五十鈴」
ライダー‥‥黒騎士は呟き、アクセルをふかした。高鳴るエンジン音。そして、黒のバイク、デュランダルは路面を蹴って走り出した‥‥
数刻の後、街路では破壊しつくされた幾つもの車輌が燃え盛っていた。死体を幾つも巻き込んで黒煙を上げながら。
全ての敵を殲滅して、黒騎士は夜街に消えていく。エンジン音だけを残して‥‥
「ほら‥‥君を守ったよ、五十鈴」
「‥‥怖いよ」
バイクを走らせる黒騎士の呟きに、五十鈴は震えながら言葉を返した。炎‥‥そして、血の臭いは、あの日を思い起こさせる。
「大丈夫。君を守るよ五十鈴。何があっても‥‥だから、心配しないで良い」
答える黒騎士に、五十鈴はしがみついた。他に縋るものがなかったから‥‥
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甦る紅 〜夕日のマシンガン
夜霧に噎ぶ港‥‥
時代に忘れ去られたかのような小さな港町。潮と錆の匂い‥‥ただ、何処の国の物ともわからない貨物船が、港でその身を休める。
貨物倉庫の並ぶ一角。
霧の中で銀色の光を、ぽぅと投げ掛ける街灯‥‥時折、光を落とし、そしてまた灯る。その光の下、肉を打つ耳を覆いたくなる様な音が響いていた。
その音を奏でているのは、如何にもといった格好のチンピラ達。彼らがなぶっているのは、一人の老人。
老人はほとんど無抵抗の上体で路面に伏し、チンピラ達にゴミのように蹴られていた。
「椚の爺い‥‥どうしたよ。昼間の威勢は!」
笑い声混じりに強く蹴られ、老人‥‥椚・政造は呻く。それを見‥‥チンピラ達は一旦、暴行を止めた。
「この町を出ていけば、こんな痛い目はみないですむんだ‥‥わかってるのか? 爺さん」
「ほら‥‥こいつにサインしな」
言葉と共に、椚の前に紙が投げ落とされる。ほとんど白紙の契約書。内容など、後で幾らでも書き換えられる。
椚はそれを見つめ‥‥手に取った。そして、ゆっくりと破り捨てる。
「てめぇ!」
再び蹴りが襲い来、椚の体を転がした。
チンピラ達はそれで怒りをおさめる事が出来なかったらしく、各々がポケットから拳銃を抜き出す。
「わかった。もう良い。サインはお前の孫娘からもらうことにするからよ!」
孫娘‥‥その言葉が出た瞬間、椚の瞳に怒りの光が灯った。だが、それで何が出来るというわけもなく、チンピラの手の銃の引き金が引き絞られる‥‥
銃声が一度響いた。
直後、椚に銃を向けていたチンピラ達の手から、同時に銃が跳ね飛ばされる。
「だ‥‥誰だ!?」
銃を弾かれて痛む手を押さえながら、狼狽した声を上げるチンピラ。その声に応えるかのように、倉庫の狭間の暗がりから一人の男が歩み出た。
「俺に名は無い‥‥」
眼鏡をかけ、コートを着た男。
「ただ、この銃がこう呼ばれる‥‥」
その男の手の中、たなびく硝煙をまとわせる一丁の拳銃‥‥
「紅」
「く‥‥紅!?」
チンピラ達の表情が変わる。その名に何かの呪力でもあったかのように、チンピラ達は恐怖に囚われていた。
この港町で知らぬ者の無いその名‥‥
戦いの運命と共に流離う、ただ一丁の拳銃。そしてそれを受け継ぐ者の名。
チンピラ達は、先ほどの意気は何処へ消えたのか、震える足で後ずさった。
と‥‥一人が逃げ出す。それに続き、残るチンピラ達もバラバラと逃げ出した。
その一団の最後を走るチンピラが、振り返って負け犬の遠吠えそのままに叫ぶ。
「お‥‥おぼえてやがれ!」
その型どおりの台詞を気にも止めず、紅は路上に倒れ伏した椚に声をかける。
「久しぶりだな‥‥」
●来訪者
「‥‥ん? 何だか物騒な足音の人間が多いのねこの辺り」
港をバタバタと走っていくチンピラ風の男達を見、シュライン・エマはそうとりとめもなく思った。
「らしいな」
答えて、ササキビ・クミノは言う。
紅‥‥いや、草間武彦を捜す旅の果てに辿り着いたこの小さな港町。
まるで時間の流れに置いていかれたかの様な古く煤け、和洋がメチャクチャに混じり合ったような町並み‥‥それは、何処かに草間を感じさせずにはいられなかった。
「‥‥そう言えば前に武彦さんが銃預けてたのはこんな町の酒場だったわね」
シュラインは思いだし、当てもないのだからと周囲を見回す。しかし、見えるのは霧と倉庫だけだ。
「まずは‥‥お店を探さなくちゃ」
「多分‥‥こっちだ。こういう場所なら見当がつく」
シュラインの呟きに答えてササキビは、霧の中へと踏み込んでいった。
その後を追ってシュラインも続く。霧は二人を静かに呑み込んでいった。
●酒場
‥‥そこは、カウンターと丸テーブルが幾つか有るだけの飾り気のない酒場だった。
昔は派手な美人だったのだろう中年女が、無愛想に押し黙ったままカウンターの向こうで気怠げに頬杖をつき、客を放り出したままでグラスを傾けている。彼女がこの酒場の主であり、他に店員は居ない。
女の後ろ、無数の酒瓶を納めた酒棚に、一丁のショットガンがこれ見よがしに置かれている。
ラジオから流れる、ノイズに途切れがちなジャズが酒場を満していた。
丸テーブルの一つに陣取った紅と椚の間には、バーボンの瓶とグラスが二つ置かれている。
「理由は知らないが‥‥まさか、俺の居場所を嗅ぎ付けるとはなぁ。おかげで、すっかり恥ずかしい所を‥‥」
「トミーガンの政‥‥あんたはヒーローだった」
恥じ入った様子で身を縮める椚の言葉を遮り、紅がグラスを傾ける合間に言葉を紡ぐ。
「あの日、夕日を背にして立っていたあんたを俺は憶えている。あんたは夕日よりも熱く、赤く、輝いていたよ」
懐かしげに語る紅の前、椚は寂しげに微笑んだ。
「昔の話だ‥‥今の俺は、ただの老いぼれ。愛用のトミーもとっくに錆ついちまったよ」
だが、紅はその言葉を聞き流し、呟いた。
「‥‥まだ、匂うぜ。銃の匂いが」
椚は一瞬、身を震わせる。そんな椚を一人残し、紅は席を立った。
「また来る」
「何故だ‥‥お前も‥‥過去は捨てたんじゃなかったのかい?」
椚が紅に投げ掛けた問い。立ち止まり、紅は口端を笑みに曲げて答を返す。
「‥‥その答は、あんたも知ってる筈だぜ?」
その答えに、黙り込む政‥‥紅はそのまま、酒場を出ていった。
と‥‥ややあって、女が二人入ってくる。
それは、草間を捜していたササキビ‥‥そしてシュラインだった。
ササキビは酒場を見渡し‥‥店の片隅で酒をあおる老人を見る。
ササキビは気付く‥‥老人から漂う、微かな硝煙の匂いに。それは、酒の匂いでも消せぬ、銃を持つ者の匂いだった。
店に入ったところで足を止めたササキビにチラと目をやってから、シュラインは真っ直ぐにカウンターの向こうの女店主の元へと歩み寄る。
「ごめんなさい‥‥人を捜しているのだけど」
「人ね‥‥」
女店主は酒に濁った目を上げ、皮肉げな笑みを浮かべた。
「そう尋ね歩く人なら何度も見たわ。でも、見つかったって話は聞かない‥‥」
「‥‥この人なんですけど」
シュラインは女店主の言葉を意識して聞き流し、持ち歩いている写真を見せた。
それを見、女店主の目が軽く見開かれる。
「驚いた‥‥紅じゃないか」
「紅‥‥ですか?」
紅‥‥シュラインの知らない名の草間。だが、女店主は、その紅という名だけを知っている。
複雑な気分で黙り込むシュラインに、女店主は悲しい目をして、諭すように言った。
「あんた、奴の女かい? だったら、やめときな‥‥この町で生きる男は、皆、ろくでなしさ。皆‥‥馬鹿ばかり」
蔑み、憎みながらも、捨てられない思い‥‥そんな感情のこもる女店主の言葉。それを受けても尚、シュラインの心は変わらない。
「‥‥教えて下さい。紅の事を。知っているだけ‥‥」
ただ、強くその言葉を発したシュラインに、女店主は小さく溜め息をつき、店の隅で酒を飲んでいる老人‥‥政を指さした。
「あれに聞きな。昔の紅の仲間だった男で‥‥ついさっきまで紅と話していた男だからさ」
●企み
「じじぃが‥‥痛めつけても出ていきやがらねぇ」
「あいつが出ていかねぇんじゃ、期日通りの買収は出来ませんぜ?」
暗い部屋の中、男達が憎々しげに言葉を交わしあう。
その男達に囲まれた中、一人、椅子に座した中年男が葉巻をくわえた口端を歪めて呟く。
「奴には孫娘が居たな‥‥」
その言葉の意味に、野卑な笑いが男達の間に広がる。
「しかし‥‥紅はどうします? あいつは相当に厄介だ」
「何‥‥幾ら伝説がどうと言っても、所詮は人間だ。殺せないって事はないだろ。ついでだ、じじぃにもそろそろくたばってもらおうじゃねぇか」
男の哄笑が響いた。そして、声は暗がりの奥へと投げつけられる。
「そん時には、先生にも役に立ってもらうぜ」
暗がりの中‥‥張・暁文はニヤリと小さく笑い、頷いた。
「まあな‥‥」
●椚の家
板塀に囲まれた、木造の二階建ての小さな家。
本来ならば窓ガラスのはまっているべき場所に、ベニアが貼られているのが奇妙ではあった。
そんな窓の窓枠やベニアの隙間‥‥そして、縁側の戸板の隙間から、糸の様に細い光が暗い庭へと漏れだしている。
椚と表札が掲げられたこの家の中、椚美香子は、珍しい客人をもてなすのに忙しかった。
「本当に何にもなくて、すいません‥‥」
割烹着姿で三角巾を被った姿の美香子は、言いながら客の人数分の湯飲みをちゃぶ台に置いた。
湯飲みを受け取り、ファルナ・新宮が言う。「いえ、本当に美味しかったですよ」
特に何を出したという物でもない。実際、美香子はお客が出来るとは思っていなかったのだから、他に出す物が無かったのだ。
魚屋で安くもらってきた魚のアラと、白菜なんかの適当な野菜で作った鍋‥‥まあ、米を掻き込んで食べるに十分な程には美味いし、残ったツユに安いうどん玉を入れればそれも御馳走だ。綺麗に鍋の中身が片づいているのが、味の良さを何より示しているだろう。
「美味しかった‥‥」
放心状態でちゃぶ台の前に転がる相良・奈由に、食器の片づけをしながら美香子は言った。
「海が近いですから」
港町‥‥あくまでも貿易港であって、漁師町ではないのだが、それでも魚は安く新鮮な物が手に入る。
「後はメイド服が有れば完璧だったんだが」
「え?」
田中裕介が言った言葉の意味がわからず、美香子は首を傾げた。どうも、田中は割烹着はお気に召さないらしい。
とは言え、一般市民にそういうコスプレを要求しても仕方の無いことだろう。普通に理解される感性ではないし、そもそもが商売や仕事に使う場合を除いてメイド服など持っている人間は一般常識に照らすと明確におかしい。
ともあれ、田中もそれ以上はメイド服を追求しなかったので、唯の独り言と判断してか美香子もそれ以上は何かを言うこと止めた。
そして、食器の類を全て流しに運び終えると、皆の居座るちゃぶ台の前に自らも座った。
「今日は皆さん、危ないところを本当にありがとうございました」
「気にしなくて良い。たいした事じゃない」
高屋敷・任那が、素っ気なく言い返す。
任那も含め、ここに転がっている連中は、買い物帰りの美香子と偶然知り合った者達だった。
チンピラに悪質に絡まれている所を助けた縁で、こうして食事を振る舞われている。
もっとも、数も少なかったし、所詮はチンピラの嫌がらせ‥‥ここにいる者達にしてみれば、何という事もない。あっけなく叩きのめした。
「だが‥‥どうしてあんな」
美香子が嫌がらせをされるのは、今日に始まったことでは無さそうだった。だからこそ、任那から当然のように出された疑問。
「この‥‥家なんです。何でも、ここから私達を追い出したいらしくて‥‥」
美香子は少し困ったように微笑み、天井を見上げて答えた。
「でも、おじいちゃんが‥‥私の両親と祖母の思い出のある家だからって。おじいちゃんは、この家にはほとんど居なかったのに、私の事を思って‥‥」
祖父の気持ちは有り難い‥‥しかし、事がここまで酷いとなると、家を守るよりも祖父の身の方が心配だった。
「おじいちゃんは、もっと酷いいやがらせされてるんです。でも‥‥って、お客さんに聞かせる話じゃありませんでしたね」
言い終えて美香子は無理に笑う。
そして、ふと壁に掛けられた古めかしい時計に目をやり、再び表情を曇らせた。
「そう言えば、おじいちゃん遅いわ‥‥」
時間は8時を回ろうとしている。
平和な街なら別に問題にも思わないかも知れないが、相手は老人であるし、何よりもヤクザに目を付けられているのだ。心配にならないはずがない。
「そうだね。じゃあ、探しに行こうか?」
奈由が身を起こし、美香子に提案する。
「美香子さんは出歩かない方が良いだろうけど、やっぱり心配だろうからね」
「でも、お客さんにそんな事をさせては‥‥」
「良いって」
奈由は遠慮する美香子を止めながら、玄関の方へ足を向けた。この場にいた面々も、各々が自発的に立ち上がり、玄関へと向かう。
と‥‥その時、ガシャガシャと玄関を叩く音がした。そして、その音の後を声が追いかけてくる。
「ごめんください。椚政造さんのお宅はこちらですか?」
その声に聞き覚えのある者は首を傾げた。
「シュラインさん?」
ファルナの呟き‥‥そう、その声はシュライン・エマのものに他ならない。
皆はそのまま玄関へと向かう。そして、美香子が玄関のドアを開いた。
そこにいたのは、酔いつぶれた老人‥‥政に二人で肩を貸した格好のシュラインとササキビ。
彼女たちは、扉の向こうに立っていた見知った顔に驚いた様子だった。
「どうしたの、みんな‥‥」
「こっちの台詞です。その人は‥‥」
ファルナが政を掌で示して問う。それに、シュラインは少し困った様子で答えた。
「え? ええ、酒場で知り合ったんだけど‥‥飲み過ぎちゃったみたいで。危ないから送ってきたのよ」
「す、すいません‥‥」
美香子が歩み寄り、政の体を受け止めようとする。
「あ、手伝うよ。って言うか、任しておいて。中に運ぶんだろ?」
言って、奈由は美香子に代わり、政の体を受け止めた。そして、危なげもなくその体を支えて歩き始める。
「‥‥随分な傷だな」
奈由はその時、政の体に痛々しい傷が無数に残されていることに気付いた。
恐らくは‥‥いや、確実に、ヤクザ連中のやったことだろう。
憤りを感じながらも、奈由は政を運ぶ‥‥
と、その時、政は小さく言葉を漏らした。
「紅‥‥」
奈由に運ばれて家の奥へと消えていった政の残したつぶやきを聞き、美香子は眉をひそめる。
「紅って‥‥」
任那が視線をシュラインに向けた。
そうだ‥‥紅は、草間の今の名に他ならない。
シュラインは、小さく頷いて答える。
「会ったみたい。酒場でね」
「だが、肝心の話は聞けずじまいだ‥‥こうも酔ってしまったのではな」
シュラインの言葉を継いで、ササキビが肩をすくめて言う。
残念な事に、二人が政の元へいった時には、既に政は泥酔していた。
草間を捜して‥‥ここに来た者達の目的はそう大きくは違わない。その手がかりを見つけた‥‥それは、皆に燻るような興奮を与えていた。
「そうだ。お爺さんと草間‥‥いや、紅との関係について、美香子さんが知ってる事はないか?」
任那が美香子に問いを投げた。
皆の視線の集まる中、美香子は僅かに俯き加減になりながら答える。
「おじいちゃんの昔話は聞いてたから‥‥紅の話も良く聞いたわ。紅は戦いの運命を呼ぶ銃‥‥だから、紅は常に戦いの中にある‥‥って。おじいちゃんはとても懐かしそうに話すの」
昔を思い出す遠い目で語る美香子の口調が、急に暗く沈んだ。
「でも、その度におじいちゃんが、何か私の知っているおじいちゃんじゃないような気がして‥‥恐かった」
そう言った後、美香子は呟くように言った。
「紅は嫌い‥‥おじいちゃんを戦いに連れて行くんでしょう?」
誰に発した問いでもない。ただ、そうなのだろうと美香子は確信していた。
紅が帰る日、育ての親でもある祖父はきっと、何処か知らない世界へと帰っていってしまうのだと‥‥
「おじいちゃん‥‥病気でもう長くないんです。最後くらい、平和に暮らして欲しい」
残り僅かな時間を‥‥平和に。その言葉を、政を奥に運んで戻ってきていた奈由も聞いた。
そして、美香子は深々と頭を下げて言う。
「だから‥‥あまり、おじいちゃんの前で紅について話さないで下さい。こんなの、私の我が侭かも知れないし‥‥皆さんには、皆さんの事情が有ると思いますけど‥‥お願いします」
美香子はしばらくの間、頭を下げ続けていた。
●寝室で
余り広くもない家の中は、貸し布団屋という日常ではあまり聞かなくなった商売の力も借りて、何枚もの布団が並んでいた。
奥の間に美香子と政が‥‥そして、比較的広い茶の間に他の女性陣が。田中はただ一人の男と言う事もあり、縁側に放り出されていた。
茶の間‥‥暗い中で、ひそひそ話が始まる。
「私は、美香子さんの言う通りにするよ。草間を捜してるのは私達の勝手。美香子さんとお爺さんの幸せを壊して良いってもんじゃない」
奈由が布団の中で決意も固く言う。
同意を示すかのように、誰もそれに対して言葉を返す者は居ない。奈由の言葉は続く。
「でも‥‥政造さんの体の傷、それに美香子さんにからんでいたチンピラ。美香子さんの話じゃ地上げみたいだけど‥‥」
「まあ、シュラインさんがもう少し、詳しい事を調べて来るって言ってましたから。それを待ってから行動でしょうか」
ファルナが言った。シュラインは遠慮して、自分がとったホテルの方に帰っている。
色々と調べてくると言っていたので、きっと何かがわかるだろう。
「何にしても許せないですね‥‥」
任那は呟く。
許せない‥‥美香子の、祖父に残された時間、平穏な日常を願う気持ち‥‥それを自らの欲望故に踏みにじろうとする者達のことを。
そしてそれは、この部屋にいる者達に共通な思いでもあった。
●ホテルにて
「そう‥‥わかったわ。ありがとう」
ホテルの部屋の中、シュラインは受話器を置いて溜め息をついた。
繋がっていたのは、東京の警察関係者。だが‥‥思ったような効果は上げられなかった。
「まずいわね‥‥そう簡単に叩く事は出来そうにないわ」
●真夜中の墓所
「何の用だね」
「別に‥‥」
町外れの公共墓地‥‥墓石の前に座り込む政から少し離れて、ササキビは立っていた。
政はササキビから目を外すと、墓石に再び向き合う。
その時‥‥遠く、爆発音が響いた。
「家か‥‥」
その方向に目をやるササキビと政。遠く、立ち上る黒煙と赤い光が見えた。
●襲撃
「ここか‥‥」
「始めようぜ」
ヤクザ達は、椚家の見える場所に、エンジンをかけたまま大型トラックを止めていた。
そして男達は、RPG‥‥ソ連製のロケットランチャーを構える。全部で5本‥‥民家を粉砕するには十分な火力だった。
「‥‥十分、死ぬんじゃないですかね」
「かまわねえ。事故って事にするさ」
チンピラの質問に、ヤクザが答える。そして‥‥引き金が引かれた。
直後、炎と煙を引いて撃ち出された弾頭が、吸い込まれるように家へと向かう。それが壁を破って家の中に入り‥‥爆炎へと変わった。
爆音。そして立ち上がる炎と煙。降り落ちる家の破片。
「よし、突っ込むぞ!」
男達は素早くトラックへ乗り込む。トラックは、燃えさかる椚家へと加速をしながら突っ込んでいった。
「う‥‥‥‥」
苦痛の呻き声。
致命傷を負った者こそ居なかったが、寝ていた皆は決して浅くない傷を負っていた。
爆風と炎‥‥そして炸裂した弾頭の破片。さらに、壊れた家や家具の残骸によって。
皆の寝ていた部屋の中は、天井が落ち崩れて、また炎も上がり、実に凄惨な有様だった。
「ファルファ!?」
「‥‥‥‥」
ファルナは、自分を庇うように倒れていたゴーレムのファルファの状態に息を呑んだ。
崩れた梁が胴中央を刺し貫いている。ゴーレムとはいえ、酷い負傷だった。だが、その代わりにファルナ自身は傷一つ負っていない。
「皆さん‥‥美香子さん」
部屋の中の惨状に眉をひそめ‥‥そして、ファルナは美香子と政の方に注意を向ける。
この部屋の皆も心配だし、ファルファの事も捨てては置けないが‥‥ともかく。
「み、皆さん、待っててください!」
ファルナはそう言うと、倒れた襖の上を走って奥の部屋へと向かう。幸い、ヤクザの攻撃が直撃したのは皆が寝ていた部屋の方‥‥美香子や政のいた部屋ではない。
ファルナは、奥の部屋の襖を開けた。
中には、美香子が戸惑った様子で布団の上に座り込んでいる。
「美香子さん!」
「あ、あの‥‥何が‥‥‥‥それに、おじいちゃんが‥‥」
見ると、政の布団は空だった。どこかへ出かけたのか‥‥だが、今はそれを知る術もない。
「とにかく逃げましょう! そして、救急車を‥‥」
言いながら、ファルナは美香子の腕を引く。
だがその時‥‥破壊された家の壁を突き破り、踏み砕きながら、大型トラックが家の中に突っ込んできた。
更なる崩壊が始まる家の中、ファルナと美香子の悲鳴が響く。その二人の腕が乱暴に掴まれた。
その直後、二人は強い力で、トラックの荷台の中へと引きずり上げられる。
「つかまえたぞ!」
「良し、出すぞ! って‥‥二人いるじゃねーか!」
再び動き出し、更に家を砕いていくトラックの中、ヤクザの戸惑いの声が上がった。
「暗くて、どっちかわからなかったんだ。良いだろう? 楽しみが増えるってもんだ」
チンピラの抗弁に、ヤクザはファルナの顔を見つめ‥‥そして答える。
「‥‥ま、そうだな。縛って置けよ」
震える美香子を抱き締めて、ファルナはこれから自分達に降りかかるであろう災難に、暗澹たる思いを抱いていた‥‥
●襲撃に駆けつけた者達
「な‥‥何だ?」
燃えさかる民家の中から飛びだしてきた大型トラック。
それを見‥‥桐生アンリは車を止めた。
どう考えても、普通の状況ではない。
と‥‥閉ざされようとする荷台の後部扉の向こう、若い娘が二人、男達に取り押さえられて居るのが見えた。
「そう言う事か‥‥」
何をそこまで‥‥と言う気もするが、どうやらこれは誘拐らしい。ならば、捨て置く事もできないだろう。
桐生はギアを動かすと、アクセルを踏み込んで追撃を始めた。
トラックは猛スピードで山へ向かって走っていく。しかし、さすがに桐生の車の方がスピードは速い。
「さて‥‥どうやって止める?」
鞭一本で爆走するトラックは止められまい。
ならば、後をつけて目的地に着いたところで‥‥そう考えをまとめた時、トラックの方に動きがあった。
荷台の上に、誰かが昇った様だ。そして、何かを荷台の上にセットする。直後‥‥闇夜を切り裂いて無数の弾丸が撃ち放たれた。
「機関銃!?」
曳光弾が夜闇に描く線が、桐生の車の上をなぞっていく。
ボンネットに無数の穴が開き、フロントガラスが千々に砕かれるのを桐生は見た。
「しまった‥‥」
爆発‥‥黒煙が視界を塞ぐ。同時に桐生は運転を誤り、その場に車を横スピンさせる。
「く‥‥」
桐生はハンドルを巧みに操り、何とか車を止めた。そしてすぐさま車の中から駆け出る。
その直後に、車は本格的な爆発を起こした‥‥
「何だって言うんだ」
大事な足は盛大な焚き火となり果て、夜を明るく照らしている。トラックは当の昔に、どこかへと走り去ってしまっていた。
とにかく‥‥桐生は懐から携帯電話を取り出し、警察へと連絡を入れる。
「もしもし‥‥」
燻る家の残骸の中‥‥
「おい! 大丈夫か!?」
偶然その場に居合わせた御柳・紅麗の手によって、任那と奈由は掘り出されていた。
「酷い‥‥」
御柳の連れの麻生・永萌が呻く。
二人とも、全身に酷い傷を負っている。任那は火傷が酷く、一部は皮膚がほぼ炭化した状態。また、奈由はトラックに踏まれたのか、足が完全に砕け、引き千切れたようになっていた。
「病院‥‥くそ! 警察も消防も何故動かないんだ!?」
御柳は疑問をそのまま叫んだ。
これほどの事件だ。既に通報は行っているだろう。なのにサイレンの音一つ聞こえやしない。
「仕方がない。手近の病院に‥‥」
「待ってください!」
御柳に制止の声をかけたのは、綾和泉・匡乃だった。
「今から病院に運んだのでは、間に合いませんよ。ここは、僕に任せて下さい」
言って綾和泉は、許可を得る事もなく任那と奈由の前に座った。
そして、自らの内に秘めた治癒の術の力を二人に対して発動させる。
「治ってる‥‥」
綾和泉の作業の様子を覗き込み、永萌は呟いた。傷は、少しずつ‥‥とは言え、自然治癒と比較すれば驚異的な速度で治りつつあった。
●囚われの二人
長い間、車に激しく揺られた末に、美香子とファルナは何処ともわからない山の中の精錬所へと運ばれ、畳敷きのプレハブ小屋の中に放り込まれた。
昔は飯場にでも使われていたのだろう‥‥だが、その畳にはハッキリと血の痕が残っていた。
「さて‥‥と」
5、6人のヤクザ達が、部屋に入り込んでくる。その表情は、獣欲に醜く歪んでいた。
「あの家を売れば大人しく返してやる‥‥」
「‥‥出来ません」
ファルナに抱き締められた腕の中で、美香子は震えながらもハッキリと言葉を返す。
それを聞き、ヤクザ達は笑った。
「そうでなくちゃ、面白くねぇよな。素直になられたら楽しみが無くなっちまう」
言いながら、ヤクザの一人が手を伸ばす。それは、美香子の体をしっかりと掴まえ、そしてファルナから一気に引き離した。
「いやぁ!」
「止めてください! 私が代わりに‥‥」
美香子の悲鳴。ファルナは必至になって叫びながら美香子を取り返そうとするが、その体はもう一人のヤクザによって止められた。
「安心しろよ。お前も一緒に可愛がってやる」
言葉と同時に、ファルナの服に手がかけられ、一気に引き裂かれる。
「‥‥‥‥!」
「いや! やめて!」
ファルナは自身の事よりも美香子の方に目をやる。同様に服を引きちぎられた美香子が泣き叫ぶ姿が、美香子に覆い被さろうとしている男の向こうに見えた。
何もできない事を悔やむファルナ‥‥
と、銃声が響いた。
直後、ファルナを押し倒そうとしていた男が、絶叫を上げてのたうち回り始める。彼が押さえる右耳‥‥指の隙間から、止めどなく血が流れ落ちていた。
同様に、美香子に覆い被さっていた男も絶叫を上げて転げ回っている。
ファルナはこの隙に走り、とりあえず美香子の元へと行って庇うように抱き締めてから、この部屋の入口を見た。
そこに立つ男、張・暁文は両手に構えた二丁の拳銃を振って硝煙を払いつつ言う。
「よせ。女に手を出すんじゃねぇ」
「用心棒の先生が、仕事もせずにお説教か?」
怒りを押し殺しつつ、ヤクザが問う。張は肩をすくめると言った。
「仕事はするさ‥‥」
言いながら、銃に弾を込め直す‥‥
「ちょうど、邪魔者が来た」
その目はプレハブ小屋の窓の向こう‥‥暗闇の中に向けられていた。
●潜入者達
山の中‥‥廃鉱の傍らの捨てられた精錬所。それが金村興業の根城だった。
いや‥‥そこは要塞と言っても良いだろう。
東京界隈で見かけるヤクザとは桁が二つくらい違う程の武装をしたヤクザ達が、普通の顔で歩き回っている。つまり、日常的にこれくらいの武装はされていると言う事だろう。
「ここか‥‥」
走り去ったトラックの行き先を、妖物の類の協力を得ながら何とか探り出した武神・一樹は、この廃精錬所に辿り着いていた。
本来なら隠身の術を使って美香子の護衛をするつもりだったのだが‥‥敵が無茶をやりすぎた。長距離からロケット弾で攻撃、トラックで飛び込んできて美香子をさらっていくなど想像の範疇外だ。
武神に美香子を守ってくれるよう依頼をしてきた庭の梅の木も、その攻撃の前に砕かれ、炎上し、更にはトラックに踏み折られてしまった。
「さて‥‥仇をとらないとな」
武神は、金村興業の者達に術をかけ、自身が何者かという記憶を封印し、事務所を静かに壊滅させるという解決法を考えていた。
しかし、武神の能力はあくまでも、相手の能力を封じるものでしかない。記憶を封じるのとは、方向性が違っている。
では、どうするか?
相手の記憶を保持する能力か、記憶を引き出す能力を奪う? それが本当に出来るのかは置いて置いて、そうすれば確かに記憶は失われたのと同じになる。
だが、結果的にはその人間を廃人にしてしまう。恐らく、長く生きては行けないだろう。
悪人だからといってそこまでやって良いものか‥‥悩み所ではある。
最初から、殺すという戦略を用意しておけば、何も問題はなかったのだろうが‥‥
だが、梅の木の仇をとるという意味でも、美香子の安全を恒久的に守ると言う意味でも、ここは容赦しない方が良いようにも思える。
「‥‥まあ、考えていても仕方ないか」
とりあえず、仕事にかかろうとそう考えて動き出したその時‥‥武神の足を焼け付く痛みが貫いた。そして、耳に銃声が届く。
撃たれたと気付いた時には、武神は地の上を転がっていた。
「‥‥しまった!」
油断‥‥単独で動いたのも、相手が反撃できないと考えていたからか。
確かに隠身の術を使っている以上、相手がありがちな平々凡々たるヤクザなら、気付く事もなくやられていただろう。
しかし、相手にもプロがいたのだ。
とっさに武神は敵の射撃から身を隠そうと動く‥‥だが、負傷した身では動くのも難しい。
反撃しようにも、何処に敵が居るのかわからないのでは反撃しようもない。また、術は既に破れている。
「やはり居たか子ネズミ!」
感じた僅かな違和感‥‥それを頼りに張が撃った弾丸は、武神を捉えた。張は、武神に向かって声をかけながら、両手の拳銃を容赦なく撃ち放つ。
武神も手練れとは言え、負傷し、動きの鈍った今ならば、張にしてみればアヒルを撃つのと同じくらいに容易いことであった。
次々に銃弾が武神の体に撃ち込まれる。
全身に焼ける様に痛む点が現れるのを感じながら、逃げられないと悟った武神は印を結んだ。
直後、その印を結ぶ両の手が銃弾に撃ち抜かれる。
「ぐ‥‥」
印はほどけた。そこに張は駆け寄り、勢いをそのままに武神の横腹に蹴りを入れた。
内臓の潰れる感触が、張の足に届く。
そして張は、血反吐を吐いてのたうつ武神に、冷酷な笑みに口端を歪めて言った。
「つまらん茶々を入れられちゃあ、俺が面白くないんでね。殺しはしないが‥‥」
言いながら張は、武神の足の傷を踏みつけ、ゆっくりと踏みにじる。
「ぐあ‥‥ぐぅ‥‥‥‥」
「そいつが、侵入者ですかい?」
張の後から出てきたヤクザ達が問う。
それに頷き、張は武神からは興味を失った様子で背を向けた。
「女達をなぶるより、そいつと遊んでやんな。それと‥‥朝になったら、爺さんの所へ届けてやれ。良い脅しになるだろ」
張は言う。ヤクザ達はその言葉に素直に乗り、武神をリンチにかける事に熱中し始めた。
「‥‥あぶねぇ」
田中は、行われる凄惨なリンチを遠目に見、冷や汗を流した。
本来ならば、あそこで同じ目にあっているのは自分だったかも知れない。
遠くて何処の誰かまではわからなかったが、リンチにあっている奴のお陰で田中が発見される事はなかった。
これは、日頃の行いの差という奴だろう。
勝手にそう解釈し、田中はもうしばらく身を潜めることにした。
何せ、ヤクザ達の警戒も厳重であるし、敵のガンマンは一筋縄ではいきそうにない。
どうやら、ガンマンは美香子達が連れ込まれた家の直衛に立っているようであるし‥‥
「もうすぐ朝か‥‥」
身を隠したぼた山に背を預け、田中はチャンスを窺う。じっと‥‥美香子達を助け出すチャンスを。
●襲撃の後
「酷いものね‥‥」
焼け跡に立ち、シュラインは呟いた。
家は半壊と言った所か‥‥何とか全焼は免れたが、もはや人が住むことは出来そうにない。
「油断をしたから‥‥そう言いたいけど」
奈由が伏したまま悔しげに声を上げる。
奈由と任那は、結局何処の病院でも治療を拒否され、仕方無しに地面の上に直接ゴザを敷いて寝かされていた。
綾和泉の必死の治療により、表面的には怪我はほとんど治ったが、傷による衰弱と内面的なダメージからは回復していない。
「しかし、話を聞くに半端じゃないな」
御柳が内心の怒りを滲ませながら口を開いた。
そして、永萌が青ざめた顔で言う。
「普通のヤクザじゃないみたいですよね」
この手の輩のする事なんて決まり切っているとも思っていたのだが‥‥さすがに、ここまでやるのは聞いた事がない。
「やっぱり、ちゃんと相手を潰さないと‥‥」
言いかけた永萌に、桐生は溜め息混じりで割り込んだ。
「正直、戦力不足だと思うよ」
「ヤクザが幾ら銃で武装していても‥‥」
御柳が桐生に反論しようとする。だが、桐生は首を横に振ってから言った。
「法治国家は、私的制裁を認めていない。これ以上、手を出す事は正当防衛の域を出る。警察は向こうの味方なんじゃないのか? 現に、警察は昨日から全く動いた様子がない」
それは、これ以上は警察すらも敵に回すという可能性に関する警告だった。
その警告に頷いてシュラインは言う。
「その通り。極道会が警察を押さえているわ」
極道会‥‥戦後に汚い仕事をやって成り上がった仁義も何もない暴力団だ。
「極道会? 金村興業じゃないんですか?」
永萌が聞く。それに、シュラインは答えた。
「極道会系‥‥簡単に言うと、金村興業は荒事専門の下請けね。一番上は極道会なのよ」
小規模な組が、大きな組の傘下に入るのは別に珍しい事ではない。
そして、金村興業は下請け‥‥つまり、この買収劇の筋書きを書いたのは極道会と言う事になるのだろう。
「で、上の方は警察と繋がってるから、この町で何をやっても関係なし。て言うか、この町自体が元々警察力の弱い所なんだけどね」
どうにも不思議な事に、この辺りは治外法権と言っても良いくらいに警察力が弱かった。
恐らく何か理由があるのだろう。そう言えば、金村興業がこんな利用価値も無さそうな町を買収しようとしている意図も読めては居ない。
それらと関係があるのかも知れないが‥‥その理由はまだつかめていなかった。
「で、コネのある警察から手回しして‥‥とも思ったけど、警察には管轄があるからダメだったわ。コネがある東京の警察は警視庁‥‥こっちは警察庁だから別組織だし」
警察には縄張りがあるので、コネを利用しようにも上手く行かない。
結局、有効な手は打つことが出来なかった。
「で、話は最初に戻る。警察の介入は必至だ‥‥そして多分、術を使って派手にやらかしたら、IO2が飛んでくる。お勧めは出来ない」
桐生がそう締めくくった。
相手が純粋な人間‥‥その事実が問題で有るとも言える。
相手が超常能力者や妖物、幽霊ならば、IO2もそれほど厳しい事も言わないだろう。しかし、人間相手に超常能力を振るい‥‥殺してしまえば、最悪、IO2の介入を招く。IO2は悪人であろうと何だろうと、超常の存在から一般人を守る為に存在しているのだから。
この場合、敵が多数である事を考慮にすれば、確実に大量殺人に発展するだろう。IO2と敵対するのは、目に見えていた。
「方法はある。“超常能力”に頼らないで敵を倒す事。だが、それは出来ないだろ?」
桐生は言った。
そうすればIO2は関与してこない。だが‥‥超常能力を使わずに完全武装のヤクザとやりあうのは無謀以外の言葉では表現できなかった。
皆は黙り込む。と、その時、この焼け跡となった家の前の道に一台の車が走り込んできた。
それは、引きずってきたゴミみたいな物を家の前に捨て、そのまま走り去っていく。
シュラインは何かの嫌がらせかとそのゴミを見‥‥そして、それが人である事に気付いた。
「武神さん!?」
投げ捨てられていたのは武神。シュラインは思わず声を上げた。
「どうして、こんな事に‥‥」
恐らく、かなり長い距離を引きずられたのだろう。全身血塗れで所々骨が見えているところもある。
「退いて下さい!」
綾和泉が慌ててその側に駆け寄り、魔法を使い始めた。ほとんど絶望的な状態の様に見える‥‥ただ、武神の生命力だけが頼りだった。
「‥‥ぁ‥‥」
「喋らないで下さい!」
武神が口を開く。それを綾和泉は制止した。
何か喋れる状態ではないのだ。だが、喋れないとわかるや、武神は残る力の全てを振り絞って僅かに手を挙げた。
その指は、町の裏山の一角を指さし‥‥力無く地面に落ちる。
「武神さん!?」
「大丈夫です。気絶しただけですから‥‥」
身を乗り出したシュラインに言い、綾和泉は引き続いて術をかけ続けた。
「で、あっち‥‥」
桐生は、遠く武神の示した方角を見る。
「そこが本拠地って事か」
「ともかく‥‥行こう。勝ち目がないからって、美香子さんを見捨てては置けないよ」
奈由が身を起こし‥‥そして、ふらついた。その体を、同じように立ち上がった任那が支える。
「もう傷は治った。やれる」
「‥‥‥‥」
桐生は二人を見た後、背を向けて言った。
「車がいるな。愛車は潰されたし‥‥レンタカー屋って、こんな町にもあるのか?」
言いながら、桐生は町の中心部へ向かって歩き出す。その背が見えなくなった後、綾和泉が武神の治療の手を休める事無く口を開く。
「すいません。僕もついていきたいんですが‥‥」
武神の傷は重く、当面は治療を必要とする‥‥また、今日はずっと治療を行い、力を使いすぎた。無理をして封印を破り、退魔の力を使って自分の体が保つかどうか‥‥
そもそも、退魔の力は通常の人間に対して振るえる性質の物ではない。人間は魔ではないのだから。
「そうね‥‥武神さんをお願い。で、私も同行は出来ないわ。行っても役に立てないと思うし、それに‥‥」
シュラインが言う。
「姿を見せない政さんとササキビさんを探さないと。何かをしようとしているのなら、止めなきゃ‥‥」
「じゃ、決まりだな。俺は当然、奴らの所に一緒に行かせてもらう。あんた等二人と永萌は残る‥‥」
「私も行きます」
シュラインの言葉を受けて言いかけた御柳に、永萌は真っ直ぐ言い返した。
「貴方を守らなければならないでしょう? それは‥‥私の仕事です」
永萌に言われ、言葉を失う御柳‥‥
「勝手にしろ」
御柳はただそれだけを言い返した。
●本拠地
「車が来ます! 爺の家から来た奴らです!」
チンピラが一人、廃精錬所の一角に建てられた事務所に駆け込んできた。
金村はニヤリと笑うと、組員達に檄を飛ばす。
「飛んで火にいる夏の虫だ。殺せ! 生かして返すんじゃねぇぞ!」
「「「へい!」」」
声と同時にヤクザ達は駆けだしていく。
彼らが手に持つのは、拳銃はもちろん、ライフル、ショットガン、自動小銃‥‥ダイナマイトやらロケットランチャーまで混ざっていた。
「さて‥‥面白くなってきたな」
金村はにやつきながら、自らも壁のライフルストックの中からお気に入りの一丁を取り出す。
「人間狩りってのも久しぶりだぜ」
●再び立ち上がるトミーガンの政
墓‥‥その前に座っていた政だったが、やおら立ち上がるとその墓石に手をかけ、横にずらした。
そこには狭い空間があり、そこに黒いバイオリンケースが入っている。取り出したそのケースを政は開けた。
入っているのは一丁のトミーガン‥‥禁酒法時代のマフィアが愛用した古い銃だ。今ではもう、誰も使う事は無いだろう。
しかしそれは、政が最も輝いた時代を共に生きた銃であった。政がトミーの政と呼ばれるようになった、その理由であった。
「紅の‥‥」
政は銃を手に、空を振り仰ぐ。沈み行く夕日が赤く街路を染めていた。
「俺はまだ立っているぞ」
「やはり‥‥そうなのだな」
政の背後、ササキビは問う様に言葉をかける。
「行くのだろう」
「無茶よ! 死にに行くつもりなの!?」
声があがる。そこにいたのは、走ってここまで来たのだろうシュラインだった。
「ねえ‥‥美香子さんの願いは知っているでしょう? お願い。危ない事は私達に任せて、政さんは‥‥」
シュラインの言葉に、政は苦笑した。
「もう、長かないんだ‥‥死に様くらいは選ばせてくれ」
長く生きる事が必ずしも幸福なわけではない。
ベッドに縛り付けられ、生にしがみつくよりも‥‥男として、ガンマンとして、最後まで生きていたい。
「捨てたと思ったよ。銃も、ガンマンとしての誇りも、男としての生き方も‥‥普通の爺さんになって、老いぼれて死んでくのも悪くない。一時は本気でそう思った」
政はシュラインに言って、皮肉げに笑った。
「だが‥‥どうしても、俺達は帰っちまうのさ。あの硝煙の中へな。それが、銃を握り‥‥それに命を賭けちまった者の宿命なんだろう」
そして、不意に真摯な目をササキビに向ける。
「俺は行く‥‥嬢ちゃんは見ていてくれ。そして、さっき言った事とは正反対の事ではあるが‥‥俺のような死に方はするな」
「見抜かれていたか‥‥」
ササキビもまた、銃を手にして生きた者である事を。
同類‥‥そんな言葉がササキビの頭を掠めた。
だからこそ、政の願いを叶えたいと思ったのかも知れない。それが、政の死という結末を用意していたとしても‥‥
「待って! ダメよ‥‥じゃあ、残された美香子さんはどうなるの!?」
「‥‥一人で生きていく‥‥それしかないだろう。人はいつか死ぬ。先延ばししたからといって、残された者の悲しみが減るわけじゃない。それに‥‥」
シュラインに向け、ササキビは言葉を紡ぐ。政の気持ちを代弁するかのように。
「死ぬべき場所で死ねないのは、誰かに先立たれるよりもずっと辛く苦しいことだと思う」
「そんなの‥‥わからないわよ」
シュラインは、ササキビの言葉を受け止めかねてそう返した。
死ぬべき場所‥‥そんな物を持たないシュラインには決してわからないのかも知れない。
惑うシュラインに向け、政は思いだしたかのように口を開いた。
「あんた‥‥確か、紅を追っていたな」
政は昔を思い出しながら、シュラインに話す。
「先代の紅‥‥彼女の下に俺達はいた。草間が、紅になる前の話だ。そして、草間が新しく紅の拳銃を継いだ時、俺達は別れた。全員で足を洗った‥‥そのつもりだった」
今でも憶えている。
あの熱い日々を‥‥銃を手に何度も死線をかいくぐったあの日々を。
辛く苦しい日々でもあった。二度とゴメンだと思った日もあった。だが、今はそれが酷く懐かしい‥‥
「だが、結局‥‥俺達は何も変わりはしなかったってわけだ。紅も‥‥俺も‥‥結局は、戦いの中に帰ってきた」
そして、自分は死ぬのだろう。その事に決して悔いはない。心残りは、紅と共に再び銃を持てなかった事‥‥
「紅は‥‥今日、船に乗る。『かもめ丸』だ。すぐに追いかけな‥‥そして、政は先で待っていると伝えてくれ」
シュラインに言うそれは、確かに政の遺言であった。
シュラインは、政を止めようと言葉を探す。しかし、浮かぶ言葉はどれもチープで、決意した男を引き留められるものではない‥‥
政は、思考に沈むシュラインをおいてその場を去ろうとした。その時‥‥
「トミーガンの政! うちと勝負や!」
政を呼び止める声。それは、淡兎・エディヒソイ。
政は淡兎を一瞥し、問う。
「お前は‥‥男として、命を賭けてそれを言っているのか?」
気圧されながらも、淡兎は頷いた。
「あんたの名は知っとる。あんたの名に挑戦したいんや。うちも銃をぶら下げる男やから」
有名なガンマンであるトミーガンの政との勝負‥‥それが願い。
政は軽く笑って答えた。
「なら‥‥やるしかねぇな」
「そんな場合じゃ‥‥」
「黙って」
シュラインが言いかけるのを、ササキビが止める。二人の見守る前、政と淡兎の間に緊張が張りつめていた。
「ほな‥‥いくで」
言いながら淡兎は、ズボンのポケットから取り出した百円硬貨を高く空へと放り投げる。
それはゆっくりと回転しながら空を舞い、そして、地に墜ちた。
小さな音と同時に淡兎が銃を抜く、重さの違いもあり、その動きは政よりも早い。
しかし、引き金をひいた時に、政の姿は銃口の先にはいなかった。淡兎は、政が横に跳んだのだと悟る。その姿を追って拳銃を振り、続けざまに淡兎は撃った。
銃弾は、政が一瞬前に通り過ぎた場所を撃ち抜き、土を次々に爆ぜさせる。だが、最後の一発は、政の足をかすめた。
だが、次の瞬間には、地に身を投げ出した政のトミーガンは淡兎に向けられている。
「ちぃ‥‥」
政と同じように横跳びをし、同時に弾丸を素早く込め直す淡兎。しかし、トミーガンは淡兎をその視界に捕らえたまま動き‥‥そして、
「ルーキー。終わりだ」
政は感慨もなく呟き、引き金を引く。
無数の銃弾がトミーガンから吐き出され、淡兎を引き裂いた‥‥
「さあ行こう」
「でも、足が‥‥」
気づかったシュラインに応えて、政は立ち上がる。一瞬は苦痛に顔をしかめたが、しかし政はその表情を消して言う。
「かまうことはない。今は片足で十分だ」
歩き出す政は、もはや足の傷など無いかのように平然としていた。
「ダメか‥‥さすが伝説は違うわ‥‥‥‥」
淡兎は沈む夕日を見ながら、路面に身を投げ出したままで呟いた。
最後の瞬間、重力をねじ曲げて弾道を逸らした‥‥無数の銃弾は淡兎の身を削っていったが、何とか生きているのはその為だ。
「ああ‥‥でも、うち、伝説のガンマンと勝負したんや〜、サインもろとけば良かった〜」
真剣勝負の結果であるから、傷もまた勲章‥‥淡兎は焼けるように疼く傷に顔をしかめながらも、満足そうに夕日を見上げていた。
●突入
「突っ込むぞ。良いか、絶対に足を止めるな。銃撃戦の中で足を止めるのは、確実な遮蔽物がある時だけにしろ」
金村興業の拠点へと向かう車の中、ハンドルを握る桐生はそれだけ忠告した。
とは言え、銃器で武装した敵と戦うなど桐生だってやった事はない。
「合図したら車から飛び降りるんだ」
桐生は、どう考えてもまともに接近出来るとも思えなかった。果たして‥‥それは、機銃による歓迎という形で的中する。
廃精錬所から幾本もの火線が車に向けられる。絡め取ろうとするかのように迫るそれに、桐生は叫んだ。
「下りるんだ!」
言いながら、桐生自身もドアを開け放って外へと転がり出る。直後に、機銃で蜂の巣にされた車は、炎の塊へと変わる。
「レンタカーだぞ‥‥」
全員が下りたはずと‥‥そう自分に言い聞かせながら車の最後を見送り、桐生は走り出した。
自分の武器は手の中の鞭一本でしかない。敵の懐に入らなければ、ただただ殺されるだけだ。
そしてそれは、他のメンバーにも言えた。
「‥‥これで!」
他に手段はない‥‥僅かな地面の起伏に身を隠して、任那はあえて氷雪を繰る力を振るった。
剣術を振るうには、接近しなければならない。だが、その距離まで近づく事が難しい。
呼んだ吹雪を伴う冷気は、機銃座代わりのプレハブ小屋に当たる。
氷点下40度程度の冷気‥‥日本で観測された最低気温に近い。まともに浴びれば、凍傷にくらいはなるはずだ。
そして、狙い通りに射撃は止んだ。
「行ける‥‥銃を潰すから、皆は中へ!」
任那は付近にいるだろう仲間に聞こえるように声を張り上げ、更に冷気を呼んだ。
機銃座は残り3ヶ所。そこ全てを同時に制圧すべく、全力を持って呼んだ氷雪を一気に叩き付ける。
その攻撃を浴びるや、機銃はすぐさま黙り込む。その隙に、付近にいた仲間達が一気に前進を始めたのを任那は視界の端に認める。
と‥‥銃弾が空気を切り裂いた。
激痛‥‥いや、ただ熱いという感覚だけが足に走る。薄れ行く意識の中で、任那は自分の足に大きな穴が開いて居るのを確認した‥‥
「機銃座の次はスナイパーか‥‥」
永萌を庇うようにしながら残骸になった車の影にいた御柳は、任那が倒れるのを見て奥歯を噛んだ。
「やっぱり、やらないとならないらしいな」
「‥‥気をつけてね」
どんな言葉を贈ろうか迷い、そしてただ短く言う永萌。彼女に御柳は一つ言い残す。
「俺の体‥‥たのんだぞ。だから、絶対に危ない真似はするな」
言うや御柳の体の中から、死に神の様な鎌を持ったもう一人の御柳が抜け出る。
そしてそれは車の残骸から出て、常人の十倍近い速度で一気に駆け出した。
小刻みなステップを交え、直線的なコースをとらない。
御柳の周りで爆ぜる地面が、相当数の銃が御柳に向けられている事を示していた。
「まず‥‥一人!」
狙撃手の潜む塹壕に一気に駆け寄り、驚愕の表情を浮かべるヤクザを見る。
直後、容赦もなく振り払った大鎌が、ヤクザの体を両断‥‥その上半身は軽く宙を舞い、血と臓物を辺りに撒き散らす。それを前進に浴びながらも、御柳は再び走った。
「もう一人!」
恐慌状態に入ったのか、必死の連射をしてくる狙撃手‥‥その銃弾が頬を掠める。しかし、その程度で御柳は止まらず、すぐにもう一人の首をそのまま叩き切った。
首のあった場所から吹き上げる血の噴水が、辺りを血に赤く染める。
「残りは‥‥何処だ!」
御柳は他のスナイパーを捜して三度駆け出す。
御柳が前線に突入してややあって、スナイパーは全滅したらしかった。
今では、前線において御柳とヤクザ達の壮絶な乱戦が繰り広げられており、そこに奈由と桐生が参戦しようとしている‥‥そんな状況になっている。
その遙か背後‥‥車の残骸に隠れた永萌は、動かない御柳の体を抱き締めていた。
御柳から魂が抜けた状態の本体‥‥これが無防備になってしまうのが御柳の力の弱点。
だから、守らなくてはならない。しかし、守るとは言っても永萌に何が出来るというわけでもない‥‥ただ一つの手段を除いて。
と‥‥永萌がその最後の手段について思いを馳せていたその時、戦場が動いた。
鬨の声が上がり、山道の両脇から現れたヤクザ達が、皆を挟み撃ちにする為に山道を駆け登り始めた。
「ここにもいたか!」
その内の一人‥‥両手に拳銃を持った男が、連射しながら駆け寄ってくる。
その前に永萌は立ちはだかった。御柳の体を守る為に。無論、撃ち放たれた銃弾はその全てが永萌の体を貫く。
「あ‥‥‥‥」
力を失った永萌は、その場にしゃがむように崩れた。
男は、もはや永萌に力が残されていない事を悟ってか、ゆっくりと歩み寄ってくる。
と‥‥その時、最後の力を振り絞り、永萌は立ち上がるとその男に抱きついた。
男が苦痛に絶叫を上げ‥‥そして血泡を吐いて動かなくなる。
自身の体に流れる猛毒性の血‥‥それが、御柳の体を守る最後の手段。
そして永萌は、その場に倒れた。
「‥‥永萌?」
何かを感じた‥‥御柳は力を解いて自身の体に戻る。そこで見たものは、血の海に倒れる永萌の姿だった。
「永萌!」
「ダ‥‥メ‥‥‥‥血が‥‥」
駆け寄ろうとした御柳を、永萌は震える声で止める。そう‥‥永萌の血は、御柳をも蝕むだろう。
「‥‥黙っていろ」
御柳は、自分の着ていた上着を脱ぐと、それで永萌をくるんだ。そして、永萌の体を抱き上げる。
上着に染みてきた血が、耐え難い苦痛を御柳に与えるが‥‥それでも、御柳は耐えた。
「山を下りるぞ。下りれば‥‥治療を‥‥」
綾和泉に治療をしてもらえば‥‥そう考えながら足を踏み出す御柳。しかし、毒は確実に御柳の力を奪っていく。そして‥‥
「死ねやガキ!」
気付けば、周りをヤクザが囲んでいた。そして、向けられる無数の銃口‥‥
「永萌‥‥」
既に意識を途切れさせた永萌に、御柳は何事かを小さく告げた。その直後‥‥銃声が響いた。
「てぇっ!」
奈由の鉄拳が唸る。容赦を全くしていないから、打たれた相手は骨を砕かれ、地の上をのたうち回る羽目になる。
出来るだけ走り回り、敵の中を駆け抜けて同士討ちを誘いながら、肉薄して拳で打つ。
その戦い方は桐生の方も変わらない。
鞭で敵の銃器を跳ね上げ、手を打って取り落とさせ、とにかく戦力を減らす事を考える。
しかし、銃と拳‥‥銃と鞭では射程が違いすぎる。次第に敵が二人の動きに慣れ、距離を取り始めた為に、戦闘は相当に苦しくなってきていた。
「‥‥この程度で、息が上がってくるなんて」
奈由は、呼吸が乱れてきた事に自らの不甲斐なさを感じる。
やはり、傷の影響からは回復しきってはいないのか‥‥ともかく、もはや動き回るのは困難だという現実は重くのしかかってきていた。
奈由は疲労の中で新たな敵に拳を撃ち込む。しかし、浅い‥‥
相手は、苦痛に僅かに顔をしかめただけだった。
相手の銃が、拳を突き出して崩れた姿勢の奈由に向けられる‥‥と、空気が唸った。
「大丈夫か!?」
鞭の一撃が、奈由の眼前にあった銃を跳ね飛ばしていた。桐生の支援‥‥それに感謝しつつ、奈由は目の前の相手に、改めて一撃を叩き込む。
「ありがとう」
「良し‥‥」
窮地を脱した奈由に、桐生は頷いた。
だが、もはやこれ以上は打つ手がない‥‥魔術で敵に幻覚を見せたとしても、それは一時しのぎに過ぎないだろう。
「まいったな‥‥」
桐生は、戦況がもはや絶望的な事に気付き、舌打ちをしていた。
●救出
「さてと‥‥助けに来た。お礼は二人のメイド服姿で良いぜ」
美香子とファルナが閉じこめられていた部屋‥‥そのドアを開けたのは田中だった。
「田中さん!」
「他の皆さんは!?」
歓喜の色の混ざる声を上げる二人に、田中は安堵した。
他人を心配できるくらいなのだから、二人はそれほど酷い目にも遭わなかったのだろう。
「外で戦っている。その隙に、俺達は逃がさせてもらう」
田中は素早く答えると、部屋の中に入って小刀で二人を縛る縄を切った。
他の者達が攻めてきたからこそ得られたこの救出のチャンス‥‥それを無駄にする事は出来ない。
明らかに戦力不足‥‥もはや、この戦いは自分達の負けだろう。だが、この二人だけは逃がす。
「君らを安全なところに逃がしたら、皆の助けにいくさ。大丈夫‥‥殺しても死なないだろ」
言いながら田中は二人の手を取って引いた。
「こっちだ‥‥急いでくれ」
●夕日のマシンガン
死を覚悟した御柳‥‥だが、銃声の後にその死は訪れなかった。
「よぅ、若いの‥‥生きていたか?」
御柳は、夕日を背負ってそこに立つ男を見た。
皺の刻まれた顔、黒のスーツに帽子‥‥手にしたトミーガンから上がる硝煙。そして、倒れ伏すヤクザ達。
「行けよ。下で、シュラインが車を用意している。後は俺に任せろ」
「あ、ああ‥‥」
御柳は、自分がその男‥‥トミーガンの政に呑まれたのを感じていた。
ただ一言いうと、御柳は永萌の体を抱いたまま苦痛に喘ぎながら下山していく。
その背を見送った後、政はササキビに言った。
「そこの窪みの所に高屋敷が倒れている。運んでやってくれ」
「わかった‥‥戻ってくるから、それまでは死ぬな。死に様を見せてくれるのだろう?」
ササキビは言って、倒れている任那の下へと走る。
そして、政は歩き始めた。夕日と血に赤く染められた土の上を‥‥
「まだ! まだだ!」
もう何人目になるのかもわからないヤクザの手から、鞭で銃をたたき落とした。
だが、銃を落としても、その気になれば幾らでも補給が出来る。余程酷く手を傷つけられれば別だろうが‥‥
「殺すつもりでやっておけば良かったな」
鞭は基本的に非殺傷武器だ。鞭で殺すのは不可能ではないがなかなか難しい。
桐生は、つくづくこういった真正面からのぶつかり合いにあわない自分に溜め息をつく。
「この場に必要なのはやっぱり、インディじゃなくて、ランボーだったな」
くだらないと思いつつも、これが末期の言葉になるのも悪くないかとチラと思った。
そして桐生は足を止める。その背後には、疲労の末に膝をついた奈由がいた。
「OK。ここまでだ」
言いながら鞭を捨て、手を挙げる。もはや、勝ち目など無い。
「あんたが金村か?」
今まで組員達の背後に居、鋭い一撃を放ってきていた男。だが、倒れ行く組員達の前には決してでない男‥‥その男が、勝負の決まった今になって桐生達の前に来ていた。
「いや、それは通名だ。本当の名前じゃない」
金村はニヤリと笑った。
「さて、なかなか楽しませてくれると思っていたが‥‥ここまでか。まあ、銃も無しにここまで良くやったというところだな」
「残念だ。あんたの下品な顔を鞭でひっぱたいてやりたかったがね」
桐生は軽口を叩く。もはや、何を言っても一緒だ。組員達の銃口は全て自分達に向けられている。
金村は勝ち誇った表情で言った。
「代わりと言っては何だが‥‥銃弾をくれてやる。有り難く死ね」
言いながら、金村の指がライフルの引き金にかけられる。桐生は、自分の人生の終焉に溜め息をつき、目を閉じて死を待った。だが‥‥
「そこまでだぜ‥‥金村」
目を開ける。桐生がそこに見たのは、夕日の中に立つトミーガンの政。
「な‥‥爺い」
金村が驚きの声を上げる。その前で、トミーガンの政は口端を上げて笑った。
「幕引きにしよう」
無造作に前に向けたトミーガンが、銃弾を吐き出す。
慌てふためいて無様に地に転がった金村の背後で、ヤクザ達が次々に倒れた。
「や、やれ! 爺いを殺せ!」
叫びながら、組員達の足下を這いずるようにして逃げ出す金村‥‥組員達はその命令に従い、トミーガンの政に全ての銃を向けた。
トミーガンの政は、まるで銃弾が自分には当たらないと確信して居るかのようにドラム型の弾倉を交換しながら歩みを進める。
そして、手に持ったトミーガンをヤクザ達に向け、無造作に引き金を引いた。
ヤクザ達は、跳ねるように身を躍らせ、次々に倒れていく。
しかし‥‥それがそう長く続く筈もなかった。
トミーガンの政の上体が揺らぐ。同時に血が散った。足が止まる‥‥そこに、二発、三発と撃ち込まれ、その度にトミーガンの政の体は揺れる。
「死んでしまう‥‥」
その姿を見た奈由が声を上げる。そして、トミーガンの政を救おうと駆けつけようとした。
だがそれは、いつの間にか来ていたササキビの手によって止められた。
「どういう‥‥」
「あの人は、見ていろと言った。あの人の最後の戦いを‥‥その戦いを邪魔する事は、私が許さない」
政の方に目を向け続けたまま、ササキビは奈由に言う。
「見ろ‥‥まだ、夕日は沈んでいない」
奈由は政に目を戻した。
トミーガンの政は倒れてはいなかった。
次の瞬間、トミーガンを構え直すと再び銃弾を放つ。再びヤクザ達はトミーガンの吐き出す銃弾の雨に打たれた。
全身を撃ち抜かれ、自らの血煙に染まりながらも銃を撃ち続けるトミーガンの政。
そして‥‥遠く、銃声が響いた。
「‥‥草間」
桐生が銃声の方向を見る。
今、沈み行こうとする夕日‥‥その中に誰かいた。赤い光の中‥‥銃を撃ち放つ男。
「紅‥‥」
トミーガンの政の顔に笑顔が浮かんだ。
「昔のまんまだな‥‥」
二人の銃撃は、ヤクザ達を次々に倒していく。
「ひ‥‥ひぃっ!」
悲鳴を上げて逃げ出したのは金村だった。
組長が逃げるのに気付いた組員達は、皆が一斉に逃げに転ずる。
トミーガンの政はトミーガンを構えなおした。
「だがな、夕日って奴は、必ず沈むのさ‥‥」
最後の弾倉から、最後の銃弾が吐き出される。
その行き着く先で、必死で逃げていた金村の姿が無様に踊った。
そして‥‥夕日の最後の一片が消える。
トミーガンの政は、ゆっくりと銃を下ろした。
「‥‥‥‥トミーガンの政」
張は、戦い終わったその場所に姿を現した。
桐生や奈由は、新しい敵の出現に身構える。もちろん、政の代わりに戦うつもりで。
だが、張はトミーガンの政に向けてただ聞いた。
「聞かせてくれ。何の為に、戦っている?」
返事はない。
「おい‥‥」
張は政に歩み寄り、その体に銃を突きつけようとして‥‥気付いた。
既に政は死んでいた。立ったまま‥‥そして、銃を握りしめたままで。
その表情に苦痛の色はなかった。
「答は‥‥得られないか」
「お前もガンマンなら銃で問うべきだったな」
落胆の声を上げた張に、ササキビの手の中の拳銃が向けられる。
「この人は多くを語っていた。お前にそれを聞く耳が無かっただけだ」
「かもしれないな‥‥」
張は自嘲に笑い、銃をホルスターに戻すと皆に背を向ける。
「紅の答も聞きたかったが、もう何処かへ行ったようだ。俺は‥‥退散させてもらう」
張は夜闇の中へと消えていった。振り返る事もなく。ただ、老雄の死に黙祷を捧げつつ‥‥
●旅立ち
墓の前には新しい線香が立っていた。
墓には、政の骨と共にあのトミーガンが納められている。最後まで銃と共にあった男の墓標として。
「救えなかった‥‥」
墓の前で泣きじゃくる美香子を痛々しげに見て、奈由は悔しげに呟いた。
だが、その傍らに立つ桐生は言う。
「救えたさ。救えたとも。そうだろう?」
話を振られたのはササキビ‥‥彼女は静かに頷いて言った。
「長らえるべき人じゃなかった。戦いの中で死ぬ‥‥それが彼にとっての幸せだった」
「じゃあ、残された人はどうするの!?」
奈由の当然の問い。だが、ササキビは首を横に振る。
「残される人間は悲しみに耐えるしかない。自分が悲しいから‥‥辛いから、相手にとって苦痛でしかない生を願うなんて、勝手な話だとは思わないか?」
その問いかけに答える者は居なかった。
と‥‥美香子が立ち上がり、皆に頭を下げる。
「‥‥‥‥皆さん、本当にありがとうございました」
美香子は他には何も言えず‥‥ただ黙り込む。
本当ならば、他に言うべき言葉も有るのだろうが、今は悲しみがいっぱいで思いつかなかった。
かといって、言葉を返す側も何も言えない。今は何を言っても、美香子の心の傷に障りそうで。
奇妙な無言の時間が過ぎる‥‥
「あ、皆さん、ここにいたんですか?」
駆け寄る綾和泉の声が沈黙を破った。皆は救いを得たかのように小さく息をつき、綾和泉を見る。
「怪我で治療していた人達が、ちゃんとした病院に入れました。これでもう、大丈夫ですよ」
晴れ晴れとした表情で言う綾和泉。
傷は綾和泉が既に治していたのだが、やはり衰弱の方が酷くて入院は必要だったのだ。
「それに‥‥シュラインさんが」
綾和泉が言いかけたその時、離れた場所でクラクションが鳴る。
そちらを見ると、シュラインと田中を乗せた車が、エンジンをかけたまま止まっていた。
「みんな! 武彦さんの行き先がわかったわよ! やっぱり、かもめ丸っていう船にギリギリで乗っていったらしいわ!」
窓から身を乗り出したシュラインが、皆に呼びかける。
それを聞き、美香子は少し寂しげに微笑んだ。
「お別れ‥‥ですね」
「美香子さん‥‥」
ファルナが、少し心配そうに美香子を見た。
美香子は墓にチラと目をやって言う。
「大丈夫‥‥これくらいでへこたれていたら、おじいちゃんに笑われちゃうわ」
そう言って美香子が浮かべた笑顔には、悲しみの中から立ち上がろうとする美香子の強さが隠れていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
0086/シュライン・エマ/26/女/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0158/ファルナ・新宮/16/女/ゴーレムテイマー
0173/武神・一樹/30/男/骨董屋『櫻月堂』0213/張・暁文/24/男/サラリーマン(自称)
1098/田中・裕介/18/男/高校生兼何でも屋
1166/ササキビ・クミノ/13/女/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
1207/淡兎・エディヒソイ/17/男/高校生
1439/桐生・アンリ/42/男/大学教授
1537/綾和泉・匡乃/27/男/予備校講師
店長
1669/朝生・永萌/17/女/舞師(兼高校生)
1703/御柳・紅麗/16/男/死神&高校生(不良)
1735/高屋敷・任那/18/女/退魔剣士(大学生)
1756/相楽・奈由/27/女/貧乏スポーツインストラクター
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■ ライター通信 ■
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我ながら血を流し過ぎかもしれない‥‥
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