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■褌よさらば■

里子
【0625】【橘神・剣豪】【守護獣】
 何時の間にかそれはふわふわと視界の端を漂う。
 真っ白なものが視界を掠めて去る瞬間、去られた者もまた真っ白になる。
 拒否するのだ――脳が色々。
「なんだそれは?」
「こっちが聞きたいわ」
 足元にじゃれ付いてきている(縋り付いてともいう)三下を容赦無く蹴り飛ばし、麗香はカップの中身を啜った。ほんの少し眉を顰めたのは暴力行為に対する後悔では断じてなく単にカップの中身のコーヒーが些か濃すぎた為だろう。
 その辺りを嫌というほど把握している草間は蹴り飛ばされた三下には目もくれず、ついでに麗香の抗議する目も取り合わず、先刻の問いを繰り返した。
「で、だから一体なんなんだそれは?」
「だからこっちが聞きたいのよ」
 都内のあるマンションに最近蔓延している不可解な怪談。
 それは気がつくと視界の端にある。『それ』はふわふわと宙に浮きそしてふっと視界から消え去る。
 消え去る瞬間に途方もなく空気が白くなることをして。そして被害者の耳には『……違うのぅ……』と言う恨めしげな声が聞こえる、というのだ。
「へんしゅうちょおおおおお、くさまさああああああん」
 ひっくひっくとしゃくり上げる三下を顎で示し、麗香は眉間に皺を刻んだままコーヒーをもう一口啜った。草間はふんと鼻を鳴らす。
「それで『その』被害者なわけか、ソイツも?」
「そういうことね。ところで……」
 麗香はじろりと草間を一瞥した。
「濃いわ、このコーヒー」
「嫌なら飲むな」
 不機嫌そうに草間は言った。

「しかし一体なんなんだそれは」
 草間の声には呆れの色が強い。

 それは気がつくと視界の端にある。『それ』はふわふわと宙に浮きそしてふっと視界から消え去る。
 消え去る。行き成り男性の下半身に巻き付いてくるのだ。そして次の瞬間本当に消え去る。被害者の耳には『……違うのぅ……』と言う恨めしげな声が聞こえる、という。

『それ』は一体なんだ? そして『それ』は一体何が『違う』と言うのだろう?
褌よさらば

 ところ麗らか草間興信所。
 残暑は厳しく日差しは眩しくとも、文明の利器のおかげで事務所内は快適だった。それが目当てか、本気で仕事を求めてか、興信所には入れ替わり立ち代り人が訪れる。厳密にその総てが人かといえばそれは異論のあるところだろうがそれは一先ず置こう。
 つまるところ興信所は、今日も獲物には困っていなかった。
 それは気がつくと視界の端にある。『それ』はふわふわと宙に浮きそしてふっと視界から消え去る。
 消え去る。行き成り男性の下半身に巻き付いてくるのだ。そして次の瞬間本当に消え去る。被害者の耳には『……違うのぅ……』と言う恨めしげな声が聞こえる、という。
「……? 何だかよくわからないんだが? ああ、日本の古い下着だっけ? で、それが何だって?」
 ソファーに悠然と腰を下ろし問い掛けてくる青年に草間は胡乱な視線を投げた。
「なにとはご挨拶だな? 俺が話を切り出している時点で察しはつかないのか?」
 馬鹿めとでも言いたげな目で草間は青年――ライ・ベーゼ(らい・べーぜ)を見やる。
 しかしその挑発に乗ったのは、ライではなかった。
 わんわんと草間の足元から吼え声が聞こえる。
「で、だからその白いもんってなんだ! 美味いのか?」
「……食うのか?」
 思わず想像してしまったらしいライが口元を押える。その顔を不思議そうに見上げたのは、何というか、犬、だった。
 オレンジ色の愛らしいポメラニアンはわくわくと瞳を輝かせて、ライと草間を交互に見やる。
「なぁなぁなぁなぁ! 美味いのか? 食えるのか!?」
 わんわんと吼えつつ千切れんばかりに尻尾を振るこの犬の名は橘神・剣豪(きしん・けんごう)。見ての通り、化け猫ならぬ化け犬である。
「だから下着だといっているだろう。食えん」
 ライがそう言ってやると、剣豪は目に見えて萎れた。ぱたぱたと振っていたシッポの動きは止まり、耳が寝てしまっている。
「まあ、食えないがな。この幽霊をなんとかすれば多少の食い物なら手に入るだけの金が入るぞ?」
 ぴんっ!
 草間の声に寝ていた剣豪の耳は俄然跳ね上がった。
「ホントかっ! ホントだな!? 嘘だったら噛むぞ!」
「ああ本当だ」
 機嫌よく応じながら草間がほくそ笑むのを見たライはそこにこの男の本音があるのを感じた。
 つまりつまりつまり要するに。
 自分は何が何でも行きたくないのである草間は。
「おい――」
 ライが文句を言いかけた、その時すでに遅かった。
 ちょこちょこと床をかけた来た剣豪がライの足元に蹲り力の限り尻尾を振っている。
「早く行くぞ行くぞ! 行かないと噛むぞ!」
 言うなりライのスラックスの裾を噛み、剣豪はその小さな体で懸命にライを引っ張る。
「いやお前もう噛んでるだろ?」
 うーわん!
 吼える剣豪は既に人語を話す気も無いらしい。
 小動物に勝てる人間というものは、実のところ少ない。
 ライは諦めてお供を決意した。

 件のマンションは住宅街の中にあった。古くも無くまた新しすぎる事もない。適度に生活の匂いのする、住み易そうな印象である。
 ライはそのマンションを見上げ溜息を吐いた。
 適度に日も暮れてきている。この中に入れば、考えたくはない考えたくは無いのだが何かの襲撃が確実にある。
「気は進まないけどな」
 ひゅっとライが口笛を吹く。剣豪はそんなライを不思議そうに見上げた。
「なんだなんだ?」
「まあちょっと保険をな。因みに保険は食えないからな」
「なんだそうか」
「冗談なんだがまともに受けるかおまえは」
 残念そうにくーんと鳴く剣豪に、ライは思い切り額を押えた。
 そんなこんなと脱力漫才を演じている内にひゅいっとライの肩に何かが止まる。姿は鴉。実体は使い魔である所のマルファスだ。
「マルファス、いいか、今だけ首輪を外してやる。白くて長い布が出現したら、羽ばたきで吹き飛ばすんだ。いいな?」
「…へ?なんだそりゃ?」
「いいから言われた通りにすればいいんだ」
 妙に切羽詰ったライの声に人語を解する鴉が小首を傾げる。
 その心温まる(何故)会話に剣豪が唸り声を上げた。
「お前嘘つきだろ実は」
 うーと唸って威嚇してくる剣豪を、ライは不思議そうに見下ろした。
「何故だ?」
 わんわん!
「だってそれ鳥じゃないか! 食えるぞ鳥美味いぞ鳥!」
「……おい」×2
 悪魔とその飼い主は同時にポメラニアンに突っ込む。
「鴉と鳥は似て異なるものですねえ」
「いやそれも問題違うと思うけど」
 のんびりとした声と突っ込みが割って入った。
 三人と一匹と一羽は顔を見合わせる。
「察するに、アレか? ご同輩というやつか?」
「ああ、まあ褌といっても彷徨ってる奴ほっとく訳にも行かないだろ」
 突っ込みの主、陵・彬(みささぎ・あきら)が答える。それにのんびりとした声の主、久遠・樹(くおん・いつき)が大きく頷いた。
「人助けですね」
 スイマセン嘘っぽいです。
「ま、とにかく行こうぜ。いかねーと食いもん買えねーし!」
「食い気しかないのかお前は」
 疲れたようなライの突っ込みに、剣豪はわんわんと鳴いて尻尾を振った。
 それは肯定以外の何ものにも見えなかった。

「しかし化けてでる褌なんて話は始めて聞いたけどな」
 彬がぼやく。
 件のマンションの中は外見と同様、落ち着いた雰囲気が漂っていた。ただ人気は少ない。やはり幽霊がでる等と言う噂はこのマンションを訪ねてくる人々の足を多少なりと遠のかせているようだ。
「九十九神などの話もありますからね。まあ恐らくはその辺りだと思いますが」
 わん。
「そーだな。無理矢理つけられたら邪魔だよな。俺からしたら下着なんてウザいモンよく穿くよとか思うけど」
「つけられたことあるのか?」
 ライの声にわんとまた剣豪は吼える。
「雌じゃないから無いけどあれ邪魔だぞ絶対」
 発情期になると雌は対処が必要だが剣豪は生憎と雄だ。いやそれ以前に化け犬にそういった犬の生理現象がしっかり残っているのかは謎なのだが。
 兎も角雌犬がつけさせられているのは見た事があるらしい。想像するだけでぞっとするようだ。
「しかしなんだってわざわざ……」
 樹が言いかけた、その時だった。

 何時の間にかそれはふわふわと視界の端を漂う。
 真っ白なものが視界を掠めて去る瞬間、去られた者もまた真っ白になる。
 拒否するのだ――脳が色々。

 それは素早く飛んだ。逃げる暇も避ける暇もありはしなかった。
 そして――

 誰もが動きを止めた。
 まず最初にそれが狙ったのはライだった。
「マルファスっ!」
 叫んだ時すでに遅し。
 その真っ白な物体はライの下半身にしっかり撒きついている。
「……服の上からってのも結構シュールだなー」
 すっかり度肝を抜かれた彬がしみじみ呟いた。
 真っ黒な衣装に真っ白な褌その見事な葬式カラーに皆の心は釘付けである。
「お前はーっ! 言っただろう弾き飛ばせと!」
「それは褌なら褌って先に言えよ!」
「言えるかぁ! 言ったら確実にお前働かないだろう!」
 面白がって。
 その通りである為に鴉もまた黙る。
 うーわん!
 剣豪が鳴いた。
 バッチリしっかり閉まっていたはずの褌はその言い争いの内にターゲットを変えている。
 狙うは、
「――ほう?」
 久遠樹その人。

「……まさか幽霊素手でふんづかまえた上に塩酸たらす人がいるとは思わなかったよ俺も修行足りないよな」
 後日談:陵彬

「天罰だ」
 後日談:ライ・ベーゼ

「わん。」
 後日談:橘神剣豪

『しくしく。ごめんなさいなのぉ』
 穴だらけになり所々変色したそれは、樹の手から逃れ空中にふわふわ浮いている。
 微妙に樹と距離と取った(怖いらしい)剣豪が、それを見上げる。
「なーそれでお前何が違うって言うんだ?」
『違うのぅ。もっと垂れててしわしわなのう』
「……垂れててしわしわ」
 何のことだか分かってしまったライは遠い目をすると同時に内心胸をなでおろした。これで当たりなどと言われていたら正直言って立ち直れない。まだ垂れる年でもしわしわな年でもない。(皺がないという意味ではないが)
 泣声らしきものをあげながら語る褌の言葉ははっきり言って要領を得なかったが、聞いていく内に断片的な情報をつなぎ合わせることは出来るようになった。
 つまり愛用してくれていたおじいちゃんのお宝がなくなってしまった(亡くなったからである)ので、そのおじいちゃんのお宝を捜し求めているらしい。
「それはそれは」
 樹がにっこりと笑うと褌は目に見えて震えた。はっきり言って怖い。怖すぎる。
「でもまあ、この人たちも、今まで襲った人たちも違ったんだろ?」
『全然違うのぅ……』
 しくしくと褌は泣く。
 わん。
「ってことはもうこの辺にはいないんじゃないのか?」
 もうこの世の何処にも居ないのだと言う切ない現実を今一つ分かっていない剣豪が無責任に言う。しかしそれに褌は目に見えて反応した。どのくらい目に見えてかと言うと塩酸かけられて開いた穴が復活するくらいにはである。
『そう、なのかなあ?』
「……どうだろうな」
 ご立腹状態の治まっていないライは突き放すように言う。褌は『うんっ』と頷いた。(布がぺたりと折れたともいう)
『なら、また元気に探すのぅ。どこかであったら宜しくなのぅ』
「いやよろしくはあんまりしたくな……」
 彬の声が終わるより早く、褌の姿は掻き消えていた。

 わん。
 彬に連れられて興信所へ『食い物を買うお金』を貰いに来た剣豪は小首を傾げていた。
「男なら襲うはずだろ。何で俺は襲われなかったのかな?」
「……先に暴走した人が居たからじゃないのか?」
 疑問系でそう返しつつ、彬は溜息をついた。
 そりゃ犬にしめて貰おうと思う褌もあるまいよ、と言う言葉は飲み込んで。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1712 / 陵・彬  / 男 / 19 / 大学生】
【0625 / 橘神・剣豪  / 男 / 25 / 守護獣】
【1576 / 久遠・樹  / 男 / 22 / 薬師】
【1697 / ライ・ベーゼ  / 男 / 25 / 悪魔召喚士】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、里子です。発注ありがとうございました。

 このゲームノベルは再度の受注となったわけですが、今回は被害者てんこもりでワクワクしておりました。
 被害者に当選された方申し訳ありません強く生きてください。<おい

 今回はお待たせして申し訳ありません。
 また機会がありましたら宜しくお願いいたします。