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■失くした本の恨みに耐える一日を詠みける■ |
海月 里奈 |
【0026】【プティーラ・ホワイト】【エスパー】 |
街の一角にある、小さなカトリック教会の聖堂で。
とにかく彼女は――シスター・カタリナは不機嫌であった。
「カタリナ〜。ごめんって。ほんっとうごめんってばぁ。だから許して、ね? 探すから! いや本当探すから許してぇ……」
許しを請う男の姿がかなり情け無い。しかし、カタリナの不機嫌さは、その情けなさを遙かに上回っているらしい。全く口も開かずに、黙々と凄まじい速さで本を捲りに捲ってゆく。
「カタリナってばあ……」
勿論、謝っているからには、男にも――フォルトゥナーティ・アルベリーネ神父にも、シスターが不機嫌な理由がわかっていた。
しかも、自分が一方的に悪いであろう事も。
あぁっ、主よ。だから僕はお掃除が嫌いなんだっていったらもう……!
しかし、今更嘆いたところで時遅し。フォルの失くしたカタリナの本は、呼んだ所で返事をして現れてくれるはずもないのだから。
今日の朝、珍しく神父は教会の大掃除をした。
「だってさ、ちっちゃかったんでしょ? 赤い表紙の……そんなの見てないって――」
その後、何事も無かったかのように午後のティー・タイムを二人で満喫し、暫く。
カタリナが、騒ぎ始めた。
「……すみません、僕が悪かったです。悪かったから許して、ね? カタリナってばあああああ」
曰く、大切な本が無いとの事。しかもそれを置いておいた場所が、今日、神父の掃除した棚の中だったと言うのだから、更に性質が悪い。
カタリナの冷え切った視線に、神父はすぐに怖気づきながらも必死で許しを請うた。が、無言の内に棄却され、泣き出しそうに項垂れる。
――あぁ、僕としたことがっ!
カタリナが本の虫であり、蔵書に異様な愛着を持っている事は、彼女との付き合いの長い神父の良く知る所であった。
所であったと言うのに、
まさかカタリナの本を失くしちゃうだなんて……。
深く、深く溜息を付く。さらにカタリナに一方的な謝罪を続けながら、神父は内心頭を抱えていた。
これはもう……誰かに手伝ってもらってでも探し出さないと……。
★募集予定人数:皆様のプレイング状況によりけりです。
※神父にとっては今後の人生を左右しかねない大問題です。シスター・カタリナは本の虫で、常に本を読んでいるような人物です。上にもあります通り、蔵書には他人を驚かせるほどの執着を持っており、これを探し当てないとフォルが一生許してもらえない事は間違いありません。
ので、フォル神父がカタリナの本を探すのを手伝ってやって下さりますと助かります。カタリナは一見怒っていなさそうですが(無言で本を読んでいるのはいつものことですので)フォル曰く、明らかにぶち切れているようです。
では、宜しくお願い致します。
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失くした本の恨みに耐える一日を詠みける
街の一角にある、小さなカトリック教会の聖堂で。
とにかく彼女は――シスター・カタリナは不機嫌であった。
「カタリナ〜。ごめんって。ほんっとうごめんってばぁ。だから許して、ね? 探すから! いや本当探すから許してぇ……」
許しを請う男の姿がかなり情け無い。しかし、カタリナの不機嫌さは、その情けなさを遙かに上回っているらしい。全く口も開かずに、黙々と凄まじい速さで本を捲りに捲ってゆく。
「カタリナってばあ……」
勿論、謝っているからには、男にも――フォルトゥナーティ・アルベリーネ神父にも、シスターが不機嫌な理由がわかっていた。
しかも、自分が一方的に悪いであろう事も。
あぁっ、主よ。だから僕はお掃除が嫌いなんだっていったらもう……!
しかし、今更嘆いたところで時遅し。フォルの失くしたカタリナの本は、呼んだ所で返事をして現れてくれるはずもないのだから。
今日の朝、珍しく神父は教会の大掃除をした。
「だってさ、ちっちゃかったんでしょ? 赤い表紙の……そんなの見てないって――」
その後、何事も無かったかのように午後のティー・タイムを二人で満喫し、暫く。
カタリナが、騒ぎ始めた。
「……すみません、僕が悪かったです。悪かったから許して、ね? カタリナってばあああああ」
曰く、大切な本が無いとの事。しかもそれを置いておいた場所が、今日、神父の掃除した棚の中だったと言うのだから、更に性質が悪い。
カタリナの冷え切った視線に、神父はすぐに怖気づきながらも必死で許しを請うた。が、無言の内に棄却され、泣き出しそうに項垂れる。
――あぁ、僕としたことがっ!
カタリナが本の虫であり、蔵書に異様な愛着を持っている事は、彼女との付き合いの長い神父の良く知る所であった。
所であったと言うのに、
まさかカタリナの本を失くしちゃうだなんて……。
深く、深く溜息を付く。さらにカタリナに一方的な謝罪を続けながら、神父は内心頭を抱えていた。
これはもう……誰かに手伝ってもらってでも探し出さないと……。
I
「ねぇねぇ、一番最後にその本見たの、いつ?」
不意に聖堂に駆け込んできたのは、年の頃なら十代前半。赤い髪と瞳の元気な、一人の愛らしい少女――否、少年であった。
来栖(くるす)・コレット。
フォルも最初にコレットを見かけた時は、女の子と勘違いしそうになってしまったのだが、曰くこれでも列記とした男の子、なのだと言う。
「話、聞いちゃったんだけ――」
「あぁ、コレット君……手伝ってくれたら嬉しかったりっ!」
嗚呼、主よ、助け舟がやってきましたっ! と言わんばかりに、フォルは唐突にコレットの両手をぎゅっと握った。思わず身を引くコレットに、
「お願いしますっ! このままじゃあ僕真面目に人生ヤバイかも……あの棚にあったとかゆーカタリナの本失くしちゃって……カタリナ、怒ると怖いんだよね」
一瞬だけカタリナの方へと視線を飛ばすと、じっとその視線をコレットへと向けた。
――あまりにも、真摯な視線。
たかがもの探しを頼むだけで……どーしてこうも……
「まぁ、本探しくらいなら僕でも手伝えるかな……」
「だよね! うん、お願いするよ! 本当お願いするからね! 僕も必死に探すからっ!!」
握った手を、ぶんぶんと上下に振られる。やたらとある意味高ぶっているフォルに、コレットは思わず引きつり笑いを浮かべながらも、
「まぁ、昨日泊めてもらったし、そのくらい――」
小声で、答える。
しかし。
聞いてない。聞いてないよこのヒト……!
あまりにも嬉しかったのか、フォルの方は遠くの神様に祈りを捧げるばかりで、全くコレットの話を聞こうとはしない。
と、
「あー、カタリナちゃん、お久しぶりっ!」
不意に、聖堂の中へと入ってきたのは、一人の少女と青年であった。
青年に手を引かれて来ていた少女は、カタリナの姿を見かけるなり、刹那その手を振り払い、彼女の方へと駆け寄って行く。
プティーラ・ホワイト。
光に輝く銀の瞳に、同じ色の肩まで伸びるさらさらのストレート。ふわりふわりと遊ばせながら微笑む姿に、白を基調とした服装がどこか愛らしい天使を彷彿とさせるかのようだった。
「お久しぶりです、プーちゃん」
「んー、カタリナちゃん、ちょっと不機嫌そうだね? どうしたの?」
「あの馬鹿神父が私の本を失くしてくれたんですよ……」
プーの登場により、ようやく口を開いたカタリナが、怒りを露にフォルへと視線を投げ飛ばす。刹那、ぞわりと身を震わせたフォルは、慌ててもう一人の同伴者の方へと駆け寄って行った。
誤魔化すかのように、青年の――キウィ・シラトの手を取ると、
「キウィさん、お久しぶりですねぇ。いやぁ、」
「今日は屋根の方も気になったんで来てみたんですけれど……どうやら又何かあったようですね、神父」
青年が軽く苦笑するのにあわせ、するりと長い粉雪色の髪が肩から滑り落ちた。黒肌に、留めるのを苦手とするボタンは開いたままに、長い上着が良く映えている。
その赤い瞳に、少しだけ悪戯っぽい色が映り込んでいた。
「ええ、そこでカタリナがプーちゃんに愚痴ってる通りですよ……僕、カタリナの本失くしちゃって……!」
「本……あ、そうでした。私、カタリナさんに面白い本を持って来たんです」
言って、神父を連れてカタリナの方へと歩み寄ると。小さな手提げから一つの包みを取り出した。
「お久しぶりです、カタリナさん。今日は面白い本があったので持ってきてみました――絵本なんですけれど、きっと気に入っていただけるかと思って」
絵本は何も、子どもに向けられたものばかりではない。絵本というものの芸術性を、
きっとカタリナさんなら、わかっているでしょうからね。
小さな兎の物語。密かなブームを呼んでいる本は、きっとカタリナにも気に入ってもらえるはずであった。
「ありがとうございます、キウィさん。先日共々、どーやら本日もご迷惑をおかけする事になりそうですけれど」
どこまで先を見越しているのか、俯くフォルに厳しい視線を向けながら、カタリナが軽くキウィに謝罪した。それでも本は嬉しそうに受取りながら、
「でも、ありがとうございます。後で読ませていただきますね」
「いえ、お礼でしたら、膝枕で良いですか――」
「えー、何? プーちゃん手伝ってくれるのぉっ?!」
キウィの言葉の何に焦ったのか、わざとらしく声をあげて、フォルはキウィの言葉を遮った。途端、ふぅ、と溜息を吐き、カタリナは再び椅子に腰掛けると本を読み始めてしまう。
何があったのかなぁ? とフォルの様子を疑問に思いつつも、プーは一つ頷くと、
「うん、良いよ。でもフォル、またやったんだぁ。カタリナ怒らせたら教会維持できないでしょ〜に……」
「まぁ……そうなんだけどね……でも、良かった。とっても心強いなぁ」
「神父、私も手伝いますよ」
「わぁ、本当ですかっ! ありがとうございます!!」
プーとキウィとの言葉に、フォルは感涙しかけながらもお礼の言葉を返す。
「でも、どんな本なんですか?」
このままじゃあ、あまりにも神父、可哀想すぎますからね。
思いつつ問うキウィに、
「赤い本で、小さめです。表紙には金の文字――ハードカバー。特徴は、そのくらいです」
淡々と答えたのは、文字から目を話もしない、カタリナの淡々とした言葉であった。
「そっか、わかった。フォル、心当たりないの?」
「いえ、今日は掃除なんかしたもんだから……全然わかんなくて」
「それじゃあプー、まず外のゴミ見て来るね! 捨てられてたら鬼が生まれる〜!」
聞いた途端、プーは外へと駆け出していった。その後姿を優しい視線で追いながら、
「プー、随分と楽しそうでしたね」
それじゃあ私も一緒に見て来ますね――と、キウィもやおら、聖堂を後にする。フォルもカタリナの姿を後ろ目に、それじゃあ、ととりあえず、台所の方から探そうと聖堂の扉を重く開いた。
その一方、
「……やっぱり、」
ちょっと情報が少なすぎるや――。
その後暫く、小声で呟いたのは、今の今まで過去見に挑戦していたコレットであった。話から聞きだせたのは、棚の位置と本の詳細――時間の要素が、必要であった。
「あの、カタリナちゃん?」
仕方無しに、少しだけ恐る恐る、問いかける。
「何か?」
「あの、その本がいつまでここにあったかわかるかな?」
「……ごめんなさい、そこまではちょっと……私、フォルが掃除をしてたの、見てなくて」
言って再び、本へと視線を戻す。
こりゃあ……ちょっと、無理かなぁ。
過去見に成功さえすれば、割とすぐに見つかると思ったのだが。
地道に探すしかない、か――。
どうやら事の解決までには、それなりの時間を必要としそうであった。
II
「無いですね〜……」
聖堂に戻るなり、うーんと首を捻ったのはキウィであった。ゴミ置き場や、ゴミ箱、台所や戸棚、棚と棚との間までくまなく探してはみたものの、一行に本の見つかる気配が無い。
結果的に集合する形となった面々に、
「次は神父の部屋を探してみませんか?」
悩みながらも提案する。
「あ、それ良いかもね、キウィちゃん。僕も賛成! フォルちゃんなら、掃除の最中自分の部屋に戻ったりしそうだし」
キウィの言葉に、フォルよりも先に同意したのはコレットであった。
「いやまぁ確かに、戻ったよーな気がしないよーなわけでもないよーな」
指摘され、フォルは眉を顰めて思考をめぐらせる。そんな姿に痺れを切らしたのか、コレットがフォルを見上げる。
「考えてる場合じゃないって。とにかく早速、探しに行こうよ! フォルちゃんの部屋は、えぇっと……」
「一階にあるんですよね?」
「うわ、キウィさん、いつの間にそんな事をご存知で――!」
「神父、二階になんて住めないですよね? 随分と高い所、苦手なみたいですから……」
神父の高所恐怖症が根っからのものだと、それはキウィとプーの良く知った所でもある。
不意に、照れる神父の背を、話を聞いていたプーがちょこん、と飛び跳ねて押した。
「それじゃあ決まり! 行こう、フォル! カタリナ、待っててね〜絶対見つけてくるから!」
言って走り出そうとしたプーの背を、
「あの、プーちゃん?」
しかし、ふ、と引き止める声があった。
「ん? 何、カタリナちゃん?」
珍しくカタリナから話しかけられ、プーは違和感を覚えつつもくるりと振り返った。そこには、閉じた本を片手に身を屈めるカタリナの姿が。
プーは、どんどんと遠くなるフォル達の視線に軽く意識を引かれつつも、
「……あの、ね」
珍しくも困ったような視線を、眼鏡の向こうからじっと送られ、
「その……、本が見つかったら、極力フォルには見せないでいただきたいのですが……」
「へ?」
きょとん、とした声をあげてしまう。
カタリナ、それ、どういう――、
「とにかく、中身を見られちゃまずいんです……特に、フォルには」
真摯な面持ちで、呟きかけたプーの肩が叩かれる。
それから、と付け足して、
「できればキウィさんやコレットさんにも見られないようにして下さりませんか? とにかく、お願いします」
女同士のお願いという事で、と付け足して、カタリナは立ち上がった。
「どういう、コト?」
見上げるプーに、
「いえまぁ――見つかったらプーちゃんにだけは教えますから……とにかく、お願いしますね。それじゃあ私、洗濯してきますので……」
「ち、ちょっと、カタリナちゃんっ?」
答える事無く、カタリナは立ち上がると、踵を返して教会の奥へと消えていった。
「……カタリナちゃん?」
随分と生真面目なお願いであった。
事情は、良くわかんないけど……。
小首を傾げ、カタリナの後姿を視線で追う。
もしかして今回のもの探し、ワケ有りだったりするのかなぁ……?
III
「神父の部屋って……」
「それ以上言わないでくださ――」
「汚いねー。もうちょっときちんと掃除した方が良いと思うなぁ」
言いかけたキウィに釘を刺したその途端、コレットにずばりと事実を指摘され、
「……あう」
がっくりと、フォルは項垂れてしまっていた。
確かに、目の前に広がる光景は、決して綺麗だと形容したくなるものではない。あちこちに散乱した本に、テーブルの上に積みあがった様々な資料。何がどこにあるのかは、多分本人にしかわからないのだろう。
「フォル、本当にお掃除苦手なんだ〜」
どこか感心したかのように笑ったプーが、部屋の中へと一歩足を踏み入れる。そのまま正面のテーブルへと真っ直ぐ向い、
「ほら、こんな事するからカタリナちゃんに怒られるんだよ」
本と本との山に埋もれていた、小さな球の長い連なりを引っ張り出した――白い、ロザリオ。聖母に向ける、祈りの為の道具。
「あー、そんな所にあったんだ……」
慌てて駆け寄るフォルの、
「フォルちゃん……」
神父としてあるまじき行為に、コレットは思わず引きつり笑いで名前を呼んでしまう。そのまま成り行き任せに、キウィと同時にフォルの部屋へと足を踏み入れた。
「うーん、やっぱり普段から掃除しとかなきゃ駄目かなぁ……でも僕、掃除とか苦手でさあ……」
「でも限度があると思うんだよね。これは酷すぎだと思うけど……なんかもう樹海みたいだし」
「やっぱりそう思う? 困ったなぁ……だから片付けって嫌いなんだよねぇ。これ、カタリナに言ってもちっともわかってくれないしさ。ねぇ、キウィさんは、どう思います?」
「……とりあえず、使ったものは元に戻す習慣をつけてみてはいかがでし……――っと」
足元に散らばっている本や筆記具やらを踏まないように、細心の注意を払うキウィのバランスが、一瞬崩れる。慌てて持ち直して、ようやく奥にあるいかにも、な感を漂わせる棚へと辿り着いた。
「この辺なんか怪しそうですけれど……心当たりはありませんか? 神父」
「いえまぁ、確かにお掃除の時ここには来てますよ。この前持ってきていた聖歌集を聖堂に戻そうと思って」
身振り手振りをつけて丁寧に説明する神父に、一応許可を求めてから棚の散策を開始する。縦横斜めの規則性が一切無い、本や箱やらを一旦床の隙間に除けながら、キウィは一つ一つのものを確認してゆく。
「赤い表紙の――小さな――……無い、ですね……これも違う――あれも……」
「フォルちゃん、これは違うの〜? ほら、赤くて結構小さい本〜!」
「それは違うんだよね〜、きっと。表紙の文字の色が金だって言ってたから」
コレットの呼び出しに、がさがさと足元を掻き分けながらフォルが答える。コレットから受取った本をざっと確認し、その辺のテーブルの上へと適当に重ねてしまう。
途端、
「そーいう事するから、カタリナちゃんが怒るんだってばぁ」
不意に、テーブル越しに、プーが不機嫌そうにフォルを見上げた。下から本を探してゆくその手を止めて、
「掃除くらいきちんとできなきゃ駄目だよ。聖堂の掃除だってきっとカタリナちゃんが一人でやってるんだよね?」
「うん、だからそう思って、今日はお掃除してみたんだけど……よもやこんなコトにっ!!」
頭を抱えるフォルを無視して、再び山を下から覗き込んでゆく。赤い表紙の、小さな本。金文字の表紙に、中身は――
フォルに見せちゃ、マズいもの?
カタリナの不機嫌さからして、最初は、本の中身はレガッタについてであろうと考えていたのだが、
どうやら違うみたい、だったよね……?
カタリナの様子を思い出す。
『とにかく、中身を見られちゃまずいんです……特に、フォルには』
どういう、コトだろう……。
考え込むプーのその前で、
「ほら、フォルちゃんも探して。早くしないと、日が暮れちゃうよ」
先ほど見つけられたばかりのロザリオを握り締め、嗚呼、主よ、と遠くに向って祈りを捧げていたフォルの僧衣の裾を引っ張り、コレットが促した。
「あぁ、そうだった」
促されて、ようやくフォルが身を屈める。
「僕はそっちの方を探すから、フォルちゃんはこっちをお願いね。ほら、失くしたのはフォルちゃんなんだから、きびきび探さないと」
コレットの厳しい一言に、それでもフォルは、うーんと唸りながらも山を掻き分けてゆく。
「駄目だって、フォルちゃん。そっちはもう確認し終わったやつ! 間違えて重ねたらわかんなくなるよ? まだ確認してないのはこっちだよ?」
……見ているだけで、フォルが根っからの片付け下手である事が、わかるような気がした。
本当、駄目だよねぇ……。
フォルがいじった所だけ、ものがどんどん規則性を失ってゆく。そんな様子に呆れを覚えながらも、コレットはどんどん物を確認してゆき――。
それから、暫く。
沈黙の時が流れ過ぎ、キウィとプーとが、もののついでに、と周囲の整理を終えた頃。
不意に、コレットと一緒に床をさらっていたフォルが、がっくりと項垂れた。
「……もう駄目かも知れない――!」
このままもし、本が見つからなかったとすれば。
僕を待っているのは、そりゃあもう死の恐怖――ぅっ?!
「どうしよどうしよ! 本当マズイよねこれ!」
「まだ諦めるのは早いって。まぁ……見つかるとは限らないけど、探さないよりきっと良いだろうし」
「見つかるとは限らないって! うわぁそんな酷いですよコレット君っ! 僕、僕、この先どーやって生きていけばぁあああああああっ!!」
素っ気なく突き刺さるコレットの一言に、フォルが緑の髪を掻き毟る。いかにも悲しそうな瞳でコレット、キウィ、そうしてプーを見やり――
三人が、一斉に首を横に振った。
「もおおおおおおおおうだああああああめえええええええだあああああああああああっ!!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ、フォル……いざとなったらプー、寝るから!」
「寝るってっ?!」
「予知夢みたいなのに頼るしか!」
「うわ投げやりっ?!」
「失礼なっ! うわヒドいっ! フォル、そんな事言うなんて……! カタリナちゃんに言いつけるんだからねっ!」
「そ、それだけは勘弁してぇ……!」
ぷいっ、とそっぽを向いたプーに、苦し紛れに片手を差し出した神父に、
「まぁ、大丈夫だよ。いざとなったらカタリナちゃんの記憶をいじっちゃえば――」
「それはさすがいまずいって! あぁ、本当どうしよう……!!」
どこか得意気に、コレットが言う。
屈んだ肩を叩かれ、更にフォルは絶望の崖っぷちへと追いやられて行った。
このまま本が見つからなければ、本当にフォルの人生は転落の一途を辿る――可能性が比較的高い。カタリナは、怒り出すと怒鳴りこそはしないものの、
だから逆に怖いんだってば!
本当に許してもらえるまで、一体どのくらいかかるというのだろうか。その上更に怖いのが、影ながらの嫌がらせだったりする。カレーにキノコを入れるか否かで喧嘩した時なんぞ、その数日後の日曜日のミサの説教の時に、教壇に入れておいたはずの原稿が擦りかえられていたらしく、とフォル自身、色々と酷い目に遭ったりもしているのだから。その他にも、ミサ用の服がご丁寧にも二階にしまわれていた事もあった。高所恐怖症のフォルにとって、二階という場所はある意味魔所だというのにも関わらず――。
「神父、元気出してください。一所懸命探せば、きっとカタリナも許してくれます」
「……あう」
そうだったら、僕だってこんなに困らないよぅ……。
半分泣き出しそうになりながら、優しく慰めてくれたキウィの方を見上げる。
途端。
するり、と。
フォルの横を、小さな影が、過ぎった。
「――ぁ、」
呟いたキウィが、踵を返す。驚いたフォルとコレットとはじっと視線をその影に追わせ、プーは素早く微笑むとキウィの後を追った。
その先では、一匹の猫が全員の方を振り返っていた。
「わ、猫っ! あの時の猫だよね? キウィちゃんっ!」
「ええ、確かに……こんな所にいたんだ。良かったぁ、会いたかったんですよ」
やわらかく立ち止まり、ふわりと猫を抱き上げる。前回この教会に来た時に、外でふと出会ったあの時の猫――
プーにも触りやすいようにと、身を屈めて微笑んだ。
「カワイイね! ちょっと大きくなったかなぁ?」
キウィと一緒に、大人しく甘える猫を小さな手で大きく撫でながら、プティーラがぱっと微笑む。
「その子は成長期みたいだから、もしかしたらそうかも」
答えたフォルに、コレットが疑問の視線を投げかけた。
「猫?」
「えぇっと、どうやらこの教会に住み着いちゃったみたいで。可愛がってあげてね? コレット君も」
問われてフォルは、にっこりと微笑み返した。
「少し重くなりましたね。神父、この子にはご飯、あげてるんですか?」
「ええ、カタリナがあげてるみたいです」
「まぁたカタリナちゃんに任せっぱなしなんだね、フォル!」
「……ごめんなさい」
呆れられて、もう一度項垂れるフォルに、キウィがまぁまぁと微笑んだ――その、瞬間の事だった。
たんっ、と猫が、床の上に足を付けた。あまりにも突然の事に、軽くキウィがバランスを崩す。
「あ、危な――!」
叫んだのは、誰だったか。
そうして、
キウィの手の付いたその先に、一冊の本。そうしてその手前には、高く山を積んだ本と紙と小物との山――
「わっ――?!」
キウィの小さな悲鳴に、
轟音とも紛う程の。
山の崩れる音が重なった。
「「き、キウィちゃん――!」」
コレットとプーとが、慌ててその山に駆け寄って行く。埋もれたキウィの上の本をあちらこちらに除けながら、
「本当にだらしないんだから……第一、どうしてこんな所から紅茶の箱が出てくるの? フォルちゃん」
「すみません……」
「人災だよ! 被害者が出たんだよ! これじゃあカタリナちゃんだって怒って当然! ほら、フォルも手伝って! キウィちゃん、大丈夫〜?」
「ごめんなさい……」
謝る神父も、慌てて三人の方へと駆け寄り、ようやく山を掻き分け始める。万年筆に、なにやら色々と書きなぐられたノート。チョコレートの箱に、台所にありそうなトレーが一つ。もう一つ今度は黒いロザリオ、メダイに果ては聖書と、
「神父……やっぱり私、片付け手伝いますね……」
ようやく顔の出たキウィが、疲れた表情で言う。
「あぁ、ごめんなさいすみません悪気はなかったんですっ!」
必死に謝り倒しながら、フォルはキウィの手を取った。そうしてよっこらせっと、キウィの白い髪がするりと尾を引いた――途端、
「あったあああああっ!」
喜びに飛び上がったのは、プーであった。
「あったよフォル! きっとこれだよ! 赤い表紙に金の文字の小さな本っ!」
「あ、本当だ……いかにもそれっぽいよね」
「プー、カタリナちゃんに聞いてくるね!」
コレットの頷きを受け、プーがふわりとスカートを翻す。微笑みと共に足元が遠ざかり、そうして――
「嗚呼、主よ、どうかあの本がカタリナの探していた本でありますように……」
「ねぇ、片付け、僕も手伝おうか? このままじゃあきっと、虫湧いて来るよ、フォルちゃん?」
「そうですね。神父には少し片付けに馴れてもらわないと……」
見つかったばかりの黒いロザリオを握り締め、天へと向けて遠く祈る神父と、それに呆れる二人とが残される事となった。
IV
スプーンを片手に、プーが呆れた溜め息を吐いた。
「フォルはいっつもこうだよね。カタリナがいないと、教会だってやってけないはずなのに……」
「そ、そりゃあまぁ……そうだけど、さぁ」
――あの後。
時間も時間となってしまっていた為に、カタリナの作った食事を台所で囲みながら、五人は色々な意味で盛り上がっていた。
先ほどプーが持って来てくれた本こそ、フォルの失くしたカタリナの本であったらしい。一応、これで一件落着。フォルも今は、落ち着いた表情で水を口にしている。
「本当この神父、駄目駄目すぎて困っちゃいますよね。プーちゃんもキウィさんもコレットさんも……こんなヘタレに付き合わされて……」
「ヘタレって酷いよね! 酷いよねぇ?!」
「――カタリナちゃんも、苦労してるよね」
「えぇ、わかっていただけます?」
流石に食事中は本を閉じ、膝の上へと載せているカタリナは、フォルを無視したコレットの言葉にこくりと強く頷いた。
「でも、良かったね、フォル。あんな大切なもの失くしたら、カタリナちゃんだって怒って当然だもん」
「……あんな大切なもの、って、ただの本じゃないの?」
少しばかり他よりも甘口気味なカレーを口にしながら、プーがにっこりと微笑んだ。
その笑みに、思わずフォルがきょとん、と問いかける。
「僕、中身わかんなかったからさ……プーちゃんは、見てるんだよね?」
「ん、見たけど内緒〜。ねー、カタリナちゃん?」
「ええ、絶対に教えません」
断言すると、カタリナは冷たい水を一口する。そのまま再び口を閉ざし、黙々とカレーを口に運んでいく。
「そういえば、私も聞いていませんけれど」
「隠すような内容なの? カタリナ?」
膝の上にあの時の猫を乗せたキウィと、グラスを手にしたままの神父とがきょとん、とカタリナへ視線を向けた。しかし、全く答えようともしないシスターに、
「もしかしたら、本じゃないのかも? 日記とか、そういう可能性もあるよね」
ぴっ、と指をおったてて、コレットが指摘した。
「だったら、失くされたら怒って当然だよね。何せ、世界に一つしかないわけだし」
「ああ、なるほど」
そういう可能性も、ありますよね。
猫を片手で撫でながら、なるほど、とキウィが納得する。
「事実どうなの? カタリナ」
「フォル、レディーにそーいう事聞いちゃいけないんだよ」
少しだけ身を乗り出して、プーがなおも食い下がるフォルに言い放つ。プーのみはあの本の中身を知っているとは言え、だからこそ、この人にだけは言う気にはなれなかった。
カタリナちゃんの気持ち、わかるような気がするな〜。
甘いジャガイモを一口、ちらりとカタリナへと視線を送る。
『女同士のお願いという事で』
なるほど、そういう意味だったんだよね。
「……うーん、それじゃあ、まぁ、良いけど……」
いかにもフォルにはデリカシーなんてなさそうだし。
ようやく手を引いたフォルに、うーん、とプーが内心考え込んでしまう。
「まぁ、確かに、女性には秘密があって当然ですから」
軽く笑ったキウィに、へぇ、と多少納得できないものがありながらも、フォルは大人しくカレーへとスプーンを差し込んだ。
カタリナの料理って、美味しいんだよね。
これでもカタリナは、家事全般がお手の物なのだから――
「ん、」
しかしフォルの微笑みは、カレーのルーにスプーンの先が飲み込まれていったのと同様に、ふ、と消えていった。
「――あれ?」
「……フォルちゃん、何ショック受けてるの?」
隣から思わず、コレットが問いかける。表情の変化が激しいこの神父の心情の変化は、手に取るようにわかってしまう。
本当、面白いヒトだよね〜。
付き合えば付き合うほど奥が深くなっていきそうな人だと、素直にそう思う。
「このカレー、キノコ入ってないんだもん……」
本気で物悲しそうに、フォルはカレーからスプーンを引き上げた。途端、プーもキウィもコレットもけたけたと笑ってしまう。
「なーんもそんなにショック受けなくても良いんじゃない? キノコが入ってないくらいで」
「……ですよね。ニンジンの無いカレーだって、世の中にはあるわけですし」
「大げさだよね、フォルちゃんは……まぁ、だから面白いんだけど」
笑われて、フォルも少しだけ気まず気に微笑み返した。
三人の笑いに対する気まずさと、カタリナへの恐怖とのその二つに向って。
ちなみに。
それが今回の件に対するカタリナの復讐だとは、三人にとっては知る由もない事であったが――
その夜。
プーを教会の一室に寝かしつけた後、自室に戻り、カタリナは小さく溜息を吐いてた。
ネグリジェに着替え、ベッドの上に横になり。一日がかりで発掘された本を、そっと開く。
「恥ずかしくてフォルには言えませんでしょう……」
蝋燭の光の下で、どこか呆れたように呟いた。
――ある意味、コレットの指摘したとおりだったのだ。
この本は、ただの本などではない。
もっと、大切な――。
「そういえば、フォルと出会ってからもう二年、ね……」
数少ない機会。教会着任後、たった数枚しか撮った事のない写真を、大事にしまい込んでいたのがこの本であったのだから。
偶々聖堂に置き忘れたと思えば、よもやこんな大事件に巻き込まれようとは。
一緒にいるからこそ、その機会がそうそうあるわけではない。フォルの方はどうか知らないが、
思い出くらい、大切にさせて下さいな……。
好きだとか、嫌いだとか。そういう次元の話ではなく、一緒にいるのが当然になってしまっていた。だからこそしかし、たまには思い出を、
「たまに読み返すのだって、面白いんですからね」
小さなアルバムを抱きしめたカタリナの台詞は、夜の空へと静かに溶けて消えた。
ちなみに、キウィとコレットと同室になったフォルが、使えるはずの過去見や透視を使わなかった事について言及され、『そんなの忘れてたんだって! どうしてもっと早く教えてくれなかったのっ!』――と大騒ぎしたのは、カタリナの描いたシナリオの内だったらしい。
Finis
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I caratteri. 〜登場人物
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<PC>
★ キウィ・シラト
整理番号:0347 性別:男 年齢:24歳 クラス:エキスパート
★ プティーラ・ホワイト
整理番号:0026 性別:女 年齢:6歳 クラス:エスパー
★ 来栖・コレット 〈- Kurusu〉
整理番号:0279 性別:男 年齢:15歳 クラス:エスパー
<NPC>
☆ フォルトゥナーティ・アルベリオーネ
性別:男 年齢:22歳 クラス:旧教司祭
☆ カタリナ
性別:女 年齢:20歳 クラス:シスター
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Dalla scrivente. 〜ライター通信
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まず初めに、お疲れ様でございました。
今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はお話の方にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
アナザー・レポートでのお話は、今回で2度目となりました。書けば書くほどフォル神父が阿呆になっていくような気がしますが、彼は今後ともこの路線で突っ走るかと思われます(汗)
>キウィさん
フォルの性格をもの見事に突いたプレイングに、半ば唖然としてしまいました(笑)確かにヤツは焦りすぎていて自分の使える能力の行使など欠片も考えておりません(笑)それを知りつつ言わない辺りがとっても素敵です♪ 確かに一所懸命探した方が印象は良いですしね。
カタリナへの本、ありがとうございました。膝枕は……やっぱり神父としては避けたいようですね(笑)
>プーちゃん
確かにカタリナがいないとフォルは教会をやっていけません(笑)彼にとってカタリナを怒らすという事は、ロープ無しでバンジーをやるのに等しいようです(苦笑)
お茶会ではなく夕食となってしまいましたが……沢山食べて下さると、カタリナとしても嬉しいようです。勿論夕食の後はティータイムですよね♪
今回は唯一の女の子との事で、お話の中で重要な役割となっていただく事になりました。お疲れ様でございました。
>コレットさん
お初にお目にかかります。今回はご参加の方、ありがとうございました。
可愛い系の男の子との事で、このような感じで宜しかったでしょうか……? お話の中では、基本的にフォルにずっぱりさっくりつっこみを入れていただく事となりました。放っておくと駄目駄目路線まっしぐらなんですよね(汗)フォル。
又機会がありましたら、さくさくいぢめて下さると嬉しく思います(笑)
では、短い上に乱文となってしまいましたが、この辺で失礼致します。機会がありましたら、又お付き合いいただけますと幸いでございます。
なお、PCさんの描写に対する相違点等ありましたら、ご遠慮なくテラコンなどからご連絡下さいまし。是非とも参考にさせていただきたく思います。
25 agosto 2003
Lina Umizuki
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