■ロスト・ハイウェイ■
リッキー2号 |
【1286】【ヨハネ・ミケーレ】【教皇庁公認エクソシスト・神父+音楽指導者】 |
「あれを止めてくれ」
男は悲痛な表情で、そう訴えた。
「あれは人の嘆きと憤りを糧に、決して止まることなく走り続ける……そして、邪悪な気をどんどんためこんで……すべてを狂わせはじめるんだ……」
男は壮年の白人だ。クラシックな背広を着て、口ひげをたくわえている。話しているのは日本語ではないようだったが、意味は直接、意識に送りこまれてくるので、理解できる。
「早く止めないと東京が大変なことになる。かつて、あれはヨーロッパを、いや、全世界を焦土へ導くところだったのだから」
男の姿が遠ざかり、かわって、見えてきたのは……夜の、誰もいない高速道路だった。
「今、ウィーンの博物館にあるのは精巧なレプリカだ。本物とすり替えられ、戦時中に、あれは秘密裏に日本に持ち込まれた。当時は敵国だったが、あれを封印するためにこの国の術師たちの力を借りねばならなかったのだ……。それから九十年近くものあいだ、あれは眠りについていたのだが……」
カ――ッ、と……闇を裂いた、ふたつの光。それは怒りに燃える、なにものかのふたつの眼光に他ならなかった。轟音が、近付いてくる。
「頼む…………あれを止めてくれ……」
夢はそこで終っていた。
*
ある人物の死が、ひっそりと新聞の片隅で報じられた。
それは、東京では毎日のように起こっている、何の変哲もない交通事故のように思えた。尊い人の命が失われた出来事であっても、この大都会においては、あっというまに日々の雑多なニュースの中にまぎれていってしまうのが宿命だ。
しかし。
東京の闇の側面を知るものたちであったなら、死亡したのが、宮内庁付の特殊機関に属する、日本でも有数の霊能力者であったことに、不穏な雲行きを読み取ったであろう。そんな人物が、交通事故で命を落したりするだろうか。
そして、その日を境に、同様の立場に属するものたちの、交通事故死のニュースが、連日、報道されるようになる。大半の東京都民が何も知らないところで、この街の運命を左右する壮絶な闘いが、ひそやかに始まっていたのである――。
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ロスト・ハイウェイ
「あれを止めてくれ」
男は悲痛な表情で、そう訴えた。
「あれは人の嘆きと憤りを糧に、決して止まることなく走り続ける……そして、邪悪な気をどんどんためこんで……すべてを狂わせはじめるんだ……」
男は壮年の白人だ。クラシックな背広を着て、口ひげをたくわえている。話しているのは日本語ではないようだったが、意味は直接、意識に送りこまれてくるので、理解できる。
「早く止めないと東京が大変なことになる。かつて、あれはヨーロッパを、いや、全世界を焦土へ導くところだったのだから」
男の姿が遠ざかり、かわって、見えてきたのは……夜の、誰もいない高速道路だった。
「今、ウィーンの博物館にあるのは精巧なレプリカだ。本物とすり替えられ、戦時中に、あれは秘密裏に日本に持ち込まれた。当時は敵国だったが、あれを封印するためにこの国の術師たちの力を借りねばならなかったのだ……。それから九十年近くものあいだ、あれは眠りについていたのだが……」
カ――ッ、と……闇を裂いた、ふたつの光。それは怒りに燃える、なにものかのふたつの眼光に他ならなかった。轟音が、近付いてくる。
「頼む…………あれを止めてくれ……」
夢はそこで終っていた。
1
「ウソだろ……?」
思わず、驚きが口に出た。
蒼月支倉はたまたま、『ゴーストネットOFF』の掲示板をのぞいていたに過ぎない。それは夏休みのある一日の、ほんの気まぐれだった。だが。
――不思議な夢を見たんです。
そんな書き出してはじまるひとつの書き込み。そしてそれに続く、「自分もまったく同じ夢を見た」という投稿。
(僕と同じ夢を見た人が、こんなに……?)
ぞくり、と、不穏な予感のようなものが、少年の背筋をかけぬけた。なにかの前触れ、なのか。
ぼんやりと、ネットサーフに興じていただけの支倉の横顔が、試合中のそれのように引き締まった。バスケットボールを、魔法のようにドリブルする手が、今はキーボードの上をなめらかに動く。
(ウィーン、博物館、レプリカ――)
キーワードが打ち込まれていった。
「哥々!」
明るい声とともに、飛びついてきたのは、賈花霞だ。支倉のいもうと、ということになっている少女である。
「ねーねー、何してんの?」
「ちょっと調べたいことがあるんだよ。おい、くっつくなって」
言いながらも、笑っている。兄妹の仲はたいへん良いようだった。
「哥々」
「ん……」
しまった、『ゴーストネットOFF』を別ウィンドウで開いていたままだった。好奇心旺盛な妹に、余計なものを見せてしまったな、と支倉は内心、舌打ちしたが。
「哥々もこの夢を見たの?」
しかし花霞の反応は意外なものだった。
「えっ、『も』って何だよ」
「花霞も見たよ!」
「うう。こりゃあいよいよ思い過ごしなんかじゃないよなあ。いつもは夢なんてスグ忘れんのに、なんかおかしいと思ったんだ」
支倉は唸った。
「夢の中のおじさん……哀しそうだったね」
ぽつりと言った妹の言葉に、支倉は微笑を返した。そして、がしがしと頭をなでる。
「ああ。なんとかしてあげなくっちゃな」
「花霞、思いついたことがあるよ。夢は高速道路だったでしょう。きっと高速道路で何か起こってるんだよ!」
「同感」
支倉の指がキーを叩いた。
やがて兄妹は、ひとつの記事に行き当たることになる。
乗用車が壁に激突 宮内庁職員の二人死亡
首都高速一ノ橋JCT付近
×日午前3時半ごろ、港区三田の首都高速一ノ橋ジャンクション付近で、乗用車が道路わきの壁に激突した。車に乗っていた宮内庁職員の八島信吾さん(31)と、同、笹木貴史さん(26)が全身を強く打ち、間もなく死亡した。 三田署の調べでは、車は千代田区方面に向かって猛スピードで走っていた。現場にブレーキをかけたような跡はなく、同署で事故の原因を詳しく調べている。
こつこつと、革靴の足音が本棚の間を縫ってゆく。
「本の匂い――というものがありますね」
来訪者は静かに、店主に声を掛けた。和綴じの古そうな本に没頭していた店主は、頁を繰る手を止めた。
「人の気持ちを落ち着かせる匂いだ。違いますか」
「……なにかお探しのものが?」
店主――葉車静雷が目をあげると、そこにいたのは黒服に黒眼鏡の男だった。
「この『香境堂』で手に入らない本はないとか」
「そう云われているな」
片頬をゆるめる。
「ウィーンの軍事史博物館の目録は」
「…………」
静雷は、無言で立ち上がると、奥へと消えた。
男はそこへ直立不動のまま、言葉を続ける。
「あなたも……ご覧になったはずです。あの『夢』を。……葉車静雷どの」
ややあって、静雷が再び姿を見せた。
「こちらかな」
分厚い図録を、ずしり、と置く。
男の指が頁をめくった。
「……これが、あの『夢』となにか関係が?」
「あなたがご覧になったものはこれです」
男が、その写真を指し示した。写真に写っているのはクラシックなスタイルの、オープンカーだった。写真に添えられている解説を、静雷の目が辿る。しだいに、その目が驚きに見開かれて行く。
「そのときの車が日本に」
「もうわれわれだけの手に終えなくなってしまった」
ぱらり、と、一枚の新聞記事の切り抜きを、男は写真の上に放り出した。
「すでに、関係機関や民間の術師にも依頼をはじめています。……申し遅れましたが、私、宮内庁長官官房秘書課・第二調査企画室・調伏二係、係長を拝命しております八島真と申します」
「あんた……」
切り抜きの活字を追いながら、静雷が呟いた。
「死んだ八島信吾は、私の兄でした」
同じ頃。
「あの夢も、主の御導き――だったの、かな……?」
山と積み上がった書類を前にして、頭を抱えている少年がいた。ヨハネ・ミケーレである。
「……というか、やっぱ今回も師匠にていよく面倒事をおしつけられたような……ああああ、ダメだ、そんな後ろ向きなことを考えちゃあ……」
しかし、否定すればするほど、資料の束をどさりと手渡して来た時の師のニコニコ顔がちらつく。奇妙な夢を見て、寝覚めが悪い頭を抱えながらも、速達で届いた親書を渡しに行ったのが今朝のことだ。思えば、あの特殊な封筒と蜜蝋こそ、教皇庁からの通達だったのだ。
いくらヨハネがわずか十九歳にしてエクソシストの資格を持つ身だとはいえ――教皇庁直々の指令はやはり枢機卿たる師が扱うべきではないのか。しかしそんなまっとうな反論が通用する相手ではなかった。かくして、イタリア語の極秘資料一式はヨハネの手元にある。
「うーん」
頭を掻いた。
「だいたい背後関係はわかったけど……具体的にどうするかなんて、ここで考えててもわかんないや」
脳裏に、師匠のノーテンキな笑顔にかわって浮かんだのは、対照的に伶俐な美貌の――仏頂面だった。
2
「なるほど」
そう言ったきり、仏頂面はただ紅茶を啜るばかりで、何も語ろうとしなかった。
「……なるほどって何が」
「ふん」
ライ・ベーゼの黒い瞳がヨハネを見据えた。
「調べる手間がはぶけた」
都内某所の喫茶店。ヨハネの電話に、この男は『おれも今、調べているところだ』と答え、ふたりはここで落ち合うことになったのである。
ライは、ヨハネから渡された資料を指で弾いた。
「『事件は東京、日本だけにとどまらず、教皇庁をも含めて広がりを見せる可能性がある。よって、日本滞在中のエクソシストに事の調査・解決を依頼する』――。はん。あいかわらず、ヴァティカンの老いぼれどもはごたくが好きだな」
「何を――」
「九十年前、自分たちが処理できずに、日本に押し付けた。その恩返しのつもりかね。それとも、うかうかと、アレがまたヨーロッパに戻って来られては困る、というわけか。気にくわないな。『夢』で見た時から嫌な予感はしていたんだ。あの男……どっかで見た顔だと思っていたが、やっと思い出した」
「手伝ってくれるの、くれないの」
「言われなくてもあの騒々しい化け物はおれがブッつぶす」
カタン、とティーカップを置いた。
「これだ」
画面に、赤い車体のオープンカーの画像があらわれる。
「さっすが哥々! この車が犯人なの? でも……この博物館に展示してあるんでしょ?」
「『夢』の男の人が『これはレプリカ』だっていってたよね。本物は日本にいるんだよ」
「そっか。でも九十年しか経ってないんだよね」
花霞は宋の時代につくられ、明の時代に意思を持つにいたった中国の武器の付喪神である。器物があやかしに変じることは身を持って知ってはいても、たかだか九十年程度前の物が……との思いがあるようだ。
「ただの車じゃないみたいだ――展示されているのはウィーンの『軍事史博物館』だよ」
支倉は画面をスクロールさせながら言った。
「花霞は『サラエボ事件』って知ってる?」
「知らなーい」
「九十年前、ヨーロッパのサラエボっていう街で、オーストリアっていう国の皇太子が暗殺されたんだ。結局、それがもとになって、第一次世界大戦が起こることになったんだけれど……これは、そのとき、皇太子が乗っていた車らしいんだよ」
「せんそう……」
花霞の表情が曇った。
彼女の本性は『武器』には違いない。むろん、人を殺めるために用いられたこともある。だが、彼女が長い眠りから覚めたとき、人間たちは、彼女たちとはまったく違った発想の武器で、より大量の、より残虐なあらそいごとを行うようになっていた。
「ひとの哀しい気持ちや、怒りの気持ちで走ってるって言ってた。……人の感情をガソリン代りにして……走る、車」
「戦争ほど哀しくて、ムカつくコトはないもんな」
「事件はみんな深夜だね」
「……行ってみるか?」
兄妹は悪戯を相談している子どもそのままの、笑みをかわしあった。だが決して遊びではないことを、かれらは承知している。しているからこそ、浮かべることのできる微笑だった。
「おい」
「え?」
「なにをしている」
「ここで宮内庁の――ひとが亡くなったんだろう」
ふたりの傍を、猛スピードで何台もの車が通り過ぎて行く。それはそうだ、ここは高速道路なのである。ヨハネは壁に向かって頭を垂れている。その壁の足元には――花が供えられていた。
「おまえが祈れば生き返るとでもいうのか」
「審判の日が来ればね」
「ふん」
ヨハネを放置して、ライは周囲に目を遣った。
高速道路はさながら自動車の流れる河だ。排気ガスに、空の色も曇って見える。
(もっと速く、もっと便利に、もっと強く……人間の欲望には限りがない。アレは、まさしくそんな人間の妄執そのものが形になったものだ。決して止まることがない)
ふいに、一台の車が、壁際に車体を寄せて止まった。
ふたりの男が降りてくる。そのうちのひとり、黒服・黒眼鏡の男が歩み寄ってきた。
「教皇庁公認エクソシスト、ヨハネ・ミケーレさんですね」
「え、ええ。あなたは」
「私は宮内庁の八島です。教皇庁が動いて下さっていると聞いて……心強い限りです」
ライは、男の肩ごしに、もうひとりの様子を検分している。彼――葉車静雷はそんな視線に気づいているのかいないのか、周囲をじっと見回している。
「後ろから攻撃されたな……」
ぼそりと呟いた言葉を、聞き取ったものがいたかどうか。
静雷の金色の瞳は、かつてこの場で起こった事故の現場を『視て』いる。まさに、静雷の目前で、車はほとんど吹き飛ばされるようにして背後からの追突を受けている。
(骨の折れる仕事になりそうだ)
念のために、と携えてきた妖刀『風魔』を握りしめた。
3
「外側のボディはトヨタのランドクルーザーです」
八島真は一同にそう説明した。
「中身は違うんですか?」
と、ヨハネが問う。
「市販のものとはね」
黒眼鏡のせいで、表情は今ひとつうかがいしれない。
「トヨタと宮内庁が共同開発した特殊車両なのです。部品にはすべて呪言が彫り込まれていて、霊的な攻撃に対する耐久性を持っています。さながら走る結界ですね」
言いながら、コンコン、とボンネットを叩いた。
「運転は私が」
和製マン・イン・ブラックは、淡々と話す。
「ご同行いただくのは、葉車静雷さん。ヨハネ・ミケーレさん。それから、ええと」
「ライ・ベーゼ」
「ライ・ベーゼさん。――もう一度、確認しますと、本日、23時以降、臨時工事という名目で、首都高速をすべて封鎖します。目標と接触し次第、葉車さんの攻撃で目標の運動を止め、止まったところをヨハネさんに浄化を行っていただきます」
作戦はシンプルだった。
だが、そう簡単にいくものかどうか。
そして、4人の乗った車は走り出す。
助手席にヨハネ。後部座席にライと静雷。
傍目に見ると、なかなか奇妙な組み合わせだった。八島の説明どおり、夜の首都高速を他に走っている車はない。
「いつどこに、アレがあらわれるか、わかるんですか?」
「このメンバーならあらわれますよ」
ハンドルを切りながら、暗い声で八島は答えた。
「九十年間も封印されたままで、燃料不足ですから」
「……やつは後ろから来るぞ」
静雷だ。
「ええ。糧とするべく『力』を追い掛けてあらわれるのです」
アクセルを踏み込んだ。
速度が上がってゆく。
「ちょ、ちょっとスピード出し過ぎなんじゃ――」
「静かに!」
ライが叫んだ。
「――!!」
静雷は、異様な気配に振り返る。
誰もいないはずの高速道路の彼方に、ふたつの光が灯った。
カ――ッ、と……闇を裂いた、ふたつの光。怒りに燃える、なにものかのふたつの眼光のような……ヘッドライト。轟音が、近付いてくる。
「来た、か!」
血のように赤い車体の……しかし、ぼろぼろのオープンカーだった。走っているのが信じられない……いや、それ以前に、そもそも運転席には誰も乗ってはいなかったのだ。
「サンルーフを開けます。注意して!」
八島がスイッチを押すと、天井の一部がスライドしてぽっかりと窓が開いた。
「よしっ」
そこから静雷が身を乗り出す。夜風に押し流されそうになりながら、彼は鞘から白刃を抜き放った。小声で、使役する精霊たちに命令を下した。一瞬、周囲の風景が揺らいだように感じられた。周囲に害をおよぼすのをなるべく避けるため、結界のトンネルで道路を包み込んだのだ。
(ん?)
静雷は、かなり前方にだが、結界内に、別のあやかしの気配をふたつ感じ取ったのだ。
その一瞬が、隙になったというわけでもあるまいが。
無人のオープンカーは、信じがたい加速を見せた。いや、加速というよりも瞬間移動と言ったほうが近かった。
「うわあああ」
それが誰の悲鳴だったかもわからない。
突き上げるような衝撃。はげしいドリフト。タイヤが道路との摩擦に火花を放つ。
「哥々、来たよ!」
「誰か襲われて……いや、闘ってるんだ!」
高速道路を走る少年と少女。
「なんとかして止めないと」
「まかせてっ!」
舞うような花霞のステップ。
ひゅん――、と、風が唸った。目には見えない真空の刃が路上を滑り、獰猛な轟音を立てて兄妹のいる方向へと突進してくる車の前輪を狙った。
「パンクしたら車は走れないでしょっ!」
タイヤが、凄まじい音を立てて、はじけとんだ。ガクン、と車体が前のめりに、道路につっぷすような格好になり、アスファルトをがりがりと削り取る。
「いいぞ、花霞!」
次いで、走り出した支倉のすがたが流れるように人のかたちから、一匹の獣へと変わっていった。
――狐!
真夜中の高速道路を駆ける狐だ。その周囲に、付き従うように青白い火がともると、まるでミサイルででもあるように、前方の敵へと射出される。
ごう、と、青い炎が自動車を包み込んだ。
エンジン音とも悲鳴とも怒号ともつかぬ音が響く。だが。
「だめだ。それしきの火炎ではこいつを焼くことはできない」
青い狐火が、ライ・ベーゼの端正な横顔を照らし出していた。
「来い、アスタロト」
ひそやかに、すみやかに、まるで恋人を呼ぶようにどこか甘い声音で、ライはその不吉な名を囁いた。
(!)
妖狐は、思わず、その場にすくんだ。
巨大な黒い翼が、ライの背中からはえている。そのまがまがしいすがたを、悪魔と呼ばずして何と呼ぼう。
「ゲヘナの炎に焼かれて滅びよ」
ばさり、と、翼がはばたくと、支倉の放った青い狐火にさしかわるように、凄まじい火炎が、爆発したかのごとく、怪自動車を覆い尽くす。
「こらぁ、ライ、悪魔の力を……そう軽々しく使うなって……ああ、葉車さん、大丈夫ですか」
八島の車は、エンジンから黒い煙を吐きながら、止まっていた。
「うう、付喪神に護ってもらわなければ危なかった」
ヨハネの腕の中で、頭を振りながら静雷が息を吹き返す。八島は運転席で、エアバッグにつっぷしたまま、まだ昏倒しているようだった。
「あれは」
「ライが……悪魔の力を体内に呼び込んだのだと思います。でも……魔に属するもの同士の力のぶつかりあいでは埒が開きません。手伝って、いただけますか」
「無論」
そして、ふたりは車を飛び出し、戦場へと駆けてゆく。
「哥々!」
花霞も走り寄ってきた。妖狐は、再び少年のすがたに戻っている。
怪物は――苦しんでいるようだった。生き物のように、その車体がのたうっている。だが、見る見るうちに、外装が焼けただれ、骨格が爆ぜてゆく。
満足そうにその様を見守っていたライだったが。
「なに」
ギ、ギ、ギ……と、軋むような、恨み言を云うような音を立てて、それは、威嚇するように後足……ならぬ後輪で立ち上がる。
「バカな」
地獄の炎に焼かれながらも、焼かれた部分がすぐそのまたあとで、再生しているのである。
「化け物め!」
思わず後ずさる。その背中の翼が空気に溶けるように消えていった。
「畜生。時間切れか」
がくり、と膝をついた。
怪物を苛んでいた炎がふっと消え失せる。途端に勢いを取り戻したソレが、ライをねめつけるように、ヘッドライトを明滅させた。
「危ない!」
支倉と、静雷が飛び出したのは、ほとんど同時だった。
支倉の手には、優美な形状の刃――中国で『手蘭』と呼ばれた武器で、それこそが賈花霞の本体なのだった――が、静雷の手には妖刀『風魔』が。
一閃!
強大な力を秘めたふたつの刃は、鋼鉄の身体を寸断していた。
ヨハネは、耳を聾せんばかりの、怨嗟と憤怒の叫びを聞いた。それは自動車の中を流れるオイルのように、生き物の体内を流れる血潮のように、ソレの中を流れていた負の力に他ならなかった。
そして、かげろうのように、浮かび上がった壮年の男のすがたを、ヨハネは見た。『夢』の中の男だ。
(止めてくれ――)
ヨハネはうなずく。
ええ。終わりにしましょう、こんな連鎖は。
(神よ、ご加護を!)
彼の手の中には、聖別されたピアノ線がきらめいてる。ヨハネは、走りだした――。
エピローグ
八島真は、彼の仇が、スクラップ同前の鉄屑と化し、ピアノにがんじがらめにされて、道路上に突っ立ているのを見た。それはなにか奇妙なオブジェのようでもあり、なにかの――おごそかな記念碑のようでもあった。
葉車静雷が、犠牲者のために、と、花を供えた。
ヨハネが祈りの言葉を口にし、ライはまた舌打ちを、他のものは黙祷でもって応えた。
「終わったん……ですよね」
「ええ。みなさんのおかげです。兄の仇を討つことができました」
「きみたちにも助けられたな」
「いえ……僕らは、ただ……」
「花霞たちね、夢の中でお願いされたんだよ」
「そういえば、彼は一体……?」
「ライ。何か知ってるんだろ?」
「ふん。あれはフランツ・フェルディナンドだ」
「あっ!」
「誰?」
「オーストリア皇太子……あの車に乗っていて、サラエボで暗殺された……」
「彼の霊を核にして、あれは動いていたんだ」
「そっか。じゃあ、もう自由になれたね」
「……わあ、もう朝だ。見て、朝焼け」
「きれーい」
「……今日もいい天気になりそうだ」
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1286/ヨハネ・ミケーレ/男/19歳/教皇庁公認エクソシスト(神父)】
【1651/賈・花霞/女/600/小学生】
【1653/蒼月・支倉/男/15/高校生兼プロバスケットボール選手】
【1683/葉車・静雷/男/19歳/古書店店長(兼大学院生)】
【1697/ライ・ベーゼ/男/25歳/悪魔召喚士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、リッキー2号です。
お待たせいたしました。『ロスト・ハイウェイ』をお送りいたします。
いつもの「調査依頼」と「ゲームノベル」の機能的な違いというのが、なかなか微妙で
……というか、よくわからないまま(笑)なのですが、自分としては
「ゲームノベル」はより企画性・ゲーム性を重視したものにしたいな、と
当初は思っていたのですが。
本当は結構、細かく「成功条件」等、決めておいたんですけど、
ダメですねー。みなさんのプレイングや過去作を読ませていただくと、情がうつるというか(笑)、
ああ、自分にはライターはできてもマスターはできない……と思った夏休み。
こちらは便宜上「白組」(笑)と呼ばせていただいたグループです。
(特に紅白の意味はありません……たぶん……)
こちらはみなさん、たいへん前向きな方々で(一名除く?)
なだれこむようにラストへ収束してゆく展開になりました。
よろしければ「紅組」と比べてみてください。
それでは、また機会がありましたら、ご一緒できれば嬉しいです。
ありがとうございました。
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