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■こんにちは褌■

里子
【0389】【真名神・慶悟】【陰陽師】
 熱帯夜。
 寝苦しさにふと目を覚まし水を飲みに起き出す。そんな機会も多くなる。そんな夜のそんな機会に、ふと垣間見てしまう非日常。
 熱帯夜。
 真夏の、暑い熱い夜の夢。

 月刊アトラス編集部。毎度の如く事件は三下の不幸な経験から始まる。
「で?」
 不機嫌極まりない様子で己を見下ろす麗香を見上げ、三下はいよいよ身を竦ませる。優雅に脚を組んで腰掛けている麗香を『見上げる』ことは如何に麗香が長身であろうと成人男性である三下には不可能。
 すわ怪奇現象かとは――勿論誰も思わない。
 単に三下は麗香の足元に正座しているだけである。毎度の如くに。
「だから噂なんですううぅ」
 都内のある住宅街に最近蔓延している不可解な怪談。
 夜中に目を覚ますと『それ』は漂っている。ゆらゆらと揺れながら布団の上を。
 そして起き上がるとついてくる、悲鳴を上げようと無視して水を飲みにいこうと、トイレに駆け込もうと付いてくる。
 そして――
「正気か?」
 草間は眉間に皺を寄せた。コクコクコクと麗香の足元の三下が幾度も幾度も頷く。
 話があるとの女王様のお召しに参上してみればこれである。草間は頭を抱えたくなった。
「――オカルト雑誌の主旨からは大分外れてないか?」
「だからあなたを呼んだんでしょ」
 悪びれもせずにきっぱりと言い切る麗香に、草間は額を押え、渋い顔で沈黙した。

 夜中に目を覚ますと『それ』は漂っている。ゆらゆらと揺れながら布団の上を。
 そして起き上がるとついてくる、悲鳴を上げようと無視して水を飲みにいこうと、トイレに駆け込もうと付いてくる。
 そして『それ』を見たものは例外なく何かに目覚める。翌朝狂ったように箪笥を引っ掻き回し、あるもののみを総て捨て(その時身につけているものさえも例外でなく)あるものを買い漁りに走る。

「……正気か?」
 繰り返す草間に、麗香は無情にもこっくりと頷いた。
「何しろ早々売ってるものでもないでしょう? 布を買ってきて奥さんに縫わせるだとか、見つからずになにもなしで過ごすとか……まあそういう事態が頻発してるらしいのよ。ネタになるかどうかは兎も角ちょっと冗談じゃない話だし、何とかしてもらえない?」
「なんとかねえ?」

 熱帯夜。
 寝苦しさにふと目を覚まし水を飲みに起き出す。そんな機会も多くなる。そんな夜のそんな機会に、ふと垣間見てしまう非日常。
 熱帯夜。
 真夏の、暑い熱い夜の夢。

 ――褌の夢。
こんにちは褌

 熱帯夜。
 寝苦しさにふと目を覚まし水を飲みに起き出す。そんな機会も多くなる。そんな夜のそんな機会に、ふと垣間見てしまう非日常。
 熱帯夜。
 真夏の、暑い熱い夜の夢。

 その声は低かった。
「で?」
 腹の底から搾り出すような低い低い、それはもう低い声を受けて、三下は竦みあがった。初めから竦みあがっているというか、三下忠雄という男が竦んでいない時があるのかとか言う突っ込みはこの際不要である。
 何しろ対象が違う。基本的に三下の恐怖の対象は雇い主にある。
 真名神・慶悟(まながみ・けいご)は胡乱な、それはそれは胡乱な目を泣きじゃくっている三下に向けた。
「で?」
「ひいいいいいいっ!」
 再び問い掛けると、三下はかさかさと床を張って観葉植物の陰に隠れる。それ程にその声は低い。
 その様子に、桐生・アンリ(きりゅう・あんり)は苦笑した。
「威嚇してどうする」
「別に威嚇などしとらん」
 慶悟はぶすくれた顔で答え、アトラス編集部の来客用のソファーにどっかと腰を下ろした。
 都内のある住宅街に最近蔓延している不可解な怪談。
 夜中に目を覚ますと『それ』は漂っている。ゆらゆらと揺れながら布団の上を。
 そして起き上がるとついてくる、悲鳴を上げようと無視して水を飲みにいこうと、トイレに駆け込もうと付いてくる。
 そして――
「興味深い怪談だ。文化人類学を専門とする者にとってそそられるネタじゃないか」
「……いいな暢気に面白がっていられる奴は」
 嬉々として身を乗り出すアンリとは裏腹に、慶悟は渋面を崩さない。――恐らくは崩せないが正しい。
「分かってるのか? 俺も、あんたも、被害者になりうるんだぞ?」
「リスク無くして探求の道など開けんさ」
 そう言いつつもアンリの顔は期待に満ち満ちている。己が被害者に、そう慶悟などにとっては途方もなく嫌な感じの被害者になることなど頓着していない様子である。実際アンリの頭の中は『そのこと』で一杯で、しかも『そのこと』に対して好奇心はあっても嫌悪らしきものはない。
 大学教授。知の奴隷とは各も無邪気に恐ろしい。
「いずれにしてもわくわくする話だ。世の中には不思議が溢れてなくてはつまらないからなー」
「俺は頭が痛いが」
 子供のように目を輝かせるアンリに、慶悟は深く嘆息した。
 なんつーかこうこういう無邪気な『どーにかしろコイツ』感覚には抗い様がない。いやだったら意図的な『いーかげんにしろコイツ』な相手に逆らえた試しがあるのかという話にもなるがそれは一先ず置こう。毎度逆らおうとだけはしているのだし。
「で?」
 それまで成り行きを窺っていた麗香が二人を見て問い掛ける。奇しくも先刻慶悟が三下に問い掛けた時と同じ言葉で。
「行くの、行かないの?」
「行くに決まっているだろう! ところで……これはやはり男性の前にしか現れないんだよな? 私までこれに憑かれて褌派になったら恋人はどう思うだろう。うーん」
「暢気でいいな本気で」
 慶悟は疲れたようにそう言い、しかし己もまた頷いた。
 それこそ逆らうだけ無駄な気がして。

 そして『それ』を見たものは例外なく何かに目覚める。翌朝狂ったように箪笥を引っ掻き回し、あるもののみを総て捨て(その時身につけているものさえも例外でなく)あるものを買い漁りに走る。

 熱帯夜。
 寝苦しさにふと目を覚まし水を飲みに起き出す。そんな機会も多くなる。そんな夜のそんな機会に、ふと垣間見てしまう非日常。
 熱帯夜。
 真夏の、暑い熱い夜の夢。

 ――褌の夢。



 何故こんな事になっているのだろう?
 作業する手を止めぬまま、慶悟は自らに自問した。しかし直ぐに諦めた。考えるだけ無駄だからである。
「……まあ人生こんなものか」
「何を悟ってるのよ何を」
「誰のせいだ?」
「誰かのせいなの?」
 女と子供にステレオで畳み掛けられ、慶悟は深く嘆息した。
 女と子供、冴木・紫(さえき・ゆかり)と海原・みあお(うなばら・みあお)は不思議そうに(絶対確実に片方はわざと作った表情だが)顔を見合わせて小首を傾げる。
 その手には真っ白な布が握られている。
「まあ兎に角手を動かすのよ手を。多いに越したことないんだから」
「今回は三下という装備が使えるからめんどうくさくなくていいな♪ 調査はやってもらえばいいんだしねっ」
 みあおは無邪気にせっせと手を動かしている。その目の前にはどうやらプリントアウトらしい用紙が置かれている。
 同じく手を動かし、そして式に命じて同じ作業をさせながら、慶悟は大分諦めてはいたが状況に対する説明を求めた。
「それで一体これをどうするつもりだ?」
 紫は意外と器用に手を動かしながら軽い口調で答える。
「だって大人しくさせるのに必要でしょ」
「やだもんねー、ぶらぶらさせてる人とかとお話したり喧嘩したりするの」
「やっぱりモラルの問題よね。ぶらぶらは良くないわよぶらぶらは」
「だよねっ!」
 うんうんとみあおも同意を示す。慶悟は頭を抱えたくなった。
「そういう台詞をあっさり吐くな!」
「そんなに心配しなくても記念に一枚あげるから安心していいわよ」
「ちゃんと記念撮影もしてあげるねっ」
「いらん! と言うか問題が違うだろう!」
 それを握り締め、慶悟は叫んだ。はっきり言おう、慶悟が正しい。いや言うまでもなくわかりきったことだが。
 みあおが広げているのはどうやらどこかのサイトのページのプリントアウト。そこには飾り文字で『褌の作り方』とある。幾枚かに渡ってしっかりと図解付きで褌の作り方がそれは綿密に記されている優れものだ。
 つまり、
『売ってるとこなんかわかんないんだし作りゃいいのよ作りゃどうせ経費で落ちるし!』
 と、言い張った誰かに借り出され、一同総出で、
「……何故俺が」
 遠い目をして慶悟は言った。みあおが実に明るく返す。
「だって式神使えるしね!」
 そう一同総出で、褌作り。陰陽師や式神手縫いの褌。後でビンテージものとして出回ったらかなり嫌である。
 ちょうどアトラスを出ようとした所でやってきた二人に遭遇し、捕獲された己の間の悪さを慶悟は悔いた。悔いまくった。



 聞き込みついでに未だ被害にあっていない家を一晩借り受ける手筈を整えたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、草間にまず連絡を取り、そして嬉々として出かけていった二人の同じ穴の狢の名を聞き出した。
 不幸なもう一人を巻き込んでお手製の褌を大量に作っていた紫とみあおはシュラインからの連絡を受け、その不幸な一人、慶悟を引きずって嬉々としてやってきた。(何故引きずられたかと言えばそれはもう嫌過ぎる弱みがあったからだ)
 元々大乗り気のアンリ、そして元々被害者として生まれついた三下は言う間でもなく参加。
 6人はその家に陣を張り、夜を待つことと相成った。



 提供されたのはごく一般的な民家。一階にリビングと和室、二階に洋室が二間。建売地区7年残りローン13年と言った所か。住宅街にありがちな一軒家である。
「おっとまりおっとまり♪」
「お、幼女ナイス!」
 みあおが実に嬉しげに広げた菓子に、紫は早速手を伸ばした。
 アンリはアンリでこれまでに集めた情報を持ち込んだノートパソコンに打ち込んでデータ化している。これはこれでまた実に楽しげだ。
 慶悟は借り物リビングで繰り広げられるその平和な光景に眩暈がした。
 実際に実害などないだろうみあおと紫はまだしも、何故こうも楽しげなのだアンリは。因みに三下はあまりに騒いだため満場一致で慶悟が術をかけて眠らせ、既に二階の寝室行きである。
 その視線に気付いたのだろう、シュラインがぽんと慶悟の肩を叩く。
「あんまり気にしちゃダメよ」
「……まあ俺が被害にあわないならそれはそれでいいが」
 疲れたように慶悟が呟いた、その時、
 とたとたと、階段を下りる音が聞こえた。



 悪夢だった。恐らくその光景は誰の目にもそう映っただろう。
 ふわふわと白いものを体の周りに巻きつかせ、下半身に何も纏っていない男が階段を下りてくる。
 悪夢だ。誰もが、そう思った。

 冴木紫のルポより抜粋。



「…………」
「……………………」
「…………………………………………」
「………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
 きっちり五人分の沈黙が下りた。
 ふらふらとそしてぶらぶらと階段を下りてきた三下はうわ言のように『褌、ふんどし〜』と繰り返している。
 なんと言うか、あまりにもあまりな光景だった、それは。
 真っ先に我に帰ったのはみあお。若いぶん精神が柔軟に出来ているらしい。みあおはとっさに風呂敷包みにあったそれを、三下へと投げつけた。
 困り果てていたご近所の奥様方に配った残り。
 そう、陰陽師手縫いの褌を。
「ふんどしいいいいいいいいい!!!!!」
 三下が雄叫びを上げてそれに飛びかかる。
 ゴン。
 その頭に咄嗟にそこらにあった花瓶を振り下ろしたのは紫だった。紫はそのままふっと遠い目をする。
「予想以上の破壊力だったわね」
「……ええ、全く」
 シュラインが同意する。
 そりゃまあええ。ちょっとかなりいえ相当って言うか絶対見たくなかったですぶらぶらな三下など。
 しかし落ち着けたのは一瞬の事。
 憑いた対象が人事不正に陥ると見るや否や、三下の周囲を漂っていた褌は対象を変えたのだ。
 そう、褌を手縫いした陰陽師へと。
「やっぱりそうきたか!」
「幼女カメラ準備!」
「らじゃー!」
「おお、映像までも残せるのか!」
「……ちょっとあんた達」
「緊張感を殺ぐな!!!!!」
 口々に好き勝手なことを叫ぶ(シュライン除く)仲間達に、慶悟はあらん限りの声で怒鳴った。
 いえ緊張感なんかあるわけないんですが褌だし。
 しかし飛び掛った褌は、慶悟に取り付くことはかなわなかった。
 予め用意しておいた式がその災厄を振り分ける。
 慶悟の分身の形を取って。



 えーとね。結局同じ顔だったし姿だったし。
 分身とかってあんまり意味なかったんじゃないかなって思うんだけどねみあおは。

 後日談:海原みあお



 その更にあまりにあまりな光景に怒り狂う慶悟を押えるのに、一同は多大な労力を払わなければならなかった。
「いやあの真名神くん落ち着いて?」
「真名神。まーなーがーみ! ここ、民家だから。民家なんだって人様の家なんだってだから火はやめなさい火は!」
 女二人が必死に取り縋り、アンリは式をとりあえず殴り倒しそしてみあおは記念撮影。かなりどうしようもない。
 そのどうしようもなさに霊も呆れたか、途方に暮れたようにその場をふわふわと漂っている。
『いやあのおぬし等落ち着かんか?』
「誰のせいだ!?」
 思わず怒鳴って慶悟ははたと我に帰った。一体今のは誰の声だ。
 アンリが嬉々として身を乗り出す。
「おお、人語を解するのかね! キミの出身と由来などを詳しく教えてはくれないか?」
 がぶり寄るアンリに、褌は度肝を抜かれたように一瞬凍りつきそして、
『コホン』
 と咳払いをした。因みに単なる音声である。褌には口はない。
『出身はこの近所だがのう。この近所で褌が暴れた事があったじゃろうが、その時かのう』
 お茶でもいれてくれんかね、そう言いだしそうなのんびりとした口調である。
 紫もみあおもシュラインも、そして慶悟まですっかり毒気を抜かれてしまった。ただ一人アンリだけが実に嬉しそうに褌の話に耳を傾けている。
「ほほう、それで?」
『巻きつかれたものどもの中の多くにのう、褌ってちょっといいかもという思念が生まれたのじゃよ。ま本のちょっとじゃが。しかし人というのはおかしなものでそれを捨てるのじゃな、否定すると言おうかのぅ』
「ほう、つまりキミはその情念の集った結果、と、そういうわけかね?」
『そんなとこじゃのう。まあわしはつまり生まれがそうだからしてそれに従って日々褌のよさをご近所にしらめるべく行動をなぁ』
 ふんふんと頷きながらアンリがメモを取る。
 その時ちょうど脱力していた一人の様子が変化し出したのに気付いたのは紫ただ一人だった。
「……ちょ……」
 紫が止めるより早く、慶悟が動いた。
「ご高説は兎も角。取り憑いて褌漬けにするなどという暴挙に出るか貴様は!」
 その一瞬。たった一瞬に慶悟が一体どれだけの術を使ったのか、それは誰にもわからない。
 じゅぼ。
 鈍い音を立てて、褌は滅した。



 いくらなんでも乱暴と言うものだろう。
 あれほどの逸材を一気に滅するなどとんでもない。

 後日談:桐生アンリ



 まあ……気持ちはわからなくもないけどねぇ。(苦笑)

 後日談:シュライン・エマ



 そしてそのあほらしい事件の果てに。
「とりあえず電話代。電話代払って電話代」
「えーとねみあおはトップスのチョコケーキと、モロゾフのクッキーとね、あ、ハーゲンダッツでいいやアイスは」
「……あんたらな」
 結局式を撮影された為に、慶悟は更に不幸になった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1021 / 冴木・紫  / 女 / 21 / フリーライター】
【0086 / シュライン・エマ  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 / 陰陽師】
【1439 / 桐生・アンリ  / 男 / 42 / 大学教授】
【1415 / 海原・みあお  / 女 / 13 / 小学生】

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■         ライター通信          ■
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 再度の発注ありがとうございました。里子です。

 えーと。どうコメントしていいものやら。
 つまり褌は偉大であると。そういう事ですねええ。<絶対違う絶対
 因みにみあおさん、紫さんバージョン作中に登場しますサイトは実在します。正しい褌の締め方、正しい褌の作り方もちゃんとあります。
 いつか公式イベントなどに手縫いの褌をもって行けたらなぁなどと夢想する馬鹿が一人いたとかいないとか。

 今回はありがとうございました。そしてお待たせして申し訳ありません。
 また機会がありましたら、宜しくお願いいたします。