■有楽町で逢いましょう■
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【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
「お客さん、終点ですよ……」
車掌に起こされ、貴方は目を開けた。
いつの間にか眠っていたらしい。
「起きて下さい、終電ですから」
「ああ……、どうもすみません」
ぼんやりしたままホームに降り立った貴方。貴方が降りると、電車は走り去った。
「……」
ホームは閑散としていて人一人いない。それも当然か……。
終電に乗ったのなんて久し振りだ、と思いながら地上へ出た貴方の視界に飛び込んで来たガラス張りのビル。
……待てよ。
ここは自分の帰路にはないじゃないか。そうか、寝過ごして……。
眠気が一気に吹き飛んだ。駅の名前を確認した貴方は愕然とする。
──有楽町?
地下鉄有楽町が終点なものか。一体どうしたんだ、自分が寝ぼけていたのか?
ともかく家に帰る方法を探さなくてはいけない。この時間だと……タクシーか。
しかし、貴方はタクシーや他の車どころか、通行人の一人にも出会うことはなかった。どれだけ声をあげても、駅の中に戻っても、見事なまでに誰もいない。
しかも、地上に出てみれば、どこをどう歩いても必ず最後には元の場所へ戻ってきてしまうのだ。
タイムリミットは朝の5時。
それまでに元の次元へ戻り、現実世界の始発に乗らなければ、この空間次元に取り込まれ、自力で脱出することは不可能となってしまう。
※終電が午前0時過ぎとして、約5時間の時間内での脱出劇となります。他PCと協力して手分けするも良いでしょう。空間発生の原因を主に探すも良いでしょう。とりあえず脱出する方法を探すも良いでしょう。同じ次元に取り込まれた他PCとは遭遇する可能性もありますし、原因を突き止めなくともPCの能力によっては思わぬ所から脱出できるかもしれません。ともかく、不条理の世界を駆け回る事になります。
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有楽町で会いましょう
【0A】
青い艶を持った長い髪を靡かせて階段を駆け上がって行くセーラー服の少女を残し、銀色の地下鉄車両は走り去った。
──もうあたしってば最低! 今日は夕飯の支度、何もしてないから早く帰ろうと思ってたのによりによって終電まで寝過ごしてたなんて!
海原・みなも(うなばら・みなも)は必死で改札を目指していた。通学鞄を下げ、いかにも学校帰り、といった風情の少女が家族の夕飯の心配をして眼に涙さえ浮かべているのは健気を通り越して幼気でさえある。
駅の時計に眼をやったみなもは更に焦りを覚えた。時計の針は十二時十九分を指している。勿論昼の、ではない。深夜の、だ。
──営団地下鉄、有楽町線を御利用頂きまして、ありがとうございます……。
アナウンス特有の、くぐもったような女性の声が響いていた。
【1A】
改札の前で、どうしても切符が見つからず改札脇の窓口にも駅員がいないのに気付いたみなもはほとほと困り果ててしまった。
──どうしよう……これじゃ乗越し清算機も使えないし……。
そうする間にも、一刻も早く帰って夕飯を作らなければいけないという焦りが募る。
どうしよう、どうしよう……。……と、限界まで焦ってからみなもははたと気付いた。
「あたし……いつ地下鉄に乗ったっけ?」
……。記憶を辿る……辿る。しかし、どうしても思い出せない。学校からの帰り道でみなもの記憶はいきなり車掌に揺り起こされた所に飛躍していた。
「……有楽町?」
駅名に眼を停めたみなもは、切符売り場の運賃表の路線図を眺め、あれ、と声を上げた。
──ここ……終点じゃない……よね。でも、さっきの車掌さんは終点ですよって……。
みなもは改めて周囲を見回した。恐ろしい程に人がいない。閑散としすぎている。いくらなんでも、これは異様だ。
──とにかく、外に出なきゃ。
異様な空間の中で、地下に閉じ込められているというのは恐ろしい。まずは地上に、ちゃんと東京の街が開けている事を確認したかった。
そしてみなもは壁の構内案内図を見ながら、地上へ続く階段を駆け上がった。
「……よかったあ、外には出られるみたい……、」
と、みなもが息を切らせながら安堵して笑顔を浮かべたのも束の間だ。
──暗い。
周囲の建物が、尽く無灯状態なのだ。辛うじて街灯だけは仄かに明かりを点しているが、不夜城東京において部屋の明かりや看板、ネオンサインが一つも点いていないというのはおかしい。
そして更に、地上にも全く人気がない。
──まずい、かも……。
みなもは少女ながら、これまでに経験して来たここ東京の街で起こった怪奇現象を思い起こし、「また」、妙な事に巻き込まれつつある事に気付いた。
夕飯どころではなくなった。
ともかく、どこかに出口はないだろうか。遠くの方にはネオンの明かりも見えている。あそこまで辿り着けば……。
思い立ったら行動を起こすのみである。みなもは、明かりの見える方へと駆け出した。
──数分後。
みなもは、果たして元の位置、即ち駅構内への入口に立っていた。ある一定の場所まで来ると、──それはものの数百メートル程だったが、必ずこの場所へ戻ってきてしまうのだ。
──駄目……ここ、空間的に閉じられてる。
閉じた空間に取り込まれた。みなもは必死で思考を回転させた。
──あたしが最初にここに来たのは地下鉄のホーム。それに、駅の中が既に人もいなくておかしかった。ってことは、地上が閉じられてるっていうよりも駅の中を中心に空間が閉じられてるのかも……。だとしたら、やっぱりおかしいのは駅の中……きっと、原因も中にあるはず。
みなもは再び階段を降り、ともかくこの中からどこかへ繋がっていないか探すことにした。それに、水を確保しておきたい。 南洋系列の人魚の末裔であるみなもは、接触している水を操ることができる。何にせよ、何かの際の安心材料にはなる筈だ。万一、悪意のある存在に攻撃でも仕掛けられようものなら一滴の水も持っていない今のみなもでは非常に危険だ。もし、自動販売機でミネラルウォーターが手に入れば、あるいは水でなくてもペットボトルが確保でき、トイレの水道が稼働していればやはり水が手に入る。
──。
……だが、それは徒労に終わった。案内板によれば品川駅へ通り抜けられるはずの地下道も、さっきとは別の出口へ出る筈の反対側の階段も、さっき街を走り回った時と同じく、「閉じられた」空間だった。みなもは、当てずっぽうに走っては元の位置に戻されたり、あまつさえ元の位置どころか全く正反対の位置に飛ばされては戻ってきて、と規則性のない迷路を走り回るはめになった。しかも、自動販売機の一つもみつからず、キヨスクも駅内コンビニエンスストアもない。一応確認はしたが、思った通り公衆電話も無音だった。
「……もう駄目……息が切れちゃった……」
改札を出た所の切符売り場に戻ってきたみなもは、膝に手をついて肩で息をすると、ついその場所にへなへなと座り込んでしまった。
──こうして座り込んでる訳にもいかないんだけど……とにかく……今はもうダメ、動けない……。
みそのお姉様かみあおが助けに来てくれたりしないかなあ……、とつい弱気になって蹲っていたみなもに、しばらくして──残念ながら、姉や妹のものではなかったが──大丈夫? と声をかけてきた人物があった。
茶色い元気よく飛び跳ねた短髪で、眼鏡をかけた高校生くらいの少年だった。
大丈夫です、と気弱なものになってしまったが笑顔を見せ、みなもは目の前の少年に尋ねた。
「あの……あなたも、ですか?」
は? と間の抜けた返事を返したこの状況下に於いて恐ろしく楽天家であるらしい少年は、倉塚・将之(くらつか・まさゆき)と名乗った。みなもは状況を説明し、彼と行動を共にすることにした。何にせよ、体力的・精神的に参っていたみなもは、将之もまた妙な事にまきこまれてしまったのだ、と思うと手放しでは喜べなかったが、他人の存在は心の支えになった。
【2A】
「じゃ、みなもちゃんは原因は駅の中にある、と思うんだよな?」
二人して改札を乗り越え、再びホームへ戻ってきたみなもと将之の二人は、辺りを見回しながら意見を交わしていた。
「はい、さっき、外とか地下道を走り回ってて気付いたんですけど、そこから先へ行けない、ってことはつまり、原因のある範囲が特定されたとも云えると思うんです」
「普通に歩き回れる範囲が閉じられた空間の面積、逆に云えば原因を探すならその中、ってことだな」
「はい」
「ってことは……」
二人の視線が一点に注がれる。地上と地下の他の部分はみなもが歩き回った。ホームは一通り二人で見て回った。あと確認していない空間と云えば……この暗闇の先、線路だ。地下鉄の通り道。元はと云えば二人共地下鉄でここへ運ばれてきたのだから、よく考えればここが一番妖しいとも云える。
「行ってみるか」
みなもは頷いた。真っ暗な閉じられた空間、しかもそれが長く続くというのは不安だが、それしかないとなれば行くしかない。強い意思の光る青い瞳で前を見据えるみなもに、将之は大丈夫だ、と笑って見せる。
「俺達が乗ってきた地下鉄は、こっちから来た。ってことは、こっち、銀座一丁目の方へ行った筈なんだ。終点なんて嘘っぱちだしさ。それに、確か銀座一丁目って、こっからだと500メートル位しか離れてないんだ。うまく行けば、すぐ辿りつける。あんまり長い事駅に着かないなら、引き返せばいい」
そして将之は勢いよくホームから線路に飛び降り、そろそろと足を伸ばすみなもに手を貸した。
「……」
「……」
「……俺達さ、」
「……はい」
「もう1キロは余裕で歩いてるよな」
「……多分」
「駄目だ」
将之は立ち止まった。後方を振り返ると、有楽町駅のホームの明かりさえ見えなくなっていた。これ以上当てずっぽうに歩くのは危険だ。
「みなもちゃん、ここで待っててくれ。俺、ちょっと走って見て来る」
「じゃあ、あたしも一緒に」
「いや、二人でこれ以上奥に行くのは危ない。もし、俺があんまり戻らなかったら、みなもちゃんは駅に戻って他の原因を探してくれ」
でも、とみなもが食い下がろうとした時だ。……何か、音がする。低く唸るような、線路内に響き渡るような音だ。
「……」
「……倉塚さん……」
「……ああ」
「……まずく、ないですか? ……この音……」
「……来た」
どこかで聞いた事のある音の正体に、二人の不安は適中した。背後から、地下鉄の車両が迫って来る。
「キャァ──ッ!!」
「伏せろっ!!」
将之がみなもの腕を引っ張り、電車避けの空間になっている部分に飛び込んで身を屈めた。
「……、」
電車が通り過ぎ、二人は恐る恐る顔を上げた。
「……まさか、地下鉄が来るなんて思わなかったぜ……」
「あたしも……。あの、倉塚さん、助かりました、ありが……」
礼を述べかけたみなもは、云い終わる前にまたしても「キャーッ!!」と悲鳴を上げる事になった。
何と、電車に轢かれかけたと思ったら今度は別の、何か小さな飛行動物──に、見える位の大きさの、緑色の身体に蝙蝠のような羽根と蜥蜴のような尾を持った悪魔が、キィキィと超音波に似た声を上げながら飛びかかってきたのだ。
「くそっ!!」
将之は慌てて立ち上がった。手段がない訳でもないが、主に空気を操作して風の刃や弾丸を産み出す将之の能力は、その悪魔がみなもの頭部に貼り付くような位置を飛んでいる今、彼女自身も傷つけかねない。仕方なく素手で払い除けようと飛びかかった。だが、小さい癖にあまりに素早い動きで爪を振るった悪魔に跳ね飛ばされて背中を強か線路の突起にぶつけた。
「う……」
悪魔の爪に切り裂かれて血の滲んだ腕よりも、衝撃のショックの方が大きかった。みなもを見上げた将之の耳に、更にばさばさという飛来音が届いた。みなもが危ない、と思うが俄には立ち上がれなかった。
「くそ……離れろ!」
「キャ──ッ……!」
みなもも今度は眼を覆ってその場に座り込んでしまったが、ばさばさ、キィキィ、ばさばさ、キィキィ、という音が響いてからしばらくしてもみなもは無事だった。そして、恐る恐る顔を上げるとキィキィ、の方が消滅していた。
「……味方、なの?」
電車、悪魔に続いて現れたそれは一羽の優美な白鷹だった。悪意は全く感じられない。
「倉塚さん、大丈夫ですか」
「ああ、それより、あれ……」
その白鷹は、一度くるりと二人を振り返ってから元来た駅の方へとゆっくり跳んで行った。まるで、ついて来い、というように。
「……戻った方が、良さそうですね」
「……そうだな」
【3_1】
「とりあえずだな、俺達を轢き殺しかけた電車はあんたが絵に描いて具現化したもので、あのバケモンはこのガキが飛ばした使い魔だって?」
みなも、片瀬・海(かたせ・うみ)、久坂・よう(くさか・よう)、瀬川・蓮(せがわ・れん)、将之の五人がホームに集まった所で、お互いの情報を交換した後、将之が海と蓮に喰ってかかった。
「まさか、人が線路沿いに歩いてたなんて気付かなかったからさ。それに、その車両を動かしたのは正確には同じく絵が具現化した車掌だ」
「あれはただの使い魔だったのにさ、キミが先に攻撃したりするからいけないんじゃないか」
それが、それぞれの云い分だった。
「まあ、この子供も悪意は無いと云っているし、ようくんの式神で事無きを得た事だし、良しとしよう」
「……まあいいけどよ。……悪意無し……本当か?」
将之は溜息をついて悪びれた風のない蓮を見た。
「……でも、不思議ですよね、あたし達も結構ホームは隈無く見て回ったつもりだけど、その時には海さんやようさんや蓮さんの存在に気付きもしなかったなんて」
みなもは気にする風はなく、素直な疑問だけを述べた。
「そもそもが歪んだ空間だからね、それぞれがバラバラの電車でここへ来て、しかしそれらが全て再終電車だったことも考えればその辺りの矛盾はむしろ当然にも思えるよね」
ようが答えた。その時、蓮が立ち上がって、あ、帰ってきた、と声を上げて階段を見やった。全員がそれに釣られて視線を向けると、まず先程と同じ姿の使い魔が一匹やたらと気を昂らせたようにキィキィと喚きながら飛来して蓮の手許に滑り込み、それに次いで二人の人物が階段を掛け降りて来た。田中・裕介(たなか・ゆうすけ)と綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)だ。
【3_2】
「おっ……と、……お揃いだな、」
みなも、海、よう、蓮(+使い魔一匹)、将之の一同に眼を停めた裕介は、この使い魔はお前のペットか、というように蓮を一瞥しながらもその中に加わった。
「汐耶さん、」
「あら……みなもちゃんも取り込まれてたのね」
「そうなんです……本当は早く帰って夕飯作らなきゃいけなかったのに……。……みそのお姉様とみあお、心配してるだろうなあ……」
そうみなもが困ったように笑うと、ようもぽつりと独り言を洩した。
「……つきが心配してるだろうな」
「俺も、もし地上に脱出できる空間がなければ線路を伝って行こうと思ってたんだが……どうだった?」
更には、線路内を歩き、電車避けに飛び込んだり使い魔と格闘している間にセーラー服を煤だらけにしてしまっていたみなもに、裕介が問う。床に置いたやけに大きなトランクを開けながら。
「駄目でした、歩いても歩いても駅には付かないんです。倉塚さんが、次の駅までは500メートル位だって仰ってたんですけど、それ位は絶対に歩いても着きませんでした」
「そうか……」
そう云いながら中身を漁っていた裕介が何かを探り当てて引っぱり出した。
「俺が絵に描いた、地下鉄車両もある場所で消えてしまったらしいしな」
海の説明は簡単に聞き流し、裕介がみなもの前に差し出したのは何故かメイド服だった。
「……え? あたしに?」
「……着ません? とりあえず、そんな格好じゃ何だから」
「……その服も充分『そんな格好』だと思うけどね」
汐耶が呆れて何を考えているのか、この少年は、という様に溜息をついて裕介を見下ろした、が、──変わった趣味ではあるが彼なりに気を使ってみなもの疲労を労おうという配慮らしかった。
それぞれがそんな勝手な事を云っている内に、蓮は使い魔から話を聞いていた。
「……そう、じゃ、他のコ達は地上で迷子になってるんだ。じゃ、キミ、迎えに行ってきて」
「……なんだって、わざわざ偵察にそんな紛らわしいものを飛ばすんだ。一瞬混乱したぞ、俺は」
裕介が蓮に問いただした。
「ボクの友達だもん、いいじゃない。この人だって変なもの飛ばしてたし」
「白鷹、もっと正確に云えば式神『です』」
眼だけが笑わない笑顔で蓮に云い返したようを、海が慣れた様子で「まあまあ」、と宥める。
「ところで、他の人は? これで全員なの、ここに取り込まれたのは?」
汐耶が問う。
「断言はできませんね、俺達はずっとホームにいたんですが、何故かみなもちゃん、将之君やコイツと鉢合わせたのはついさっきなんです。お互いの存在に気付かないで好き好きに行動した結果、ちょっと一悶着あったんですが、その前にはみなもちゃん達はホームは隈無く見て回ったらしいし、コイツも電車を降りてからずっとホームにいたそうなんですが、逢わなかったんです」
海がまだようの気配に気を配りながら簡潔に説明した。
「何でボクだけコイツ呼ばわりな訳? ま、いいけどさ、それより、とりあえずこの中に取り込まれたのはこの7人で全員らしいよ」
「根拠は? 現にこうして時間軸のパラドックスが起きてるじゃないか」
「あのコ達が見たんだもん、間違いないよ」
低級とはいえ使い魔が見たなら確かに確実性はあるか、と裕介は一応納得した。
「汐耶さん達はずっと地上にいらっしゃったんですか? あたしも一応地上は見て回ったんですけど……何か、分かりました?」
「この街が誰かの意識の中の映像が集まってできたホログラムみたいなもの、ってことでしょ?」
使い魔から聞いた情報を蓮がさらりと告げた。そうなんですか? とみなもが地下に居た他のメンバーを代表して裕介と汐耶に聞いた。
「ええ……そうね。そう云うこともできると思うわ」
「人為的なもの、ってことですね?」
ようがきらりと瞳を光らせて聞いた。海がその肩を押さえている。
「人のやった事、と云えるとは思うわ。でも決して、悪意ではないわよ」
「どういう事です?」
ここは、と汐耶は周囲を見回し、言葉を継いだ。
「イメージとしての有楽町」
【4】
「綾和泉さん、それがさっき云っていた有楽町の都市伝説、ですか?」
裕介の言葉に、汐耶は頷いた。
「イメージ? どういうことです?」
「……私達が地上に居る間にキミ達がどんな風に仲良く喧嘩していたのかは知らないけど、何となくは気付いたでしょう? この空間に、何かの意図や悪意らしいものはないって」
「そうでしょうか?」
「そうか?」
ようと将之がほぼ同時に蓮に視線をやったが、小憎らしい程愛らしい大きな眼を瞬かせている蓮には丸きり堪えていないらしい。──この年頃の少年というのは、あくまで無邪気な中に狡猾さや残忍性を秘めているものなのだ。……してそれは、蓮と一つしか歳が違わず、一見穏やかそうに見えるよう等にも当て嵌まりそうだ。……汐耶の話に一生懸命頷いているみなもが何とも健気に見える。
──それはさておき。
「私も最初に、多次元空間の歪みに取り込まれて、閉じ込められた事には気付いたけど、そもそも、パラレルワールドって、悪意から人為的に生まれることって少ないのよね。むしろ、複数の要素がたまたまある条件下で一致した時に偶然発生してしまうことが多い。だからでしょう、裕介君が都市伝説の事を考えたのは」
「ええ」
裕介は頷く。
「都市伝説?」
ようが尋ねた。
「結局、噂でしょ、人の」
蓮が口を挟んだ。
「元が噂だから、結構下らないものばっかりじゃない」
「事実は小説より奇なり、だな」
将之が、さっき線路内で経験した珍騒動を思い出しながら呟いた。
地下鉄の線路上を歩くはめになり、電車に轢かれかけ、悪魔に襲われ、白鷹に導かれてみれば陰陽師の少年と描いた絵を実体化できる青年とほんのガキのデビルサモナーが睨み合って居たではないか。全く、どんな都市伝説や眉唾ものの噂より、ここ東京に実際に起こる出来事の方が余程奇怪だ。それに、当て所なく瞬間移動の罠に延々走らされ続けたみなもの事や、裕介と汐耶の見たシュールなコインロッカーベイビーズを足せば、実に──不条理な事だ。
「結論から云えば、今の内ならここから脱出するのは割りと簡単よ。最初は、これがもっと完全に封印された空間ならばその封印に綻びを作って──まあ、これは殆ど実力行使だからあまり乗り気じゃなかったけど、脱出するしかないと思ってたわ。だけど、キミ達の話を聞いて分かった。キミ達、同じ時間に同じホームに居たはずなのに、ある時まで全然鉢合わせなかったんですって?」
「はい、あたしだけならうっかり見落としちゃったかもしれないけど、倉塚さんも一緒だったからそんなことはないと思います」
みなもが答え、将之に同意を求めるような視線を向けた。将之はみなもにとってすっかり頼もしいお兄さんのように映っているらしい。もともとがお人好しな性格の将之は、やや照れて頭を掻いた。
「ようくんも云ってたな、そもそもが歪んだ空間だから、それぞれがバラバラの電車でここへ来て、しかしそれらが全て再終電車だったことも考えればその辺りの矛盾はむしろ当然にも思える、と」
海がみんな、というよりはように向って云い、ようも頷いた。だってそうじゃない、と。
「そうね、そういう事だと思うわ。でも、元から一緒だった二人は別として、最初はバラバラに同じ筈の場所に存在していた者同士が一人ずつでも遭遇し、今こうして全員が揃っている、ということは」
「……最初は矛盾だらけだった空間が、段々と確立しつつある……。綾和泉さん、さっき仰ってたタイムリミットって、そういう事だったんですね」
裕介が納得したように云った。それに被さって、慌てたみなもが、それに間に合わないとどうなるんですか、と声を上げる。
「……まあ、ここにいるみんなならそれぞれに何とか脱出はできると思うけどね。但しさっきも云った様に、実力行使になるから、どんな反動が来るか分からないし、それは最終手段ね。でも今なら、まだ不完全な空間の隙を捜せると思うわ」
「根拠は? もしかしたらもうタイムリミットを過ぎちまってるかも、」
将之の言葉に、汐耶は自分の腕時計と駅構内の時計を同時に指した。裕介が補足的に説明する。
「元の世界からの時間は異次元空間では機能せず、然しここの時計は規則的に時間を進めている」
「これは私の仮説なんだけど、この空間が発生した時刻が再終電車の時間で、十二時十九分。これはひとつの区切りと思っていいでしょう。そして、今が四時過ぎで、既に空間が大分確立しているとすれば、次の区切りは?」
「……始発?」
「何時だ、始発は」
将之が時計の横に掛った時刻表を見やった。
和光市方面への始発が五時十二分、新木場方面への始発が同十九分だ。念の為に早い方の時刻を参照するとすれば、五時十二分として、あと一時間程だ。
【5】
今では、正確な時間を刻む時計が無いので時間は分からないが、おそらくまだ四時半を過ぎた位だろう。
一同は、海が再び絵に描いて具現化し、ようが与えた言霊によって「出口へ向う様」命じられた地下鉄に乗り込んでいた。
『道無き道にも照らす光が在り、そして光の先に必ず道は開かれている。言霊は真となり我に道を示せ』
ようの言葉と共に車両は走り出した。
現在、数分が経過しても電車は走り続けていた。車両に居るとよく注意して感覚を研ぎすましていなければ気が付かないが、恐らくは、みなもが駅の中を走り回った時の様に、線路上の空間を彷徨っているのだろう。
だが、きっとその内に空間の穴を縫って元の営団地下鉄有楽町線に戻れる筈だ、と海、よう、裕介、汐耶は判断したのだ。そして、その穴を潜り抜けられる速度──それはつまり地下鉄の速度である。
因みに他の面々はと云えば──みなもは「じゃあこれでやっと戻れるんですね」と心から嬉しそうに歓び、将之は「任せるわ、何か手伝う事があったら云ってくれ」と云い、蓮はというと非常にマイペースであり、黙ってついて来た後は座席に登って窓の外をじっと眺めていた。
「『有楽町で逢いましょう』って唄、知ってるかしら」
走り出して暫くしてから、汐耶が口を開いた。先程、裕介が結局、有楽町の都市伝説って、と尋ねた時、今は時間が無いから後でね、と云っていたのだ。
「……」
端から聞いていそうにない蓮を除き、全員が黙ったまま顔を見合わせた。
「それはそうよね、私だって最初は思い出しもしなかったもの。何しろ、50年位昔の流行歌よ」
「どんな曲ですか?」
みなもが興味津々、といった表情で尋ねたが、汐耶は厭よ、ここで歌うなんて恥ずかしいじゃない、ちゃんと覚えてないし、とそれは受け流した。
「だけど、私なんかが聞くとああ、古い……昔らしい、そう、昭和中期っぽい唄だな、と思ったわよ。いかにも歌謡曲、って感じのね、当時流行ってたブルースにちょっとだけ気触れたような感じ。だけど、当時はものすごく流行したらしいのよ。それと、そごう。裕介君、さっき見たわよね」
裕介は頷いた。
「有楽町で逢いましょう」は、1957年、昭和32年の11月にそれまでは無名だった歌手によって歌われ、大流行し、その無名の歌手は一夜にして大スターとなった。そして、「有楽町で逢いましょう」は当時としては日本で初めてと云っていいコマーシャルタイアップ曲だったのだ。同年7月に有楽町に開店したデパート、そごう。開店当日には30万人もの人間が押し寄せたと云われる。2年前に倒産し、今はデジタルの時代を象徴するような大手カメラチェーンにとって替わったそごうも、バブルの頃には包装紙がステイタスシンボルともされていた。「有楽町で逢いましょう」とそごう、そして有楽町という街全体が、今となっては「古き良き昭和という時代」を象徴していたことだろう。
汐耶がその曲のタイトルを思い出したのは、裕介と一緒に実体も魂もない形だけのコインロッカーベイビーズを見た時だった。
コインロッカーベイビーズ、という言葉自体が、1970年代の流行語である。その扇情的なニュースに人々は驚愕し、それをタイトルにした小説も生まれた。これもまたベストセラーになったが、その中で、主人公の内一人の少年が歌手となり、「有楽町で逢いましょう」をカバーして歌ったシーンがあるのだ。
「そう云えば、コインロッカーベイビーをテーマにした都市伝説もあったな。有名な奴で、子供をコインロッカーに捨てた母親が何年か後に少年になった子供の幽霊と逢う、って奴だ」
裕介が思い出したように口を開いた。
「そう、そういった都市伝説の類って、はっきりとは記憶してない分、何となく断片的なイメージとして記憶に残るでしょう? それと、この街ね、まるで絵に描いた街みたいに、細かい物が省略されてるの。あるのは大きな建物やこの駅だけで、普通なら、用でもない限り見落としがちだけど何処にでもあるような自動販売機とか屑篭、広告の類が一切無かったの」
「あ、そう云えばあたしも自動販売機とトイレを探したんですけど、見つかりませんでした」
みなもも思い出したように云い、裕介が後を継いだ。
「それに、普通だったら思念が形骸化したものであるのが一般的だと考えられるコインロッカーベイビーズも、ただそこにあるだけのホログラム状態だった。きっと、人間のイメージとしてのコインロッカーベイビーズが形になったものなんだ。イメージだから、本物でもないし、思念が存在する訳でもない」
「この空間全体が、人々のイメージの複合体だったんだね……でも、どうして今日に限ってそんなものが発生して、俺達が取り込まれてしまったんだろう?」
ようの問いかけに、汐耶は首を振って分からないわ、と答えた。
「でも、都市伝説自体がそうやって生まれたものなんじゃないのかしら。あれは、ただの噂じゃなくて、その噂の複合イメージが何かの拍子に多次元空間として実際に生まれてしまい、そこにたまたま迷い込んだ人達の体験談……なのかもね」
何故そこによりによって自分達が取り込まれてしまったのかは分からないが、──なんとか脱出も出来そうだし、それに、少なからず人外の物を察知する感覚が特出している彼等が、この空間に入ってしまったのも不思議ではないかもしれない。
その時だ。それまで人の話等何も聞いていなかったような蓮が、「来たよ」と声を上げた。
「今までと雰囲気が変わった」
つい話に熱中していた他の面々はうっかりしていたが、ずっと窓を眺めていた蓮が空間の綻びに入った事を察知したらしい。
車両はホームに滑り込み、開いたドアから降り立った一同は、──元の世界の、始発前のまばらに人影の見える地下鉄有楽町駅に、降り立った。
【6A】
みなもが振り返った時には、そこにはもう乗って来た筈の車両は存在していなかった。
みなも達7人は、傍目にはいきなり線路上の空間からホームに現れたように見えるのかもしれないが、おそらくは朝早く、まだ寝惚けていた自分の眼がただ今まで気付かなかった人間の存在に気付いた、位にしか記憶に残らないだろう。急に目の前に今までいなかった人間が現れたように感じる、そういう瞬間はよくある事だ。大抵、ああ、ぼんやりしていた、と思う位ですぐに忘れてしまう。
──或いはそれも、こうした都市伝説の一端なのかもしれないが。
「良かった……帰って来れた……」
みなもは安心感から泣きそうになりながら呟いた。
緊張の糸が切れると同時に、昨日の昼から何も食べていない事に気付き、眠気より何よりまず空腹感を覚えた。……食事と云えば。
「あ! あたし、夕飯作りに帰らなきゃ……」
「夕飯と云うよりは、朝食ね」
汐耶が軽く修正した。
「みそのお姉様とみあおがきっと心配してる、急がないと……」
みなもは駆け出しかけてからまた慌ただしく立ち止まって一同──いつの間にか消えていた蓮を除き──にぺこりと頭を下げた。
「色々お世話になりました。じゃ、あたし帰ります」
然し勢いよく階段を駆け上がったみなもは、またしても改札前で切符を持っていない事に気付いて慌てる事になる。
今度はちゃんと詰めていた、改札脇の駅員に切符を失くしてしまった、と説明して出して貰ったが、始発前の駅でホームから切符を失くしたと云って駆け込んできた、煤けたセーラー服姿の少女は駅員には妙に映っただろう。
忘れ物でもしたかい、とその駅員が声を掛けた時には既に、みなもは地上へ向けて走り去っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1098 / 田中・裕介 / 男 / 18 / 高校生兼何でも屋】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
【1430 / 久坂・よう / 男 / 14 / 中学生(陰陽師)】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 司書】
【1523 / 片瀬・海 / 男 / 21 / 大学生】
【1555 / 倉塚・将之 / 男 / 17 / 高校生兼怪奇専門の何でも屋】
【1790 / 瀬川・蓮 / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー)】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、今回初めて東京怪談のシナリオを書かせて頂きました、x_chrysalisというライターです。
さて皆様この度は異空間有楽町へようこそおいで下さいました。
そして、無事元の世界、皆様の住まうべき東京怪談の世界へ脱出されました事、お祝い申し上げます。
規定最大文字数の3倍にもなる長文となってしまい、さぞお疲れだろうと思います。
何分不馴れな事も多く、不用意に皆様に負担を掛ける結果となってしまいました、深くお詫び致します。
然しながら、僕の方で用意したシナリオに皆様のプレイングを絡めて行く作業は想像以上に楽しく、改めて今回御参加下さった方々に感謝する所です。
描写やシナリオの内様等、少しずつでも楽しい物にできるよう務めますので、また気が向かれた時には是非御参加下さい。
誤字脱字、PC設定等には気を付けたつもりですが、誤りや勘違いがありましたら遠慮なく御指摘下さい。
尚、お気付きかとは思われますが各章ごとの数字の後にアルファベットが続いている場合、その部分には同時間上の他角度からの描写が存在します。御自身のプレイングが他PCにどう影響したか、或いはその間他PCがどんな行動をし、何を見ていたか等、お時間がありましたら是非御一読下さい。
今回の御参加、ありがとうございました。
x_c.
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