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■有楽町で逢いましょう■

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【1430】【久坂・よう】【中学生(陰陽師)】
「お客さん、終点ですよ……」
 車掌に起こされ、貴方は目を開けた。
 いつの間にか眠っていたらしい。
「起きて下さい、終電ですから」
「ああ……、どうもすみません」
 ぼんやりしたままホームに降り立った貴方。貴方が降りると、電車は走り去った。
「……」
 ホームは閑散としていて人一人いない。それも当然か……。
 終電に乗ったのなんて久し振りだ、と思いながら地上へ出た貴方の視界に飛び込んで来たガラス張りのビル。
 ……待てよ。
 ここは自分の帰路にはないじゃないか。そうか、寝過ごして……。
 眠気が一気に吹き飛んだ。駅の名前を確認した貴方は愕然とする。
──有楽町?
 地下鉄有楽町が終点なものか。一体どうしたんだ、自分が寝ぼけていたのか?
 ともかく家に帰る方法を探さなくてはいけない。この時間だと……タクシーか。
 しかし、貴方はタクシーや他の車どころか、通行人の一人にも出会うことはなかった。どれだけ声をあげても、駅の中に戻っても、見事なまでに誰もいない。
 しかも、地上に出てみれば、どこをどう歩いても必ず最後には元の場所へ戻ってきてしまうのだ。
 
 タイムリミットは朝の5時。 
 それまでに元の次元へ戻り、現実世界の始発に乗らなければ、この空間次元に取り込まれ、自力で脱出することは不可能となってしまう。

※終電が午前0時過ぎとして、約5時間の時間内での脱出劇となります。他PCと協力して手分けするも良いでしょう。空間発生の原因を主に探すも良いでしょう。とりあえず脱出する方法を探すも良いでしょう。同じ次元に取り込まれた他PCとは遭遇する可能性もありますし、原因を突き止めなくともPCの能力によっては思わぬ所から脱出できるかもしれません。ともかく、不条理の世界を駆け回る事になります。


有楽町で逢いましょう

【0B】

 片瀬・海(かたせ・うみ)が車掌に肩を軽く肩を揺すられ、眼を覚ました時もう片方の肩には久坂・よう(くさか・よう)がもたれ掛かってすやすやと眠りこけていた。
 起きていれば7歳も年下とは思えないクールな落ち着きを見せる彼が、あどけなく寝息を立てているのを見て、起こすのは少し勿体無いな、それに余程疲れているようだし、と思い声をかけるのを憚る。そもそも今日美術館へと彼を連れ出したのは海の方だった。
 どうもすみません、と車掌に頭を下げると、自分よりも小柄なようの腕を肩にかけて抱き起こし、車両を降りた時だ。
「……終電?」
 さっき車掌に云われた言葉が不意に脳裏に蘇った。はっと車掌を振り返った海の目前でドアは閉まり、海とようの薄い色の髪の毛を吹き晒す風を残して、地下鉄の銀色の車体は走り去った。
 その後、姿を現した駅名表示タイルを見た海は、ようを肩に抱えたまま眉を顰めた。魔を見抜く彼の青い瞳が、何かを察知していた。

──営団地下鉄、有楽町線を御利用頂きまして、ありがとうございます……。
 アナウンス特有の、くぐもったような女性の声が響いていた。
 
【1B】

「ああ……」
 先程眼を覚ましたばかりのようは、額に指先を当てると目眩を覚えてぐらり、と倒れ掛った。
 何て事だ。電車の中で、人前で熟睡してしまった上に海の肩にもたれ掛かっていたなんて。あまつさえ、そうして二人仲良く寄り掛かって寝過ごしている間に美術館からの帰りに乗った自宅への電車が、何故か地下鉄有楽町線に変わってしかも辿りついた駅が異空間だったとは。陰陽師の一族久喜坂家の分家の陰陽師当主たる自分にあるまじき失態だ。それだけでも気が遠くなりそうなのに、この友人の見事なまでの気楽さはどうだ。目眩がする。……駄目だ、倒れる。
「大丈夫、ようくん?」
 海は慌ててようの華奢な身体を支えた。そして、美しい顔を蒼ざめさせているようを気遣わしげに覗き込む。
「大丈夫だ、ようくんは俺が護るさ、例えこの身が果てても、ようくんだけはきっと元の世界へ返してやる」
「……『僕』が今卒倒しかけたのは海があまりにそう気楽だからなん『ですよ』」
 ナイトを気取ってみた海は、繊細な指の間からきらりと覗く緑色に燃える様な瞳だけはそのままに笑顔を浮かべ、口調の変わったように口を噤まざるを得なかった。一見穏やかそうに見えるようだが、彼の一人称が「僕」に、語尾が敬語に変わった時は要注意だ。
「……まあまあ、ともかく、状況を整理してみよう」
 ようやく実際的な話を始めた海に、気を持ち直したようは頷いた。
「俺とようくんは、国立近代美術館からの帰り、夕方には竹橋駅からの地下鉄に乗っていた。これは東西線だ。竹橋駅には他の路線は何も通っていない。乗り間違えた可能性は無い」
「そして地下鉄東西線上には有楽町駅は無い……」
 ようも口許に手を当て、言葉を継いで考え込む。
「つまり、俺達がここにいるのは論理的におかしい、ってことだよね」
 ようの「僕」が「俺」に戻った事に安堵して、海は続けた。
「そう……それに、いくらなんでも夕方から終電の時間まで乗り過ごした、っていうのもおかしいな。普通ならいくら熟睡していても、終点に着く度に車内は一度乗客を全員外へ出す。最初の終点で既に車掌なりに起こされてる筈なんだ」
「海を起こした車掌は、終電、しかもここが終点だと云ったんだよね?」
「ああ。有楽町止まりの路線がなかったかはちょっと今はっきりしないが、それがあったにしても終電で途中の駅が終点、というのはおかしいだろう」
 そうだね、とようも頷く。
「そして、降りてみれば人一人いない、駅員もいない、おまけに地上の様子が明らかに正常じゃない。これは……何か、閉じた空間に取り込まれた、と考えた方が正しいだろうな」
「それは確実だ」
 ようも頷いた。ようは、双児の妹のつきとテレパス能力により離れた場所にいても交信する事が可能だ。だが、さっきから何度も交信を行おうと試みているのに、反応がない。それどころかつきの気配を把握できない。これは、つきに何かあったというよりも自分が異空間に取り込まれ、隔離されたと考えるべきだろう。
「困ったな……、早く帰らないとつきが心配するし……」
 テレパスによる交信さえとれない兄を、どれだけ心配しているだろうつきの事を思うと冷静ではいられない。
「……もしも……」
「もしも?」
 何かの可能性に思い当たったと見えるように聞き返した海は、再びどっと冷や汗を浮かべる事になった。……顔を上げたようが極上の笑顔を浮かべているではないか、しかも眼だけ笑わずに。
「これが人為的なものだったら……いくら温厚な『僕』でも怒っちゃうよ?」
 海は冷や汗拭いながら、まあまあ、とようを宥めた。

【2B】

 とりあえず、と海はホームの壁に向うと、そこに実物大で一般的な扉の絵を描いた。
 美大で日本画を専攻しているだけあり、限られた画材だけでいとも慣れた様子でさらさらと描いて行く。瞬く間に描きあげた扉の絵は、陰影から素材感まで実にリアリティがあり、まるで本物の様だ。……そして、その扉の把手に海が手を掛けると、その扉は本当に開いたのである。
 描いた絵を実体化する事ができる、海の能力である。海は絵や文字を使い、邪悪なる物を封印することができる一族の長子だ。……惜しむらくは、一族の中でも特に、長としての素質、才能に秀でていながらその脳天気な性格故か本人に一族を継ぐ気が全く無いことだ。
「さて、」
 海はようを振り返り、一見、同じ様なホームが向こうに見えている扉の向こうへ足を踏み入れた。上手く行けば、ここから元の世界へ戻れるかもしれない。
「じゃ、俺が先に行くから、上手く戻れればようくんは後から付いて来て」
 ようが頷いた。そして、海は扉の向こうへ消え、──次の瞬間にはようの背後に現れた。
「……」
 ようの視線には諦めと大袈裟な前振りをして置きながら自分の背後に瞬間移動しただけの海への呆れがあった。海は愛想笑いをして誤摩化してから、ことさら真面目な表情になって考え込んだ。
「駄目か」
「駄目だね」
「後はそうだな……、これも試してみるかな」
 海が次に描いたのは、これもまた等身大の人間──さっき、自分を起こした地下鉄の車掌の姿である。寝起きのぼんやりした頭でも、一度見た物の、特に外見的な特徴は忘れない。
「海?」
 ようが怪訝な表情をしている。そんな物を描いてどうする気だ、というのだろうが、黙って見ている内に海の意図に気付いた様だ。
 そう簡単に元の世界へは抜け出せないとなれば、まずはこの世界について探る必要がある。この世界の壁に描いたものであれば、この世界の法則に従って行動するだろう。さっきの扉がいい例だ。
 やはり素晴らしく写実的に描きあがった車掌に海が意思を吹き込む。
「向うべき所へ行き……為すべき事を為せ」
 ゆらりと壁から抜け出ると無言のままホームを徘徊し始めた。
 海とようはじっとそれを見守っていたが、車掌は二人を気に止める様子もなくただ歩き続けている。
「もしもし?」
 海が声をかけても、聞こえていない風だ。元々、生きる世界が違う人間の言葉は耳に入らないのか、あるいは、彼には意思や感覚がない──つまり、決められた役割を果たす以外、外部から干渉できる存在ではないか、だ。
「海」
 ようが海の袖を軽く引き、相変わらず徘徊を続ける車掌を指した。
「何かを探している様に見えない?」
 確かに、彼はただ歩き回るだけでなく視線を周囲に走らせている様だ。よく観察すれば、困惑している様にも見える。……それはそうだ。海が、「為すべき事を為す様」命じたのに、何かを「為す」のに必要なものが無ければ困ってしまうのだろう。
 彼の視線は眼の位置にある。探し物は足下などに落ちている訳ではないという事だ。
「車掌が駅のホームで探す物か……」
「何だろう、俺達の事は見えてないみたいだし」
「……電車?」
 ふとそう呟いた海は、よし、と声を掛けるとホームから線路に飛び降り、そちら側の壁にまた絵を描き始める。今度は大作だ。何しろ、地下鉄の車両の実物大なのだ。その為、やや簡略化はしたが描き上がった地下鉄が実体化すると海はその脇からホームへ戻って来た。
「さて、どうするかな」
 果たして、探し物を続けて困りきっていた哀れな車掌は目的の物に出会った様だ。躊躇う事無く車両に向い、車掌室に入って行く。
「海、動かそうとしてるんじゃない?」
「ああ、でも……」
「それならそれで、この地下鉄がどこへ向うか、だね」
 やがて車内照明を点けた地下鉄は、発車前特有の稼働音を響かせ、ドアを閉めるとゆっくり動き始めた。
 走り去った車両はすぐに線路内の暗闇に飲み込まれ、見えなくなった。
 じゃ、とようが今度は懐から一枚の紙片を取り出した。陰陽師である彼が式神を操る為の呪符である。ようが眼を閉じて気を集中させ、緑色に輝く瞳をぱっと見開くとそれは一瞬、炎のような光に包まれて姿を優美な白鷹に変えた。
「様子を見ておいで」
 ようが命じると、白鷹は車両を追ってやはり闇に吸い込まれて行った。
 壁にかかった駅名表示パネルには、有楽町、という駅名と共に地下鉄の進行方向が矢印で示され、その矢印の横には銀座一丁目、と記されていた。

「……!」
「ようくん?」
「式が……何かと遭遇した」
「え、」
 ようの気が俄に張り詰めた。その時である。
 海は、急に別の視線を感じて振り返った。
 今まで二人しかいなかった筈のホームのベンチの前に、一人の小柄な少年が立っている。──いつの間に……。
 腕を組み、大きな黒い瞳をこちらに向けて爛々と光らせている少年から漂う気配は普通ではない。
 海はその間に戻ってきた式神を腕に停まらせ、「いい子だね、大丈夫?」と優しく気づかっているように注意を促した。
「……、」
「……、」
 二人はまっすぐ少年と向い合った。お互いの正体を探り合っているのは明らかである。
 やや緊迫した空気が流れていたが、やがてホーム全体に姦しい男女一人ずつの声が反響し、また線路の奥の闇から、──今度は人間の少年少女が二人、走って来た。

【3_1】

「とりあえずだな、俺達を轢き殺しかけた電車はあんたが絵に描いて具現化したもので、あのバケモンはこのガキが飛ばした使い魔だって?」
 海原・みなも(うなばら・みなも)、海、よう、瀬川・蓮(せがわ・れん)、倉塚・将之(くらつか・まさゆき)の五人がホームに集まった所で、お互いの情報を交換した後、将之が海と蓮に喰ってかかった。
「まさか、人が線路沿いに歩いてたなんて気付かなかったからさ。それに、その車両を動かしたのは正確には同じく絵が具現化した車掌だ」
「あれはただの使い魔だったのにさ、キミが先に攻撃したりするからいけないんじゃないか」
 それが、それぞれの云い分だった。
「まあ、この子供も悪意は無いと云っているし、ようくんの式神で事無きを得た事だし、良しとしよう」
「……まあいいけどよ。……悪意無し……本当か?」
 将之は溜息をついて悪びれた風のない蓮を見た。
「……でも、不思議ですよね、あたし達も結構ホームは隈無く見て回ったつもりだけど、その時には海さんやようさんや蓮さんの存在に気付きもしなかったなんて」
 みなもは気にする風はなく、素直な疑問だけを述べた。
「そもそもが歪んだ空間だからね、それぞれがバラバラの電車でここへ来て、しかしそれらが全て再終電車だったことも考えればその辺りの矛盾はむしろ当然にも思えるよね」
 ようが答えた。その時、蓮が立ち上がって、あ、帰ってきた、と声を上げて階段を見やった。全員がそれに釣られて視線を向けると、まず先程と同じ姿の使い魔が一匹やたらと気を昂らせたようにキィキィと喚きながら飛来して蓮の手許に滑り込み、それに次いで二人の人物が階段を掛け降りて来た。田中・裕介(たなか・ゆうすけ)と綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)だ。

【3_2】

「おっ……と、……お揃いだな、」
 みなも、海、よう、蓮(+使い魔一匹)、将之の一同に眼を停めた裕介は、この使い魔はお前のペットか、というように蓮を一瞥しながらもその中に加わった。
「汐耶さん、」
「あら……みなもちゃんも取り込まれてたのね」
「そうなんです……本当は早く帰って夕飯作らなきゃいけなかったのに……。……みそのお姉様とみあお、心配してるだろうなあ……」
 そうみなもが困ったように笑うと、ようもぽつりと独り言を洩した。
「……つきが心配してるだろうな」
「俺も、もし地上に脱出できる空間がなければ線路を伝って行こうと思ってたんだが……どうだった?」
 更には、線路内を歩き、電車避けに飛び込んだり使い魔と格闘している間にセーラー服を煤だらけにしてしまっていたみなもに、裕介が問う。床に置いたやけに大きなトランクを開けながら。
「駄目でした、歩いても歩いても駅には付かないんです。倉塚さんが、次の駅までは500メートル位だって仰ってたんですけど、それ位は絶対に歩いても着きませんでした」
「そうか……」
 そう云いながら中身を漁っていた裕介が何かを探り当てて引っぱり出した。
「俺が絵に描いた、地下鉄車両もある場所で消えてしまったらしいしな」
 海の説明は簡単に聞き流し、裕介がみなもの前に差し出したのは何故かメイド服だった。
「……え? あたしに?」
「……着ません? とりあえず、そんな格好じゃ何だから」
「……その服も充分『そんな格好』だと思うけどね」
 汐耶が呆れて何を考えているのか、この少年は、という様に溜息をついて裕介を見下ろした、が、──変わった趣味ではあるが彼なりに気を使ってみなもの疲労を労おうという配慮らしかった。
 それぞれがそんな勝手な事を云っている内に、蓮は使い魔から話を聞いていた。
「……そう、じゃ、他のコ達は地上で迷子になってるんだ。じゃ、キミ、迎えに行ってきて」
「……なんだって、わざわざ偵察にそんな紛らわしいものを飛ばすんだ。一瞬混乱したぞ、俺は」
 裕介が蓮に問いただした。
「ボクの友達だもん、いいじゃない。この人だって変なもの飛ばしてたし」
「白鷹、もっと正確に云えば式神『です』」
 眼だけが笑わない笑顔で蓮に云い返したようを、海が慣れた様子で「まあまあ」、と宥める。
「ところで、他の人は? これで全員なの、ここに取り込まれたのは?」
 汐耶が問う。
「断言はできませんね、俺達はずっとホームにいたんですが、何故かみなもちゃん、将之君やコイツと鉢合わせたのはついさっきなんです。お互いの存在に気付かないで好き好きに行動した結果、ちょっと一悶着あったんですが、その前にはみなもちゃん達はホームは隈無く見て回ったらしいし、コイツも電車を降りてからずっとホームにいたそうなんですが、逢わなかったんです」
 海がまだようの気配に気を配りながら簡潔に説明した。
「何でボクだけコイツ呼ばわりな訳? ま、いいけどさ、それより、とりあえずこの中に取り込まれたのはこの7人で全員らしいよ」
「根拠は? 現にこうして時間軸のパラドックスが起きてるじゃないか」
「あのコ達が見たんだもん、間違いないよ」
 低級とはいえ使い魔が見たなら確かに確実性はあるか、と裕介は一応納得した。
「汐耶さん達はずっと地上にいらっしゃったんですか? あたしも一応地上は見て回ったんですけど……何か、分かりました?」
「この街が誰かの意識の中の映像が集まってできたホログラムみたいなもの、ってことでしょ?」
 使い魔から聞いた情報を蓮がさらりと告げた。そうなんですか? とみなもが地下に居た他のメンバーを代表して裕介と汐耶に聞いた。
「ええ……そうね。そう云うこともできると思うわ」
「人為的なもの、ってことですね?」
 ようがきらりと瞳を光らせて聞いた。海がその肩を押さえている。
「人のやった事、と云えるとは思うわ。でも決して、悪意ではないわよ」
「どういう事です?」
 ここは、と汐耶は周囲を見回し、言葉を継いだ。

「イメージとしての有楽町」

【4】

「綾和泉さん、それがさっき云っていた有楽町の都市伝説、ですか?」
 裕介の言葉に、汐耶は頷いた。
「イメージ? どういうことです?」
「……私達が地上に居る間にキミ達がどんな風に仲良く喧嘩していたのかは知らないけど、何となくは気付いたでしょう? この空間に、何かの意図や悪意らしいものはないって」
「そうでしょうか?」
「そうか?」
 ようと将之がほぼ同時に蓮に視線をやったが、小憎らしい程愛らしい大きな眼を瞬かせている蓮には丸きり堪えていないらしい。──この年頃の少年というのは、あくまで無邪気な中に狡猾さや残忍性を秘めているものなのだ。……してそれは、蓮と一つしか歳が違わず、一見穏やかそうに見えるよう等にも当て嵌まりそうだ。……汐耶の話に一生懸命頷いているみなもが何とも健気に見える。
 ──それはさておき。
「私も最初に、多次元空間の歪みに取り込まれて、閉じ込められた事には気付いたけど、そもそも、パラレルワールドって、悪意から人為的に生まれることって少ないのよね。むしろ、複数の要素がたまたまある条件下で一致した時に偶然発生してしまうことが多い。だからでしょう、裕介君が都市伝説の事を考えたのは」
「ええ」
 裕介は頷く。
「都市伝説?」
 ようが尋ねた。
「結局、噂でしょ、人の」
 蓮が口を挟んだ。
「元が噂だから、結構下らないものばっかりじゃない」
「事実は小説より奇なり、だな」
 将之が、さっき線路内で経験した珍騒動を思い出しながら呟いた。
 地下鉄の線路上を歩くはめになり、電車に轢かれかけ、悪魔に襲われ、白鷹に導かれてみれば陰陽師の少年と描いた絵を実体化できる青年とほんのガキのデビルサモナーが睨み合って居たではないか。全く、どんな都市伝説や眉唾ものの噂より、ここ東京に実際に起こる出来事の方が余程奇怪だ。それに、当て所なく瞬間移動の罠に延々走らされ続けたみなもの事や、裕介と汐耶の見たシュールなコインロッカーベイビーズを足せば、実に──不条理な事だ。
「結論から云えば、今の内ならここから脱出するのは割りと簡単よ。最初は、これがもっと完全に封印された空間ならばその封印に綻びを作って──まあ、これは殆ど実力行使だからあまり乗り気じゃなかったけど、脱出するしかないと思ってたわ。だけど、キミ達の話を聞いて分かった。キミ達、同じ時間に同じホームに居たはずなのに、ある時まで全然鉢合わせなかったんですって?」
「はい、あたしだけならうっかり見落としちゃったかもしれないけど、倉塚さんも一緒だったからそんなことはないと思います」
 みなもが答え、将之に同意を求めるような視線を向けた。将之はみなもにとってすっかり頼もしいお兄さんのように映っているらしい。もともとがお人好しな性格の将之は、やや照れて頭を掻いた。
「ようくんも云ってたな、そもそもが歪んだ空間だから、それぞれがバラバラの電車でここへ来て、しかしそれらが全て再終電車だったことも考えればその辺りの矛盾はむしろ当然にも思える、と」
 海がみんな、というよりはように向って云い、ようも頷いた。だってそうじゃない、と。
「そうね、そういう事だと思うわ。でも、元から一緒だった二人は別として、最初はバラバラに同じ筈の場所に存在していた者同士が一人ずつでも遭遇し、今こうして全員が揃っている、ということは」
「……最初は矛盾だらけだった空間が、段々と確立しつつある……。綾和泉さん、さっき仰ってたタイムリミットって、そういう事だったんですね」
 裕介が納得したように云った。それに被さって、慌てたみなもが、それに間に合わないとどうなるんですか、と声を上げる。
「……まあ、ここにいるみんなならそれぞれに何とか脱出はできると思うけどね。但しさっきも云った様に、実力行使になるから、どんな反動が来るか分からないし、それは最終手段ね。でも今なら、まだ不完全な空間の隙を捜せると思うわ」
「根拠は? もしかしたらもうタイムリミットを過ぎちまってるかも、」
 将之の言葉に、汐耶は自分の腕時計と駅構内の時計を同時に指した。裕介が補足的に説明する。
「元の世界からの時間は異次元空間では機能せず、然しここの時計は規則的に時間を進めている」
「これは私の仮説なんだけど、この空間が発生した時刻が再終電車の時間で、十二時十九分。これはひとつの区切りと思っていいでしょう。そして、今が四時過ぎで、既に空間が大分確立しているとすれば、次の区切りは?」
「……始発?」
「何時だ、始発は」
 将之が時計の横に掛った時刻表を見やった。
 和光市方面への始発が五時十二分、新木場方面への始発が同十九分だ。念の為に早い方の時刻を参照するとすれば、五時十二分として、あと一時間程だ。

【5】

 今では、正確な時間を刻む時計が無いので時間は分からないが、おそらくまだ四時半を過ぎた位だろう。
 一同は、海が再び絵に描いて具現化し、ようが与えた言霊によって「出口へ向う様」命じられた地下鉄に乗り込んでいた。

『道無き道にも照らす光が在り、そして光の先に必ず道は開かれている。言霊は真となり我に道を示せ』

 ようの言葉と共に車両は走り出した。
 現在、数分が経過しても電車は走り続けていた。車両に居るとよく注意して感覚を研ぎすましていなければ気が付かないが、恐らくは、みなもが駅の中を走り回った時の様に、線路上の空間を彷徨っているのだろう。
 だが、きっとその内に空間の穴を縫って元の営団地下鉄有楽町線に戻れる筈だ、と海、よう、裕介、汐耶は判断したのだ。そして、その穴を潜り抜けられる速度──それはつまり地下鉄の速度である。
 因みに他の面々はと云えば──みなもは「じゃあこれでやっと戻れるんですね」と心から嬉しそうに歓び、将之は「任せるわ、何か手伝う事があったら云ってくれ」と云い、蓮はというと非常にマイペースであり、黙ってついて来た後は座席に登って窓の外をじっと眺めていた。

「『有楽町で逢いましょう』って唄、知ってるかしら」
 走り出して暫くしてから、汐耶が口を開いた。先程、裕介が結局、有楽町の都市伝説って、と尋ねた時、今は時間が無いから後でね、と云っていたのだ。
「……」
 端から聞いていそうにない蓮を除き、全員が黙ったまま顔を見合わせた。
「それはそうよね、私だって最初は思い出しもしなかったもの。何しろ、50年位昔の流行歌よ」
「どんな曲ですか?」
 みなもが興味津々、といった表情で尋ねたが、汐耶は厭よ、ここで歌うなんて恥ずかしいじゃない、ちゃんと覚えてないし、とそれは受け流した。
「だけど、私なんかが聞くとああ、古い……昔らしい、そう、昭和中期っぽい唄だな、と思ったわよ。いかにも歌謡曲、って感じのね、当時流行ってたブルースにちょっとだけ気触れたような感じ。だけど、当時はものすごく流行したらしいのよ。それと、そごう。裕介君、さっき見たわよね」
 裕介は頷いた。

 「有楽町で逢いましょう」は、1957年、昭和32年の11月にそれまでは無名だった歌手によって歌われ、大流行し、その無名の歌手は一夜にして大スターとなった。そして、「有楽町で逢いましょう」は当時としては日本で初めてと云っていいコマーシャルタイアップ曲だったのだ。同年7月に有楽町に開店したデパート、そごう。開店当日には30万人もの人間が押し寄せたと云われる。2年前に倒産し、今はデジタルの時代を象徴するような大手カメラチェーンにとって替わったそごうも、バブルの頃には包装紙がステイタスシンボルともされていた。「有楽町で逢いましょう」とそごう、そして有楽町という街全体が、今となっては「古き良き昭和という時代」を象徴していたことだろう。

 汐耶がその曲のタイトルを思い出したのは、裕介と一緒に実体も魂もない形だけのコインロッカーベイビーズを見た時だった。
 コインロッカーベイビーズ、という言葉自体が、1970年代の流行語である。その扇情的なニュースに人々は驚愕し、それをタイトルにした小説も生まれた。これもまたベストセラーになったが、その中で、主人公の内一人の少年が歌手となり、「有楽町で逢いましょう」をカバーして歌ったシーンがあるのだ。

「そう云えば、コインロッカーベイビーをテーマにした都市伝説もあったな。有名な奴で、子供をコインロッカーに捨てた母親が何年か後に少年になった子供の幽霊と逢う、って奴だ」
 裕介が思い出したように口を開いた。
「そう、そういった都市伝説の類って、はっきりとは記憶してない分、何となく断片的なイメージとして記憶に残るでしょう? それと、この街ね、まるで絵に描いた街みたいに、細かい物が省略されてるの。あるのは大きな建物やこの駅だけで、普通なら、用でもない限り見落としがちだけど何処にでもあるような自動販売機とか屑篭、広告の類が一切無かったの」
「あ、そう云えばあたしも自動販売機とトイレを探したんですけど、見つかりませんでした」
 みなもも思い出したように云い、裕介が後を継いだ。
「それに、普通だったら思念が形骸化したものであるのが一般的だと考えられるコインロッカーベイビーズも、ただそこにあるだけのホログラム状態だった。きっと、人間のイメージとしてのコインロッカーベイビーズが形になったものなんだ。イメージだから、本物でもないし、思念が存在する訳でもない」
「この空間全体が、人々のイメージの複合体だったんだね……でも、どうして今日に限ってそんなものが発生して、俺達が取り込まれてしまったんだろう?」
 ようの問いかけに、汐耶は首を振って分からないわ、と答えた。
「でも、都市伝説自体がそうやって生まれたものなんじゃないのかしら。あれは、ただの噂じゃなくて、その噂の複合イメージが何かの拍子に多次元空間として実際に生まれてしまい、そこにたまたま迷い込んだ人達の体験談……なのかもね」
 何故そこによりによって自分達が取り込まれてしまったのかは分からないが、──なんとか脱出も出来そうだし、それに、少なからず人外の物を察知する感覚が特出している彼等が、この空間に入ってしまったのも不思議ではないかもしれない。
 その時だ。それまで人の話等何も聞いていなかったような蓮が、「来たよ」と声を上げた。
「今までと雰囲気が変わった」
 つい話に熱中していた他の面々はうっかりしていたが、ずっと窓を眺めていた蓮が空間の綻びに入った事を察知したらしい。
 
 車両はホームに滑り込み、開いたドアから降り立った一同は、──元の世界の、始発前のまばらに人影の見える地下鉄有楽町駅に、降り立った。

【6C】

 ようが振り返った時には、そこにはもう乗って来た筈の車両は存在していなかった。
 よう達7人は、傍目にはいきなり線路上の空間からホームに現れたように見えるのかもしれないが、おそらくは朝早く、まだ寝惚けていた自分の眼がただ今まで気付かなかった人間の存在に気付いた、位にしか記憶に残らないだろう。急に目の前に今までいなかった人間が現れたように感じる、そういう瞬間はよくある事だ。大抵、ああ、ぼんやりしていた、と思う位ですぐに忘れてしまう。
 ──或いはそれも、こうした都市伝説の一端なのかもしれないが。

 気付けば蓮はいつの間にか姿を消していたし、みなもは相変わらず家族の食事の心配をして慌ただしく走り去って行った。
 ……ふと、将之はここに迷い込んだ直後、自分が──その時には完全な無人状態だったのだから良かったが──切符が見つからずに改札機を飛び越えた事を思い出した。
「……あの娘、どうやて改札通るんだろ」
「まあ、一人位失くした、って云ったら通してくれるかもしれないけど、流石に何人も立続けて失くした、じゃ不審かもな。……という訳で、これ」
 それにしても便利な能力だ。海が、手持ちの小型のスケッチブックに五人分の入場券を描いて実体化させ、一人一人に配って行った。
「俺達も帰ろうか」
 海がようを促した。

 地上に出ると、まだ蒼味がかった空の下、涼しい風が心地良く髪を靡かせて通り過ぎた。
「いやあ、爽やかな朝だねえ」
「……この歳で、朝帰りだなんて……問題だよ、色々と」
 相変わらず脳天気に身体を伸ばす海の傍らで、ようはぽつりと呟いた。
「……まあ、不可抗力だよ」
「海は良くても俺はまだ14だよ? これは結構大変な問題だ……ああ、家の人に何て云われるだろう」
「まあまあ、とりあえず、腹減ってない? どこかで朝食摂ってから帰ろう、」
「勿論海の奢りだね」
 ようがさらりと云い、颯爽と先に立って歩き出した。
「元はと云えば海に付き合った結果だからね」
 う……と呻いている海には構わず、ようはやっと意思が通じたつきに対して言葉を送る。

──ああ、ちょっと厄介な事に巻き込まれてたんだけど、大丈夫、無事だよ。海も一緒だし。それよりつき、窓の外見てごらん。……朝焼けがきれいだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1098 / 田中・裕介 / 男 / 18 / 高校生兼何でも屋】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
【1430 / 久坂・よう / 男 / 14 / 中学生(陰陽師)】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 司書】
【1523 / 片瀬・海 / 男 / 21 / 大学生】
【1555 / 倉塚・将之 / 男 / 17 / 高校生兼怪奇専門の何でも屋】
【1790 / 瀬川・蓮 / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、今回初めて東京怪談のシナリオを書かせて頂きました、x_chrysalisというライターです。
さて皆様この度は異空間有楽町へようこそおいで下さいました。
そして、無事元の世界、皆様の住まうべき東京怪談の世界へ脱出されました事、お祝い申し上げます。
規定最大文字数の3倍にもなる長文となってしまい、さぞお疲れだろうと思います。
何分不馴れな事も多く、不用意に皆様に負担を掛ける結果となってしまいました、深くお詫び致します。
然しながら、僕の方で用意したシナリオに皆様のプレイングを絡めて行く作業は想像以上に楽しく、改めて今回御参加下さった方々に感謝する所です。
描写やシナリオの内様等、少しずつでも楽しい物にできるよう務めますので、また気が向かれた時には是非御参加下さい。
誤字脱字、PC設定等には気を付けたつもりですが、誤りや勘違いがありましたら遠慮なく御指摘下さい。

尚、お気付きかとは思われますが各章ごとの数字の後にアルファベットが続いている場合、その部分には同時間上の他角度からの描写が存在します。御自身のプレイングが他PCにどう影響したか、或いはその間他PCがどんな行動をし、何を見ていたか等、お時間がありましたら是非御一読下さい。

今回の御参加、ありがとうございました。

x_c.