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■飛行船を取り返せ!■ |
日向葵 |
【0284】【森杜・彩】【一般人】 |
とある街の飛行場から、その日、いつもと同じように一隻の飛行船が飛び立った。
通常、物資の輸送と人員の移動手段として使われているものだ。
行き先とその時の物資の中身と輸送状況によっては部外者――と言ってもある程度の身分証明は必要とされるが。たいがいにおいて連邦の敵ではないことさえ証明されれば簡単に許可が降りる――も乗れることになっている。もちろん、その分の代金は必要だけれど。
今回の乗員は輸送物資の護衛と、操縦員、そしてその他の人間が数人。
もともと物資の輸送が主な目的だし、旅人でもなければ飛行船が必要なほどの長距離移動は滅多にしないから、乗組員が全部で十数人というのはそう珍しいことではなかった。
貴方は今回この飛行船の護衛として――もしくはこの船の行き先を目的地とする外部の人間として――この飛行船に乗っていた。
ゆったりとした空の船旅を楽しんでいたその時。
ドカァッ!!
どこかで、爆音のような音が響いた。
直後。
「この船は我々が占拠した。大人しくしていてもらおう」
船内に、男の声でアナウンスが響いた。
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探し物はなんですか?
スタスタと、白い猫が街の塀の上を歩いている。
何故だかきょろきょろと当たりの様子を探りながら歩くそのさまは、見ていて危なっかしくて仕方がない。だが本猫(ほんにん)はたいして気にした様子もなく街中の探索を続けていた。
街の人々は自分のことだけで手一杯のようで、誰一人、白い猫に目を向ける者はいない。
ぐるりと一周街中を見て周って、白い猫は小さな溜息をついて立ち止まった。
この猫の名は森杜彩(もりとあや)。普段の彼女は純白の雪の色をそのまま持って来たような美しい銀髪と、闇夜を照らす月を思い出させるような銀の瞳を持つ、容姿の整った美少女である。
彼女は、母から受け継いだ獣の血筋のおかげで、こんなふうに猫の姿に変化することができるのだ。
普段は人の姿で居る彼女が猫の姿に変化しているのには、きちんとした理由がある。
すなわち、今この街で起きている失せ物事件を解決すること、だ。おおまかな事件の経緯を聞く限り、ただの失せ物ではなく、特殊能力を持った何者かが盗みを繰り返していると思うほうが正解だろう。
なにせこれだけ多くの物がなくなっているにも関わらず、誰一人犯人を目撃したという者はおらず、しかも被害者はその物品が盗まれたことにも気付かぬ有様。普段使わないような物品ばかりではない。いつも目につくところに置いてあった物品であっても、だ。
兄たちに「困ってる人たちを助けておいで」と言われてこの街に来るよう言われた彩がまず最初におこなったのは、街の人への聞き込みだった。
だが続く失せ者――いや、盗難に疑心暗鬼にかられている街人たちは、よそ者である彩に冷たかった。
それに、上手く話を聞けても皆覚えていないのだから、有力な情報など入りようがなかったのだ。
わかったのは事件が起こったのが一ヶ月ほど前からだということと、事件が頻発する地区――といってもそれでもけっこう広範囲だが――そのくらいだ。
その結果を踏まえて彩がやってきたのが街の中心から北に位置し、商店が建ち並ぶ大通り。
ただこの時点では、彩はすでに人からの聞き込みを半ば諦めていた。
替わりに思いついたのが、猫への聞き込み。猫の獣人の血を引く彩は、猫に変身するだけではなく、猫との会話も可能なのだ。
別に猫に変化しなければ会話ができないというわけではないが・・・・・・猫がいそうな場所に行くには猫の姿の方が楽だったがゆえに、今彩は、猫の姿で街中を巡っていた。
何かがわかればと猫の視点で街中を一周してのち、彩は、猫が集まっている小さな広場にやってきた。
「あのー」
猫たちの縄張り意識を刺激しないよう気をつけつつ、彩は広場の入口からひょいと姿を見せた。
ゴロゴロとたむろっていた猫たちが、不思議な物でも見るように彩を見つめる。
猫に変化していても、人間よりもずっと勘が鋭い猫たちは彩の気配が自分たちとはどこか違う存在であると気付いたらしい。
まあ、この方が下手に喧嘩にならない分ラクだが。
「突然すみません。ちょっとお話を聞かせてくれませんか?」
「なんだ?」
彩の問いに答えてくれたのは、広場に積み上げられたガラクタの天辺近くにいた猫だった。
「最近ここらでおかしなことが起こってるのはご存知でしょうか? 私は、その事件を起こしている犯人を探しているのですが・・・・。なんでもいいんです、何か知っていたら教えていただけないでしょうか?」
人間の視点では気付けないことも知っているかもしれない――そう思っての問いだった。
おそらくこの辺の猫のボスらしい茶色い虎ジマ模様の猫は、ガラクタの天辺から周囲の猫に声をかけた。
途端、猫たちが一斉に声を交わして、広場が猫の鳴き声で埋まる。
しばらくして、
「知ってるよ、知ってるよ」
まだ大人になりきっていない可愛らしい猫が、とことこと前に出てきた。
「本当ですか?」
仔猫は、ニャアと一声鳴いて、ひょいと走り出した。
「こっち、こっち〜♪」
「え?」
彩は慌てて子猫を追って駆け出す。
裏通りを過ぎ、大通りを渡って、街の北のほうへ移動し、手付かずの寂れた建物が立ち並ぶ区画へと走る。
――そうして仔猫の案内で辿り着いたのは、行くアテのない浮浪者や孤児が大勢住みついている地区だった。
「ここ、ですか・・・・・?」
「あのねえ、ここのちっさい子たちがねえ、いっぱいごはんれるようになったの」
「ご飯、ですか?」
「うん。ごはーん。この前の丸い月の頃からだよ」
この前の満月・・・・・ちょうど一月ほど前にあたる時期だ。
「どうもありがとうございます。助かりました」
頭を下げると、仔猫はにこにこと嬉しそうに笑った。
「えへへー。じゃね!」
テテッと走り去る仔猫を見送ってから、彩は猫の姿から人の姿へと変化する。
周囲の様子を警戒しつつ歩いていた時だった。チラチラと様子を窺うようにして、ビルの影からこちらを見つめているいくかの視線に気付いたのは。
おそらく彼らはよそ者に警戒しているだけなのだろう。だが、ちょうど良い。
地元のことは地元の人間に聞くべきだ。
彩は、隠れているつもりらしい気配の一つに向かってまっすぐに歩き出した。
相手は、見つかっていることにすぐに気付いたらしい。オロオロと慌てた様子でビルの影のさらに奥――ビルの内部へと駆けて行った。
だが彩は人の姿でも、普通の人の数倍の運動能力を有する。普段の行動が大人しいものだから、周囲の人間はついつい忘れがちになるが。
ほどなく、どうやら孤児らしい少年が、彩のすぐ目の前いた。
ぷいと不機嫌な表情でそっぽを向いた少年に、彩はにっこりと笑いかけた。
「こんにちわ」
少年は何も答えない。
「あの、最近この街で起こってる事件について、何か知っていることはありませんか?」
じっと、彩は少年の答えを待ちつづけた。
今いるこの場所はビルの中で、入口は彩が立っている一箇所のみ。窓は高い位置にあり、少年ではとうてい届きそうにない。
じっと待つこと数十分。
終わる気配のない沈黙に、とうとう少年がしびれをきらした。
「ったく、もう終わるよ。なくなる。事件はもうすぐ終わるよっ!」
苛々と語尾を荒げた少年の確信の声に、彩はコクンと首を傾げた。
「貴方は・・・犯人の方と知り合いなんですか?」
「ああ」
「もう終わるとは、どういうなんでしょう?」
続けざまの彩の質問に、少年は小さく舌打ちをして――しかしすでに観念しているのか、もしくは何がしかの隙を狙っているのか。どちらかはわからないが――少年は素直に答えてくれた。
「最初っから、期間限定だったんだよ。ちょっと前に怪我したよそ者が来たんだ。で、そいつが俺たちに協力してくれてたんだ。怪我が治るまでって約束で」
「・・・・・・」
「そいつはエスパーでさ、俺たちが盗みをしたあと、それが見つからないように記憶を操ってたんだ」
おかげで街の人間に乱暴される子供がいなくなった、と――少年は、その一言を言っただけ、少し明るい声音になった。
「・・・・・・でも」
彩の言いたいことに気付いたらしい。少年は彩の言葉を遮るように、ギロリと睨み付けてきた。
「盗みが悪いことだなんてのは俺たちもよくわかってるよ。でも、そうするしかないんだ。俺たちの事情も知らないくせに首を突っ込んでくるな」
少年は、大きな溜息をついて額に手を当てた。
「もう、こんな事件は起こらない。ここのガキと一緒にもっと豊かな街に――そうだな、まともな孤児院のある街に移動することにしたから」
疲れた大人がするようなその動作に、彩は違和感を覚えた――
「え?」
彩の鋭い視力は、ほんの一瞬、少年の額に迸った火花が目に止まった。
街を出たところで、彩はふと後ろを振り返り、小さく息を吐いた。
結局この事件、犯人を見つけることはできなかった。
だが、ある一時(いっとき)を境に始まった事件は、ある一時を境にパタリと止んでしまった。
それでも犯人を見つけようと調べていたところ、事件が止むと同時に、街の北にすんでいた孤児の大半が消えてしまったという話を聞いた。
推測でしかないが――つまり、その孤児たちのなかに犯人がいたのだろう。おそらくエスパーの。
この話を聞いた時点で、彩はそれ以上の捜索を諦めた。
どこに向かったのかもわからない者たちを探すには手掛かりが少なすぎたし、なにより――
生きるために盗むという手段しか知らなかったのだろう孤児たちを。新しい居場所を探しに行ったのだろう彼らを――
・・・・・・・・・・・・追わないほうが良い気がしたのだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0284 / 森杜・彩 / 女 / 18 / 一般人 】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、こんにちわ。日向 葵です。
ノベル参加いただき、どうもありがとうございました。
今回はお一人でしたので、いろいろと遊ばせていただきました♪
私は猫好きなので、可愛らしい白猫の描写はとても楽しかったです。
お会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。
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