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■獣の棲む街―後日談■

在原飛鳥
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

「まァ、お疲れさん」
興信所の入り口を遮る形で相手を見下ろし、さして面白くもなさそうな笑みを浮かべて太巻は言った。贅沢にも室内にはクーラーが聞いているらしい。タバコくさい冷風がひやりと廊下まで流れ出した。
事件の終結からある程度の時間が経ち、岡部ヒロトの名前を聞くことも減ってきた頃である。
久しぶりに訪れた草間興信所で、まるで主のような顔をして太巻は来客を出迎えた。相変わらず、タバコと香水の入り混じった複雑な香りを漂わせている。
外は相変わらず日差しが強く、雨と風に晒されっぱなしの窓の向こうで、アスファルトの照り返しを受けてビルは白く霞んでいた。
「夏バテか?浮かない顔だな」
人の顔をまじまじと見つめて、太巻は口の端に銜えたタバコを揺らす。
「今日も探偵事務所は閑古鳥だ。こんな日くらい、どっかに出かけて夏を満喫したらどうですかネ?」
「余計なお世話だ」
背中に文句を投げる草間の声も気にせずに、親指と人差し指で短くなったタバコを摘んで、ぷかあと太巻は煙を吐き出した。
「プールのタダ券からビアホールの割引券、旅館のチケットから1000円一律食べ放題のビュッフェ、500円でケーキ食い放題のチケットに遊園地の入場券まで色々あるぜ」
あしながおじさんが奢ってやろう、と、マフィア映画から抜け出てきたような悪人顔で太巻は笑っている。

獣の棲む街(後日談):東京夜景
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自分があの時、正解を選んだのかどうか、シュライン・エマは今でもまだモヤモヤした気分を拭いきれない。
多くの罪の無い人を手にかけてきた岡部ヒロトに、暗示をかけることを提案したのはシュラインだった。彼が誰かに殺意を抱いた時、ヒロトの目には、その相手が大事な者の姿になって映るように。果たしてそれが正しかったのだろうかと、今でもシュラインは考え続けている。
(岡部の行為を止める為に誰かの姿を利用して、それで良かったのかしら)
ヒロトを止めるためとはいえ、他人の幻の中に自分の姿が現れるのは気持ちの良いものではない。しかも相手は、都内を騒がせた殺人犯である。知らないうちに相手を侮辱する結果になっていたのではないかと、気が咎めていた。
同時に、懲罰を与えることでヒロトの罪が赦されるのかと問われれば、シュラインはうまく答えられない。理屈としては、それでいいのだろう。だが、ヒロトの凶行の被害にあった人たちのことを考えると、胸には消化しきれないわだかまりが残る。
今回の事件の名残は、シュラインの心中で、未だに収まりが着かずに散らかっているのだった。

太巻大介が草間興信所に顔を出したのは、そんな夏の終わり。突き抜けるような蒼穹が、季節を問わず淀んだ室内の空気と対比をなして、さらに青く感じる昼下がりである。
「こんなシミったれた所に引きこもってると、心にも体にも悪いぜ」
息抜きでもしてこいよと、埃で霞んだ室内をさらに紫煙で汚染しながら、壁に凭れて彼は言う。確かに、このまま考え続けていても、出てくるのは後ろ向きな思想ばかりだ。そうね、と息を吐いて、シュラインは太巻に目を向けた。
「太巻さんには、護衛してもらったお礼もしたいし。あの時お世話になった女の方と一緒に、飲みに行きましょ。今回は私の奢りで」
シュラインは、太巻の知り合いらしい白人の女が、ヒロトに暗示を掛ける場に居合わせなかった。だから、どういう結果になったのかも知らない。けれど、彼女はシュラインのかわりに手を下してくれたのだ。お礼をしておきたかった。
「三人で……?」
太巻は案の上気乗りのしない顔をしていたが、いいでしょう?と食い下がると、諦めたようにため息をつく。
おれも甘ぇよなぁと、自分を慰めるようにぼやいた太巻の台詞を、シュラインは笑って無視をした。

■――― Il Fornaio Cafe
彼女は、店内に入ってきた時から人目を引いた。パンツスーツ姿でサングラスを鼻に掛け、いかにも堂々としている。ゆっくりと彼女はレストランの白いテーブルを見渡し、カウンターバーに目指す人影を見つけて真っ直ぐに歩いてきた。
「マリア・ガーネットです。呼んでくれて嬉しいわ」
と、太巻の妻(やはりそうらしい)は口元で微笑んで、シュラインに握手を求めた。美人は美人だが、顔の造作よりも雰囲気で目立つ女性である。シュラインが語学に堪能だと聞いているのか、滑りでた挨拶は日本語ではなかった。イギリス訛りが僅かに残っている。手を差し出しながら、シュラインも英語で返す。
「その節は、手を貸してもらったのに、お礼も出来なくてごめんなさい」
シュラインの言葉に、彼女は表情を和らげて笑った。そうすると、意外と気さくな印象になる。
「気にすることはないよ。ウチの人の気まぐれに付き合わされたんでしょう。災難だったねぇ」
「太巻さんにも、護衛をしてもらったの。……乱暴だったけど」
「幾つになっても女性の扱いを心得ない人だからね」
褒めるでもないシュラインの言葉と呆れたような妻の視線に、太巻はすっかり不貞腐れている。改めて、ありがとうと礼を言えば、「どうせ乱暴だったよな」とひねくれた返事が返ってきた。大人気ないことこの上ない。
マリアは席に着きながらウェイターを差し招くと、ワインを注文してグラスを受け取る。自分のグラスを傾けながら、妻の注文に太巻が眉を上げる。
「またそれかよ。キアンティ以外にワインを知らんのか」
「アンタと違って浮気はしないからねぇ……」
太巻の憎まれ口への対応も、年季が違う。この調子だと、傲岸不遜な紹介屋が奥様に敵うことなどないのではないかと思ってしまう。
「太巻さんでも、頭の上がらない人がいるのねぇ」
いっそ感心してシュラインが呟くと、うるせぇなと、太巻は眉を寄せて唇を尖らせた。二人のやりとりにひとしきり笑ってから、ふと思い出してシュラインは紹介屋に声を掛ける。
「そういえば、太巻さん。聞こうと思っていたんだけれど、この間持ってきてくれた券の中で、人と出かける時にオススメなのはある?」
「ははぁ。……あるぜ、オススメが」
ワインの追加を注文しながら、太巻はニヤニヤ笑った。きっと、一人薄暗い興信所に残された武彦のことでも考えているのだろう。
「会員制のジムなんだけどな。会員専用のレストランにバー付き。オススメコースとしては、室内プールで身体を動かして、バーで一杯。それから上の階にあるホテルで」
とリズムよく言ってから、ニヤリと笑った。即物的な話である。らしいといえば彼らしい。ワイングラスを揺らしながら、マリアも呆れた視線を夫に向けている。
「目的意識のはっきりしたコースねぇ」
「いいじゃねぇか。夢があるだろ」
夢などあまり無いと思われる。二人の視線がさらに白いものになったので、じゃあお前は何を勧めるんだよ、と太巻はマリアに顎をしゃくった。
彼女は優雅な仕草で首を傾げ、しばらく考えていたが、
「相手の人の好みも分からないことだし……六本木ヒルズなんてどうかしらね」
と言う。その名のとおり六本木にある、所謂オープンモールのようなものだと、マリアは説明した。
「あそこなら、ショッピングモールや映画館から美術館まであるから、相手の趣味に合わせて融通が利くからね、行ってみたらどうだい。……アンタ、いつも世話になってるんだから、それくらいは準備してあげるもんだよ」
と、最後の台詞は太巻に向けて発せられた。顎だけで頷いた太巻は、シュラインを見て「後でやる」とちらりと視線を投げてよこした。
酒が入って、機嫌はすっかり元に戻っている。椅子の上で気侭に寛いだ太巻は、指先をこめかみに当てて片肘をつきながら、シュラインの無遠慮に見つめた。
「それより、景気はどうよ?」
「んー、忙しいことは忙しいけれど、相変わらずよ」
あるじの希望もむなしく、草間興信所に持ち込まれる依頼は、やはり怪奇がらみである。
「それは分かってる。あいつはもうハードボイルドは諦めて、幽霊探偵と名乗りゃいいんだ」
と返事が返った。幽霊探偵とは、いかにも存在感のなさそうな肩書きだ。どうやら、探偵の仕事内容を聞いたわけではないらしい。ならばこのところ考え事が多くなった自分の調子を尋ねたのだと了解して、シュラインは苦笑した。近頃の彼女の心境を察したとも思わないが、なんとなく気にされてはいたのだと思ったのである。
「ずっと気になってるんだけど……岡部が大切にしているものの姿って、一体なんだったのかしら」
「ああ……あの暗示な」
ワイングラスを傾ける手を止めて、太巻とマリアは横目で視線をかわし合った。こんな時だけ夫婦らしい。
互いに互いが喋るのを待つ具合になって、中途半端に間が空いた。
「……何も見なかったんだよ」
再びワインに口をつけながら、太巻が口を開く。
「何も、……って?」
暗示に効果がなかったということだろうか。訝しげに眉を寄せたシュラインを見て、太巻は言葉を付け足した。
「声は聞こえるが、岡部には人の姿が見えねェんだ。誰も居ないところから、声が沸いてくるように聞こえる」
「それは……」
シュラインはしばし言葉を失った。暗示は、他者に殺意を覚えた時に、自分の大切なものの姿をそこへ投影するようにかけてあるはずだ。だが、ヒロトにはなにも見えなくなったのだという。
「岡部には、大切なものが何もなかったってコト?」
「まあ、そうなるな」
太巻は面白くもなさそうにグラスを空け、シュラインを見ると「別にそんな顔をするこたねェだろ」と顔を顰めた。
ようやく、自分が虚を突かれた顔をしていたのだと思い当たる。まだ我に立ち返ることが出来ずに太巻を見返すと、彼はあまり悩むことでもないだろうと言って、片方の眉を持ち上げた。
「何かが正しいとか間違ってるとか、そういうのは絶対の基準があるわけじゃない。自分で決めるものだろう」
「そりゃあ……でも、自分がいいと思うからそれでいいんだって言ってしまったら、それは岡部と変わらないわよ」
「反省するなとは言ってねェ。後悔すんなッつってんだよ」
空になったグラスを脇に避けて、太巻はシュラインの瞳を覗き込んだ。
「お前はお前がいいと思うことをやったんだ。決断を下した後も、自分の行動に責任を持っている。だからそれでいいんだよ」
これでよかったのかと、あんまり考えすぎるのも問題だけどな、とテーブルに乗り出していた身体を引いて、太巻は笑った。難しく考え始めたシュラインに、口元で笑って言葉を付け足す。
「自分で色々考えた挙句に決断したのなら、胸を張っていいんだぜ」
「そうしてあんたはどんどん世間様から外れていくけどもね」
横からマリアに言われて太巻は視線を外に流し、シュラインはようやく息をついて笑った。
とりあえず今は、悩まないでおこうと思う。
考え続けたところで、自分ひとりで答えが出るものでもないのだ。ダメなときはダメだし、うまく行くときはうまく行く。
立ち止まって再び自分の行動を見直すのは、結果が出てからでもいい。
何も起こらないうちから思い悩んでも、経過を飛ばして結果だけが先に出てきてくれるわけではない。だとしたら、常に胸を張れる自分でいることを心がけ、そのことに常に誇りを持って、そうして生きていけばいいのだろう。


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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 】


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NPC
・太巻大介:旦那のほう。
・マリア・ガーネット:奥さんのほう。

夫婦そろって年齢不詳。

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■ ライター通信 ■
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こんばんは!お待たせしました。しばらく別世界に漂っておりましてすいません!
そういえばカリフォルニア州内にあるディズニーランドではジェットコースターの事故があったそうで…怖!人が一人亡くなったそうですよ。アメリカではたまぁにあるようですが。たまに、と称されるほど頻繁にあってもいいものなんですか・・・。
まあ、それはともかく、六本木ヒルズとか出してみました。夜の展望台(というべきか)は、夜景が綺麗でデートスポットだそうですよ!(入場料取られるけど)
いいなあ!六本木ヒルズで検索かけると、きっとホームページが見られます。
・・・・ちなみに、予想どおりマリアは太巻の奥さんでした。年齢詐称カップルです。
あんな二人でよかったら、気が向いた時に遊んでやってください〜。
ではでは、いつも遊んでいただいてありがとうございます。
相変わらずの悪筆雑文で申し訳ない(訂正の努力をしましょう)
またどこかで、気が向いたらつきあってやってください!
ではでは。

在原飛鳥