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■獣の棲む街―後日談■

在原飛鳥
【0904】【久喜坂・咲】【女子高生陰陽師】

「まァ、お疲れさん」
興信所の入り口を遮る形で相手を見下ろし、さして面白くもなさそうな笑みを浮かべて太巻は言った。贅沢にも室内にはクーラーが聞いているらしい。タバコくさい冷風がひやりと廊下まで流れ出した。
事件の終結からある程度の時間が経ち、岡部ヒロトの名前を聞くことも減ってきた頃である。
久しぶりに訪れた草間興信所で、まるで主のような顔をして太巻は来客を出迎えた。相変わらず、タバコと香水の入り混じった複雑な香りを漂わせている。
外は相変わらず日差しが強く、雨と風に晒されっぱなしの窓の向こうで、アスファルトの照り返しを受けてビルは白く霞んでいた。
「夏バテか?浮かない顔だな」
人の顔をまじまじと見つめて、太巻は口の端に銜えたタバコを揺らす。
「今日も探偵事務所は閑古鳥だ。こんな日くらい、どっかに出かけて夏を満喫したらどうですかネ?」
「余計なお世話だ」
背中に文句を投げる草間の声も気にせずに、親指と人差し指で短くなったタバコを摘んで、ぷかあと太巻は煙を吐き出した。
「プールのタダ券からビアホールの割引券、旅館のチケットから1000円一律食べ放題のビュッフェ、500円でケーキ食い放題のチケットに遊園地の入場券まで色々あるぜ」
あしながおじさんが奢ってやろう、と、マフィア映画から抜け出てきたような悪人顔で太巻は笑っている。

獣の棲む街(後日談):おもちゃの城
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「太巻さんたら酷いのよ!!」
舞台演劇も顔負けの声を興信所内に響かせて、久喜坂咲(くきざか・さき)は両手で顔を覆った。何事かと、興信所の主まで新聞の向こうから顔を出す。挨拶を交わしてから一言・二言で一体どんな会話が交わされたのだと、疑問に思ったに違いない。
指の間からちらりと見れば、太巻は片方の眉を上げてもう片方の眉を器用に顰め、まじまじと咲を眺めている。咲の迫真の演技に対して反応に乏しいのは、そんな台詞に心当たりがないか、言われ慣れているせいなのか。おそらく後者であろう。
「そうやって私を甘い言葉で誘惑するのね」
「太巻……お前」
咲の嘘泣きを聞きつけて、草間が低い声を出す。騙されるなよとうず高く積み上げられた資料の向こうに声を投げて、太巻は再び咲に向き直った。
「紳士なおれを前にして、まるで騙されて捨てられた女みたいな台詞を吐くってなぁ、どういう了見だ?」
「あら、嘘は言ってないわよ」
眉間に皺を寄せて凄んでみせた太巻を平然と見返して、咲は泣くのを止めた。太巻はますます唇を尖らせる。
「誘惑ってなんだよ、誘惑って。人を娼婦みたいに言いやがって」
「ビュッフェやケーキ食べ放題券を、いたいけな女の子に見せるなんて、心無い人間の仕業に違いないと思わない?」
言いながら、目ざとく見つけた某ホテルのビュッフェ食べ放題券を太巻の手の中から抜き取った。
「あと2キロは痩せようと思ってたのに」
と恨みがましく言ってみる。ダイエットは明日から〜の台詞の示すとおり、この券を使う時は体重計も体脂肪測定器も、押入れの中にしまって置くつもりだ。
そんな咲を見下ろしていた太巻は、広い肩を竦めて見せた。
「それ以上痩せたら、出るところも出なくなるじゃねえか。やめとけ、やめとけ」
「あ、そうだ。私のダイエットを妨害してくれたお詫びに」
「お詫びって何だよ!?」
正当な反論は当然無視だ。咲はにっこり可愛く微笑んで見せた。
「遊園地に、付き合ってくれるわよね?」
「いやなんで遊園地……」
「だ・か・らっ!」
文句を言いかけた太巻を、咲は人差し指を立てて遮った。
「決まってるじゃない。いずれ来る私の運命の人。未来の旦那様とするはずのデートの、シュミレーションよっ!」


□―――おもちゃの城
秋の気配が感じられる高い空に、白亜の城の尖塔が突き出している。街並みはパステルカラーで、軒並み並んだ店のウィンドウには、色鮮やかなおもちゃやお菓子が並んで人の目を引き付けていた。
週末の遊園地。道行く人たちは皆、大人も子どもも楽しそうだ。振り返れば、他の人から頭一つ飛び出したところから、太巻がこちらを目で追っている。柄が悪く見えるスーツのかわりに、今日はタータンチェックのシャツ姿だ。いつもに比べれば比較的まともないで立ちである。
「太巻さん、こっちこっち!」
「あんまりはしゃぐとはぐれるぞ」
人の間を縫って悠々と歩いてきた太巻は、そう言って咲の肩に手を掛けて、人の波から彼女を攫った。予想していなかった方向に身体を引き寄せられた咲は、たたらを踏んで思わず声を上げる。
「きゃっ!」
「ほらみろ。言わんこっちゃねぇ」
バランスを崩した咲の両脇を支えた太巻は、楽しそうに笑った。この男なりに、「擬似デート」を楽しんでいるものらしい。
「で、お前はどんな旦那を見つけるつもりなんだよ?」
待ち時間90分の看板に嫌な顔をしながら、太巻は咲を見下ろした。映画の上映で人気が再浮上したこのアトラクションには、長蛇の列が出来ている。
そりゃあ、もちろん、と咲は胸の前で指を組み合わせた。将来の旦那の事なら、一言も二言もある咲である。
「やさしくて、男前で、頼りがいがあって包容力がある人がいいわよね。贅沢を言えば、背が高くて、体格もいいほうがいいかな〜〜〜」
残念ながら、今咲の隣にいるのは、住所不明無職(のようなものだ)の、ヤクザ風の男である。その男は、うんうんとしきりに頷いている。
「それは、まさにおれだ。おれがお前の好みだったんだな」
咲は聞かずに先を続けた。想像は翼を広げて羽ばたき、今や宇宙に届かんという勢いだ。
「それで、『僕にはキミだけだよ』って言ってもらって、後はやさしく抱擁を交わして……きゃーっ、きゃーっ!」
「おい。戻ってこい、その川を渡ると現世に帰れなくなるぞ」
「……太巻さん、私にどの川を渡らせるつもり?」
すんでのところで現実に引き戻された。改めて見ても、隣の男は理想からは程遠い。やさしい雰囲気のかわりにタバコの匂いを纏わせて、私服を着ていても威圧的な雰囲気がある。言うなればオフ中の芸能人ならぬ、オフ中のヤクザだろうか。
「夢と現実のギャップというのは、厳しいものね……」
「さりげなく失礼なことを言わなかったか、今?」
言い返しながら、太巻はぐるりと頭をめぐらせた。その顔が「待ちくたびれた」と如実に物語っている。彼の視線は興味のあるものを探すように室内を見渡し、薄暗くなり始めた外をそぞろ歩く通行人へと移動した。
「おい、行こうぜ」
行動は突然で、脈絡がない。予想はしていたものの、それを上回る行動の速さで、太巻は咲の手を引いた。言葉を言い終わらないうちに、もう張られたロープを跨いでいる。これでは、否と答える暇も無い。
「ちょっと……せっかく20分くらい待ってたのに!」
「どうせ、閉園近くになったら空いてくるんだ。戻ってくりゃいい」
文句を口にしてみた咲もものともせずに、太巻は人の列を逆流して、人ごみから抜け出した。途端に頬に涼しい風を感じる。人の間でひしめいていた時は感じなかったが、夏が過ぎた遊園地の夜は肌寒く感じるほどだった。
咲の手を包んでいる手のひらだけが暖かい。太巻は、迷う様子もみせずに、咲に背中を見せたままずんずん先に進んでいく。
振り返ると、アトラクション待ちの人が、一歩も動かずにつまらなそうな顔をして立ち尽くしている。あの場所を抜けてきたのだと思うと、少しだけ気分は爽快だった。
「どこへ行くの?」
問われてようやく肩越しに振り返り、太巻は薄闇の中で、ニヤリと笑った。
「観覧車」


夕闇に黒く沈む木立を抜けると、闇が立ち込めた大地に、光をちりばめたような光景が広がった。ここへ来る途中に脇をすりぬけてきたメリーゴーランドが、オレンジ色の淡い光の中でゆっくりと回っている。歩いている人々は豆粒のようだ。
「わぁ……」
観覧車の窓に額をくっつけて、咲は思わず声を上げた。夜空へと弧を描く観覧車は、空の高みへと二人を運んでいくのだ。見る見るうちに景色は小さくなっていく。
「デートに来るならな、電車で来ちゃだめだ。終電を気にしてたら楽しめないからな」
かく言う太巻は、インテグラを動かして咲をここまで連れてきた。朝早くに出発したので、咲が欠伸をしているうちに、車はすいすいと目的地についてしまった。エンジンがどうの、排気量がどうのと説明されたが、彼女が分かったのは、インテグラは、乗り心地が良くて眠くなるということだけである。
きらきらとやさしい光を振りまいて、メリーゴーランドはゆるゆると回る。そこに、父親に肩車された男の子の影を見つけて、咲は何とはなしに視線を落とした。小学校低学年くらいの男の子だろうか。身動きもせず、一心に動く白馬に見入っているようだ。
「ヒロトも……小さい時はあんな感じだったのかしらね」
「ぅん?」
椅子にだらしなく腰を引っ掛けていた太巻は、咲の視線を追って窓の外を眺めた。それがきちんと咲と同じ光景を捉えたかどうかは不明だが、ややあってから答えが返ってくる。
「さぁな。一度くらいは、来たことあったんじゃねェのか」
それっきり二人とも黙ってしまったので、観覧車は殆ど音も無く、少しずつ地上の景色を置き去りにしていく。
「私、彼に散々偉そうなことを言ってきたと思う。彼の事、全て知ってた訳でもないのに」
それは、ずっとそう思っていた。岡部ヒロトとは、あの屋上でようやく顔を合わせたようなもので、彼の事など何も知りもしないで、だけど色々な事を言った気がする。
岡部ヒロトという人間の事は殆ど知らず、本来なら言う筋合いでもないような事をたくさん言った。
「関係ないとか言って突き放すくせに、それでいて自分と同じだなんてこと言ったりして。それが、彼のサインに見えて……放っておけなかった。彼に殺されようとしている人のことも、彼自身も」
本当は、伸べる手が欲しかったのではないか、と。
人間なんてそんなものだと突き放しておきながら、誰よりも「それは違うんだ」と、有無を言わせぬ形で証明してもらいたかったのは、他ならぬヒロト自身だったのかもしれない。
誰よりも人の善意を求めていたはずなのに、人間というものを見せ付けられて、少しずつ少しずつ、歯車は狂っていったのだ。
こんなことを考える咲のことを、ヒロトはきっと嘲笑うだろう。傲慢だと罵るかもしれない。傲慢だ、慢心だということを、咲は自分でも知っている。
「……でも、甘えて欲しくなかった。負けないでいて欲しかった……の」
答えは期待していなかった。すぐに解答をもらえるものではなかったし、ただ、口に出すことで気持ちを落ち着けたかったのかも知れない。事件が終えて数週間、そのことはずっと咲の胸の中でわだかまり続けていた。
無視をするかと思った太巻は、少しの間を空けて手を伸ばした。恋人のように肩を抱き寄せる代わりに、大きな手で、くしゃくしゃに咲の頭を撫で回した。
「おれは神も奇跡も信じないけどな。奇跡みたいな出会いはあるし、僥倖だと思うような出来事もある。そういう体験は、たった一つでも人を変えるだろう」
視線を上げると、太巻は相変わらず遊園地の明かりを眺めている。
「……お前がしようとしたことは、それだけの価値があることだった」
投げ捨てるようにそれだけ言って、たちまち太巻は表情を変えた。
「おい、外、見てみろよ」
笑って、頭を撫でたのと同じ手が咲の顔を、窓の外に向かせる。
何だろうと窓の外に顔を向けた咲の視界で、夜空に花が咲いた。その一瞬だけぱっと空が明るくなって、ライトアップされた夜の城が照らし出される。
遅れて、遠くから花火の爆ぜる音がした。
観覧車はゆっくりと頂点に差し掛かる。断続的に、打ち上げられた玉は、夜空のそこかしこに、一瞬だけの花を咲かせた。
「すごーい……!」
「世界は、きれいだろ」
「きれいねぇ……。ね、太巻さん、ただのガラと態度と女癖の悪いヤクザかと思っていてごめんなさい!」
「イヤそんなこと思ってたのかお前」
冗談よ、と返事をして、冗談に聞こえなかったと反論を受けながら、咲はいくつも打ち上げられる花火を、目を細めて見つめた。
願わくば、いつかヒロトが自分が作り出した虚構の城から抜け出して、こんな景色を綺麗だと感じる余裕をもてるようになればいいと思う。そうすればこんな陰惨な事件も、哀しい傷跡も、誰の心に残すこともなかっただろうから。
そこではじめてヒロトは罪の意識を感じ、目に映る色々な景色を美しいと思い、そうして彼は救われるのではないだろうか。
そうなればいいと思いながら、流れる星のかわりに、パラパラと細かな音を振りまいて落ちていく花火に、願いをかけた。


獣の棲む街. END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・0545 / 久喜坂・咲(くきざか・さき)/ 女 / 18 / 女子高生陰陽師

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 
 ・岡部ヒロト/連続猟奇殺人事件の犯人。逮捕・拘留中。

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■         ライター通信          ■
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ぐはーお待たせしました…!遅刻ギリギリセーフ!大丈夫です、生きてますよ!
楽しく書かせていただきました。んもう!本当に!一人で楽しんでおきながら、長々お待たせすること某遊園地のアトラクション並みです。すいません(土下座)!!
咲ちゃんは相変わらずいい女ぶり発揮で嬉しいです。
彼女はどんな旦那様を見つけるんでしょうね〜〜。きっと優しい旦那様を発見するんじゃないかと、こっそり草葉の陰から窺っておきます!(そんなところから……)
ではでは、遊んでいただいてどうもありがとうございました。
楽しかったです!
お届けが遅れがちで本当に申し訳なかったです!
では〜、またどこかで見かけたら、遊んでやってください。

在原飛鳥