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■夏の思い出風物詩:旅館編■

在原飛鳥
【0904】【久喜坂・咲】【女子高生陰陽師】
「夏といえばさ!」
「夏休みの宿題だなお前の場合はな」
「あーあー。一言でオレを現実に立ち返らせないでほしいね」
新聞から顔も上げない草間に向かって、渋谷透は聞こえよがしなため息を吐いた。溜まりに溜まった課題を前にして、勤労大学生は結局現実逃避をしている。
「だいたい、お前にそんな金銭的余裕はないだろう」
金がないのは、探偵も、頭の悪い勤労学生も大差ない。
草間がそう言うと、透はにっしっしと奇妙な笑い声を立てて、穴の開いたジーンズのポケットをごそごそやった。取り出した四つ折の紙を、勢いよく突き出す。
「じゃっじゃーん!!これ、なーんだ?」
残暑の厳しいこんな昼日中、透のテンションはいつになく高い。胡乱な顔で草間がようやく顔を上げた。
「……なんだ、それは」
「一泊旅行券でぇーっす。町内会の福引で当ててしまいましたー、だ!どうどう?これ。『静かな温泉宿で安らかなひと時をお届けします!』って」
なるほど……たしかに透が大事に握り締めている紙切れには、「福引、一等おめでとうございます。秘湯への一泊旅行にご招待。町内会より」と書かれてある。
「リウマチ、肩凝り、ボケ防止にも効果抜群……。むしろこれはご老人がたに向けて用意されたものじゃないのか?」
「いいじゃん。買い物に行くたびに福引券のことを気をつけてて、頑張って集めたんだよ」
今どきの若者らしくなく、そんなところで主婦が板についている。もらった福引券を束にして福引所に行く透をまざまざと想像して、草間は少しだけ彼が哀れになった。
「ちなみに三位は肉屋のホドシマ、商品券5000円分でした」
どうやらそちらが本命だったようである。
それはともかく、と透は福引券を草間に突き出した。
「何だ?」
「温泉だよ!一人でいったってつまらないじゃない。誰か、一緒に行ってくれる人いないかなぁって」
「……妹は」
「友達と京都に旅行」
「恋人とかいないのか?」
「みんな忙しいから嫌だって」
「……お前、本当に付き合う女性は考えたほうがいいぞ」
ぼさぼさの髪を掻き回して、草間は透を見た。
「おれが行きたいところだが、生憎その日は仕事なんだよなぁ。暇そうにしているヤツを探してやるから、せいぜい楽しんでこいよ」
そう言って、草間は受話器を取るのだった。


夏の思い出風物詩(旅館編)
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「やぁねぇ、もう。武彦さんったら、自分で呼んで置いて」
心配顔の探偵を見やって、久喜坂咲(くきざか・さき)は盛大にため息をついてみせた。ため息は、恐らく草間の方こそつきたかったに違いがないが、この場合早い者勝ちである。咲のペースに巻き込まれる形で、草間は中途半端に口を閉ざした。
「しかしな……」
「私と透さんの旅行の何がまずいのかしらね?」
「ねっv」
両手の皺と皺を合わせてくねくねと、渋谷透(しぶや・とおる)が咲の言葉に相槌を打った。気のせいか、背中にハートを背負っている。女の子といられるのが、嬉しくてしょうがないのだ。浮かれている透の様子が、ますます草間の不安を煽る。
「年頃の女の子が、その、まずいだろう。やっぱり」
おずおずと、それでも草間は口を挟んだ。何が不味いのか、口に出して言えるほど若くはない。結果として、なんとも的を得ない、ごもり口調になった。
そんな草間を、咲は唇に人差し指の腹を宛てて見返す。
「一緒に旅行くらい、最近の若い人なら恋人でなくたってするわよ。それとも、何?私がそんなコトをほいほいするような女の子に見えるのかしら、草間さん?」
「そ、そういうわけじゃない。そうじゃないんだが」
「まあ、とにかく」
どうにかして咲を思い留まらせようとする草間を遮って、咲は透を振り返った。
「やっぱり日本人なら温泉よね。いつ出発?行きましょ、透さん」
イエー!と手放しで透が万歳をして飛び跳ねた。キラリと白い歯を光らせて、透は爽やかな笑顔を咲に向ける。
「愛のメランコリィロードの終着駅はI市の温泉宿。土曜、日曜、ラブトレインはいつでもキミのために準備オーケーさ!」
爽やかなのは外見だけだった。透の台詞はわけがわからない。
「つまり今週末に電車で出かけて、一泊二日なのね。わかったわ。あと、透さん、あんまりカタカナは使わないほうがいいわよ。英語ができないのが丸分かりだから」
「はぁーい!」
元気のいい返事が返ってきた。その素直さといったら、教育テレビでやっているおかあさんといっしょレベルである。「なんでもいいからはいと言っておけ」という雰囲気だ。恐らくポンキッキーズより程度が低い。
……つまり、透は人の話を聞いてない。
元々幸せ色に染まった透に、言葉が正しく伝わるとも思っていなかったので、咲はそんな彼の様子もさらりと受け流した。
「さっ、早く準備にかからなきゃ!」
不安そうな草間を残して、はしゃいでいる透も置き去りにして、咲は週末の一泊旅行の用意をすべく、軽い足取りで興信所を後にするのだった。


「透さん、悪いわね。荷物もたせちゃって」
にこやかに咲は後ろを歩く透を振り返る。電車の旅を終え、バス停を降りて歩くこと数十分。ようやく木々の間に、目指す旅館が見えてきたのだ。咲に一歩遅れて着いてきた透は、両手に合計4つもの旅行鞄を抱え、爽やかな汗を掻いている。
そのうちの三つは咲の鞄である。たった一日の旅行に、何をどれだけ持ってきているのか。そんな素朴な疑問は、見送った草間からは発せられることもなく、透に限っては脳裏に浮かぶことすらなかった。平和なことこの上ない。
「咲ちゃんのためなら火の中水の中、喜んで荷物を運ぶさ!」
「火の中は困るわ。荷物が燃えちゃうから」
会話としては成り立っているが、意思の疎通には乏しい。そんな二人は、相変わらず漫才のような会話を続けながら、旅館へと向かった。

□―――湯けむり温泉
「えっ、ワンピースの水着!?」
咲が露天風呂へと足を踏み入れると、待ち構えていた透が、明らかにがっかりした顔をした。いくら透といえども、別に女風呂を覗いているわけではない。旅館にある露天風呂は、混浴なのである。
「だってやっぱり花の乙女ですもの。結婚前に旦那様でない殿方とお風呂に入ったらもうお嫁に行けなくなっちゃうかもでしょ?でも露天風呂には入りたいし…でもこれなら大丈夫よ!」
ひとつなぎになった咲の水着は、白地に明るい色でラインの入った意匠が施されている。形はスクール水着と一緒だが、デザインは格段にレベルが高い。
水着を着ている限り、温泉のプールだと思えばいいのだ。問題はない…だろう。多分。
あったところで、「あれは温水プールだった」で押し通すつもりである。
少し残念そうにしていた透は、やがて「まあいいや」という顔になった。
「水着似合ってるよ。咲ちゃんカワイーッ」
頭にタオルを乗っけながら、透はにこにこしている。その背中では、湯気に巻かれて人魂までふよふよしている。
(増えてるわねぇ……)
どうやら、透の気配を感じて、人魂は集まってくるらしい。前回会った時よりも、心なしその数は増えているような気がする。
よくよく見れば、迷ってこの地に留まっているいわくつきな霊は少ない。むしろ、望んで透の側にくっついているのが多いようだ。
(どちらかというと……見守っている?)
存在も希薄な霊魂たちだ。守護霊のようなものだと考えたところで、いざという時、何かの役に立つとも思えないのだが。ふよふよと湯気に浮かぶ霊たちから伝わってくる微弱な気配は、悪意が感じられない。
(まあ、一部の悪意があるのだけは、払ってあげないとダメかしらねぇ)
「あっ、サル!咲ちゃん、サルがいる!!」
突然透が奇声を発して、咲の考えを吹き飛ばした。野生のサルを発見した透は、海坊主のように立ち上がるなり、足を滑らせてもう一度湯の中に沈んだ。騒々しい。
「ちょっと!人が真面目に考えて上げてるのに、その態度はなに!?」
咲の心中も知らず、透は露天風呂の隅で親子で湯に使っているサルに夢中だ。斜め後ろから見える透の表情は、幸せそうにへにょへにょしている。
「かわいいねぇ〜〜」
「そうね……」
背中をやや丸めるようにしてサルに見入る透は、あまり頭の良くなさそうな顔をしている。
この状況下、むしろサルの親子のほうが賢げだ。
サルと一緒に湯に浸かり、目を細めている透を眺めて、咲は呆れたため息を吐いた。

□―――夏の夜道
近くで小川が流れているのだろう。都会と違って、明かりなど殆どない夜道を歩いていると、せせらぎが聞こえてくる。月明かりに夜道はぼんやりと照らし出され、お互いの浴衣が闇の中で辛うじて見える。
「火、つけるよ」
闇の中から、透の声がした。きっと咲の着物姿に鼻の下を伸ばしているだろうが、顔が見えないと、随分印象が違う。うん、と咲が頷くと、しゅっと闇の中でマッチを擦る音がして、オレンジ色の光に透の顔が浮かび上がった。
火が風に消えてしまわないように注意しながら、透はマッチの火を咲が手にした花火に近づける。はじめは静かに花火の先端の紙が燃え、やがてシュワッと音がして、光が滝を作った。白く輝く光は、落ちる時に緑や赤の光を纏って、闇の中に尾を引いていく。
「キレイだねぇ」
「やっぱり、夏の名残を楽しまないとね」
咲が持参した花火は、まるで過ぎ行く夏の名残のように、真っ暗な夜の中で明るく輝いた。
遠くで啼いていた虫の音は、閃光を発する花火の音にかき消され、遠のいていく。お互いの顔を赤や緑に映えさせながら、咲は透と顔を見合わせて笑った。
「夏が終わるとちょっと寂しいわね」
季節の終わりは、いつも一抹の寂しさが漂う。一年間の別れだという気分がそうさせるのだろうか。
「でもさ、夏が終わったら秋が来るよ」
チリチリとスパークする花火の先端を見つめながら、透が言った。
「それはちょっと楽しみじゃない?」
「そうね、焼き芋も食べれるしね」
「秋刀魚とかね」
食欲の秋である。花より団子が先に立つ二人は、しばらく秋空の下の柿や焼き芋や秋刀魚に心を奪われた。
しゅんと最後の火花を飛ばして、花火が終わった。辺りは再び闇が押し寄せてくる。頭上では月が風に流されていく雲に隠れていた。それでも二人の周りだけが明るいのは、透をとりまく人魂のせいである。便利といえば便利だが、彼に憑いている霊は、タチのいいものばかりではない。一部は、成仏できずに迷い、透に拠りついたものである。今でこそ大人しいが、やがて宿主である透に害をなさないとも限らない。
「しょうがないわね」
着物の裾に手を差し入れて、咲は符を取り出した。和紙に流暢な筆字で、呪文が書き込まれている札である。
それを口元に近づけて息を吹き込むと、符はたちまち姿を変えて、小さな蛍になった。ふわりと、それは咲の意図を心得たように闇の中に飛び立つ。
透の背中から、幾つかの鈍い明かりが蛍を追いかけて飛び立った。覚束ない動作で、迷いながらも真っ直ぐに闇に上っていく蛍を追いかけていく。
「この子について道に迷わないようにね」
咲の声が、果たして彼らに届いたのかどうか。迷っていた人魂は、符で出来た蛍に導かれて、闇の向こうに姿を消した。
「蛍、キレイだね」
背後で、感心したように透が言う。
「透さん、あれはね……」
蛍じゃなくて、人魂なんだけど……、と言ってやろうかと振り返った咲は、言葉を止めた。透は、咲に横顔を見せて、違う方向を見つめている。昇天した人魂を視線で追っていたわけではなかったらしい。視線の先には、儚い色の光を宿して、小さな明かりが飛び回っていた。
本物の蛍である。
音もなく、光だけが暗い中をふわりと横切り、闇を彩っていた。いつの間にか、さらさらと水の流れる音も戻ってきている。
「夏が終わっちゃうわね」
こんな景色を見るのも、来年までお預けなのだ。
少し寂しくなった咲の気持ちを、透は汲み取ったように優しく笑った。
「来年もまた、来れるよ」
その後に漂った間が照れくさくて、咲は透の手を引く。
「そうだ、線香花火しましょ。どっちが長くもつか、競争ね」
三回勝負の結末は、三連敗で透の負けだった。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→久喜坂咲(くきざか・さき)/18/女/女子高生陰陽師


NPC
 ・渋谷透:23歳・男・自称愛の貴公子、本性愛の敗残者(……)

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■         ライター通信          ■
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夏もいい加減終わりですね!秋の空気が濃くなってきましたが、いかがお過ごしですか。
たびたび遊んでいただいてありがとうございます!あっ、蛇足ですが、渋谷も一応、水着着用で温泉に入っていたようです。大丈夫ですよ!(何が)
ところで温泉とか聞くと、「湯けむり美女殺人事件」とか、そんな金曜ロードショーばりのベタなタイトルが思い浮かぶのは私だけですか。さりげなく好きなんですが。あの曜日ごとのロードショーとかサスペンス劇場とか。
最近は、「陰の季節」がドラマ化されていて嬉しい今日この頃です。季節の変わり目は風邪を引きやすいので、お気をつけてお過ごしください!
ではでは、返す返すもありがとうございます!

在原飛鳥