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■闇風草紙 1 〜出会い編〜■

杜野天音
【1503】【橋掛・惇】【彫師】
■出会い編■

 夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の眠る街は眠らない――東京。人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。
 ガシャーーン!!
 暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
 その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
 素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
 その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ? 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
 衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
 未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは1度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない!! 僕は戦いたくないんだ……」
 男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
 勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ!!」

 闇を風が切り裂いた。
 笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
 逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
 街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。

闇風草紙 〜出会い編〜

□オープニング□

 夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の眠る街は眠らない――東京。人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。
 イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。

 ガシャーーン!!

 暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
 その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
 素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
 その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ? 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
 衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
 未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは1度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない!! 僕は戦いたくないんだ……」
 男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
 勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ!!」

 闇を風が切り裂いた。
 笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
 逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
 街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。


□ナイト・エンドレス ――橋掛惇

 夜の街は好きだ。
 なんといっても、こんな都会でも空気が澄む気がする。
 最近は、強盗に立て篭もりに連続殺人に――昼夜を問わず色々起こる物騒な世の中だけどな。夜だからって犯罪が増えるわけじゃないところが都会らしいと言えばそうなのかもしれない。
「まったく、素直に返事すりゃいいのに」
 俺は少し……いや、かなりムシャクシャしていた。彫師をしている職業柄、変人には慣れているつもりでいたが、今回の客はイカレ過ぎだった。
 彫ってやる柄を聞いているのに、返事もしない。懇切丁寧に教えてやる気もないから、ますます会話は成り立たなかった。

 繁華街はビルに光りを灯し、まだまだ動いていることを主張しているようだ。深夜とて人の流れは絶えない。
 俺の腕の大部分を覆うトライバル・タトゥー。これ見よがしに歩いている訳でもないが、人とは避けられ気味にすれ違う。スキンヘッドなのも影響しているだろうが、俺の知ったことじゃない。
 俺が恐いからと言って、注文すらマトモに頼めないようじゃ来た意味がないだろうに。
 先ほどの客を思い出して肩をすくめる。暗い路地の角を曲がった。
 途端、俺は足を止めた。視線の先に黒い塊が転がっている。
「はぁ〜、今度はケガつきの行き倒れか……」
 気分は更に最悪になった。少年がうつ伏せに倒れていたのだ。何人も通りかかる人はあっただろうに、誰も気づかないフリをして背を向けている。青ざめた顔は、時間の経過を物語っていた。
「しかもガキかよ」
 損な役廻りだぜ……。
 右足から血が流れ、路面に長いスジを残している。やり切れないため息をひとつ吐き、俺はガラスを引き抜いた。少年の体を肩に担ぎ上げ歩き出す。
「血を見て黙ってほっとくのもアレだ……。訳ありって臭いがプンプンしやがるし――スタジオにでも突っ込んどくか」
 今出てきたばかりの職場にとって返す。一応の手当てはした。止まらぬ血が滴り落ちて、アスファルトに黒いシミを印す。
 ま、俺がついてりゃ、これ以上ケガすることもないだろうしな……。
 人の混み合う歩道は、ますます歩きやすくなった。恐い風体の上に血を流した男を担いでいるのだから、仕方もない。俺は通行人の視線と、生暖かい排ガスの混じった風を受けながら歩き続けた。

                   +

「ボーズ、おまえ…いくつだ? 若いのに随分シケた顔してるな」
 転がしておいた長椅子で意識を回復した少年に向かう。血の気の戻らない花顔。警戒心をため込んだ青い瞳が、俺を睨んでいる。
 拾ってやったってのに……。やっぱ、ナンカあんのか。
「ま、俺には関係ないさ。職業柄、詮索はしないことにしてるし――。傷が癒えるまでノンビリしな」
 少年は体を小さく上下させただけで、強い視線を外そうとはしない。ようやく起した上半身を右腕が支えている。力が戻ってないのだろう、白い腕が震えていた。
 俺は肩をすくめ、コーヒーでも入れようと立ちあがった。
「――僕は…僕は、衣蒼未刀だ!」
「あん?」
「だから! 僕は衣蒼家の人間だ。逃げも隠れもしないさ……けど、戻る気はない」
 どうやら、俺を追っ手と勘違いしているらしい。
「…………」
「僕に何がある……こんな力なんて、いらなかったんだ」
 ギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえる。俺を睨む瞳の力が強くなっていく。
 ――ヤベ、自動反応しちまう。
「待て!!」
 未刀の顔を伸ばした手の平で隠した。予測不能の行動だったらしく、少年は一瞬動きを止めた。
「攻撃するつもりなら止めとけ。俺はあんたを傷つけたくはないからな」
「――ヤツら、じゃないのか?」
「言っただろ、俺はあんたが誰なのかぁ〜なんて知りたくないんだよ」
 俺の言葉が耳から入って、ようやく脳に到達したようだ。気力を失った腕は体を支えるのを止め、未刀は長椅子に崩れ落ちる。ぐったりと体を横たえ、少年は天井をボンヤリと見つめていた。
 当然だろう。あれだけの血を流していたのだから、そうすぐに回復するものでもないはずなのだ。
「僕は……」
「そうだ、大人しく寝てればいい」
 机の引き出しを開けた。中にはラップされたトレイ。
 楽しみにしてたんだがな。
 疲労回復には甘い物が一番。俺は仕方なく、トレイを取り出した。
「これでも食っとけ。コーヒーを入れてやる」
「――わらび餅? アンタが買った…のか?」
「余計な詮索はしなくていいんだ! 早く食え!」
 甘い物が、特にわらび餅が好きだなんて知られたくはない。照れ隠しに怒鳴った。が、どうやら分かってしまったらしく、未刀の口の端が上がっている。腹立ち紛れに睨むと、少年は餅を頬張った。
「美味い……」
 
 その時だった。
 激しく、窓ガラスが割れた。と同時に、黒い影が飛び込んでくる。
「未刀ぃ〜!! 相変わらず、逃げるのは得意だよなぁ!」
 髪を金に染めた少年が滑るように入り込んでいた。赤い血色のシャツに、同じく血色の瞳。褐色の肌が背にした闇に溶けている。
「連河……」
「楽斗って呼んでくれって言ったよなぁ〜」
 金髪の少年がクックッと笑い、未刀は弾かれたように立ち上がる。
 長椅子が砕けた。
「ひゅ〜、上手い上手い! カカッ、そんなに逃げなくても、オレに何もかも譲れば楽になれるんだぜ」
「おい! 取り込み中悪いが、その椅子は俺んとこのなんだがな」
 俺は楽斗と名乗った少年の首根っこをつまみ上げた。未刀は肩で息をしながら、ようやく立ち上がった。
 埃と裂けた木の臭いが充満している。
「離せ!」
 手を開いてやると楽斗は飛び退った。歯に噛みして、コチラに鋭い眼光を向けている。
「コイツに肩入れするのは損だぜ。オッサン」
「俺は誰の側にも立たん」
「まぁ、どっちにしろ関わってもらっては困るんでね。オッサンには眠ってもらうよ」
 楽斗の手に力が漲る。悪意の充填された拳が振り上げられた瞬間、俺の体は自動反応を起した。割られた窓ガラスを更に砕いて、金髪がちぎれんばかりに楽斗が吹っ飛んだ。
 これは俺の力、カウンター能力。
 どこに隠れていたのか、黒服の男達が現われた。気を失っている少年を担ぎ上げると、姿を闇に消した。
「おい、未刀。大丈夫か?」
 振り向いた視線の先に、未刀の姿はなかった。顔を移動させると割れた窓を背に立っていた。
「迷惑……かける気じゃなかった。僕だけで解決するべきものなのに。――餅、美味かった。甘い物好きなんだ」
 小さく吐き出して、踵を返す。少年の黒髪が闇に消えた。向かいのビルから、何事かと人が覗いている。
 喧騒の中に目を凝らしたが、もう彼をみることはなかった。
 俺はひとつ息を吐きだした。

 なぁ…未刀よぉ。夜は続くんだぜ。
 あんたが夜だ夜だと、思い込んでいる間はな――。

 砕けた窓ガラス。冷えた夜の空気が入ってくる。
 俺は煙草に火を点けた。燻らせた白い煙が風に流されていった。


□END□


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1503 / 橋掛・惇(はしかけ・まこと)   / 男 / 37 / 彫師 

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち)  / 男 / 17 / 封魔屋(家出中)
+ NPC / 連河・楽斗(れんかわ・らくと) / 男 / 19 / 衣蒼の分家跡取

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、ライターの杜野天音です。遅くなってしまい申し訳ありません。
 今回は「闇風草紙−出逢い編−」にご参加下さり、ありがとうございました。東京怪談は1ヶ月に1回くらいのシナリオUPで、受注数も少ないので嬉しいですvv
 橋掛氏は書いたことのないタイプのキャラでしたので、イメージに合っているか不安です。如何でしょうか?
 完全個別ということで、1人称となっております。書いていて、彼の口調や渋い感じがカッコいいなぁ〜と思いました(*^-^*)
 それに比べると未刀はずいぶんと子供のようで……。
 気に入って頂けたら幸いです。他のPLさんの話もUPしています。別の話になってますので読んでみて下さいませ。

 次回「−再会編−」は、1ヶ月後くらいになります。もしよかったら、またご参加下さい。
 シナリオUP日時は、OMCのクリエーターズショップか私のサイトにて確認下さい。ありがとうございました!