■殺虫衝動 『コドク』■
モロクっち |
【1662】【御母衣・今朝美】【本業:画家 副業:化粧師】 |
冗談のように大きい蜘蛛を憶えているか。
天井からすべてを見下ろしていた、88の眼を持った蜘蛛を見たはずだ。
港のそばの貸し倉庫で開かれていた『殺虫倶楽部』の会合には、人間の姿はなかった。己が平だと名乗る者も現れなかった。だが倉庫の裏側の部屋に、行方知れずだった嘉島刑事と、蜘蛛が居たのは確かだ。そして倉庫の中で、異形の蟲たちが犇めき合い、食らい合っていたのも確かな事実なのだ。
御国将は倉庫の裏側の部屋に入ったまま戻らない。
そうして数分が経過していたが、相変わらず周囲は鎮まり返っていた。
道は探せばいくらでも見つかる。
主な道はふたつだ。
正面に戻って会合現場に行くか、裏の蜘蛛の巣に飛び込むか。いずれにせよ、この夜のうちに動かなければ――恐らく将はアトラス編集部に戻らず、嘉島刑事は埼玉県警に戻らない。
蟲たちが何を意味していたか、何を為すのかを知ることもかなわないだろう。
どうするべきだ?
今、自分は?
考えろ、
考えろ、
考えろ考えろ考えろ。
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殺虫衝動『コドク』
■さいごのこどく■
冗談のように大きい蜘蛛がいた。
天井からすべてを見下ろしていた、88の眼を持った蜘蛛を見た。
御国将は倉庫の裏側の部屋に入ったまま戻らない。
そうして数分が経過していたが、相変わらず周囲は鎮まり返っていた。
「貴方が居なくなるのは、こまるのです――」
今朝美は唇を噛み締めて、白い戸口を睨みつけ、一歩前に踏み出した。
蟲の『黒』も、死にゆく自然も、今このときばかりはどうでもよかった。今朝美の脳裏に焼きついて離れないのは、
安物の緑茶をマグカップに淹れて飲んでいる、照れくさそうに視線を逸らす、自分の影に怯えている、どこにでもいる一見の、
御国将という男の笑顔だ。或いは、つまらなさそうで眠そうないつもの顔だ。
「話したいことが山ほどあるのです」
今朝美の呟きは、クワガタの精に向けられたものではない。
「言わなければならないことも――」
蒼い瞳が、ようやく精霊に向けられた。
「ついてきて下さいますか?」
『何を仰るかと思えば』
クワガタは苦笑いをしてみせた。
『それがしは御方様の下僕に御座る。地の果てまでもお供致しまするぞ』
「そうですか」
今朝美はそっと微笑んだが、それは少しばかり強張ってもいた。
あの人だけに限らず、私はすべての蟲を救いたい。
『黒』に囚われてしまったあの人々。
何故蟲があのとき血を流したか、ウラガが傷ついたときに何故御国将が血を流したか、今朝美はすでにその疑問に答えを出していた。
人間が蟲の『黒』に塗り潰されていたのだ。
拭い取ることができるかもしれない。繊維の1本1本が、『黒』を吸い取っていなければ――
クワガタの顎が蜘蛛の糸を断ち切った。糸にはさほど粘着性がなく、思っていたよりも簡単に部屋の中へ戻ることが出来た。
だが――御国将と、嘉島刑事の姿はなかった。
そこに佇んでいるのは、今朝美よりも大きな体躯の蜘蛛だった。顎を開くクワガタの精を手で制し、今朝美は蜘蛛の目を覗きこんだ。
驚くべきことだろうか、
88の眼には知性があって、苛立ちを支配しているようだった。
「貴方は、一体――」
『タイラー・ダーデンを知っているか』
かさこそと蜘蛛が動いて、囁いた。
いや、蜘蛛が言葉を話したわけではないようだ。
今朝美の視線は、自然と蜘蛛の足元に向けられた。
『すべてを棄てて初めて人間は自由になれると、名言を遺した。だが、タイラー・ダーデンはどこにも存在してはいないのだ。はじめからどこにもいなかったし、最期を迎えてもどこにも行かなかった』
蜘蛛の影が――
すう、と盛り上がり――
真っ黒な人間のかたちを取ると、電源が入ったままのノートパソコンの前に音もなく移動した。
『かつてネットの中でのみ、私は平だった。タイラー・ダーデンを抱えた名無しの主人公だったのさ。「世界」に囚われるまでは』
「世界……まさか、自然ですか?」
『きみはそう考えているようだ』
「自然がこのような色を生み出すはずはありません」
『そうかもな。だが、変化は訪れてしまった。今の我々はこの世を呪うためにある』
「……御国さんと刑事さんを、蟲になってしまった人々を……帰していただきたいのです」
『私に言われても困るな』
「貴方が集めたのでしょう?」
『私は仲介役を買って出ただけだ。世界が望んだのだ……この世を呪う蠱毒を作り上げることを』
影は慣れた手つきでマウスとキーボードを駆り、ゴーストネットOFFに代表されるオカルトサイトをまわっていく。
すべてのサイトから、すでにムシの噂は消え失せていた。ログはきっと、半永久的に残る。おそらく、人間の記憶の中にも残るだろう。
だが、すべては過去のものになっていた。
『蟲は集めた。蟲は単純な生命体だ。餌で誘い出すのは簡単なことだ。集まった蟲が何を為すかは、蟲に任せておいた。倉庫の中がどんなことになっているかは見たのだろう? あれが生命そのものの出した答えだ。――呪いだよ』
影はムシの噂が消えたことに満足したようだった。パソコンから離れ、すうと縮み、蜘蛛の足元に戻っていった。
『最後の1匹は、すべての蟲の想いと呪いを背負う。脳はただひとつの衝動で満たされるはずだ。ひどい苛立ちの矛先を、苛立ちの大きさに見合った規模のものに向けずにはいられなくなるだろう』
「……それこそが――」
『蠱毒だ』
平はかつて、平という名前ではなかったし、蜘蛛でもなかったし、影でもなかった。
ある人物の影が蜘蛛であり、平だったのだ。
それがある日、くるりと反転してしまった。
それが始まりだったのだろうか?
そこから始まったのか?
――きっと、違う。
おそらく、人間が自然の色を拒絶したそのときから始まっていたのだ。
いまの今朝美の脳裏に浮かぶのは、御国将とウラガのことだった。
もし将がこの『会合』を蹴ったとしても、いつかはきっと、影になってしまっていたのではないか。ウラガがこの世に現れて、将という存在は名無しの語り部になってしまうのだ――
『だが、私が恐れているのは、「蟲」なのだ。血を流す蟲を見たか。あれは、苛立ちと嫌悪感に食い潰された人間の慣れの果てだ。あの浅ましさと獰猛さを見たか。私はあの蟲たちを見たとき、ぞっとすることを考えたよ。……人間も虫と同じで、衝動だけで生きているのではないかと』
蜘蛛の刃のような足が、汚れた床をかさこそと踏みしめた。
88の眼の光が不愉快に瞬き、蜘蛛は胸部と繋がった頭を、ぶんぶんと苛立たしげに打ち振った。
『……私も、私は、ひどい頭痛に苛立っているのだ。この頭痛が消えるのならば、私は、誰かに喰われてしまっても、たった独りになってもいい。この痛みは……私の、衝動だ!』
蜘蛛が牙を剥いて、今朝美に襲いかかった。
そのとき初めて、88の眼には苛立ちと悪意が満ちた。爪なのか足なのかわからない八つの刃が、床に穴と傷をつける。
「倉庫内に行って、御国さんと刑事さんを!」
蜘蛛を見据えたまま、今朝美は精霊に命じた。今まで、彼がこうして強い口調で精霊に命じることはめったにないことだった。クワガタの精はきらりと黒い瞳を光らせた。
『御意!』
それ以外の言葉は無用とばかりに、クワガタが飛び立つ。きっとあの心配性の精霊は、言いたいことが山ほどあっただろう。
今朝美の藍染めの袖から、ぱたぱたと白い絵筆が落ちた。
今朝美に残された絵筆は、ただ一茎のみ――銀の髪をなびかせて、今朝美は蜘蛛に向かっていった。
蜘蛛の牙が白い肌に突き立たんとしたその刹那、
今朝美の手が蜘蛛の瘤だらけの背を撫でた。いとおしんだわけではない。今朝美は軽やかに巨大な蜘蛛を飛び越えた。88の眼がそのとき見たのは、炎だった。
その秘術は、白鷺零涕と云う。己を筆に見立てる術だと云う。最早知る人間は誰もいない。だからこそ、秘術。
今朝美の髪と瞳とは、一瞬どす黒いものに変わったが――
今朝美の身体を這う炎のような紋様がざわめくにつれ、いつもの銀と蒼に戻っていった。
「何ということだ」
その本当の『色』を見て、今朝美は愕然とした。
平が言ったように、蟲の上にあるものは、世界そのものだったのだから。
世界は――無色で、光も闇も知らないのだ。
炎が走り、『筆』が走る。蜘蛛の糸が張り巡らされ、壁は白いキャンバスだった。今朝美の手が、一瞬で巨大なアシダカグモを描いた。無色透明なアシダカグモは、遠い港から届く明かりや、この部屋を照らす心もとない裸電球の明かりに照らされて、辛うじて目視できるものだった。
「これこそが、自然の使いなのです――」
今朝美は眉をひそめ、目をかたく閉じた。
「無色から黒が生まれるなど――」
アシダカグモは炎のような紋様をまとい、黒い蜘蛛に襲いかかった。まったく容赦のない制裁が、『黒』に加えられた。
「そのようなことは、有り得ないはずです――」
今朝美の身体から、紋様は消え失せた。
アシダカグモの姿もまた、フとかき消えた。
残ったのは、瀕死の黒い蜘蛛だった。
『ああ』
蜘蛛の影が呻くと、弱々しく身じろぎした。
『……頭痛が……治ったな……』
今朝美は気がついた。この蜘蛛は、一滴の血も流してはいない。
『私は、何も呪わずにすむ……私は、人間として死ぬことが出来ただろうか……』
蜘蛛の姿が、影の中に溶けていった。ばらばらに砕け散った脚も、はらわたも、ずぶずぶと古びた床に沈んで消えていく――横たわっている人間の影までもが、無色透明になってゆく。
蜘蛛は最期に、あきれたような、かすれた笑い声を上げていた。
『御方様!』
甲冑がぼろぼろになったオオクワガタが、つまづきながら今朝美のもとに戻ってきた。脚は1本折れ、黒い瞳は片方が潰れていた。絵に描いたようなひどい有り様に、さしもの今朝美も驚いて、屈みこんだ。
「これはひどい。倉庫で何があったのです?!」
『御国と申されましたな、あの、百足めは。喰い合いを征しておった御器噛を骨の髄まで喰らい尽くしましたぞ』
「……ということは――」
『左様、百足が最後の一匹に!』
倉庫が揺れた。
今朝美が倉庫に入ったときには、まだ御国将はそこにいた。
「御国さん!」
だが、とても無事とは言えない状態だった。彼は、頭を抱えて膝をついていた。
「御母衣」
将は声を絞り出す。その瞳が、非常灯のような真紅に変じていた。
「頭が痛い」
疲れた声で訴えた将は、どさりと床にくずれ落ちた。倒れる瞬間を、見たはずだった。
だが今朝美の視界から、将の姿はかき消えていた。彼の身体は、倒れこんだのではない――沈みこむようにして――『ウラガ』の影に溶けてしまったのだ。
「……御国さん!!」
今朝美の悲痛な叫び声を、百足の咆哮がかき消した。
そう、百足がいるのだ、いまこの倉庫の中には、もたげる鎌首が天井にまで届くほどに膨れ上がったウラガがいる。百足の身体に生じた瘤は、絶えず蠢き、脈動しているようでもあった。ひとつひとつの瘤が、いちいち触覚や脚や頭のかたちをとっているようにも見える。ウラガはすでに百足ではなくなっているのかもしれない。これほどおぞましい姿をした虫はこの世にないはずだ。
百足はぶくぶくと泡立つ己の身体を、苛立たしげに掻き毟った。鋭い脚先は甲殻すら引き裂き、破れた瘤からだらだらと膿じみたものが流れ出した。
いや、これは――膿ではない。虫を潰したときに腹から飛び出す、はらわただ。
今朝美は息を呑んで、百足を見上げた。
平を殺したことで、最後の一匹はウラガになってしまった。傷を負ったクワガタの精も、今朝美も、そう思っていた。
『ま……ま、まだ……だ』
百足の影が、呻き声を上げた。
『嘉島……さん、喰……』
今朝美はその呻き声が示唆することに気づき、ハッと視線を倉庫の片隅に向けた。
嘉島刑事が、呆然とした表情で百足を見上げていた。その足元の影が、わらわらと慌しく蠢いていた。必死で逃げようとしているのだ――
「嘉島さん! 逃げて下さい!」
今朝美が動くのと、百足が涎にまみれたあぎとを開き、嘉島に襲いかかったのはほぼ同時。そして嘉島がニューナンブを懐から出して、己のこめかみに銃口を突きつけるのも同時だった。
「おれを喰うって?」
彼は影を見下ろしもせず、百足の紅い目を睨みつけて、笑っていた。
「死体だけならくれてやる」
銃声。
嘉島の足元で蠢いていた影が、嘉島と同じ姿に戻った。どさりと倒れた嘉島の身体の下で、影はぴくりとも動かない。
その瞬間に、ウラガが最後の一匹になった。
ぐぅるぉおおおおおおおお!
咆哮は、苛立ちのあまりのものだったのか、苦痛から上がったものだったのか――
百足の首筋に、クワガタの精霊が顎を突き立てていた。
『御主が、最後だな! 蠱めが!』
「離れて下さい! その百足は――」
今朝美の命令は、クワガタの精の意思には反したが、成就した。百足が激しく首を振り、満身創痍の精霊をはね飛ばしたのである。クワガタは放り投げられても、飛び立つことが出来ずに地面に落ちてしまう。精霊は壁に激突し、呻き声とともに床に落ちた。
『御母衣……』
精霊に駆け寄った今朝美の背中に、影の声が投げかけられた。
『殺してくれ』
その哀願に息を呑み、今朝美は振り返って、禍々しい百足の顔を見上げた。
将の姿はどこにもない。
『誰も、何も……呪いたくないんだ』
だが、百足はだらだらと涎とはらわたを垂れ流し、すべてのものに苛立ちながらも、何かをためらっているかのようにそこに佇んでいる。
まだ、衝動以外の意識があるのだ。
それは、蟲に名前をつけて、自分と蟲との間に一線を画していた男が混じっているからだ――蟲は自分の一部ではあるが、これが自分だとは決して認めたくなかった人間が溶けているからだ。
御国将が、居るからだ。
『俺の頭が……割れる前に……殺してくれ!』
「いやだ!」
今朝美は彼らしくもなく、激しい調子で拒絶した。
藍染めの着流しの袖から、するりと巻紙を取り出す。
「これが誰なのか、ご存知のはずです! 貴方がどうするべき方々なのか、貴方はご存知のはずだ!」
紐が解かれ、水彩紙が広げられた。
今朝美がこっそりと一度だけ見た、3人の男女の姿が描かれていた。
30代の女性に、少女と少年の絵だ。どこにでもいる親子の絵だった。子供たちはどこにでもいそうな父親を持っていて、東京の片隅に家を持ち、今は明かりがついた居間で、ごく普通の妻がごく普通の夫を待っている。
「貴方なら、死なずに済む方法を知っているはずです!」
百足が、眩しそうに絵から目を背けた。
「『将』さん!」
悲鳴が上がった。
百足の、クワガタが一撃を与えた首筋の傷口から、恐ろしい勢いで血が噴き出した。陳腐な噴水のような音がした。どす黒い血は、倉庫の天井と壁をキャンバスにして、見るもおぞましい絵画をつくりあげていく。
それは壮年の男や成人したばかりの青年たちの顔であり、まれに意思の強そうな女性も混じっていた。いまの世界を支えている者たちのポートレートだったのだ。どれもが苛立ちと怒りと悪意に歪み、口汚く罵っていた。
今朝美の足元で、精霊がかすれた声を上げた。
『御方様、助太刀したところで、咎める者はありますまい……』
今朝美は頷いた。銀の髪を幾筋か抜き取ると、家族の肖像を再び丸めた。水彩紙の筒を軸に、己の髪を穂首と生す。穂首の腰を、きつく紐で結ぶ。銀の穂先に、たちまち色が乗っていた。限りなく白に近い色だった。
それは今朝美が見たことはないが、東京を始めとした世界に満ち溢れている色だった。
銃とナイフ、金と圧力で、簡単に壊れてしまうもの。
だが、いまの世界を支えている者を支えている、大いなる色だ――
うつくしい名前も持っている。しかしその名を口にするのは、おこがましい。今朝美はとても、口に出来ない。彼はこの色を知らないからだ。
知っている将が、羨ましかった。
安らかな色が、百足の腹を走った。
切り裂いたと言うべきか。
百足の身体に、幾筋もの傷が走った。血とはらわたが迸り、言葉が飛び散った。
好きだ、
おまえたちが、
ありがとう、
なあ、
名前は何にする、
なあ、
好きなんだ、
おまえのことが、
一緒にいてほしいんだ、
好きだ……。
百足の身体がずるりずるりと崩れていき、ぼたぼたと床に落ちていった。どす黒い影が傷口から飛び出し、白い欠片をまといながら、音もなく天へと昇っていく。倉庫の血塗れの天井をすり抜け、きらきらと白い欠片をばら撒きながら――
今朝美は見上げているうちに、目頭が熱くなってきた。抱いている感情は喜びだけではなかった。自分でもどす黒いと感じてしまう、いやな嫉妬が奥にあるのだ。自覚しているだけましなのだろうか? 彼はそうして自分を擁護した。
『御母衣』
泡立つ影が囁いた。
『有り難う、助かった……』
今朝美は返事が出来なかった。何か言えば、涙がこぼれてしまいそうだったから。
『泣くな。形なんて、どうでもいいさ。これからも海を見ることが出来るなら――鰻を食うことが出来るなら――女房と子供を見ることが出来るなら、俺がどんな姿だって、結果は変わりはしないだろ?』
よろりと立ち上がった将は、影だった。
面倒くさそうな笑みは照れ隠しだ。顔はどこにもなかったが、今朝美の蒼い瞳は、将の笑顔をとらえていたのである。
「有り難うございます」
今朝美は、やっとのことで言葉を絞り出した。
月刊アトラスの『ネットにはびこるムシの噂』特集の連載は、その月で終わった。
御国将のデスクには、新人記者が座っている。
だが御国将の書く原稿は、今でもアトラス誌面の一部を埋めている。締切の前日には、潮や森の匂いをまとう手書きの原稿が、麗香のデスクに置かれているのだ。
御母衣今朝美がアトラス編集部を訪れることは、前にも増して少なくなった。携帯電話を買う予定もどこかへ行って、彼は自然の中、いつもと変わらぬ静かな暮らしを続けている。色を捕り、絵を描き、月と太陽を眺める毎日だ。
最近はそんな暮らしに新しい要素が加わった。人里離れた山奥のアトリエで、彼は今日も旨い茶を淹れ、友人を待つのだ。
机を這う虫たちを、温かい目で見守りながら――
「おや」
今朝美は戸口を見て、微笑んだ。
「こんにちは」
かさこそ。
<了>
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1662/御母衣・今朝美/男/999/本業:画家 副業:化粧師】
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ライター通信
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モロクっちです。『殺虫衝動・コドク』をお届けします。殺虫衝動というお話はこれで終わりです。今朝美様のお陰で、ひとつの物語を作ることが出来ました。
『コドク』はマルチエンディングとなっており、今朝美様のこのラストはかなり良い結末となっております。「……これでも?」と思われるかもしれませんね(汗)。でも将は、今朝美様のおかげでコドクにならずにすみました。
将を救った色の名前はわたしが口にするのもおこがましいので、言えません。……察しはつくと思いますけど(汗)。は、恥ずかしー!
今朝美様の『殺虫衝動』、如何でしたでしょうか。ご満足いただければ、何か心に残るものがあったのであれば、これ以上の喜びはありません。
それでは、この辺で。
全話のご参加、有り難うございました!
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