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■飛行船を取り返せ!■ |
日向葵 |
【0233】【白神・空】【エスパー】 |
とある街の飛行場から、その日、いつもと同じように一隻の飛行船が飛び立った。
通常、物資の輸送と人員の移動手段として使われているものだ。
行き先とその時の物資の中身と輸送状況によっては部外者――と言ってもある程度の身分証明は必要とされるが。たいがいにおいて連邦の敵ではないことさえ証明されれば簡単に許可が降りる――も乗れることになっている。もちろん、その分の代金は必要だけれど。
今回の乗員は輸送物資の護衛と、操縦員、そしてその他の人間が数人。
もともと物資の輸送が主な目的だし、旅人でもなければ飛行船が必要なほどの長距離移動は滅多にしないから、乗組員が全部で十数人というのはそう珍しいことではなかった。
貴方は今回この飛行船の護衛として――もしくはこの船の行き先を目的地とする外部の人間として――この飛行船に乗っていた。
ゆったりとした空の船旅を楽しんでいたその時。
ドカァッ!!
どこかで、爆音のような音が響いた。
直後。
「この船は我々が占拠した。大人しくしていてもらおう」
船内に、男の声でアナウンスが響いた。
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飛行船を取り返せ!
たまには優雅に空の旅。
そんな考えは、響いた爆音と飛行船ジャックの犯人らしき男のアナウンスで脆くも崩れ去った。
――この船は我々が占拠した。大人しくしていてもらおう――
爆音に続いて船内アナウンスで告げられた宣言の直後、客室の入口に三人の武装した男がやってきたのだ。
もともと大人数を乗せることを想定していない船の客室は一つ。本日の一般客は全部で十人――客室は一つなのだから、当然一般客は全員ここにいる。
他に人が居る部屋といったら倉庫と操縦室のみ。だが一般客でしかない自分は、他の部屋の状況も人員も、まったく知らない。
そして、他の部屋にどれだけジャック犯の仲間がいるのかも。
今はまだ攻撃に出るべきではない――情報が少なすぎる。
ゆえに白神空(しらがみくう)は、とりあえずジャック犯の言葉に従い、客室に据えられている椅子の一つに腰掛けた。
下手に動けば他の一般客が危ういこの状況でどう動くべきか・・・・・・。
『我々』というからには、おそらく複数犯だろう。――ハッタリという可能性も考えておく必要はあるが。
幸い飛行船は多少の打撃には強いし、最悪は『天舞姫』に変身して飛んで逃げると言う手もある。
「ま、騒動があったほうがおもしろいしね」
クスリと影で笑った空の瞳に、おかしな動きをする女性の姿が目に入った。背中まで伸びたプラチナブレンドをしたその女性は、おそらく二十四、五歳くらいで空と同年代。
ジャック犯たちにばれないよう、慎重に――男たちの死角に入ろうとしている。
ただ恐がるばかりの他の乗客たちと違い、彼女は明確な意思を持って動いていた。だが行動を見ている限り、一般人のふりをした犯人にも見えない。
つまり。
それなりに騒動慣れしていて、この事態の打開をしようと動いている人物だということだ。
戦うにしてもどうやって客室から抜け出そうか考えていた空には、ありがたい方向に動き始めているのかもしれない。
ゆっくりと、女性がその場に立ちあがった。
「お願い、あたしだけでも助けて」
震えた声で懇願し、少しずつ監視の男の一人へ近づいて行く。
男たちの視線が女性に向かい、乗客への注意がおろそかになる。
さすがにここで変身するのは人目が多すぎる・・・だが、向こうには武器があるのだ。不意打ちで一人は倒せるだろう。だが一般乗客を庇いつつあとの二人までも倒せるかどうかはちょっと自信がなかった。
さらなる懇願の言葉と共に一人の男に抱きついた女性は、指を自らの額に当てて、その額に一瞬パチっと緑色の火花が走る。
女性はエスパーで、男たちに何かを、したのだ。
空はすぐさま立ちあがり、男たちに向かって駆け出した。
男たちは色めき立って銃を向けて――だが、撃って来なかった。
疑問に思ったが、止まっている場合でもない。
鮮やかな体術で三人を昏倒させた。
女性と、目が合う。空はにっこりと微笑んだ。
「さっきからチャンスが掴めなくて困ってたの。助かったわ」
「私こそ、助かったわ。とりあえず人質に危険が及ばないようにしたけど、この後どうしようかと思ってたの」
女性の言葉に、空は訝しげな表情を浮かべた。
人質が無事だとわかれば、警護の人間も動きようがあるのではないだろうか?
向こうの仕事はあくまで積荷の護衛であり、客の護衛ではないが、ジャック犯を捕らえなければ飛行船は通常空路から外れて、目的地に辿り着けなくなるのだ。それは警護の人間も仕事を失敗したということ。
「警護の人に伝えて協力すればなんとかならないかしら?」
女性は苦笑半分に溜息をつき、肩を竦めた。
「ダメ。警護の人間も全員グルよ」
予想外の言葉に思わず目を丸くする。
女性は続けて口を開いた。
「警護の人間は全部で五人。全員、倉庫の方にいるわ。三人はここ。そして残りは十二人。五人は通路を張っていて、七人が操縦室。リーダーは操縦室の方にいるようね」
言われた言葉を反芻して、空は今後の方針を固めた。
とりあえず、倉庫は無視。行くべきは操縦室の方だ。
「客室の方、お願いして良いかしら」
たぶん、これが一番良い。
操縦室で騒ぎが起きれば、他の場所にいた人間が客室のほうにやってくる可能性は高い。
「ええ、わかったわ」
女性は艶やかに微笑んで答えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
通路を抜けるのは案外簡単だった。
男たちは一箇所を一人で見張っており、『玉藻姫』――狐の獣人の姿に変身した空の敵ではなかった。
獣の鋭敏な感覚を持ってすれば姿が見えない位置にいても、男の動きを知るのはそう難しくはなかったし、動きはもちろん普通の人間よりもずっと早い。
だが問題は操縦室だ。
こちらは一室に七人。そして傷つけてはいけない飛行船の操縦機器と、操縦員が五人。
幸いにも、部屋は広い。天井もそれなりの高さがある。
「ここはスピード勝負かしらね」
狐の耳と尻尾、白銀の獣毛が消えうせ、その代わりに白い羽毛が生える。耳は羽根の形態に変化し、腕が翼に、足が鉤爪へと変わる。『天舞姫』――鳥女に変身したのだ。
一直線に操縦室に飛びこみ、一閃の間に鉤爪で一気に男たちを倒して行く。
部屋を横断し、壁際で一度着地。すぐさま『玉藻姫』に戻り、残った男たちに向かって行く。
「なんだっ!?」
「撃ち落とせ!!」
だが彼らとて、ここを破壊するわけにはいかない――ゆえに、あまり破壊力の高い銃は使えない。
いくつか掠ったが、致命傷になるほどではなかった。
空が飛びこんできてから、三十秒程度。
それが、この戦闘にかかった時間であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
幸いなことに、客室に犯人たちが雪崩れ込んでくるようなことはなかった。
女性が出て行ってから十数分後には操縦室を取り戻したというアナウンスが流れ――メンバーの大半が捕まったことで、倉庫の方にいた犯人たちは諦めたのだ。
飛行船は無事、当初の目的通りの場所に辿り着いた。
「なかなか、スリリングな旅だったわね」
そんなこと微塵も思っていないような、笑い声と共に、プラチナブロンドの女性が大地の上でうんと背伸びをした。
「そうねえ」
時を同じくして飛行船から降りてきた空も、楽しげに笑みを浮かべて同意した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス
0421 /ウィン・シュミット/ 女 / 52 / エスパー
0233 / 白神・空 / 女 / 24 / エスパー
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、初めまして。日向 葵です。
このたびはご参加どうもありがとうございました。
護衛側で参加する方がいらっしゃらなかったので、今回雇われた警護が全員敵とグルだったという状況に陥ってしまいました(^^;
さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
お会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。
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