■童話劇 〜帰らない浦島太郎〜■
壬生ナギサ |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
東京のとあるところに、とても不思議な物ばかりがあるお店があります。
「いらっしゃい。良く来てくれたね」
薄暗いアンティークショップの中で、ゆっくりと白い煙が細く天井に昇っています。
店の主、碧摩 蓮はとても負けん気の強そうな視線をこちらに向けて、煙管を吸いました。
「実はね、ちょっと厄介な事になっちまってねぇ」
ちっとも困ったような顔をせず、蓮は続けます。
「このカード・・・ちょっと変わった子でね。本の世界に作用するのさ」
その作用というのは絵本や小説、童話など様々な本に不思議な力が加わり、その中のキャラクターが変化してしまうのだと蓮は言います。
なんでも、本好きだった人の気持ちが固まってそうさせるのだとか・・・
でも、どのキャラクターがどう変化したのかは読んでみるまで判らないのだそうです。
「あたしの所はこれでも普通の品も扱っててね。結構値打ち物の童話本なんかもあるのさ」
そう言って蓮は長く煙を吐き出しました。
「浦島太郎が竜宮城から地上に戻ろうとしないのさ。・・・どうやらかなり好奇心の強いキャラクターに変化したらしくてね」
浦島太郎のお話は皆さん知っていると思います。
亀を助けた浦島太郎が、亀を助けた礼として竜宮城に行き、タイやヒラメの舞踊り。乙姫と遊び暮らす毎日。
しかし、浦島太郎は地上が恋しくなり、乙姫から玉手箱を貰い帰る――というのが本来のお話。
ところが、変化した浦島太郎は地上とは違う海の世界に興味津々。
乙姫様もそっちのけで飽きる事無く亀を連れて海の世界を飛び回り、まったく帰ろうとしないのです。
「そういう訳だから浦島太郎が地上に帰るように仕向けてくれないかい?」
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童話劇〜帰らない浦島太郎〜
−−−−−−−−
在る所にどこまでも白い砂浜の続く漁村がありました。
雲ひとつない晴れた空。
静かに砂浜へ打ち寄せる波。
とても穏やかで静かな浜辺にひとり、ぽつんと村人【海原みなも】は座ってぼーっと海を眺めていました。
「……いい、お天気ですねぇ」
する事もなくただ打ち寄せる波を見つめて、村人は呟きました。
「ほんと……いいお天気ですねぇ……」
誰もいない浜辺で村人はただただ海を眺めていました。
そんな村人が見ていた海の底。竜宮城では乙姫さま【ウィン・ルクセンブルク】が鏡の前で楽しそうに自分の姿を見ています。
「ふふふ。乙姫になるなんて、本当についてるわ。これで、私の作戦は成功したも同然ね」
見ただけで分るとても高価そうな着物の裾をひるがえし、薄衣をふんわり身に纏って不敵に笑う乙姫さま。
そんな乙姫さまにヒラメ【イヴ・ソマリア】は尋ねます。
「作戦って一体何の事を言っているの?」
「あら〜ヒラメのイヴさん。良くお似合いで可愛いわよ」
そう言われたヒラメは少し不機嫌そうな顔をしました。
「……なんか、これって間違ってません?」
そう言う彼女は頭に平目を模した被り物をし、体には綺麗な着物を纏っています。
被り物の位置が気になるのか少し、手で弄りながらヒラメは自分の少し斜め後ろに立つタイを振り返りました。
タイ【藤井・葛】は頭に鯛の被り物をし、ヒラメと同じ綺麗な着物を着て苦笑を浮かべています。
「そうだな……でも、カメよりはマシだと思うぞ?」
「……そうよね。カメよりはマシよね」
哀れそうな光を浮かべ、少し遠くを見つめるヒラメの横で乙姫さまはまだ鏡とにらめっこをしています。
「んーちょっとセクシーさが足りないかしら?」
そう呟いた乙姫さまは胸元の着物の合わせ目を思いっきり開きました。
それに驚いたのはヒラメとタイです。
「ちょっと、何をしてるの!?」
「何考えてるんだ!それじゃ、胸が見えちまうぞ?!」
二人は乙姫さまを厳しくたしなめましたが、乙姫さまは素知らぬ顔で大きく胸元を肌蹴させた襟を整えると満足そうに頷きました。
「これで良いわ。だって、浦島太郎を誘惑するんですもの。これ位したっていいでしょ」
にっこりと美しい笑みを浮かべた乙姫さまにタイとヒラメの動きが止まります。
「……もしや、浦島太郎を帰す気ないのか?」
「……この人なら、有得るわね。むぅ……強敵になりそうな予感」
どうしたものかと悩むタイとヒラメをよそに、乙姫さまは高笑いを上げました。
「さぁ、いつでもいらっしゃ〜い。浦島太郎さま〜♪」
「……っへっくしょん!ん〜風邪かなぁ?」
大きなくしゃみをした浦島太郎は鼻を指で擦りました。
まだ幼さを残す少年の忙しなく動かす大きな瞳がまるで好奇心の固まりを一番現しているようです。
浦島太郎は海底に落ちている珊瑚を拾い上げました。
「うわぁ〜すごいキレイだね!カメさん。これ持って帰ってもいいよね?」
「そうね。いいわよ……」
浦島太郎にそう言ったカメ【シュライン・エマ】はどこか元気がありません。
いえ、少し落ち込んでいるようです。
「亀……亀になるのは良いのよ。良いんだけど……これは……」
「どうしたの〜?カメさん」
浦島太郎は不思議そうにカメの顔を覗き込みました。
カメは手の上にすっぽり被さったヒレで額を押さえながら、何でもないのよと浦島太郎に言いました。
「そう?あ、だったら今度はあそこ行こっ!」
背中に背負った大きな甲羅から手と足を出し、亀特有の大きなヒレを付け、動くのが少し不恰好になってしまうカメの甲羅に飛びつき、海草の草原の向こうを指差す浦島太郎。
甲羅に浦島太郎を乗せたカメはゆっくりヒレを動かして海を泳ぎ始めました。
ところが進む先は浦島太郎の指差したところではなくて、海の上を目指しています。
「ちょっと、カメさん。何処行くの!?」
「さっさと終わらせましょ。……地上にポイすればいいんだし」
ちょっぴり怖い顔で口の中で呟いたカメ。
どんどん海面へとのぼって行くカメにどうしようかと考えていた浦島太郎ですが、そうこうしている内に地上へと着いてしまいました。
水の中と違って動きにくい砂の上を歩き海から出ながらカメは浦島太郎に言いました。
「さ、もうお遊びはお終い。早く元の生活に戻るのよ」
ところがそんな事を素直に聞き入れる浦島太郎ではありません。
「ぜ〜ったいに嫌!もっと海の底を探検するんだから!!」
そう言うと、カメのヒレを振り払い海へと逆戻り。
「あ、ちょっと!……あっ…あああ〜〜!」
ヒレを振り払われたカメはバランスを崩して後ろへひっくり返ってしまいました。
起きようともがくカメですが、甲羅が重くてとても動きそうにありません。
「ど、どうしよう……」
と、困ったカメの顔の上に影が射しました。
「あら、カメさん。どうしたんですか?」
「あ、みなもちゃん。助けて!」
カメに助けを求められた村人は甲羅の下に木の棒を差し込み、カメをひっくり返しました。
「はぁ……助かった」
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ありがとう。助けてくれたお礼にあなたを竜宮城へ……って違う!」
一人ツッコミをするカメに村人は首を傾げて海を指差しました。
「ところで、浦島太郎さんが海へと入って行ってしまいましたけど……大丈夫なんですか?」
「あっ!まったく、あの子は〜。みなもちゃん、あなたも一緒に行きましょ」
「え、竜宮城に行って良いんですか!」
喜びの声を上げる村人にカメは大きく頷きます。
「えぇ。あなたが居た方がいろいろ浦島太郎の刺激になるかも知れないし、ね」
「じゃあ、お願いします」
そう言ってカメの甲羅にしっかりしがみ付いた村人を連れて、カメは海へと入りました。
カメは波の合間を縫ってイヌカキしながらばしゃばしゃと泳ぐ浦島太郎の側へと進みます。
浦島太郎は大きく息を吸い込み、海の中へと潜りました。
ところが、先ほどまでは確かに海の中でも難なく息が出来たはずなのにまったく息が出来ません。
慌ててしまい、逆に水を吸い込んでパニックになった浦島太郎を村人はカメの甲羅に引き上げました。
「……もう、心配させるんだから。大丈夫?」
「っぷっは〜!死ぬかと思ったぁ」
「大丈夫ですか?」
竜宮城へと泳ぐカメの背中の上で大きく息をついた浦島太郎。
その背中を擦る村人に浦島太郎は目をぱちくりさせました。
「あなた、誰?」
「あたしは村人Aです。はじめまして、浦島太郎さん」
「えーさん?変わった名前だね」
甲羅の上でそう会話する二人にやれやれ、と首を竦めるカメは竜宮城へと着きました。
「さぁ、着いたわよ」
「うわぁ〜これが竜宮城ですかー!」
感激の声を上げる村人に何故か浦島太郎も声を弾ませて言いました。
「ここにいる乙姫さまはとってもきれいな人なんだよ。食事は……ちょっと飽きちゃったけど」
と、そこへ奥の部屋から乙姫さまが現われました。
「浦島太郎さま!ずっとお待ちしてましたのよ」
そう言って乙姫さまは浦島太郎を抱き締めました。
小さな浦島太郎は乙姫さまの胸に顔を埋める形になってしまい、顔を真っ赤にして目を白黒させています。
「さっ、歓迎の宴を用意してますのよ。早く、早く♪」
浦島太郎の背中を押して急かす乙姫さまの後ろからカメと村人は竜宮城の奥へと進みました。
奥座敷は広い畳座敷にたくさんの料理が並んでいました。
野菜炒めからハンバーグ、ステーキ、栗ご飯にスパゲッティー実に様々です。
料理の前に座った浦島太郎は目を輝かせました。
「うっわ〜!すごーい。こんな料理見た事無いや」
そこへタイがナイフとフォークを持ってやって来ました。
「どうぞ、これを使って下さい」
「これは?」
「ナイフとフォークです。浦島太郎さんが恋しいだろうと思って地上の料理を用意しました。地上ではこれを使って食事をなさるのでしょう?」
丁寧な口調でそう言ったタイは浦島太郎にナイフとフォークを渡して微笑みました。
「え、そうなの?」
その微笑に乙姫さまがしまった、というような顔をしています。
しかし、気を取り直した乙姫さまは浦島太郎にしなだれかかりました。
「あん。そんな事どうだって良いじゃないですか。早く食べないと冷めてしまいますよ」
「それじゃ、いっただきまーす」
今まで食べた事の無い料理を頬張り、歓喜の声をあげる浦島太郎。
夢中で食事をする浦島太郎ですが、急に部屋が暗くなってしまいました。
「な、なに?!」
驚く浦島太郎の目の前に眩しい光が一筋、射しました。
竜宮城にどこからか射されるスポットライトの下、ヒラメがマイク片手に立っています。
流れてくる音楽に歌い始めるヒラメ。
ヒラメの歌声にすっかり魅了された浦島太郎は食べる事を止め、惚けっと聞き入っています。
一曲歌い終わったヒラメは満面の笑みを浮かべてお辞儀をしました。
「うっわ〜すご〜い!」
「ありがと〜♪」
大きな拍手をした浦島太郎はヒラメから投げキッスとウィンクを返され、顔を赤くして照れています。
「さ〜宴も盛り上がってまいりました。ここで、地上からのお客さんにお話を聞きたいと思います〜」
リポーターのようにマイクを持ってまだ拍手をしている村人に近づいたヒラメは村人を引っ張って浦島太郎の前へと連れて来ました。
「最近の地上の面白い事を教えてもらえますか〜?」
「ちょっと待ったー!」
答えようとした村人を遮るように乙姫さまが声を上げました。
「そんな事、今する必要じゃないんじゃない?さ、浦島太郎さま。お食事の続きをしましょ」
「あら。それは浦島太郎さんが決めるんじゃないかしら?」
にっこり微笑んだヒラメに、乙姫さまも今までに無い位の笑顔を向けました。
「あ、あの……」
何だか険悪な雰囲気にオドオドと乙姫とヒラメの顔を盗み見る浦島太郎にヒラメが尋ねました。
「地上の事、聞きたくな〜い?」
「え?そりゃ、聞きたいけど……」
ちらりと乙姫の表情を伺う浦島太郎にカメが言いました。
「地上も随分と変わりましたしねぇ……あ、失礼。浦島太郎さんは知らないんでしたっけね。まぁ、上に戻らない方には関係ない事ですし、良いじゃないですか。地上がどう変わろうが」
素知らぬ顔でそう言ったカメに乙姫さまは余計な事を、と言いたげな視線を向けました。
「聞く!」
刺激された浦島太郎は村人に詰め寄りました。
「ねぇ!地上はどう変わったの?!」
村人が語る話に浦島太郎は真剣に頷きながら、目を輝かせながら聞き入りました。
時にタイやヒラメやカメも、遊園地の話や車、飛行機の事等を語って聞かせると、ますます浦島太郎は地上に興味を持ったようです。
乙姫は面白く無さそうに一人料理をつまんでいます。
「地上に帰る」
そう言った浦島太郎に皆は笑顔で頷きました。
だけど、乙姫さまは一人、竜宮城の方が面白いのに〜と言ってましたが。
しかし浦島太郎の興味は完全に地上の世界へと向いたようで、さっさと身支度を整えるとカメを急かしました。
「早く〜早く戻ろうよ!」
そんな浦島太郎にしずしずと乙姫はひとつの玉手箱を持ってやって来ました。
「浦島太郎さま。離れてしまうのは淋しいけれど、せめてこれを持って行って下さい。いいですか?困った時に開けて下さいね」
「うん。ありがとう、乙姫さま」
「いいですか?絶対、絶対、ぜ〜ったいに困った時以外は開けないで下さいね」
顔を近づけそう念を押した乙姫さまに訳がわからないながらも承諾した浦島太郎はカメの背中に飛び乗りました。
「じゃ、さようなら〜!」
竜宮城の皆に手を振り、浦島太郎は地上へと戻って行きました。
「これが……地上……」
砂浜に立ち尽くす浦島太郎。
目の前には浦島太郎がいた小さな掘っ立て小屋が並ぶような村とは大違い。
立派な家々が立ち並び舗装された道路がどこまでも伸びています。
呆然と立ちすくむ浦島太郎の前を村人が通り過ぎようとしました。
「あ、えーさん!」
呼び止められた村人は不思議な顔をして浦島太郎を見ました。
「どなたかと勘違いしているんじゃないですか?あたしの名前はBです」
「え?びぃさん……?」
困惑する浦島太郎はここが自分のいた村なのか、村人に尋ねました。
すると村人は頷きました。
「そうですよ。ここはあなたのいた村です。でも、浦島太郎という人は三百年前に居なくなったと聞きますけど」
そう言い、村人は去って行きました。
残された浦島太郎の背中を岩陰からカメたちは見詰めています。
「大丈夫かしらね?」
「あれだけ念を押したんだもの……玉手箱を開けるわ。開ける。……あけろ〜」
「あのねぇ……」
ひそひそと囁き合う五人の見守る中、浦島太郎の肩が小さく小刻みに震え始めました。
そして、
「……っすごーい!うわーうわーすごいな〜!!」
ぴょんぴょんと飛跳ねながら浦島太郎は新しい世界へと駆け出して行きました。
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「おかえり。お仕事、ご苦労さん」
「え?」
五人が気がつくと、薄暗い照明の下にいた。
碧摩 蓮は五人を見下ろすと目を細めて言った。
「楽しい話を読ませてもらったよ。ま、またあった時はよろしく頼むよ」
小さく笑みの形になった唇を尖らせて、蓮は細い煙を吐き出し古びた和綴じの本を閉じた。
『浦島太郎』了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1312/藤井・葛/女/22歳/学生】
【1588/ウィン・ルクセンブルク/女/25歳/万年大学生】
【1252/海原・みなも/女/13歳/中学生】
【1548/イヴ・ソマリア/女/502歳/アイドル兼異世界調査員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、壬生ナギサです。
今回のお話は同一シナリオとなっております。
どなたが何の役をするのか、分らず戸惑われたと思いますが
まるで示し合わせたように皆さんのプレイングと役が合って
私もびっくりしました(笑)
決して、皆様のプレイングを見て役を当てたのではないので、
その辺はどうぞご理解下さい。
童話劇は今後も続けたいと思っています。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
感想など頂けると嬉しいです。
では、また縁がありましたらお会いしましょう。
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